サン=サーラ...   作:ドラケン

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鬼神 来たりて Ⅲ

 当たれば即死の一撃『バッシュダウン』、それに背中の翼の骨組としていた『クロウルスパイク』四本を放ち、牽制として懐に潜り込んだ空。だが--

 

「……小僧。それは、何の心算だ……」

 

 ベルバルザードはギシリと歯を鳴らす。力量と技量を測るべく、小手調べとして振るったその剣戟を躱わされたのは構わない。否、寧ろ、良い反応をしたとすら言えよう。

 だが…その後の行動が彼の逆鱗に触れた。

 

「その『剣』は何の心算だッ!」

 

 咆哮する鬼。その心臓の位置に振り抜かれた『ヘビーアタック』だったが、ベルバルザードの鋼鉄の皮膚『アイアンスキン』の前に苦もなく無力化されていた。

 

「……チ、やっぱ駄目かよ」

 

--まさか、無傷とはねェ。本当、これだから神剣士って奴はッ!?

 

 と、轟音が空の耳を突く。間髪容れずにしゃがみ込めば、一瞬前にその頭部が存在していた空間を【重圧】の柄が薙ぐ。

 もし当たっていれば西瓜のように粉砕され、脳獎を撒き散らしていただろう。

 

 躱しきった後には立ち上がらず、そのまま前転で離脱した。刹那、そこに向けて返す刃が落ちる。

 

「逃げ足だけは速いようだな……だが、そのような下らん得物では我に傷一ツ付けられはしない」

 

 【夜燭】を見遣りながら、長柄を握り潰さんばかりに力を籠める。それ程に彼の怒りは強い。

 それは、虚仮にされたからではなく失望から来るモノ。『期待』を裏切られた事に対する憤怒。

 

「そうかい……? まあ、精々今の内に吠えておけよ。あの世からじゃ、負け犬の遠吠えは聞こえやしねェ」

「全くだ--!」

 

 地面を蹴り砕き巨躯が疾駆する。【重圧】が唸りと共に、目前の弱者を打ち砕くべく天より降る。

 

 

--ギィィン!!

 

 

 それを真っ向から受け止めた。両腕と肩を固め、脚を踏み締めて、【夜燭】全体を盾に【重圧】の豪刃を受け止める。

 

「--ぐ……おおおォッ!」

 

 眼を見開き、砕けんばかりに歯を喰い縛り、脂汗を流しながら。それでも空は、ベルバルザードの一撃を受け止めてのけた。

 

--逃げる訳にはいかない、太刀向かう可能性を俺は持っている。ならば、真正面からぶつからねば俺が……此処まで努力してきた、『巽空』が廃るだろうが!

 

「--ほう」

 

 己の一撃を耐え忍んだ少年に、ベルバルザードは少し意外な顔をした。その大剣は彼の物ではない事が、自らの大薙刀を通して理解できている。それで尚、己の一撃を堪え凌いだのだ。

 

 ……だが幾ら武器が良かろうと、努力と研鑽を無しに彼の一撃を受け止められる訳が無い。

 この少年は少なくとも、『ヒトの身で』それを成せる程の鍛練を積んでいるのだ。

 

「だが……多寡がそれだけだ! その程度では我が神剣【重圧】の相手足り得ぬ!」

 

 主の気迫に応えて、【重圧】が煌めく。ミシミシと圧力が増し、空は遂に片膝を衝いた。

 そのまま車に轢かれた蛙のように押し潰されるのではないかと、焦燥すら感じられる。

 

「--そろそろ本気で相手をしてやる……」

「……!?」

 

 悠然たる宣言は、執行の合図。ベルバルザードの身に充ちていく、高純度の朱い精霊光(オーラ)の名は『ウォームス』。

 

「処刑台の前に立つ気分はどうだ……」

 

 この瞬間より、此処は永遠神剣【重圧】の支配領域と化す。

 

 ただでさえ筋骨隆々の肉体が、二回りは巨大化したような圧迫感。凄まじい熱と共に精霊光が爆風のように周囲を踏み躙った。途方も無いマナ圧に当てられて、胃の腑が裏返りそうになるのを何とか飲み下す。

 

「何であろうと、叩き潰すのみ」

 

 そう、今まではただの小手調べ。今から漸く本番、今からが本当の--蹂躙だ。

 

--おいおい、もう泣きそうだぜ。勘弁してくれよ、更に力が……強……く……ッ!!!

 

 軋みを上げる、全身の骨。それが砕けるより速く、全身を遣って【重圧】を受け止めたままで空は何とか腰元のバッグを漁る。

 こういう時の為の備え、それを手に取った。

 

「--ヌゥン!」

 

 一息に圧力を増し、遂に鬼神は大薙刀を振り抜く。朱く染まった刃、『バッシュダウン』が大地を刔り--顔面に向けて放たれた、何かを横の壱薙ぎで粉砕した。

 【重圧】の一撃にて粉砕されたそれは--グリップガンから撃ち出されたスタングレネードである『シャイニングナックル』は周囲に閃光と轟音を撒き散らす。

 

「眼眩ましだと……小賢しい! そうまでして命を繋ぎたいか!」

 

 それに一瞬視界を覆われるが、ベルバルザードはこの程度で気を乱すような男ではない。

 恐らくは森の外に逃げる気だと、彼は断じた。今あの少年が窮地を脱するには仲間と合流するしか無いと。

 

 どの方角に逃げたかは判らない。判らないが--何処に逃げようとも逃がしはしない。

 

「--ならば、眼前に在る物全てを……断つ!」

 

 握り締められた右の拳にマナが纏わり付く。朱く、激昂したマナが。

 

「滅べェェェェェェェェッ!!!!」

 

 地面に叩き付けられた拳により巻き起こった衝撃波が周囲に拡散する。

 『バーサークチャリオット』の名に恥じぬ波動の一撃は、全てを吹き飛ばし周囲を粉砕した。

 

「……ッは」

 

 少し離れた場所で、その煽りを受けて吹き飛ばされて後転の形で転がった空。

 やがて仰向けに曇天を見上げる姿勢で止まる。

 

「--ガハッ!!」

 

 その少年の頚に、鬼神の豪腕が掛かった。

 天を覆ったと錯覚しそうな巨体にのしかかられてしまい、動く事どころか呼吸すらままならない。

 

「……終わりだ、神銃士。全力も出し切らずに死ぬ己の慢心を呪うがいい……蟲ケラめ!」

 

 侮蔑の視線を投げ掛けていた眼が閉じられて、ベルバルザードは精神を集中させた。その巨大な躯を対魔法鎧『スーパーアーマー』が堅める。

 

「マナよ、万物を従わせるチカラに変われ……」

 

 更に、空の身を貫通して地面に【重圧】の神力が流し込まれた。

 

「地に這い、泣き叫べ。弱者には相応しい姿だ!」

「……ッぐァ!?」

 

 二人を中心として、朱の魔法陣が拡がる。導力を得た術式が履行されて--

 

「--グラビトン!!」

 

 現実を、正しき『理法』を浸食し改竄する『魔法』と化した--……

 

 ベルバルザードは顔を上げた。敵の策に落ちた事を悟って。

 

「これ、は--ガ、フッ!」

「ハ--漸く掛かったな、クソッタレが」

 

 強力に喉を圧されながら、咳を零した少年の冷笑。そこでやっとベルバルザードは視認した。少年が身体に纏う、青い稲妻。それが自身の身体の自由を奪っている。

 感電した者にはよく有る事だ。電気信号により動く人間の身体は、電気に触れた場合には誤作動を起こすのだ。手を離すどころか、逆に握り締めてしまうような事も有る。

 

「弱さってのはよ、そりゃ確かに無い方がいい。けど、どうあったって無くなるもんじゃない。なら--それを、強みに変えりゃいいんだ。こんな風にな」

「グッ--き、さま……!」

 

 依然絶体絶命ながらも、見下すように笑った少年。少年はたった一つのその策戦の為に、自らの命を最大の危地に曝したのだ。

 ベルバルザードの威圧に屈さず、最良の選択をしたのだ。逃げる事など、早々と切り捨てて。

 

 ベルバルザードの顔面を足蹴に押しやって空間を作り、秘匿していた魔弾入りの【幽冥】をその額へと突き付けた。

 

「それと……悪かったな、神剣士のまね事なんてして戦ってよォ。こっからは、本来の俺として--神銃士として戦ってやる」

 

 有り得ない事だった。たかが蟲ケラが、蟻の一衝きが戦局を覆す。超常の具現たる神剣士、それがヒトの枠すら越えていない神銃士に。それにベルバルザードは観念したように目を閉じて。

 撃鉄が、落ちる。放たれた赤の魔弾『ヘリオトロープ』によって顔面を撃たれた彼は--

 

「舐めるな、小僧--この我が、この程度で!」

「な--?!」

 

 精神統一によって得られる理力の鎧『スーパーアーマー』にて、傷を負っただけで。頚に掛かった拳に更なる力が篭められる。このまま、過重力で圧死させるべく。

 レベル不足により無効化できずに、何とか抑えていただけだった神剣魔法『グラビトン』を力任せに解き放つ--!

 

「--アローっ!」

 

 その魔法陣に、三本の氷の矢が突き立った。矢は瞬く間に魔法陣を構成する導力を凍てつかせて、その式を『不履行』と改竄する。

 

「--猛襲激爪ッ!」

 

 更に、ベルバルザードに向けて黒い旋風が襲い掛かった。左、右と連続で振るわれる爪が。

 だが彼は【重圧】にて--左腕一本で受け止め、捌ききる。

 

「まだだ、天の果てまでぶっ飛びやがれ--爆砕跳天噴ッ!!」

「ぬぅッ!?」

 

 しかし続き繰り出される裂帛の衝撃に堪らず右手も薙刀に戻して、跳びのいた。

 

「--ゲホッゴホッ! テメェ、そういう技は状況見て使いやがれ……!」

「堅てぇ事言うなッての……よォ兄弟、無事か?」

「誰が兄弟だ、誰が!」

 

 同じく跳び下がったソルラスカに引っつかまれ、死地を脱した空。毒づく言葉に苦笑する彼に軽口を返した。

 

「やっぱおまえ、悪運強っ。寿命以外じゃ死ななさそー」

「……煩せェな、放っとけ」

 

 その脇に『アイシクルロー』で、『グラビトン』を無効化したルプトナが着地する。

 

「……にしても、ベルバルザードとはな。トンでもねぇ奴と闘[ヤ]り合ってんじゃねぇかよ」

「ほう……そういう貴様は『荒神のソルラスカ』か」

 

 睨み合う狼と鬼。ソルラスカが冷や汗を流しながら牽制するその後ろで、地面に刺した【夜燭】を杖の代わりに立ち上がろうとする空。

 

「……一ツ聞いとくぞ、お前ら」

「あん、何だよ?」

「何さ?」

 

 目を閉じたまま--二人に決意を問うた。悲壮な決意を匂わせる空気を身に纏って。

 

「俺に命預けるか、勝負棄てるか……どっちだ?」

 

 低く唸るような問い掛け。二人は、眼前に立つ鬼神を睨みつけたままで全く迷う事無く--

 

「「--勝負棄てる!!」」

 

 全く同時に吐き捨てた。空は目を閉じると、片膝を立てた姿勢のままで。

 

「開門--」

 

 咥内で呟けば--胸鎧の奥の、鍵とお守りと羽の根付が吊られた首飾りに新たに吊られた、星屑を宿す宝玉から光が漏れる。

 その光はやがて、一発の真紅の実包として空の手に収まった。

 

--そう、これが鈴鳴から貰った『とっても良いおまけ』だ。内部に切り取られた世界を持つ宝玉、その名を『透徹城』。クリストの皆が持っているのと同じ原理の物だ。

 俺はそれを、『弾薬庫』として利用する事にした。持ち運ぶには不便だし危険な弾薬類を安全かつ大量に移送する為に。

 

「--ハハ、判ってんじゃねェかテメェら。『命を預ける』なんて言われたらケツ捲って逃げるトコだったぜ」

 

 開かれたアンバーの瞳。空は、悪辣な笑いを漏らしながら用意を…実包から弾頭を抜いて【幽冥】に装填し、衝き立てた【夜燭】の柄を握り立ち上がる。

 

「うおッ!?」

「うわっ!? な、何すんだよっ」

「騒ぐな、聞け。いいか--」

 

 前方の二人の頭を抱え込むようにガバリと抱き抱えると、何かを耳打つ空に注意を向けた。

 最初こそ慌てていたソルラスカとルプトナだったが、次第に顔を引き締めていき……最終的に。

 

「……うへぇ。よく思い付くよね、そんな事」

「ホント、厭味に懸けちゃ天才的だよなお前」

 

 ニィッと空と同じく悪どい笑みを浮かべる。

 

「褒め言葉として受け取っとく。んじゃあ一丁……まぁ増援が駆け付けるまでだけどよ……」

 

 両手を【夜燭】の柄尻に載せたままでソルが【荒神】、ルプトナが【揺籃】を当てた。

 刹那、大剣が蒼く帯電する。

 

「精々、死に物狂いで生き足掻くとしようぜ!」

「「--応ッ!」」

 

 分割されたレストアスの一部がソルラスカとルプトナにも宿り、蒼雷の加護『エレクトリック』を成す。身を包む力を感じながら、三人は同時に駆け出した。

 

「悪いが……餓鬼共とは言え一匹たりとも見逃してはやれん」

 

 真っ直ぐ向かうソルラスカとは対象的に、空とルプトナは大きく両翼に迂回する。

 

「--蟲ケラは叩き潰すのみよォッ!!」

 

 対して再度、空間が赤熱した。【重圧】より放出された赤マナが、爆風の如く吹き付ける。

 

【ちっ、馬鹿の一ツ覚えが……脳みそまで筋肉なんと違いますのん、あれ?】

(知るか、阿呆! それより!)

 

 【幽冥】は忌ま忌ましげに呟く。そんな銃を、【夜燭】を担いで左翼に走った空はベルバルザードへと向けた。

 一方、右翼に迂回したルプトナは水の刃を現出させた【揺籃】で地を滑る。

 

「気合一閃! ブレーードっ!」

 

 滑りながら右足を一閃させて、その水刃を飛ばす。それは過たずベルバルザードを襲い--

 

「--ヌゥン!!」

 

 神剣に叩き斬られ、潰えた。

 

「やるじゃん……でもっ!」

「俺の存在を忘れんなッ!」

 

 走り込んだソルの剛腕が唸る。

 

 繰り出される爪撃、両腕に装着された【荒神】は次第に【重圧】の防御を速度で上回り始める。

 加えて、その爪に宿る蒼い雷。打ち合わせる毎にそれに感電し、ベルバルザードの指先から徐々に正確さを奪い取っていく。

 

「フンッ!!」

「おッと! せいやァァッ!!」

 

 突き出された大薙刀の石打を、すんでの所で避けたソルラスカは勢いそのままにカウンターを叩き込んだ。

 

「--笑止! 話にならんな……行くぞ!!」

 

 しかし、ベルバルザードの鉄の護り『アイアンスキン』の前には通用しない。【荒神】は1mmたりとも傷を負わせていなかった。

 今度は刃に朱いマナを纏わせた【重圧】が振り下ろされる。

 

「……へっ、遣るじゃねぇか……だがよ!」

「--俺は無視かよ!」

「ック、小賢しい!」

 

 衝き付けられたロケット砲から撃たれた『ナパームグラインド』。魔力の塊であるその一撃は--ベルバルザードの物理的防御では防げずダメージを与え、【重圧】の刃を止めた。

 その決定的な隙、曝されたそこに狼は喰らい付く。

 

「狙いは外さねぇ、喰らいやがれ--崩山槍拳!!」

 

 衝き出した腕、それをベルバルザードの鳩尾に向けて--まさに『槍』として踏み込む!

 

「グッ! 未熟者と侮ってばかりはいられぬか……」

 

 雷神の加護を得た剛腕の一撃に、魔力抵抗へ防御を変更していたベルバルザードは後退した。

 

「ランサーっ!!」

 

 そこに一撃、二撃、三撃と回り込んだルプトナの後ろ回し蹴りが見舞われる。

 

「喰らえェェいッ!」

 

 だがそれら全ては【重圧】にて防がれたり三度目の蹴りの反動を利用して後宙返りにて、横殴りの一撃を躱わす。

 着地すると、ベルバルザードの出方を伺いながら再度地を滑る。それを追おうとした彼に赤の銃弾『スレッジヒート』と緑の銃弾の『イミネントウォーヘッド』が、ダブルで見舞われた。

 

「鬱陶しい--ならば纏めて全身の骨を砕いてくれる!」

 

 激昂し、熱閃を【重圧】で弾き、『アイアンスキン』にて受けてたった銃弾が地に墜ちるまでに。ベルバルザードは再び理法を侵食する魔法を紡ぐ。

 

「--グラビトン!!」

 

 展開される、朱の魔法陣。だがやはりそれは、ルプトナの氷の矢により打ち消された。

 

 押せば引き、引けば押す。暖簾に腕押し、柳に風。

 かと思えば一気呵成に、燎原を焼く火の如く苛烈な攻め。まるで、寄せては返す波のような戦術。

 

「……ク、ククク……」

 

 笑う。ベルバルザードは笑う。漸く判った、この三人は『勝とうとしていない』事が。

 確かに、この三人は相性が抜群に良かった。特に『生き残る』事に懸けては他の誰より。この闘いも--真実『生き延びる』為だけに行っているのだ。

 

「--マナよ。灼熱の炎に換わり、敵を薙ぎ払え……」

 

 それは、堪え難い屈辱。心行くまでの闘争を待ち望んでいた彼にとっては--最早怒り以外の感情は浮いて来なかった。

 

「何度やっても無駄だってね! アローっ!」

 

 紡がれる魔法に、一周して空とソルラスカに合流したルプトナは三度目の氷の矢を撃ち込む。

 

「あ、あれっ!?」

 

 しかし消えない。それどころか矢の方が溶け、蒸発する。

 

「貴様に御する事など出来ぬ……諦めろ」

 

 主であるベルバルザードの怒りに呼応したように、今までよりも更に強力な炎の気配が充ちる。

 そして、爆炎と共に現れた彼の守護神獣。

 

「--行け、ガリオパルサ!」

「オオオオォォォォォォォ!!!」

 

 大気を揺らす咆哮を上げる朱いティラノサウルスに似たその竜は、『暴君ガリオパルサ』。

 巨大な口腔に、炎が凝集する。『ハイドラ』の名前を冠するそのブレスはまさに地獄の業火、勝負を決めるには充分。

 

「……苦しみにのた打ち回り……死ね!!」

 

 主の許しを得て、解き放たれんとする炎。その竜と鬼を--蒼い煌めきが覆う。

 

「何……! 何だ、これは!?」

 

 ベルバルザード達の周囲を包むように蒼雷の檻が築かれた。その起源となっているのは、ルプトナの滑った軌跡--!

 

「--闇の雷よ、我が敵を狙う槍と成れ……!」

 

 ソルラスカに預けた分が『直接攻撃分』なら、ルプトナに預けた分は『間接攻撃分』。

 その用意として彼女はわざわざあのような戦闘を行ったのだ。

 

「捉えた--ライトニングボルト!」

「--ッ!?」

 

 全周囲に立ち上ったプラズマの槍は三人へと向けて撃ち出されたガリオパルサの炎と激突、更にはその内に存在している全てを焼き貫き蒸発させる--!!

 

 

………………

…………

……

 

 

 轟音と共に、雷の嵐を確認した物部学園の神剣士達。そして--息を呑む、その他の二人。

 

「……まさか、これ程とはな」

 

 嵐が潰える様を見詰めて、銀髪蒼眼の少年は呟いた。その纏う、黒い装束が風に靡く。

 

「はい、まさかこれ程とは……」

 

 それに答えるか細い声。少年の肩に腰掛けた銀髪緋眼の堕天使は酷く消沈した様子でそれだけ呟く。以前、『ミニオン並に低位』と断じた、その相手の力量に畏怖を感じた為に。

 

「ベルバルザードに、一矢報いて見せたか。あの時とは比べモノにならないな」

「も、申し訳ありませんマスター! 私の慢心です--あ……」

 

 平伏さんばかりの声色に、彼は苦笑した。そして小さな堕天使の髪を指先ですっと撫でる。

 それに驚いて、彼女は目を円くした。円くして--心地良さそうに目を細めた。

 

「近付き過ぎないようにしよう、アレの索敵範囲は判るか?」

「はい、このセフィリカ=ルクソ周辺の全域です。隠蔽や索敵する力そのものを感知する能力のようで、これでは……」

「『決して近付けない』か。成る程、敵に回すと厄介な能力だな」

 

 少年はもう一度遺跡を見遣り、苦笑した。どうやら自分の出番は無さそうだと。

 そして--ある人物、今この森の何処かで闘っているだろう少年の姿を思い浮かべた。

 

「--望……」

 

 呟きが森閑に融けて消えるより早く、佩刀した黒衣の少年は姿を消した……

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 立ち上る土埃を眺める外側部、そこに三人は--吹き飛ばされていた。

 元居た場所には、大きな窪み。相当に威力を削ぎ落とされながらも、『ハイドラ』は三人を撃ったのだった。

 

「--かはッ……!」

 

 木に叩き付けられた空はズルリと地に這う。その手には、防御に遣われ赤熱した【夜燭】。篭手の方も『オーラブロック』を全力で展開した事で故障している。

 

 しかし、彼の傷はまだ軽い。彼を守ろうと盾になったソルラスカとルプトナはより甚大なダメージを受けている。

 

--クソッタレが、何を血迷ってんだコイツら……!

 

「……莫迦共が……! 俺が何時『守ってくれ』なんて言った」

 

 地に倒れ伏した二人に向け、空は吐き捨てる。心底の怒りを。

 

「『勝負棄てる』ッつったろうが! 何を俺なんて庇いやがる……テメェらは、テメェらの命だけを守ってりゃいいだろ!」

 

 ぴくりとも動かない二人。その二人に悲痛なまでの怒りを、地に拳を打ち付けて吠える。

 

--クソッタレ……一番嫌なんだ、こういうのが! 俺の命なら、幾らでも、何遍でも賭けてやる。でもな、俺は--!

 

「--『家族』の命を賭金にするなんざ、真っ平御免なんだよこのクソッタレがァァ!!」

 

 その怒りゆ二人に向け、止めに自分に向けて。何度も何度も拳を打ち付ける。

 その叫びに呼応したように。

 

「--下らんな。実に下らん仲間意識だ」

 

 煙の緞帳の奥から、ゆっくりとベルバルザードが歩み出た。

 

「仲間の為に命を賭ける愚か者の戦士も、仲間の命を賭ける事すら出来ぬ腰抜けの策士も……実に、下らん」

 

 ジロリと三人を確認し--鼻で笑った。

 

「……テメェ--」

 

 その鬼を睨みつけて、歯を喰い縛りながら立ち上がる空。

 その空を、横殴りに【重圧】が薙ぎ払った。

 

「--あ、か……ハッ……」

「言った筈だ。地に這い泣き叫ぶ姿こそ、弱者には相応しいとな」

 

 大質量の薙刀による一撃、その鎬による迫撃を受けて。彼はまた、地に這う。

 今度はもう立ち上がれはしないだろう。

 

「悔しいか? だが、それも全ては貴様の弱さが招いた事よ……」

「ぐッガ、あ……!」

 

 ベルバルザードに背を踏み付けられ、屈辱と共に苦痛が増す。

 

「……悔しければチカラを持て。己の理想を貫けるだけのチカラを持ち、それから理想をほざくのだな……」

「い、ギ……ヒッ!!」

 

 ギシギシと脚に力が篭められ、背骨が砕けんばかりに曲げられる。それでも圧力は緩まない。緩む訳が無い。

 

「--チカラ無き理想など、偽善にすら成らんわァァァッ!!!」

 

 何故ならば、その魂に刻まれた銘は【重圧】。全てを捻り潰す、暴虐の権化。

 『永遠神剣』という暴力装置に於いても、純粋に『力により屈服させる』事に特化した一ツ。

 

「--……下らねぇ……!」

「……何」

 

 だが。その暴力に踏み付けられ、捻り潰されて血を吐きながら。

 

「『理想』だぁ? ハッ、知った事かよクソッタレ……確かに俺は雑魚だ。何のチカラも持ってねェただのニンゲンだよ……」

 

 それでも、『弱者(ニンゲン)』は呟いた。

 

「……それでもな、俺ァ俺の壱志を貫く。敵う敵わないじゃねェ、それが俺の『願い』だし、何より--ッ!」

「……ぬッ!」

 

 呟き、折れるかも知れない背骨になど構わずに反転した。

 反転しながら、【幽冥】を突き付ける。

 タタラを踏みながら持ち直したベルバルザードだったが、直ぐに銃を向けられた事を悟り--全身に力を漲らせて。

 

「抵抗など、無意味--行くぞッ!」

 

 『受けて断つ』と、その戦意で示した。

 

--そうだ、俺の願いなんざその程度のモノ。神世から変わらない矮小な『願い』が有る。

 そのチンケな『願い』を叶える為なら!

 

「確率なんかの計算ずくで語れる程に、御大層な理想なんて持ってねェんだよォォォッ!!」

「ッ!?」

 

 勢い良く突き出されようとした【重圧】、その薙刀の柄を闇の腕が、その身体を冷気の電撃が搦め捕っていた。

 

「……カッコつけすぎなんだよ、テメー……!」

「全くだね……恥ずかしい奴!」

 

 ソルラスカの『テラー』とルプトナの『フローズンステイシス』だ。満身創痍で使用したその神剣魔法は直ぐさま効力を失った。

 だが--充分。『引鉄を引く』のには充分過ぎる。

 

「「--()ちカマせ、空ッ!!」」

 

 引かれた引鉄に熾こされていた撃鉄が墜ち、刹那に漆黒の衝撃波が巻き起こる。

 真紅の銃弾、反転の魔弾が至近より放たれて、ベルバルザードは--

 

「--此処で斃れる訳にはいかぬ……ヌォォォォォォォッ!!!」

 

 【重圧】による突きで迎撃し、その勢いのままに灼熱を纏う刃で烈しい唸りを上げながら空を両断しようと迫る--!!

 

 

………………

…………

……

 

 

 衝撃により巻き上がった土埃。しばし、濛々と辺りを覆っていたその土埃の晴れた先には--深紅の翼を持つ竜、西洋の伝承に名を残すドラゴンが着地していた。

 

「あら……こんなところでお目にかかれるなんてね、光をもたらすものベルバルザード?」

 

 その足元には空とソルラスカ、ルプトナの三人が転がっている。ベルバルザードはその突進を受け、数十メートルは吹き飛ばされて着地した。

 

「ヤツィータか……」

 

 声の主は赤い髪の女--数有る神獣の中でも、特に希少とされる竜属種。幻獣の頂点に立つというドラゴン『炎翼バラスターダ』の主ヤツィータ。

 更にバラスターダの背からポゥとタリアが降り、別方向からは望と希美、沙月。カティマとワゥ、ゼゥが現れた。

 

「多勢に無勢か。よかろう、この勝負預けておくぞ、小僧共」

「逃がさないわよ、バラスターダ--アークフレア!!」

 

 主の命に応え、バラスターダがブレスを撃ち出す。あらゆる存在を根幹まで焼き尽くすといわれる『神炎』を。

 

『施設は自爆するようセットしてある。どの道、プラントは他にも有り、ミニオンも充分製造した。我等の計画に支障は無い……また逢おう、戦場でな』

 

 全てが焼き尽くされたその空間に響く声が、その男が健在である事を証明して。

 

『小僧、決着は必ず付ける。それまでに精々力を付け、腕を磨いておけ、"龍装兵(ドラグーン)"』

 

 バラスターダの腹の下から天を見上げる少年の耳に、その賛辞が響いた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 ピラミッド型のミニオン製造器『セフィリカ=ルクソ』の天辺に在った巨大マナ結晶が砕け散る。

 あれだけのモノが砕けたのだ、小規模ながら強烈なマナ嵐が吹き荒れる。

 

【ルゥ、確か正しい方式を取ればマナ嵐は……】

【ああ、起きない筈なのだが】

【誰か先走って壊したんじゃないの? 血の気の多いのとか】

【【【…………】】】

 

 三人が思い浮かべたのは、二人。傷が癒えるやピラミッドに突入して周囲の機械を手当たり次第に破壊して回っていた爪遣いと蹴り業師。

 

「……」

 

 一方空は、ポゥの治癒魔法受けながら厳しい顔をしていた。

 

『--チカラ無き理想など、偽善にすら成らんわァァァッ!!!』

 

--クソッタレ生が、言われなくても判ってんだよ神剣士。なんせ、俺自身が弱者なんだからな……

 

 ギリリと歯を軋ませ、その鬼を幻視した。

 

【タツミさん……】

【放っときなさい、ポゥ……】

 

 何か言葉を掛けようとしたポゥをゼゥが止める。その表情の意味を悟って。

 今は優しい言葉など掛けるべきではないと悟って。

 

--上等じゃねェかよ、『重圧のベルバルザード』。感謝する……俺に目標をくれて。

 

 久方振りに彼の身に充ちる決意。ダラバが消えて、越えたかった目標を失った事で燃え残っていた焼け木杭に火が点いた。

 

「遣ってやる……今の俺より一歩でも先に進む。そして、テメェを必ず……俺の壱志で撃ち倒す」

 

 ウジウジ悩むくらいなら、倒れ込んででも前に進む。それが--『巽空』という男。その魂の在り方だ。

 だからそれを見て、ゼゥは一言も掛ける事は無く。

 

【……ふん】

 

 少し嬉しくなった事を不愉快に感じ、そっぽを向いたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 そんな所に、神剣士達が戻ってくる。しかし、望とルプトナの姿がない事で一騒動巻き起こった。

 希美やカティマが無謀にもマナ嵐の中に探しに行こうとした時、その二人は現れた。望がルプトナを所謂『お姫様抱っこ』した状態で。それで更に一悶着が起きて、結局。

 

「うわぁぁぁん、望ちゃあん! 無事で良かったよぉ…!」

「の、希美!? 何だよいきなり」

 安堵のあまり、泣きながら望に抱き着いた希美、ソレを見て。

 

「……チッ」

「……ちぇっ」

 

 空とルプトナが同時に舌打ちをした。

 

「……何だよ、真似すんなよな」

「訳の解らん事をほざくな。俺の方が.32秒早かったわ」

 

 バチバチと火花を散らして睨み合う。互いにムカッ腹立っている者同士、後は口戦有るのみ。

 

「まぁまぁ落ち着けって。しかしあれだな、俺らって中々のチームワークだったよな」

 

 そこに割って入ったソルラスカ。先程不用意な発言をした為に、タリアの鉄拳制裁を受けてしまい赤く腫れた頬を撫でながら。

 

「……ふん。まぁ、そこは認めてやるよ。ボクだけじゃあんなヤツと真正面からぶつかるなんて無理だったし」

「そういうお前も良い動きだったぜ。俺は力任せだし、学なんざァ無ェからな……」

「言ってくれるじゃねェかよ贅沢者共、俺なんざ力も速度も無ェぞコラ」

「「お前には悪知恵と厭味が有るだろ」」

「お前ら……今日から枕高くして眠れると思うなよ」

 

 三者三様の弱点、それがぴたりと嵌まり合う。有る種の三位一体だろうか。

 

「へへっ……まぁ兎に角ボクらの勝利!!」

「おうとも、次は完膚無きまでに打っ倒す!!」

 

 拳を差し出したソルラスカに、そこにルプトナも掌を差し出して重ねた。

 そしてジッと、空を見る。

 

「……当たり前だろうが」

 

 それに応えて、空も左手を差し出して--

 

「--莫迦共に足さえ引っ張られなきゃこんなモンだ」

 

 どこぞの慢心者で英雄な王様のような仕種で実に傲岸不遜、傍若無人にそう告げた。

 

「「--こんの超絶厭味鴉がッ!!」」

 

 その両腿に二人は同時にパーンと蹴りを見舞ったのだった。

 

「ぐぉぉ……! テメェらァ……神剣効果使ったまま、ダブルで腿パーンとか何考えてやがんだ特にルプトナァァ……!!」

「行くか、ルプトナ」

「そーだね」

 

 倒れ伏してゴロゴロと藻掻く空を尻目に、二人は歩み出す。何時しか一行はウルティルバディアへ戻る為に移動を開始していた。

 

「おい、待てソル、ルプトナ! ちょっ、立てねェんだけど、これ……骨折れてね?!」

 

 暗雲は最後のマナ嵐により振り払われ、黄昏の森に降り注ぐマナの飛沫。虹色に煌めく雪のようなそれに抱かれた一行。その最後尾に喧しい三人組。

 

「……ふふ、やっぱり私の見る目に狂いは無かったわ」

 

 それを見ながら、沙月は優しげな笑顔を見せたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

「それじゃあ、勝利を祝って~~……かんぱーい!!」

「「「「かんぱーい!!!」」」」

 

 パスティル亭に調子の良い音頭が響いた。それに応えた囃しと、グラスをかちあわせる音色。店を貸し切っての宴会、この世界から脅威が去った事とそれを成した者達を讃える宴会だ。

 とは言え、実のところ既に二次会。ウルティルバディアの民衆が居た一次会では肩が凝ったというヤツィータの鶴の一声により、気の置けない連中……即ち物部学園の一同で集まっての慰労会だ。。

 

 皆から、少し離れたテーブルに着いている空。未だに痛む、包帯だらけの全身、折れた肋骨を摩りながらちびちびと茶をシバく。

 早くも、パスティル亭内は混沌の様相を呈し始めている。タリアに『最弱』呼ばわりされて、望に因縁を吹っ掛けているソルラスカ。酔って暴れている沙月と希美。カティマから奪い取った酒を喇叭《ラッパ》呑みするヤツィータ、レチェレにテーブルマナーを叩き込まれているルプトナ。

 そして、生徒を教え導く立場の早苗は飲酒した一同に雷を落とす--事は無く、酒盛りに加わっていた。

 

「教員がそんな事で良いのかね」

「ま、たまにゃ憂さを晴らしたい時くらい有るだろ」

 

 呟きに答え、ソルラスカが勝手に同じテーブルに着く。その手には酒と氷、そして炭酸水とグラスが。

 

「そりゃそうだがよ。で、なんだよ? 俺に話か?」

「おう、そういやお前とはまだ盃を交わしてなかったからな」

 

 言い、ソルラスカは空の飲んでいたグラスを見遣る。既にそれはカラ、因みに酒は一滴も呑んでいない。

 

「全力で拒絶する」

「あん? 忘れたのかよテメェ、あの勝負を」

「勝負だぁ?」

 

 暫く頭を捻るも、思い当たる節は無かったようだ。その間に彼は、手ずからグラスに酒を注ぐ。

 

「『どっちがミニオンをより多く倒すか。負けた方は、勝った方の言う事一つ何でも聞く』だ」

「--グッ!?」

 

 注ぎながらの言葉に空は、一気に冷や汗をかく。漸く思い出したのだ。あの戦闘でハイになって、冗句《ジョーク》をオーケーした事を。

 

「ッて待て! 確か、俺が六体で一番だったろうが!」

 

 手元に、酒の充たされたグラスが置かれた。小さな杯に、透明な甘露。

 

「オイオイ、『倒したミニオンの数』を競ったんだぜ? オメーが倒してたのはほとんど神獣だ」

「ハァ!? 結果は同じだろ!」

「違う違う、ミニオンだけだよ。それ以外は認めん。因みに、俺は最初の青も含めて四体だ」

 

 ソルラスカが差し出す盃を見て、仕方なさそうに盃を手に取る。

 

「……チッ、仕方ねぇか。テメェには何度か助けられたしな。この借りは必ず返してやるギギギ」

「何で歯軋り?! 別な意味にしか聞こえねーよ!」

 

 互いにやけにしゃちほこばって、一気にそれを飲み干して。

 

「「ゲホゲホッ、効くーッ!」」

 

 同時に咳込み合ったのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 『転送』によって分枝世界間の狭間にたゆたうベルバルザード。大柄なその影は、左肩を押さえて呻く。

 

「……この我に傷を付けるとはな……侮っていたか……」

 

 真紅の弾に撃ち貫かれた左肩。何かしらの毒か、血は流れず焼け付き神経も麻痺して動かせない。予想より酷い状態になっていた。

 ソルラスカの爪の攻撃を受けたベルバルザードは、空が細工したのは破壊力の底上げと併用して彼の技の精度を削る為だと思った。

 しかし、それはルプトナにあの罠を仕掛けさせる事を悟らせない為の『意識誘導』。更に、それを最善のタイミングで発動する為にわざわざ怒りを煽って【重圧】の守護神獣『暴君ガリオパルサ』を呼び出させたのだ。

 

 そして、あの最後の一撃。もしあの時に後少しでも余力を残していなければ……或いは。

 

「--あのような若僧に……!」

 

 敗北していたかもしれないと。己の慢心を恥じる。

 

「何と言う胆力と策謀……いや、蛮勇と無謀か。しかし……クッ、底知れぬ男よ」

 

--だが、手応えはあった。あれならば奴ら、『理想幹神』どもに……

 

 覆面の奥の、獰猛な瞳。それに初めて人間らしさが灯り、閉じられる。彼が思うのは、ある人物。

 

「……エヴォリア……必ずお前の『戒め』を解いてみせる……」

 

 あの少年の吐いた言葉に潜む、耳から染み込む浅い毒にあてられでもしたのか。柄にも無く届かぬ言葉を紡ぐ。瞼の裏に焼き付いた、彼が忠誠を誓う存在へと--。

 

 

………………

…………

……

 

 

 梟の様な鳴き声が響く夜半過ぎ、しかしパスティル亭は未だ煌々と明かりが燈っている。

 

「望ぅ~、グラスがカラじゃん。ボクが注いであげる~!」

「うあっつ!? い、いや、俺は今呑んだばっかりで……」

 

 望のグラスが空いた途端、ルプトナの軽快さを活かした迎撃不可の一撃。抱き着かんばかりの勢いで身を寄せて持っていた酒瓶から、酒を注ぐ。

 

「だ~め! 望ちゃんにはわたしが注ぐの~!」

「くっ、希美……!?」

 

 だが、それは予め警戒を怠っていなかった希美の鉄壁のガードに押し止められた。グラスには小皿で蓋をされており一滴も注がれていない。

 

「そ~よ、次は私の番なの」

「ま、また先輩に……!」

 

 しかし、やはり虎視眈々と機会を狙っていた沙月のインタラプトによりグラスが奪われた。カラのグラスに彼女は酒を注ぐ--

 

「さぁ望くん、グイッと呑んじゃって……って」

 

 いや、既にグラスは波々と甘露を湛えていた。無論それを成したのは--青にも打ち消す事能わぬ、黒の速度だった。

 

「押し付けはいけませんよ皆さん、望が困っているでは有りませんか……という訳で望、代表して私が注いでおきました」

「「「な、なんだってー!」」」

 

 両手どころか両足にも花。四人の眉目麗しい女性に囲まれてチヤホヤされながらの酒盛りと、まさにハーレム状態。

 

 端から見ればもう、殺意以外の何一つ湧いてこない状況に陥っている望。

 

「ハ、ハハ……ハ……うぷっ」

 

 もう既に二十杯以上呑まされてテーブルに突っ伏し、最早色んな意味で笑うしかないようだ。

 

「にしても、望君ってモテモテね。あれね、恋愛原子核って奴?」

「あれが世界の選択なんでしょ」

「お姉ちゃん、望をあんな子に育てた覚えは無いわ!」

「早苗ちゃん落ち着いて、キャラ違いよ。はいお水」

 

 別のテーブルで、そんな様子を眺めていたヤツィータにタリア、早苗と美里。酔いが回って言動が怪しくなっている早苗に水を渡し、美里は望のハーレムを見ながら溜息を零す。

 

「うちのモテ率って極端に偏ってるのよね。神剣士人気ランキングでは、圧倒的な女子票でやっぱり世刻が一位だったもの」

「っていうか、選択肢なんて殆ど無いじゃない。要するに男は世刻か巽かソルって事でしょ?」

「あー、成る程……」

 

 そこで三人は、ある一方に目を向けた。そこには--

 

「ブハー! 酒だ酒ー! もっと持って来ーい!」

「おおー! 良い呑みっぷりだぜ、空! ささ、兄貴も一献!」

「すまねぇな信助! 頂くぜ!」

「ヤッッベェェェ、超テンション上がって来たァァァッ!! 頼んでいいのかソル、信助! 『サイドメニュー全品』って頼んでいいか!? 夢だったんだよ、俺!」

「何を小せェ言ってんだよ空……どーせタダなんだからよ、男なら『メニューの右から左まで全部』だろうがァァッ!」

「兄貴超カッケェッす!」

 

 野郎三人で、まるで対抗するかのように……否、対抗して異常な盛り上がりを見せるソルラスカと空と信助……。

 

「放っておいてあげましょうよ。だってあんなに愉しそうじゃないですか……」

「……ええ、私も鬼じゃ無いわ」

 

 優しげな眼差しと声で告げる。まるでそれは春の陽射しのような温かさだ。

 

「生まれて始めてみたわ……あれが混じり気無し、純度100%の『どうしようもない本物の絶望』ってやつなのね」

「「「放っとけェェェッ! 俺達だって……俺達だって幸せになる為に生まれてきたんだァ!!」」」

 

 その哀れみの視線に、互いの傷を舐め合う負け犬達三人は揃って遠吠えた。

 

「チッキショォォ! 何でアイツばっかりィィィ!」

「ハハハ、同じ幼馴染みでこの差! 殺せよ、俺の事嫌いなんだろ神様ァァ! 俺だってお前なんか大ッ嫌いだぜバーーーカ!」

 

テーブルに突っ伏して全く同じ仕種でバンバン叩く信助と空。既に二升瓶が六本以上転がっている。

 

「落ち着けテメーら。俺達にゃあ酒っていう忘却[救い]が有るじゃねぇか」

 

 そこに、窓の外を眺めながら二升瓶を直接喇叭呑みするソルが語りかけた。

 

「--全力で突っ走るぜ、お前ら……付いて来れるか?」

「「兄貴ィィィィ!!!」」

 

 背中《せな》で語るソルに酔いどれ二人が抱き着いた。

 

「……あほくさ」

 

 タリアの呟きなど、最早届いていないだろう。

 夜宴はこうして、混迷の度合を深めながら夜が更けるまで続いたのだった……

 

 

………………

…………

……

 

 

--……夢の続きを見ているんだと。それは当たり前のように直感で分かった。

 

『え、ときみさん? どこどこー、ときみさんどこにいるのー?』

『……は?』

 

 背後から聞こえた、自分よりも更に幼くて舌っ足らずな幼女の声を受け、和服を纏った童子は振り返る。

 

--ああ……思い出した。これは俺が……希美と出逢った時の記憶だ。

 

 そこに居たのは、辺りをキョロキョロ見回している--正真正銘ゴシックでロリータな服装をした、よく魔法少女が持つような杖を手にし、白いリボンみたいなものを頭の左右両側に付けた■い髪のおかっぱ頭の童女だった。

 

『ねーねー、どこにもいないよ、ときみさん』

『いや、おれもさがしてんだよ。ってかおまえ、ときみさんのことしってんのか?』

『しってるよー、あたし、ときみさんだいすきだもん』

 

 時深を見付けられずに、童女は不満そうに唇を尖らせる。それに、空も不服そうに唇を尖らせた。

 

--駄目だ……この時の、小さい頃の希美の顔がよく思い出せない。まるで絵の具で無理矢理、希美の顔に塗りたくったように---作為的なまでに。

 

『ところで、こんなところでなにしてるの? あーっ、わかった! まいごでしょ』

『はぁ? まいごはおまえのほうだろっ!』

 

 と、外野《いしき》が思案している間に、童女が問い掛けた言葉に童子が噛み付いた。

 

『ぶーっ、ちがうもん! あたしは、えひぐぅをさがしにきたんだもんっ!』

『えひぐー? なんだ、それ』

 

 

 その言葉にぷーっと膨れた童女に、訳の解らない言葉を言われてしまう。

 

『えひぐぅはね、からだがしろくておめめがあかくてー、おみみがながくてぴょんぴょんはねるんだって!』

 

 思い当たる言葉を知らず、首を傾げた童子に童女は身振り手振りで説明する。

 それで漸く、思い当たる生き物を導き出した。

 

『なんだ、うさぎか……だったらどうぶつえんにいるだろ』

『うさぎじゃないもん、えひぐぅだもん……どーぶつえん?』

『どうぶつがいっぱいいるところだよ。それをみてたのしむばしょだ』

 

 今度は童女の方が思い至らず、首を傾げる。空は、実にあっさり口だけで説明した。

 

『そうなのー、じゃあ、えひぐぅみたことある?』

『あったりまえだろ、だっこしたこともあるぜ』

『すごいすごーい、いいなぁ!』

 

 向けられた尊敬の眼差しに、空は少し気分を良くする。だが--

 

『じゃあじゃあ、えひぐぅのつのってほんとうにかたいの』

『つの?! つのなんて……あったか?』

『ねー、あたしもえひぐぅだっこしたーい! どーぶつえん、どこにあるの?』

 

 その思いがけぬ言葉に目を白黒させる彼に対し、童女はくりくり黒目がちな団栗形の瞳をキラキラと輝かせた。

 

『しらねーよ、だいたい、おれがいまどこにいるかもわからねーんだからな』

『ぶーっ、いきたいいきたいーーっ!』

 

 だが空はつれない答えを返しただけ。童女は地団駄を踏みながら、ステッキを振り回す。

 

『はぁ……だったら、ひとのいるところまであんないしてくれよ。あとはそれからだ』

『ひとのいるところ……じゃあ、おとーさんとおかーさんのところにいけばいいんだね!』

『…………!』

 

 その童女の言葉に一瞬だけ、彼の深い琥珀色の瞳に敵意が映る。しかし、それは直ぐにより深くに沈んで見えなくなった。

 

『……やっぱりいかねぇ。ひとりでいけよ』

『ふぇ……』

 

 見えなくなって--代わりに、冷酷なまでに醒めきった眼差しを童女に向けた。

 

--……我が事ながら情けねぇ。親が居ねえってだけで卑屈になりやがって、完全に八つ当たりじゃねぇか。

 

 と、いくら今の外野《いしき》が思ったところでそれは変えられない。そして、童女を置いたままスタスタと歩きだした。

 

『あ、まってよー!』

 

 戸惑いつつ、童女は空を追って駆け出す。

 

『うるせぇ、ついてくんなっ!』

『ひぅっ……うきゅっ!』

 

 振り向きもせずに、大声で恫喝する。その声に余程驚いただろうか、彼女は些細な石ころに躓いて転んでしまった。

 

『うぅっ……ふぇ~~ん!』

『…………』

 

 そして、のろのろと座り直して膝を擦り剥いているのに気付いて泣き出してしまった。だが、それでも空は足を止めず、腕を組んだままで歩き続ける。

 

『おと~さ~ん、おか~さ~ん、ふぇぇ~~ん……』

『…………』

 

 泣き声に、『誰か』が夜が来る度にそう口にしていた言葉を思い出し、更に不快な気分になって。そして全てを拒絶するように目を閉じ--

 

『---ああぁもう……ぴーぴーうるっせーんだよ!』

 

 濁った金色の髪をくしゃくしゃっと掻き毟り、琥珀色の瞳に怒りを漲らせて。

 踵を返して駆け寄って--童女の膝の擦過傷に思いっ切りかぶりついた。

 

『ひゃあ、な、なにするのっ!』

『いてて、こら、やめろっ!』

 

 童女の驚きの余り、泣いていた事すら忘れてステッキで空の頭をぽかぽか叩く。

 突然、そんな事をされれば当然だろうが。空は、暫くその傷口を舐めた後で離れると、ペッと泥と血の混じった唾を吐いた。

 

『あのな、きずにつちがついてるとばいきんがはいっちまうんだよ。はしょーふーはすげーこわいんだからな』

『はしょーふー?』

『わるーいばいきんだ』

 

 清めた傷口に、袖の中から取り出した二枚貝……その中の黄色い軟膏を塗り付けて、油紙を付けて包帯を巻く。この年齢では、有り得ない程の手際の良さだ。

 

--この時ばかりは、師匠に感謝したな。修行で慣らされてなきゃ、こんな事出来なかった。

 

『……よーし、これでいいだろ。まったく、とっととおやのとこにいって、ちゃんとしたてあてしてもらえよ』

『う……うん』

 

 手当を終えて立ち上がると、空は再び彼女に背を向ける。もう、話すべき事は無いとばかりに。

 その為に翻った単衣物の裾を、童女に引っ張られた。

 

『たてないよ~、おんぶしてぇ』

『…………はぁ』

 

 それで懐かれてしまったらしく、甘えられてしまう。仕方なく腰を下ろす。

 すると童女は、嬉しげに彼の背に負ぶさった。首に両手を回すと、むぎゅっと抱き着く。

 

『えへへ~~』

『……』

 

 子供故の高い体温を感じつつ、彼は立ち上がる。その強靭な足腰もやはり、彼の師の扱きの賜物。

 

『ありがと、えっと……なまえ、なんだっけ?』

『あきだ、たつみあき』

 

 耳元で囁きかける童女の吐息に、彼はぶっきらぼうに唇を開く。

 

『ありがと、あっくん。あたし、あっくんだーいすき!』

『か、かってにりゃくすなよ! だいたいおまえな、ひとになまえをきくときは、じぶんからなのるものなんだぞ!』

 

 背後から首筋にすりすりと顔を押し付けられ、空は顔を真っ赤にしてそんな事を口走る。

 

『あたし、■■■■■■。みんなからは■■■■■ってよばれてるの。それと、このこは■■■■』

 

 と、彼女は自らの名と--手に持ったステッキの『銘《な》』を語った。

 

『このこって……つえだろ?』

『つえじゃないもん、■■■■はうまれたときからいっしょなんだもん!』

『ふーん……』

 

 そんな、気のなさそうな返事を返しながら。刹那、高まった胸の鼓動に困惑する。

 『伽藍洞』の己とは正反対の、『満ち足りた』その童女に。

 

 その余りにも因果な運命も宿命も知らぬままに、出逢うべきではなかったその二人は。

 

--俺は……この娘に、生まれて初めて恋をしたんだったな……。

 

 

………………

…………

……

 

 

「……ん」

 

 意識の断絶から目を覚まして、空は辺りを見回した。

 

--あー、流石に無茶な飲み方をし過ぎたか……なんかまだ頭ん中にアルコール残ってるな……

 

 明かりが落ち、闇に閉ざされた室内。因みに左右からは、信助とソルラスカ。前からはヤツィータの寝息。それ以外のメンバーの姿は無かった。

 

「あ……タツミさん、起きられたんですか?」

「レチェレさん……」

 

 そこに、掛布を持ったレチェレが現れた。どうやら、酔い潰れた自分達にそれを掛けてくれようとしていたらしい。

 そして、思い出す。宴がお開きになっても『二次会』と称して、ソルラスカと信助、ヤツィータの四人で騒いでいた事を。

 

「すいません、迷惑掛けて」

「いえ……」

 

 それを手伝い、広間を後にする。その道々、水を一杯貰って飲み干した。

 何となく連れ立って店の外……板組みの足場の手摺りに肘を置き、酔い醒ましの風を浴びて濁った金髪を靡かせつつ吸い掛けだった煙草に火を付けた。

 

--……何か、ひどく懐かしい夢を見ていた気がする。そう、何か……とても、大事な記憶を。

 

 人工の灯火に溢れ返った元々の世界では滅多に見られない、夜空の漆黒のキャンバスに映える金色の月影と、赤、青、黄色の星々の煌めき。

 その虚空に、煙草の先の埋め火を思わせる焔から立ち上るものと吐き出した紫煙が、ゆらゆら揺れながら消えていく。

 

『あたし、■■■■■■。みんなからは■■■■■ってよばれてるの。それと、このこは■■■■』

 

 肺を充たす焼けた香気を味わい、その劫波の彼方に去った記憶を漁りながら名前も姿形も知らない虫や鳥獣の歌声、夜風と木の葉のさざめきに耳を傾けていると--

 

「あ、あの……」

「ん……はい、なんです?」

 

 レチェレに呼び掛けられ、振り向く。その動きに、ホルスターに吊られた銃が擦れたのか、静かな金属音が響く。

 振り向いた瞬間、一瞬その姿に--『記憶に有る限りでは』見た事などない、童女の姿を重ねた。

 

「昨日はありがとうございました……それと、足手まといになってしまってごめんなさい」

「何言ってるんですか。それなら俺の方こそ、巻き込んでしまってすいません」

「そんな……もしもタツミさんが居なかったら、わたしはきっと」

 

 と、そこまで言ったところで、彼女は口をつぐむ。正確に言えば、空の人差し指で押さえられた。

 

「駄目ですよ、それは勘違いだ。俺が居なけりゃ、きっと他の誰かが救ってくれてます。たまたま、今回は俺だっただけ」

「あうっ……」

 

 気障ったらしい仕種や口調は、場の空気を変える為。男として、女をそういう野暮な事で泣かせるのは、彼の憧れるアウトロー道、ハードボイルド思想に反する。

 ただ、そういうのが逆効果な例もある事に思い至らないあたり、半熟たる由縁であろう。

 

「あ、あの……おやすみなさいっ!」

 

 一瞬で真っ赤になったレチェレは、さながら小鹿のように機敏な動作でパスティル亭の中に消えて行った。

 

「…………流石に臭過ぎたかな」

 

 それを苦笑いしながら見送って、空は再び煙草を銜えて--

 

「さてと、それじゃあ向かい酒と洒落込むか」

 

 さりげなく持ち出していた酒瓶を取り出したのだった。

 


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