グランブルーファンタジー ~STARDUST MEMORY~   作:怪鳥

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第九話 旅立ちの日

 化け物は唸り声をあげながら、両手を空高く掲げ、球体状の暴風の塊が形作られていく。

「もう一度来るぞ!」

「いや……シルヴァさんあれは……」

 赤黒い球体は徐々に膨らんでいき、ついには空を覆うほど大きくなっていた。

「なっ!? あんなもの落とされでもしたら……島が沈んでしまう!」

「くそっ! 早くなんとかしないと!」

 ――でも、一体どうすれば……

 ラスラの剣では上空の化け物に届きはしない。シルヴァが狙撃銃で撃ち込んでも、暴風の壁に阻まれてしまって効果は見込めなかった。

 ラスラは意味が無くても、それでもなお撃ち続けるシルヴァを見て、唇を噛みしめる。

「汝、我が力を欲するか……」

 ――何だよ……この声。お前は誰だ?

 激しい頭痛と共に、誰かの声が聞こえる。ラスラはその声を聞いて、不思議と懐かしさを覚えた。

「我が名を呼べ、忘れたわけではなかろう? なれば再び力を与えん……」

 

「大丈夫か!! ラスラ!?」

 シルヴァの声でラスラは現実に引き戻された。

 上空の化け物をみやると、今にも巨大な球体を撃ち放たんとしている。

「ええ……ちょっとフラついただけです。早く手を打たないと」

「すまない、もう手は尽くしたんだ……私の力では、もうどうする事も……」

 俯くシルヴァの肩に優しく手を置きながら、ラスラは笑顔を向ける。

「任せてください。俺が何とかしますから」

 首飾りに嵌め込まれた黒ずんだ石を握りしめ、強く想う。

 ――俺を助けてくれたみんな……シルヴァさんやライルさんにパルとぺル……それに村のみんな。大切な人達が消えてなくなってしまうかもしれないんだ……だから頼む。一度だけでいい。俺に……俺に、力を貸してくれっ!

 その時だった。

 黒ずんだ石が赤色に発光すると共に、雲を切り裂いて何かが姿を現したのだ。

「あ……あれは、ルリアと同じ力!?」

 空を漂う何か……それは、竜だった。

 夜の闇よりも深く黒い体皮に、間違いなく自然界の頂点に君臨するものだけが纏う王者の風格。アドラメレクを竜の姿をした人と例えるなら、新しく現れたそれは、完璧なまでに竜であった。

 竜の翼や手、顏や尾の部分には拘束具が施されていて、何かを求めているかのようにラスラを見つめている。

 ――闇の炎の子……《始原の竜》

 そう、お前の名は……

「バハムートっ!!」

 ラスラの叫びと共に、竜の拘束具が外れていく。

 自由を奪うものから解放された竜は、黒銀の翼をはためかせながら大きく口を開け、化け物へと向けた。

 次の瞬間。

 大いなる破局(カタストロフィ)。竜の口から高出力の熱線が吐き出され、暴風の球体ごと化け物を包み込んだ。熱線の余波で爆発が起こり、辺りの木々がちり紙のように吹き飛ばされていく。

「シルヴァさん、捕まっててください!」

 ラスラはシルヴァが巻き込まれないように、しっかり抱き留める。

「ああ、ちょっと!! すまない、ラスラ」

 余波が静まり二人は空を見上げると、いつもの月と満天の星が瞬いているだけだった。 

 そこに化け物の姿はなく、遠くの方で竜が飛び去って行くのが見えるくらいだ。

 二人はため息を漏らしながら、その場にへたりこむ。

「……まあ、結果オーライですね」

「……まったく」

 シルヴァはニコリと笑いながら、ラスラの胸板を軽く小突く。

「君には驚かされてばかりだ。でも、おかげで助かったよ……ありがとう。さあ、村に戻ろう。立てるか?」

 シルヴァの手を取って、ラスラは立ち上がろうとする。

 ――良かった、みんなを守れたんだ……あれ? 力が……入らない

「ラスラ!? どうしたんだ!?」

 ラスラは立ち上がる事ができず、その場にばたりと倒れこんでしまった。

 

 ――また、この場所か……

 体がいつもよりも軽く感じられて、ラスラはため息をつく。

 目の前にはどこまで続いているのか判らない、真っ白な空間が広がっていた。宇宙の果てまで延びているように見える。どうやら、また夢の中に迷い込んでしまったようだ。

 しばらくその場に座り込んでいると、白く発光した球体が現れた。

「……またアンタか。俺の事、教えてくれよ。俺が何者で、何をしていたのか……それに、あの不思議な力の事も」

 静かに語りかけても、返事はない。

「……もういいよ。早く現実に戻してくれ」

 もうこんな場所こりごりだ、と目を閉じた次の瞬間。

 強烈な浮遊感に襲われて、ラスラは目を開いた。

 真っ白な空間だったその場所に、粒子のようなものが集まっていき、木々や空が形作られていく。

 ――何が……起こって……

 気が付くと、ラスラは俯瞰して景色を眺めていた。

 どんよりと空には灰色の雲が広がり、土砂降りの雨が降っている。どこかの村だったのだろうか、キハイゼル村よりも規模の大きな村だ。だが、ほとんどの家は焼け焦げていて、収獲間近の農作物が鎧を身に纏った騎士達によって、踏み荒らされている。

 ――何だよこれ……うっ!

 ラスラは強烈な吐き気を覚えて身をよじらせる。

 村の広場の方に視線を向けると、死んだ人間の遺体が焼き払われていたのだ。その傍らには、他の兵士よりも格式の高い鎧を着た二人の騎士が立っている。

「ねぇ、本当にこんな方法しか……殺すしかなかったの?」

 一人の騎士が、兜を脱いで言った。その騎士は、夢に出てきた金髪の女性だった。

「姉さん……空の民は俺達の敵だ。心無い魔族なんだ」

「本当にそうなの? 私にはそうは見えなかった……こんなの、こんなのって……間違ってるよ」

「……うん」

 泣き崩れた女性の肩に、もう一人の騎士がそっと手を置く。

 ふとラスラは自分の手を見やると、血で真っ赤に染まっていた。

「……苦しい」

「助けてくれ」

 頭の中に誰かの悲鳴が、木霊する。

 ――やめろ!! やめてくれ!!

 

「ラスラ!! 大丈夫か!? ラスラ!!」

「うわぁっ!!」

 目を覚まして辺りを見回したとき、一瞬、自分がどこにいるのか判らなかった。ぜぇぜぇと激しい呼吸を繰り返しながら、ラスラは意識をかき集める。木製の小さなテーブルと椅子に、クローゼット。開け放たれた窓からは、爽やかな朝日が差し込んでくる。目の前には、心配そうに自分を見つめるシルヴァが。どうやらここは、宿の一室のようだった。

「これを飲め。少しは楽になるはずだ」

 シルヴァは水の入ったコップを手渡す。

「あ……ありがとうございます」

 ラスラは水を一気に飲み干し、呼吸を整える。

「悪い夢でも見ていたのか? あれから三日間、ずっとうなされていたぞ」

「三日間も……そうだ、村の皆は!?」

「大丈夫だ。心配すんな」

「ライルさん!」

 入口の扉には、にんまりと笑うライルの姿があった。

 ライルは、よいしょと椅子に腰かける。

「簡単に話すとだな……」

 それからライルとシルヴァは、あれからどうなったのか語り始めた。

 まず、シルヴァとラスラが星晶獣を退けてから、村に害を与えていた魔物がめっきり現れなくなったという事。島に元の生態系が戻りつつあるという事。そして、多少の損害は出たものの、人的被害が出なかった事。

 ――良かった……みんな無事だったんだ

 ラスラはホッと胸を撫でおろしながら、話を聞いていた。

「ほんと、お前さん達には無理をさせちまった……島を、みんなを守ってくれて、ありがとうな」

 ライルは深々と頭を下げる。

「いえ……ラスラのおかげです。私だけでは……どうする事もできなかった。でも、驚いたよ。君が星晶獣を呼び出す事ができるなんて」

「星……晶獣」

 アレイスターと名乗った男が呼び出した化け物と、自分が呼び出したらしい黒銀の竜の姿が脳裏によぎる。

 星晶獣という言葉を聞いたライルの表情が、ほんの一瞬だけ、険しいものに変わった。

「星晶獣……まさかな。シルヴァから話は聞いていたが……お前さん、どうやって呼び出したんだ?」

 ラスラは俯きながら首飾りを握りしめる。

「……声が聞こえたんです。力が欲しければ我の名を呼べ、って。そしたら、この石が輝き始めて、気付いたら竜が現れていた……ほんと、何がなんだかって感じで……」

「どれ、その石を見せてみろ」

 ライルは首飾りの中央に嵌め込まれた、黒ずんだ石をまじまじと見つめる。

「コイツは……星晶塊!? 帝国の紛い物なんかじゃあねぇ……正真正銘、本物の星晶だ」

「ルリアも似たようなものを身に着けていたな……」

「星晶? 何ですそれは」

 ラスラは首を傾げながら、二人の顔を見つめる。もしかしたら、自分に繋がる何かが判るかもしれない。

「俺の知り得る限りの知識だが……大昔、空の民が住むこの世界に、星の民と呼ばれる者達が侵略戦争をふっかけてきやがった」

「……戦争?」

「ああ、そうだ。今では覇空戦争って呼ばれてはいるがな。おかしな話だが、ほとんど文献が残ってねぇ……。ざっくりとだが戦時中、星の民は星晶獣やら圧倒的な力を使って、空の世界を瞬く間に占領下へ置いた。その力の源となったと言われているのが、この星晶だ。結局、星の民の技術を吸収した空の民が勝ったみてぇだが」

「そんな物を、何で俺なんかが……」

「それがわかりゃあなぁ……」

 自分が何者なのか、それを知ろうとすればするほど、謎は深まるばかりだった。

「ただの一般人じゃない、という事だけは確かだろう。あの流れるような剣技に、星晶を操る力……それに、君の事を知っていたアレイスターの事もある」

 ――そうだ、あの男……俺の事を知っているみたいだったけど……一体

 三人とも押し黙ってしまって、部屋に重たい空気が流れる。沈黙を破ったのはシルヴァだった。

「辛気くさい話は終わりにしよう。君に伝えておきたい事があってな。私は明日、この島を出る。もし、君が良ければなんだが……私と一緒に来ないか?」

「ええっ!?」

 急な誘いに、ラスラは驚いた。

「もちろん、嫌だったらそれでいいんだ!! 私は、ある騎空団に入っていてね。事情を話せば、きっと団長も判ってくれる。それに、君の事も何か判るかもしれないと思って……」

 もじもじと、シルヴァは顔を赤らめさせながら早口でまくし立てる。

 ラスラにとっても、悪い話ではなかった。

「美人の誘いは素直に受けとけー、後で後悔すんぞー」

「もう、からかわないでください!! ライルさん!!」

「がははっ!! ラスラ、お前さんが誰であろうと、島を守った英雄に変わりはねぇ!! 島に残ってもいいんだぜ。これからどうするか、よく考えろ」

「ありがとうございます、そうだな……」

 ラスラは窓の外へ視線を移しながら、一呼吸おいて続ける。

「この島で目覚めたのも、みんなに出会えたのも、きっと何か意味があるはずなんだ。ライルさんの話はすっげー嬉しいけど、今はまだその時じゃない……そんな気がするんです。だから俺は、シルヴァさんと一緒に島を出ます」

 ――立ち止まってなんかいられない。今はただ、前に進もう

 ライルは決意の込められたラスラの目を見て、島を出て行った親友と、その息子の影を重ねて懐かしさを覚えた。

「よし、決まりだな!! よろしく頼む、ラスラ」

「俺の方こそ、これから世話になります」

 ラスラとシルヴァは固く握手を交わす。

「よっしゃぁ!! こうしちゃいられねぇ!!」

「ど……どうしたんです!? 急に」

 ライルは声高に言った。

「宴会に決まってんだろ!!」

 

 ――うっぷ……昨日は飲みすぎちゃったな……

 早朝。ラスラは宿の裏手にある井戸にいた。昨晩、二人を送り出す為の宴会が開かれて、ラスラは大いに楽しんだのだ。というより、かなりはしゃぎすぎてしまったらしい。目覚めるとなぜか、ほぼ半裸に近い状態で大の字になって寝転がっていたし、そもそも酒を口にしたあたりからの記憶が綺麗さっぱり飛んでしまっている。

 今日はシルヴァと共に島を出る大切な日。そんな大事な日に、酔ったままでは示しがつかない。

 きんきんに冷えた井戸の水で顔を洗い、酔いを覚ます。

 ――島のみんなとも、今日でお別れなんだよな

 今日は忘れずに持ってきておいたタオルで顔を拭き、ラスラは空を見上げた。

 雲一つない紺碧の空。この場所でこの空を眺めるのも最後かもしれないと思うと、どうも寂しさが込み上げてくる。

 ――きっと、戻ってこれるよな

 忘れてしまわないように、しっかり景色を目に焼き付けてから、ラスラは宿へ戻った。

 

 村はずれにある、空へと突き出した桟橋。島で唯一、騎空挺が停泊できるその場所には、一隻の中型騎空挺が停泊していた。

 桟橋には島を守った二人を見送ろうと、村中の人々が集まってきている。

「あんちゃんと会えなくなるの……俺、寂しいよ」

「泣いちゃダメだよパル兄さん、見送るときは笑顔でって……えぐっ」

 泣きじゃくるパルとペルの頭を、ラスラはこれでもかと撫でくりまわす。

「ありがとな……絶対に帰ってくるよ。次に戻ってきた時は、冒険の話、いっぱい聞かせてやるからな!!」

「絶対だぞ……あんちゃん!!」

「ああ、男の約束だ」

 三人は拳を合わせ、約束を交わした。

「ラスラ、そろそろ時間だぞー!!」

 先に騎空艇に乗り込んでいたシルヴァが、甲板上から身を乗り出して言った。

 ラスラは「じゃあな」と別れを告げて、歩き出す。

「ちょっと待ってラスラ、これは私からの気持ち。そんなくたびれた旅装束じゃあ、長旅持たないわよ!! あとこれ、二人で食べて……ごめんね、これくらいしかできなくって」

「俺からはコイツだ。お前さんにやるよ」

 エリザからは、白を基調としたベージュのコートとお弁当。ライルからは、一振りの美しい剣『アガートラム』が手渡された。

「何から何まで……二人にはお世話になりっぱなしで……ありがとうございました」

 ライルとエリザは、いつもそうであるように柔和な笑みを浮かべていた。

「良いって事よ、またいつでも帰って来い!!」

「もっとゆっくりできたら良かったのにね……気を付けて、行ってらっしゃい!!」

 ラスラが艇に乗り込むと、肩に鳥を乗せたハーヴィン族の小さな女性が出迎えてくれた。

「はぁい。もうすぐ出発しますよ~。別れは済みましたか~?」

 ハーヴィン族はみな小柄な種族だ。成人でも身長は一メートルにも満たない。ラスラを出迎えてくれたこのハーヴィンの女性も、例外ではなかった。

「はい。遅れちゃってごめんなさいね……えっと」

「私はよろず屋のシェロカルテです~。シルヴァさんから話は伺っておりますよ~ラスラさん。よろず屋によろ~ず~、なんちゃって! うぷぷぷ! 以後、お見知りおきを~」

「……はぁ、これからお世話になります」

 独特の雰囲気を醸し出すシェロカルテを前に、ラスラは困惑しつつも、頭を下げた。

「ではでは~、しゅっぱーつ!!」

 耳の奥まで響くほどの大きな駆動音と共に、艇がゆっくりと動き始める。

 その時。桟橋の方から、割れんばかりの歓声が上がった。

「あんちゃん!! 騎空士のねーちゃん!! 元気でなー!!」

 ラスラはシルヴァの横に駆け寄って、一緒に手を振った。

 

 自分が何者で、これからどうなるのか……ラスラは船首の向こうを見つめる。

 

 そこには旅立ちの日にふさわしい、どこまでも続く蒼い空が広がっていた。

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