サン=サーラ...   作:ドラケン

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兆しの鈴音 黒い拳士 Ⅱ

 ものべーから転送されて、望達は平原に降り立った。迫り来る鉾の反応を感じ取った為である。

 一同の表情は硬い。前日グルン=ドラスによって、旧アイギアの友好国だったパズライダ共和国が攻め滅ぼされたとの報せが入ったのだ。

 

 数百年に及ぶ友好国だったその国は、鉾の侵攻によって僅か四日で陥落したという。連綿たる歴史に裏打ちされた軍事力ですらも、永遠神剣の前には無力だった。

 

「本当に、宜しいのですか?」

 

 カティマは問うた。コレが最後の確認。

 

「何言ってるんだよ、カティマ。俺達はもう仲間なんだ。だから、一緒に戦おう」

「望……」

 

 望の力強い言葉に、彼を見遣る彼女の瞳に喜色が充ちていく。

 

「そうです、もう一蓮托生です! 『わ・た・し・た・ち』っ!」

「もう一人でなんて行かせないわ。『わ・た・し・た・ち』が一緒なんだからね!」

 

 そんな彼女の様子に不穏なモノを感じて、希美と沙月は二人の間に身を滑り込ませた。

 

「希美、沙月殿。本当に、本当にありがとうございます」

 

 内心など露知らず、カティマは感極まった言葉を紡ぐ。

 

「我々が貴方方に出会えたのは、まさに天命だったのでしょうね」

 

 ほぼ同時に頭を下げるカティマとクロムウェイ。その背後には、陣形を整えた反乱軍の主力部隊が待機していた。後は、号令を待つのみ。

 そこに何処からか現れ出たのは、鴉のような黒尽め。その周囲に浮遊するクリスト五姉妹の姿。

 

「……会長、周囲に鉾は居ませんでした。それと、悪い知らせですけど辺りの街はグルン=ドラスの制圧下です」

 

 フードを外して襟巻きを寛げ、眠そうな目のままで空はコピー品の地図を懐から取り出した。それには、『×』の字と青緑赤黒白で色分けされた数字があった。制圧されている街と、鉾の編成だ。

 

「そう、まぁ仕方ないでしょうね。それで、総数は?」

「周囲の街しか確認できてないんではっきりと言えませんけど……最低十八体以上。この後ろに居る本隊の事を考えると気が重いっすね」

 

 溜息をそのまま欠伸に代えると、指先までを鈎爪で覆っているが掌部分や指の第一関節以降は非常に細かいチェインメイルになった、間接の動きを制限しない蛇腹の黛と藍のガントレットに包まれた左手を口に寄せる。

 袖に腕を通さずにマントのように肩に掛けただけの状態の外套はそれによって割り開かれ、覗いたロリカ・セグメンタタの物に似た蛇腹の胸当てと肩当てに『餞別』の品。

 

 それは東南アジア、ベトナムの民族衣装『アオザイ』を思わせるフレアラインの袖を持つビロード地の紺色の上着と、黒いクワンによる武術服。

 マナを精製したエーテルという物質を紡績した糸で紡がれているとの事。戦闘用らしく軽くて丈夫な上、制服のように身体の動きを制限しない。

 

 よく見れば膝から下も金属製の、篭手と同色の脛当てと靴が一体となった鋭角な蛇腹のグリーヴを纏っていた。

 勿論この脚甲も篭手と肩当ても、あの残骸を分解して加工し作り上げた物だ。曲がりなりにもマナ製の鎧袖、生半可なディフェンススキルよりも遥かに強靭だ。

 

 そして何より--左肩に負った、長く太いアジャスターケースと両太股と腰背面にスリングベルトで吊った、小型二つと大型一つの四角形ホルスター。

 

--ってーか、今更だけど制服で戦うとか正気の沙汰じゃねぇな。あんな動きにくいもので戦うとか、テメェの強さに覚えがあるのに一般人を気取ってるナルシーじゃなきゃ無理だね。

 ……いや、そりゃあこの格好も十分に恥ずかしいけどな!

 

「巽、戻ったのですか」

「ええ。只今戻りました姫さん」

「昨日から姿が見えませんでしたが、諜報に行っていたのですね? しかし、いつの間に……」

 

 目覚めてから望達に出生の秘密を話したとの事で、もう隠す必要も無いので大っぴらに『姫さん』と呼ぶ事に決めたらしい。

 特に気に留めた様子も無い彼女はその疑問を口にした。なぜなら、昨日からたった今までものべーは着陸していない。いつ出発したのか、疑問だった。

 

「ええ、何せ空中散歩或いはヒモなしバンジーしてましたから」

 

 つまりは先日朝早くに出会ってから、町まで文句を言いに行ったその後で連絡が入ったのである。『そのまま、諜報をやりなさい。命令よ』と。

 ジト目で見る空に構う事も無く地図を見る沙月。全く気に留めていない。因みにクリスト達は望達より先にものべーから降りて、彼を迎えに行っただけだ。

 

「君とカティマさん、ワゥちゃんで倒した三十もの鉾はパズライダ共和国を攻めた鉾の別動隊だった訳だし……一体どれだけの兵力を蓄えてるのかしらね」

「後から後から、ゴキブリかッて感じですよ」

 

 記された敵の兵力に沙月は辟易した様子で呟く。それは空も同じだ。記しながら、その層の厚さに呆れたモノだ。

 

「あれは一体どういうモノなのか、何処から来るモノなのかは……私達にも解りません」

 

 正体不明の神剣の眷属『鉾』。その総数も、何処から補填されているのかも全くの不明。それこそ、鉾の最大の強み。

 重苦しい空気に拍車が掛かる。そこに、彼の声が掛かった。

 

「……ともかくやるっきゃない、だろ? 先輩、空、カティマ!」

 

 グッと拳を握り、サムズアップを見せた望。かつて、戦う意味を見出だせずに戸惑っていた少年が、だ。

 だが今は違う。今の彼には明確な意志、決意が有る。それこそが『仲間を守る』という意志。物部学園の皆を、反乱軍の兵を。押し寄せるグルン=ドラスの脅威から守り抜く。だからもう、彼に迷いは無い。

 

「「「………………」」」

 

 それに沙月と空、カティマは顔を見合わせた。そして、つい苦笑してしまう。

 本当に情けない話だ、自分達が鼓舞されてしまった。先に、戦う意志を定めていた筈の自分達が敵の数如きに気圧されて。

 

「……そうだな、グチグチ考えるよりも先ずは行動か。そりゃあ、減らさなきゃ減らない」

「ふふ、腕が鳴るってもんよね」

「はい、参りましょう。プロジア文書のある、ミストルテへ!!」

 

----応ッ!!!!!!

 

 カティマの掛け声に、彼等だけでなくクリスト達や反乱軍までもが応えて--天へ拳を突き上げたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 鉾が、門を突破して駆け込んで来る。散開して戦闘姿勢をとった三体は、青と緑と白。

 

「「「---ッ!」」」

 

 その陣形の丁度真ん中に『鴉』が着地した。音も気配も無く降り立ったそれに気付いた時には、既に銃口が青を捉えている。

 

「--征くぞ、【幽冥】」

 

 撃鉄を落とされた拳銃が魔弾を吐く。災竜の息吹が撃ち出されて、迷わず照星に捉えた獲物へ襲い掛かり焼滅させた。

 距離を取る緑と白、そこに--

 

【--捉えたっ!】

【--いっけぇぇっ!】

 

 ルゥの『コールドチェイサー』とワゥの『スレッジハンマー』が、更に引き離すべく放たれた。

 地を走る凍気の刃と光熱の閃光を堪らず回避し、それにより陣形が完璧に崩れた間隙に緑へとゼゥが『ランブリングフェザー』を、最後に残った指揮官の白へとポゥが『イミネントウォーヘッド』を仕掛けた。

 

 これにより陣形の破綻は決定的となる。後は--

 

【--皆、必ず生き残るわよ! インスパイアっ!】

【【【【---了解っ!】】】】

 

 ミゥの足元に拡がった魔法陣が空間に解けていく。その持つ意味、鼓舞のオーラが彼女らの闘志を沸き立たせる。

 

「精霊光結界、発動」

「させるかよッ!」

 

 永遠神剣である杖を振り上げ、抵抗力を向上させる抵抗のオーラである『レジスト』を発動した白に向けて、鉛色の弾を速込めした【幽冥】の引鉄を引く。

 だが一足遅く、完成した光の陣の加護にて『オーラシールド』は鉾壁と化して『ペネトレイト』の捩れた短刃を弾き返した。

 

「--光へ、還れ」

 

 空間に散在する無形のチカラが凝集して、煌めく刃へと換わる。それに舌打ちした空は--ニヤリとほくそ笑みながら、肩に掛けてあったアジャスターケースを放り出した。

 

「--ッ!」

 

 白マナ塊『オーラシュート』が放たれるのと、空がサイドアームとして装備するレバーアクションのライフル『マーリンM336 XLR』をモチーフとした、青黒のクラシカルなレバーアクションライフルを右手に番えてその引鉄を引いたのは全くの同時。

 

 白の命を、黒耀石の如き妖しい美しさを放つライフルの銃口から発射された弾が狙い撃つ。

 鋭利なライフル弾が光の大盾を刔り--オーラで強化されている『オーラフォトンバリア』を貫くには到らずに突き刺さったのみ。

 

「--グッ!」

 

 だが、それで十分。何しろその銃弾の名は『エクスプロード』、炸裂の弾頭なのだから。

 

「貰ったァァッ!!」

 

 弾頭が炸裂し、光の大盾を粉砕した。その粉塵の向こうから飛び出した三つの刃が--空の左手に握られた独特な形の銃器PDW。『マグプル PDR』をモチーフとしたサブマシンガンの三点射、雷速の『イクシード』で迎撃して防がれた。

 そしてライフルの銃本体を回転させてトリガーレバーを操作するド派手なガンアクション『スピンローディング』にて新たな銃弾を装填、コッキングされたライフルでヘッドショットする--のだが、すんでのところで間に合わせた白の光の盾『オーラシールド』に阻まれてしまった。やはり、この銃弾では白の守りを『壊せても』貫けない。

 

「出番だ、気張れよカラ銃!」

【合点承知之助~っ!】

「古いんだよッ!」

 

 そして左に番えられた主兵装の【幽冥】、鉾へと衝き付けられた黒い銃口。その下部に嵌められた爬虫類の瞳を思わせる小さな宝玉が、妖しく虹色に煌めき--

 

【マナよ、災竜の息吹となり敵を討て--】

「っく……!」

 

 どうやらこの個体は随分と神性強化《リーンフォース》を受けたのだろう。『ヘリオトロープ』を『オーラフォトンバリア』を粉砕されつつも堪え凌いだ。

 

「--カ、は……!!」

 

 だが、気付いた時にはもう遅い。空の狙いは決着ではなく、その防御。魔弾を受けた白の戦闘マナの補充が著しく少ない。それが、竜の息吹の追加効果だ。

 そう、空の目的は--新装備のテスト。それだけだ。

 

 白が苦しみ出す。元々が人間の空や、必要とするマナの質が違うクリスト達に大した効果は無いが、純粋なマナ存在の鉾にとっては息が出来ない事と同義だ。もう、『オーラフォトンバリア』の下位防御である『オーラシールド』を展開する事すら出来なかった。

 

「あばよ」

 

 そんな白い鉾に向け、空は再度スピンローディングしたライフルの引鉄を引いたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 頭部を無くした白の完全消滅を確認して【幽冥】をホルスターに戻し、ライフルの方はショルダースリングで担ぐ。

 

「首尾は上々だな……まぁ、まだテスト出来てない物も有るけど」

【くふふ……それにしても、中々良い武器やないどすか? 成る程、旦那はんが躍起になる筈どすわ。まさか、まさかあの旦那はんに……マナ操作の才能と能力ゼロ、肉体も蛋白質のままの旦那はんにディフェンススキルが出来るようになるなんて】

「余計なお世話だ、このカラ銃がァァ!」

【あぁぁぁ~~れぇぇ……】

 

 痛烈な皮肉をくれた【幽冥】を投げ飛ばしたところで、他の鉾を片付けたクリスト達が空の近くに集まって来た。

 

【お疲れ様です、タツミ様】

【まぁ、この程度では相手にもならんな】

【へへ~、どって事無いよね】

【ふん、お調子者】

 

 続々と集結して来るクリスト達、そんな中。

 

【タツミさん、怪我してますよ】

「ん? ああ……」

 

 ポゥの言葉に頬を触れば、右の下顎に裂傷。攻撃が掠りでもしたのか、うっすら血も流れていた。

 

【大丈夫ですか? 癒しの術を】

「いや、いいよポゥ。この程度、唾でも付けてりゃ治るさ」

 

 断りを入れて己の懐から絆創膏を取り出し、それを張り付けた。

 

--第一、俺に治癒魔法も精霊光も余り効き目は無い。ミゥさんの『インスパイア』もやっぱ効き目はほぼ皆無だったし。余程強力なものでもないと、自然的な治癒と変わらないんだから。貴重な治癒要員にマナを無駄遣いさせる訳にもいかない。

 

【でも……】

「何、こんなモノは怪我の内にも入らないさ。本当に大丈夫だから……有難うな」

 

 それでも心配そうに空を見遣るポゥに苦笑しつつ、胸をポンポンと叩いた。そこにはかつてダラバに割られた傷痕が有る。

 それに結晶妖精達は寄り集まりひそひそと言葉を交わし始めた。

 

【アッキーってさぁ、ポゥ姉には妙に優しくない?】

【あれだ、きっとタツミは緑属性……つまりは癒し系に弱いんだと思うぞ?】

【なるほど。そう言えばノゾミ様にお熱だと聞いたわ。でも、そのノゾミ様にはノゾム様しか見えてないから……】

【心配は要りません、ミゥ姉様。あのデクの棒が必要以上にポゥに近付く事が有ったら、私が喜んで斬ります】

「全部聞こえてますけどォォ! それと黒チビ、テメェは後で便所の裏に来い!」

 

 と、彼等の前に走り込み土下座した初老の男性が一人。この村の村長である。

 

「おおぉぉ! 悪名高き鉾どもを物ともしない! 流石は天使様方ですじゃ!」

 

 始め挨拶した時には胡散臭そうにしていた訳だが、言葉通り鉾を倒してみればこの変わり様だ。

 

(ふん、変わり身が早いもんだ)

【まあまあ旦那はん、『長いモノには巻かれろ』、『寄らば大樹の影』て言いますやありんせんか】

(それもそうだな。御陰で--)

【あ~い、お陰でぇ……】

(【扱い易い事この上無い)】

 

--少し得になる条件を提示してやれば喜んで飛び付きやがるんだからな……まぁ、わざわざ潜んでいた鉾を見逃した甲斐が有った、ってか。

 

「気に病む事はない、我等の風体では怪しまれる事など先刻承知。寧ろ貴方の冷静な判断こそ称賛に値する」

「おお、何という寛大なお言葉…この老、心洗われましたぞ!」

 

 そんな内心は噫にも出さずに、大人を……クロムウェイを参考にした振る舞いをする。一種の才能という奴だろうか彼は人心を忖度する才能に長けている。ただし、忖度は出来ても理解は出来ないのだが。

 

--さてと。そろそろ、どうしてこんな事になったのか説明しよう--……

 

 軍で鬨の声を上げ、心を一つにした後で。

 

「あ、そうだ巽くん。別行動してちょうだい」

「……あのぉ、どうしてそう俺のモチベーションを下げようとするんですか? そこまで俺の事嫌いですか?」

「そりゃあ、嫌いだけど。それとコレとは話は……あれ、同じね? まぁとにかくここ、『ジェダ=アイギア国境ミズラ村』に行ってもらえる?」

「了解です雇用主、速やかに地獄に堕ちて下さい」

 

--これだけ。そう、これだけで俺は主力部隊から外されて辺境を探索に駆り出された。何でも宝が有るとかで。

 

 目立たぬよう下唇を噛み締めていた空へ、村長が何かを捧げ持つ。袱紗に包まれた小さな箱を。

 

「どうぞ天使様、これが我が村に伝わる宝『命の雫』ですじゃ!」

【【【【【----!?】】】】】

 

 村長の口から出た、『命の雫』という単語にクリスト五姉妹が息を呑む。それに気付きはしたが、空は無視した。

 

「左様ですか。では、確認させて頂く」

 

 包みを解けば、その中には二本の小瓶。澄んだ、朱い液体と碧の液体を充たしたその小瓶に--

 

【……村長殿、無理を承知で頼む。これを、我々に譲って頂けないだろうか】

 

 ルゥが珍しく切羽詰まった表情で進み出た。他の面々もそうだ。

 

「はぁ……我々としても、何の為に使うモノかは解りませんので」

【感謝を。ポゥ、ワゥ】

 

 呼ばれて歩み寄る二人。それに反応しているのか、小瓶が燐光を放ち始める。

 

--引き合っているのか?

 

 本能的に感じ取り、彼は二人にそれを差し向けてみる。果たして、煌めきは強まった。

 

【御免なさい、もう煌玉の世界は無くなってしまったんです。帰る事は、もう出来ないんです】

【でもね、ボク達は生きてるよ。生きて此処に居るんだよ。だから、一緒に生きよう。ボク達と一緒に】

 

 懺悔の様なその言葉。その言葉を紡ぐと、二人は各々対応した色の小瓶の蓋を外す。輝く雫は--ポゥとワゥの入った結晶体に吸い込まれていった。

 

【終わりました】

「終わった、ッて?」

【漸く、還る事が出来た訳だよ。タツミ】

 

 疑問に答えたのはルゥだった。その、悲しい笑顔。

 

--解らない。一体どういう意味なのか。ただ……いつも脳天気なワゥまでもがその表情を引き締めている。

 

「ミズラ村の長よ。貴君の献身、確かに承った。我等は同胞の元へ戻り、グルン=ドラスの首魁たる暴君ダラバ=ウーザを討つ!!」

 

 スピンローディングしながら、天高くレバーアクションライフルを衝き上げて村全体に響くように声高に宣言する。

 こういう場合の見栄えも考慮に入れて造ったのが、このライフルだ。木目のストックと銃身部は、黒耀石のような鈍い煌めきと虹を放ち、幻想的なベールを纏う。

 

---おぉぉ……!!

 

 それを見詰める村民達も、声を一つに解放軍の名を讃え始める。まるで酒精に酔ったかのような、熱の篭った賛辞だ。

 

--……だったら、俺は俺の役目に徹するとしよう。彼女らの問題は、彼女らが解決するしか無いのだから。

 

 それを背に受けながら、彼等は国境村を後にしたのだった。

 

 ミズラ国境村を後にした一行は、ラスーラの村へと入っていた。そこはミズラ村への途中にあって、鉾に制圧されてかけていた所を救出した村だ。因みに食事時は、物見に集まった村民達で動物園の動物になった気分での食事だった。そんな村民達も流石に夜半過ぎには居なくなって、角灯の明かりに揺らめく室内には空とクリスト達だけが集まっている。

 尚、長距離の移動なので乗ってきた原付きを『黒い鉄馬』と珍しがられて凄く触られていた。なので先程、拭いたばかりだ。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ、むぅ……フフフ……」

【ちょっと、アンタ……何銭勘定しながら悦に入ってるのよ、本気で気持ち悪いんだけど】

 

 他のクリスト姉妹がベッド上で歓談している脇。備え付けの卓に貨幣を並べて勘定している仁平姿の空と、それを呆れた顔で眺めているゼゥの珍しい二人組が居た。

 

「うるせーんだよ、黒チビ助。金ってのはな、この世界で一番信用できるコミュニケーションツールなんだよ。金さえ有りゃあ、信頼も愛情も買えるんだよ! 金さえ貰えるんなら、俺はそれがヘドロだって愛せるねッ!!」

 

 照明である角灯の揺らめく火影に照らされ、濃すぎて黒に見える金の髪の少年は死んだ魚みたいに濁った目でそう言った。

 

【アンタね……一体どれだけ根性ひん曲がってる訳? そんなに金が好きなら、なんでこの宿タダで借りなかったのよ】

「ハァ? そんなの決まってんだろうがよ」

 

 『タダで結構です、天使様!!』との村長の言葉を断って、彼等は料金を払って領収書を切り旅籠を借りる事にした。

 後で『天使を騙る者』が現れた際の対策だ。『天使は金を払う』事を徹底する。それだけの事だ。

 

「ところで、本当に良いんですか、ミゥさん? クロムウェイさんから頂いた軍事資金にはまだ余裕ありますよ? 別の部屋をとった方が……」

【構いません、タツミ様。節約は美徳です】

 

--羞恥心とかは……感じないんだろうな。どうやら男とは思われてないみたいだし……。

 

【旦那はんは男っぽいて言うより、おっちょこちょいどすからなぁーーーぁぁぁ………あべし!?!?】

【……タツミ、ミズラ村の時から言おうと思っていたのだが、自分の武器を投げ捨てるのはどうかと思うぞ?】

「いや、ちょっと気分転換に夜風を感じさせてやろうという契約者の心遣いです」

 

 窓の外に飛び出していき、草叢に突っ込んだ【幽冥】に構わず、数えていた貨幣を袱紗に包んで懐に戻す。

 その替わりに、防具類とレバーアクションライフルを取り出して、そのまま『整備』を開始した。

 

 工具箱を取り出して不測の事態に備えて目を保護する為に伊達の眼鏡を掛け、己の中に流れる神名『創世の呼び声響く』……則ち、コンストラクタのオリハルコン・ネームを引き出して調整する。

 まだまだ実験段階のこの武器、慎重に慎重を重ねた調整を施すに越した事は無い。

 

--この銃も鎧も、あの残骸……『マナゴーレム』の戦闘特化機体『ノル・マーター』の残骸だ。他の転生体達が覚えているかどうかは判らないが、神世にはこういう技術が在ったのだ。俺が本来得意としたのは戦闘じゃなくて、こういう物の開発と発展。その名残か機械には強いんだ……って、話が逸れたな。これはマナ製の一種の形状記憶合金で、コンストラクタが有れば改造が可能。しかもその威力は先程の通り。数少ないが、それでも世界に一つは存在する、神剣以外にマナ存在に対して対抗可能な武器だ。

 勿論、正しい使い方じゃない。本来は自律機動兵器だが壊れてるんだから仕方がない。設備も材料も無いし、今は修復も増やす事も不可能。大事にしないとな。因みに装弾数はチューブラーマガジン一本で七発分、こっちのボックスマガジンは三十五発分装填されている。

 

【タツミ様、私達は休もうと思うのですが……聞いてますか?】

【ちょっと、アンタ何ミゥ姉様を無視してるのよっ!】

 

--因みに魔弾と同じでマナ結晶の弾を使っている。勿論、鉾から奪った高純度の物では無く、専用マガジン内に仕込んだ根源変換の櫃が浮遊マナを集めた低質の物。それを各属性施設の『真珠の杯』に『青玉の泉』、『紅玉の炎』、『緑柱石の枝縞』『瑪瑙の黒月』を極小化した物を加えて、色分けしたマガジンに納めてある訳だ。

 そして、その発射機構は同じくアーティファクト『嵐の干渉器』に依る。装填されたマナ結晶を、嵐の干渉器により一部だけマナ嵐と換えた圧力にて押し出しているという寸法だ。

 

【アッキーてば、どこか遠い世界に旅立ってるね。本読んでる時のポゥ姉みたい】

【ふふ、違いない】

【はぅ……そ、そんな事無いですよぅ……】

 

 そのどれもが、そんな使用目的で作り出された物ではない。だが、空には独創性こそないが既存の物を小型化する才能、そしてその組み合わせで全く違う用途に応用してしまう事を得意とする才能が在った。

 ただ、その分緻密過ぎて頻繁な整備が必要になるのだが。

 

【その武器類は手間が掛かるな。弾は自ら装填する必要が有って、戦闘後には必ず手入れしなければ動作不良すら有る、か】

「もう慣れましたけどね。それに悪い事ばかりでも無いですよ」

【おっと、帰ってきたか。それで、それは?】

 

 興味深そうに様子を見るルゥ。空は銃口内を磨いて、カラの状態のライフルの照星に角灯を捉えて引鉄を引く。

 

「愛着が、湧きますからね」

 

 カキン、と焚火が爆ぜるような音を立てて撃鉄が墜ちた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 朝霧に包まれたミストルテの街。その前哨の森の中で、彼等はその報を待っていた。望と沙月は、双眼鏡を手にミストルテの街の門に布陣する鉾を観察している。

 既にアズラミンウとルクルカンは奪還済み。後は空とクリスト達が別ルートのリスタラの街を奪還してくれれば、ミストルテの街に入るのみとなるのだ。

 

「空達……遅いですね」

 

 焦れるのだろう、双眼鏡から目を離した望が呟く。

 

「心配無いわ。何せ彼が同行しているのは、かつて『煌玉の世界』を救おうと『神』に反逆した……『剣の巫女』達だもの」

 

 対して、沙月は落ち着いたもの。望に水筒から注いだ麦茶を差し出し、それを飲むように勧める。一息ついて冷静になったのか、彼はその疑問を口にした。

 

「前から気になってたんですけど、ミゥ達って何者なんですか? どうして『旅団』に?」

「慌てないの。その時が来れば、彼女達の方から話してくれるわ」

 

 だが、沙月は鉾を見据えたまま諭す。

 

「……そうですね」

 

 彼もそれに理解を示す。彼とて人に言えぬ……それこそ秘めたる陰惨な『神世の記憶』が、断片的とは言え受け継がれている。

 

--……!

 

 と、イヤホンに繋いだ望の無線から声が漏れだした。イヤホンを押し込むように、彼は急いで耳に当て--

 

「巽くんから?」

「……いえ、希美です。そろそろリスタラ側の交代時間ですから、引き上げましょう、先輩」

 

 ほんの少しだけ、落胆した顔をした……

 

 

………………

…………

……

 

 

 後一歩でリスタラの街という所で、空は原付きを停めた。因みにこの原付き、若干マナゴーレムのパーツを流用していて速度や強度が高められていたりする。ただし、燃料はまだガソリンのままだ。

 

【どしたのさ、アッキー?】

 

 その様子にワゥが問い掛けたが、彼は答えない。ただじっと一点、リスタラ近郊の森の方に視線を向けている。

 

【いつまでそうしてる気よ。本当にデクの棒にでも成る気?】

 

 ゼゥの挑発的な台詞にもいつものような返しは無い、その様子が流石に不審だったらしい。

 

「ミゥさん、ルゥさん。リスタラの奪還は任せてもいいですか?」

【え? タツミ様、それは……】

【どういう事か説明して貰えないか、タツミ。突然それでは、納得しろと言う方が無理だろう】

 

 ミゥとルゥの当然の返事。だが空はそれ以上何も言わない。ルゥは一つ溜息を吐くと、真摯な顔で問うた。

 

【一つ聞こう、タツミ。それは、誰の為の行動だ?】

「--俺自身の為です」

 

 間髪容れずに返った言葉。鋭い青と琥珀色の瞳がと見詰め合う。

 

【そうか。分かった、気を付けるんだぞ】

【あ、ちょっとルゥ!?】

 

 それだけ言い残して、リスタラへ向かうルゥ。彼女を追い掛けていく残り四人。その彼女らが振り向かぬ内に、空は原付きを降りて駆け出す。

 黒い外套のフードを目深に被り、朱い襟巻きで顔を隠して。足音も無く、見据えていた森の中へと消えたのだった。

 

【ルゥ、ルゥったら! どういうつもりなの!?】

【そうです、ルゥ姉様! アイツ一人では危険過ぎます、我々の内の誰かが付いて--】

 

 黙然と先頭を翔けるルゥに追い縋るミゥとゼゥは、口々に彼女に翻意を促す。それだけ、心配しているのだ。

 

【ミゥ、ゼゥ……少しはタツミを信用してやれ。彼とて戦士だ】

【【う……】】

 

 その二人に、ルゥは落ち着いた声色で諭す。『心配している』と言えば聞こえは良いが、要するにそれだけ頼りにしていないという事でもあるのだから。

 ミゥとゼゥは、バツの悪そうな顔をした。その最初の頃の印象からか、どうしても頼りなく感じてしまう。有り体に言ってしまえば危なっかしくてしょうがないのだ、いつもギリギリの線を行ったり来たりしているのだから--……

 

 

………………

…………

……

 

 

 梢に背をもたせ掛けて、彼は人を待っていた。そう、人を。

 

「おっせーなぁ、街一つ偵察すんのにどれだけ時間掛けてんだ」

 

 それは、一言で表すなら野生児。紫色の髪を逆立て、一箇所のみ前髪に赤いメッシュの入った男。何処かの民族衣装のような戦装束を纏う、筋肉質な青年だ。

 

「ハァ、ッたく。力が有り余って仕方ねぇってのによ」

 

 コキコキと頚を鳴らして、彼は実に暇そうに呟いた。事実として暇だったし、連れの今までの言動で相当に鬱憤が溜まっている。後もう一押し分火種が有れば、彼は爆発してしまうだろう。

 

 だから、丁度良かったと。彼は笑った。

 

「来いッ、『黒い牙』!!」

 

 黒い、蝙蝠めいた翼を持つ狼の神獣を出現させると共に、その力を引き出す。彼の周囲に濃密な黒のマナが集い、魔法陣と成った。

 

「--ダークインパクト!」

 

 その術式を起動する。噴出した黒い衝撃波は--数十メートルは離れた木の枝を砕いた。

 満足げにそれを見詰めると、彼は飛び掛かろうとした脇の黒い狼を押し止めながら。

 

「躱したか。やるじゃねぇかよ? まぁ--」

 

 呟いて構えを取った彼の目に、黒い外套の袖と襟巻きを棚引かせ、着地したその『鴉』が映る。

 

「--そうじゃねェと、コッチが楽しめねェんだがなァ!!!」

 

 不敵に笑って言い切った、その両拳に--獣のものを思わせる、鋭利な三本の『鈎爪』が現れた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 薄紫の逆立った髪、前髪に赤いメッシュの入った男が右拳を突き出す。その両拳にはいつの間にか呼ばれた、三本の鈎爪。

 そこから感じられる気配は紛れも無い、『永遠神剣』の気配。

 

(……ダラバ以外の神剣士、か。しかもまた結構な力だ)

【そうどすなぁ……この夜と血の気配に、あの獣臭さと汗臭さ。黒属性の直接攻撃系どすなぁ】

 

--さてと、状況から考えられるコイツの正体は何か。

 最も高いのはダラバの協力者。そしてもう一つ、出来ればコッチで有って欲しいが『光をもたらすもの』の可能性だ。

 

 青年を見遣る。隙の無い構え。間違いなく、弛まぬ鍛練を積んだ者の証だ。

 ザワリと風が二人を撫でる。葉が擦れる音がやけに大きい。互いに微動だにしない構えで、互いを観察しあう。

 

「……それが、お前の神剣か」

 

 ヒリヒリと首筋に感じる威圧を振り切るように、空は問い掛けた。無論、ハッタリの一部。余裕を崩していないというブラフであり、返事は期待していな--

 

「おうよ! これが俺の永遠神剣第六位【荒神】だ!」

「……」

 

 その問い掛けに返事が返った。しかも御丁寧に自信の神剣の格と銘を告げて。

 

「いや、お前……何て言うか」

 

 簡単に答えすぎだろう、と。彼は思わずフードの上から頭を掻く。そして、もう一度。

 

「何故、俺の存在に気付いた?」

「へ、昔から勘と鼻は鋭いんだ」

 

 得意満面に答えて、鼻を親指で擦って見せる。その様子に、いよいよ空は--口角を吊り上げた。

 

--勘と、『鼻』ねぇ……そんなモノに俺の隠蔽が破られたのか。

 

 その緊張と驚きが去れば、段々と愉快になってくる。そう、愉快にだ。

 

--これで俺は、更に隠蔽を強固なモノに出来る。まぁ、生き残れれば、だがな。

 身体が軽い。これなら戦える。

 

「じゃあ、それが神獣だな」

「ああ、コイツは『黒い牙』……『クロ』だ」

 

 またもや、気前良く暴露する。その瞬間、狼が主人を見遣った。

 

「主よ。初対面の相手にまでその不愉快な仇名を植え付けるのは、止めて欲しい」

「喋った!?」

「狼が喋ってはいかぬのか?」

 

 その魅惑的なロートーンボイス。それが今度は思わずツッコんでしまった空に向けられる。

 

「あ、いえ、すいません。非常識の中で常識的な判断してました」

「解れば良い。狼を見た目で判断してはいかぬぞ」

 

 ついついやってしまった素直な謝罪に気を良くしたのか、黒い牙……クロは、燻し銀な声で噛んで含めるように告げた。

 

「さっきから何をゴチャゴチャと言ってやがんだ。テメェもとっとと神剣出しやがれ!」

 

 焦れたような青年の声に、空は頭を掻く手を止めた。そして、額を抑える。リアルな頭痛を感じた為に、俯いて--太股に装備している垂直二連の穴を持った、逆にしたホチキスのような装置が目に入るがこの距離で出番はないので秘匿する事にした。

 

「……はいはい」

 

 ライフルを抜き、青年がそちらに目を奪われている隙に【幽冥】を番える。それに気付かず、男は歯を剥いて獰猛に笑った。

 

「手ェ出すなよ、クロ。コイツは俺の獲物だからな」

「了解した。好きにすればいい」

「おうよ! 俺の名はソルラスカ……『荒神のソルラスカ』だ! テメェの名は!」

 

 その名乗りは、森に響く大音声。鼓膜を揺らす声に、苛立つように空は三白眼を向けた。

 

--全く、鬱陶しい奴だ! もういいさ、後は捕えてから聞かせて貰うとしよう。

 

 装填済みの【幽冥】を外套の中に潜ませての、派手なアクション『スピンローディング』でサイドアームのライフルの方を獲物……ソルラスカに注意を向けさせて。

 少し腰を落として直ぐに動ける体勢を作った、その姿勢のまま。

 

「巽空だ……永遠神銃【幽冥】が担い手、『幽冥のタツミ』だ!」

 

 空もまた、大音声を以て答えたのだった--


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