「これで……よし」
悠士は取り出した参考書を卓上に並べると、入っていたダンボールを丁寧に折り畳んだ。
立ち上がり室内を見回す。今朝、実家から届いた荷物によって散らかっていた室内は大部分が片付いた。時間を確認すると12時30分。そんなに時間はかからなかった。
荷物は先程の参考書や文房具など学校生活に必要な物。教科書は転校する学校に合わせて購入するので一部を除いて置いてきた。その他は衣類や日用品など、あとお気に入りの漫画を少し。
元々後から届くようにした荷物は必要なものだけで、大荷物にならないようにしたのだから、早々に片付いて当然と言えば当然なのだが。
ふと、開けっぱなしにした入口のドアから視線を感じて振り替えり、悠士は思わずビクリとする。
そこには白い毛むくじゃらの犬――高海家の愛犬〈しいたけ〉がいた。
しいたけはのそのそと部屋に入ってくると、部屋の中を一瞥――いや、しいたけはその立派な毛並みで目が覆われているため、実際に見られていると分かった訳ではなく、自分の主観による推測ではあるのだが――、多分一瞥すると、ふいっときびすを返して、またのそのそと部屋を出ていった。
(なんだったんだ……)
おもわず深く息を吹き出す。体が緊張していたようだ。
ふと顎をさするとチクリと痛んだ。犬は嫌いではなく、むしろ猫より犬派である。しかし昨日の一件以来、しいたけは苦手になってしまっていた。
昨日、千歌とコンビニから帰宅して少し後、千歌の「もう一人家族を紹介するね」という一言に誘われて、悠士は外へ向かった。
そして外に待っていたのは、彼女の姉である美渡と白い大型犬だった。
「家族ってもしかして、あの白い犬?」
「そうだよ」
千歌は言った。
「名前はしいたけ。しいたけー!お帰り!」
「しいたけ……?」
奇抜な名前に怪訝な顔になる。千歌はしいたけに駆け寄り、その頭をわしゃわしゃと撫でた。
「でも俺、昼間は全然気づかなかったな…… 」
「今日は昼間、病院に連れていっていたからね。さっき帰って来たとこ」
千歌と入れ替わりに隣に来た美渡が言った。
「どこか具合が?」
「いや、いたって優良。今日の目的、健康診断の結果さ」
「なるほど」
ふと難病でも抱えているのかと心配になったが、杞憂だったようだ。
悠士もしいたけへと近づき声をかける。
「こんにちは。しいたけ」
「しいたけ、この人は青井悠士君。今日からこの家に住むから。しいたけも仲良くしなよ」
「よろしくね、しいたけ」
悠士は千歌に聞く。
「撫でても良いかな」
「もちろん」
ご家族の承諾を得たところで、その白い毛並みに手を伸ばす。
「おぉ、ふかふか」
見た目に違わない心地よい手触りに、撫でる手が止まらない。しいたけも嫌がる素振りは見せなかった。
千歌が笑顔で言う。
「ね、かわいいでしょ」
「うん。かわいい……」
千歌を見てそう言いかけたところで、ぐいっ、視界が回転。気付くと空を見ていた。
(あれ?)
背中に当たる地面の感触。胸部に感じたずしりとした荷重。視線をちょっと下に向けると
「ハッハッハッハッ」
思いの外つぶらな瞳と目があった――次の瞬間、ベロっと顔を舐められた。
「うぉっ!?」
続いて、舐める、舐める、噛む、舐める。
悠士はしいたけに押し倒され、顔を蹂躙された。
「イダっ、やめっ……うゎ!」
必死にもがいてもしいたけは退けられない。何てパワーだ。
「きゃあっ、しいたけ、やめなさーい!」
慌てて駆け寄ってきた2人に何とか引き剥がしてもらう。尻餅をついたまますかさず後退。距離をとる。
二人に引き剥がされたしいたけは、先程までが嘘のように静かにおすわりしている。
「なっ、何……がっ……」
「大丈夫!?」
千歌が悠士に駆け寄って言った。
「怪我とかしてない?」
「あぁ、うん、大丈夫……かな」
ヨダレでベトベトになった顔に触れる。顎に触れたときチクリと痛んだが、それ以外はなんともないようだ。
「あっ!顎のところ赤くなってる。と、とりあえずタオル取ってくるね!」
そう言うと千歌は十千万へと入っていった。
美渡が言った。
「驚いたよ…。普段大人しいこの子があんなことするのを初めて見た」
その後二人から「こら、駄目でしょ!」としいたけは叱られたが、相変わらず大人しいままだった。
特に怪我したわけでも無く、その後何回かしいたけに近付くことはあっても何もされなかった。けれども、姿を見るたびに何となく身構えてしまう。
(でも、できるだけ仲良くしないとな……)
あの後千歌達からしいたけとの思い出話を聞いて、家族に大切にされていると知った身としては、完全に嫌いになれずにいた。
****
「志満さん。沼津まで制服を受け取りに行ってきます」
悠士は旅館のカウンターで事務作業をこなす彼女に声をかけた。
「高校の方にも挨拶をしてくるので少し遅くなるかもしれません」
「分かりました。荷物は片付いた?不足しているものとかは無い?」
「はい。後は制服と日用品が少し欲しいかなと。だから一緒に買ってきます」
「一人で大丈夫?」
志満が本当に心配そうに言うものだから悠士は苦笑してしまう。自分だってもう16歳なのだからそこまで気を使われると逆に困ってしまう。
「大丈夫です、前に一度行っていますから」
長居はしなかったが、高校入学の手続きと、制服の採寸のために一度沼津市街へは訪れている。
「そういえば、多分千歌ちゃんも沼津にいるから、何かあったら連絡してあげて」
「沼津に?」
「お友達と遊びに行ったみたい」
「分かりました。何か困ったら連絡します」
悠士は志満に挨拶をすると、沼津行きのバス停まで向かった。入口でしいたけと出くわしたが、やはり何もされなかった。
バスは40分あまりで、沼津駅に到着した。悠士は最初に転校先の高校へと向かった。
高校では、これから担任になる先生へ挨拶をした。担任は40代の男性教師で担当科目は英語だそうだ。少し熱血気質な先生で、「親元を離れて大変だろうが、頑張っていこうな!」と執拗に肩を叩かれた。
挨拶を済ませると次は高校の制服を受け取りに、市街の服飾店へと向かった。
店に着くと、店内から女の子が母親と共に出てくるところだった。
ショーウィンドウには『取扱――浦の星女学院――』と、リストに表記があったので、もしかしたら彼女は内浦へと通うのかもしれないなどと考えた。
店内に入ると女性店員が2人いて、そのうち一人が「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。注文していた商品を取りに来た旨を告げ、注文書を渡す。
店員は「青井様ですね、少々お待ちくださいませ」と言い、店の奥へと向かった。
数分程度で店員は紙袋とハンガーに掛かった制服を抱えて戻ってきた。「ご試着していかれますか」と聞かれたので、「はい」と答えると奥の試着室まで案内された。
店員から制服と一緒に注文していたワイシャツを受け取り試着室に入る。転校先の制服は黒の詰め襟だった。前の学校で着ていたブレザーの制服は既に少し小さくなっていたが、この制服はついこの間の寸法で作ってあるため、サイズに問題はなかった。ただ少しウェストに余裕を持たせて作りすぎたのか、緩く感じた。
ベルトで問題ないか念のため確認しようと試着室を開けて声をかける。
「すみません。ベルトを……」
「わぁ、似合うねー悠士君」
「黒い詰め襟かぁ、いいなぁ!」
「……?」
そこには何故か千歌と、目を輝かせた見知らぬ女の子がいた。
「
服飾店で制服の受け取りを済ませた後に悠士、千歌、そして彼女――曜の3人は沼津駅前の商店街にある喫茶店へと来ていた。
千歌曰く、この喫茶店はコーヒー以外のドリンクの種類も多く、コーヒーが苦手な彼女でも平気とのことだ。
「青井悠士です。よろしく」
曜は明るく快活な雰囲気の子で、悠士にも気さくに話しかけてきた。千歌とはまた別の明るさを持った感じの子だ。
悠士は聞いた。
「渡辺さんも浦の星女学院の生徒?」
「そうだよ、千歌ちゃんと同じ1年……ってもうすぐ2年生だね」
「曜ちゃんとは小さいころから友達で学校もずっと一緒なんだよ」
千歌と曜は顔を見合わせて「「ねー♪」」と言った。
二人は傍から見ても確かに大親友、といった感じだ。
「でも千歌ちゃんから聞いてびっくりしちゃった。千歌ちゃんの家に引っ越してきた人いるなんて」
「私だってびっくりしたよ!志満ねえも美渡ねえも、前もって教えてくれなかったんだから」
千歌は不満そうに、注文したオレンジジュースをすすった。悠士も苦笑をする。確かに、昨日はそれでひと悶着あったばかりだ。
曜が悠士に向き直って聞いた。
「この時期に転校だなんて青井君も大変だね」
「まぁ、両親の都合もあったから仕方ない。でも、高海さんの家が預かってくれて助かった」
「どこの高校に通うの?もしかして
「そうだけど、良く分かるね」
自分が以前調べたかぎりでは、駅周辺の市街地には他にも高校が何校かあったはずだ。それに制服には校章のバッジもまだつけていなかった。
「えーと、家がこの辺に近いし……このあたりの学校で詰襟の制服はそこだけだったから」
なぜか曜は少し照れくさそうに答えた。
悠士は先ほどまでのことを聞く。
「けど、二人は何であのお店に?」
先ほどの服飾店はフォーマルな服や学校の制服を取り扱うお店で、女子高校生二人が休日に買い物に来るお店だとは思えなかった。
「制服のリボンを受け取りに行ったからだよ」
曜は言った。
「浦の星制服にリボンを付けていて、そのリボンの色が学年別に違ってね。一年は黄色、2年生は赤、3年生は緑色」
すると彼女は先ほどの服飾店の紙袋から、真っ赤なリボンを取り出して見せてくれた。
千歌が胸を張って得意げに言う。
「私たちも、1年生から2年生に進級したからね。黄色から赤へ無事変われるわけです」
「夏服も1年生と2年生で違うの。今度作りに行かないとね、千歌ちゃん」
「へぇ、夏服まで……随分こだわりがあるね」
と、悠士は感心して言った。
女子高だからできることだろう。男子が毎年制服を変えるなんてことになったら、面倒くさいという理由で非難ごうごうだ。
千歌が言う。
「志満ねえから連絡が来てたんだ『悠士君が沼津に行ったよ』って。曜ちゃんに聞いたら高校の制服のお店はあそこだろうって言うし、もしかしたらなーって思って行ったの」
「試着中にばったり会うとはねー」
彼女たち二人は顔を見合わせて笑った。
そんな二人をよそに、悠士は志満さんから余程心配されていると改めて分かり、そんなに頼りないものかと少しへこんだ。
「けどせっかくがこっちに来るなら、悠士君にも曜ちゃんの飛び込みを見てほしかったな」
千歌は残念そうに言った。
「飛び込み?」
「私、高飛び込みをやっていて、今日は午前中に練習があったんだ。その応援に千歌ちゃんが来てくれたの」
曜は嬉しそうに言った。改めて見ると彼女の髪はいくらかしっとりとしている。
悠士は感心した。以前本で読んだ程度の知識であったが、飛び込みは踏切、空中演技、入水まで非常に高度な技術が必要とされ、何よりあの高さから水面に向かって飛び込む果敢な勇気が必要な競技だ。
「凄いじゃないか、あれ本当に大変な競技だろう?」
「そんなことないよ」
曜は謙遜して言ったが、代わりに千歌が「そんなことなくない!」と興奮して言う。
「曜ちゃんはほんとに凄いんだよ!大会ではいつも優勝や上位入賞で!今日だってあの、前逆宙返り3回半抱え方!かっこよかったなぁ」
「それ、相当高難易度な技じゃないか!」
悠士は驚いて言った。
記憶している限りでは、3回半抱え方でも難易度が高い技だった。それを前逆さ――あの高いプラットフォームからバク中の様な形で飛び込むのだ。悠士にはとても信じられなかった。
「怖くないか、前逆さ飛びって。プラットフォームに頭をぶつける危険だってあるだろう?」
「うーん……確かに初めは怖かったかな。でも練習しているうちに段々と慣れてくるよ」
「慣れるとは思えないなぁ……。あと水面って本当に回転中に見えるのかな?回転しながら着水の瞬間に飛沫を立てない様に気を遣うなんて、信じられないんだけど」
「ノースプラッシュのこと?」
「そうそれ」
「うーん、見てもいるけど、感覚もあるよ。体で覚えるっていうのかな、何回も練習しているうちにこのタイミングをつかんで、できるようになるよ」
「曜ちゃんの入水いつもきれいだもんね」
最後に千歌がそう付け加えた。
悠士はひとしきり感心するしかなかった。こともなげに曜は言うが、それは彼女の才能と、血のにじむような努力の成せる技なのだろう。
「けれど、悠士君って飛び込みに詳しいの?」
曜は意外、といった様子で悠士に聞いた。
「ごめん。詳しくはない。前に本で読んだことがある程度で」
競技を実際に見に行ったことは無くにわかの知識だった。けれども彼女が本当に凄い人物ということは良く分かった。
千歌が言う。
「じゃあ、今度一緒に応援に行こうよ!」
「渡辺さんさえ良ければ俺も行ってみたいな」
「良いよ!飛び込みのこと知っている人は少ないし、そう言ってくれると嬉しいかな」
曜は微笑んでそういった。
その後も彼女達は今日の午前中の練習の様子を話してくれた。会話の最中で千歌はしきりに曜のことを褒めていて、悠士はそんな二人の仲の良さが少し羨ましく思った。
「ちよっとごめんね」
ひとしきり会話を終えると、千歌はそう言って席を外し曜と二人きりになる。
すると彼女は「ちょっといいかな」と悠士を手招きした。
何だろうか――悠士は少しだけ彼女に身をよせる。
「実は青井君にお願いがあって…」
おずおずと小声で言う彼女は思いの外顔を近づけてきた。少し伏せた瞳と目が合い、思わずどきりと心臓が跳ね上がる。彼女の少し濡れて艶めいた髪からはちょっぴり塩素の香りがした。
「後でもう一回制服見せて欲しいの。できれば着させて。お願い」
「……はい?」
予想外のお願いにすっとんきょうな返事になる。
「浦の星って女子高でしょ?浦女の制服も可愛いけど、黒い学ランを間近に見る機会はなくて」
「……なるほど」
「だからお願いします!」
曜は両手を合わせて頼み込んだ。
悠士には特に断る理由も無いので、そのお願いを承諾する。
「ありがとう!」
曜は満面の笑みで言って、一安心とばかりにストローでジュースをすすった。
「どうしたの?」
千歌が席に戻ってきて聞いた。
「何でもないよ、私もちょっと外すね」
そう言うと、今度は曜が居なくなり、千歌と二人になる。
悠士は肩を落としてすっかり冷たくなったコーヒーを口にする。最初にどきりとさせられた分、お願いの内容には正直気落ちした。何に期待したのかと言われれば、勝手に興奮したこちらが馬鹿なのだが。
千歌にそんな様子を見抜かれたのか、不思議そうにこちらを見る。
「どうかしたの?」
「あー……いや」
悠士は一応気になった点を聞く。
「渡辺さん、服とか好きなの?」
「んー?好きだね」
「なるほど」
制服を見せてというのは意外だったが、高校生の女の子なのだから服飾に興味があるのは当然とも思えた。
その後、今日は千歌の家にお泊りをするという曜と一緒にバスで十千万へと帰宅した。
****
夜、自室で読書をしているとコンコン、と扉がノックされた。
「青井君、今大丈夫かな?」
曜の声だった。
「どうぞ」
「失礼します」
知り合ったばかりの彼女が一人で自室に訪れたのは意外だった。夜にどういった用だろうか。
「えっと、どうかした?」
「えへへ、制服を見せにきてもらいましたであります」
彼女そう言うと、なぜか敬礼のポーズ。そういえば昼間約束をしていたのを忘れていた。
「ああ、そういえば。ちょっと待って」
悠士はそう言ってハンガーラックに掛けた制服を取りに行く。
「部屋、きれいだね」
「それはまぁ、来たばかりで……はい、どうぞ」
「わぁ、ありがとう」
曜は制服を受け取ると,ぐるりと一瞥。その後裾をつまんだり、襟をめくったりしてじっくりと観察し始めた。かなり真剣に見つめている。
「そんなに珍しい物?」
「うーん。珍しいといいますか、きちんとした制服はやっぱり細部までしっかりしているよね。コスプレとかで作ろうと思うと……」
「コスプレ?」
思わず聞き返す。
曜はハッとこちらを向いて少し赤くなる。彼女は少し狼狽しながら答えた。
「制服!制服が好きでね。特に仕事で着てる服……船乗りさんが着ているものとか。詰襟ってさ、海上自衛隊の人が着ている服に似てるよね?だから余計に気になったの」
「白い詰襟のやつ?」
「そうそう」
服が好きとはいえ、彼女がそういった趣向を持っているとは想像していなかった。誰かから影響でも受けたのだろうか。
すると彼女はまた制服をしげしげと見始めた。曜はポケットからスマホを取り出してこちらを見やった。撮っていいかと聞いているのだろう。悠士は両手で「どうぞ」のジェスチャー。彼女は制服を壁にかけ、正面と背中側から何枚か写真を撮った。
「青井君。着てもらっても良い?」
「……いいよ」
少しばかり悩んでから答える。人に見せるために着替えるというのは少し恥ずかしかったが、彼女が制服好きなことを話してくれた以上、断るのも何だか悪い。
曜から制服を返してもらい、上着の袖を通す。中はワイシャツではなく普通のTシャツなので一応見えないように一番上のボタンまできちんと閉めた。
次に彼女はズボンを手渡してきた。悠士はそれを受けとり履こうとして一時停止。彼女は相変わらずこちらを見たまま。
悠士は気まずそうに曜に言った。
「あのー、渡辺さん?」
「何でありますか」
「見られていると、流石にズボンは着替えにくいというか……」
「あっ」
彼女は慌てて退出。部屋のドアを閉めた。
悠士はサクッと着替えて、扉の外の彼女に声をかける。
再び部屋に入ってきた彼女は、自分を――正確には自分の着ている制服を再びじっくりと見る。やはり少し照れくさい。
「この状態で写真を撮っても良い?」
「えーと、良いよ」
もう何でもござれだ。
再び彼女はスマホのカメラで写真を撮影しだす。
「コス……いや、さっき言っていた船員の制服だけど、そういうの着ていたりするの?」
「家とかで、ちょっとね?」
曜は恥ずかしそうに答えた。
悠士は彼女が自宅の鏡の前で白い詰襟に身を包み、くるりと回転する姿を想像した。
(けれどまだ、高校の制服姿は見てないな)
昼間、喫茶店で見せてもらった赤い制服のリボンを思い出し、そう考えた。きっと容姿端麗な彼女は何を着ても似合うだろう。
「その……上着だけ着てみても良い?」
曜がおずおずといった様子で言った。
「どうぞ」
悠士は上着を脱いで彼女に手渡す。曜は嬉しそうに制服に袖を通した。
「あはは、さすがにぶかぶか。青井君って結構背が大きいよね」
「そうかな」
「ほら、こんなに」
彼女はそう言って悠士の前で余った袖をぶらぶらと揺らした。
丈や肩幅、袖などいろいろなところを余らせて服を着る彼女は何だかとても幼く見えて愛らしかった。
(“彼女”ができたらこんなこともあるのだろうか)
と、考えていると曜と目が合い――彼女はにこりと微笑んだ。
悠士はカッと顔が熱くなるのを感じ、思わず顔をそむける。
「どうしたの?」
曜の疑問の声。悠士は必死に言い訳を探し――目覚まし時計が目に入った。
「いや、今何時かなって」
「あ、あんまり遅いと悪いよね」
気がつくと曜はすでに上着を脱いでハンガーに掛けていた。
「ありがとうございました」
「あ、ああ。お疲れ様……」
終わってしまうと,それはそれで残念だった。
(写真、撮らせてもらえばよかったかな……)
今更もう一度着てください、と頼む勇気はさすがになかった。何だか今日は、彼女に一日中動揺させられた日だったと思う。
「青井君ありがとう。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
帰りがけに机上にある読みかけの本に気づいて曜は聞いた。
「何の本読んでいたの?」
「素敵な漢って本だ」
「……なにそれ」
読了ありがとうございました。