ひっっっっさびさに最新話を投稿しました!
突然可愛らしい仔(赤ちゃん)山羊を書きたくなって我慢できませんでした(笑)
時間軸としては第一話『黒き仔山羊の贈り物』と第三話『小さな災厄の幕開け』の間といったところでしょうか……。
自身の趣味趣向とは違うものの、それでも絢爛豪奢で美しい室内。
目の前には大きな寝台がどっしりと場を占め、強い存在感を放っている。
その上には寝台の大きさに反してひどく小さな塊が微かな寝息を立てながら小さく上下に動いており、その愛おしい動きに朱色の悪魔は恍惚とした笑みを浮かべていた。
ここはナザリック地下大墳墓の第九階層にあるアインズの私室。
しかし室内には部屋の主はおらず、代わりに一体の悪魔と一匹の仔山羊のみがいた。
仔山羊は先ほどから寝台の上で大人しく昼寝に慎んでいる。その傍らでは朱色の悪魔が幸福に満ち満ちた笑みを浮かべており、一心にその平和な光景を眺めて見守っていた。
しかし何故そもそもアインズの部屋に仔山羊とデミウルゴスのみがおり、肝心の部屋の主がいないのか。
それは偏にアインズが扮している冒険者モモンが冒険者組合長であるプルトン・アインザックに呼び出されたためだった。
今やエ・ランテルとアインズ・ウール・ゴウン魔導国を繋ぐ強力な橋役になっている冒険者モモンは重要な駒である。パンドラズ・アクターに代役を頼むことも少なくはないものの、まだまだアインズ自身が対応しなければならない場面も多くあった。
今回も正にそれであり、アインズは泣く泣く冒険者モモンとしてエ・ランテルに赴くことになったのだった。
しかしそうは言っても仔山羊をそのまま独りだけで部屋に放っておくわけにはいかない。ナザリックに来てまだ間もない仔山羊は未だ未知数なことが多く、いつ何が起こるか分からないため気が抜けないのだ。とはいえ仔山羊の存在は各階層守護者たちにしか未だ知らせておらず、他のシモベたちに面倒を見させるわけにもいかない。
悩みに悩んだ末にアインズはデミウルゴスを呼び出し、自分が不在の間、仔山羊の面倒を見るように命じたのだった。
なんせ仔山羊の正体はデミウルゴスの創造主であるウルベルト・アレイン・オードル。世話役を自分以外に頼むのであればやはり被造物であるデミウルゴスが良いだろう……とアインズは考えたのである。
そしてその判断は見事に悪魔の心を鷲掴み、デミウルゴスは心の中でアインズに更なる忠誠を誓いながら、嬉々として創造主の元に馳せ参じたのだった。
とはいえ、今のウルベルトは生まれたての仔山羊も同然。起きていることは稀であり、日の殆どは寝て過ごしている。
しかしそれでも、デミウルゴスにとっては創造主の傍にいるだけで何よりも価値のある貴い時間だった。
勿論創造主の世話を焼くことは何にも代えがたい幸福であるという考えは変わらない。しかしたとえそれがなかったとしても、創造主の存在をすぐ傍で感じられるだけでデミウルゴスは満足だった。
崇拝し、敬愛する至高の創造主が心穏やかに過ごしている光景を見ることができるという幸運と至福。それだけで、デミウルゴスの胸には大きな幸福感が湧き上がり、創造主や至高の主たちに対する感謝の念が深まるのだ。嗚呼、何と素晴らしいことであろうか……と恍惚とした笑みを更に深め、高揚した意識の中で悦に浸る。
そんな中、不意に寝台の上の主がこれまでにない動きをしたことに気が付いて、デミウルゴスはそっと音もなく寝台の傍らへと歩み寄った。寝台に近づき、そっと仔山羊を上から覗き込む。
仔山羊は自身の身体の上にかけられているタオルケットを引っ張るように動かしながら、まるで身体を伸ばすような動作を見せていた。小さな口から『ぅんん……』という唸り声のような小さな声が響き、次には閉じていた瞼がゆっくりと開かれる。
長い睫毛に縁どられた瞼から姿を現したのは透き通った大きな金色の瞳。横に伸びた黒の瞳孔は人間にとっては不気味に感じるものであったが、しかしデミウルゴスにとってはどこまでも神秘的で美しいもの。パチパチと瞼が上下する度に瞳に水の膜が張り、それが光を含んで更に金色の瞳を彩っていた。
デミウルゴスは思わず感嘆の吐息を小さく吐き出すと、腰を折って仔山羊にそっと顔を近づけた。
「おはようございます、ウルベルト様。お起きになられますか?」
「……ぅ~……」
未だ幼過ぎる肉体では言語を操ることが難しいのか、はたまたウルベルトの精神も幼児化してしまっているのか……、ウルベルトは未だ一度も明確な言葉を発したことはない。しかし意識はしっかりあるようで、こちらの言葉を理解したような素振りは見せるし、時折声を発することもあった。
今はまだ起きたばかりで意識が朦朧としているのか、小さな声を発しながらもごろんっごろんっと遊ぶように寝台の上で全身を左右に揺らしていた。
そのあまりにも可愛らしい姿と動作に、デミウルゴスは思わず感極まったように鼻と口元を両手で覆い隠す。全身を小刻みに震わせ、銀色の長い尾はデミウルゴスの心情を表すかのように激しく身悶えている。眼鏡の奥にある目は普段とは打って変わって大きく開いており、露わになった宝石の瞳は真っ直ぐに創造主だけに向けられていた。
正に“ガン見”という言葉が相応しい。
その姿はいろんな意味で威圧的なものであり、ある意味狂気的であった。
もしこの場にアインズがいたなら悪魔のある意味鬼気迫る様子に思わずドン引きしていたことだろう。
しかしデミウルゴスは自身の異様さに全く気が付くことなく、ただ創造主の愛らしい姿を一秒も見逃すまいとじっと凝視し続けていた。
それから数分後、漸く仔山羊がゴロゴロ動きを止めて、仰向け状態で停止する。
次は何をするのだろうとデミウルゴスが注視する中、仔山羊は目の前のデミウルゴスを見上げて小さく首を傾げた後、次には小さな両手を悪魔に伸ばしてきた。
「……? ……ウルベルト様?」
「……うっ……、……うぅ……」
一体何を望んでいるのか分からず、思わず困惑の表情を浮かべて呼びかける。しかし仔山羊はなおも両腕を伸ばしたまま小さな声を発するのみで、デミウルゴスは思わず困惑の表情を深めた。
何よりも大切な創造主の意思を察することができない自身に、焦りと共に悔しさと不甲斐なさ、絶望すら湧き上がってくる。
しかし今はそんな場合ではないと何とか自身を奮い立たせると、デミウルゴスは何とか創造主の意思を読み取ろうと更に仔山羊の動作を注視した。
一心に自身に向けられている金色の瞳と、真っ直ぐに伸ばされている小さな両手。その様はどこか欲しい物を必死に取ろうとしている姿のようにも見え、デミウルゴスは思わず小さく首を傾げて素早く周りを見回した。
しかしどんなに視線を巡らせたところでウルベルトが欲しがりそうな物は見当たらない。
思わず眉間に小さな皺を寄せる中、不意に聞こえてきた鳴き声にデミウルゴスは慌ててウルベルトに目を戻した。
「……うぅ~、……ふぇっ……ぅぅ……」
「っ!!」
瞬間、目に飛び込んできたウルベルトの顔に思わず衝撃が走り抜ける。
目の前の仔山羊の顔がぐずるようにくしゃっと歪み、大きな金色の瞳からポロポロと透明な雫が零れ落ち始めていた。
「……嗚呼っ、ウルベルト様……! ……ど、どうか泣かないで下さい……!!」
もはやデミウルゴスの口から零れ出る声は悲鳴に近い。
それだけ大きな衝撃と絶望が悪魔の全身を駆け巡っていた。
創造主が欲することを理解することができず、あまつさえ涙を零させてしまうとは……!!
己の罪深さに絶望し、少しでも気を抜けば膝から崩れ落ちてしまいそうになる。
しかし今はそんなことをしている場合ではない……! と再度何とか自身に言い聞かせて気力を奮い立たせると、デミウルゴスは我武者羅な思いで咄嗟に創造主に手を伸ばした。小さく柔らかく、どこか壊れてしまいそうな身体に手を振れ、衝動のままに唯一無二の玉体を抱き上げる。
ただ泣き止んでもらいたい一心で近くなった仔山羊の顔を覗き込み、そこで漸く創造主が涙を止めていることに気が付いた。それどころか未だひどく濡れている金色の瞳は甘く蕩け、顔にも満足そうな色が浮かんでいる。
これは一体どうしたことかと内心首を傾げる中、仔山羊は小さな手を再びこちらに伸ばすと、そのまま赤いスーツの布をキュッと握り締めてきた。金色の瞳は細められ、次には顔をこちらに擦りつけてくる。
どこからどう見ても甘えているようにしか見えない創造主の姿に、悪魔は脳内で“スパーーーンッッ”という激しい音と衝撃を感じた。
頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。
無意識に再び己の腕の中にいる創造主に目を向け、グリグリと額を擦りつけている姿を視界に入れて自身に追い打ちをかけてしまった。
「……グハッ……!!」
魔の貴公子として創造されたはずの悪魔の口から、まるで血反吐でも吐いたかのような音が飛び出てくる。
悪魔は片手で再び自身の鼻と口元を覆うと、次は我慢できずに頽れて地面に両膝をついた。腰も前方に折れ、まるで苦痛に耐えるかのように背が丸まる。
しかしこんな状態になっても創造主を落とさぬように片腕でしっかりと仔山羊の身体を抱き込み支えているのは流石というべきか。
悪魔は顔の下半分を覆っている掌の奥でフーッフーッと苦しげな呼吸を繰り返すと、数分後に漸く自身を落ち着かせることに成功した。
ゆっくりと鼻と口元を覆っている手を外し、丸めていた背や折っていた腰を元に戻していく。
未だ衝撃のあまり小刻みに震えて力が入り辛い両足に何とか力を込めると、デミウルゴスは創造主に振動を与えないように細心の注意を払いながらゆっくりとその場に立ち上がった。
強く抱き込み過ぎて創造主を苦しめてはいなかっただろうかと改めて腕の中の創造主に目を向ける。
瞬間、バッチリと合った金色の瞳にデミウルゴスは思わず全身の動きを止めた。
ウルベルトは苦しそうな素振りは一切見せず、ただ一心にこちらを見つめている。
暫くまるで観察するかのようにマジマジと見つめたかと思うと、次にはふにゃふにゃっと柔らかな笑みの形に仔山羊の顔が崩れた。
「………ぐふっ……っ!!」
デミウルゴスの口から再び彼らしくない音が飛び出てくる。再びフラッと上体が揺らぎ、しかし今度は頽れることはなく、デミウルゴスは咄嗟に自身の両足に力を込めて何とか身体を支えることに成功した。
『……流石はウルベルト様。笑み一つでここまでの攻撃力をお持ちとは……』と若干ズレた思考で創造主に崇拝の念を抱く。
デミウルゴスは何とか平常心を取り戻すために一度、二度、三度……と深呼吸を繰り返すと、意を決して次は慎重に腕の中のウルベルトに目を戻した。
仔山羊はデミウルゴスの必死な様子など一つも気が付いていない様子で、勝手気ままに少し丸みを帯びた頬の片側をムニッと悪魔の胸板に押し付けてピンク色の鼻をピクピクと小さく動かしている。いつの間にか瞼は閉じられ大きな金色の瞳は隠れてしまっているが、しかし眠ってしまったわけではないようで、平べったく長い耳がご機嫌な様子に時折ピロピロと震えて揺れていた。
どうやら抱き上げてもらいたかったらしい創造主の願いに漸く思い至り、自然と悪魔の顔にも笑みが戻る。
デミウルゴスは両腕で創造主の小さな身体をしっかりと包み込むと、時折優しく背を撫でながら、まるであやすようにゆっくりと上体を揺らめかせた。デミウルゴスが身体を揺らす度に、彼の銀色の長い尾もあわせてゆらりと宙を揺れ動く。
腕の中の仔山羊は微睡むように大人しくその揺れに身を任せており、しかし暫くすると閉じていた瞼をゆっくりと開いて再び悪魔を見上げてきた。
「次は如何なさいましたか、ウルベルト様?」
創造主の視線にすぐさま気が付き、悪魔が穏やかな声音で問いかける。
仔山羊は無言のまま小さく首を傾げると、次には悪魔の顔から視線を外してそのまま宙へとさ迷わせた。金色の瞳がぐるりと回り、最後には悪魔の背後に向けられる。
デミウルゴスは小さく首を傾げると、創造主の視線を辿って自身の背後を振り返った。
しかしそこには当然のことながら何もない空間が広がっている。
一体どうしたことかと再び創造主に目を向け、そこでふとウルベルトの視線が微妙に下に向けられていることに気が付いた。
デミウルゴスもそれに従い、背後の斜め下に視線を向ける。
そこに自身の長い尾を見つけ、デミウルゴスは思わず自身の尾と腕の中の創造主とを何度も交互に見やった。本当にウルベルトがそれを見つめているのか確信が持てず、デミウルゴスは創造主を注視したまま銀の尾を大きくゆらりと揺らしてみる。
瞬間、仔山羊の金色の瞳が同じようにゆらりと揺らめき、デミウルゴスはそこで漸く創造主が自身の尾を注視しているのだと確信を持った。
とはいえ、それが分かったとして一体どうするべきか……。
ウルベルトが見つめているものがたとえば物であったならば、デミウルゴスは迷いなくそれを創造主に献上しただろう。しかしウルベルトが見つめているのは自分から生えている尾。いくら長さは十分でウルベルトを抱いたまま目の前まで持ってくることが可能だとしても、尾の先には鋭い六本もの棘が生えているのだ。己如きの棘が至高の存在である創造主の身体に傷を負わせられるとは微塵も思わないが、それでも“万が一”がないとも限らない。万が一……いや億が一でも自身の棘が創造主の身を少しでも傷つけてしまったなら、デミウルゴスは間違いなく発狂してしまう自信があった。
傷ついた創造主の姿など、想像するだけでも恐ろしい。
とはいえ、創造主が望むものを拒否するのは許されざる大罪。
一体どうすべきかと熟考し、その数十秒後にデミウルゴスは考えをまとめて一つ小さく頷いた。
「ウルベルト様、少し失礼いたします」
まずは一言創造主に声をかけ、その小さな身体を包んでいる腕を両腕から右の片腕へと変える。片腕だけでもしっかりと創造主を包み込めていることを確認すると、デミウルゴスは自身の空いた左手の方に尾を動かした。目の前まで来た尾の先を左手で掴み、棘の方向に細心の注意を払いながら創造主の目の前まで近づける。
ウルベルトは大人しくデミウルゴスの腕の中に包まれていたが、目の前に尾の先が来ると小さく身を乗り出して両手を伸ばしてきた。
柔らかく小さな手がデミウルゴスの銀色の尾の先に触れる。
甲殻に包まれているとはいえ感触や温度はきちんと感じ取ることができる尾は、創造主からの掌のぬくもりもしっかりと伝えてくる。
その愛おしい柔らかさと温かさに、デミウルゴスは思わず柔らかな笑みを浮かべた。ペタペタと掌を動かして触れてくる創造主の行動が可愛らしくて仕方がない。
思わず表情筋をだらしなく緩める中、不意にウルベルトが更に大きく動いてきた。
尾に向かって大きく身を乗り出したかと思うと、小さく短い両腕を伸ばして尾の先に抱きつく。そのままギュッと抱きしめる手に力を込めると、先ほどデミウルゴスの胸板にしたように柔らかな頬をプニッと押し付けてきた。
「……ウ、ウルベルト様……っ!!」
スリスリと頬を摺り寄せてくる仔山羊に、再び脳内に“パアァンンッッ!!”と強い衝撃が走り抜ける。
デミウルゴスの思考は再び真っ白になり、全身が大きく震えた。
言葉にできないほどの大きく強い感情が胸の内で鬩ぎ合い、無様に身悶えないように衝動を抑えるだけで精一杯だった。
(嗚呼ウルベルト様なんとお可愛らしいことか正に生きる至宝改めて敬服いたしましたもはやウルベルト様のお可愛らしさに敵う者など何一つありますまいむしろお可愛らし過ぎてウルベルト様が良からぬ輩に目を付けられぬか心配でなりませんアインズ様がお許し下さるならば一秒たりともお傍を離れず御身をお守りいたしますものをいやただ待つだけなど愚の骨頂ではないかここは何としてでもアインズ様に進言しウルベルト様の御身をお守りするためのご許可を頂かなくてはこのようなことにも思い至れなかったとはウルベルト様の被造物として恥ずべきことだもっと精進をしなくt……――)
悪魔の脳内で多くの言葉の羅列が凄まじい勢いで駆け巡っていく。
デミウルゴスは暫くの間脳内でハッスルした後、漸く落ち着いてきた思考に一つ小さな息をついた。
「ウルベルト様、そろそろ宜しいでしょうか? 折角お目覚めになったのですから、何かお口に入れるものを用意いたしましょう」
未だ少し興奮している自身の感情に内心で苦笑しながら、デミウルゴスは未だ自身の尾に抱きついている創造主に声をかける。
仔山羊は頬を尾の先に押し付けたまま金色の瞳をデミウルゴスに向けると、無言のままじっと褐色の悪魔を見つめた。
暫く続く、無言の静寂の時間。
デミウルゴスが声をかけて数十秒が経った後、仔山羊はプイッと顔をデミウルゴスから逸らして逆側の頬を尾の先に押し付けた。
つまり創造主から顔を背けられた形に、デミウルゴスは仔山羊の可愛らしい態度に表情が緩みそうになる一方で顔からサァァッと血の気を引かせた。
「ウ、ウルベルト様!? な、何かご不快になるようなことを申しましたでしょうか!?」
創造主の急な態度の変化に、デミウルゴスはかつてないほどに慌てふためいた。
その様はいつもの冷静沈着で余裕ある姿からは想像できないもの。
思わずオロオロとする中、まるでそんなデミウルゴスの様子を哀れにでも思ったのか、暫くの後に仔山羊が再びこちらに顔を向けてきた。先ほどと同じように頬は尾の先にくっつけたままじっと金色の瞳を向けてくる。
心底困ったような表情を浮かべて見返すデミウルゴスに、漸く仔山羊は尾の先にくっつけていた頬を離した。小さく『メェェ』と鳴き、デミウルゴスの顔に片手を伸ばしてくる。
もはや創造主の思考や行動に全く予想が出来ない悪魔は固唾を呑んで大人しくその動きを見守り、仔山羊は更に腕を伸ばしてその小さな手を悪魔の頬に触れさせた。
「……ウ、ウルベルト様……?」
そのまま片手で頬を撫で始める創造主の行動に、悪魔は驚愕の声音で創造主の名を呼ぶ。しかし仔山羊は一切気にした様子もなく悪魔の頬を優しい手つきで触り続けていた。
それは誰がどう見ても頬を撫でている様にしか見えず、その仔山羊の行動にデミウルゴスは本日何度目になるかも分からない思考停止を再び発症した。
頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。ただただ自身の頬に感じる柔らかな感触と愛おしいぬくもり、そして優しく撫でられている感触を甘受する。
『創造主に頬を撫でられている』というだけでなく、今の創造主の姿は可愛らしい仔山羊なのだ。その二つの巨大なダブルパンチを食らい、ナザリック一の頭脳を持つはずの悪魔のキャパシティは完全にオーバーダウンを起こしてしまっていた。
もはや何をどう言葉にし、どういった行動を取ればいいのかも分からない。
創造主の可愛らしさ、創造主に撫でてもらっているという喜びと恐れ多さが綯い交ぜになり、複雑な感情が悪魔の内側で巨大な渦を巻いている。
このままではいけない……とある意味防衛本能ともいえる何かが悪魔の内側で働き、デミウルゴスは漸くゆっくりながらも思考を働かせ始めた。
「………ウ、…ウルベルト、様……。……何か、…何かこのデミウルゴスにお望みのことがあるのでしょうか……? ……嗚呼、ウルベルト様が何をお望みなのか思い至れぬ不祥な我が身をお許しください。どうか、何をお望みであるのか教えては頂けないでしょうか?」
哀願するようなデミウルゴスの言葉に、悪魔の頬を撫でていた仔山羊の手が止まる。大きな金色の瞳はじっとデミウルゴスを見つめており、その瞳には何かを望むものではなく、むしろどこか案じているような光を宿しているように見えた。
デミウルゴスは暫く創造主の瞳を見つめ、そこで漸くある考えに思い至ってハッと目を見開いた。
これはもしや、何かを望んでいるのではなく、ただ自分を案じてくれているだけなのではないか、と……。
思えば自身の創造主は他の至高の四十一人の中でも特に我らシモベたちを気にかけてくださっていた。いつもこちらの存在に気が付けば必ず声をかけてくださり、特に用がなくとも第七階層に赴いては自分たちにその至高なる姿を拝謁できる機会をくださり、被造物である自分には事ある毎に『我が最高傑作』『我が愛しい息子』と呼んでは慈しみのこもった眼差しを注いでくださっていた。
デミウルゴスが記憶する限り、至高の四十一人に創造された数多くのシモベたちの中で、創造主自身に『息子』と呼ばれていたのは自分だけであったはずだ。
その事実の何と恐れ多くも甘美であることか……。
大きな幸福感に身を震わせ、他のシモベたちを思って無言のまま優越感に浸っていた日々を今も鮮明に覚えている。
デミウルゴスは思わず柔らかく表情筋を緩めると、改めて目の前の創造主を見つめた。
「ウルベルト様、不肖な我が身を気にかけて下さり、心より感謝申し上げます。至高の御方であらせられるウルベルト様に気にかけて頂けることは、一介のシモベに過ぎぬ我が身にとって、これほどの喜びはありません」
「……………………」
「ウルベルト様……。……我が唯一にして無二の創造主様……。だからこそ、私はウルベルト様がお望みになる全てに沿いたいのです」
仔山羊に語りかける声音はひどく優しく、甘く、魅惑的な力を孕んでいる。
その声を聞き、語りかけられたのが普通の人間であったなら、一瞬で魅了されたことだろう。
しかし語りかけられているのは人間ではなく、人外である仔山羊頭の悪魔。
仔山羊は悪魔の美声に魅了されることはなく、しかし穏やかな様子でじっと朱色の悪魔を見つめていた。
幼い顔にも大きな金色の瞳にも宿っているのは柔らかな笑みの色のみ。
そのまま再び銀色の尾の先に頬を近づけて摺り寄せてくる仔山羊に、デミウルゴスは穏やかな笑みを満面に浮かべた。
「畏まりました、ウルベルト様。それでは、もう暫く……ウルベルト様がご満足されるまで、このままでおりましょう」
自身の尾を随分と気に入ってくれたようで、『まだ放したくない』と全身で主張してくる創造主に悪魔は素直に頷いてそれを受け入れる。
デミウルゴスとて、最も崇拝する創造主が自身に触れてくれることは何にも増して光栄なことであり、大きな喜びなのだ。創造主自身がそれを望んでくれているのであれば、デミウルゴスがそれを拒否する理由もない。
デミウルゴスは自身の尾ごと創造主の小さな身体を抱き直すと、そのまま大切に大切に包み込んだ。
◇◆◇◆◇◆
「――……今、戻った」
泣く泣くナザリックからエ・ランテルに出かけてから数時間後。
漸く用事を済ませてナザリックに戻ったアインズは、すぐさま第九階層にある自室に向かった。両開きの扉を開いて部屋に足を踏み入れながら、室内へと短く声をかける。
同時に素早く室内へと視線を走らせれば、すぐにこちらに向いて立っている悪魔と目があった。
「お帰りなさいませ、アインズ様」
悪魔はいつものように足を綺麗に揃え、90度腰を折って綺麗にお辞儀をして見せる。
しかし残念なことに、アインズはそれには目もくれず更に室内に視線を走らせた。
アインズが探しているのは仔山羊悪魔であり、その姿が見えないことに急激に不安が押し寄せてくる。
この場にずっといたであろう悪魔に仔山羊の居場所を聞くべく改めて悪魔に眼窩の灯りを向け、しかしそこで漸く仔山羊悪魔の姿を視界に捉えた。
「……ウ、ウルベルトさん……!?」
「メェェ~~」
思わず零した素っ頓狂な声に、仔山羊の間延びした鳴き声が応えてくる。
仔山羊は悪魔のすぐ傍にある寝椅子(カウチ)の上に腰かけており、しかし何故かその全身に悪魔の白銀の尾を纏わせていた。
いや、これはとぐろを巻いている白銀の尾の中心に潜り込んでいるというべきか……。もしくは悪魔の白銀の尾に巻きつかれていると言っても正しいかもしれない。
まるで“巨大な蛇に捕食されかけている仔山羊”のような光景に、アインズは思わず呆然となってしまった。
仔山羊はご機嫌な様子で『メェ、メェ』鳴いているが、アインズはどういった反応をするべきか理解が追いつかなかった。
「……えっと、…ウルベルトさん……? 何故、このような状況に……?」
「ウルベルト様がわたくしめの尾を大変気に入って下さいまして……。ウルベルト様のご要望に従い、このような姿で御前に立つことをどうかお許しください」
「いや、それは構わないのだが……。これはウルベルトさんが望んだことなのだな?」
「はっ」
白銀の尾の先では仔山羊を巻き込みながら、朱色の悪魔は畏まった様子で深々と頭を垂れてくる。
どうやらウルベルトが望んでいるというのは間違いないようで、アインズは暫く悩み……最終的には考えることを放棄した。
「………そ、そうか。ウルベルトさんの望みであるならば仕方がないな。ウルベルトさんが満足するまで付き合ってもらえるか、デミウルゴス?」
「はい! 勿論でございます!!」
嬉々とした笑みを浮かべて大きく頷くデミウルゴスに、アインズも一つ頷いて返す。
『ウルベルトもデミウルゴスも良いのであれば、別にこれで良いのだろう』と結論付けると、アインズは悪魔たちの好きなようにさせることにした。
これ以降、悪魔の尾に抱かれてご機嫌な様子の仔山羊の姿を事ある毎に目撃することが暫くの間続くのだが、この時のアインズは知る由もなかった。
Fin.
ひっっっっさびさに可愛い仔山羊(赤ちゃん山羊)のウルベルト様とデミウルゴスを書かけてすっごく楽しかったです!
ウルベルト様のことになると途端に頭がぽんこつになるデミウルゴスが好きです(笑)
赤ちゃん山羊を腕に抱くインテリヤクザの悪魔も非常に萌えて良いですが、自身の尻尾を使って赤ちゃん山羊をあやすインテリヤクザの悪魔と、その長い尾っぽに懐く赤ちゃん山羊も非常に捨てがたい……。