仔山羊悪魔の奮闘記   作:ひよこ饅頭

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遅くなってしまい申し訳ありません!
こうでもない、ああでもないと書いては消しを繰り返すうちに、気が付けば前回から約一か月あいてしまうとは…(汗)
それなのにお気に入り件数が遂に1000件突破!
ありがとうございます!ありがとうございます!!
お気に入り、評価、ご感想、全て小説を書く糧になっております。
次回で最終回予定なので、最後までお付き合い頂ければ幸いです(深々)


第15話 死の舞踏会

 魔導国が本格的に動いたことにより、今まで影で戦っていた聖典たちも表立って動くことになった。この闘いに勝たなければ法国は消えてなくなるのだ、この際聖典の存在や正体を知られることは重要なことではない。

 今回は番外席次も参戦する。

 事によっては神都が完全に破壊される可能性があったが、法国を滅ぼされるよりかはマシである。建物や街は直せても、国が滅びては意味がない。

 番外席次を含めた漆黒聖典の今回の任務は魔導国の支配者であるアインズ・ウール・ゴウンとウルベルト・アレイン・オードルの抹殺。

 幸か不幸か、ターゲットは二人とも一緒に漆黒のステージで呑気に街の惨状を眺めており、見失う心配はない。逆に罠である可能性は大きいものの、こちらの選択肢は限りなく少なく、いかに相手に気づかれずに接近できるかにかかっていた。

 一チームの人数が少ないほど目的地に辿り着ける確率は低くなるが、大人数になればなるほど相手に見つかる可能性が高くなる。できるだけ見つかる可能性を少なくするため、彼らは2、3人にチームを分けて多方向からターゲットの元へと向かうことにした。

 

 

「…あぁ、ゾクゾクしちゃうわ! あの圧倒的な存在感! 威圧感! 殺気!! 漸く敗北が知れるのかしらぁ!」

 

 地獄と化した戦場で、ただ一つ響く嬉々とした高い声。

 小柄な一つの影がまるで飛び跳ねるように駆け抜けていた。

 縦半分に白と黒で分かれた長い髪。傷一つない白皙の肌に色違いの瞳。未だ幼さの残る華奢な少女が、しかし不釣り合いなほど大きな戦鎌を片手に戦場を舞っていた。

 彼女を彩るのは鮮やかな化粧ではなく生々しい血飛沫。

 響くのは少女の美貌に対する称賛の声ではなく、命が散る断末魔。

 彼女のすぐ後ろには年若い一人の少年が同じ速度で戦場を走っていた。

 手にはみすぼらしい大きな一振りの槍。

 漆黒の長い髪をなびかせ、中性的な美貌を今は苦々し気に歪めていた。

 

「こちらとしては貴方が負けてしまっては困るのですが…。今回は法国だけでなく、人間の存亡もかかっているのですよ」

「ふふっ、一体どっちが強いのかしら? 骸骨の方はアンデッドだと分かるんだけど、あの山羊の方は何だと思う? ただの人獣だとは思えないし…」

「おい!」

 

 立ちはだかる悪魔を笑いながら狩っていく少女に、少年の苛立たしい声が飛ぶ。しかし全く耳に届いていないのか、ブツブツと独り言を呟いている少女に少年は大きなため息をついた。

 大槍でアンデッドを貫き、引き抜くと同時に別の悪魔を薙ぎ払う。風のような速度で走りながら繰り出される攻撃の数々は見事なもの。

 顔を顰めさせたまま槍の血を振り払う少年に、少女はここで漸く色違いの大きな瞳をひたっと向けてきた。

 

「言っておくけど、あの方たちは私の獲物なんだから邪魔しないでよね」

「……あの方たち?」

 

 少女が口にした単語に思わず眉を潜める。しかし少女は変わらぬ笑みを湛えるだけで、少年は疲れたように大きなため息を吐き出した。

 

「………調子に乗り過ぎて抜からないで下さいよ、番外席次」

「ふふっ、誰に言っているのかしら」

 

 苦々しげに告げられた忠告も少女には届かない。

 少年はすぐ目の前を駆ける少女の華奢な背中を見つめながら、もう何度目になるか分からないため息を小さく吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃ターゲットにされているアインズとウルベルトはと言えば、ドラゴンの頭の上に腰を下ろしながら呑気に戦場を眺めていた。

 守護者たちが頑張ってくれているのか、未だ誰一人としてここまで辿り着いていない。

 自分たちの下で椅子になっているドラゴンの頭を手慰みに撫でてやりながら、ウルベルトは退屈さに大きな欠伸を零した。猫のようにグルグルと喉を鳴らすドラゴンの様子が可愛らしくて笑みがこぼれる。

 殺伐とした戦場の真っ只中で和やかな雰囲気を漂わせる中、不意に黒曜石の地面から一体のシャドウデーモンが浮かび上がってきた。目を向けるアインズとウルベルトに深々と頭を下げる。

 

「アインズ様、ウルベルト様。ただいま守護者の方々が聖典と思われる人間どもと交戦を開始いたしました」

「漸くか。…神人と思われる人間どもはどうだ?」

「神人と思われる男女二人組はこちらに真っ直ぐ向かってきております」

「よし。そのままこちらへと誘導せよ」

「はっ!」

 

 シャドウデーモンは深々と頭を下げると、足元にある自身の影へと沈んでいく。

 ウルベルトは背後にあるドラゴンの角へと背を預けると、優雅に長い足を組んで小さく欠伸をこぼした。

 

「ちょっと、ウルベルトさん。もう少し緊張感を持って下さいよ」

「あ~、ま~、そうなんだけど、どうにも暇で…。そう言えば聖典は皆殺しにして最高神官長の奴らは捕らえるんだよな。話にあった巫女とか生き残った他の奴らはどうするんだ?」

「巫女どもは実験に使おうと考えています。後は皆殺しですね。今回は見せしめが一番の目的なんですから誰一人生かして逃がすわけにはいきません」

「…なら捕虜の存在も隠すべきだな。シャドウデーモンたちにやらせるか」

「そうですね」

 

 まるで世間話でもしているかのように残酷な言葉を紡ぐ二人は、それがいかに人間にとって異様な内容なのか気が付いていない。人間だった頃の影は欠片もなく、アインズは死の支配者(オーバーロード)らしく、ウルベルトは悪魔の支配者(オルクス)らしく、如何に絶望を撒き散らし効率よく死を植えつけられるか嬉々として話を弾ませた。

 しかしそれはあまり長くは続かなかった。

 こちらに猛スピードで近づいてくる鋭い気配。

 まず初めに気が付いたのは椅子となっていたドラゴンで、続いてアインズとウルベルトもそちらを振り返った。

 

 

「やっと着いたわっ!」

「……………………」

 

 黒曜石の階段を上ってきたのは二人の男女。

 どちらも二十歳以下であろう少年少女で、しかしその手には似つかわしくないほどの大きな槍と十字槍のような戦鎌が握られていた。

 

「…漸く来たか」

「おやおや。君たちが私たちの挑戦者ですか?」

 

 口調は穏やかながらも、二人はすぐさま気を引き締めさせる。

 小さな唸り声を上げるドラゴンの頭から優雅に飛び降りると、アインズとウルベルトは見定めるように少年と少女を見やった。

 ここに辿り着いたということは、彼らが神人と呼ばれる存在なのだろう。見た目はただの子供だが、しかし確かにその身に纏っている装備の数々は一目で見事な物だと伺えた。恐らく殆どが伝説級(レジェンド)アイテムか神器級(ゴッズ)アイテムなのだろう。いや、神器級(ゴッズ)アイテムの可能性の方が高いだろうか…。ユグドラシルでも神器級(ゴッズ)アイテムは一個手に入れるだけでも難しいのだが、それをこんなに複数所持しているということは、これらがベレニスの言っていた“六大神の神器”なのかもしれない。

 しかしこちらとしても負けてはいなかった。

 アインズもウルベルトも最終装備の主武装として全身の装備を神器級(ゴッズ)アイテムで埋めている。加えてアインズもウルベルトも密かに世界級(ワールド)アイテムを一つ所持していた。例え相手が世界級(ワールド)アイテムを使おうとしてきても、これでこちらも応戦することができるだろう。

 アインズとウルベルトは絶対者の態度を崩さないよう努めながら、ワザとらしいまでに鷹揚と二人を睨むように見据えた。

 

「…では、我らが愚かな挑戦者のために改めて名乗らせてもらおう。我は魔導国の支配者であるアインズ・ウール・ゴウン魔導王である」

「そして私は、同じく魔導国の支配者にして魔導王アインズの補佐を務めるウルベルト・アレイン・オードルと申します。残された時間は少ないですが、その間だけでもお見知りおき下さい」

 

 感情のよめぬアインズとは違い、ウルベルトは不気味な金色の瞳を細めさせてニヤリと嗤う。

 見るからに余裕の態度に少年は厳しく顔を顰めさせ、少女は面白そうに笑みを深めさせた。

 

「………私はスレイン法国の六色聖典が一つ、漆黒聖典の隊長を務めている者だ」

「私も一応漆黒聖典の一人で番外席次よ。人によっては“絶死絶命”と呼ぶ者もいるわ。よろしくね」

 

 顔を厳しく顰めさせている少年とは対照的に、少女は可愛らしい笑みを浮かべてウインクまで贈ってくる。

 こちらを全く脅威とは感じていない侮った態度に、アインズとウルベルトは内心でやれやれと頭を振った。

 ベレニスの話によると少年も少女も見た目通りの年齢ではなく、特に少女の方は老女であるベレニスよりも年上だと聞いていたのだが、精神年齢もどこまでも子供であるようだった。ずっと軟禁生活で世間を知らずに育てばこういう性格になるのだろうか、と内心で首を傾げながら、一方で彼女の浅はかさを嘲笑っていた。

 自信と油断は似て非なるもので全くの別物だ。

 アインズとウルベルトは自分たちの力やチームワークに自信を持ってはいるが、決して油断はしていない。いくらレベルに差があったとしても小さな油断から一気に形勢が逆転することなどよくあることなのだ。互いの命やナザリックの者たちの命運を背負っている以上、油断などできるはずがない。

 しかし“隊長”と名乗った少年は兎も角、“番外席次”と名乗った少女の方は見るからに油断しきっていた。

 よほど自分の力を過信しているのだろう。

 ウルベルトはフンッと小さく鼻で笑うと、傍らに立つアインズへと目を向けた。

 

「…どうやら相手は両者とも戦士職であるようですね。私たちはどうします?」

 

 言外に〈完璧なる戦士(パーフェクト・ ウォリアー)〉で戦わないのかと問われ、アインズはふむ…と目の前の少年と少女を見やった。

 一応念のため、ナーベラルに貸し与えていた早着替えのクリスタルに純白の鎧を入れて持ってきてはいた。しかしアインズは魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、〈完璧なる戦士(パーフェクト・ ウォリアー)〉での戦闘はまだまだ粗削りなところが多い。そのような状態で盾役としてウルベルトを守りながら神人と呼ばれる戦闘能力が不透明な相手に挑むのは流石に不安が残った。

 

「……いや、こちらも本来の実力で迎え撃つとしよう」

「了解しました。それでは早速始めるとしましょう。…〈魔法最強化(マキシマイズマジック)焼夷(ナパーム)〉!」

 

 合図無しのウルベルトの詠唱に、すぐさま魔法が発動する。少年と少女を中心に大きな爆発が起こり、鮮やかな炎が黒曜石のステージの全てを呑み込んで大きな渦を巻き頭上へと立ち昇った。しかし詠唱者であるウルベルトは勿論の事、アインズも背後に控えていたドラゴンの翼にすぐさま包み込まれて護られたためダメージを一切受けることは無かった。

 轟々と燃え上がる巨大な火柱を見つめながら、果たして相手はどうなったのかとじっと目を凝らす。

 まさかこれで終わりではあるまい…と凝視する中、突然火柱に二つの亀裂が走った。

渦巻く炎が亀裂を埋めるその前に、小さな二つの影がそれぞれの亀裂を割って飛び出てくる。細長い影はアインズの元へ、華奢な小さな影はウルベルトの元へと一直線に突っ込んできた。アインズはドラゴンを下がらせて〈黒曜石の剣(オブシダント・ソード)〉で牽制し、ウルベルトも“慈悲深き御手”で繰り出された攻撃を受け止めた。

 

「あっははははは! あつ~~い!! ひどいじゃな~~~~いっ!!」

「…おや、これは申し訳ありません。私としてはそのまま焼け死んで頂ければ有り難かったのですが」

「うふふっ、それじゃあ面白くないでしょう!!」

 

 戦鎌と“慈悲深き御手”が鍔迫り合いながら、少女がこちらの顔を覗き込むように顔を近づけてくる。目の前の白い顔は少々薄汚れてはいるものの傷ついてはおらず、思ったよりもダメージを与えられていない様子にウルベルトは小さく目を細めさせた。

 これ以上間合いを詰められるのも気に食わず、勢いよく弾き飛ばして右手の人差し指を突き付けた。

 

「〈魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)神の裁き(ゴッズ・オブ・ケラウノス)〉!」

 

 突き付けられた指先から青白い火花が散り、一直線に少女へと空を切り裂く。

 一瞬少女と目が合ったような気がして、直感的に避けられると感じ取った。追撃の魔法を唱えようと、すぐさま別の詠唱に入る。しかし大きな稲妻が少女の小さな身体を呑み込んだことにウルベルトは大きく目を見開かせた。

 彼女が避けきれなかったとは思えない。どちらかというとわざと避けなかったように思えた。しかし何故…と小さく顔を顰めさせる中、突然小さな影が弾丸のようにこちらに突っ込んできてウルベルトは思わず半歩後ろに後ずさった。

 先ほどとは段違いの素早さに小さく舌打ちする中、迎え撃とうと詠唱を唱えるその前に横から細い影が勢いよく少女へと飛んでいった。あまりにも予想外で突然のことだったのだろう、少女は小さな悲鳴を上げて飛んできた影もろとも再び吹き飛ばされる。よくよく見れば飛んできたのはアインズが相手をしていた少年で、ウルベルトはこちらにゆっくりと歩み寄ってくるアインズを振り返った。

 

「…私がいることも忘れてもらっては困るな」

 

 流石と言うべきか、漆黒のローブを揺らして横に並ぶアインズには傷一つなく汚れ一つも見られない。

 多少のブランクの差はあれど、これではあまりにも格好がつかないな…とウルベルトは内心で苦笑を浮かべた。

 改めて気を引き締めさせようと小さく息をつき、のろのろと立ち上がる少女たちに目を向けた。

 

「ちょっとぉ! せっかく楽しくなりそうだったのに、邪魔しないでよ!」

 

 〈神の裁き(ゴッズ・オブ・ケラウノス)〉を諸に受けたというのに、立ち上がった小さな身体はふらつきもしない。一瞬装備アイテムによるものかと思ったものの、攻撃に対しての彼女の反応と先ほど見せられた異常な素早さにすぐさま考えを打ち消した。装備アイテムで完全にダメージを防げるのであればわざと攻撃を避けないのも頷けるが、素早さが飛躍的に上がった理由が分からない。

 彼女の性格からしてわざと手加減していたとも思えず、ウルベルトは小さく目を細めさせると一気に特殊技術(スキル)と魔法を同時に発動させた。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)風の刃(ウィンド・サイズ)〉!」

 

 強化された三つの大きな風の刃が勢いよく少年と少女の元へと放たれる。

 少年は頭上へと飛んでそれを避け、少女は掻い潜るようにして避けながらこちらへと再び突進してきた。

 

「〈骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)〉!」

「〈刃の抱擁(ブレイド・エンブレイス)〉!」

 

 しかし上空へと飛んだ少年はアインズが事前に仕掛けていた〈浮遊大機雷(ドリフティング・マスターマイン)〉に当たり成す術もなく墜落し、少女も突如地面から現れた骸骨で構成された壁に遮られて進行を妨げられた。加えてウルベルトの魔法が発動し、骸骨の壁に大きな魔法陣が浮かぶと同時に多種多様の武器の刃が突き出てきて少女を襲った。咄嗟に足のブレーキをかけるも間に合わず、激突はしなかったものの多くの刃が装備を突き破って少女の肌を切り裂いていく。

 宙に舞う鮮やかな鮮血。今まで微動だにしなかった華奢な身体が初めて揺らめく。

 少女はポタポタと血を滴らせながら、次には長い黒と白の髪を振り乱して狂気に満ちた笑みを浮かべた。

 

「…素敵! 最高っ! これが傷! 血! 痛み!!」

 

 嬉々として自分の傷を触ってははしゃいでいる少女に、アインズとウルベルトは思わず訝しげに小首を傾げた。

 怪我をして何を喜んでいるのだろう…と少し気圧される。

 

『………Мなのか…?』

『…流石に違うと思いますけど…』

『じゃあ…、ドМとか?』

『いや、変わらないじゃないですか』

 

 〈伝言(メッセージ)〉で会話しながらどうしたものかと頭を悩ませる。

 通常ならばこちらに意識が向いていない隙にさっさと攻撃してしまうのがベストなのだが、あまりのはしゃぎように邪魔をしてしまうのも悪い気がしてきてしまう。少年の方はといえば未だ地べたを這いずっていて、どうにも期待はずれ感が否めなかった。

 

『………神人って言われてたが、ハズレか…?』

『まぁ、神人といってもプレイヤーではありませんし。強敵でないだけマシですけど…、少し残念ですね』

『こんな奴らにあの装備アイテムたちは勿体ないな』

 

 ユグドラシルでの充実していながらも素材集めに苦労した日々を思い出し、ウルベルトは思わず顔を顰めさせた。

 神器級(ゴッズ)アイテムとはドロップアイテムのクリスタルの中でも最上位のハイレアドロップ品を複数個と、超が付くほどの希少金属を用意することで初めて作れるアイテムである。制作難易度が高すぎて100レベルプレイヤーでも一個も持っていない者などザラである。であるのに、彼らは弱いにも関わらず神器級(ゴッズ)アイテムだと思われる装備アイテムを当たり前のように全身に纏っていた。彼らにその装備たちはあまりにもふさわしくない。さっさと殺してアイテムたちを剥ぎ取ってやろう、と一つ息を吐き出したその時、少女の笑い声が止んでいることに気が付いてウルベルトたちは改めて少女へと目を向けた。

 

「…いいわ、あなたたち! これなら本気が出せそうっ!」

 

 未だ流れている血を拭いもせず、どこか血走った眼でウルベルトたちを見やる。

 少女は手近な腕の傷へと指を潜り込ませると、爪を立てて一気に横へと引き裂いた。傷口が抉れて鮮血が噴き出し、少女の身体を更に朱へと染めていく。

 少女は血に濡れた指をペロッと舐めると、大きな戦鎌を両手で握り直した。

 

「フフッ、何故私が“絶死絶命”なんて呼ばれているのか、教えてあげるわ…」

 

 見た目は満身創痍でボロボロだというのに、放たれる威圧感は相当なもの。

 一体何が始まるのかと身構える間もなく、少女が先ほど以上のスピードでこちらに突進してきた。

 

「〈転移(テレポーテーション)〉!」

「〈飛行(フライ)〉!」

 

 考える間もなくアインズとウルベルトは咄嗟に詠唱を唱えていた。ウルベルトが〈飛行(フライ)〉で空へと逃れる中、アインズは少女の影に隠れて何かしようとしていた少年に気が付いて彼の元へと転移する。アインズが再び少年の相手をし始める中、ウルベルトはこちらに飛んでくる少女を迎え撃った。一度目は強化した〈衝撃波(ショックウェーブ)〉で吹き飛ばし、少女が体勢を立て直す間にアイテムボックスを開いて手を突っ込む。ごちゃごちゃしている中で目的の物を探り当てると、ウルベルトは“それ”を勢いよく引き抜いた。同時に少女が再び地を蹴ってこちらに突っ込んでくる。

 戦鎌が大きく振るわれ、ガキンッという鋭い音と共にウルベルトと少女の影が重なって空中で停止した。しかしそれは一瞬のことで、次には先ほど以上の勢いをもって再び少女の身体が吹き飛ばされた。受け身を取る間もなかったのだろう、少女は諸に黒曜石の地面に激突し、黒曜石のステージ自体にも大きな亀裂が走る。その様を上空で冷ややかに見下ろすウルベルトの手には一振りの大きな杖が握られていた。

 ウルベルトの身長を超えるそれは二メートルの長さはあるだろうか。青白く輝くクリスタルで出来た杖は、しかしドラゴンの鱗以上の強度を誇っていた。微かな光も反射し、青白く輝く様は非常に美しい。繊細で華奢でありながら豪奢な気品をも漂わせるそれは、凡そ悪魔には似つかわしくない代物である。しかしウルベルトが一振りした瞬間、まるで氷の中で燃える炎のように美しくも怪しい赤の光球が杖の先端に現れ揺らめいた。杖から滲み出てきた赤黒いオーラがウルベルトに纏わりつき包み込む。

 

「…この私と相対しておきながら油断して手を抜くとは、気に入らんな」

 

 放たれた声音はその目と同じく冷ややかなもの。

 ウルベルトは自分に対して、…それも戦士職である者に手を抜かれることが我慢ならなかった。自身の勝利を疑わず、自分を格下に見てくることも気に入らない。

 最大の苦痛と屈辱をもって必ず後悔させてやる…。

 ウルベルトは未だ黒曜石のステージの上に横たわっている少女を蔑むように見下ろした。

 

「……ふふふっ。この力(タレント)を解放した私と渡り合うなんて…、あなたのこと気に入っちゃった!!」

 

 変わらぬ狂気的な笑みを浮かべながら、少女が勢いよく跳ね起きる。

 少女は血を滴らせながら深く屈み込むと、次の瞬間その小さな身体が掻き消えた。それと同時に少女が目の前に現れ、ウルベルトは思わず小さく目を見開かせた。咄嗟に持っていた杖で攻撃を受け止めるも、今度はウルベルトが地面へと吹き飛ばされる。しかしウルベルトは素早く体勢を立て直して身軽に着地すると、追撃してくる少女を見据えながら手に持つ杖の力を解放した。

 ウルベルトの持つ杖の名は“守護三連魔神器”。

 打撃攻撃ができることに加えて、物理攻撃と魔法攻撃に対する防御力上昇、神聖属性に対する絶対耐性、そして第三位階魔法と同程度の魔力消費と引き換えに物理攻撃に対してパリィができるという、杖であるのに防御を中心とした能力を持つ目が飛び出るほどに上等な神器級(ゴッズ)アイテムである。

 制作者はコキュートスの創造主である武人建御雷。彼がユグドラシルを引退する際にウルベルトに贈ってきた最後の武器アイテムだった。

 

 たっち・みーの強さに惹かれて彼を倒せる武器の開発に固執していた武人建御雷は、打倒たっち・みーを宣言していたウルベルトに事ある事に相談を持ちかけていた。ウルベルトの方も打倒たっち・みーの同士として喜んで相談に乗り、必要な素材があれば協力を惜しまなかった。超レア・アイテムをドロップするために武人建御雷とウルベルト、そして毎回二人に巻き込まれる弐式炎雷の三人でレイドボスに挑んだ日々は懐かしく、今となっては良い思い出だ。

 最終的にはたっち・みーがユグドラシルを引退したことで武器が完成することはなくなったが、それでもこれまで幾度となく付き合ってきたウルベルトに感謝の意を込めて、武人建御雷は最後の最後にこの“守護三連魔神器”を作り贈ってくれたのだ。

 この杖には、打倒たっち・みーの武器開発のために集められた超レア・アイテムや希少価値のクリスタル、超レア素材の殆どすべてが使われている。ウルベルトにとってはある意味世界級(ワールド)アイテムよりも価値のある大切な杖だった。そのため悪いと思いながらも引退する際にもこの杖だけはアインズに譲らなかったほどだ。

 

 残念ながらユグドラシルで使う機会はなかったため神人という未知の存在との戦いで初のお披露目をしようと持ってきたのだが、どうやらその判断は正しかったようだった。

 少女が繰り出す攻撃は素早く、そして重い。振るわれている戦鎌だけでなく、それを振るっている腕でさえきちんと目視できず翳んでしまう。ウルベルトは風のように早すぎる猛撃を全て捌いて弾き返しているが、それは偏にこれまでのユグドラシルでの戦闘経験と“守護三連魔神器”のパリィを常に発動させているからだった。

 純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)であるウルベルトには戦士職ほどの素早さや身のこなしなどなく、物理攻撃を受け流せる程の技量もない。そのため傍目から見れば必然的に杖に振り回されているように見えてしまうのだが、この際それは仕方がないことだろう。それよりも今は目の前の少女の事の方が問題だった。

 ウルベルトとて全て受け身に終わっている訳ではない。杖で猛撃を弾き返しながら、一方で雷撃を中心とした魔法を操って反撃を繰り出している。しかし攻撃が当たり怪我を負えば負うほど、明らかに少女の攻撃力や素早さも上がっているように思われた。これは装備アイテムの効果では決してなく、ウルベルトは一つの可能性に小さく目を細めさせた。

 

(………狂戦士、か…?)

 

 ユグドラシルでの狂戦士は素早さまでは上がらないため全く同じものとは考えられないが、少なくとも似たような能力を有しているのだろう。恐らく体力が減れば減った分だけ全ステータスが無制限に上がるのではないだろうか…。

 よくもまぁ“絶死絶命”だなどと上手いことを言ったものだ。

 確かにこの世界の人間にとって少女の能力は強力であり、彼女を倒すことのできる者は限られてくるだろう。しかしウルベルトにとっては決して脅威ではなく、対処法などいくらでもあった。相手が人間…、いや異形種ではないため尚更だ。

 十分彼女の戦いを観察できたと判断したウルベルトは、そろそろ身の程を思い知らせてやることにした。

 少女が大きく振りかぶったところを見計らい、攻撃を受けるギリギリのタイミングで〈転移(テレポーテーション)〉を唱えた。一瞬で少女の背後に飛び、無詠唱で〈酸の投げ槍(アシッド・ジャベリン)〉を放つ。少女は振り向きざまに酸の槍ともどもウルベルトを攻撃しようとしてきたが、ウルベルトは既に再び〈転移(テレポーテーション)〉で姿をくらませていた。

 〈星幽界の一撃(アストラル・スマイト)〉。

 〈万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)〉。

 〈穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)〉。

 〈獄炎(ヘルフレイム)〉。

 〈負の光線(レイ・オブ・ネガティブエナジー)〉。

 〈重力渦(グラビディメイルシュトローム)〉。

 一つの魔法を放っては〈転移(テレポーテーション)〉を繰り返し、縦横無尽に全方向から強力な魔法を放つ。少女も懸命に戦鎌を振り回して応戦するが、肉体運動に支配されないウルベルトの動きに完全に翻弄されていた。

 右から来るかと思えば左に現れ、次は上かと思えば目の前に現れる。

 ウルベルトは〈連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉を放つと、体勢を崩した少女に“守護三連魔神器”を振るって容赦なく殴りつけた。思わず地面に両手をつく少女の細い背に腰を下ろし、組んだ足で後頭部を勢いよく踏みつける。少女の頭は地面へと押さえつけられ、まるで獣のような体勢でウルベルトの椅子と化した。

 

「頭が高い。身の程を知れ」

 

 ウルベルトの足の下で、少女の頭がミシミシと嫌な音を立てる。

 

「……ぐ…ぅぅ、…ぁあ、ああぁぁぁああぁあぁぁああぁああぁあっ!!」

 

 獣のような声を上げ、何とか逃れようと少女が暴れ始める。

 ウルベルトは頭を踏みつけている足に更に力を込めると、わざとらしく肩をすくめながら少女の背に掌を触れさせた。

 

「煩い、黙れ。〈溺死(ドラウンド)〉」

「っ!!?」

 

 ウルベルトの魔力が少女の身体を包み込み、次の瞬間少女の身体がビクッと大きく震えた。暴れていた身体がピタッと止まり、戦鎌から手を離して細い首を抑える。少女は苦しげに顔を歪めると、まるでへたり込むように完全にペタリと地面に横たわった。

 

「ぐっ…、…げ…、ごぼっ、がぼっ!!」

 

 少女の口が大きく開かれ、中から透明な水が滝のように吐き出される。しかしいくら吐き出しても乾いた呼吸音は聞こえてこない。あまりの苦しさに、少女は喉を抑えていない方の手で足掻くように黒曜石の地面に爪を立てた。硬い地面に爪が折れるのも構わず、まるで苦痛から逃げようとするかのように足掻いては何度も水を吐き出す。しかし水は尽きることはなく、どんなに吐き出しても彼女の口や喉、肺を満たし続けた。少女の涙と吐き出した大量の水で、少女を中心に大きな水溜りができていく。

 ウルベルトは完全に椅子の役割を放棄した少女の身体にため息をつくと、少女の頭から足を離して彼女の背から立ち上がった。

 重みから解放された瞬間、少女の身体が苦痛のあまりゴロゴロと水溜りの上を何度も転がる。少女は全身を濡らしながら、横たわったまま目の前に立つウルベルトを見上げた。その顔には先ほどまでの狂気的な笑みは全くなく、混乱と苦痛と小さな恐怖に彩られているのにウルベルトはフンッと小さく鼻を鳴らした。

 

「…“絶死絶命”とはよく言ったものですね。あなたは恐らく自身のダメージを力に変えることができるのでしょう。そして恐らく、どんな攻撃を受けても即死することはない…。どんなに悶え苦しもうとも、あなたは死なない…。いや、死ねないのでしょう?」

 

 冷ややかに少女へと語りかけながら、徐々に精悍な山羊の顔に残忍な笑みを浮かべていく。

 〈溺死(ドラウンド)〉の魔法はユグドラシルでは何かと使い勝手が悪く不人気な魔法だったが、この世界であれば話は別のようだった。ユグドラシルの魔法の知識も、装備やマジックアイテムへの技術も、全てがユグドラシルに比べて劣っているこの世界であれば、あらゆる可能性を考慮して対策を立てることは難しい。下手をすれば〈溺死(ドラウンド)〉の存在を知らない可能性すらあった。

 

「比較的、対処が容易い〈溺死(ドラウンド)〉ですらこの有様とは…。あなた方の程度が知れますね」

 

 もう暴れる気力も尽きたのか、少女は力なく横たわりながら口からダラダラと水を垂れ流し、虚ろな目でウルベルトを見つめている。

 ウルベルトは少女への興味を一気に失わせると、さっさと止めを刺そうと指先を少女へと向けた。

 しかし突然こちらに突進してくる気配に気が付いて、ウルベルトは慌ててそちらを振り返った。

 目の前に飛び込んできたのはこちらに突撃してくる少年の姿。血みどろになりながらも怪しく光り輝くみすぼらしい大槍を構えている。

 ウルベルトは咄嗟に防御魔法を唱えようとして、しかし思い直して口を閉ざした。

 まるで招くように無防備に突っ立っているウルベルトに、容赦なく槍の矛先が迫ってくる。

 ウルベルトと槍の矛先との間が一メートルもなくなった、瞬間…。

 

 

「…我が友に二度までも刃を向けるとは、まったく許し難いな」

 

 聞こえてきたのは憎悪に彩られた低い声音。

 少年と槍の動きはぴたりと止まり、ウルベルトと少年の間には死の支配者が悠然と立ち塞がっていた。

 指輪で彩られた骨の手が無造作に槍を握りしめている。

 無傷で見下ろしてくるアインズに、少年は信じられないというように目を見開かせていた。

 

「いや、戦っているのですから刃を向けるのは当然でしょう、アインズ」

「そんなことは関係ない。ここがどこで相手が誰で今がどんな状況であろうとも、我が友を害する意思がある時点で許し難い」

「ふふっ、我儘ですねぇ」

 

 まさに傍若無人な魔王然とした言いようにウルベルトは思わず笑い声を零す。

 しかし少年が何かを呟いたような気がしてウルベルトとアインズはほぼ同時に少年を見やった。

 少年は未だ呆然とした表情を浮かべながら見開いた目でアインズを見上げている。

 

「………なぜ、生きている…。…力を解放したこの槍に触れて、何故っ!!」

 

 感情が爆発したのか喚き始める少年に、アインズとウルベルトはほぼ同時に呆れたため息を吐き出した。

 人類の切り札とまで言われる漆黒聖典の隊長が、この程度で冷静さを失わせるとは全くもってお笑い草だ。それだけ槍の力に自信を持っていたのかもしれないが、神器級(ゴッズ)アイテムを身に纏い、世界級(ワールド)アイテムを持つアインズとウルベルトにとってはそれほど驚く事ではない。

 すっかり注意散漫となってしまっている少年に、ウルベルトは嘲るような笑みを浮かべて小首を傾げてみせた。

 

「驚くのは勝手ですが、曲がりなりにも隊長を名乗るのでしたらもう少し注意した方が宜しいですよ」

「…? 一体どういう…」

「〈全断(パーフェスト・スラッシュ)〉」

 

 ウルベルトの忠告とほぼ同時にアインズが無慈悲にも魔法を唱える。瞬間、槍を握りしめていた少年の右腕が見えない刃でスパッと綺麗に斬り落とされた。右腕が斬り落とされたことによって槍はアインズの手に渡り、切断された右腕からは血飛沫が噴水のように勢いよく噴きあがる。一拍後、漸く事態を理解した少年が悲鳴を上げて蹲った。

 

「…ぁあ、ああぁぁああぁぁあぁあああぁぁああああぁぁっ!!?」

 

「全体的に反応が遅いですねぇ。よくこれで隊長を名乗れたものだ」

「………なるほど…」

「ん? 何か分かりましたか?」

 

 呆れた表情を浮かべながらも何かしてこないか少年を見張っていたウルベルトは、不意に呟いたアインズに気が付いてチラッと目を向けた。

 

『何故あんなに自信満々だったのか分かりましたよ』

『そんなにすごいアイテムだったのか?』

『ええ、これも世界級(ワールド)アイテムです。それも…、“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”でしたよ!』

『なに!? ……それはまた…』

 

 〈伝言(メッセージ)〉で会話しながらアインズとウルベルトの背に冷や汗が流れる。もっともアンデッドであるアインズには流せる汗がないのだが、その心持ちはウルベルトと全く同じだった。

 “聖者殺しの槍(ロンギヌス)”は数ある世界級(ワールド)アイテムの中でも名の知れた有名なアイテムの一つだ。使い捨てである二十の世界級(ワールド)アイテムの一つであり、使用すればターゲットだけでなく使用者のデータもすべて抹消してしまう。復活するにも一部の世界級(ワールド)アイテムが必要不可欠であり、それ以外の復活方法は存在しない。ユグドラシルではイベント進行に必要なキャラクターがこのアイテムで消滅されても運営側は何もせず、そのイベントの方が進行不能になった程だ。今回世界級(ワールド)アイテムを持ってきていたことに胸を撫で下ろすと同時に、ナザリックの者たちにその矛先が向けられなかったことに心から安堵した。

 もしこの槍で殺されればナザリックでは復活させる方法がない。恐らくこの世界で見つけることもほぼ不可能だろう。

 そこまで考えて、ふとウルベルトはあることを思い至って知らず笑みを浮かべた。

 

「…そうだ。なら、是非ともこの槍を使ってもらってはいかがです?」

「どういう意味だ?」

「あそこに転がっている番外席次殿にはどうやら不死の力があるようです。本当に不死なのかは分かりませんが、どうせならこの槍で死んで頂きましょう」

「それは……、勿体なくはないか?」

 

 二十の世界級(ワールド)アイテムは一度きりの使いきりのアイテムであり、再び手に入れるためには再度同じ取得イベントをこなさなければならない。こんなところで使ってしまうのは非常に勿体なく思えた。

 しかしウルベルトはそうは思っていないのか、変わらぬ笑みを浮かべたまま小さく首を傾げた。

 

「確かに勿体ないですが、よく考えて見て下さい、アインズ。この世界はユグドラシルではなく、このアイテムが戻るべきユグドラシル自体、既に存在していません。この二十の世界級(ワールド)アイテムは使い終わった後、一体どこへ行くのでしょう?」

「……………………」

「この世界ではユグドラシルの全てがそのまま適用するわけではありません。これは唯の私の憶測ですが…、二十の世界級(ワールド)アイテムは使いきりではなくなっているのではないでしょうか? そうでなければ、彼があのタイミングで私にこの槍を振るおうとしたとも思えません」

 

 この槍を使って少年が消えたとしても、その時は少女に魔法をかけたウルベルトも消えてなくなっている。そうなれば少女にかけられていた魔法も解け、槍は再び少女が使うことができる。上手くすれば少女の手でアインズを倒せるかもしれない。

 

「使いきりの世界級(ワールド)アイテムがこの世界でどうなるのか…、実験がてら使ってみませんか?」

「………そう、だな…、今後の参考にもなるか…。しかし、これは使用者も消滅させる。一体誰が使うというのだ」

「いるではありませんか、絶好の駒が」

 

 番外席次が不死という言葉に多少驚きながらもアインズが小首を傾げて疑問を口にする。

 ウルベルトは心底面白そうな笑みを浮かべると、次には右腕を抑えて呻いている少年へと目を向けた。つられる様にしてアインズも少年へと視線を向ける。

 考え込むように黙り込むアインズに、ウルベルトはこれから行われる喜劇に心を躍らせながら指先を少年へと向けた。

 

「〈操り人形(パペット)〉」

 

 ウルベルトの魔法が発動した瞬間、少年の細い身体がビクッと大きく震えた。

 驚愕に目を見開かせる中、ウルベルトが指をクイッと動かせばふらつきながらも立ち上がる。

 

「…なるほど、そう言うことか」

「ええ、名案でしょう?」

 

「わ、私に何をしたっ!!」

 

 少年が悲鳴にも似た声を上げるがアインズもウルベルトも全く気にも留めない。

 アインズは少年の残った左手に“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”を握らせ、ウルベルトは手と指を使って少年の身体を操った。少年は何とか抗おうとするが身体は全く言うことを聞かず、ウルベルトの思うがままに横たわる少女の元まで歩かされる。

 のろのろと時間がかかりながらも少女の元まで辿り着けば、彼女はビクっビクっと身体を小刻みに痙攣させながら虚ろな目で少年を見上げていた。自身の能力のせいで死ぬことができないのだろう、呼吸ができない苦しみに悶えながら、もはや一欠けらの気力すら残ってはいないようだった。

 

「さぁ、槍の能力を解放して彼女諸とも消えなさい」

 

 悪魔の声が耳元で甘く囁きかける。

 本当は嫌なのに、抗わなければならないのに、少年の身体は従順に従ってゆっくりと槍を掲げた。

 

「…嫌だ、…やめてくれ……!」

 

 口は自由に動くというのに身体が言うことを聞かない。

 思考は冴え渡っているというのに、悪魔の意志に抗うことができない。

 少年の身体はギュッと強く槍を握りしめると、槍の力を解放させた。

 使用者とターゲット両者を消し去る力。本来ならば人類の敵に振るわれるべき力だというのに、今は人類の最後の砦であるはずの自分たちに向けられている。

 何故、彼らにはこの力が通じなかったのか…。

 何故、こんな事になっているのか……。

 混乱と悔しさと大きな恐怖に駆られながら、少年は成す術もなく少女へ向けて槍を振り下ろした。

 

「くそぉぉぉおおぉぉおぉおおぉぉおぉぉおぉぉぉっ!!!」

 

 最後に響いたのは少年の慟哭。

 白く大きな光がステージを包み込んで視界を眩ませ、爆発的な力が膨れ上がる。

 ずっと頭上に待機していたドラゴンがすかさず駆け寄り、アインズとウルベルトを皮膜の翼で包み込んだ。爆風はなかったもののビリビリとした鋭い波動が大気を震わせ、アインズとウルベルトはドラゴンに護られながら小さく顔を顰めさせた。流石は世界級(ワールド)アイテムと言うべきか、余波と言えども凄まじいものがある。ゲームでは感じることができなかった大気の震えを感じながら、二人は力が鎮まるのを大人しくじっと待った。

 暫くして漸くドラゴンが皮膜の翼を動かしてアインズとウルベルトを解放する。

 開かれた視界に周りを見回しながら、少年と少女がいた場所へと視線を向ける。

 黒曜石の地面は所々に亀裂が走り、少年と少女がいた場所には一振りの槍が地面へと突き刺さっていた。少年の影も少女の影もそこにはありはしない。彼らが身に纏っていた神器級(ゴッズ)アイテムですら残ってはいなかった。

 

「……ふむ、ウルベルトさんの予想が当たりましたね」

「…さすがは二十の世界級(ワールド)アイテムの一つ、と言うべきか。あいつらの装備も全部消え去ってるな」

「はい。でも、“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”が無事に手に入って使いきりじゃなくなったと知れて良かったです」

「確かにな。…さて、神人は無事倒せたが、あいつらはどうなったかな」

 

 他の聖典の相手をしているはずの守護者たちを思い、何となく周りを見回す。

 心配でどこかそわそわし始めるウルベルトに思わず笑みをこぼす中、不意に気配を感じてアインズはそちらを振り返った。

 シャドウデーモンが地面の闇から姿を現し、恭しく跪いて頭を下げる。

 

「アインズ様、ウルベルト様。聖典と思われる者どもは無事に殲滅。神官長と巫女は全員ナザリックへ収容いたしました」

「良いタイミングだ。守護者たちは今どこにいる?」

「パンドラズ・アクター様を中心に宝物庫の物をナザリックへと搬送しております」

「なるほど、仕事の早いことだ」

 

 迅速な行動と有能な仕事ぶりにウルベルトが満足げな笑みを浮かべる。

 アインズは“聖者殺しの槍(ロンギヌス)”を引き抜くと、礼を取って闇に沈んでいくシャドウデーモンを見送っているウルベルトを振り返った。

 

「さて、では俺たちは一足先にナザリックに戻りましょうか」

「…そうだな。ちょっと疲れたし、たまには俺たちがあいつらを出迎えてやるか」

 

 いつもの悪戯気な笑みを浮かべるウルベルトに、アインズも小さく笑い声を零す。

 アインズが〈伝言(メッセージ)〉でアルベドに総指揮権と命を下している間に、ウルベルトはドラゴンが入れるだけの大きな〈転移門(ゲート)〉を出現させた。

 身を屈めるドラゴンの頭の上に二人同時に飛び乗る。

 二本の角にそれぞれ背を預けながら、アインズとウルベルトは何とはなしに未だ悲鳴が響き渡る神都を振り返った。

 しかし二人とももはや何かを言うこともない。

 ここにはもはや気を引くものは何一つなく、すぐに視線を外すとナザリックへと続く闇の入り口へと視線を戻した。

 

「折角ですから玉座の間ではなく霊廟で待っていましょうか」

「良いな! ログハウスもあるし、のんびりあいつらを待つとするか」

 

 地獄の戦場に二人の楽し気な会話が響いては消えていく。

 二人を乗せたドラゴンはなるべく揺らさないよう細心の注意を払いながら、大きな闇の中へと姿を消していった。

 

 




今回は捏造がより取り見取りで申し訳ありません!
番外席次のタレントや隊長の武器、使いきりの世界級アイテムについてなど、ご不快に思われる方がいらっしゃれば本当に申し訳ありません…。
この小説だけでの設定として温かい目で許して頂ければ幸いです…(滝汗)

*今回のアインズ様捏造ポイント
・〈全断〉;
あらゆるものを切り裂き断ち切る魔法。〈現断〉の劣化版。

*今回のウルベルト様捏造ポイント
・“守護三連魔神器”;
二メートルほどの青白いクリスタルの杖。武人建御雷作の神器級アイテム。打撃攻撃の他、物理攻撃と魔法攻撃に対する防御力上昇、神聖属性に対する絶対耐性、第三位階魔法と同程度の魔力消費と引き換えに物理攻撃に対してパリィができる。
・〈刃の抱擁〉;
出現した魔法陣から多種多様の武器の刃が現れ、対象を串刺し切り裂く。地面だけでなく壁や天井にも出現可能。
・〈操り人形〉;
対象者を意のまま操る魔法。魅了や精神支配の魔法とは違い、対象者には意識がある。ユグドラシルでは対策や対処が比較的容易。

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