仔山羊悪魔の奮闘記   作:ひよこ饅頭

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書籍版中心。
9巻後からのスタートです。

また、当小説での守護者の認識は『ナザリック外<(越えられない壁)<ナザリックの仲間たち<(越えられない壁)<至高の41人<アインズ(モモンガ)<(越えられない壁)<創造主』となっております。 ※アルベドは除く


本編
第1話 黒き仔山羊の贈り物


 アインズは目の前の光景に酷く困惑していた。

 ここはナザリック地下大墳墓の第六階層。広大な樹海が広がるこの階層の一角にアインズとダークエルフの双子が揃っていた。

 

 

「……これ、どうしましょうか、アインズ様」

「ど、どうしましょう…」

「……うむ、どうしたものかな…」

 

 アウラ、マーレ、アインズの順に困惑の感情を吐露する。

 彼らの目の前にあるのは、五体の黒い大きな塊。10メートルほどの丸い肉塊に、天辺から生えて地面へと垂れ下がっている何本もの触手。蠢く闇のような肉塊の至る所には白い歯のようなものが時折覗き、そこから微かな息遣いのような音が聞こえてくる。

 この者たちは先日帝国と王国が戦を行った際、アインズが発動させた超位魔法“黒き豊穣への貢”によって召喚された黒い仔山羊たち。

 通常一定時間が経てば消える存在なのだが、しかし何故か彼らは一週間が経っても消えることがなかった。それどころか第六階層に着いてからはうんともすんとも言わず、ピクリとも動かない。

 この説明のしようがない状況に、三人は重いため息をついた。

 

「…もう、どうしましょうか、アインズ様? 処分しちゃいましょうか」

「えっ、だ、駄目だよ、お姉ちゃん。折角アインズ様が召喚したのに…」

「だって全然動かないじゃない。……意思が届かないんですよね、アインズ様?」

「…ああ、そうだな…」

 

 アインズはじっと動かぬ黒い仔山羊たちを見つめながら、考え込むように骨の手を口元へと添えた。

 この世界では召喚者と召喚された者には一種の繋がりのようなものができる。それによって命を下したり、召喚された者が倒されたことすら感じ取ることができた。しかし召喚した当初は確かにあったその繋がりが、今はアインズは黒い仔山羊たちに対して全く感じ取ることができなかった。

 さて、どうしたものか…と普段考えられない事態に内心で頭を抱える。

 

 しかしそんな中、“それ”は何の前触れもなく不意に起こり始めた。

 

 

 最初にその異変に気が付いたのはアインズだった。

 地面を這っている触手の一本がピクッと動いたような気がして、ん…?と小さく声を上げる。

 それに気が付いてアウラやマーレがアインズを見上げる中、まるでそれが合図であったかのように他の触手たちも蠢き始めた。

 

メェェェェ…---

 

 最初に聞こえたのは、そんな弱々しい微かな仔山羊の鳴き声。それが次第に大きくなり、触手だけではなく大きな肉塊も蠢きだす。黒い仔山羊たちは一斉に鳴き声を上げながら、まるで呼び合うように互いへと向かい合った。

 その異様な光景に、アインズたちは反応しきれずただ呆然となる。そしてそんな彼らの目の前で、“それ”は起こった。

 初めに動いたのは、やはり触手だった。

 長くしなやかな触手が宙を舞い、勢いよく目の前の闇色へと振り下ろされる。それは一本ではなく全ての触手で、ナイフのような鋭さを持ったそれらは容赦なく互いの闇を薙ぎ払い、突き刺し、抉り取った。ブシャッ、グチャッ、という艶めかしい音と共に吹き上がる赤黒い液体。それと共に香り立つ濃厚な香りに、否が応にも目の前で繰り広げられている現実を突きつけられた。

 しかし黒い仔山羊たちの凶行はこれでは終わらない。

 仔山羊たちは蹄を地面へと打ち付けると、次は互いの巨体へと真っ直ぐに突進していった。ドシンッと地響きにも似た振動と共に、触手によって抉られた傷から大量の血が噴き出す。しかし闇色に染まった身体ではすぐさま血の赤は見えなくなり、至る所から覗く歯の白さと口内の赤が異様に艶めかしくアインズたちに見えた。

 白と赤が向かう先は目の前の黒。

 まるで踊るように振るわれる多くの触手と衝突する巨体。

 更に濃くなる血の香りに、三人はほぼ同時に目の前で起こっていることが何なのか理解した。

 

「……共食い」

「そんな…、ありえない…!」

 

 召喚された者同士が支配から逃れて共食いをしている。それは異常事態に他ならなかった。

 そもそも黒い仔山羊に食欲といったものはない。ただ目の前の対象に突進し、踏み潰すだけだ。

 ならば何故、今現在目の前でこのようなことが起こっているのか…。

 無駄だと知りながらも多くの疑問が浮かんでは心に蓄積されていく。

 そしてそんな中でも黒い仔山羊たちの凶行は止まらない。

 五体から一気に三体に減り、三体が二体に、そして二体同士が殺し合い喰らい合う。

 ブシュッブシュッと血が噴き出し、ビチャッと小さい肉片が地に落ち、グチャグチャ…と白と赤の間から生々しい音が聞こえてくる。

 そしてついに一体しかいなくなったその時、10メートルもある巨体がフルフルと小刻みに震え始めた。

 次は一体何が始まるのだと恐怖にも似た感情が湧き上がる中、四体分の命と肉を呑み込んだはずの巨体は徐々にその身を小さくし始めた。まるで大きな闇を更に凝縮させて黒い闇を作り出そうとするかのように、蠢く肉塊は更に色を帯び、黒々としていく。形も歪なものから綺麗な丸へと変わり、五本の足も隠れ、まるで大きな丸い黒のボールに触手という名の草が生えているかのような様だった。

 

「………ち、小さくなっちゃった…」

 

 マーレの呆然とした言葉通り、今や10メートルの巨体は直径2メートルほどの球体にまで縮んでしまっている。

 それにアウラとマーレが困惑したようにアインズを見上げてきた。

 しかし、いくら見上げられてもアインズにはどうしようもできなかった。今までの知識が全く通用しない事象に一体どうしろというのだろうか。取り敢えず、これ以上何が起こっても良いように対処しなければならない。

 そんな考えしか思いつけない自分に内心でため息をつきながらも、アインズは目の前の闇の肉塊へと手をかざした。そのまま魔法を発動させようと魔力へと意識を向ける。

 しかしそれはあまりにも遅い判断だった。

 最初に聞こえたのはピキ…という小さな乾いた音。

 それに思わず動きを止めたのとほぼ同時に、再び多くの触手が蠢き始めた。

 ピキッパキッという破裂音にも似た音に導かれるかのように、全ての触手が自身の根元である肉塊の頂点部分へと伸びていく。それでいて鋭く細くなっている先端部分を何の迷いなく肉塊の中へと突き入れた。ブシュッという音と共に何本もの触手がズブズブと肉塊の中へと入っていく。その動きはとてもすべらかで、まったく抵抗感がないかのようだった。まるで最初から空いていた穴の中へ入っていくかのように、あれだけ長い触手が半分ほどまで潜り込んでしまっている。触手はそのまま暫く何かを探すように蠢いていたが、次には一斉に外に出ようと身をしならせた。先ほどのすべらかな動きが嘘であったかのように、ジタバタともがくようにくねらせる。

 その様は、まるで何かを必死に引きずり上げようとしているようにも見えた。

 そしてそれは、決して間違いではなかった。

 

メェェェエエエエ…---

 

 小さな可愛らしい仔山羊の声が聞こえてくる。

 凸凹のなくなった綺麗な表面がくぱりと裂け、幾つもの大きな口が現れる。

 

メェェエェェエェエエエ…。

メェェェエエェェエエエェエエ。

メェエエェエエェェェエエエエエ。

 

 可愛らしい鳴き声は一つから二つ、二つから三つと増えていき、今では不気味な大合唱となって森中を震わせる。

 まるで何かを呼ぶように、まるで何かを謳うように。途切れることなく多くの口が鳴き続ける。

 そして多くの鳴き声が最高潮に達した瞬間、舞い上がる血飛沫と共に一つの物体が多くの触手に絡みつかれた状態で肉塊から引きずり出された。

 ボタボタと大量の血を滴らせたその物体は遠目から見てもひどく小さなもの。恐らく50センチ程度…そう、丁度第八階層守護者ヴィクティムの半分ほどだろうか。ゆっくりと触手によって近づいてくるそれに、一層血のにおいが濃くなる。

 しかし、まるで差し出されるような形となった物体を見つめた瞬間、アインズは眼窩の灯を驚愕に大きく揺らめかせた。

 

「……ウルベルトさん…!?」

 

 叫び声にも似た声を上げながら、アインズは慌てて触手からその小さな身体を受け取った。手やローブが血に濡れるのも構わず、腕に抱いた“それ”を覗き込む。

 腕の中にすっぽりと納まったのは、小さな生まれたばかりの仔山羊だった。

 しかし見るからに普通の仔山羊とは違う。その頭には既に大きすぎる捻じれた角が二本生え、手――そう、前足ではなく手である――は蹄ではなく五本の指が備わった人間と同じ形をしていた。

 そしてその小さな指にはめられた一つの指輪。

 それは見間違えるはずもない、ギルドメンバーのみがはめることを許された“リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”が鈍く光り輝いていた。

 

「…アウラ、マーレ、至急第四階層と第八階層以外の全ての階層守護者に私の執務室に来るよう招集をかけよ! 特にデミウルゴスには何が何でも戻ってくるよう伝えるのだ。また、この場は封鎖する。何人たりとも近づけぬようにしろ! それが終わり次第、お前たちも私の執務室へ来い」

「「はいっ、アインズ様!」」

 

 アウラとマーレが同時に声を上げ、同時に頭を下げる。

 その見事なシンクロを見る余裕もなく、アインズはウルベルトと思われる仔山羊を腕に抱いたまま自身の指輪の力を発動させた。

 瞬時に切り替わる周りの光景。

 第六階層の樹海から第九階層の自分の執務室の前まで転移すると、アインズは勢いよく扉を押し開きながら中に控えているメイドへと湯を沸かすように声を張り上げた。

 

 

 

**********

 

 

 

 第九階層の静かな回廊にカツカツと高い音が響き渡る。

 その音の主であるデミウルゴスは出来得る限りの足早さで回廊の奥へと進んでいた。

 その表情はいつもの冷静沈着で飄々としたもの。しかしその胸の内は大きな不安と恐怖で荒れ狂っていた。

 

 突然アウラ経由で告げられた緊急招集。

 それも自分は特に来るようにと言われてしまっては、いかなデミウルゴスと言えども平静ではいられない。もしや自分では気づかぬうちに大変な失敗をしでかしてしまったのだろうか…と、考えただけでも恐怖で全身に震えが走る。

 しかしそれらの感情を必死に胸の奥底へと閉じ込めると、デミウルゴスは迷いない足取りで目的地であるアインズの執務室へと歩を進めた。

 見えてきた目的の大きな扉へと歩み寄り、手早く服や髪を整えてから扉をノックする。

 一拍の後、薄く開いた扉に姿を見せたのはメイドではなくシャルティアだった。

 それにデミウルゴスは内心で首を傾げる。

 メイドではなくシャルティアが顔を覗かせたからではない。メイドがいないということは恐らく人払いをしているのだろう。問題はシャルティアの顔に今までにないほどの緊張と困惑、そして隠し切れぬほどの興奮の色を見て取ったからだ。

 その複雑すぎる表情に、一体何があったのかと更に不安が増長する。

 しかしこのような場で聞く訳にもいかず、取り敢えずシャルティアが開けてくれた扉の隙間から中へと足を踏み入れた。それとほぼ同時に中にいるであろう主へと声をかけようと片膝をついて頭を下げながら口を開く。

 しかしそれは突然聞こえてきた怒声によって勢いよく遮られた。

 

「―――に間違いはない! 第一、この指輪をどう説明するのだ!」

「し、しかし…!」

 

 聞こえてきたのは今現在自分たちの唯一絶対の主であるアインズと、我らが階層守護者統括の声。

 その常にない激しい口論にデミウルゴスは思わず下げていた頭を上げた。

 そしてその瞬間、丁度こちらを見やったアインズと目があった。

 

「おお、デミウルゴス、来たか!」

 

 先ほどの苛立ったようなものとは打って変わり、嬉しそうな声が自分を呼ぶ。

 それにデミウルゴスは内心で困惑しながらも改めて臣下の礼を取った。

 

「…デミウルゴス、召集のご命令に従い馳せ参じました」

「ああ、挨拶は良い! それよりもお前に会わせたい人がいるのだ!」

 

 言外に早く立ってこちらに来いと言われ、デミウルゴスは即座に立ち上がった。それでいて歩を進めながら、いつになく興奮しているような主を観察する。

 この短い間で見た限りでは、どうやら何かしらの不手際があったというわけではないようだ。逆に機嫌が良さそうにさえ見える。しかし、それならば先ほどのシャルティアの表情やアルベドとの口論は一体何だったのだろうか…。それに先ほどから感じられるアルベドの不穏な空気も気になる。

 何はともあれ今は主の命に即座に応えなくては、とデミウルゴスは招かれるままにアインズの元へと歩み寄った。

 そして彼が抱いていたものを目にした瞬間、デミウルゴスは大きな衝撃で身体を凍りつかせた。普段は閉じられている瞼が見開かれ、宝石の瞳が大きく露わになる。

 

 アインズの腕に抱かれていたのは、白い布に包まれた一匹の仔山羊。

 しかしその頭には仔山羊には似つかわしくない大きな捩じれた角が生え、身体をすっぽりと包んでいる布から覗いている手は蹄ではなく五本の指が備わったもの。そして何より全身で感じられる威圧感にも似た偉大なオーラと、歓喜に震える心。

 

 

「………ウル、ベルト…様…!!」

 

 

 そこにいたのは間違いようのない、至高の四十一人の一人であり、自分の創造主であるウルベルト・アレイン・オードルその人だった。

 今は眠っているのか、大きな目を瞼に隠して大人しくアインズの腕の中に納まっている。

 その様は小さな赤子そのものだったが、少なくとも今のデミウルゴスにとってはひどく些細なことだった。

 彼の御方が目の前にいる…、そのことが最大の重要事項だった。

 今までずっと一目だけでももう一度会いたいと望み、叶わぬ願いだと諦めてきた。

 最も敬愛し、崇拝する尊き至高の御方。

 その彼が目の前にあり、これ以上何を思えというのか…―――

 

 ああ、願わくばその御身に触れ、これが夢でも幻でもないのだと感じたい。

 眠りから覚めてその瞳に自分を映し、名を呼んでもらいたい。

 

 次から次へと彼の存在を求める渇望が湧き上がり、心が悲鳴を上げる。

 しかしデミウルゴスは咄嗟にそれらをグッと胸の奥底へと押し込めた。

 シモベの身でありながら許しもなく至高の御身に触れることなど許されぬことであったし、何よりウルベルトはアインズの腕の中にいる。同じ至高の御方であるアインズからウルベルトを取り上げるなど、一瞬考えただけでも万死に値する。

 デミウルゴスは一度ウルベルトから目を逸らすと、気づかれないように小さく息をついて自分を落ち着かせようと試みた。

 しかし再びウルベルトへと目を戻した瞬間、その努力は虚しくも泡へと消えさった。

 今まで確かに閉じられていた瞼。

 しかし気がつけばその瞼は開かれ、覗いた金色の瞳がじっとデミウルゴスを見つめていた。

 横に伸びた瞳孔を持つ金色の大きな宝玉が静かにデミウルゴスの姿を映している。

 

 

「…あっ、目が覚めたようだな。ふむ、この金色の目もウルベルトさんと同じだ。…デミウルゴス、彼はウルベルトさんに間違いないな?」

「っ! はい! この方はまさしく至高の四十一人の御方のお一人であり、わたくしめの創造主であるウルベルト様に間違いございません!!」

 

 久しぶりに見ることのできたウルベルトの瞳と、その瞳に自分を映してもらえたという喜びで身が震える。

 しかしデミウルゴスは何とか自分を取り繕うと、アインズの言葉に大きくはっきりと頷いてみせた。

 その宝石の瞳からは耐え切れなくなった涙が零れ落ち、褐色の頬を滑って地に落ちていく。

 この仔山羊は間違いなくウルベルト・アレイン・オードルだ。

 その身がどんなに変わろうと、纏っている至高の大いなる気配は変わらない。そして何よりこの心が、この魂が、敬愛する創造主だと叫んでいる。

 デミウルゴスは感涙に頬を濡らしながらアインズの腕の中でじっとこちらを見つめているウルベルトを見つめると、万感の思いを胸に深々と臣下の礼を取って跪いた。

 それにアインズが満足げに頷き、他の階層守護者たちも喜色を浮かべて臣下の礼を取る。

 

「よし、ではこれよりこの仔山羊をウルベルトさんと認め、ナザリックへの帰還をここに宣言する!」

「「「「「「はっ!!」」」」」」

「…しかし何故ウルベルトさんがこのような姿になってしまったのかは不明だ。それに現段階でどれだけウルベルトさんの意識があるのかも分からない。正式な公表は追々となるだろう。暫くウルベルトさんは私の元に置き、どうしても置いておけぬ時はデミウルゴスに任せようと思う。デミウルゴス、良いな?」

「はっ、畏まりました!」

 

 アインズの命にデミウルゴスが声を張り上げて答える。

 その声もその姿も、再び創造主に仕えることのできる喜びに弾んでいるように見えた。

 

「さあ、守護者たちよ! さっそく今のウルベルトさんに使えそうなものをナザリック中から探し集めてくるのだ!」

 

 声高らかに命を下すアインズの声も喜びに明るい。

 その腕の中で、笑顔と共に行動を開始する守護者たちを静かに見つめる金色の瞳。

 ウルベルトは眠そうに目を細めさせながら、最後に一瞬苦々し気に顔を歪めたアルベドをじっと見つめていた。

 

 

 

 

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