仔山羊悪魔の奮闘記   作:ひよこ饅頭

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今回は予想以上に長くなってしまいました…(汗)
前半と後半の一部がアルベド視点になっていたりするので、読み辛かったらすみません…。
文章力がないのに何故戦闘シーンを書きたくなるのか不思議である…orz


第5話 悪魔たちの狂宴

 どこまでも広い円形の広場の中心にぽつんと立ち尽くす大小の二つの影。

 柔らかな笑みを浮かべてこちらを見つめてくる仔山羊の悪魔に、アルベドは油断なく美しい金色の瞳を細めさせた。

 先ほどの子供らしい高い声で紡がれた言葉が頭を離れない。

 

 

『さて、そろそろ終わりにしようか…アルベド』

 

 

 ウルベルトがその言葉をどういった意味合いで口にしたのかは分からない。しかし少なくともアルベドにとっては良い意味合いでは決してないだろう。思い当たる節があるだけに、どういった行動をとるべきなのか迷った。

 

「………ウルベルト様、なんの…」

「“何のことだ”という見え透いた言葉はなしにしよう。お前のことだ、俺の言う意味は分かっているだろう? それとも俺の口から言ってほしいのか?」

 

 微笑みはそのままにわざとらしく小首を傾げて言ってくる様が憎たらしく思えて仕方がない。同時に不気味さも感じられて、アルベドは全身に鳥肌が立つのを感じた。

 今自分は確かに至高の御方の一人と対峙しているのだ、と嫌でも思い知らされる。

 しかしそれは一層アルベドの中にある危機感に拍車をかけた。

 

「どうした?何を黙っている…?」

「……………………」

「そんなに俺に言ってほしいのか? …お前、俺を殺すつもりなんだろう?」

「…っ…」

 

 飄々と言ってのける仔山羊に鳥肌が立っている身体が更に粟立つ。腰の両翼がザワザワと騒めき、ギリッと食いしばる歯が小さく軋みを上げた。

 危険だ…!と警報がガンガン頭の中で鳴り響く。

 全て見破られている…!と心が恐怖に震えあがる。

 今目の前にある現実と今日一日彼の傍に控えて見えてきたあらゆるものが襲い掛かり、知らず彼女の心を追いつめ焦らせていく。

 早く殺さなければ…!と強く思った。

 冷静になれ、と小さな声が頭の片隅で語り掛けてくるが気にする余裕もない。

 まるでウルベルトという存在が恐怖となってアルベドに迫ってきているようだった。

 

 ウルベルトの言う通り、アルベドは最終的に彼を亡き者にしようとしていた。

 しかしそれでいて彼女は決してすぐには行動を起こすつもりはなかった。

 いくら今は仔山羊の姿をしていても、彼が至高の四十一人の一人であることには変わりない。油断してはこちらが返り討ちにあってしまうだろう。だからこそ機を見てウルベルトをナザリックの外へ誘き出し、始末するつもりだった。

 しかし彼に付き従ってナザリック内を進めば進むほど、時間を置けば危険かもしれないという思いが強くなっていった。

 当たり前のことではあるが、ナザリックに属する者たちはアルベド以外の全員がウルベルトの帰還を歓迎している。アインズに向けるものと同等の忠誠を彼にも誓うだろう。しかしそれでも、忠誠を誓う対象が複数になる以上完全に“同等”となるのは難しい。それはナザリックの者たちとて例外ではなく、無意識でも個人によって微妙な差は出てきてしまうだろう。それがアインズに傾いているのならば良い。いや、アルベド自身、ナザリックを裏切ったウルベルトよりも最後まで残ってくれた慈悲深いアインズに誰もが忠誠を傾けると思っていた。しかしウルベルトとナザリックを巡るにつれて、その確信は曖昧になり、疑惑になり、危機感と変わっていった。

 一番注意すべきは第七階層の者たちだ。ウルベルトの被造物であるデミウルゴスは勿論の事、先ほどの様子からして恐らくは第七階層の者たち全てがアインズよりもウルベルトに厚く忠誠を捧げるだろう。もしアルベドがウルベルトに危害を加えようとしているのがバレた場合、または何らかの理由でアインズとウルベルトが袂を分かった場合、間違いなくデミウルゴス率いる第七階層の配下たちはウルベルトの側へ着くだろう。

 多くのタイプはあれど全体的にレベルが拮抗しているナザリック内で、アルベドが最も恐れるのは力をどう用いるべきかを知る智謀だ。つまり、アルベドにとってナザリック一の頭脳を持つデミウルゴスが敵に回るのが一番恐ろしい。

 時間が経てば、いつデミウルゴスに勘付かれて行動されるか分かったものではない。

 ウルベルトがアインズに内密で何かを用意し、それにも第七階層の悪魔たちが関わっているのも問題だ。何をしているのか推察することもできないが、ろくでもないものに違いない。

 時間を与えれば与えるほど、こちらが不利になっていく。

 逆に今行動すれば、この悪魔を殺すことができるかもしれない。

 先ほども、この悪魔は力がうまく扱えないと言っていたではないか。身に着けている装備類は完全ではなく心許ないが、それは装飾類しか装備していないウルベルトも同じだ。勝てる確率は非常に高いと言えるだろう。

 瞬きの間にそこまで計算すると、アルベドは誤魔化さずに行動を起こすことに決めた。

 

「………そうよ。私たちにお前は必要ないわ…」

「“私たち”ね~…。お前にとって、ではないのか?」

「お前さえ戻ってこなければ、私たちはアインズ様だけに忠誠を誓うことができたのよ! お前はナザリックを捨てただけでは飽き足らず、アインズ様や私たちの間に割り込んで…っ!!」

「ああ、そこら辺は良い。そんな下らん言葉は聞くに堪えん」

「なっ…!!」

 

 ウルベルトの暴言に、アルベドは言葉を無くし怒りに頭を真っ白にさせた。

 今すぐ目の前の男を八つ裂きにしてやりたい…!と憎悪が殺意となって身の内から溢れだす。

 そうだ、ここには誰もいない(・・・・・)、ウルベルトがいなくなったとしても何とでも言い訳はできる。

 金色の瞳を爛々と輝かせながらゆっくりと身構えるのに、ウルベルトはニンマリとした笑みを深めさせると、挑発するように小さな指でちょいちょいと手招きしてきた。

 

「…御託は良いから、さっさと来い。遊んでやる」

「きぃさまぁぁあぁああぁぁぁあっっ!!!」

 

 隠し持っていた巨大な長柄斧(バルディッシュ)を取り出し、片手で握りしめて腰の両翼を大きく広げる。身を低くして地を踏みしめ、フッと短く呼吸を吐き出すと同時に強く地を蹴った。爆発的なスピードを更に上げるため翼を羽ばたかせる。一気に間合いを詰め、緑色の微光の残像と共に長柄斧(バルディッシュ)を振り払った。

 

「………ふん、くだらん…」

 

 小さな声と共に聞こえてきた金属音と衝撃。手に伝わったのは肉を斬り裂き骨を断つ感触ではなく、硬い何かに叩きつけたような鈍い痛みだった。

 ギリギリと軋む音と共に見えたのは、鋭い刃を受け止めた赤黒い大きな手。

 小さな仔山羊の首に巻き付いていた“慈悲深き御手”が緩く解かれ、悪魔の手のようになっている片方の端がしっかりと長柄斧(バルディッシュ)の攻撃を防いでいた。

 

「〈使役魔獣・召喚(サモン・コーザティブ モンスター)(スリー)

 

 刃と悪魔の手を鍔迫り合わせながら、ウルベルトが朗々と詠唱を唱える。

 一拍の後、ウルベルトの声に応えて三体の大きな魔獣がどこからともなく姿を現した。

 一体目は翡翠色の美しい翼を持った鷹の魔獣。黒い嘴は大きく鋭く、鋭い鉤爪を持つ二本の足は太く長く、金色の目は異様に大きい。

 二体目は赤黒い毛並みを持った狼のような魔獣。馬ほどもある屈強な身体は威圧感があり、鋭い犬歯が口からはみ出して長く伸びている。鎖の首輪から下げられている銀色のプレートは赤黒い血に濡れており、まるで錆びのようにこびり付いていた。

 三体目は蒼を帯びた漆黒の巨大な蛇。しかし頭には捻じくれた大きな角が二本生え、群青色のヒレが鬣のように首回りや背筋を覆っている。細長い身体には二本の腕があり、そこから被膜の翼へと変化していた。

 フレズベルク、ガルム、ニーズヘッグ。

 レベル90を超える地獄の魔獣たちの登場に、アルベドは思わず苛立たし気に顔を顰めさせた。

 三体ともアルベドの敵ではないが、かといって瞬殺できる相手でもない。敵の数が一気に増えたことに鋭く舌打ちすると、こちらも手数を増やそうと特殊技術(スキル)を発動させた。

 

「来なさい、双角獣(バイコーン)!!」

 

 アルベドの声に応え、馬用全身鎧(フル・プレート)を着用した魔獣が姿を現す。

 双角獣(バイコーン)としての特性から騎乗することはできないが、それでもウルベルトが召喚した獣の相手ぐらいはできるだろう。

 

「殺せっ!!」

 

 ウルベルトを指さして吠えるアルベドに応え、双角獣(バイコーン)が二本の角を振り回しながら突進していく。

 しかしその角がウルベルトを襲う前にフレズベルクとニーズヘッグがその前に立ちふさがった。

 ウルベルトはと言えば、残ったガルムに騎乗してのんびりとこちらを眺めている。余裕綽々なその様子が癪に障り、虫唾が走る。

 アルベドは再び地面を強く蹴ると、ウルベルトの元へと突撃していった。

 防御を主として造られたアルベドは、遠距離攻撃の特殊技術(スキル)や攻撃魔法を一切扱えない。ウルベルトを攻撃するには、その距離を縮めて接近戦に持ち込むしかなかった。

 しかしウルベルトはガルムに騎乗したことで素早さが上がり、アルベドでも距離を離されることはないものの縮めることが中々できない。埒があかない追いかけっこに痺れを切らし、アルベドは鋭い舌打ちと共に地面へと勢いよく長柄斧(バルディッシュ)を叩きつけた。細腕では想像もつかない火力が爆発し、土の地面が大きく割れる。幾つもの岩へと姿を変えた土塊を鷲掴むと、アルベドは大きく足を踏み込んでウルベルトへと投石した。

 弾丸と化した幾つもの土塊が小さな身体へと襲い掛かる。

 ウルベルトもまさかそんな攻撃をしてくるとは思っていなかったのか反応が遅れた。いくら素早いガルムでも全てを避けるのは不可能だったらしく、土塊の幾つかがウルベルトの小さな身体をとらえる。一つが右肩を貫通し、右の脇腹と左の太ももを深く掠めた。

 

「…ちっ、弾丸かよ」

 

 悪態をつくようなウルベルトの小さな声が聞こえてきて、思わず邪悪な笑みを浮かべる。

 再び土塊を掴み取って投石しようとする中、しかしそれを許すほどウルベルトも甘くない。

 血に濡れた手を勢いよく打ち合わせると、両手の隙間から生じた稲妻がバチバチと光を散らした。

 

「〈連鎖する龍電(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉!」

「〈マジック パリィ・カウンターアロー〉!」

 

 荒れ狂う龍のような稲妻がアルベドへと襲い掛かる。しかしそれはアルベドの複数の特殊技術(スキル)によって跳ね返され、逆にウルベルトへと牙を向けた。ウルベルトはガルムに思念を送り、素早い動作で稲妻を避ける。それとほぼ同時に小さな指が赤い魔方陣を纏わせてアルベドへと向けられた。

 

「〈魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)吹き上がる炎(ブロウアップフレイム)〉!」

 

 瞬間視界が真っ赤に染まり、ジリジリと肌が焼かれる痛みが全身を包む。

 頭上高くまで立ち上る紅蓮の業火に包まれ、次の瞬間体内から大きな衝撃がアルベドを襲った。

 

「かはっ!?」

 

 高い防御力によって衝撃よりかはダメージを受けずに済んだが、それでも喉から競り上がってくるものは止められず勢いよく吐き出す。気道から鼻腔にかけて鉄臭さが漂い、唇から滴る赤をグイッと乱暴に拭ってウルベルトを睨む。

 先ほどの衝撃は間違いなく〈内部爆散(インプロージョン)〉の魔法だ。しかし二つの魔法を同時に発動させるとは、一体どうやったというのか。〈魔法遅延化(ディレイトマジック)〉を使った気配もなかったというのに…、と警戒心が強まる。

 しかしこのまま魔法を使わせ続ければ、早い段階でウルベルトのMPは切れるだろう。逆にこの程度のダメージであれば、特殊技術(スキル)を上手く使えば自分は持ち堪えることができる。

 

「〈加速(ヘイスト)〉、〈上位全…」

「させるかよ! 〈最強化(マキシマイズマジック)衝撃波(ショックウェーブ)〉!」

「ちっ! 〈マジック パリィ〉!」

 

 強化魔法を中断して、何とか魔法の衝撃波を反射して横に逸らさせる。

 その間にウルベルトが〈転移門(ゲート)〉を開いているのが目に入り、アルベドは目を見開かせた。

 まさか逃げる気か!?と空間に開いた暗闇を睨むように凝視する。

 しかし仔山羊は暗闇の中に入ることはなく、逆に小さな複数の影が暗闇の中で蠢いていた。

 〈転移門(ゲート)〉から現れたのは今のウルベルトよりも小さな悪魔。大きく膨れた腹を抱えるように小さな両手を添え、背にある小さな翼を忙しなく動かしてふわふわと宙をさ迷っている。ニンマリとした笑みの奥でギャギャギャっと耳障りな笑い声が聞こえてくる。膨れた腹は内側から発光しており、皮膚が酷く薄いのか緑色の光が漏れて細かい血管が浮き出ていた。

 アルベドも見たことがない異形の悪魔たち。

 脅威には全く感じないが、それでもこのタイミングで出現してくるのにアルベドはひどく警戒心を強めた。召喚ではなく〈転移門(ゲート)〉によって出てくるということも違和感に感じられる。

 現れたのは合計で四体。

 ウルベルトは笑みを浮かべて“慈悲深き御手”を振るうと、傍にいた二体を勢い良く引き裂いた。瞬間、引き裂かれた悪魔の腹に閉じ込められていた緑の光が溢れだし、“慈悲深き御手”に吸い込まれてウルベルトへと吸収されていく。

 あれは魔力だ…!

 直感的に理解したアルベドは咄嗟にウルベルトを止めようと地を蹴った。

 このままでは折角消耗させたMPが全回復されてしまう。それではこちらの勝機が消える、と突撃した瞬間、残っていた二体がアルベドへと迫って来た。咄嗟に防御の姿勢を取った瞬間、悪魔たちがニンマリとした笑みのまま勢いよく自爆する。腹に溜まった魔力が爆弾となって勢いよく襲いかかり、アルベドは反射的に腕を交差させて顔を庇った。大したダメージは受けなかったが、一瞬でもウルベルトから注意を逸らしてしまったことに慌てて視線を戻す。その瞬間、視界に飛び込んできた光景にアルベドは思わず驚愕に目を見開かせた。

 目の前にあったのは、十つの影。

 ガルムに乗ったまま楽し気な笑みを浮かべてこちらを見据えている仔山羊が十人、こちらを取り囲むようにして立っていた。

 

「なっ…!!」

 

 驚きのあまり声が漏れてしまう。

 しかしアルベドは無理やり自分を落ち着かせると、注意深く十人もの仔山羊の悪魔を見回した。

 恐らくこれらは唯の幻覚だ。しかしどれが本物なのかが全く分からない。

 

「…避けてみろ。〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)〉」

 

 十人のウルベルトが全く同時に魔法を発動させ、何十本もの氷柱が全方向からアルベドを襲う。

 どれが偽物でどれが本物か分からない以上、迂闊に特殊技術(スキル)を使うわけにもいかない。

 アルベドは腰の両翼を羽ばたかせると、勢いよく上空へと飛び上がった。しかし上空へと向けた視界に瞬間大きな笑みが映り込み、アルベドは思わず身体を硬直させた。

 すぐ目の前にいたのは、自分を取り囲んでいたはずのウルベルト。

 何故瞬時に目の前に…と思う間もなく、小さな人差し指が突き付けられた。

 

「〈神の裁き(ゴッズ・オブ・ケラウノス)〉…」

 

 瞬間、白く焼き尽くされる視界。衝撃と熱が胸元を襲い、次には身体中が焼かれるような痛みが内側から襲い掛かってくる。今までの攻撃とは比較にならないほどのダメージが痛みとなってアルベドを襲う。痛みにか身体中が痺れ、アルベドは羽ばたくこともできず地面へと落ちていった。

 成す術もなく地面へと転がり、しかし未だ震える両腕で何とか身体を起き上がらせる。

 強い痺れはまだ治まらないが、HP(体力)はまだまだ残っている。

 いつの間に消えていたのか、再び一人だけになったウルベルトを見上げるとアルベドは四つん這いになっている状態から勢いよくウルベルトへと襲い掛かった。

 

「うおっ!」

 

 ウルベルトは驚きの声を上げながらも何とかすれすれでアルベドの攻撃を躱す。しかしアルベドとて戦士職の100レベルNPCだ、すぐさま刃を返して再度ウルベルトへと襲い掛かる。長柄斧(バルディッシュ)が光の残像となって幾重にも振るわれ、ウルベルトは逃げるものの全てを躱しきれず傷を増やしていく。

 いける…!

 目の前で傷つき焦りの色を見せ始めたウルベルトに、再び勝機を確信し始める。このまま押し続ければ、確実に肉を引き裂くことができるだろう。

 逃げ回るウルベルトを追いかけて攻撃しながらアルベドが一層確信を深めた、その瞬間…---

 

「…っ…!!?」

 

 踏んだ地面からいきなり赤い魔方陣が複数浮かび上がり、そこから赤黒い槍が勢いよく突き出てきた。咄嗟に足をずらして突き刺さるのは免れたものの、バランスを崩した身体に違う赤黒い槍が容赦なく襲い掛かってくる。

 何故かダメージはないものの、貫かれた身体が動きを阻害される。

 苛立たし気に舌打ちし長柄斧(バルディッシュ)を振るおうとしたその時、アルベドはハッと我に返って慌ててウルベルトへと目を戻した。

 ウルベルトは何故かガルムから降りており、いつの間に戻ってきていたのか双角獣(バイコーン)の相手をしていたはずのニーズヘッグの蜷局に抱かれてにっこりとした笑みを浮かべていた。

 

「死ぬなよ、アルベド」

「何を…っ!!」

「…超位魔法〈失墜する天空(フォールンダウン)〉」

「…っ…!!?」

 

 意味の分からぬ言葉と共に発動したのは、ありえないことに超位魔法。

 詠唱もしていなかったというのに何故…!?と思う間もなく、抗い難いダメージがアルベドを襲う。

 まるで重力のように頭上から降り注ぐ衝撃と熱。身体中が焼かれ、溶かされるような感覚。

 あまりにも大きなダメージにアルベドは成す術もなく再び地面へと崩れ落ちた。

 今度は起き上がることもままならない。

 しかし何とか顔を上げれば、そこには悠々と佇む仔山羊が感心したように周りを見回していた。

 

「…はぁ、やっぱり超位魔法はやり過ぎたか。防御力マックスのニーズヘッグが消滅するとは思わなかったな」

 

 その言葉通り、ウルベルトの近くには塵となって風化しようとしている物体が横たわっていた。恐らくそれがニーズヘッグであり、ウルベルトの代わりに全てのダメージを引き受けたのだろう。

 ウルベルトは未だ地面を這うアルベドを見下ろすと、わざとらしく小首を傾げてみせた。

 

「大丈夫か? 死ななくて良かったよ」

「…な、ぜ……ころさ、ない……」

「おいおい、やめろよ。俺にそんなつもりはない」

 

 ウルベルトは呆れたように頭を振ると、徐に片膝をついてアルベドへと顔を近づけた。

 瞳孔の違う金色の瞳が鋭く混じり合う。

 

「俺を恨むなとも憎むなとも言わん。それはお前たちの当然の権利だ。だが、それをモモンガさんのせいにはするな」

「なっ!?」

 

 思わぬ言葉に咄嗟に声が出る。

 しかしウルベルトは口を開きかけたアルベドの言葉を遮るように言葉を続けた。

 

「モモンガさんを置いて行って悲しませたのは事実だ。だが、それに対して俺に何かする権利があるのは本人であるモモンガさんだけだ。俺を殺したいなら自分自身の恨みでかかってこい。それとも唯の嫉妬か? 俺がモモンガさんをお前から取ったとでも?」

「きっ、貴様に何が分かるっ! 私の愛しいモモンガ様を置いていったくせに! 心を痛めさせ、悲しませたくせにっ!!」

「……………………」

「なのに何故、モモンガ様は貴様を…!! 貴様さえ帰ってこなければ、モモンガ様はずっと私たちを一番に思って下さっていたのに! 私たちを…私をぉぉ……っ!!」

 

 嫉妬と憎悪が殺気となって溢れだし、痛みを無視して掴んでいた長柄斧(バルディッシュ)を我武者羅に振り上げる。しかしそれは虚しくも呆気なく弾かれた。鋭い衝撃に耐え切れず、長柄斧(バルディッシュ)が手から離れて滑るように地面へと転がっていく。

 悔し気にウルベルトを睨み上げるアルベドに、彼女を迎えたのはどこまでも冷たい金色。

 

「…呆れて物も言えんな。それでも守護者統括にと定められた者か?」

「何ですってっ!!」

 

 ナザリックを勝手に去り、自分たちを勝手に捨てた分際で何を言うのかっ!!

 際限なく湧き上がってくる激情の中にはもしかしたら憎悪や怒りだけではなく、悲しみも少し混じっていたのかもしれない。目に溢れてくる雫に気が付かないまま、アルベドは唇を噛みしめて目の前のウルベルトを睨み付けた。

 しかし目の前の悪魔はどこまでも冷静にこちらを見下ろしていた。

 

「…確かにモモンガさんの中での優先順位はお前たちシモベより俺たちギルドメンバーの方が上だろうさ。だが俺たちを…俺を消せばお前たちが…いや、お前が一番になれると本気で思っているならとんだ勘違いだ。…あまり俺たちのギルマスを舐めてくれるなよ」

 

 そこで初めてウルベルトから鋭い殺気を向けられる。怒気にも似た威圧感が襲い掛かり、その凄まじさにアルベドはひくっと喉を震わせて身体を硬直させた。

 大きな恐怖が身体の底から沸き上がり、それが絶望感に変わって身体中を支配する。小刻みに震える身体を抑えきれず、情けなくも歯がガチガチと音を立てて止めることができない。

 すっかり怯えてしまっているアルベドに何を思ったのか、ウルベルトは小さな息をついて殺気を収めた。チラッと横に目を逸らし、しかしすぐさまこちらへと戻してくる。

 次の瞬間ウルベルトの顔には柔らかな笑みが浮かび、それと同時に頭の中からウルベルトの声が聞こえてきた。

 

「…ありがとう、アルベド。これで少しは今の自分の状態が分かったよ。ああ、でもやっぱり全体的に鈍ってるなぁ。もし機会があれば、また付き合ってくれ」

『お前自身の恨みであれば、いつでもかかってこい。相手をしてやる。だが、単なる嫉妬なら俺にかまけてないで自分を磨け。俺がいてもモモンガさんに自分を選ばせられるくらいの女になってみせろ』

 

 ウルベルトの口から聞こえてくる声と、頭に響いてくる声。

 二重に聞こえる声は、一方は〈伝言(メッセージ)〉によって聞こえる声。

 

「…ああ、今日はもういいぞ。うまく手加減できなかったし…疲れただろう。もう下がってゆっくり休むといい」

『ああ、言っておくが相手はしてやるが殺されてはやらないから覚えておけ。俺を殺してもいいのは友人であるモモンガさんか、俺の被造物(我が子)であるデミウルゴスだけだからな』

 

 優し気な笑みをあくどいものに代えながらウルベルトがこちらへと背を向ける。

 そのまま指輪の力を発動して姿をかき消したウルベルトに呆然とする中、アルベドはふとこちらに駆けてくる複数の足音があることに気が付いた。

 ハッとそちらを振り返れば、慌てた様子でこちらに駆けこんでくるダークエルフの双子。

 アウラとマーレはこちらまで駆けてくると、心配そうに覗き込んできた。

 

「どうしたのよ、アルベド! ボロボロじゃない!」

「だ、大丈夫ですか!? い、今、回復しますね!」

 

 アウラは困惑した表情で捲し立て、マーレはオドオドしながらも治癒魔法をかけてくる。

 二人の突然の登場に、アルベドは未だ地面に座り込んだまま呆然と二人を見上げていた。

 

「…二人とも、どうして……」

「ウルベルト様から呼ぶまで来るなって言われてたんだけど、すっごい音がしたから…。何かあったのかと思ってきちゃったんだよ」

「そ、そうなんです。そしたらアルベドさんが倒れてて…びっくりしました…」

「とにかく無事でよかったよ。ああ、ウルベルト様には後で謝罪しに行かなくちゃ…」

 

 いくら緊急事態かと心配したからといって、命令違反をしたことは事実だ。

 心なしか蒼褪めている双子に、アルベドは回復した身体にゆっくりと立ち上がると安心させるように微笑みを浮かべた。

 

「…大丈夫よ、二人とも。ウルベルト様は怒っていらっしゃらなかったし、二人がこのタイミングで来ることも分かっていらっしゃったわ」

「で、でも…」

「大丈夫よ。それよりも、ここを直しておいてくれるかしら。思った以上に荒れてしまったから…」

「ああ、うん…分かったよ」

 

 周りの惨状を見回し、アウラが理解したように頷いてみせる。

 アルベドも応えるように頷くと、そっとウルベルトが消えた空間をじっと見つめた。

 

 

 

**********

 

 

 

 次の日の早朝。

 第九階層の自室で寛いでいたウルベルトは、突然勢いよく開いた扉にチラッとそちらへと目をやった。

 カツカツと靴音高く響かせながらこちらに歩み寄ってくるのは見慣れた朱色の悪魔。しかし彼にしては珍しく切羽詰まった様子で、ウルベルトは疑問に小さく首を傾げた。慌てたような様子もそうだが、この忠誠心がカンストしている悪魔が一言もなく部屋に入ってくること自体珍しい。

 

「ウルベルト様っ!!」

「どうしたんだ、デミウルゴス。お前がそんなに慌てるなんて珍しいな」

「アウラから聞きました! お怪我はっ!!」

「大丈夫だよ」

 

 焦燥の色を浮かべた顔でこちらに駆け込んでくるデミウルゴスに、ウルベルトは安心させるように柔らかな笑みを浮かべた。

 しかし聡明な悪魔は中々納得してくれず、ウルベルトの目の前で跪くとそっと手を伸ばしてくる。恐らく本当に怪我がないか心配してくれているのだろう。しかしシモベ如きが勝手に触れてはいけないと思ったのか、不意にその手はピタリと途中で止まった。

 別に全く気にしないのだが、本当に律儀な奴だな…と目の前の悪魔を眺めながら内心で感心する。

 だがデミウルゴス(我が子)をいつまでも心配させる趣味があるはずもなく、ウルベルトは再び安心させるように笑みを浮かべて見せた。

 

「本当に大丈夫だよ。大体この俺が負ける訳ないだろう」

 

 自信満々に言ってやれば、漸く安心したのかデミウルゴスの表情が緩められる。

 心配性な悪魔に苦笑を浮かべながら、ウルベルトは気がつかれない程度に息を吐き出した。

 デミウルゴスが来る前にさっさとポーションを飲んでおいて良かった、と内心で安堵の息をつく。あのまま自然治癒に任せて何もしていなければ、デミウルゴスに即効バレてアルベドとドンパチを始めていたかもしれない。そう考えると冷や汗が流れ、どうにも生きた心地がしなかった。

 第一、そんなことになろうものなら後でアインズにどう言い訳をすればいいのか…。

 普段温厚なアインズが怒りに殴りかかってくる光景が容易に想像でき、ウルベルトは少し前の自分を本気で褒め称えた。

 

「…ですが、アウラから知らせを受けた時は生きた心地がしませんでした。どうか、二度とこのようなことはなさらないで下さい」

「心配性だな、お前は。第一、今回のは唯の鍛錬なんだからそう深刻にならなくてもいいだろう。…まぁ、手加減ができなくて相手をしてくれたアルベドには申し訳ないことをしてしまったが」

「そのようなことを気にかけているのではありません。私はウルベルト様の身を案じているのです」

「そんなことって…。一応お前の…いや、俺たちの仲間だぞ」

 

 デミウルゴスの思わぬ言葉に、ウルベルトは流石に小さく顔を引き攣らせた。

 この悪魔の忠誠心の厚さは知っているが、それでも仲間に対してこれは流石にないのではないかと少し心配になる。

 しかしウルベルトは思いとどまると内心で小さく頭を振った。

 これはデミウルゴスに限らず、恐らくナザリックの者たちが全員持っているものなのだろう。

 彼らにとって至高の四十一人は絶対で、それを傷つける…あるいは逆らう時点で仲間であろうと何だろうと敵とみなす。程度や理由、原因は違えどアルベドとて自分に反旗を翻したではないか。それが何よりの証拠だと思えた。

 

「…デミウルゴス、俺は」

 

 言葉を紡ごうとして、しかしそれは不意に扉の開いた音によって遮られた。

 今日はやけに無断入室が多いな…と扉の方へと目をやり、そこにいた人物に思わずまた顔を引き攣らせた。

 デミウルゴスも部屋に入ってきた人物を見とめてすぐさま立ち上がると深々と頭を下げる。

 部屋に入ってきた人物…アインズは後ろにアルベドを引き連れてこちらに真っ直ぐに歩み寄ってきた。

 

「…あ~、どうしました、モモンガさん?」

 

 見るからに怒っている様子の骸骨に、引き攣っている表情を直すことができない。

 アインズはウルベルトの前まで歩み寄ると、表情の読み辛い骸骨の顔でじっとこちらを見下ろしてきた。

 見た目は唯の骸骨であるのに、感じる威圧感は半端ない。

 あぁ、怒ったモモンガさんも懐かしいな…と少し現実逃避しながら、アインズの怒気に怯えているアルベドやデミウルゴスに気が付いてウルベルトは何とか気を取り直した。

 

「それで、何でそんなに怒ってるんですか、モモンガさん?」

「何で…ですか……。それ、本気で聞いてます?」

「…あ~~~……」

 

 言葉に詰まり、思わず目をさ迷わせる。

 その態度が気に入らなかったのか、唐突にアインズがズイッと顔を近づけてきた。

 

「アルベドとの手合せの事ですよ! なにいきなりはっちゃけてるんですか!!」

「いや~、やっぱり一度試しておいた方が良いかと思って…」

「だからってあんな実戦みたいなことはやめて下さい! デミウルゴスから話を聞いてすっごく心配したんですよ!」

「…すみません」

 

 アインズの必死な形相に気圧されて、ウルベルトは素直に頭を下げる。

 アインズの背後に佇むアルベドの金色の瞳に一瞬悲し気な色が浮かんだことに気が付いたが、しかしウルベルトは何も口にしようとはしなかった。

 こんな場所で言うべきことではないし、第一これはアルベド自身が乗り越えなければならないものだ。求められれば力になるが、そうでないなら不用意に手を出すべきではない。

 ウルベルトはフゥッと微かな息をつくと、話を変えるように明るい笑みを浮かべた。

 

「そんなに心配なら、今度一緒に手合せでもしましょう。やっぱり腕は鈍っていたけど、大災厄の魔と呼ばれた俺の力を見せてやりますよ」

「っ!! …はい、またウルベルトさんの戦ってるところ、見たいです! 見せて下さい!」

 

 一瞬驚いた後、次には勢いよく食いついてくるアインズに少しだけ圧倒される。

 しかしその雰囲気がどこか泣き笑いのようにも感じられて、ウルベルトはこれ以上何も言うことはしなかった。

 口を挟まなくても良い問題であるし、アインズが少しでも楽しんで喜んでくれるのならウルベルトとてやぶさかではない。

 取り敢えず、アルベドとの戦闘についてこれ以上突っ込まれることがなくなったため上々と言えよう。

 ウルベルトは目の前で嬉々として話し始めるアインズに相槌を打ちながら、何とかアルベドに関しては一段落着いたかな…とそっと息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜…---

 長椅子に寝そべりながらアインズに借りた今までの出来事が書かれた報告書を読んでいたウルベルトは不意に聞こえてきたノック音にフッと顔を上げた。今日は何とも客が多い日だな…と思いながら報告書を近くのテーブルへと置く。上体を起き上がらせて長椅子に座り直すと、改めて扉へと目を向けて入室の許可を口にした。

 一拍の後、音もなく扉が開いて見慣れた影が中へと滑り込んでくる。

 いつもの純白のドレスに漆黒の両翼。

 今までにないほどの真剣な表情を浮かべてアルベドがウルベルトの前へと静かに歩み寄ってきた。

 

「…お前が一人で俺を訪ねてくるなんて珍しいな。早速再挑戦でもしに来たか?」

 

 まぁ、違うだろうな…と思いながらも取り敢えずはと声をかける。

 しかしアルベドは真剣な表情を変えることはなく、不意に跪くように両膝をついて頭を下げた。

 彼女らしからぬ、何ともしおらしいその態度にウルベルトは思わず疑問符を浮かべる。何と声をかけたものかと頭を悩ます中、心なしか暗い表情のアルベドが徐に口を開いた。

 

「………ウルベルト様にお伺いしたいことがございます」

「? なんだ?」

「ウルベルト様は…いつから私の心に気が付いていらっしゃったのですか…?」

「いつからって…、最初からだが」

「さ、最初から…!?」

 

 思ってもみなかった言葉だったのだろう、アルベドが驚いたように勢いよく顔を上げ、見開かせた目でこちらを見上げてくる。しかしウルベルトからしてみれば彼女の態度はあまりにも分かりやすすぎて、いっそ素直だと思えるようなものだった。彼女の創造主であるタブラであれば『それでも断然OK!』とノリノリでグッドサインを出していたかもしれないが、異世界で生きていかなければならないウルベルトやアインズにとっては看過することのできない問題だ。というか、心情が分かりやすい守護者統括とかどうなんだとツッコミたくなってくる。

 

「お前、分かりやすすぎ…。仮にも守護者統括なんだ、自分の感情くらいコントロールしろ。感情に流されるな」

「も、申し訳ありません…。…分かりやすい、ということは…アインズ様も……」

「ああ、あの人は気づいてないから安心しろ。というかバレてたら絶対に唯じゃすんでないと思うぞ」

 

 心なしか蒼褪めるアルベドに、ウルベルトは軽く頭を振ってそれを否定した。

 アインズにとって、自分たちギルドメンバーとナザリックのNPCたちを比べれば優先順位は圧倒的にギルドメンバーの方が上だろう。

 当たり前だ、アインズにとって自分たちは本当の仲間であり、NPCは仲間の残した子供たちという立ち位置であっても本当の仲間ではない。リアルに考えたとして、自分の友人と友人の子供に優先順位をつけるとしたら何だかんだ言っても誰もが最終的に友人を選ぶだろう。

 つまりはそう言うことだ。

 アルベドが仲間の一人であるウルベルトに危害を加えようとしていると知れば、普段は優しくNPC思いのアインズでも決して許しはしないだろう。この世界でのアインズの仲間に対する過激な反応を考えるに、生死に関わらずウルベルトが怪我をしようものならアインズはアルベドを殺そうとさえするかもしれない。

 感情が分かりやすいアルベドが今もなお無事なのは、偏にアインズが気が付いていないからだ。第一身内に甘いアインズのことだ、無意識に気が付かないようにしている…あるいは無意識に鈍感になっている可能性も高い。

 

「最初から気が付かれていた、ということは…もしやナザリックを巡る際に私を同行させたのは…」

「もちろん、早急にお前と決着をつけるために仕組んだことだ」

「ですが、私と戦闘することを前提にしていたのなら、何故相応の装備や準備をされなかったのですか?」

 

 昨日のウルベルトの姿を思い出し、アルベドが困惑したような表情を浮かべる。

 しかしウルベルトにしてみれば彼女の言葉は何とも的外れなものだった。

 

「何を言ってるんだ。準備はしていたし、罠もいろいろ張っておいたぞ」

「……罠…?」

「最初、お前は慎重に機を見て俺を抹殺しようとしていたんだろう? それを早めて俺を殺そうとしたのは何故だ?」

「それは……」

 

 アルベドは口を開きかけ、しかし言葉に詰まって口を閉ざした。

 言葉に迷って顔を歪める彼女を暫く見やり、ウルベルトが笑みを浮かべて教師のように人差し指を立ててみせた。

 

「お前が計画を速めた主な要因は、ナザリックのシモベたち…特に第七階層の悪魔たちがモモンガさん以上の忠誠を俺に誓う危険性があったから、俺がモモンガさんに何か隠し事をしていたから、俺の力がまだ不完全であると思ったから…大体この三点じゃないか?」

「…はい、その通りです…」

 

 昨日のことを思い出しながらアルベドが神妙な面持ちで頷く。

 ウルベルトはニンマリと笑みを深めさせると、短い足を組んで悠然と目の前のアルベドを見下ろすように見据えた。

 姿は可愛らしい仔山羊だというのにその身から漂う威圧感は本物で、震え上がるほどの存在感を発していた。

 

「そのどれもが、お前に行動を起こさせる罠だったんだよ。第七階層の悪魔たちは…まぁ、あいつらは俺が手を加えていたから忠誠心が厚いのは当然だし、俺の力が不完全だっていうのは唯のブラフだ」

「…では、アインズ様に秘密だと言っていた件も?」

「まぁ、一部はな」

「…一部…?」

「モモンガさんに秘密だっていうのはブラフだ。ただ、第七階層に預けていたものは確かにあったんだよ。洗いざらい言えば、戦闘時に俺が〈転移門(ゲート)〉で呼んだ悪魔たちだ」

「……あの悪魔ですか…。あれは何なのですか?」

「やっぱりアルベドは知らないか。俺の特殊技術(スキル)で生み出せる悪魔の一つで、名は魔の壺(マジックベースデビル)。30%の魔力を媒体に作れる悪魔で、腹に蓄積した魔力を爆弾として自爆で対象を攻撃する悪魔なんだ。まぁ、俺の場合は自爆よりも“慈悲深き御手”での魔力供給用なんだが…」

「……………………」

 

 ウルベルトの説明に、アルベドは納得すると同時に感心する他なかった。

 目の前の人物は確かにアインズと同じ至高の四十一人の一人であり、その叡智はアインズに引けを取らない。

 

「お前の敗因は幾つかあるが、その中でも大きいのは油断と自信と相性だ」

「それは…」

「お前は俺の装備についても言っていたが、あれはお前を油断させるためにわざと選択したものだ。それにお前はナザリックの盾として造られた自負があるようだが、お前の防御面での一番の強味は“ヘルメス・トリスメギストス”あってのものだ。攻撃力に関してはタブラさんがお前に渡した世界級(ワールド)アイテムの“真なる無(ギンヌンガガプ)”が多くの割合を占めている。その二つを装備していないお前に勝つことは、お前自身が思っている以上に容易い」

「…っ…!!」

「それにお前…俺を誰だと思っているんだ? 俺はお前たちの言う至高の四十一人の一人であり、アインズ・ウール・ゴウンの魔法職最強のワールド・ディザスターであり、…戦士職最強だった男と敵対していた男だぞ」

 

 最後に言った言葉はウルベルトとアルベドの相性の事であり、彼女の一番の敗因だった。

 先ほどの言葉通り、ウルベルトは戦士職最強と謳われたワールド・チャンピオンであるたっち・みーと幾度となく舌戦を交え、互いが認めるライバル同士でもあった。同じギルドのメンバーであり、同士討ち(フレンドリーファイア)ができないにも関わらず、どうすれば相手に勝てるかと互いに競うように研究をし合ったものだ。

 言うなれば、ウルベルトは対戦士職のスペシャリストとも言える。

 加えて彼にはアルベドにはない多くの実戦経験があり、アルベドが戦士職である以上、彼に勝てる確率は皆無に等しかったのだ。

 

 

「………ウルベルト様は何故、私を見逃したのですか…?」

 

 上から浴びせられる威圧感に耐えかねて、再び顔を俯かせて膝の裾をギュッと握り締める。

 胸に湧き上がってくるのは大きな恐怖と畏怖。そこにはもはや一欠けらの憎悪も悔しさも残ってはいなかった。ただウルベルトという目の前の存在が恐ろしく、全てに圧倒される。

 しかし怯えるアルベドに向けられたのは、優しいまでの柔らかな声と頭に乗せられた温かなぬくもりだった。

 

「言っただろう、俺を恨むなとも憎むなとも言わないって。俺がお前たちを一度捨てたのは事実だし、それに対して俺を憎むのはお前たちの当然の権利だからな」

「……………………」

「勿論、簡単にやられてはやらんが…それでも、お前たちの思いを受け止めないような卑怯な真似をするつもりもない。だから今度は、“お前の恨み”で俺に挑んで来い。お前の気が晴れるまで、何度でも相手をしてやる」

 

 どこまでも優しく、慈愛に満ちた声。柔らかく頭を撫でられる感触と相俟って、アルベドはどうしようもなく敗北を認めるしかなかった。

 自分では、ウルベルトと同じ土俵に上がることすら難しい。いや、アインズの想いに縋るのみの今の自分ではその資格さえなかったのだ。

 再び悔しいという思いが湧き上がってくるが、それは今までとは少しだけ意味合いが違うものだった。

 アインズに向けられる感情に対してのそれではなく、器としての悔しさ。

 ウルベルトという悪魔は確かに自分たちの主である存在であり、程度は違えど確かにアインズと同じ畏敬の念を感じさせる存在だった。

 

 アルベドは暫く小さな手のぬくもりを甘受していたが、徐にそっとその手から頭を離させた。

 両膝を地に着けた情けない姿ではなく、改めて姿勢を正し、跪いて臣下の礼を取る。

 

 

「……ウルベルト・アレイン・オードル様、これまでの無礼をどうかお許し下さい。そしてお許し頂けるのであれば、私アルベドは今度こそ心よりの忠誠を貴方様に捧げます」

 

 守護者統括に相応しい凛とした声音でもって、深々と目の前の仔山羊へと頭を下げる。

 ウルベルトは金色の瞳を細めさせると、フッと柔らかな笑みを浮かべてアルベドへと再び手を伸ばした。

 

「お前の全てを許そう、アルベド。これまできついことばかり言ってしまったが、俺はお前のことも大切に思っているんだ。お前の忠誠を、喜んで受け取るよ」

 

 再び頭に乗せられる小さな手。言葉通り本当に大切そうに慈愛に満ちた手つきで撫でられる感触に、アルベドは確かに胸の内に広がる暖かな感情を感じていた。喉に競り上がってきた名も知らぬ感情を咄嗟に呑み込み、再びそっとその手から離れて顔を上げる。

 じっとこちらを見つめてくるウルベルトの瞳を見返し、彼の慈悲に対する感謝の言葉を心を込めて紡いだ。それでいて綺麗な身のこなしでサッと立ち上がると、もう一度だけ深々と頭を下げる。

 

「ウルベルト様の慈悲に感謝いたします…」

「ああ、改めてこれからよろしくな、アルベド」

 

 まるで昨日の争いが嘘であったかのように、明るい笑みを浮かべてくる仔山羊の悪魔。

 どこまでも広く大きな器を見せつけられたような気がして、アルベドは思わず逃げるように素早く扉まで歩み寄ると、何とか再び深く一礼してウルベルトの部屋から退出していった。

 重圧感のある扉が目の前で完全に閉まるのを確認し、そこでやっと小さな息をつく。

 ウルベルトに対する自分の感情の変化に未だ複雑な思いを抱くものの、あれだけの叡智や力、存在感を見せつけられては仕方がないと諦める。元より、先ほど誓った忠誠の言葉は嘘ではないのだ。かといってすぐさま自分の変化について行けるほど器用ではなく、アルベドはどっと押し寄せてきた疲労感に大きな息を吐き出した。

 取り敢えずここを離れようと一歩足を踏み出したその時、不意に視界を遮った影にアルベドは咄嗟に足を止めた。薄暗い闇から音もなく姿を現した人物に思わず目を細めさせる。

 

「…ウルベルト様とのお話は終わりましたか、アルベド?」

「……デミウルゴス…」

 

 変わらぬ柔らかな笑みを浮かべて話しかけてくる悪魔に、思わず警戒するような低い声が零れる。

 一見何も変わっていないように見えるけれど、その身に纏っている気配から彼が酷く殺気立っているのが感じ取れた。

 

「……アルベド、これ以上ウルベルト様の御手を煩わすようなら、こちらにも考えがありますよ」

「………それはいらない心配よ、デミウルゴス。先ほども、ウルベルト様に改めて絶対の忠誠を誓ってきたわ」

「それは…、アインズ様に誓って嘘ではないと言えますか?」

「……………………」

 

 一拍の後に問われた言葉に、アルベドは思わず不快に顔を顰めさせた。

 無礼だと咄嗟に思ったが、しかしそれを口にすることはしなかった。

 恐らくではあるが、デミウルゴスはウルベルトと自分の間に何があったのか勘付いている。その上で彼が何もしてこないのは、ただ単にウルベルトがアルベドに対して何も言わず許しているからだ。そうでなければ、この目の前の悪魔はすぐさま何らかの行動に出ていただろう。

 

「……ええ。アインズ様の…、いいえ、“モモンガ様”に誓って、私はウルベルト様にも絶対の忠誠を誓ったわ」

 

 真っ直ぐにデミウルゴスを見つめ、力強く言い放つ。

 その瞳も声も、嘘偽りのないもの。

 しかしデミウルゴスが嘘ではないと判断したのは、“モモンガ様に誓って”という言葉でのみだった。

 

「…そうですか。取り敢えずは、その言葉を信じましょう」

 

 痛みを感じるほどの殺気を緩めさせ、柔らかな物腰で軽く頭を下げる。そのまま踵を返して去ろうとする背に、しかしデミウルゴスは再び立ち止まると顔だけでアルベドを振り返った。

 

「アルベド、ウルベルト様に感謝することです。…あなたはあの御方の慈悲によって生かされたのですから」

 

 まるで全て知っているのだと威嚇するように言った後、今度こそ闇の中へと去っていく背。

 遠ざかっていく朱色の影を見送りながら、アルベドは強く両手を握りしめた。

 

「…ええ、分かっているわ、デミウルゴス」

 

 どこか強張ったその声は、誰の耳に届くこともなく暗闇に溶けて消えていった。

 

 




一応これでアルベドさんとの問題は一段落です。
アルベドさんはこんなに弱くないよ!っていう意見とかあるかもしれませんが、本当にすみません私の文章力ではこれが限界です……。
戦闘シーンでの特殊技術や魔法は殆どがオリジナルですので、あしからず。

*今回のアルベドさん捏造ポイント
・〈マジック パリィ〉;
物理攻撃や矢を跳ね返す特殊技術があるなら、魔法を跳ね返す特殊技術もあるだろう!という感じで設定した捏造特殊技術

*今回のウルベルト様捏造ポイント
・〈使役魔獣・召喚〉;
フレズベルク、ガルム、ニーズヘッグを召喚する召喚魔法。詠唱者のレベルによって一度に召喚できる数や魔物が決まる。主に前衛や守護、騎獣、情報収集に使役する。レベルは三体とも90台。
・魔の壺;
特殊技術で創造できるレベル30台の悪魔。MP30%を消費(媒体に)して作る。媒体にした魔力を爆弾に、自爆という形で攻撃する。
・〈合わせ鏡〉;
幻術魔法。自分、或は対象の偽物(幻術)を三つ作り出す。攻撃などはできず唯の目くらましだが、スキルや魔法で見破ることはできない。
・〈神の裁き〉;
第10位階の電撃魔法。対象を追撃する一直線の雷。着電した対象は内側から電流で焼き尽くされる。耐えたとしても強い麻痺(痺れ)が残る。
・〈牢獄の茨〉;
設置(罠)魔法。対象者が設置場所を踏んだ瞬間、魔方陣が発動して赤黒い槍が対象者を襲う。ダメージは一切ないが、当たれば100%対象者を一回拘束できる。
・〈深淵の帳〉;
職業:幻術師の特殊技術。一つの魔法詠唱に対して20分の完全不可知化。魔方陣も魔法詠唱も魔力も、全て知覚させない。
〈重奏狂歌〉;
職業:魔術の神王の特殊技術。三つまでの魔法を同時に詠唱でき、詠唱中に動き回ることも可能。ただし消費するMPは1.5~2倍になる。

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