サン=サーラ...   作:ドラケン

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連鎖する記憶 森閑の水面 Ⅰ

 静かな森の中に響く雷音に木が傾ぎ、倒れる。

 

「--くぅっ、この! おいお前、止めろよっ!!」

 

 最後に倒れた大木。その木から別の木に跳び移ったルプトナは、追い縋りライフルを衝き付ける鴉に向けて叫んだ。

 だがその言葉は続く雷音に掻き消される。空の放った銃弾の雷音にて。

 

「うぁっ!?」

 

 辛うじて、その射線を避ける。木の幹が弾け跳び、またも一本が倒れた。

 

「止めろって言ってんだろっ! 木を倒すなぁっ!!」

「--ハ! だったらテメェ自身で受け止めろよッ!!」

 

 空は容赦無く、その引鉄を引く。またもや放たれたライフル銃弾『エクスプロード』は大木の幹に貫入すると、その名が示す通りに炸裂して対象を内側から砕いた。

 

「また……この木一本にどれだけの命が育まれてると思ってるんだ! お前、許さないからな!!」

 

 撃ち続けられる三発を跳ね跳び回って回避していた樹上の彼女は、怒り心頭に蹴りを繰り出した。地表の空に向けて、望に放ったのと同じ技を。

 

「くらえ、ルプトナキーック!!」

 

 その威圧感たるや、まるで崩落する氷山だ。『クラウドトランスフィクサー』、それがこの蹴技の正式名称。

 

「征くぞ、【幽冥】--略式詠唱、ヘリオトロープ!」

 

 だが、動じない。それに向けて未だ撃っていなかった【幽冥】を衝き出して、引鉄を引いた。

 

 

----!!!

 

 

 纏っていた氷の鏃を灼熱の息吹によって相殺され、ルプトナは地に降り立った。

 

「……お前、ホントに嫌な奴だ。ジルオル……ノゾムよりずっと、ずっっと厭な感じがする……!」

 

 そして、空を睨みつける。強い敵意の篭った瞳で。そう--空が向けるモノと同じ眼差しで。

 

「どうも。テメェにそう言われると嬉しいねェ……何より--」

 

 【幽冥】に魔弾を再装填して、ライフルのマガジンを交換する。

 

「テメェの脳天に風穴空けられるかと思うとな、ナルカナッ!」

 

「さっきから、誰が『なるかな』だっ! ボクの名前はルプトナ、『揺籃のルプトナ』だ!」

 

 その動向に警戒しつつ声を上げ、ルプトナはまるで修験者のように両手で印を結ぶ。術式が完成し、三本の氷の矢が現れた。

 

「そっちが飛び道具ならこっちも飛び道具だ! いっけぇーー!!」

 

 指差した先に佇む鴉を、氷の矢が弾道に捉える。そして--

 

「--アローっ!」

 

 真っ直ぐ空に向けて飛翔する、氷の矢『アイシクルアロー』が空の右腿、左胸、眉間を狙う--

 

「詰まらねェ小細工だ。そもそも射撃が本分の俺に、こんなモノが通じる訳がねェだろ」

「へ……?」

 

 刹那に響いた破砕音に、空を指差したままで固まったルプトナ。三本の矢は……空中で迎撃されたのだ。

 そして、カランと金属音が響く。音源は『クロウルスパイク』をトリプルバーストで放ったPDWから排莢された薬莢だ。

 

 見事なインターセプトを決め、勝ち誇るように傲然とルプトナを見遣る空。

 

「く、くっそー! さっきから、遠くからばっかりで汚いぞー! 真面目に闘えー!!」

「戦場に綺麗も汚いも無ェんだよ。敵の得物を見て、敵の闘い方を予想してない方が悪いに決まってんだろうが!」

 

 そして、青魔法を使う為に足を止めたルプトナの心臓を狙い……引鉄に掛けられた指が引かれた。

 

 

………………

…………

……

 

 

「--たく、世話掛けやがる!」

 

 密林の中を疾走しながら毒づくソルラスカ。その脇を、彼の神獣『黒い牙』が並走している。

 

『主よ、サツキ殿の判断は正しい。この密林で彼らの捜索が出来るのは我々くらいだ』

「そりゃそうだが……あの野郎、早速ドンパチ始めやがってるじゃねェか! 本拠地を見付けるのが目的じゃなかったのかっての!!」

 

 会話の間にも轟く銃撃音に眉をひそめつつも、ハードルの要領で主従は揃って倒木を飛び越える。

 それは恐らく、空が撃ち倒したモノ。その傷痕を見た黒い牙が、一人ごちる。

 

『しかし、また威力を上げたか。何処まで進化していくのだろうな、彼の銃は……』

 

 その破壊力。出会ったばかりの彼らが繰り広げた戦闘の時よりも、遥かに高まっている。

他を破壊して、神剣を取り込む度に強力化していく空の【幽冥】。まるで内燃機関か熔鉱炉のようだ。魂を賎しめる煉獄の炎と共に、その供物を増やす為の道具を生みながら。

 

 否、真に恐るべきはそれを使う、その--

 

「あ? 何ぶつくさ言ってんだよ、クロ」

『主よ、その仇名は止めろと--言った筈だ!』

 

 その思考が隣を走る阿呆に阻害された。そしてそれが、彼がその思考を行う意思を奪い取った。

 クロはそう叫ぶと、更に速度を上げながら密林を駆けて行ったのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 死に物狂いでの後宙転を決め、更に腕で跳ね跳んで距離を稼ぐ。

 

「くッ……!」

 

 そして、頬の切り傷から垂れた血に、ギリリと歯を鳴らした……空。

 

「へへーん、遠くにいたからって安心してたんだろー!」

 

 ルプトナの脚が一閃する。その軌道から、青く薄い水の刃が形成された。

 それが、空の放った弾を斬り、更に空本人まで狙ったのだ。

 

「クソッタレ……!」

 

 迎撃を捨て、即座に回避に移る。その速さに迎撃は不可、同じく迎撃不可能の銃弾を遣う空だからこその判断だった。

 

「くらえ、ブレーードッ!」

 

 撃ち出された水の刃、横薙ぎの一撃は『ブレードフラッド』。

 ルプトナの持つ技の中で、唯一遠距離に対応した蹴り技。一閃は神速を持ち--フードの端を切断した。

 

「へぇ、やるじゃんかよ。ボクのブレードを躱せるなんてさ。随分と驚いているみたいだけど、まぁ、『予想してない方が悪い』んだもんねぇ~?」

「……んな…………に……」

 

 両手を腰に当てて、勝ち誇ったように告げるルプトナ。対して、優に二十メートルは離れて片膝を衝いた空は、何事かを口内で呟くのみ。

 

【くふふ、なんや旦那はん、苦戦しとりますなぁ】

 

 訪れた不利に【幽冥】が軽口を叩いた、その瞬間--

 

「こんな--こんな莫迦に、莫迦に莫迦にされたァァァァァッ!」

 

 耐え切れなくなった空が叫んだ。【幽冥】とルプトナは、ポカンと呆気に取られている。

 

【いきなし何言うてはりますのん旦那はん……ってちょ! 何してはるんどすかー!!】

「煩せェェッ! 今すぐこの怒りを発散させろッ! フレンジーⅠ、フレンジーⅠッッッ!」

【アタックスキル扱いっ?!】

 

 振り上げた手に握られているのは勿論【幽冥】、それを何処かにブン投げようとする。

 

「な……な、何だとぉぉっ! 今、ボクをバカにしたなぁぁっ!」

 

 漸く思考停止していたルプトナが追い付いてきた。よって、矛先が変わる。

 

「煩せェェッ! 莫迦に莫迦って言って一体何が悪いんだ、莫ー迦莫ーー迦!」

「また言ったなぁぁっ! バカって言う方がバカなんだぞ、バーカバーーカ!」

 

 指差した腕を振りながら怒りを露にするルプトナ。対する空も、同じく指差しながら罵る。

 

「って事はテメェが莫迦だッて事を露見してんだよ、莫迦がァ! テメェの言葉くらい、しっかりと考えてから喋れってんだ莫迦!」

「だったらお前だってバカじゃんか、バカバカバーーーーカっ!」

【……なんどすのん、この低次元な闘いは……】

 

 最早、収集不能だ。違う意味で緊迫する戦場(元)。

 

「うわぁーん、じっちゃんに言いつけてやるー!!」

 

 涙目のルプトナが印を結んだ。刹那、大気が鳴動して召喚された海神はルプトナを確認する。

 そして彼女の様子を確認するや、憤怒の形相で空を睨みつけた。

 

「グルァァァァァッ!」

 

 咆哮と共に、海神は水塊を吐き出す。その狙いは--地面。

 水塊はあっさりと解けて、密森の水捌けの悪さと相まって瞬く間に浅瀬のように変わる。

 

「凍てつくマナよ……全ての動きを遅くしちゃってっ!」

 

 そこに紡がれた詠唱。ルプトナの靴は青い煌めきを発し、凍えた電撃へと変わった。

 

「ハ--遅ぇよッ!」

 

 その一撃が放たれる前に、空はスピンローディングしてライフルのトリガーを引いた。西部劇等でよくある、『クイックドロー』である。

 

 物理的な防御技しか持たない空にとって、ディバインフォースは最大の脅威だ。思考し続けた結果、一つの結論に辿り着いた。

 則ち『敵のサポーターが魔法を完成させる前に撃ち殺せば、神剣魔法は発動しない』という、至極単純なもの。

 

「--なッ!?」

 

 が、カキンと。ハンマーは盛大に軽い音を立てたのみだ。それもその筈、チューブラーマガジンの装填数は七発。既に撃ち尽くしてしまっていた。

 怒りにかまけての確認ミス、銃を突き出した姿勢では即座の交換は不能。完璧なまでに隙を作ってしまった。

 

「さぁ--勝負はここからだっ! ステイシスっ!」

 

 放たれた凍気の波動に、地面は凍り付きグリーヴに包まれた空の足を捕縛した。そう、この電撃は『地面を凍らせる』為の一撃。

 全てを理解して、空はルプトナへと視線を向ける。映ったのは、水流の刃を発生させた靴で氷上を滑り来る少女。

 

 明白に出遅れながら、PDWに切り替えて『イクシード』による雷速の弾幕を展開する。

 だが--止まらない。白妙の袖と緋袴をはためかせながら、銃弾を躱す。跳ね、或いはしゃがみ、または回り、蹴り落とす。華麗に舞う姿はアイススケート、まるで氷上の舞姫だ。

 

「--くっ……【幽冥】!」

【あいさー!】

 

 思わず見惚れかけるも、直ぐに正気を取り戻す。マガジンは内部の根源変換の櫃で自動で銃弾を精製してくれる優れ物だが、一発を精製するのに一時間も掛かるのだ。それを差し引いても、マナ存在を倒せる物を作り出せるというのは破格だが。幾ら何でも、戦闘中に待てはしない。

 使い切ったPDWから、切り札の【幽冥】を構えた--瞬間。

 

「--ランサーっ!」

 

 目前まで迫ったルプトナの後ろ回し蹴り『レインランサー』が、正確に【幽冥】を捉えた。空の手を離れた暗殺拳銃は、草叢の中に消えていく。

 そして更に二撃、三撃と。追撃の後ろ回し蹴りが放たれた。

 

「クソッタレ……!」

 

 水流を纏うトリプルアクセルに篭手を纏う左腕、右腕を払われた。最早防御手段は無く、後は躱すしかないが……足が動かない状態では無理だ。

 ルプトナの脚に力が篭り、足元の氷を踏み砕いた。真っ直ぐ空の琥珀色の瞳とルプトナの黒い瞳の視線が交錯し--

 

「--ジョルトっ!」

「ふ--グッ、う」

 

 そして繰り出された、一撃……にしか見えなかったほぼ同時三撃の前蹴り『グラシアルジョルト』。空の眉間、鳩尾、丹田の三箇所を同時に【揺籃】が刔る。

 その余りの威力に氷が割れた。吹き飛んだ空は、不様に地に倒れ伏す。

 

「畜生……」

 

--俺は、負けられないのに……負けたくないのに……何でだ……何で……。

 

「俺は……こんなに弱い……!」

 

 そう毒づくのが精一杯の抵抗。血に霞み、閉じゆく目でルプトナを睨みながら、彼の意識は暗い淵へと沈んでいった……

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 ……色褪せたセピア色の情景に、彼はそれが己の過去である事を思い出した。

 

『……ちょっとー。聞いてんの、『ξμδι』? ジルオルは何処に行ったのよ?』

『あたた……痛いです、ナルカナ様……』

 

 濡れ羽烏色の美しい黒髪に白いワンピースの少女が、地面に倒れ伏した男の頬をぺちぺち叩きつつ問い掛けている。心配している風は……残念ながら微塵も無い。

 

『セドカ様だったらオイラに……オレに特訓をつけて下さった後に、アケロ様に連れられて何処かへ行かれましたけど……』

『はぁ!? アルニーネの奴、また抜け駆けを~!』

 

 柳眉を怒らせながら少女は立ち上がる。そして間髪容れずに走り出して--戻ってきた。

 

『で、どっちに行ったのよ?』

 

 『早く言いなさい』とばかりに責っ付く少女。それに男は倒れたままに揉み手をしながら、御機嫌窺いの如く遜った笑顔を向けた。

 

『……いえ、その……ナルカナ様がいらっしゃるまで気絶していたもので……わかりません』

『……あらそう、気が変わったわξμδι……』

 

 少女の冷たい笑顔に、男は覚悟を決める。ここが己の死地だと。

 

『--剣を持ちなさい。ジルオルに代わって、このあたしが直々に特訓をつけてあげる』

『--ッ風よ、集いて鎧と成れ! ウィンドウィスパー!!』

 

 先程までのダメージなどなんのそのだ。手元の『紅い月』を握り締めて、条件反射で立ち上がった。流し込むマナに反応したそれは風の壁『アキュレイトブロック』を生み出した。更に、駄目押しの大気の加護まで纏う。

 

『あたしの名に連なる力……王の聖剣』

 

 しかし、少女の手元に生まれた不可視の刃。そのマナの密度は、明らかに彼が全霊を籠めた風などモノともせまい。

 

『エクス--』

 

 少女は力む様子も無しに、目をつむったごく自然な立ち姿のまま。不可視の聖剣を頭上に掲げると、一歩分だけ足を前に出した。

 

--ああ……どうせ死ぬなら……ファイムの膝の上で死にたかったなぁ……。

 

『カリバァァーーー!』

 

 振り抜かれた『騎士王の聖剣』の銘を冠する、輝ける剣撃に防御ごと打ち倒された彼は再び地面と抱擁を交わした--……

 

 

………………

…………

……

 

 

「……ん……?」

 

 頬に当たる何かが当たる感覚に、空は気怠い瞼を上げる。

 

「……目、醒めた?」

 

 小さな掌に白い袖、黒い髪--

 

「ナルカナ様……痛ェェ!?」

 

 混乱して、朦朧としている頭が記憶していた名を呟いた瞬間。

 ぺちぺちと軽く叩かれていた頬が、ぎゅむーと抓られた。

 

「だから……ボクは『なるかな』じゃない! 『ルプトナ』だって言ってるだろ!」

「わ、わきゃっらろ、わきゃっらはらひゃめろ!」

「ふん……!」

 

 憮然と立ち上がったルプトナ。抓り上げられた頬を摩ろうとして、後ろ手に拘束されている事に気が付いた。

 加えて身包み剥がされており、攻撃用の装備は一ツ足りとも無し。服と外套を残して完全にただの人間と変わらない状態で、手足等は緩衝用に巻いている包帯のみの状態だ。

 

「……おい、俺の装備は?」

 

--参ったな……よく、ゲームで捕虜になると装備が外されるけど……リアルにやられるとここまで堪えるのか……

 

 空が常に過剰とも言える武装を持つ理由は単純明快、『選択肢』に幅を持たせる為だ。基本性能が他の神剣士に大きく劣った彼が、太刀向かう可能性を掴む為に。

 

「モグモグ……重たかったから、棄ててきた」

「……とか言いながら、何で俺の非常食を喰ってやがんだァァ?!」

 

 罵倒して時間を稼ぎつつ冷静に周囲を見渡せば、そこは倒された森の中ではない。

 清澄な清水の湧き出る、洞穴か何かのようだった。

 

 結構奥のようだが、焼きお握り(味噌味)を頬張るルプトナの姿がはっきりと確認可能。何処かにヒカリゴケでも有るのだろうか、薄明かりの中では目を細める必要も無い。

 そのまま鋭くルプトナを睨み、彼は問い掛けた。

 

「……で、俺を捕まえてどうする? 身代金でもせしめるか?」

「はぁ? そんな事のためにわざわざこんな面倒な事するもんか」

 

--だろうな。もし森の中で生活してるんなら金が要る訳が無い。

 

 理解してしまえば単純だ。空はあの蹴りを受けて、『死んだ』と思ったのだ。

 だが、結局生きている。そしてそれが自分を捕らえる為に手加減されたのだと悟り、更なる屈辱が湧き出た。

 

「決まってるじゃんか、お前を餌にノゾム達をおびき寄せるんだ。ふっふーん、ボクって天才!」

「……はぁ?」

 

 指に付いた米粒を含みながら、自信たっぷり言い切ったルプトナに。その憎悪すらも霧散させて、ポカンと口を開けた空。

 

「……あのな、幾ら何でも罠だと判りきってるのに飛び込んで来る訳が無いだろうが。頭数は俺らの方が上なんだからな」

「な、なにをー!」

 

 鼻白みながらの一言にルプトナは眉を吊り上げて--

 

「それに何より餌が悪かったな。他の奴らなら兎も角、俺の救助にだったら救出を切り捨てて搦手を使う事を提案する人が三人居る」

「……お前さ……自分で言ってて虚しくないの?」

 

 勝ち誇るかのような空の物言いに、ジト目を返したのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 場所を移して、物部学園の生徒会室。重く沈黙した室内。中央の長机の上には、空の装備していた一式が置かれていた。

 

「……すまねぇ、俺がもっと早く辿り着いてりゃあ……」

 

 悔しそうに呟いたソルラスカ。握り締めた拳からは、今にも血が流れそうになっている。

 

「落ち着きなさいよ、巽くんなら大丈夫。【幽冥】が消えてないんだから、まだ……生きてるわ」

【……捜索の件ですが、ルプトナなる神剣士はこの地を知り尽くしている筈です。無闇に動けば各個撃破、ミイラ取りがミイラになるでしょう】

 

 話を引き継いだミゥの言葉に、一行は再度思案に移る。

 

「纏まって一カ所を探すのは安全ですが時間が掛かり、かといって単独では危険……戦力を集めれば襲撃に備え易くなる半面、こちらの見付かり易さも上昇してしまう……ですか。参りましたね」

【……無い物ねだりだが、こんな時こそタツミの出番なのだがな】

【だよね~。失せ物、尋ね人迅速解決~♪】

 

--シーン……

 

【……あはは……はは、は……】

 

 場を和ませようとするも、盛大に空振りするワゥ。暫くの間引き攣った笑顔を浮かべていたのだが、やがて言われる前に部屋の隅に移動してイジけ始めた。

 

「ともかく、二人一組での行動を原則、組み合わせは情報の共有を高速化する為に神剣士とクリスト族ね」

【それがいいでしょう。後は組み合わせですが……】

 

 こうして、捜索隊の組み合わせが練られていた頃--

 

 

………………

…………

……

 

 

--ピチョーン……

 

「「…………」」

 

 静まり返った洞穴内に、水滴の音だけが響く。後ろ手に縛られたまま胡座をかいて、瞑想でもするようにどっしりと座った空。神剣でもある靴を脱いで、清水に足を浸すルプトナ。

 

--さて、考えてみようか。どうやって脱出するかを。

 まずは第一案、寝静まった所を脱出。足音を立てないように注意してよしんば脱出成功したとして、現在位置が何処かも解らない森の中でルプトナの追撃か……今度こそ死ぬなコレ。却下。

 

「……ねぇ」

 

--第二案、協力するフリをして脱出。『よーし分かった、望達をおびき出せるように協力しよう』『お前バカ?』……無いな、コレは無い。却下却下。

 

「ねぇってば、聞いてんの?」

「……あ?」

 

 思考の袋小路に迷いつつあった空を現実に引き戻したのは、少女の声。背中合わせで話し掛ける、ルプトナだ。

 

「お前、ボクの事を『なるかな』って呼んだでしょ……ボクの事、何か知ってるの?」

 

 肩越しに睨むような問い掛け。それに、一ツの結論を出した。

 

--コイツは他の神剣士達と同じなんだろう。神世の記憶は無い、つまりは--『オレ』が何者かを知らない訳だ。なら、付け入る隙が有る……か……?

 

「聞けば、答えが返るとでも? 甘えんな、この世は等価交換だ。俺から情報が欲しけりゃ、誠意を見せてみろ」

「むっ……!」

 

 胡座のままで器用に半回転して向き直り、ハフンと鼻で笑い蔑む空に視線を強めるルプトナ。

 腹立ち紛れにか、バシャッと水を蹴り上げた脚に--彼女は顔をひそめた。

 

 押さえたのは、足首。捻挫でもしたのか、動かすだけでも辛そうにしている。

 

--魔弾と撃ち合った方か……

 

「つう、足を痛めたか……流石は破壊神の転生体ノゾム……」

「……ッて、望かよ!」

「ん? そーだよ、あいつの神剣と打ち合った時に、捻ったんだ。それ以外に無いじゃないか」

 

 少し気を良くした空だったが、結局糠喜び。訪れた虚無感に反吐を吐いた。

 だがここで得られる情報を逃す手はない。黙して続きを促す。

 

--てか、アレか? 俺は手負いの相手に全力を尽くした挙句に、手加減されて負けたってのか? 畜生、鍛えが足りねェ……

 

「……ボクには、記憶が無いんだ。生まれてからとか、両親や家族とか……一切ね」

「--…………」

 

 そうして彼女の生い立ちを聞き流そうとしていた空の意識が--『紅い闇』から剥離した。

 

「気付いた時には、この森の中に居てさ。文字通り立ち尽くしてた。どうしようか途方に暮れてた所を精霊の皆に拾われたんだ……」

 

 ただ、黙して聴き続ける。告解を聞き届ける神父のように、ただ静かに。

 

「皆は『記憶喪失か何かだろう』って言ってた。『時間が解決してくれるだろう』って……皆は良くしてくれるけど、でもボクは少しでも早く知りたい。ボクが何者で何処から来たのか、何の為に居るのかを」

 

 それが、全てなのだ。この少女、ウルティルバディアの全住人が恐れる『魔女』の全てだった。

 

「そこに、聞き覚えの無い名前で呼ぶ俺が現れたッて訳か……」

「……そういう事」

 

 フゥと溜息を吐いて、空は岩肌剥き出しの洞窟の天井を見上げる。そしていかにも面倒臭そうに、溜息を吐いた。

 

--あー…聞くんじゃ無かったなクソッタレ……面倒臭ェ。

 言い訳をする事になるが、別に俺はコイツに同情はしていない。だって敵だ、コイツは。敵に同情する程甘ちゃんじゃ無いし、そういうのはどこかの物好きに任せる。ただ、そう--敵だからこそ、俺とは違う思想の敵だからこそ、言い負かしたくなっただけだと。先に断っておくぜ、『オレ』。

 

「--まぁ、つまりはアレだろ。お前は今現在、現状に何か不満があんのか?」

「はぁ? 何だよ、急に……」

「良いから答えろ。お前には不満が有るのかッて聞いてんだ」

 

 真面目腐った物言い。今までとは少し違う空気を纏い始めたその雰囲気に、彼女は面食らう。

 

「……別に、不満なんて無いよ。さっきも言った通り、精霊の皆は良くしてくれるし……人間はムカつくけどさ」

「だったらそれで良いじゃねェか、別に過去なんて知らなくても」

「それとこれとは違うんだよっ! お前には解らないだろうけど、不安なんだよ……過去が、思い出が無いのは……」

 

 パシャパシャと蹴乱される水面、その波紋に幾人もの彼女自身が映っては消えていく。

 

「ああ、解んねェな。そんな感傷なんざ、抱いてる暇の無い生活を送らせて貰ったからよ」

「……え?」

 

 波紋が治まり、やがて小刻みに消えていく。そうして、鏡の水面に最後に映るルプトナは独り。

 その端正な顔には多分に、驚きが含まれていた。

 

「経験則から言わせて貰うなら、要するにその感情は『今の自分に満足』して無いから出て来るモンだ。お前は自身の在り方に『不満が出来る生き方』しかしてないッて事だろ?」

「だ、だから不満なんて--!」

「--俺は『満足出来る生き方』をしてきた。まァ、ある人の扱きと教えの賜物だが……兎に角満足してる」

 

--もしあの人に出逢わなかったのなら。『俺』は一体どうなっていたのか。

 良くて遁世人、悪くすれば……この世の中に居なかったかもしれない。

 

 一々癇に障る空の言葉に語気を荒げたルプトナ。しかしそれも彼の策略の一つ。それを抑える声量に切り替えて、更なる言葉を紡ぎ出す。

 

「まァ、なんにしても俺は俺だ。過去がどうあれ、現在がどうあれ、未来がどうあれ……俺は俺だ。そこは誰にも否定出来やしない。ただ在りのままに、在るがままに、己らしく在る事を貫くなら--そこだけはカミサマにだって否定出来るもんか」

「……お前……」

 

 それが、彼の数少ない寄る辺の一ツ……『自己正当化』だ。

 なんたる卑屈、救いようの無い矮小な強がり。そうやって自分を肯定する事でしか生の意味を見い出だせなかった負け狗の遠吠え。

 

 だが、それで。ただそれだけで。彼はこの世の全てを肯定する事すらも遣ってのけるだろう。

 

「お前は違うのか? お前はお前じゃないのかよ? もしも過去が違う生きモンだったら、今此処に居るお前は幻か?」

「……」

 

 思案するようにその顔を伏せたルプトナ。懊悩している様子が、ありありと伺える。

 

「……ま、そういう考えの人間も居るッて訳だ。俺はそう考えてるッてだけの事で、押し付ける心算はねェよ。つーか、どうでも良い……」

 

 ルプトナに背を向けると、入滅する仏陀のように横に寝そべる。座っていようが寝転がっていようが、剥き出しの岩から受ける痛みは変わらない。

 

--莫迦言ってやがる。その過去に一番こだわってたのは、俺自身だろうが。呑まれたフリまでして、大層なこった……。

 

 それが、自身への戒め。安易に憎しみに縋り、過去の所為にして。前世に喰われる恐怖から逃れる為に、軽はずみに勝算すら棄てた勝負に挑んだ愚か者の精神への。

 

「……お前の言ってる事は、良く解んない。ボクは頭良くないし」

 

 そんな背中に、懸けられた声。小さく、だが--

 

「でも、解った事が一つ有る」

 

 だが、意志が篭められた言葉。それに気怠そうに顔を向けた空に向け、溌剌とした表情のルプトナは何かを投げ渡した。

 

「--確かにボクはボクだ。過去がどうでも……ボクは間違いなく精霊の娘ルプトナだ。それだけは間違いない」

「……あっそ。良かったな」

 

 気のぬけた返事を返しつつ受け止めた掌を見遣れば、林檎に似た果実らしきモノ。

 水の中で冷やしていたのだろう、しっとりと濡れている。

 

「……お前って、ちょっと良い奴だね。ほんのちょっぴりだけど」

「はぁ? 少し会話しただけで、何を図に乗ってやがる……」

「勘違いすんなよな、ちょっぴりだ。後は纏めて嫌な奴のまんま」

「……クク。そうだ、それで良い。俺達は、とどのつまりが敵同士なんだからな--」

 

 少し緩んだ警戒心を諌めて引き締める、渡されたモノをかじる。シャクリと、瑞々しい音を立てた果実は見た目に反して梨のような歯ごたえ。そして--

 

「--酸っぱァァァァッ!?!?!」

 

 鮮烈な、檸檬の酸味に咳込む。色々紛らわしい果物だった。

 

「--ぷっ! くくく……やーい、引っ掛かってやんのー!!」

「ゲホゲホッ!! へ、へめぇぇっ、やりやらっはらぁぁっ!!」

「へーんだっ、勝手に縄を解いた仕返しだいっ!」

「よし構えろ! 俺の本気、拳を賞味させてやらァァッ!!」

 

 捕虜生活一日目(夜)。少年は徒手空拳で神剣士に挑み--無惨にも、ハイキックの一発で敗北を喫する事となった……。

 


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