グランブルーファンタジー ~STARDUST MEMORY~ 作:怪鳥
最後の魔物を斬り伏せると、ラスラは崩れるようにその場にへたり込んだ。
第二波の襲撃で村に入り込んだ魔物はいない。
ほっと息を吐いてシルヴァの方を見やると、彼女もまた近くの岩に腰掛けているところだった。
「これで全部……みたいですね」
ぜえぜえと肩で息をしながらラスラが言った。
「まだ油断はできない。しかし……驚いたな、その剣術はどこで?」
「それが、自分でもよく判らなくて。こう、自然に体が動くっていうか――」
魔物を倒して少し気が緩んでいたのか、不自然な影に気が付かなかった。
「いやぁ……お見事お見事」
森の奥から拍手と共に声が聞こえた。
男の声だ。芝居がかった言葉に、どこか不快感を感じる。
姿を現したのは、禍々しい黒のローブに身を包んだ、背の低い男だった。
男は口角を上げ、気味の悪い笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
「そこを動くな!!」
シルヴァがリボルバーを男に向けながら叫んだ。
ラスラもすぐに立ち上がって剣を構える。
だが男は、少しも物怖じすることなく進んでいく。
シルヴァが引き金を引くと、ひと際、大きな銃声が鳴り響いた。
「そんな
二人はあまりの光景に目を見張った。
弾丸は男に向け放たれた……はずだが、男の目の前で、時が止まったように滞空していたのだ。
ものの数秒も経たぬ内に、弾丸は地に落ち、カランと無機質な金属音が鳴る。
それは、この世の物理法則を無視するものだった。
「僕の傀儡を、随分、派手に壊してくれたみたいじゃないか」
「お前は一体......」
傀儡?魔物の事だろうか……。
どちらにせよ、村の者でない事だけは確かだった。
男はラスラの顔をまじまじと見つめる。
「ふ……ふはは! とんだ偶然もあるものだ! こんなところで”鍵”が見つかるなんて!」
――この男は、俺の事を知っているのか……?
何を指す言葉なのかよくわからなかったが、ラスラを見て”鍵”と言ったのだ。
男は狂ったように笑いながら、両手を掲げる。
「まあ、いいや。生きて回収できればいいだけだし……この力、試させてもらうよ」
風がぴたりと止み、月が赤に染まった。
男の内部から、黒く淀んだ力が溢れていく。
二人が頭上を見上げると赤黒い球体が浮かんでいて、その球体は、心臓のように一定の周期で脈打っていた。空に浮かぶ球体は、鼓動と共にどんどん大きさを増していく。
「シルヴァさん! 何かきます!」
「判っている……っ!」
シルヴァは息もつかせぬ早撃ちで、強装弾を男に撃ち込んだ。
放たれた弾丸は、またも男に命中する前に地に落ちていく。
「無駄だよ。そろそろ始めようか……」
男は下卑た笑みを浮かべて、目を見開いた。
「さあ来い……憤怒の巨人……アドラメレク!!」
男がそう叫んだ瞬間、耳をつんざく咆哮と共に、暴風が巻き起こった。
辺りの木々が、吹き荒ぶ風で滅茶苦茶に倒されていく。
二人は吹き飛ばされないように、その場に踏ん張るだけで精一杯だった。
目を開いて空を見上げると、そこに現れたのは、おぞましい翼を震わせる異形の化け物だった。
竜というより、竜人に近い……ラスラは化け物を見てそう感じた。
見上げるほどの巨躯に、人間のような四肢を持ち合わせていて、全身は黒く光る鱗に覆われている。化け物は青い眼で二人を見ると、再びけたたましい咆哮を上げた。
「星晶獣!? バカな……何の媒介も無しに呼び出しただと!?」
シルヴァは呆然とその場に立ちつくしながら言った。
星晶獣……。それは数百年前に起きた『覇空戦争』において、星の民が造りだした兵器である。
今でこそ、島の守り神のような存在になって眠りについている星晶獣がほとんどなのだが、この男は、その超常的な力を持つ星晶獣を、
「殺れ」
異形の化け物……アドラメレクは主の声を聞き届け、円を描くように両手を構えた。
化け物の手に、風の力が集まっていく。
風はやがて目に見えるほどの球体を作り出し、力の塊となったそれを天高く掲げた。
「離れてください!!」
とっさにシルヴァを突き飛ばし、遠ざける。
次の瞬間。
爆風と幾重もの風の刃が、ラスラを包み込んだ……。
◇
「ラスラ――っ!!」
シルヴァは叫んだ。
さっきまで立っていた場所は、爆風で舞い上がった土煙が邪魔になって、ほとんど前が見えない。
――あの衝撃をまともに受けたラスラはもう……
シルヴァは、余裕そうな笑みを浮かべる男を睨みつけた。
「あーあ、やっちゃったなぁ……肉片の一欠片でも、残っていればいいんだけど……」
「下衆が……ッ!!」
怒りにまかせて、狙撃銃を乱射する。
放たれた弾丸は、男に傷一つさえ付ける事はできない。
「お姉さん、まだ生きてたんだ」
男が長杖を振りかざすと、十数もの小さな火球が男の周囲に現れ始めた。
「鬱陶しいし……そろそろ死んでね」
男の声と同時に、シルヴァに向け火球が放たれる。
火球が直撃する手前、シルヴァは目を閉じ、一人思う。
――全部、私のせいだ……ラスラ、島のみんな……本当に……すまない
心の中で謝罪するシルヴァであったが、なぜか意識が刈り取られる事はなかった。
――苦しむ事なく死ねただけ、まだマシか……
そう解釈し、ゆっくりと目を開けると、耳までかかる金髪にくたびれた旅装束……見知った後ろ姿が目に入った。
「何が……起こって……」
幻かと思ったが、目の前に立っていたのは確かにラスラだった。
降り注ぐ火球は二人に届く前に、霧散していく。
ラスラの首に提げられたネックレスの中央部分……型に嵌め込まれた石が、紫の光を発して火球を吸い込んでいたのだ。
「なるほど……星晶の力か。いけ、アドラメレク!」
化け物は、恐ろしいほどの速さでシルヴァの元に詰め寄る。
「させるかよっ!!」
死の絶爪がシルヴァに振り下ろされた瞬間、ラスラの剣がその一撃を受け止めた。
――くそ! なんて力だっ……!
化け物の
受け身を取って体勢を整えるが、無慈悲にも化け物の絶爪が目の前まで迫ってきていた。
「頼む……間に合ってくれ」
シルヴァは一度、後方に飛び退り、狙撃銃を構えた。
深く息を吸い、続いて息を止め、照準を安定させる。
――ここまでおよそ、二秒……
大口径の弾丸とはいえ、ただ当てるだけではダメだ。堅牢な鱗に弾かれてしまうだろう。
シルヴァは一瞬で判断を下し、化け物の”目”に照準を合わせた。
”目”という器官は構造上、外部に弱点を露出している部位だ。シルヴァはそこに着目したのだ。
風を読み、化け物の動きを読む……。
――我が銃弾……過たず敵を穿つ!!
撃ち出された必殺の一撃は、見事に化け物の片目を撃ち抜き、化け物を大きく怯ませた。
「今だっ!! 一気に畳みかけるぞ!!」
「ハァ!!」
指示を聞くよりも速く、ラスラの体は動き始めていた。
短い気合いの声を発し、化け物の懐に飛び込んでいく……!
化け物は視界の端にラスラを捉えると、無造作に爪を振り回した。
ゴツゴツした鱗を足掛かりに、勢いよく跳躍する。
「こいつで……終わりだっ!!」
ラスラは剣を振り上げた。化け物が意図を察したのか、手で顔を覆おうとしたがもう遅い。
振り上げた剣を、化け物の目に突き刺し、さらに深く……脳天深くへと剣を押し込む。
真っ赤な鮮血が噴き上がり、化け物は地を揺らすほどのうめき声を上げ、地に落ちた。
「立てるか?」
シルヴァはラスラの元に駆け寄り、手を差し伸べる。
「ええ……何とか」
差し伸べられた手を握り返して、ラスラは立ち上がる。
致命傷を負ったのか、化け物はもう動かない。
化け物の目に刺さったままの剣を引き抜き、ローブの男へと剣を向けた。
「さあ、答えてもらうぞ。お前は誰だ!」
「気を付けろ、ラスラ……何が飛んでくるかわからん」
化け物を倒されてもなお、男の笑みが崩れる事ななかった。
「ま、どうせ失敗作だし、今日はここら辺で引き上げるとするよ。良いもの見れたしね」
男はそう呟くと、長杖を振りかざす。
すると、男を囲むように浅黒い霧が立ち込め始めた。
「……僕の名は、アレイスター。覚えておくといい、君がもがけばもがくほど、大切なものを失う事になる……」
「逃がすか!」
ラスラは男に詰め寄るが、男は霧と共に姿を消してしまった。
傍らにいたシルヴァが、安堵のため息をついてラスラの体をまじまじと見つめる。
彼の体は特段、傷ついているわけでもなく、むしろ、無傷に近かった。
「その……大丈夫なのか?」
「はい……コイツが守ってくれたんです」
ラスラは、ネックレスをシルヴァに見せた。
さっきまで光を放っていた石はもう、元の黒ずんだ石に戻っている。
「あの男は『星晶の力』と言っていたな……」
「何か心当たりが?」
「あるにはある」
シルヴァは頭の片隅に、仲間である蒼の少女の姿を思い浮かべていた。
名はルリア。
その少女は、星の民にしか従う事のない星晶獣を操る事ができたり、星晶獣の力を吸収する事ができる不思議な力を持った少女だった。
どこかラスラは、ルリアと似ている部分が多い気がする……。
突然、ぐらりと地面が揺らいだ。
「……まさか」
二人は化け物に視線を走らせる。
倒れていたはずの場所に、化け物の姿は見えない。
「上だ!」
シルヴァの声を聞いて、ラスラは上空を見やる。
「ウソだろ……倒したはずなのに……」
雄々しい翼をはためかせるそれは、止めを刺したはずの化け物、アドラメレクだった……。