比企谷くんの同級生(仮)   作:ほーき。

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1話

 多くの生徒が教室から下駄箱に向かい、部活に精を出したり、友達と街へ繰り出したりと高校生が高校生らしさを存分に発揮することができる放課後。

 俺は青春という言葉に逆らうように特別棟四階に来ていた。

 目の前を男らしく堂々と白衣を靡かしながら、しかし、後ろ姿だけで美人だと分かる女性らしさのある艶やかな長い黒髪を翻しながら歩いている教師――平塚先生の後ろを眺めながら俺はとぼとぼと歩いていた。

 事の発端はこうだ――

 放課後、平塚先生に呼び出され職員室に行くと、二年生になった初日に書いた作文について説教を受けた。

 そして、その罰として奉仕活動を命じられたのである。

  「ここだ」と先生はとある教室で立ち止まると扉の横に移動し、「入りたまえ」と教室に入るよう促す。説教からの奉仕命令の流れが完璧すぎて、声をかける隙がなかったがずっと黙って従うのも癪なので反抗の意思を込めて口を開く。

 

「先生……説明をしてもらっていいっすかね」

「ふむ。比企谷――君には友達はいるかね?」

「……」

 

 いないけどね。ばか正直に答えるのも憚られる。

 無言の抵抗を試みるも先生は都合よく解釈したのか、うんうんと頷き。

 

「まあ、いないだろう。いたのなら、あんな作文を書かないだろうしな」

「失礼っすね。そんなんだからいつまでも恋人が――」

 

 顔の横を拳が通る。……怖っ、なに、この人野蛮過ぎない? にしても、気にしてるなら普段からちゃんとしてろよ、と思わなくもないが――かくいう俺もちょびっとだけ『友達』なるものにコンプレックスを持たないわけでもない。

 うん、少しだけね。……ほんとだよ?

 顔をひきつらせ、こめかみをピキピキと音が鳴りそうな程お怒りの先生を落ち着かせる。

 

「冗談ですよ、冗談。先生はいつでも結婚でき……ます。たぶん」

「――全く、友達のいない比企谷の冗談は面白くもなんともないな。やはり、ここに連れてきてよかったよ」

 

 大袈裟にため息をつくと、先生としての立場を考えてないのか教師あるまじき発言を漏らす。

 

「それと比企谷、私は結婚できないんじゃない。しないだけだ」

 

 まだ根にもってたんですね。

 ここで粘っても仕方ないか。……あれ? 説明してなくね? 友達がいないことだけを指摘されたんですが――。

 しょうがない、入るとするか。

 がらり、と扉を横にスライドさせ開ける。

 一歩中に踏み込む。教室の後ろには使われていない机が組上がっている。

 注目すべきはそこではなかった。

 教室の中には無機質な机や椅子だけではなく――一人の少女がいた。

 

「ひゃっはろー、静ちゃん! へー、それが静ちゃんのサーヴァントかー。ククッ、弱そうだね」

「……」

 

 天真爛漫に笑う彼女は雪ノ下陽乃。

 二年J組――国際教養科。

 総武高校において、一際華やかなクラスである。各学年において一クラスだけあり、女子の数が多く男子は肩身の狭い学生生活を送っているらしい。

 ここまでの情報は全て隣の奴が俺とは逆のクラスメイトと話しているのを盗み聞きしたものだ。……ぼっちにおいて情報とは自らを守る防衛手段となる。自分のことを話されているにも関わらず不審な行動を取るのは自殺行為だ。

 そして、その情報の中からよく頻繁に聞く人名が『雪ノ下陽乃』である。

 国際教養科の中でも異彩を放っており、天性のルックスに、磨き上げた完璧なスタイル、どんな相手にも愛想がいい天真爛漫な性格に男女問わず魅了される。

 ……なにこれ、完璧すぎないですかね?

 この絶対完璧少女に俺は面識がある――が今は、この状況をどうにかしないければ、と考えていると平塚先生が呆れたように可憐な少女に声をかける。

 

「陽乃、悪ふざけはよしたまえ。比企谷も困ってるだろう」

 

 ええ、困ってますよ。違う意味でだけど。

 

「ええー、比企谷くん、こういうの好きかなーって思ったんだけどなー」

 

 好きですよ。ちょっとオタクな童貞には効果抜群ですよ。しかし、この手に引っかかるのは三流だ。一流のぼっちである俺は引っかからない。

 

「ははっ……」

 

 苦笑いしかできなかったでござる。

 無理、無理、頭で理解できてもそれを上回る演技力に圧倒される。こいつ、あの時も思ったけど大女優になれるんじゃないだろうか?

 

「その媚びた声を止めろ。……陽乃、気にしなくていい。比企谷はおまえの正体を知っても言いふらしたりなどしない。こいつの子悪党ぶりを信じるがいい」

 

 平塚先生が再び答える。

 ふむ、雪ノ下の正体か……。

 恐らく、強化外骨格のことだろう。どんなに自分が相手より上でも決して見下すことなく(表面上)、愛想を振り撒き(鉄仮面上)、笑顔を向ける。

 男の理想を体現したような奴だろう。しかし理想は理想である。現実にいたら、どこか嘘くさい。

 でも、雪ノ下の場合は嘘くささを感じさせない。

 しかし、長年のぼっち生活で身に付いた人間観察をなめないでいただきたい。

 たぶん、こいつの本性は相当腹黒いと思われる。

 平塚先生の発言を聞いて、ふーん、とか言いながら俺を値踏みするように見ている。ハンターだ! ハンターの眼をしている。

 ここから先は一回でも選択を間違えれば死あるのみ――。

 この会話を聞くに先生は、俺にこいつの本性を暴かせ、仮面を外すこと――それと、俺のぼっち気質の改善が目的なのだろう。

 しかし、この手に乗っては、俺の安寧が奪われかねない。雪ノ下は俺という自然形態を破壊する外来種だ。

 だとすると、俺が取るべき行動は――。

 

「先生、何言ってるんすか。雪ノ下さんの正体ってなんですか。……あ! なるほど、天使か何かですね。納得、納得」

「……」

「……」

 

 ……あまりにも棒読みすぎて二人とも黙っちゃいました。なんだろうな、すごい既視感がある。俺が発言したらみんな静かになる、あれだ。

 失敗したか……。雪ノ下の裏側に触れずに、騙される童貞ぼっちのフリをする。だが、俺の言い方が大根役者もびっくりの演技力だったので、逆におちょくっているように見えなくもない。

 恐る恐る視線を雪ノ下に向けると、うわーっ、超ニコニコしてるー。顔は笑ってるのに、内側から黒いものが溢れでてますよー。気づいて雪ノ下さん!

 

「ねえ、静ちゃん。その子が今回の依頼内容ってことでいいのかな?」

 

 雪ノ下が確認するように聞く。

 先生は頷きながら答える。

 

「比企谷はどうも、心の四大要素が欠けているみたいでね。ここで活動することによって取り戻して欲しい」

「ふーん、喜怒哀楽がないってことなのかな? でもでも、比企谷くんは欠けているってよりかは、出さないだけじゃないかな」

 

 好き勝手に言ってくれる。

 あっ! 怒れた! やるじゃん俺。っ! 喜べてもいるじゃん。この調子で……って活動? なにやら、俺にとって良くないことが起ころうとしているんじゃ――。

 

「先生、活動って何ですか」

「ふむ、そういえば話してなかったな。比企谷――君にはペナルティとして奉仕活動を命じる。ここで活動することによって少しは奉仕の精神を学びたまえ」

「な、なんて理不尽な」

「異論反論は認めない。陽乃、比企谷を任せた」

 

 一切こっちの意見を聞くきがないのか言い終えると教室から退室した。

 

「比企谷くん、紅茶飲まない」

 

 ぼーっとしてたら何か誘われたんだが――。

 裏がありそうで怖いんだよな。……はっ! そうだった。こいつの強化外骨格について触れずに、この場を凌ぐんだった。……っうし!

 俺は何も知らない純粋無垢な雪ノ下を敬っているモブCだ。

 

「えっと、よく理解してないんだが俺は何をすればいいんだっけ、なるべく早く終わらせて帰りたいんだが」

 

 家に帰りたい願望が強すぎてつい、本音が出てしまった。ミスってばっかだな俺。

 

「ん、比企谷くんって面白いね! でも、少しでいいから付き合ってよ」

 

 雪ノ下はそう言うと、窓際にある机に置かれているポットを動かし始める。

 それにしても、付き合ってよ、はちょっとずるくないですかね?

 

「いや、ほんと大丈夫なんで、俺から平塚先生に言っとくんで……」

「だーめ、ほれほれ座りたまえー」

 

 雪ノ下に背を向け、扉を目指し歩こうとすると首根っこを掴み無理やり椅子に座らせられる。この子強引すぎない。ぐぇって、気持ち悪い声出しちゃたんですけど――。

 ここで渋っていても逆効果だろう。大人しくしてよう。

 

「どうぞ、召し上がれっ」

 

 ソーサーの上に品のあるカップが置いてあり中には紅茶が注がれている。

 

「い、頂きます」

 

 そろーっと手を伸ばし取っ手の部分を掴み、紅茶を口に含む。……うまい。うまい以外の感想を持ち合わせていないので特にリアクションがとれない。

 しかし、雪ノ下には伝わったのか長机を挟んだ場所から机に肘をつき、小さく笑みを浮かべている。

 まだ、雪ノ下という人間について詳しくは知らないが、雪ノ下は笑うときは満面の笑顔のイメージがあるので、こういう些細な違いでドキドキしてしまう。

 

「美味しいかな? ってその反応なら良かったみたいだね」

「おう、うまかったわ。……で、雪ノ下――俺は何をすればいいんだ」

「そうだね。でも、その前に、比企谷くんはわたしを見てどう思った?」

 

 話をふるも雪ノ下は真剣な態度で自分のことを聞いてきた。思うもなにも――嘘っぱち、模造品、偽物。誰を真似してるか知らないが、俺は好きじゃない。

 だからといって、「俺はおまえが好きじゃない」とか言って、『おまえのまわりにこんな奴いなかっただろ』アピールをするのも気持ち悪い。俺自身そう感じるのだから相当キモい。

 

「さあな。まあ、平均よりかはだいぶ……か、可愛いとは思うが」

 

 事実のみを伝える。

 

「そんなの知ってる」

「さいで」

「他に違和感みたいなの感じない?」

「は?」

 

 要領を得ない言い方をする雪ノ下。

 違和感ならずっと感じている。初めて会ったときから胡散臭さみたいなものを覚えている。

 それでも、俺はすっとぼけた方が良いと思う。

 

「前髪でも切った?」

「君はそういう態度を取るんだね」

 

 どこか達観した物言いに底知れない恐怖を抱くが、これで俺に向けていた興味はなくなるだろう。

「わたしの見当違いだったかなー」とつまらなそうに雪ノ下は紅茶を飲んでいる。

 そうそう、そのまま興味を失ってくれ好奇心ガールよ。

 

「なに笑ってるのかな?」

 雪ノ下は少しムッとして言う。

 む? どうやら、一難去ったことに笑みが溢れていたらしい。

 おっかしいなー。このまえ、同じ感じでニヤニヤしていたら妹の小町から「お兄ちゃん、目を汚さないで!」って怒られたのに――雪ノ下は普通に笑顔と認識しているらしい。

 遅れて罪悪感が襲ってきた。もしかしたら、見た目通り、女神みたいな性格も持っているのではないかと――。

 

「別になんもねーよ」

 

 でも、俺が選択したのは関わらないことだ。なら、ここにいる必要ないだろう。

 平塚先生には後日怒られるが仕方ないか。

 鞄を取るために席を立とうとすると、雪ノ下は何か閃いたのかぽんっと手を打つとこちらに近づいてくる。

 

「比企谷くん、手を出して」

「えーっと、それは――」

「いいから出す」

 

 強制力のある言い方につい手を出してしまった。

 

「ほら、で? なに」

「お、えらいえらい。素直なことは良いことだ」

 

 俺の行動に満足しているのか嬉しそうに手を繋ぐ。

 ……はい? え! どういうことですか雪ノ下さん!?

 って、繋いだといってもお互い対面しているので握手のほうだ。

 女の子らしい手の感触にドギマギし、どうすればいいか分からず伺うように顔を見ると、隠す気がないのか初めて会ったときと同じ、馬鹿にしたような挑発するような笑みを浮かべている。

 他とは違うアピールをする奴を馬鹿にしている俺としては恥ずべき行為だと分かっているのだが――思わずにはいられなかった。この腹黒い、人を見下すような笑顔を見分けられるのは俺だけじゃないかと。

 

 口に出すべきか悩んでいると雪ノ下は満足そうに手を離した。おみくじで大吉が当たった子供のように無邪気に喜んでいる。

 

「うんうん、そのひきつった顔、最高だね」

 

 どうやら、無意識のうちに表情に出ていたみたいだ。

 

「すまん、意味が分からないんだが――」

 

 とぼけて誤魔化そうとする。こんな奴におもちゃにされるのはごめんだ。

 しかし、とぼければとぼけるほど、雪ノ下の笑顔に残忍さが増す。元来のいじめっ子気質とでも言えばいいのか。とにかく、居心地が悪い。

 雪ノ下はずいっと一歩踏み込んでくる。

 身長的に俺の方が高いので必然的に上目遣いになる。とても魅力的な動作なのだが、笑顔で台無しにしている。

 

「おい、ほんとに何がしたいんだよ」

「ふふっ、怖い?」

 

 怖いです。自覚あるなら止めてくれませんかね。

 というか、このまま、食われるんじゃないかと思うほど身の危険を感じる。唐突な下ネタではなく、弱肉強食という意味でだ。

 

 そして、この謎時間は第三者によって終わった。

 

 ガラガラと教室の扉が開く。俺と雪ノ下、二人して扉の方を見る。

 開けられた扉の先には総武高校の制服を着た女子生徒が立っていた。

 ぱっつんと揃えられた前髪で両目を隠しており、後ろ髪はふたつくくりで結ばれている。なんとも不思議な出で立ちの彼女はこちらを見ると(恐らく)、「はわわ」と慌てて扉をピシャリと閉めた。

 

「……」

「……」

 

 二人とも突然の介入者に無言になる。

 

「ひ、比企谷くんの目が腐ってるせいだ!」

「雪ノ下の笑顔が黒すぎなんだよ!」

 

 俺と雪ノ下同時に声を上げる。

 

 

 ……あ、俺ここに何しにきたんだっけ?

 

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