比企谷くんの同級生(仮)   作:ほーき。

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比企谷くんはサボり魔

 二年生になり、自らを取り巻く環境の変化に戸惑うも時間は待ってくれない。放課後になると、部室に行き――来るか分からない依頼者をただただ待つ。俺は読書、雪ノ下は勉強、二堂は目を瞑って精神統一。

 一人だけおかしなことをしているので、不思議に思い話を聞くと「他者を介すことでしか見えないものがあるのです。二人は鏡に適しているので――」うふふ、と笑い残し黙り。それ以上は答えない、とばかりに……。まあ、依頼者が来ないときはこんな感じだ。

 これだと依頼者が多く来ているように聞こえるが、実際は二堂の依頼の数日後に自称かの有名な剣豪将軍こと――材木座が自筆の小説を読んで欲しいと持ち込んできたこと以外は誰も訪れていないのだが……。

 言ってしまえば、真面目に毎日部室に足を運んでいるのは俺だけだったりする。雪ノ下は友達と遊びに行くから、二堂は家の用事が、二人して「比企谷くんにはできない言い訳だね」あはは、と笑い飛ばし律儀に部室に顔をだし帰る。……最後のは明らかに俺のことを馬鹿にして言っているんだろう。……い、家の用事くらい俺にもあるし! 友達と……の方はお察しで。

 とにかく何が言いたいかというと、ぼっち最高。

 美少女と美少女? の二人と同じ空間にいるのは息苦しいものを感じざるを得ないが、同時に心地よいものと思わなくもないので、この矛盾した気持ちを抱えたまま過ごしているのである。

 だからこそ、こうして一人で潮風を浴びながら感傷に浸っている今が至高だと言えるだろう。

 モヤモヤした気持ちも一人だと考えないで済む。

 二堂は自己を見つめるには他者が必要だと言った。しかし、俺はそれは違うと、否定せざるを得ない。

 必要なのは自分だけ――他者を通すということは考えを共有すること。それは酷く恐ろしい。

 歪曲され曲解した自己はひどく醜いものに成り果てているのではないか。

 だから強者は他人のフィルターから見た自分を綺麗なまま眺めることができるが、弱者はフィルターを通さずにしか自我を保つことができない。

 俺みたいな底意地の悪い奴は思考を共有すると大概嫌われるので要注意だ。

 

 ふう、一つため息をつく。

 現在四限をサボり、とりとめのないことを一人考えていた。

 前もって今日の四限は自習と決まっており、俺もおとなしく教室で読書をするつもりだった。

 だが、我がクラスのトップ葉山グループの某かが誕生日が近いらしくお祝いをしようとなった。

 残念ながら、担任もこの手の行事ごとが好きらしく案外乗り気になっていた。……まあ、一応先生なので最後の十分から昼休みに、とのことだったのだが。

 リア充って毎日がハピバのくせに、誕生日は格別なのな、……クラスメイトも表面上は盛り上がっていたが若干複雑そうにしていた。

 俺はそんな内輪のりに巻き込まれまいと四限の頭からサボっていたんだけど。

 雨や強風のとき以外は基本的にベストプレイスで昼食をとっている。ベストプレイスとは教室棟一階購買の斜め後ろにある。ちょうどテニスコートを眺める位置にあったりする。

 潮風に吹かれながら目を瞑り鼻歌を唄う。

 往年のアニソンを口ずさみ視覚以外で風を体感する。

 これこそが自然派じゃないか! 違うか、違うな。

 晴れっ晴れっで愉快な音色を奏でていると、ギシっと地面の砂利を踏み鳴らす音が耳に届く。

 音がした方向を探るため重い(まぶた)を持ち上げ真横を向くと体操服に身を包んだ雪ノ下陽乃が運動後なのか、顔を赤らめこちらを一瞥していた。

 おーい、などと声をかける関係でもないので無言でシッシッと手で追い払う素振りを見せるとムッとした表情を浮かべ近づいてくる。

 

「なに、比企谷くん。綺麗な同級生に話しかけられるのは嫌い?」

 

 俺の真正面に立つと雪ノ下は少しだけ邪険に扱われたのが気に入らないのからしくない棘のある言葉を発する。

 

「ああ、嫌いだな。勘違いして告白して振られちゃうからな」

 

 いつもの飾っていなくても煌めくセミロングの艶やかな髪を後ろに一纏めにしている。所謂、ポニーテールというやつだ。

 うむ、運動用のスタイルなのか若干の幼さを魅せる出で立ちに少々困惑を隠せず、ぶっきらぼうに視線を合わせずに答える。

 

「振られちゃうんだね……。うん、比企谷くんらしくて好きだな。わたし」

「おい、俺はいいけどおまえは否定するなよ」

「む、難しい年頃なんだね」

 

 引き気味のリアクションをする雪ノ下は俺の右に腰掛ける。その距離は零。社交的な雪ノ下にとってはなんてことないのかもしれないが、俺の対友好言動がフルパワーで拒んでいる。

 一つ、間を作り横にずれる。

 

「む、照れ屋だなー。比企谷くんは」

「……おまえ、体育の途中じゃないのかよ」

 

 少し強引だが話を変える。見ての通り雪ノ下は体操服なので、まだ体育のはずなのだが……。

 

「そうだけどね。それより、面白いもの見つけちゃったもん」

 

 可愛いらしい語尾に似つかわない嗜虐的な微笑をたいそう偉そうに見せつける。

 あの日の雪ノ下の宣言はどうやら本気のようで、からかう比率が多くなってきている。

 だいたいは相手にしていないのだが、その反応も織り込み済みなのか嬉しそうにしていたり。

 俺の成すこと全てが気に入ったようで日に日に酷くなる一方なのである。

 ……ほんと、助けてくれませんかね、二堂さん!

 二堂はとても愉快なものを観察するように傍観していた。

 

「比企谷くんはこんなとこでサボったりしてていいの?」

 

 それは馬鹿は勉強してろってことですか? そうですか。自分のことは棚に上げて、うりうりと頬に指を押しつける。は、恥ずかしいので止めてくれませんかね……。

 軽く手で払いのけ、うんざりとしながらも答える。

 

「自習なんだよ。で、誕生日のお祝いをすることになって気まずいから早めに避難してきた」

「あー、比企谷くん苦手そうだよね。なるほど、なるほど。でも学生は楽しまないとだよねー」

 

 後半が明らかに棒読みなのは触れないでおこう。

 にしても、意外だな。雪ノ下ってこういうの好きなもんだとばかり思っていた。

 いや好きなんだろう、実際。だが、好き嫌いの判断基準は……おそらく、そこに雪ノ下がいるかどうか。

 奉仕部に入ることで分かったことが一つある。

 雪ノ下は率先的にいろんな人と関わりに行っていた。友達と遊びに出掛けたり、生徒会に顔を出したり。本人曰く、休日も忙しいとのこと。……先に述べた、学生を楽しむことが目的なのか、人生の教訓にするためなのか理解しかねるが充実しているらしい。

 そこに俺や二堂みたいな異分子が入り込むことは果たして彼女にとって許容範囲なのか……なんてのは今は分からない。

 

 急に黙りこんだので雪ノ下は不審そうに目をよこす。

 すると、閃いたとばかりに口を開く。

 

「あ! そうだ。比企谷くんは誕生日祝われたことある?」

「ないな。誕生日は夏休み中だからな、家族以外に祝われたことはない。……最近は家族にも祝われなくなった」

「ヒッキー……」

「ヒッキー言うなし!」

 

 吹く風に拐われるように俺たちの会話は消失する。

 聞こえてくるのは体育をしている生徒の喧騒のみ。

 その生徒の声さえもかき消す風はだんだん、と強くなる。

 四月とはいえ、この風は身に凍みる。……さみぃ。

 ちらりと、雪ノ下の様子を伺うもほぼ引っ付いていて間近で見る横顔は背筋が凍るほどの冷たさと可憐さを引き立たせている。

 って、近い近い近い、……髪の毛さらさらで良い匂いだなぁ――じゃなくてこの子の人との距離感ってこんな近いの? そりゃ、モテるはずだ。

 嫌な顔一つ見せずに隣にいる勘違いしないわけがない。

 なるべく、嫌悪感を醸し出しつつ一つ空ける俺。

 顔を覗き込みながらにじりよる雪ノ下。

 一進一退の攻防も呆気なく終わる。

 俺が端に追いやられ詰み。

 

「寒いなー。どこか上着を貸してくれる真摯な紳士いないかなー」

 

 じぶんの魅せ方をよく理解している雪ノ下は上目遣いで甘えてくる。

 文字じゃないと分からないボケを無視し、非難の声を浴びせる。

 

「近いから離れてくんない? あと、それ追い剥ぎと変わんねぇから」

「寒さを凌ぐには人肌が一番! それに男子が女子にブレザーを掛けてあげるって、定番中の定番じゃない?」

「あ? っけ、そんなの他の奴でやってくれ」

 

 身体の重心を雪ノ下の逆に傾けつつ、毒を吐く。

 そして目線をグラウンドに向ける。

 清々しいほどに快晴な青空の下、楽しそうに声を上げる生徒たち――やはり、違うなと改めて感じ、自分のアイデンティティを守る。

 

「比企谷くーん、わたしをほったらかして、なに物思いにふけてるのかな? 寒くて風邪引いたら責任取ってくれるのー?」

「そんなもん、自己責任に決まってんだろ。学生らしく運動してこい」

 

 雪ノ下は寄り添うようにこちらに身体を傾ける。

 つまり、俺が取った距離は雪ノ下によって潰されるわけで……。

 からかわれているのは分かりきっているので突き放すように追い払う。

 

「えー、ケチー。男なら服貸すくらいの甲斐性がないとモテないんだぜー」

 

 それ、と雪ノ下は俺の上着を奪いにかかる。

 ちょ、誰か助けてー。マジもんの追い剥ぎがいるんですけど。

 向かい合うようにし膝立ちになり俺より頭一つ上から襲いかかるので、体操服の襟元が下がり鎖骨から胸元まで無防備に晒されている。

 やだ、視界に入ってる! ちょっとハレンチですよ!

 俺の不自然な目の動きに、ニヤニヤしながら離れる魔王様。……お、俺の道化っぷりお楽しみ頂けましたか?

 

「うんうん、やっぱり比企谷くんも人の子だったんだね」

 

 底意地の悪い笑みをし、暴言を吐き出す。貫禄さえ漂う面構えだ。

 俺のことを化け物と揶揄しているような感じだが、つっこむ苦労もおしいので心の中で指摘しておこう。

 

「で、変態さんは上着も貸してくれないのかな?」

 

 むむむ、完敗だ。俺が頑なに貸さないのは勘定に入れており、その上で手段を取る。……俺が一方的に沼に沈みにいったのかもしれないが。

 貸さなければ、変態扱い。なんなら学校中に広まっている恐れがある。雪ノ下はそんなことをする奴じゃないが、面白半分にする可能性もなくもない。

 

「くっ、変態認定は勘弁だからな――ほら、後ろ向け」

「え? ……そ、その……うん」

 

 目を大きくさせ驚く。

 言い出しっぺ、おまえじゃねぇのかよ……。

 ゆっくりと周り背中を見せる。

 ポニーテールにしているので白いうなじが惜しげもなく外気に晒されている。

 うっ、さっさと被せよう。

 上着を脱ぎ、肩にかけるようにそっと乗せる。

 よし、オッケー。さて、なんていちゃもんを付けられるのやら――。

 

「……」

 

 雪ノ下は背を向けたまま動かずに黙っている。

 対応に困り、何となく正面のテニスコートを眺める。

 雪ノ下も合わせるように隣に座り直す。

 それでも喋ろうとしない彼女に顔を動かすと、両足を両手で抱えすっぽりとブレザーに包み込まれていた。

 えー、なにそれ可愛い。まさか、俺のブレザーが萌えアイテムに……。俺が着てもそんなに愛らしくないじゃん、おまえ。

 素材か、素材の差なのか……。

 

「比企谷くん、命令口調はあざといよ」

 

 膝に埋めていた顔を傾げこちらを一睨みするも呟く声は小さい。

 

「はあ、俺をおもちゃにして楽しかったか?」

「へ? ……あ、うん。もちろん、比企谷くんの反応は面白いからね」

 

 パッと顔を持ち上げ、一瞬阿保顔を晒すがすぐに戻し、にこやかに笑う。

 

「そうか、じゃあ返してくれ」

 

 手で催促し返却を求める。

 雪ノ下は拒否するようにブレザーに身を埋める。

 

「無理だよ? 四限までこうしてるからね」

 

 それっきり黙り込みぼーっとクラスメイトを眺めていた。

 マジか、この子アホになっちゃたのん?

 返せよ、寒いよ。

 取り返さないとな。……ブレザーとか俺の純情とか――。まあ、それよりも忠告しないといけないことが一つ。

 

「雪ノ下……その、クラスメイトに見られるから……な?」

「くくっ、あははは、最高。大丈夫、大丈夫みんな競技に夢中だからさ」

 

 至極おかしそうにあざけ笑う。俺には彼女の行動原理をいまだ理解できない。何が楽しいのかくつくつと屈託なく笑っている。

 こっちは普段しない他人の心配をしたのに、こうも馬鹿にされては格好がつかない。

 

「そうかよ。好きにしろ」

 

 雪ノ下に習えで体操座りをし顔を埋める。

 むぅ、雪ノ下といると調子が狂う。……二堂もか。

 とにかく、俺の培ってきたぼっち精神が崩壊を迎えている。まずい、これはまずい。誰にも構わず構われず――。これが、少なくとも俺の幹となる部分だ。

 なのに、こいつは……。

 

「もう、拗ねないの! そろそろわたしも戻らなきゃだし、ちゃんと返してあげるから――ね?」

 

 子供をあやすような優しい声音で語りかける様子は駄目な弟を慰める姉そのもので気恥ずかしい。

 よってさらに顔を埋め、首を雪ノ下とは逆の方向に傾ける。

 

「比企谷くんは可愛いなぁ。もう少し愛でていたいけど、ごめんね?」

 

 頭を両手で撫で回される。

 

「や、止めてくれ」

 

 やんわりと払い、いつの間にか正面に立っている雪ノ下を睨みつける。

 その顔は真っ赤だと思うが関係ない、こいつには何かもお見通しだ。

 

「顔赤いよ。……はい、ありがと! じゃあ放課後会おうね♪」

 

 ブレザーを俺に渡すと頭を一撫でし、手を振りながらグラウンドに戻っていった。

 暑っ、……まあ、ブレザーが着るに着れないからちょうどいいか……。

 あと、部室で――が抜けてるからね?

 

 

 * * *

 

 四限の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。

 購買に行き菓子パン二つとコーヒー牛乳を買い、忌まわしい場所になってしまったベストプレイスに再び陣取る。

 もそもそ、と咀嚼を繰り返しコーヒー牛乳で流し込む。

 はあ、ああなるんだったら教室に残れば良かった。

 雪ノ下にいいように遊ばれ一日の消費エネルギーをなくしてしまった。

 午後からは省エネで行こう。ちょうど数学だから一眠りするにはちょうどいい。

 いや、真面目に受けるつもりはあるが、いつの間にか睡魔の餌食になってしまうんだよ。

 ちなみに、ブレザーは着れるはずもなく横に畳んで置いている。

 

「比企谷さん、お隣よろしいでしょうか?」

 

 上から声が響く。

 振り返ると二堂が弁当箱を引っ提げ立っていた。

 まあ、一応知り合いだからな。

 そう理由付けいいぞ、と口を開く。

 

「ありがとうございます。……正直申し上げると、断られると思っていたので……」

 

 確かに昨日までの俺なら拒否していただろう。しかし、今は麻痺しているのか、頭のネジがぶっ飛んだのかどこか人との距離感が狂っていた。

 何もかもあいつのせいだろう。

 さっきまで、弄ばれていた雪ノ下に恨み言をごちる。

 

「それでは失礼します。……あの比企谷さんのブレザーは着用必須でしょうか?」

 

 ……一瞬、何を言われたのか理解できず、思考が停止する。

 ブレザーとは反対の位置に座り込む二堂の顔を伺うも例によって、前髪に隠された目から感情を読み取れない。

 

「……その雪ノ下さんは着てらしゃったので……」

 

合点がいった。

つまりだ……二堂はばっちり見ていたのだ。

 

 

雪ノ下ばっちり目撃されてんじゃねぇか!!

 

俺の叫びは誰にも届くことなく己の中で反響する。

 

 

 

 

 





完結まで書くために奉仕部メンバーが変わっても変化がなさそうな所は飛ばします。今回からテニス篇です。
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