仔山羊悪魔の奮闘記   作:ひよこ饅頭

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今回は書籍10巻沿いになっております。
台詞など、結構ネタバレ要素が多いのでご注意ください。


第10話 新たな段階

「うむ、今日は視察日和だな!」

 

 エ・ランテルにある大きな屋敷の裏庭から満足そうな声が響く。燦々と降り注ぐ太陽の光に照らされながら仔山羊の頭を持つ小さな悪魔は大きな金色の瞳で晴天を見上げていた。

 この世界に来てからナザリックの外に出たのはまだ数えるほどしかなく、加えて現実世界では見ることのない青空に思わず眩しげに目を細めさせた。

 しかし次の瞬間、何かに胸の内が塞き止められるような感覚に襲われてウルベルトは咄嗟に片手で胸を抑えて小さく顔を顰めさせた。んーんーっと喉を抑えながら小さく咳払いを繰り返す。息苦しい様な感覚がなくなるわけではなかったが、大分軽くなったような気がして小さく息をついた。

 

(………はぁ、いつ治るんだか…。)

 

 第六階層の樹海で黒い仔山羊の集合体に触れた時のことを思い出してもう一度ため息をつく。

 不定期に襲ってくる多くの不調と、常に感じられる倦怠感。

 原因は分かっていても解決策が分からず、今のウルベルトにできることはアインズたちに今の自分の状態を知られないように努めることくらいだった。

 

『ウルベルトさん、お待たせしました。執務室に来てもらえますか?』

「…ああ、モモンガさん。了解だ」

 

 不意に繋がった、アインズから飛んできた〈伝言(メッセージ)〉。

 ウルベルトは空から視線を外すと屋敷内へと踵を返した。

 本宅、各種内政官が詰める建物、別宅の三つに分かれているこの敷地は、元々はエ・ランテルの統治者だったパナソレイ都市長のものだった。それがアインズがエ・ランテルの支配者になったことでこの屋敷もアインズの物になり、当初は居住もナザリックからこちらに移す予定だったらしい。しかし突如ウルベルトがこの世界に来たことで有耶無耶になり、今では執務のために時折こちらで過ごすにとどまっていた。

 ウルベルトが向かっているのはアインズが使っている数少ない部屋の一つである執務室。

 本宅にあるその部屋に向かうために、ウルベルトは豪華ながらもナザリックには劣る回廊を黙々と突き進んで行った。

 

 

 

「ウルベルト様」

「おお、もう来ていたのか。おはよう、シャルティア」

 

 見えてきた目的の扉の前に見慣れた姿を見とめ、ウルベルトは自然と笑みを浮かべた。

 いつもの漆黒のドレスを纏ったシャルティアは、スカートの両端を摘まんで恭しく頭を下げた。

 

「至高の御方々をお待たせするわけにはいきませんえ。今日はアインズ様とウルベルト様の視察に同行させて頂き、身に余る光栄でありんす」

 

 普段蝋のような頬を薄紅色に染めて微笑む様子からは、先日の悲壮感は全く見受けられない。すっかり元気になったその様子にウルベルトは内心で安堵の息をついた。

 ナザリックの者全員に言えることではあるのだが、仲の良い仲間の一人だったペロロンチーノが創造したシャルティアは特に、悲しい表情を浮かべるのを見るのは非常に胸が痛んだ。彼の理想の嫁として造られた彼女にはいつでも笑顔でいてもらいたい…と親戚のおじさんのような心境を抱きながら、ウルベルトは気を取り直すように小さく息をついた。

 

「素晴らしい心がけだな。それじゃあ、これ以上モモンガさんを待たせないように中に入ろうか」

「はい、ウルベルト様」

 

 シャルティアを背後に従わせ、ウルベルトが目の前の扉をノックする。

 一拍後に開かれた扉の隙間からナザリックのメイドが顔を覗かせ、次には扉を大きく開け放ってウルベルトへと頭を下げた。

 ウルベルトは軽く手を上げることでメイドを労い、そのまま前を通り過ぎて室内へと足を踏み入れた。

 

「改めて、おはようございます、モモンガさん」

「アインズ様、おはようございますでありんす!」

 

 部屋の中央奥に鎮座する大きな執務机に、豪奢な椅子に腰かけている一人の骸骨。

 一見おどろおどろしく見える死の支配者に笑顔を浮かべながら、仔山羊の悪魔と吸血姫は朗らかに朝の挨拶を贈った。

 ウルベルトの子供らしい可愛らしい動作故か、はたまたシャルティアの間違った廓言葉故か、骸骨は微笑の雰囲気を漂わせながら椅子から立ち上ると、そのままウルベルトたちの元へとゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「おはようございます、ウルベルトさん。おはよう、シャルティア」

「仕事は終わったのか?」

「ええ、何とか…。これからは自由時間なのでいつでも大丈夫ですよ」

「なら早いに越したことはないな。早速出かけよう」

 

 見るからにウキウキとウルベルトの耳と尻尾が上機嫌に動く。

 着実に成長してはいるもののまだまだ可愛らしい姿にシャルティアがうっとりとウルベルトの姿を見つめる中、アインズは部屋の奥に置いてあるガラスケースの中から口唇蟲を取り出して喉の骨…頚椎へと張り付けた。

 

「…ん、んー、んー。これで良し」

 

 口唇蟲によって変わった声を確かめながら一つ頷く。

 厳選に厳選を重ねて選ばれた声に満足する中、ウルベルトが不思議そうにアインズと口唇蟲を見やった。

 

「…へぇ、エントマ以外が使うのは初めて見たな。すっごい違和感だが…」

「ウルベルトさんにも後で用意するので、身を偽る時は使って下さいね」

「う~ん、あんまり嬉しくない…」

 

 骨の上でぬらぬらと蠢く肌色の口唇蟲を見つめながら、ウルベルトは複雑そうな表情を浮かべる。

 アインズはフフッと笑い声を零すと、ウルベルトとシャルティアを引き連れるような形で歩き始めた。更にその後ろからはメイドと幾人かの八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が付き従ってくる。一気に仰々しくなった一行は、列を成しながら中庭へと向かっていった。

 先ほどまでウルベルトがいた裏庭とは違い、中庭は綺麗な芝生が敷き詰められた広大なもの。馬の調整や猟犬の訓練などもここでしていたらしく、普通に想像する中庭と違って草木や花はあまりなかった。

 

「それで…、外に出るのに何で中庭に来たんだ?」

「折角の視察なんですから徒歩でいろいろ見て回ろうと思うんですけど、そうなると供回りが必要でしょう? 手早く魔法で生み出そうかと思いまして」

「なるほど…。それで何を生み出すつもりなんだ?」

「おっ、お待ちください!!」

 

 ウルベルトの問いに声を上げたのは、アインズではなく後ろに付き従っていたメイドだった。深々と傅き、必死の形相を浮かべて言い募ってくる。

 

「それでは御御足(おみあし)が汚れてしまいます! どうかすぐに道を清めるようご命令をっ!」

「不要だ。元々私はこの都市で生活していたのだぞ」

「大丈夫だよ。俺もモモンガさんもそういうことはあんまり気にしないさ」

「……御方々がそう仰られるのであれば…」

 

 見るからに大きく肩を落とす様子に少し罪悪感が浮かぶ。しかし時間も限られているため、アインズは話を進めることにした。

 

「これより天使たちを召喚する」

「え~、何でよりにもよって天使なんか…。悪魔にしようぜ」

「いやいや、悪魔なんか召喚したら悪い噂が立つじゃないですか」

「えっ、今更だろ」

「……………………」

 

 ウルベルトの鋭い言葉にアインズは思わず黙り込んだ。

 確かにアインズの評判は現在あまり宜しくない。しかし…いやだからこそ、これ以上評判が悪くならないよう努めるべきではないだろうか。アンデッドどころか悪魔まで引き連れていればエ・ランテルの住民や近隣諸国から何と思われるか想像に難くない。引き連れるのが天使であれば、意外性という面も合わさって彼らの反応も少しは好転するのではないだろうか…。

 しかしそう説明しても仔山羊悪魔の表情は全く晴れない。見るからに“納得していません”という表情を浮かべ、次には何かを閃いたようにポンッと手をうった。

 

「要は見た目が怖くなければ良いんだろ? なら、大丈夫、大丈夫! 俺に任せて下さい!」

 

 可愛らしく胸を張って言う仔山羊悪魔に、猛烈に不安が湧き上がってくる。

 彼が嬉々として召喚するなど悪魔以外にあり得ない。しかし果たしてアインズが求める様な要素を含んだ悪魔などいただろうか…。う~んと頭を悩ませるも、全く浮かんでこない。

 だが…とそこでアインズは考えを改めた。

 アンデッドであるアインズと違い、悪魔の支配者(オルクス)であるウルベルトの方が創造できる悪魔の種類も複数存在する。ならばアインズの求める悪魔が出てくる可能性も大きいのではないだろうか。

 アインズが思考の渦に沈んでいる間に、ウルベルトはさっさと能力を発動していた。

 特殊技術(スキル)を発動し、空間から四つの歪みが生じる。

 ゆらりと揺らめく大きな影。

 

「どうですか、モモンガさん!」

「……ぉぉ…」

 

 目の前に現れた四つの悪魔に、アインズは思わず小さな声をこぼしていた。

 空間から現れたのは八十レベル台の悪魔、地獄の堕天侯爵(マルコシアス)

 見た目は二メートルほどの人狼で、背には漆黒の両翼が生えている。漆黒の鎧に身を包み、尻尾である蛇の胴体にも漆黒のプレートが連なっていた。

 

「これなら大丈夫だろ!」

「…まぁ、確かに」

 

 自分よりも大きな悪魔たちを見上げながら曖昧に頷く。

 確かに狼の顔は恐怖の獣というよりかは精悍な顔立ちをしており、かっこいいと表現できなくもない。

 因みに後ろのシャルティアやメイドはキラキラとした目でウルベルトを見つめていた。

 

「ここにいる全員を守れ。敵対者は殺さずに捕えろ」

「畏まりました、主」

 

 ウルベルトの命令に四人の悪魔が低音の声と共に胸に右手の拳を押し当てて頭を下げる。悪魔にしては礼儀正しいその姿に満足そうに笑みを浮かべるウルベルトに、アインズも動かぬ顔に笑みを浮かべた。この様子なら大丈夫そうだと内心で安堵の息をつく。

 後ろでは自分が守護の対象になったことにシャルティアたちが慌てており、そこはすかさずアインズがフォローに入る。ウルベルトはそんな彼らを微笑ましそうに見つめながら、急かすように門へと向かい始めた。歩き始めた小さな背をすかさず召喚された悪魔たちが追い、アインズたちも慌ててその後に続く。門では二体のデス・ナイトが警備に立っており、ウルベルトたちは彼らの前を通り過ぎて街へと繰り出した。

 ウルベルトとアインズは隣同士で並び、その後ろからシャルティア、メイド、数体の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)が続き、彼らを取り囲むように四人の悪魔が守護につく。少々仰々しくなってしまったアインズ一行は一直線に大通りへと向かった。

 アインズとウルベルトが大げさにならない程度に周りを見回す。

 大通りだというのに人通りが少なく、お世辞にも活気があるとは言えない。歩いていたとしても誰もが表情が暗く、アインズたちに気が付けば驚いて逃げるように元来た道を戻るか横道に逸れていった。堂々と歩いているのは巡回中のデス・ナイトかアインズたちくらいだ。

 人間の都市というよりかは、アインデットたち異形種の魔都という感じだった。

 

「…どう思う?」

「どう、とは?」

 

 先ほどとはうって変わり支配者然とした口調でアインズが問いかけてくる。対応するウルベルトも先ほどとは一変、可愛らしい仔山羊の雰囲気から“アインズ・ウール・ゴウン”の魔法職最強(ワールドディザスター)へと表情を変える。合図も何もない中、阿吽の呼吸で瞬時に互いに合わせる様は流石と言うほかない。

 

「お前はこの街をどう見る?」

「そうですねぇ…、まったく頂けませんね」

 

 きっぱりと言い切るウルベルトに、背後に控えていたメイドやシャルティア、八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)たちがビクッと身体を強張らせる。顔は蒼白になり、不興を買ったのではないかと小刻みに身を震わせる。

 アインズは一気に絶望のオーラを漂わせ始めた彼らを気にしながらも、ウルベルトの言わんとしていることも気になって詳しく聞くことにした。

 

「と言うと?」

「中途半端すぎます。人間の都市として栄華を極めている訳でも、異形種(我々)の魔都として死の都となっている訳でもない。統治し始めて未だに日が浅いというのも分かりますが、この状況がずっと続くようであれば宜しくありません。…それに」

「それに?」

「…“アインズ・ウール・ゴウン”の名のもとにあるものがどっちつかずで中途半端であるのは、あまり気分の良いものではありません」

「……ふむ…」

 

 ニッコリとした笑みと共に言われた言葉に、アインズは街の様子を見つめながら思考を巡らせた。

 確かに今のエ・ランテルは今までの活気をなくしており、しかしかといって寂れた廃街となっている訳でもない。ウルベルトの言葉を借りれば、実に中途半端な状態だ。そして中途半端な状態がいかに危険でリスクが高いかはアインズも理解していた。

 人間の都市として栄えた場合、人間たちは些細な悩みや更なる高みへの欲望は感じるだろうが国や支配者に対しての不満は少なくなるだろう。

 一方異形種の魔都として死の都となった場合、人間たちは圧倒的な力や絶望により死ぬことのみを唯一の光とするだろう。国や支配者に対して反感や不満も生まれるだろうが、抗うだけの力も希望もありはしない。

 ならば今のどっちつかずの状況ではどうだろうか…。

 過去と現在のあまりの差に悲観し、未来に不安を覚え、それが不満や反感を大きくさせていくだろう。加えてモモンの存在もそれに拍車をかける可能性があった。

 現在のモモンの役割は不平不満の捌け口と、反抗心へのストッパーだ。しかし今のような状況が長く続き不満や反感が大きくなっていけば、モモンという存在が抗うための希望の光になる可能性がある。

 どんなに暴動が起ころうとアインズたちにとっては痛くも痒くもないが、そうは言ってもマイナスしかない面倒事など無い方が良いのは当然だった。

 

「どちらの方が良いと思う?」

「どちらでも構いませんよ。アインズの好きなようにしたらいいでしょう」

「と言ってもな…」

「難しく考える必要はありませんよ。…ギルドの時と同じです。他者にとって…、他国、この世界にとって“アインズ・ウール・ゴウン”とはどんな存在か。彼らにどう思われたいのか…、そのためにこの都市をどう統治すべきなのか…ただそれだけの事です」

「……………………」

 

 どう思われたいか…、その言葉で頭に浮かんだのはギルド“アインズ・ウール・ゴウン”の仲間たちとNPCたちの幸せそうな姿だった。

 今のアインズにとって一番重要で大切なことはウルベルトとNPCたちが幸せであることだ。そのためなら他の誰がどうなろうと知ったことではないし興味もなかった。

 

「私は…、ウルベルトさんやNPCたちが幸せであればそれで良いです。そのためなら誰にどう思われようが構いません」

 

 先ほどまでの支配者然とした口調は鳴りを潜め、彼本来の口調が心情を吐露する。

 視線をどこか遠くに飛ばして独り言のように呟くアインズに、ウルベルトは高い位置にある髑髏の顔を見上げながら小さく目を細めさせた。言葉を選ぶように小さく口をまごつかせ、彼と同じように遠くに視線を向けてそっと息をついた。

 

「そう思って頂けるのは嬉しいですよ。でも…、それでアインズが悪く思われるのは虫唾が走ります」

「…ウルベルトさん……」

 

 心底不満だと顔を顰めさせる仔山羊に、アインズは思わずクスッと笑みをこぼした。右手の拳を口に添え、わざとらしくゴホンっと一つ咳払いをこぼす。フゥッとないはずの肺で一回息をつくと、先ほど崩れた支配者ロールを何とか取り繕った。

 

「…では、いっそのこと理想郷を造ろうか」

「理想郷…?」

「そうだ。甘い蜜に浸したような優しい夢の世界…、永遠に被支配者でいたいと思えるような、そんな世界を」

「なるほど…、甘い夢の世界ですか…」

「ああ、そして世界征服を目的にしている以上、対象は人間だけではない。数多の種族が自ら我らの前に跪くのだ」

 

 思い描くのは第六階層に作った数多の種族のいる区画。

 当初の目的はどこかにいるかもしれないプレイヤーに対しての良いギルドとしてのアピールだったが、今思えばあれこそが自分の思い描く理想だったのかもしれない。

 アインズの理想…、様々な種族が幸せに共存する世界。

 かつてのナザリック地下大墳墓で“アインズ・ウール・ゴウン”が見せていた姿をこの世界で再現する。

 

「世界に広めよう。この魔導王の下にこそ永遠の繁栄があるということを」

「…確かに、多くの種族が共存するカタチこそが我ら“アインズ・ウール・ゴウン”の在り方。そしてそれは不老不死である私たちにしかできない。…鉄人が独裁するとすごい、という奴ですね」

「ああ、確か前にもそんなことを言っていたな…」

 

 懐かしいな…と呟きながら紅色の眼窩の灯りが小さく揺らめく。

 視線の先には変わらず街の光景が広がっていたが、それらを見ている訳ではないだろう。先ほど言っていた理想郷について早速取るべき行動を思案しているのかもしれない。

 まるで怯えたように道を開けたり近くの建物の中に逃げていく人間たちを見つめながら、ウルベルトも理想郷について考えを巡らせた。

 最終目標は多種族の共存だが、それにはまず一つの種族での繁栄が確立していなければならない。何事も余裕がなければ、他者に…それも自分とは違う種族に何かを分かち合うことなどあり得ないのだ。ウルベルトの考えでは、それが人間であれば尚更だった。

 ならば人間の思い描く繁栄とは一体何だろうか…。

 まず一番初めに思いつくのは衣・食・住が確保されていることだろう。この三つは人間での生活の基本とされているため、これらが充分であることが重要だ。

 では、そのためには何が必要だろうか…。

 金…いや、この世界を基準に考えれば豊富な物資の方が的確だろう。いくら金があったとしても、買うべき物資がなければ元も子もない。

 では物資を得るためにはどうすべきか…。

 う~んと内心で頭を悩ませる中、不意にアインズが立ち止まったことに気が付いてウルベルトも咄嗟に足を止めた。小首を傾げながらアインズを見やり、続いて彼が見つめている先へと視線を向ける。

 そこには大きな建物が物々しく鎮座していた。何かの施設なのだろうか、どことなく普通の家や店とは雰囲気が違うように感じられる。

 この建物が一体どうしたのかとアインズを見やり、彼が苦笑のような雰囲気を漂わせていることに気が付いた。

 

「アインズ?」

「…ああ、すまない。…これも一種のワーカーホリックの症状かと思ってな」

「………?」

 

 言葉の意味をはかりかねて首を傾げる中、ふと思い至って咄嗟に〈伝言(メッセージ)〉を飛ばしていた。

 

『…もしかして、ここが冒険者ギルドか?』

『はい。モモンでの行動が身体に馴染んでしまっていたのか、足先が向いていたみたいです』

 

 アインズは微かに頭を振ると、気を取り直すように扉へと手をかけた。両開きの扉を大きく押し開け、迷いなく中へと足を踏み入れる。

 室内の様相はゲームでよく見るような光景とひどく似通っていた。

 大きく広い空間に待合用のテーブルとイス。右手側には大きなボードがあり、依頼書と思われる羊皮紙が幾つか張り出されている。奥にはカウンターがあり、受付の女性が一人ポツンッと座り込んでいた。ゲームでの冒険者ギルドと唯一違うところは人の少なさと活気のなさだろう。

 

『何というか…、随分と錆びれてるな』

『…仕方ありませんよ。この世界での冒険者は俺たちが思い浮かべるユグドラシルでの冒険者とは随分と違いますからね』

『あ~、確か…魔物(モンスター)専門の傭兵なんだったか……』

『はい。この都市を統治下においてからは周辺の治安はデス・ナイトに維持させていますからね。依頼がなくなってきているんでしょう』

『何とまぁ…、夢のない仕事だな…』

 

 どこか呆れたように周りを見回すウルベルトに、アインズは思わず苦笑を浮かべた。この世界での冒険者について知った時は自分も同じことを思ったものだと懐かしく感じられる。

 ユグドラシルでの冒険者とは、まさしく未知を求めて世界を冒険する者たちの事だった。こちらの世界の冒険者とは全く似ても似つかない。

 ユグドラシルとこの世界での冒険者の違いに落胆を覚える中、ふとある考えが頭に浮かんでアインズは咄嗟にピタッと動きを止めた。小さく顔を俯かせ、片手を口元へと添える。一気に思考の渦へと沈んでいくアインズに、視線を戻したウルベルトは小首を傾げた。次は一体何を考えているのだろう、と少しだけ声をかけるのを迷う。

 しかしウルベルトが声をかけるその前に、次はアインズから〈伝言(メッセージ)〉が飛んできた。

 

『…ウルベルトさん、ちょっと思ったんですけど…今の冒険者をユグドラシルの冒険者のように変えられませんかね』

『というと…、魔物(モンスター)専門の傭兵から、未知を求めて冒険する者にってことか? できなくはないだろうが…それに何のメリットが?』

『まず第一に未だ調べられていない未知の土地に、俺たちに代わって情報収集をしてきてもらいます。第二に、そこの原住民に対して魔導国の宣伝をしてもらおうと思います』

『宣伝…? 何でまた…。というか、何を宣伝するんだ?』

『それは勿論、“魔導国がいかに素晴らしい国であるか”ですよ。街を活気づかせるには人を増やしたり人の出入りが活発でないといけません』

『それなら冒険者じゃなくても良いんじゃないか? 例えば商人なんかを使っても上手くすれば外から人が来ると思うが…』

『そうですね。ですが対象は人間だけではなく、ありとあらゆる種族です。相手が人間以外の他種族の場合、彼ら冒険者の方がうってつけだと思いませんか?』

『…なるほど、確かに良いかもしれないな』

 

 アインズの言う冒険者とは、つまり開拓者兼営業マンのようなものだろう。冒険者が未知の領域である土地の情報を集めてくれれば、万が一不測の事態が起こったとしてもすぐすぐナザリック(こちら)に損害が出ることはない。加えて彼らがうまく原住民の心をつかみ友好関係が築ければ必然的に彼らが所属している魔導国も有利な立ち位置となれるだろう。実にメリットの高い素晴らしい考えと言えた。

 無言のまま〈伝言(メッセージ)〉のみで会話をして頷き合う骸骨と仔山羊に、周りの冒険者ギルドの職員たちが不気味そうに見つめてくる。しかしアインズもウルベルトもそれらに全く気が付くことはなかった。彼らの視線なんかよりも、今は先ほど思い浮かんだ名案について話を詰める方が重要だった。

 

『…だが、幾つか問題がある。この街の冒険者は少なくなっているし、何よりこの世界での冒険者のありようは世界共通だ。それを全くの別物に変えるのは並大抵のことではできないだろう。どうするつもりだ?』

『う~ん、俺もまだ考え中ですけど…まずは冒険者ギルドの組合長と話してみようかとは思ってます』

『まぁ、こういう時は現場の声を聞くのが一番かもな…』

 

 どこか自信がなさそうに見えるアインズの様子に思わず小さな笑みが浮かぶ。しかしウルベルトはすぐさま気を取り直すと、一つわざとらしく咳払いをして受付に座る女へと目を向けた。

 

「…そこの受付の者、組合長はいますか?魔導王陛下が会いに来たと伝えなさい」

「っ!! は、はい! ただいま!」

 

『えーーっ、ウルベルトさんっ!?』

 

 突然向けられた金色の瞳とかけられた声に、受付の女は驚いたように飛び上がる。しかし驚いたのは彼女だけではなく、目の前に立つアインズもまた〈伝言(メッセージ)〉で驚愕の声を上げていた。足音高く奥へと消えていく受付嬢を尻目に、ウルベルトはにっこりとした笑みと共にわざとらしく小首を傾げてみせた。

 

「組合長がいてラッキーでしたね。頑張ってきて下さい、アインズ」

「えっ……と、いや、お前も…一緒に来るのだろう?」

「いえ、私はここでお待ちしております」

 

『ちょっ、どういうことですかウルベルトさん!』

 

 〈伝言(メッセージ)〉越しにアインズが悲鳴のような声を上げる。しかしウルベルトの笑みを浮かべた表情は全く変わることがなかった。いっそ作り物なのではないかと思えるほどにウルベルトの表情は動かない。一方でいやに落ち着いた声が〈伝言(メッセージ)〉でアインズに届いてきた。

 

『いや、俺も同行したいのは山々なんだが…、考えてもみろよ。組合長からしたら突然アポなしで会社の会長と社長が来たようなもんなんだぞ。組合長と仲が良いならまだしも、魔導王としてはまだ面識が浅いんだろう?』

『それはそう…、ですけど……』

『…それに……』

 

 一度〈伝言(メッセージ)〉を切り、チラッと周りを見回す。アインズは小さく首を傾げ、つられる様にして部屋を見渡した。未だこちらを伺っている他の職員たちがアインズたちの視線に気がついてギクッと身体を強張らせる。

 

「…それに、もう少しこの場を見て回りたいので」

「………そうか。何かあれば連絡するのだぞ」

「分かっていますよ、アインズ。そちらも、何かありましたら連絡を下さいね」

 

 ウルベルトの様子に何を思ったのか、アインズが神妙な面持ちで頷いてくる。しかし心配性なところは変わらず、支配者ロールはそのままに注意してくるのにウルベルトも笑顔でそれに応えた。

 微笑ましい主たちの様子にシャルティアたちが表情を緩ませる中、まるで見計らったかのように受付嬢がこちらに戻ってきた。

 

「お待たせしました。こちらにどうぞ」

「………では、行ってくる」

「ええ、お気をつけて。…シャルティア、お前はアインズに同行しなさい。アインズと組合長との会話を聞き、内容を自分なりに分析してから私に報告しなさい」

「っ! 畏まりんした!!」

「お前たちの内、二人はアインズに付き従い守護しなさい。残りの二人はここに残り我々の守護を続けなさい」

「畏まりました、主」

 

 四人の地獄の堕天侯爵(マルコシアス)がそれぞれ頭を下げ、その内の二人がアインズの背後へと控えるように立つ。

 受付嬢の案内で奥へと消えていくアインズたちをウルベルトは軽く手を振りながら見送った。

 後に残されたのはウルベルトとメイドと二人の地獄の堕天侯爵(マルコシアス)

 ウルベルトは振っていた手をゆっくりと下ろすと、小さく息をついて改めて室内を見回した。先ほど目が合ったのが効いているのか、今度は職員の誰一人とも目が合うことはない。しかし顔は背けていてもこちらに意識を向けているのは丸分かりで、ウルベルトはフンッと小さく肩をすくませると徐に足を踏み出した。右側にあるボードへと歩み寄り、張り出されている幾つかの羊皮紙を見上げて眺める。ミミズがのたくった様な文字は今まで見たことがないもので、何と書いてあるのか全く分からない。文字を翻訳できるマジック・アイテムでも造ろうかと考えを巡らせる中、不意に扉が開いたことに気が付いて反射的にそちらを振り返った。

 外から入ってきたのは、いかにも冒険者風の一人の男。こちらの存在に驚いているのか、目を見開かせて固まったように扉の前で突っ立っている。いつまでそうしているつもりなのか少しだけ興味はあったが、ずっと見つめ合うのもどうかと思い直してウルベルトは男に声をかけてみることにした。

 

「…そんなところで突っ立って、どうしました?」

「っ!? …あ、あなた方は…? まさか…魔導国の方ですか…?」

「これは妙なことを仰る。この地も既に魔導国でしょう」

「それは…! ……そう、ですが…」

 

 笑いを含んだウルベルトの声音に、男は意気消沈と肩を落とす。まるでやるせない現実に打ちひしがれているかのような…、いや実際に打ちひしがれているのだろう。その姿に何故か現実世界でのことを思い出して、ウルベルトは気まぐれに男の元へとゆっくりと歩み寄った。

 

「はじめまして、私はウルベルト・アレイン・オードルと申します」

「…俺はミスリル級冒険者チーム“虹”のリーダーを務めています、モックナックと言います」

「ああ、やはり冒険者の方でしたか。こちらには仕事で来られたのですか?」

 

 見たところあまり仕事はなさそうだが…と依頼書が貼られているボードを振り返る。モックナックもチラッとボードを見やり、次には深く重たい息を吐き出した。

 

「…確かに、魔導王陛下の指揮するアンデッドたちがこの都市周辺を護ってからは仕事は急激に減ってきています。この魔導国において、もはや俺たち冒険者の存在意義は殆どなくなっているでしょう」

「そう思っているのなら、何故君は未だにこの地に留まっているのです?」

「そ、それは……」

 

 モックナックは咄嗟に言葉を詰まらせた。

 彼の語ったことは事実であり、ウルベルトの指摘した通り実際にこの地を去っていった冒険者は数知れない。

 モックナックは何事かを考え込んでいるようだったが、次には決然とした表情でこちらを見つめてきた。

 

「ウルベルト…様は、モモンという冒険者を知っていますか?」

「…ええ、もちろん」

「俺がこの地を去らないのは、モモン殿がいるからです。彼はその身を盾にしてこの街に残ってくれました。この街で生まれた俺がとっとと逃げ出すなんて格好悪いこと、できる訳がない!」

 

 真剣な中に熱を宿した声と言葉に、ウルベルトは思わず柔らかな笑みを浮かべた。

 モモンという冒険者の正体を知っているだけに、他の者がアインズを尊敬している様を見るのはとても嬉しいものだった。そしてふと思う、彼のような者には慈悲を与えてもいいかもしれない、と…。

 今まではナザリック以外の存在に関してはどうでもよく、無関心で、不幸になろうがどうでもいいと思っていた。しかし少なくともアインズを――この場合はモモンだが――慕う者には多少の慈悲をかけてもいいかもしれない。

 

「…では、もう少しだけこの地に留まっていなさい。これから君たち冒険者の存在意義は大きく変わる。そしてそれは、君たちが望めば夢のような大いなる存在となれるでしょう」

「それは…、どういう意味ですか…?」

「君が信じるモモンという冒険者と、この地を治めるアインズ、そしてこの地に留まることを決意した君自身を信じなさい」

「……………………」

 

 多くを語らぬウルベルトに、しかしどこまでも優しい音を帯びる声音に何かを感じたのだろうか。

 モックナックは暫くじっと静かな瞳でウルベルトを見つめていたが、次には軽く目を閉じて頭を下げた。胸に片手を添えて深々と礼を取る様は、まるで主に跪く臣下のよう。

 彼にそのつもりはなかったのかもしれないが、少なくとも傍から見れば彼がウルベルトに対して敬意を表しているように見えただろう。

 

「その言葉、心にとどめておきます。…失礼いたします、ウルベルト様」

「ごきげんよう、モックナック」

 

 もう一度頭を下げて去っていくモックナックを見送りながら、ウルベルトはフフッと小さな笑みをこぼした。

 多くの者に信頼されているアインズが誇らしく、そんな彼の友人としてこの場に居られる自分が幸せだった。

 この世界に来れたのが偶然だろうが必然だろうが奇跡だろうが、そんなことはもはやどうでもいい。憧れた悪魔として、悪の大災厄である“ウルベルト・アレイン・オードル”として、そして何よりアインズの友として再び立てることが何よりも重要で、大切にしたかった。

 

『ウルベルトさん、上手くいきましたよっ!』

 

 不意に繋がるアインズからの〈伝言(メッセージ)〉。

 組合長との話し合いが予想以上に上手くいったのだろう、嬉々とした声音に思わず笑みが深まった。

 

『良かったじゃないか。俺の方も良い出会いがあったよ』

 

 意味深に返して、アインズたちが去っていった方角へと目を向ける。

 そこから見慣れた骸骨と白皙の美少女が姿を現し、ウルベルトは満面の笑みで彼らを出迎えた。

 

 

 




モックナックの会話シーンは、原作のアインズに比べてウルベルトはそこまでカリスマ性を感じさせていません。
モックナックの人となりや、実際に会話をしたこともないので、ウルベルトさんだと雰囲気をちょっと仄めかすくらいで精一杯です。

*今回のウルベルト様捏造ポイント
・地獄の堕天侯爵《マルコシアス》;
“上位悪魔創造”の特殊技術で創造可能な悪魔。
レベルは80台。
天使の翼を生やした人狼の姿で、尾は蛇。
・〈上位悪魔創造〉;
アインズの特殊技術“上位アンデッド創造”の悪魔版。
一日4体までが限度。
普通はレベル70台の悪魔しか創造できないが、ウルベルトは“種族:悪魔の支配者”の特殊設定によりレベル80台の悪魔まで創造可能。
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