加えて話もあまり進んでいないという…orz
この世界は現実世界よりもよっぽど複雑奇怪だ。多くの種族や多くの国があり、その数だけ光と闇がある。誰が何を企み、どこにどんな勢力が潜んでいるのか…考えるだけでも億劫だ。
情報を整理する意味も込めて今後について話し合っていたアインズとウルベルトは、図らずも同じタイミングで大きなため息を吐き出した。
「…リ・エスティーゼ王国にバハルス帝国、スレイン法国と六色聖典、八本指にシャルティアを洗脳した謎の人物…。まったく、多すぎだろ」
「他にもアーグランド評議国やローブル聖王国なんかもありますし、挙げたらきりがないですよ」
二人揃ってぐで~っと項垂れる。
種族の特徴として二人とも疲労はしないはずなのに、何故こんなにも疲れを感じるのか…。
目の前にばらまかれた資料や地図を眺めながら、ウルベルトは面倒くさそうに頬杖をついた。
「…この世界は無限に広がっている。それこそユグドラシルと同じくらいな。世界征服を考えているなら、あまり時間をかけすぎるのも考え物じゃないか? この世界のありとあらゆる種族がどのくらいの寿命を持っているのかは知らないが、変に知恵をつけられても、脅威が慣れに埋もれるのも避けたいぞ」
「ウルベルトさんの言いたいことは分かりますけど、どこにプレイヤーがいるかも分かりませんし、シャルティアを洗脳した輩も見つかっていません…。派手に動けば危険かもしれません」
「まぁな~…」
間延びした相槌を打ちながら、まるで心底気に入らないというように地図を睨み付けた。
リ・エスティーゼ王国で調教した八本指を中心にシャルティアを洗脳した連中を探らせてはいるらしいが、未だに尻尾を捕まえられていない。しかしウルベルトは密かにスレイン法国に疑いの目を向けていた。
最初は自分たちの知らない闇の組織でもいるのではないかと考えていた。しかし
そこで候補に挙がったのがリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国とスレイン法国、闇の組織では八本指とズーラーノーンだった。しかし八本指は既に手中にあり、リ・エスティーゼ王国は現段階までの行動から
ならばバハルス帝国はどうか。これも王国と同様であり、加えて帝国内では高みの権力者であり無類の影響力を持つフールーダ・パラダインに探らせてはいるものの何も出てきていないことから、帝国には取り立てて噂されるほどの怪しい組織があるとも思えなかった。
では残るはスレイン法国とズーラーノーンである。
両者は同じくらい怪しい。スレイン法国は“六色聖典”という特殊部隊を持つというし、ズーラーノーンも謎に包まれた怪しい組織だ。どちらも犯人だと思えるほどの勢力を持っていると伺える。そこでウルベルトが着目したのがシャルティアが洗脳された時期と場所だった。
シャルティアが洗脳された時期はまだこの世界について情報を収集している初期の段階であり、アインズがスレイン法国の“六色聖典”の一つである“陽光聖典”と接触した時よりも後であり、アインズがモモンとしてズーラーノーンの組織に接触した時よりも前である。加えてシャルティアが洗脳された場所はリ・エスティーゼ王国の領土内ではあるものの、比較的法国に近い位置だ。
そもそもスレイン法国とはこの世界では脆弱に分類される人間を至上主義とする国家だ。人間の脅威が数多く渦巻くこの世界で人間至上主義を称える以上、“六色聖典”は元よりそれなりの力を所持しているに他ならない。ズーラーノーンよりよっぽど怪しいと言えるだろう。未だスレイン法国には調査の手をあまり伸ばしていないと聞いているし、これは早急に調べた方が良いかもしれない…と地図の法国の部分を睨み据える。
同時に、何故もっと早くにこの世界に来れなかったのだと自分自身に歯噛みした。いっそのこと何が何でも
そこまで考えた時、ふと小さな疑問が頭を過ってウルベルトは地図から目を離してアインズを見やった。
「…そう言えば、俺が出てきた黒い仔山羊は今どうなっているんだ?」
ウルベルトにとっては何でもない、ただ頭に浮かんだ軽い疑問。
しかしアインズにとってはそうではなかったようで、見るからにギクッと大きく身体を跳ねさせた。加えて気まずそうに逸らされる顔に、ウルベルトは金の瞳をスゥ…と細めさせた。
一度大きく息をつき、次にはニッコリとしたわざとらしいまでの笑みを浮かべる。
「モモンガさ~ん?」
「いや、えっと…、別にやましいことがあるわけでは…」
「じゃあ、何で顔を逸らすのかな~?」
さあ、白状しろ…と黒い笑みでの威圧感に、アインズは眼窩の灯りを揺らめかせて顔を俯かせた。
「…その、黒い仔山羊たちの集合体は今も第六階層で保管しているんですけど、まだ全く調査できていなくて…」
「……………………」
ひどく気まずそうにしている骸骨に、ウルベルトは彼が何をそんなに気にかけているのか分かったような気がした。
現実世界にいたウルベルトがこの世界に来た原因は厳密には分かっていない。ウルベルトは病気で死に、死んだためにこの世界に来られたのではないかと推測はできるものの、それが正解かは誰にも分からない。唯一知る方法があるとすれば、それはウルベルトをこの世界に引きずり出した黒い仔山羊の集合体を調べることだろう。しかし黒い仔山羊を調べれば現実世界に戻る方法も分かってしまうかもしれない。再びウルベルトがナザリックを去る可能性があること…、それが恐怖となってアインズを苛んでいた。
「もし俺が
「で、でも…」
「それに…、前にも言ったでしょう。どうせ
「……………………」
柔らかな笑みと共に言葉を重ねてもアインズの雰囲気は晴れない。
どうしたものかと頭を悩ませる中、不意にアインズが小さく身じろいだ。眼窩の灯りを宙にさ迷わせ、まるで意識をどこかに飛ばしているかのよう。
突然の変化に最初は驚いたものの、ウルベルトはすぐに〈
また何か問題発生か?と様子を伺う中、アインズははぁっと大きなため息をついて改めてウルベルトを見つめてきた。
「……ちょっとエ・ランテルに行ってきます」
「えっ、またか? さっき行ってきたばかりじゃないか」
「そうなんですけど…、冒険者ギルドのギルド長に“モモン”が呼ばれてるらしくて…。いろいろ意見も聞けますし、少し行ってきます」
「ふ~ん…。まぁ、息抜き感覚で行って来ればいいさ。戻ったらまた話そう」
「はい、ありがとうございます」
どこか憂鬱とした雰囲気を背負っている骸骨を意識して明るく送り出す。
部屋の外へと消えていく大きな背を見送りながら、ウルベルトは大変だな~と他人事のように緩く頭を振った。
「はぁ~。さて…これからどうしようか…」
アインズとは違って今現在取り立ててやることがないウルベルトはため息をつきながら軽く頬杖をついた。
いつかは少しずつでも先ほどのような面倒事もアインズと一緒に背負っていけたら良いと思う。しかし現実問題、今のウルベルトではできることも限られ、また極端に少なかった。この世界での常識や“アインズ・ウール・ゴウン”の現状を十分に理解しているとは言えないため、下手な行動もとれない。いや、それ以前に未だ子供の姿のままでは何をするにもアインズたちが反対するだろう。装備での補助は未だ見込めないが魔力などの力自体はユグドラシル時代と全く変わらないのだから少しは信用してもらいたいとも思うのだが、自分が思っている以上に見た目というものは重要だった。いくら力があると言われても、それが幼い子供では説得力などないし、どうしても心配をかけてしまう。つまりは一番の解決すべき問題は“いかに早く元の姿に戻れるか”であった。
「………ワインでも飲むか」
それ以外の解決策も浮かばず、ウルベルトはもう一度大きなため息をついて力なく椅子から立ち上がった。
自分の部屋に戻ろうとして、そこでふとあることが頭を過った。
「…そう言えば、第九階層にバーがあったな」
ユグドラシル全盛期、ギルドメンバー全員で造り込んだ娯楽施設。中には酒場やバーもあり、その中でもウルベルトはバーの常連だった。いつものように私室で一人で飲むよりも、たまにはあの頃のようにバーで飲むのも良いかもしれない。
我ながら良い思いつきだと満面の笑みを浮かべると、ウルベルトは早速アインズの部屋を後にした。ついて来ようとするメイドを何とか下がらせ、意気揚々と娯楽施設の区画へと向かう。
多くの施設の入り口を通り過ぎて見慣れたバーを見つけると、ウルベルトは懐かしい思いを噛みしめながら扉を押し開けた。
「もう開いているかな?」
「これは、ウルベルト様っ!」
ナザリック内の施設において開いていない時間などないのだが、何となくノリで言葉を紡ぎながら室内へと足を踏み入れる。
そこにはウルベルトの記憶と全く変わらない光景が広がっていた。
ショットバーをイメージした室内はこじんまりとしていて、落ち着いた照明が柔らかく室内を照らしている。一つのカウンターと八つの椅子。カウンター奥には多くの酒が並んだ棚がずらっと鎮座している。
カウンターと多くの棚の間…、作業場に佇む一つの影。
こちらを振り返ったキノコ頭のバーテンダーが驚愕の雰囲気を漂わせて固まったように突っ立っていた。
「久しぶりだな、ピッキー。入っても大丈夫かな?」
「勿論でございます! どうぞこちら……ぁ…」
弾くような声音が途中で途切れる。
ナザリックの者であれば考えられないような失態だったが、しかし彼がそうなってしまったのも致し方ないことだった。
彼の目線の先はカウンター。
そこには見慣れぬ小さな人影がぐで~っとスライムのように突っ伏していた。
「………シャルティア…?」
人影の正体は長い銀髪を垂れ流した少女。
こちらに背を向けた状態で突っ伏しているため顔を見ることはできなかったが、それでも特徴的な漆黒のドレスと背格好から彼女がシャルティアであることは容易に窺い知ることができた。
重要なのは、何故彼女がこんな状態でこの場にいるのかということだ。
普通に考えれば酒に酔って寝込んでいるのだろうが、毒と同類と分類される“酔い”というバッドステータスは耐性を持つ彼女たちにとっては全く効かない代物だ。
となれば、彼女が故意的に耐性を解除したということだろうか。
いや、そもそも
「……シャルティア、一体何があった…」
彼女がこのような状態になるなど、一体何があったというのか…。
ウルベルトはシャルティアの失態に狼狽えるバーテンダーである副料理長を余所に、未だこちらに気が付いていないシャルティアの方へとゆっくりと歩み寄っていった。彼女の隣の席に腰かけ、伺うように突っ伏している小さな顔を覗き込もうとする。一瞬躊躇し、しかしゆっくりと手を伸ばして細い肩にそっと手を触れた。
「…シャルティア、大丈夫か?」
なるべく驚かせないように心掛けながら優しく声をかける。
その瞬間、触れていた肩がビクッと大きく跳ね、突っ伏していた顔が弾かれたように起き上がった。バッと音が聞こえそうなほどに勢いよくこちらを振り返り、大きく見開かれた深紅の瞳が仔山羊悪魔の姿を映し出した。
「……う、るべると…様…っ!!?」
途端に彼女の可憐な唇から悲鳴のような声が零れ出る。蝋のような真っ白な肌が青白く染まり、大きな双眸が一気に潤み始めた。全身が大きく震え、次の瞬間ガンッという大きな音が響き渡る。驚いて見てみれば、シャルティアがカウンターのテーブルに額を勢いよく打ち付けていた。
「お、おいっ、シャルティア!?」
「こんな無様な姿をお見せしてしまうなんて…っ!! どうか自害をお命じくださいませぇ!!」
「おぉぉ落ち着け…、大丈夫だから!」
自分でも何が大丈夫なのか分からなかったが、ウルベルトは咄嗟にそう声をかけていた。
とにかく彼女を自害させるわけにはいかない。第一、何故こんなことですぐに自害どうこうという話になるのか訳が分からなかった。というか、こんな事でシャルティアに自害を許したとあってはアインズに何言われるか分かったもんじゃない!と内心焦りまくる。
ウルベルトは小さく息をつくと、未だ顔を俯かせているシャルティアへと手を伸ばした。そっと銀髪の頭に触れ、無言のまま緩く左右に往復させる。少しぎこちないながらも間違いなく頭を撫でるという動作に、シャルティアは弾かれたように顔を上げた。
露わになる白皙の美貌に、間髪入れずにウルベルトのもう片方の手がシャルティアの頬に触れた。柔らかい手つきながらも動くことを許さぬ硬さで頬を固定させ、頭を撫でていた手をポケットに伸ばしてハンカチを取り出す。汚れ一つない真っ白で柔らかな布が涙に濡れる頬へと優しく触れる。まるで羽根が触れる様な慈愛に満ちた感触に、シャルティアはとめどなく涙をこぼしながら呆然とウルベルトを見つめていた。
「ほら、泣くな、シャルティア。可愛い顔が台無しだぞ」
「……っ…!」
ウルベルトの言葉を聞いた瞬間、更にシャルティアの瞳からぶわっと涙が溢れ出る。
奇しくもその言葉はアインズが罪に苦しむシャルティアに贈った言葉と同じもので、至高の主二人の慈悲深い心に触れてシャルティアは涙を止めることができなかった。
しかし言った本人であるウルベルトがそんな事を知るはずもない。
更に涙にくれるシャルティアに内心慌てふためきながら、困惑の表情と共に小首を傾げた。
「シャルティア、良い子だから落ち着け。言っておくが、俺は気にもしていないんだぞ? だが、そうだな…お前が何故そんなに落ち込んでいるのかは気がかりだ。良かったら俺に教えてくれないか?」
「……うぅ、ウルベルト様ぁ…」
涙を流しながら整った美貌がくしゃっと歪む。
嗚咽に邪魔されながらも語り始めたシャルティアに、ウルベルトは副料理長が用意してくれたワインを飲みながら静かに耳を傾けた。
切々と語られる吸血鬼姫の心情に、思わず小さく目を細めさせる。
自分が犯してしまった失敗に対する屈辱と恐れ、アインズや自分を造ってくれた創造主に対する申し訳なさ。歪みのない真っ直ぐ過ぎる思いに、ウルベルトは思わずため息をつきそうになった。
アインズや創造主を思う気持ちや自分に対する厳しさはとても美しく感じられる。しかしアインズの気持ちが彼女にきちんと伝わっていないことが勿体なく、口惜しくも感じられた。
「…シャルティア、よく聞け。自分の失敗を悔やみ、反省することは良いことだ。だが悔やんで反省するだけでは駄目だ。そこから学んで努力していかないとな」
「……はい、申し訳ありません…」
「今現在、俺たちがこの世界で新たな力を身に着ける術は見つかっていない。しかし、経験を積み知識を蓄えることはできる。…お前が望むなら、俺の傍で多くのことを見聞きし学んでみるか?」
「っ!? ウ、ウルベルト様、それは…!!」
「どうする、やってみるか?」
副料理長にワインのお代わりを頼みながら、にっこりとした笑みと共に小首を傾げる。
ウルベルト自身もどこまで教えられるかは分からなかったが、それでもできる限りこの少女の力になってやりたかった。
第一シャルティアが失敗してしまったのは彼女だけの責任ではない。人にはそれぞれ得手不得手があり、階層守護者は特にそれぞれの役目が定められている。ウルベルトの認識と考えではアルベドは階層守護者統括であるが故にナザリック全体の管理者であり、デミウルゴスは防衛戦での指揮官という設定を持っているものの全体としての役割で言えば参謀だろう。アウラとマーレは密偵や偵察や隠ぺいなどの影の役目、ヴィクティムは身代わり、コキュートスは指揮官だ。そしてシャルティアはといえば、一騎当千の一番槍…戦士の役目を担っている。通常であれば秘密裏に行動するなど、シャルティアには向かない役目だったのだ。失敗してしまうリスクはそれだけ高かったと言える。
しかし現状、それに甘んじる余裕がないのも事実だ。ならば本来設定された役目以上のものを担えるように学んでいかなくてはならない。
「俺がどこまで教えられるかは分からないが、それでも少しは力になれるだろう」
「そんな…、勿体ないお言葉! どうか、よろしくお願い致します!!」
再びガンッと勢いよく額をカウンターに打ち付けるシャルティアに、ウルベルトは苦笑を浮かべて顔を上げさせた。赤くもなっていない額を念のため撫でてやりながら、元気づけるように頷いて見せる。漸く止まった涙を拭ってやりながら、よしよしと幼子にするように頭を撫でた。
「よし、ならモモンガさんに話しておこう。許可を貰ったら改めて伝える」
「ありがとうございます、ウルベルト様…!」
感極まったように笑みを弾けさせる少女に、ウルベルトもにっこりと笑みを浮かべた。
少し行儀が悪いと思いながらも一気にワインを飲み干し、滑り落ちるように椅子から降りる。
シャルティアに自分の知識を学ばせるにあたり、やはり一つだけ確かめたいことがある。
小さな耳と尻尾を機嫌良さそうに揺らしながら軽く手を上げて副料理長とシャルティアに挨拶し、深々と頭を下げる二人に見送られながらウルベルトは扉を潜ってバーを後にした。
薬指にはめた指輪の力は使わず、ただ黙々と歩を進める。
目指すのは第六階層。メインの
ウルベルトは第六階層の樹海に足を踏み入れると、聞いた話の内容を思い出しながら樹海を進んで行った。大きく育った草をかき分けるようにしながら、奥へ奥へと足を踏み入れていく。どこまで続くのかとうんざりしそうになった頃、漸く目的の黒い影が視界に浮かび上がってきた。歩いていた足を少し早め、徐々に近づいてきた黒い塊を凝視する。
それは間違いなく真っ黒な肉の塊だった。
綺麗な円を描く直径2メートルほどの球体は、頂点に多くの萎びた触手を生やして力なく地面に這わしている。微動だにせず静まり返る肉塊は、しかし微かに血生臭いにおいを漂わせていた。
「……これが黒い仔山羊の集合体か…」
目の前の巨大な肉塊を見上げながら、小さく顔を顰めさせる。
ウルベルトとて黒い仔山羊は見たことがあったが、目の前の“それ”は記憶にあるものと似ても似つかない姿をしていた。恐らくアインズに言われなければ、これが元は黒い仔山羊だったと決して信じなかっただろう。
ジロジロと見つめながら近づく中、ふと引っかかるようなものを感じてピタッと足を止めた。
微かにではあるが、確かに魔力のようなものを感じて眉間の皺を深くさせる。
知覚…というよりかは本能に近いだろう。悪魔の部分が微かな魔力を感じ取り、ウルベルトに知らせていた。
「…だが、“普通の魔法”とは違うな」
ウルベルト自身、どう表現するべきか分からない。
しかし違和感と言うべきかズレと言うべきか、ユグドラシルのものとは違う。
加えて感じる一つの“気配”に、ウルベルトは再び歩を進めた。
手が触れるほどまで近づき、目の前の真っ黒な闇を見つめる。
「……そうか、まだ繋がっているのか…」
目の前の闇から感じられるのは懐かしいような気配。
それは間違えようのない、現実世界の気配だった。
恐らく…しかし確実に、未だこの肉塊は現実世界に繋がっている。ウルベルトが感じているのは現実世界の気配と、二つの世界を繋ぐ魔力だった。
ならば誰しもがこちらの世界と現実世界を行き来できるのかと言えば、そうではない。これも感覚的なものではあったが、恐らくこの力場で二つの世界を行き来できるのはウルベルトのみ…それも恐らく、後一回のみだろう。
何故こんなものがあるのかは分からないが、少なくとも今は自分以外には何の効果もないだろうことにウルベルトは安堵の息を小さく吐き出した。
ウルベルトやアインズが今後この肉塊をどう利用するにせよ、ナザリックに悪影響を及ぼしては元も子もない。それが今現在ないと確認できただけでも上々と言えた。
ウルベルトはフゥッと大きく息をつくと、何とはなしに目の前の闇へと手を伸ばした。
それは彼にとっては本当に何でもない行動だった。
しかし小さな手が闇に触れた瞬間、ウルベルトは大きく息を呑んで目を見開かせた
「ぐあっ!!?」
驚きと叫びが綯交ぜになったような声を上げ、肉塊に触れていた手を慌てて引きはがす。引き寄せた手をもう片方の手で押さえながら、素早く肉塊から距離を取った。いつの間にか荒れていた呼吸を繰り返し、変わらず微動だにしていない肉塊を睨み付ける。
この感覚は魔力消費とは少し違う、しかし間違いなく何かが奪われた感覚。痛みさえ感じられた喪失感にウルベルトは苛々しげに舌打ちを零した。
何かまでは分からない…。
しかし確実に何かを吸い取られて奪われた。
「…チッ、油断も隙もねぇな」
もしかしたら触れたことで自分の一部が現実世界へと強制的に吸い取られてしまったのかもしれない。
奪われた一部が魔力のように回復するものであれば良いが、そうでないなら少々厄介だ。
また解決すべき事案が増えたことに大きなため息をつく中、ふと頭の中で何かが繋がる感覚を感じて反射的に顔を上げた。
『ウルベルト様、少々よろしいでしょうか?』
「…ああ、デミウルゴスか。どうした?」
『ウルベルト様に是非ともお見せしたいものがございまして…、お部屋にお伺いしても宜しいでしょうか?』
「ああ、大丈夫だ。いつでも来るといい」
チラッと黒い肉塊を見やりながらも、緩く頭を振って視線を断ち切った。
自分でもこれが一種の逃げであることは分かっている。しかしこれ以上頭を悩ませるのは苦痛でしかなく、問題を先送りにしてしまいたかった。
時間が経てば解決してくれることを祈って、ウルベルトはさっさと指輪の力を発動することにした。
後ろ髪を引かれる思いに駆られるが敢えて全力で無視をする。
指輪の魔力が発動すると共に暗転する視界。
次の瞬間には第九階層の自室に飛んでおり、一気に疲れたような気がして一度大きく伸びをした。う~んっという小さな呻き声と共に背筋を伸ばし、大きく息をつきながら軽く首を捻る。子供の身体でも…いや、この場合は悪魔の身体でも凝りを感じるものなのかと少々感慨深く感じられる。
さてデミウルゴスはいつ来るのかと思考を巡らせる中、ふと背後からノック音が聞こえてきて扉を振り返った。続いて聞こえてきた悪魔の声に、にっこりとした笑みと共に入室の許可を与える。
部屋に入ってきたのはやはりデミウルゴスで、その手に握られている物にウルベルトは目を大きく見開かせた。
「…デミウルゴス、それはっ!」
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。先ほど漸く完成いたしました」
柔らかな笑みと共に差し出されたのは一脚の真っ白な椅子。
それはアウラの要塞で見かけた骨でできた玉座と同じものだった。今のウルベルトにあわせて子供用に小さく造られてはいたが、それでも純白の美しさや骨特有の妖艶さは全く遜色ない。
ウルベルトは椅子のあまりの素晴らしい出来栄えに、今まで悩んでいたことも全て忘れてぱあっと目を輝かせた。悪魔の元まで駆け寄り、いろんな方向から椅子を眺めまわす。
「ウルベルト様が成長されてもすぐに修正できるよう組み方を工夫して造っております。何か不都合が出ましたら仰ってください」
「おお、すごいな! さすがはデミウルゴスだ!」
「恐れ入ります」
創造主からの称賛の言葉に、悪魔は満面の笑みを浮かべる。甲殻に覆われた尻尾もぶんっぶんっと左右に激しく揺れており、まるで犬のようで可愛らしかった。
「ありがとう、デミウルゴス。大切に使わせてもらうよ」
椅子のひじ掛け部分を優しく撫でながら柔らかな笑みを浮かべる。
悪魔も頭を下げることで応えながら、創造主の満足そうな雰囲気に安堵と喜びを噛みしめた。
「さて、それじゃあ早速使わせてもらおうかな。今夜も付き合ってくれるか、デミウルゴス?」
「畏まりました、ウルベルト様」
少し悪戯気な笑みを浮かべる仔山羊に、悪魔も柔らかな笑みと共にそれに応える。
ウルベルトはデミウルゴスが造った玉座へ、デミウルゴスは許可と共に向かいの椅子へと腰を下ろす。
昨夜と同じようにメイドを呼び寄せ、今夜も細やかな主従の食事会が幕を開けた。
今回階層守護者の役割について書いているのですが、完全に妄想(想像)といいますか捏造になります。
イメージと違いましたら、申し訳ありません。
また耐性についても書いているのですが、書籍第四巻のシャルティアが飲んだくれているシーンや第八巻でのアインズと守護者たちが風呂に入っているシーンを読み返してみたのですが今一私の理解が追いつかず、当小説では種族としての耐性は意識的に解除することができないが、職業としての特殊技術などでの耐性は解除できるということにしています。
もし間違っていれば申し訳ありません…。