Fate/kratos 第四次聖杯戦争にクレイトスを招いてみた   作:pH調整剤

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動脈

ウェストミンスター宮殿の大時鐘が荘厳な音を響かせる。

ちょうど午後八時を回った頃であった。

人気が疎らながら、人口八百万を誇る大都市ロンドンも、もうすぐ眠りに付こうとしている。

大きな出来事を置き去りにして。

 

時計塔が本来の機能、本来の占有者の姿を知る者は少ない。

街を闊歩する住人たちも、顔に深い皺を刻み込んだ古老も知らぬ、秘密のベールに閉ざされた時計塔。

その最先端で最新な、古来より世俗から隔離された、建築物の廊下でにわかに、影が一人が疾り冷たい靴音を響かせていた。

―――名は…。

 

弾き空けられたドアが老朽の悲鳴を上げる。

「遅いですぞ、ロード・バルトメロイ!アナタから呼びつけたのでしょう?」

「申し訳ありません。道に迷いました」

長い年月、人の進入を許さなかった証の舞った埃を払いながら、円卓席の上座に着いた。

 

道に迷ったということが、方便であることにはこのホールに呼びつけられた誰しもが瞬時に理解した。

否、この女が忘れるものか、と。

その通り、女帝の説明は真っ赤な嘘であり、彼女の脳がこの程度の記憶ミスをするわけがない。

いくらこの円卓室がこの数百年で数度としか使用されなかった、隠し部屋である事実を無視してもだ。

そう、苦虫を噛み潰したような顔で、出席者は忌々しく胸中で唾を吐いた。

 

「幾分使わなさ過ぎた部屋ですので、埃が酷いですね。まぁ事後連絡ですぐ終わるのでお気になさらず」

もう連絡は全て終わった如く、顔周りの空気を払いながら言い放つ。

「アナタ方には本来関係の無いことですから」

女帝は軽く、唖然とする出席者の顔を一瞥すると、ロードはバルメトメロイを除けば誰一人いない事に気付いた。

 

全て学部の代理参加である。階位を比較すれば、色位が順で最高権力者であった。

――成る程。何故、名前が浮かんでも顔が一致しないのかよく理解した。私の記憶力の減退ではなくて安心だ。

無駄な瑣末情報をまったく記憶しない己の脳の仕様を今更、バルトメロイは一人ごちる。

 

「関係が無いのなら、わざわざ呼びつけないで頂きたい!」

憤慨する一人を顔をまじまじ眺めると、階位と顔の造詣は一致するものだと勝手に感心するバルメトロイ。

「それは失礼しました。確かにアナタ達は無用な長物ではなく、一時的な連絡役の部品としての価値は十分評価しています」

 

火に油。爆薬に火。

悪意からではなく純粋な好意からの煽りであった。

当然の如く一斉に立ち上がり、怒り狂う寸前…。だが、一同は怒りよりその言葉に凍りついた。

「時計塔院長を代理して魔導元帥より下名します。我ら魔術教会はこれより本時間より、無制限の戒厳令を布告。規定に従い厳戒態勢を取って下さい」

一気にホールが動揺とざわめきに支配された。

「な、何故ですか!?」「まさか、聖杯戦争の所為ですか!」「馬鹿がそんな訳ないだろう、第三次クラスでも布告されなかったんだぞ!」

各々、爆発したように事実を求めるがため口を動かす。

 

その狼狽ぶりはまるで核ミサイル発射に脅える民衆のよう。

「静粛に」

かき消さされるほどの声量だったが、鞭を打ったようにホールが凍る。

「聖杯観測所の詳報によると、五十万四百三十四個分に相当する聖杯が冬木市にて観測されました」

「今までの最大クラスの超大型聖杯です。今回で四回目ではありますが、これを受けて聖杯戦争の無制限凍結。及び小聖杯の確保が優先事項となります」

衆目の衝撃とは裏腹に天気予報を伝えるが如くだった。

 

「過去のイースターエッグの玩具と比べると些か悪ふざけが過ぎますね。火遊びで世界を崩壊させてもらっては困ります」

円卓席の一人が死期間近のような表情で弱々しく尋ねた。

「で、私たちはどのように…?」

「もう既に下しました。先遣隊は飛んでいるはずです。繰り返しますが、アナタ達には関係ありません。連絡だけお願いします」

 

「私たちの仕事の邪魔ですから」

そう言い終えると、女帝は手を翻し、ただ置物となった魔術師の詰める部屋を後にする。

埃臭い酸素を脱して、新鮮で冷えた空気が肺を通すと思考が透明になって気がした。

そして、場合によってはクロンも動かさねばならないかと沈思しながら再び廊下を往く。

重い鐘の音が響いた。

その音色は果たして、世界への滅亡の一篇か否か。

 

 

~~

蟲が蠢く。どこに?体に。

手のひらに。腕に。肘に。

太ももに。足に。足指に。

 

まるで蜜に集る昆虫綱。まるで死骸に群がる蟻。

例え方は幾らでもあった。

ただ人体でここまで蠢いてるのに、何故ここまで何も感じないのだろう。

生理的嫌悪も、鋭利で脚部で蹂躙される痛みも。

何も無い。

 

良く目を凝らせば、視界が黒い。目の霞ではなく、物体が目を覆っている。

ごりっと、頭蓋骨に音が伝わった。目に蟲が入り込む。

眼球を突き破って、眼窩を通り抜けて、するんと頭の下に落ちた。

少しづつ蟲が溜まっていくような重みはある。

 

痛みは無い。何も感じなかった。

 

――おじさん。

 

聞き覚えのある甘い声が脳天を刺さったように、反響し木霊した。

痛い。体中で蟲が肉を啄ばむ。

不感だった体が火を帯びたように。

――燃えて弾けた。

砕かれるような、肉を切り落とされるような。比喩が浮かんでは、それを通り越す激痛が暴虐を爆発させる。

「痛い!誰か助けてくれェ!」

叫べども、泣けども誰も手は貸さぬ。声を聞かぬ。

 

――雁夜君。

 

また声が聞こえた。

帳に包まれた視界が光を再び得て復活した。

もう痛みもない。完全に激痛の拷問から開放されたのだ。

春の日差しのような暖かな木漏れ日が眩しい。

 

「――さん!俺やったよっ!――したんだ!もう――なくていいんだ!」

 

皆どうして俺を変な目でみるんだろう。何故、笑ってないんだろう。

そういえばなんだか、目もおかしい。

まるで万華鏡のように、三人の顔が無限に反射していた。

多数のテレビが一斉にチャンネルを変えたように、沢山の三人が困った顔をしている。

 

「ミロカリヤ」

 

気付いた。複眼だ。

 

手を近づけた。

 

触覚。

 

蟲だ…。

 

 

「があああああああああああああああああっ!!」

 

己の絶叫に驚愕した。

そして身体が融点を持ったような灼熱の地獄に耐えかね、また絶叫をした。

 

「がああああああああああああああああああああああああああああ!!」

痛いとはあくまで生存状態の五感である。

呼吸するたびに蘇生と死を繰り返してると断言してもいい、激痛を殺す激痛はある意味では、至福であり地獄の底辺であった。

 

「ギャーギャーと喧しい。耳が遠くなったワシでも鼓膜が破れそうだわ」

 

滝のような汗で濡れた顔を向けると、騒音に悩む老人が佇んでいた。

「ジジィ…何で…聖杯戦争は?というかここどこだよ…」

「ついに自分の家すら忘れたか。こりゃ重症じゃな。ワシより早くボケてしまうとは我が倅ながら情けない…」

なるほど。ここは俺の部屋だ。今気付いた。だが俺の手に付いてる金属は…。

雁夜の言うとおり備え付けのベットには不釣合いの装置であった。

足と手に四個づつ杭から伸びたチェーンが装着されている。

「何だよこれ…」

 

「お前が激痛で暴れるからだろうに。こうでもせんと背骨を自分の手で折ってたわ。たわけめ。」

 

そう聞くと有難い施しだったが、長時間拘束されていた事で残りわずかな筋肉が固まって酷い苦痛だった。もちろんアレに比べるなら、痛みの内にはカウントされないだろうが。

 

「それより…ジジィ。体の痛みが通常より酷い。耐え切れないどうにかしてくれ。」

流石に音を上げた雁夜の苦悶顔で少しばかり愉悦を堪能した、臓硯だったが、困ったようなな顔で返した。

 

「だがのぉ。貴様あらかじめ、渡して置いたあの薬は使ったんじゃろ?」

あの薬とは癌患者用の鎮痛薬である。

臓硯の計らいで戦闘中の支障をきたさないように、持たせて貰った薬物ではあるが、雁夜は既に用法量超えており、通常の肉体なら死の瀬戸際に立つ服用をしていた。

 

「あぁ…まぁな」

 

「じゃあ無理じゃの。死にたくないなら諦めろ」

 

「おいマジで頼む…違う意味で死にそうだ…」

 

既に哀願する雁夜を楽しむ臓硯の娯楽化していたが、ふと何かに思いついたような表情から一変、喜色満面の邪悪な顔に変貌した。

「しょうがないのぉ。可愛い可愛い倅の頼みだからなぁ。無下に突っぱねるほど精魂が冷えたわけでもない」

「ほれ、負荷中の負荷の端っこじゃ。有難く飲め」

 

臓硯の腰が意思を持って自らを引き千切るように跳ねると、四肢が分裂して触手のような機関現れた。

手腕代用の機関は、極小の錠剤を器用に掴むと、瞬時に雁夜の口元を目掛けて、喉に差し込んだ。

「んんんんんんっ」

「我慢しろ、お前もう固形物は喉を通らんのだろう。胃まで届けてやらねばなるまいて」

「おっごおごごごお」

 

引き抜かれた触手でも、えづきながら、無理やり胃に突っ込んだ薬剤が効果を発現し始めたのか、次第に体の激痛が潮が引いたように霧散していく。

 

「効いてきたか?」

 

「あぁ…普通の状態がこんな極楽なんて…」

 

「だが面妖じゃのぉ」

さも不自然が起こった如く、臓硯が首を傾げる。

その姿はある種、わざとらしく見えるだろう。当然。わざとである。

 

「何がだよ」

 

「死体が痛覚を持つなど、なかなかユニークだとは思わぬか?雁夜よ。どこぞの学術者が喜んで欲しがりそうな検体だと思うの」

綺麗に生えそろった歯むき出しにして、渇いた地面の皮膚が歪んで、狂笑する顔は、まさに悪魔としか形容できぬ生理的嫌悪であった。

 

「はぁ?だから刻印虫が俺の代わり生命機能を維持してるって話だろ。タコが出来るほど聞いた」

 

それに引きつっていたが、痛みが取れて余裕が出てきたのか少々苛立ちを隠せずに居た。

それもそのはず、臓硯の物言いはまるで…雁夜が化け物のような言い草だったからだ。

 

「刻印虫は死体を維持せぬ。死骸に変わったら蟲の餌にしかならん。それもそのはず、刻印虫は死体を生かすのではなく、死体に近い生者を命を繋ぐのが役目であり、魔術回路の新設は副産物」

 

「例えるなら刻印虫は自転車の補助輪…前輪がパンクしようが、進もうと思えば進めるだが前輪、後輪が潰れればどうやって進む?何故走れる?生理学に反しようが、あくまで補助は補助…完全に死滅したら直すものも直せない…」

 

臓硯は芝居ぶって部屋を散歩する。

 

「何が言いたい…吸血鬼」

 

 

「なぁ雁夜よ。人は何を持って死と定義する?」

 

「医学的見地言うなら、脳死…小脳及び大脳、脳幹の死滅。心拍停止呼吸停止で血液循環が内臓に行き渡らぬ長時間停止…」

 

「これでもまだ一部には死ではないと否定する一派も居るみたいじゃが…脳は半分で生きられるのかのぉ?」

 

俺の脳みそ…?

 

背に冷たい物が走った。頭部を恐る恐る触れて確かめる。

とりえず頭に穴は開いていない。

 

「カカカカカカカカカカカッ、頭に穴なんて空くか、普通っ!」

 

「冗談だ冗談」

 

背を叩かれた雁夜はようやくタチの悪いジョークに巻き込まれたと気付いた。

 

「ちょっ!お前っ!」

臓硯の襟首を掴もうと立ち上がるが、軽業で避けると窓の外へ逃亡した。

 

「ほれっ、とっとと栄養剤でも打って来い」

 

一瞬、ほっとしたような、気がしたが、結局短命なのは変わらないのだろう。雁夜は開放された朝の心地良い風に身を委ねると、食事代わりの栄養剤を求めて部屋を出た。

 

屋敷の大屋根に腰を下ろした臓硯は懐より、一枚のプリントを空に透かせると放り捨てた。プリントは風に乗ってどこかに投棄されるだろう。

そして満足げに登り行く太陽に微笑みを投げる。

まだ真の血族とは呼べぬかな。雁夜よ…。

「これを言ったら怒るかのぉ、カッカッカッカ」

どうしても言えぬ、最後の隠し種。この味は俄然時間を掛ければ美味くなると確信する。

 

「ん?」

臓硯の割れた皮膚が、瞬時に殺気の圧を感じ取る。

ルーフを蹴ると宙転すると、背筋に沿って、突風に近い閃光が奔った。

目標は腰を下ろした場所に打ち込まれていたが、臓硯を狙った獲物が未だに衝撃で上下に振動していた。

そして、役割を終えた剣が砂のように消失すると、黒色の柄が音を立てて坂を下り、庭に落ちる。

だが、寸前で臓硯は自分を狙撃した殺意の証拠を足で拾い上げた。

 

そして、まじまじと観察する。

「なるほど。聖堂教会が何の用か知らぬが、警告の意か。こんな無言の圧力では禄に会話も出来ぬ様子とは見た」

再び圧が複数の圧が臓硯の背を刺す。

軽く数えれば、三十前後。屋敷を完全に包囲して円形の方陣を組む万全を期す有様である。

「この老人をここまで苛めてくれるとかなかなか可愛い奴。どれ挨拶でも…」

だが臓硯の遊びはすぐに中断されることになる。

聖杯戦争の全マスターを含めた、統一した驚愕、脳を撃ちぬかれたように。

 

教会に設置しておいた、使い魔を通じて。聖杯戦争に参戦する、全魔術師に向けられた放送はもちろん雁夜にも伝わった。

 

「――第四次聖杯戦争はこれの時をもって終結とする…」

 

 




エターしたと思ってた?残念帰ってきました!
変な言い訳するのも嫌なんで、率直に言うと飽きました。
ですが久々に覗いたら、まだ待ってくれているお気に入りの数に感謝と意欲がムクムクと沸いてきて、いつのまにかキーボードを叩く姿が!

かなり不定期ですが、気長にやろうと思います。意欲が続くまで

途中怪しい描写がありましたが、僕は腐女子でもホモでもありません(マジギレ)

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