仔山羊悪魔の奮闘記   作:ひよこ饅頭

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『仔山羊悪魔の奮闘記』の番外編第一弾!
時間軸としては第三話『小さな災厄の幕開け』と第四話『ナザリック珍道中』の間となっております。


番外編
01;Dress up dress


 ナザリック地下大墳墓の第十階層の玉座の間でウルベルトの帰還を宣言してから二日。

 生活の場をアインズの部屋から自分の部屋へと移したウルベルトは、現在目の前の光景に若干呆れたような視線を向けていた。

 ベッドの上に腰かけてシーツを身体に巻き付けているウルベルトの目の前にいるのはデミウルゴスとシャルティアとコキュートスの守護者三人と、セバスとソリュシャンとエントマとシズ。

 彼らがウルベルトの部屋で一体何をしているのかというと、それは彼らの周りに散らばる多くの布の山と装飾の山が全てを物語っていた。

 

「…やはり、すぐに使用できるものはありませんね。こうなっては致し方ありません。やはり他の至高の御方々の部屋も捜索すべきです」

「シカシ、ソレハアマリニモ不敬デハナイカ?」

「そうでありんす。至高の御方々の所有物はその御方々の物。いくらウルベルト様のためとは言え、無礼が過ぎるのではないかえ?」

「では、君たちもウルベルト様にこのような姿でいろと言うのかね?」

 

 いつもと変わらぬ笑みを浮かべてはいるものの、途端に重苦しいピリピリとした空気がデミウルゴスから放たれる。どす黒いオーラが悪魔の背後から見えるようだ。

 部屋の空気が一気に重々しくなりデミウルゴス以外のNPCたち全員が思わず身構える中、一人だけのほほんと構えているウルベルトがどこか呆れたように彼らを見つめていた。

 

「……あ~、俺は別にこのままでもいいんだが…」

「お言葉ですがウルベルト様、それはなりません。お身体にも障ります」

「いや、俺悪魔だから別に風邪ひかねぇし」

「それでもなりません。至高の御方であらせられるウルベルト様がそのような格好でいるなど…!!」

 

 言葉は最後まで紡がれることはなかったが、その必死さは痛いほど伝わってきた。いつもは本当に悪魔かと疑うほどに従順なのに、今は頑なで梃子でも動きそうにない。いや、従順ということはそれだけ忠誠心が高いとも言える。高すぎる忠誠心が今回は暴走しているのかもしれない。恐らくウルベルトの言葉すら届かないだろう。

 ウルベルトは一度大きなため息をつくと、肩をすくませるにとどめて彼らの好きにさせることにした。

 どちらにせよウルベルトの損にはならない。ならばこれを機に彼らの生き生きとした姿を存分に眺めることにした。

 デミウルゴスとアルベドとパンドラズ・アクターは比較的いつも側にいたため眺める時間も多くあったが、他のNPCたちは決してそうではない。彼らが思い思いに動く姿を見るのは新鮮で、大きな感動と言いようのない歓喜でついつい顔が緩んでしまう。

 幼い仔山羊姿であるのにまるで慈父のようにNPCたちを優しく見つめるウルベルトの前で、彼らは再び思うがままに言い争いを始めた。

 

「…ですが、やはり他の至高の御方々の所有物を拝借するのはいかがなものでしょうか」

「では、君には他にいい案でもあるのかね?」

「そうですね…。……ツアレは裁縫の腕も中々のものです。彼女に作らせてみては…」

「却下だ」

 

 最後まで言わせずに悪魔の柔らかな声が硬質な執事の声を遮る。デミウルゴスは穏やかな笑みはそのままに、わざとらしく肩をすくませて緩く頭を横に振った。様になっていながらもどこか気取っている仕草はユグドラシル時代でのウルベルトにそっくりだ。

 思わずフフッと笑みを浮かべているウルベルトには気が付かず、デミウルゴスは閉じていた目を細く開いて宝石の瞳を覗かせた。笑みは深くなりながらもキラリと光る眼球で目の前のセバスを睨むように見据える。

 

「話になりませんね。既に一部のメイドとペストーニャに洋裁を頼んでいます。ですが、それにも時間がかかる…。だからこそこの話し合いを設けているのですよ」

「……それは…」

「それに…、いくらアインズ様に許されたからと言って身は弁えるべきです。唯の下等種族が至高の御方であらせられるウルベルト様の服に手を触れるなど決して許されることではありません」

「……………………」

 

 セバスは表情を変えずに黙り込み、デミウルゴスも笑みを浮かべたまま口を閉ざす。

 しーんっと静まり返る中、デミウルゴスとセバスは無言のまま鋭く睨み合った。見えない火花が二人の間でバチバチと鳴っているのが見えるようだ。

 一触即発のピリピリとした雰囲気が漂う中、ウルベルトのついたため息の音がいやに大きく響いた。

 

「…あー、お前たちの気持ちは嬉しいが、喧嘩はあまりしない方が良いと思うぞ」

「もっ、申し訳ありませんっ!」

「……申し訳ありません」

 

 途端に殺気が霧散し、デミウルゴスは慌てて、セバスはどこまでも堅苦しくウルベルトへと頭を下げる。セバスは兎も角として、デミウルゴスの慌てようは尋常ではない。褐色の肌でも分かるほどに顔は蒼褪め、尻尾も力なく垂れさがっている。ウルベルトがデミウルゴスの創造主であることが影響しているのか、常にない落ち込み様にウルベルトは思わず苦笑を浮かばせた。デミウルゴスがどこかしょんぼりとした犬のように見えてきて無性に頭を撫でたくなってしまう。しかし多くの目がある手前、そんなことをしてデミウルゴスの心象が悪くなってしまったらことである。ここはデミウルゴスのためにも我慢した方が良いだろう…とウルベルトはグッと拳を握りしめて苦笑を浮かべるだけに留めた。

 気まずい空気が漂う中、不意に今まで黙り込んでいたコキュートスが徐に口を開く。

 

「………フム、ソレデハイッソノコト外デ調達スレバヨイノデハナイカ?」

「それは…、ナザリックの外で服を買うということでしょうか?」

「ウム。ナザリックニハナク、用意ガ間ニ合ワヌノナラバ、外ニ求メレバ良イデハナイカ」

「お言葉ですが、それは賛同しかねますわ、コキュートス様」

 

 コキュートスの言に異を唱えたのはセバスの後ろに控えるように立っていたソリュシャンだった。彼女の隣ではエントマとシズもうんうんと頷いている。

 

「お外の服は素材からして全くなっておりませんわ~。至高の御方々にはふさわしくありません~」

「……私もそう思う」

「ウーム…」

 

 コキュートスが思い悩むように唸り声を上げ、カチカチと小さく顎を打ち鳴らす。

 時折フシューと冷気を吐き出す隣で、何かを思いついたのかシャルティアが唐突に顔を輝かせた。

 

「そうだわ! 良いことを思いついたでありんす!」

「ム? ドウシタ、シャルティア?」

「確かにナザリックには子供服はなかったでありんすけど、ならば私たち守護者の服をウルベルト様に献上すればいいんでありんす!」

「しかし、それではあまりにもウルベルト様に失礼では?」

 

 セバスが少しだけ眉をひそめてシャルティアを見やる。

 確かに守護者たちの持つ衣服は希少素材やレアアイテムから作られているものが殆どで、ウルベルトに献上するものとしては申し分ない。しかしそれはあくまでも守護者の持ち物であり、一からウルベルトのために作られたものではない。言うなれば献上という名の間借りと同じことである。それはあまりにも無礼が過ぎるのではないだろうか。

 しかしシャルティアは変わらず自信満々の笑みを浮かべていた。

 

「言うでありんすねぇ。でも、私たちの持つ衣服はどれもすべて至高の御方々が用意して下さったものでありんす。言うなればナザリックの至宝…、それはウルベルト様への献上品として最もふさわしいものではないかえ?」

 

 小さく首を傾げて笑みを深めさせる吸血姫に、他の者たちは思わず全員黙り込んだ。

 セバスの言葉は尤もだが、しかしシャルティアの言うことも納得せざるを得なかった。

 至高の四十一人が手掛けた物は、それが例えユグドラシルにおいてクズ・アイテムと呼ばれる物であったとしてもナザリックの者たちにとっては等しく身に余るほどの至高の宝だ。ある意味尤も至高の主に献上するに相応しい代物かもしれない。

 

 

 

「………今のウルベルト様の体躯ですと、アウラやマーレでしょうか…」

 

 大分気を取り直したデミウルゴスが少し考え込むようにしながらも候補の守護者の名を呟く。一分も経たず考えを纏めると、デミウルゴスは未だ控えているソリュシャンとエントマとシズへと目を向けた。

 

「至急マーレに連絡を取り、ウルベルト様へ衣服を献上するように伝えてきて下さい」

「ちょっ、ちょっと待った!」

 

 デミウルゴスの命令に頭を下げて退出しようとする三人に、ウルベルトは咄嗟に声を上げて引き留めていた。

 ウルベルトは自分の耳を疑いながら、どこか呆然とデミウルゴスへと視線を転じた。

 

「……デ、デミウルゴス? 俺の聞き間違いでなければ、さっきマーレって言わなかったか?」

 

 デミウルゴスの言葉が信じられず、しかしだからこそ問いかけずにはいられなかった。

 マーレは幼い少年エルフのNPCだ。それだけ言えば一見何の問題もないように思えるだろう。しかしマーレは普段から少女の格好をしており、一方マーレの双子の姉であるアウラは逆に少年の格好をしている。この場合、マーレではなくアウラに服を借りる方が正しいのではないだろうか。

 しかしそんなウルベルトの焦りも何のその、デミウルゴスは今までで一番いい笑顔でこちらを振り返ってきた。

 

「はい、ウルベルト様。ご心配せずとも、最後まで仰らずとも理解しております。全て我々にお任せ下さい!」

「え~と…、何を理解してるって……?」

「ウルベルト様をはじめとする至高の御方々がお隠れになったリアルという世界では、少女には少年の格好を、少年には少女の格好をさせるのだと、このデミウルゴス…重々承知しております!」

 

 まるで褒めてもらいたい犬のようにブンッブンッと尻尾を激しく振りながら胸を張って力説するデミウルゴスに、ウルベルトは一瞬言葉もなかった。驚愕と呆気に思考が停止し、しかし防衛本能ともいえる様なよく分からない力が働いて漸く頭が回り始める。

 遅々としながらも何とかアウラとマーレの姿からデミウルゴスが勘違いしているのだと理解すると、ウルベルトは心の中で全ての元凶である者の名を叫んでいた。

 

(ぶぅくぶく茶釜ぁぁぁあぁぁぁぁぁああぁあぁああぁぁぁあっ!!!)

 

 それでも何とか心の中だけに留めた自分を誰か褒めてほしい…。

 ナザリック一の頭脳を持つという設定のデミウルゴスにまで何という間違った知識を与えているのだと、本人が目の前にいたら思いっきり殴りかかっていただろう。

 

(あぁ…、でも『てへっ☆』と言いながら可愛らしい動作でワザとらしくクネクネするピンクの肉棒の姿が容易に頭に浮かんできやがる……。)

 

 何とも苛立たしい…と内心で舌打ちしながら、しかしすぐさまデミウルゴス(息子)の勘違いを正そうと口を開いた。

 

「そ、それは間違いだ、デミウルゴス! 現実世界(リアル)でも普通は男の子は男の子の格好をするし、女の子は女の子の格好をするぞ!」

「それは…、大変失礼いたしました…。ですが、それでは何故ぶくぶく茶釜様はアウラとマーレにあのような格好を……?」

 

 それはぶくぶく茶釜が変態だからだ…とは口が裂けても言えず、ウルベルトは苦々しげに言葉を詰まらせた。

 自身の創造主を親のように慕う彼らの目の前で、その親を貶めるようなことは言うべきではない。というか言いたくない…。

 しかしこんな時どう誤魔化せばいいのかも分からず、ウルベルトは必死に思考を回転させながら苦し紛れに何とか言葉を絞り出した。

 

「それは、その……、ぶ、ぶくぶく茶釜にとってアウラとマーレは…そう、特別だから、だな…!」

「特別、ですか…」

 

 奇しくも以前アウラとマーレに自分たちの格好について聞かれた時のアインズと同じようなことを口にしたウルベルトだったが、しかしこの場にいる者たちは不思議そうな表情を浮かべていた。

 創造主に特別と思われることは彼らにとっては至上の喜びと言える。しかし何故特別だと性別とは真逆の衣服を着させられるのだろうかと疑問符を浮かべる彼らに、ウルベルトは無意識にデミウルゴスのスーツを見やり、これだ!と金色の大きな瞳を更に見開かせた。

 

「それは勿論、誰もそんな格好をしないからだ! お前だって、誰も着ないスーツを俺に与えられて着ているだろう?それと同じだ。誰も着ることのない服を着せることで、特別という印にするんだ!」

「オオッ、ナルホド! 流石ハ至高ノ御方々!!」

「ウルベルト様…、身に余る栄誉でございます!」

「そこまで創造主の御方の寵愛を受けられるなんて…、少しだけ羨ましいでありんすねぇ…」

 

 デミウルゴスが感極まって跪いて深々と頭を下げる中、シャルティアの言葉にこの場にいる全てのNPCが大きく頷いている。

 彼らの表情や声の響きから少し寂しそうな色を見てとって、ウルベルトは小さく目を細めて顔を綻ばせた。

 

「そんなに寂しがらなくても大丈夫だぞ、シャルティア。何も特別っていう印は服装だけとは限らないからな」

「? そうでありんすか…?」

「ああ、そうだとも! 例えばお前は創造主のペロロンチーノからありとあらゆる設定…じゃなくて、こうあるべきと定められた事柄が多くあるだろう? その数はナザリックの者たちの中でも一番多かったと俺は記憶している。それはつまり、ペロロンチーノがお前のことを愛し、特別な存在として創り上げた証拠に他ならない!」

「ペ、ペロロンチーノ様っ!」

「コキュートスだってそうだ。お前には多くの武器が与えられている。それも…お前は武人建御雷さんから本人の得物を授けられたんだろう?それを特別と言わずして何と言うんだ!」

「オオッ、正ニウルベルト様ノ仰ル通リデス!」

「プレアデスたちはデミウルゴスやアウラやマーレと同じで、メイド服の中でもお前たち個人にそれぞれ合わせた機能のデザインがされているだろう。普通は戦闘メイド服っていうカテゴリーもないしな。セバスはプレアデスっていう特殊な組織を束ねる役目を貰っているし、お前たちも十分あいつらに愛されていると思うぞ」

 

 この場にいる全員それぞれに向けて四苦八苦しながらも言葉をかけていく。

 彼らはウルベルトからの思ってもみなかった言葉の数々に感動し、シャルティアや三人のプレアデスたちは涙を流すほどだった。

 自分の言葉を一切疑うことなく喜び合う彼らに、ウルベルトは思わず小さな笑みを浮かべていた。

 どれもが自分が咄嗟に考えた言葉だったけれど、仲間たちが大なり小なり自分の創ったNPCに愛着を持っていたのは事実だ。少しでも彼らにその愛情が伝わればいい…。

 勝手に和やかな心持ちになっているウルベルトの前で、感動の波から大分落ち着いてきたデミウルゴスたちが再び動き始めた。

 

「ではマーレではなくアウラに話を通すことにしましょう。…ソリュシャン、エントマ、シズ、頼みましたよ」

「はい、デミウルゴス様」

「行って参りますわ~」

「はーい…」

 

 ソリュシャン、エントマ、シズの順で礼を取りながら部屋を退室していく。

 ウルベルトは彼女たちを見送りながら、何とか事前に防ぐことができた災難にそっと安堵の息をついた。

 しかしふとあることに思い至り、ウルベルトはハッと小さく息を呑んで勢いよくデミウルゴスを振り返った。

 

「そう言えば、デミウルゴス。お前がペストーニャやメイドたちに作らせている服はもしかして………」

「………少女の服です」

「やっぱりかっ!!」

 

 予想通り過ぎる返答に思わず大きな声が出る。

 ウルベルトは不機嫌そうに小さなピンク色の鼻をヒクヒクさせると、細めさせた双眸でひたっとデミウルゴスを鋭く見据えた。

 

「早急にペストーニャとメイドたちに知らせて男物の服を作るよう変更させろ」

「………畏まりました…」

 

 デミウルゴスが若干残念そうな表情を浮かべたような気がしたが全力で無視をする。

 

 

(仔山羊の男の娘とか超可愛い! 可愛いは正義だよ、ウルベルトさん!)

 

 

 何処からかそんなぶくぶく茶釜の声が聞こえたような気もするが、それも全力で空耳だと否定しておく。

 かくして、一先ず少女の格好をせずに済んだウルベルトは安堵の色を多分に含んだ重たいため息をつくのだった。

 

 その後、アウラから衣服を献上されて初めて男物とはいえ少女から衣服を間借りするという事実に気が付いたウルベルトは、すぐさま土下座する勢いで懇切丁寧に返却し、騒然となるNPCたちを何とか落ち着かせて、いろんな意味で死にかけたのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                  Fin.

 

 


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