何も無い、ただ果てしない蒼穹。雲はまるで海のようにその天空都市の足下を流れる。
その蒼穹に--『光』が溢れた。それが結集し、『永遠神剣』を携えた神剣士達が躰《カタチ》を現す。
「--さぁ、始めましょうか……旅団の皆さん」
アラビア圏の踊り子のように、エキゾチックな衣裳の翡翠細工の如く美しい女。
その直ぐ脇に控えているのは、紅いマントと覆面を纏った鬼神の如き威圧の武士。既に、抜刀してある大薙刀【重圧】を構えて四肢に力を漲らせている。
その時、女の両腕に嵌められている腕輪。それぞれ大小合わせて三つ輪が連なったそれが、涼しげな音を鳴らす。
そう、彼女の担う第六位の永遠神剣【雷火】が。
「光をもたらす者、六位【雷火】のエヴォリアの名に於いて命ずる……」
エヴォリアは右腕を衝き出して、支えの塔を指差す。発せられた精霊光が、空中に複雑な魔法陣を描き--その周囲を光が埋めた。
「--芽吹いた樹の枝葉が枯れ、土へ還り、次なる命を育むように……全てを『光[マナ]』へと。この『時間樹エト=カ=リファ』を巡る、大いなる輪廻の流れへと還しなさい……」
無数の光源はやがて、一つ一つ確固たる躰を取って都市に向けて降り注ぐ。
一つ一つが彼女らの軍勢としての躰を取り、各々の『永遠神剣』を携えるミニオンへと。
「「…………」」
目配せと同時に、エヴォリアの脇に控えていたベルバルザードが滑降していく。この二人の間に、多くの言葉は要らない。
それだけでも、もう十分に言葉を交わした。例えこれが最期だとしても、悔いなど無いだろう。
その雄々しき背を見詰めながら、彼女は呟いた。
「私達が……私達こそが、この世に『光をもたらすもの』」
そう己に言い聞かせるように、彼女は呟いた--……
………………
…………
……
ナーヤの執務室に集結していた神剣士達。その中で一人、窓から蒼穹を眺めていた空。
身に纏うは漆黒の外套に武術服、そして篭手に脚甲。
「…………」
胸元の鍵やお守りといったモノを握り締めた刹那、室内に警報が鳴り響いた。当然、それは敵襲を知らせるモノだ。
落ち着いたサレスの指示に続き、ソルやルプトナが気勢を上げる。それを、タリアが冷徹に斬って捨てていた。
「これくらい意気込みが有った方がいいわよ。あたしも【癒合】も久々に燃えてるわ~」
「巽、パス」
「スルーしてーけどうぃーす……【癒合】は、いつでも燃えてるでしょうー」
「やっつけで突っ込むのはやめてちょうだいよ~……」
そこに茶々を入れたヤツィータすらバニッシュしてのけ、後始末を空に託した。駄弁を伺っていたカティマも苦笑している。
どうやら一人たりとも気負っている者は居ないらしい。
「蕃神。貴様にはわらわ、サレスと行動を共にして貰う。永遠神銃【幽冥】とやらの性能を把握しておきたいのでな」
訂正。この少女だけはピリピリと気を張り続けている。ただ一人、しかも味方に向けて。
「了解しましたよ。俺も友軍誤射《フレンドリーファイア》で戦死なんて嫌ですからね、指示に従いますでごぜーます、大統領」
厭味を返せば、ナーヤは睨みを利かせる。肩を竦めて見せ、彼は苦笑した。
--仕方ねぇ。手間は増えるが、背中にも気を配ればいいだけだ。つーか俺、中々上手い事言った。
室内は、緊張に包まれている。しかし、誰一人として臆してはいない。望も希美も沙月もカティマも、勿論クリスト達も。
「我々の目標は、ただ一つ。この『ザルツヴァイ』の絶対防衛だ。全霊を賭して……守り抜くぞ」
「「《《---応っ!」」》》
団長の檄に、一同は声を揃えて応えた。
………………
…………
……
出発点ミスルテ・プラントからエナジージャンプクライアントを抜けた--刹那、眼前に走る一条の銀閃。
「--チッ!」
それを屈伸で間一髪で避け--後方にスウェーしながら透徹城に納めていた【夜燭】を切っ先から取り出す。さながら、砲弾の如き猛烈な勢いで。
当然、それは青に突き刺さって骨を砕く厭な音と共に鮮血を撒き散らす。空はこちらに出ている柄を握ると、勢いよく引き抜いた。
「待ち伏せかよ、危ねェな!」
既に転送されていた他の数人は交戦状態に入っている。というか、敵味方入り乱れた混戦状態だ。
--チ、上手くエナジージャンプシステムを罠に使ってやがるな。防御重視の都市設計が裏目に出た感じだ……先に制圧された地点を取り戻す戦いは、中々厳しいモンが有る……。
「ッとォ!?」
場も弁えずに思案に暮れようとした空に緑が踊り掛かった。薙ぎ払う槍の一撃を【夜燭】を構えて受け止めようとした--が、槍撃は風の障壁『ブレイブブロック』に受け止められた。
「煉獄のマナよ、渦巻く炎となり敵を討ち払え……」
「--ッ!」
詠唱にすかさず跳ね退き、距離を取る。それとほとんど同時に。
「--インフェルノっ!!」
そこに--間を置かず『地獄』が現出した。その有様は、正しく煉獄。繰り返し繰り返し、遍く罪を焼き尽くす『浄罪界の炎』が緑を焦がす。
--うわ、エゲツねェなぁ。骨も遺らねェぜアレ……。
悲鳴すらも焼き尽くして逆巻く炎自身すら燃え尽きた焼け跡には、最早影も形も遺っていない。
「あまり、手間を掛けさせないで欲しいものだがな。巽空君」
「助けてくれ、とも言ってませんけどね。助けられたのは事実だ、取り敢えず有難うございます」
「そうか。では、次からは放っておくとしようか、ナーヤ」
「…………」
背後から掛かった厭味な声に、振り向かずに厭味を返す。そんな少年と、その少年を睨む少女に肩を竦めたサレス。
--ッつーかこのネコ娘……尻尾握り締めて泣かしたろかい。その前に軽く着火《イグニッション》は免れねェけどな!
そんな事を考えている内に片が付いたらしく、神剣士が集結する。皆怪我の類は無い。
「……さて、ヴァリアスハリオを落とされる訳にはいかない。急ぎ、リゼリア・プラントの敵布陣を突破してセレスタイン・プラントまで奴らを押し返すぞ」
短くブリーフィングを済ませ、サレスは先陣を斬る。知らずその背に頼りたくなってしまうのは、彼のカリスマ故か。
タリアなどはまるで忠犬のように付き従っており、ソルラスカは大層不機嫌そうにその後を歩いていた。
「でも、また待ち伏せがあるかもしれないわ。先陣を斬るのは辛い役になるわよ」
そこにヤツィータが意見する。確かにそうだ、今の一戦だけでも相当に消耗した。
今後、エナジージャンプする度にこうだと思うと気が滅入る。
「それなら--俺に、いい考えがありますよ」
なので--空は、己の専売特許を使う事とした。
………………
…………
……
エナジージャンプの端末の前で待ち受ける赤緑青の三体。彼女達はエナジージャンプでやって来た敵を先制で攻撃する為に、装置が起動する瞬間を今や遅しと待っていた。
だから--いや、分かっていたとしても、避けられはしなかっただろう。
「ガ--!?」
突如、飛翔物体を腹部に受けた緑が大空に投げ出されて--爆発によりマナに還っていく。轟音は、遅れてやってきた。
それに、残るミニオン達は一点を見遣る。隣の浮遊する足場--優に2キロは離れたその端から、煙を吐く赤いロケットランチャーを脇に置き、プローンポジションにて緑色のペイロードライフルで狙撃しようとしている男を。
その砲口が、火を噴いた。
「クッ--!」
舌打ちし、跳び下がる青。赤もそれに倣って腰を落とし--頭を無くす。『マインドシールド』は何の効果も成さなかった。
そして何より、この距離では手が出せない。一度退いて、態勢をを立て直そうと後衛に向けて走り出して--
「--……」
そこで、何か後頭部に凄まじい衝撃を受けた気がした。それが、彼女の最期の記憶となった。
………………
…………
……
「--命中。掃討完了、っと」
高倍率のスコープを覗いていた琥珀の瞳が得意げに上げられる。立ち上がるとバイポッドを畳んで、肩に担いだ。
「本当えげつないわよね、あんたのやる事って……ミニオンに同情しちゃったじゃないのよ」
「ハッハッハ、これからはマップ兵器の巽と呼んで下さい」
タリアのジト目に笑って返してロケットランチャーとペイロードライフルの二つを拳銃に戻すと、ホルスターに納める。
「さぁ、行きましょう。時間ないんですし、効率的に動かないと」
そう口にして真っ先にエナジージャンプの端末を通過した……。
………………
…………
……
リゼリア・プラントを奪還して、続くセレスタイン・プラントに至っては待ち伏せすら無かった。
「望……妙に散発的だと思わないか。正直、俺は敵の総数はもっと多いかと思ってたんだが」
「む、お前もか天パ。吾もどうにも釈然としないのだ」
「足場が悪いせいじゃないか? ここは大丈夫だけどさっきはこう、どうも勝手が違ったんだ」
「そうか? 俺はいつもと変わらなかったけど」
セレスタイン中央島に布陣していた敵がマナに返ると、残されていたミニオン達はあっさりと撤退していった。一行は、そのあまりの呆気なさに拍子抜けしたのか、各々言葉を交わしている。
「それはの、通路に対マナ存在用の攻勢防壁を仕掛けてあるのじゃ。とはいっても、即死クラスの物では無い……精々体力を削る程度だがの」
「空、今お前が無性に羨ましい」
「俺はいっつもお前らが羨ましいからドッコイだ」
「おぬしら、詰まらん会話はここまでじゃ。引き揚げるぞ」
セレスタインの中央島から引き揚げ、一旦ミレステ・プラントに戻る為にエナジージャンプを潜るべく歩を進める。
--何だろう、この感じ……? 胸騒ぎがする……。
何の気無しに、【幽冥】を額に当てて周囲を探ってみる。だが、やはり気配は感じられなかった。
「巽、どうしました? もしや、敵ですか?」
「あ、いえ。敵がいないか探ってみたんですけど居ませんでした」
「空の探知で見付からないなら、居ないんだろ」
「……では、皆と合流しようぞ」
気を取り直せば、残るは空と望とカティマ、ナーヤの四人のみ。
「へいへい--……ッ!?」
四人で揃ってエナジージャンプクライアントに歩み入ろうとした--その刹那、烈しい殺気が大気を圧した。
『グオォォォォォォォッ!!』
見上げる事も無く、四人は跳び下がる。後一歩でも先に踏み出していたなら、間違いなく『ソレ』に施設ごと砕かれていただろう。
「--少しは躯を鍛えたようだな、龍装兵《ドラグーン》……」
クライアントを踏み砕き、更には獄炎のブレスにより焼き払って完全に破壊し、咆哮を上げた暴君ガリオパルサ。
「……試してみるか、【重圧】のベルバルザードッ!」
そして、その前に仁王立ちして大薙刀【重圧】を構える……背後に控える『暴君』すらも霞む程に濃密な闘気と殺気を向ける鬼神。光をもたらす者ベルバルザード。
「……成る程。どうやら完全に罠に掛かってしまったようですね。目的は戦力の分断による各個撃破、或いは--ナーヤ殿ですか」
「如何にも。その小娘さえ始末してしまえば、我々の計画は誰にも止められぬ……」
「何だと……! まさか、もう既にヴァリアスハリオに!」
「加えて言えばヴァリアスハリオへの転送鍵もこちらの手中。頼みの『仲間』は大きく回り込まねば辿り着く事も出来ん……」
「なんじゃと……一体どうやってそこまで鮮やかに……!」
背後からは無数のミニオン達が押し寄せて、彼等をぐるりと取り囲む。恐らくリゼリア・プラント側の反対に位置するエフアリア・プラント側に温存してあった軍勢だろう。
「ふん、間抜けな『家族』を持つと苦労が多いな」
「兄上……兄上に何をした!」
青褪め、悔しそうに歯噛みするナーヤ。そんな彼女に、嘲笑とも哀れみとも取れる不思議な視線を向けたベルバルザード。
「諦めろ。せめて苦しまぬように引導を渡してやる--」
「--有難てぇ話じゃねぇか……こんなに早く借りを返すチャンスが来やがった!!」
ベルバルザードの声を掻き消す程の声と共にナーヤの左前に進み出た空。その躯にダークフォトンが充ち溢れ、『限界到達』としていく。
片手で外套を勢いよく外して、腰に巻く。そして風を斬りながら【夜燭】を右肩に担いで、左手に【幽冥】を構えた。
「おぬし--」
「ナーヤ殿、気をしっかり。我々は生き延びねばならないのです、この世界を守る為に!」
それに対してカティマは彼女の右を護る。上段で構えた【心神】を横に倒して衝き出した、彼女の基本の構え『天破の型』。
「姫さんの言う通りですよ、ネコさん。第一アンタ、敵からの情報を鵜呑みにしてどうすんですか」
「うぬっ……わ、判っておるわ、無礼者っ! 今直ぐにその減らず口を閉じぬと、貴様も奴と一緒に灰にするぞ!」
風斬り音と共に皮肉げに告げた空に噛み付くナーヤ、先程までの焦燥は無くなっている。【無垢】を振り、くるりと一度回して構えをとった。
「いくぞ、三人とも。何としても護り抜く! 世界も、家族も!!」
「「「--応っ!!!」」」
最後にナーヤの後方で【黎明】を携えた望の精霊光が煌めいた。鼓舞のオーラ『インスパイア』が。空はそれに触れないよう、少し離れた。
圧倒的に寡兵、数という暴力に曝される四人。しかし、誰の目にも諦めは無い。
「刃向かうのなら、何であろうと叩き潰すのみ……」
その兵《つわもの》達に一種の敬意すら抱き、ベルバルザードはチカラを解放する。周囲を埋める【重圧】の、紅き精霊光の煌めき『ウォームス』。
「我こそは光をもたらすものが将、六位【重圧】のベルバルザード。いざ、尋常に--参るッ!!」
一気に高まった彼らの力に空間が軋み、『光』が溢れた--
………………
…………
……
初撃は、青の西洋剣。力任せに振り下ろされた一撃は『ヘヴンズスウォード』、凍気を纏う一撃が齎す残滓は、それだけで彼の肌を斬るよう。
「--くッ……そだらァァッ!」
【夜燭】で受け止め、辛うじて押し返す。だが、続く斬り払いと斬り上げによって遂に【夜燭】を打ち上げられて、完全な無防備を晒す。
しかしその神格の差故か。無傷の【夜燭】に対して、ミニオンの神剣にはヒビが走っていた。
攻撃を終えて跳ね退いた青は群に紛れて、判別がつかなくなる。先程から一撃離脱を繰り返されており、彼等はことごとく主導権を握られ続けている。
今度襲い来るミニオンは赤と緑、赤熱した双刃剣と帯電した槍。
「上等じゃねぇか、剣の傀儡!!」
対応し、高く宙を舞う【夜燭】に代わり空は腰の拳銃を番える。
左には赤のデザートイーグル、右手には青いコルトパイソン。
先ず引かれたトリガーは、右。蒼の拳銃から放たれた二発の水塊『メガフォトンバスター』。
高い表面張力により大量の水を圧縮した砲弾に撃たれて、神剣を包む炎ごと赤が粉砕された。
「雷光の一撃……当たって」
そんな事になど一切構わずに、緑は空に肉薄する。彼女の神剣を振るう最適距離には後一歩--!
「--っあ……」
その視線の先には、赤い銃口。射線から逃れようと踏み込むより速く引かれた引鉄が映り--二条の熱閃『ホーミングレーザー』が撃ち込まれた。
展開された障壁『アキュレイトブロック』では、フォース主体の災竜の息吹を受け止められない。熱閃は彼女も易々と焼き貫いた。
同胞の消滅に気付き、更に数体が彼に殺到する。黒青赤緑の四体が四方を囲み、一斉に彼を狙う。
「次--!」
僅かな暇に拳銃を持ち替える。左を暗紫のベレッタM92F、右を純白のCZ-75へと。
今度は弐挺を纏めて、それぞれ別に向けて同期しつつ連射する。右は閃光弾『ジャスティスレイ』による光子砲の連射。左は重力弾『グラビティーホール』による、重力砲の連射。
直接攻撃を掛けようとした青は光に、緑は闇に。神剣魔法の詠唱を行っていた赤は闇に、黒は光に撃たれて。
それでも銃撃は終わらず絶え間無く閃光と暗闇を入り混じらせて、繰り返し撃ち貫く。
相反する性質を持つ光闇の砲弾合計十六発に防御を掻い潜られて、四体は完膚無く撃ちのめされて消滅した。
「ラスト!」
そして彼の眼前に立っていた白に、右手に番えた緑のトーラス・レイジングブルを突き付けて引鉄を引いた。
「防御す--……」
すかさず展開された、精霊光の防盾『オーラフォトンバリア』。
強固なその盾の中心に強い風圧で音速以上に加速されたマナ結晶弾頭『イミネントウォーヘッド』は--白と神剣ごと、真円の大穴を穿ち砕いた。
「敵性殲滅……」
その時、背後から飛び掛かった青。その蒼く煌めく神剣には--ヒビが在る。
一番最初に彼に剣戟を見舞った、あのミニオンだった。
「薄氷の如く、散れ--」
「--テメェがなァァッ!」
再度振り下ろされる『ヘヴンズスウォード』。それと同時に落下してきた【夜燭】の柄を掴んだ空は--剣をスレスレで躱して反転しながらの斬戟を繰り出す。
蒼い凍雷を纏った『電光の剣』を。
カウンターに対応出来なかったミニオンが、青いマナヘと還っていく。それを取り込み、【夜燭】の黒刃は冷たい炎の如く煌めいて見えた。
と、身を震わす悪寒。すかさず【夜燭】を構えれば。
「我が力、侮るな--ヌゥん!!」
目前に着地したベルバルザード、朱黒いマナを纏う薙刀の一撃が振り下ろされる。
その一撃は、ミニオンなどの比ではない。空には……ただの人と変わらぬ肉体しか持たない彼には、どう足掻いても受け切れるモノではない。
--ギィィィン!!!
凄まじい金斬り音、そしてそれを受け止めた大刀は--
「--確かに、やるな……でも、耐えられない程じゃない!」
【黎明】。弐刀を一つに纏めた状態の、望の永遠神剣。
「ほぅ、出来るな小僧……流石は破壊神の転生体か」
「それがどうした……間違えるな、今此処でお前が戦っているのは--世刻望だッ!」
ベルバルザードの感嘆も、納得出来よう。彼と比べれば華奢とも言えるその体躯の何処に、鬼神と鍔競り合うだけの膂力が有るなどと思えようか。
すうっと息を吸った、その次の瞬間。彼は空に視線を向けた。
『此処は任せて、お前はナーヤを護ってくれ』と。
「合わせろレーメ--よし、これでッ!」
【いっけーーっ!!】
「受けて立つ! 来い!」
昼と夜、反発するチカラを纏う大刀【黎明】が力尽くで斬り上げられた。
【重圧】を跳ね上げた望はその場で一回転し路面を割り砕きつつ、『オーラフォトンブレード』を繰り出す。
その一撃を受け止め、さしものベルバルザードも跳び下がった。それを追って望が駆け出す。
迷い無く振るわれる大刀の一閃一閃が凄まじい威力を持っている。神世に『破壊神』と呼ばれた、その再現のように。
--スゲぇ。あのベルバルザードと互角かよ……。
神格の差は確かに有る。第五位の【黎明】は第六位【重圧】より強力な力を持つ。たった一階位の差だが、神剣の位の差とは覆す事の出来ない絶望の開きだ。
しかし、それを凌駕しうるのが『持ち主』の差である。片やただの学生だった少年、片や幾つもの分枝世界を亡ぼしてきた殺戮者。そこには、神格の差以上の絶望が在ろう。
そして--それすらも凌駕してのけるモノこそが『覚悟』の差だ。もし望が、この戦い以前のままにベルバルザードに挑んでいれば、文字通り手も足も出なかった事だろう。
だが、今の彼には確たる意志が有る。『全てを護り抜く』という覚悟が。
--んの野郎、負けて堪るかよ! こちとらにだって、壱志も気概も有らァ!!
ならば、この少年もまた立つ。そもそも本質として負けず嫌い。それになにより、彼はその少年にだけは負けたくないと突っ走って来たのだから--迷うはずが無いだろう。
再度現れたミニオンに、迷わず後退する。着地した背後にナーヤ、そして彼女を挟んでカティマの姿が在る。
「無事でしたか、巽」
「何とか。そちらも無事なようで何よりです」
等と、肩で息をしながら言葉を交わす。幾ら、カティマが守勢に優れた騎士であろうと限度というモノが有る。
と、三体のミニオンが翔けた。青緑黒の内、カティマを狙う納刀した構えのまま振るわれるべき黒の剣戟は--『月輪の太刀』。
「退きなさい……退かぬなら--薙ぎ払います!!」
振るわれた横一閃の『星火燎原の太刀』。飛び掛かってきた黒のミニオンをカウンターで神剣ごと断ち切り、続く青に肉薄され--
「しまっ--」
『威霊の錬成具』にて守られたカティマの守りを巻き込みで躱し、青と緑は後方にて魔法の詠唱を行っていたナーヤに肉薄し--
「--やらせる訳……ねェだろうがよッ!」
【夜燭】によって、阻まれた。レストアスを刀身に纏わせ、氷と換えた『フローズンアーマー』。斬り結んだ刃を払い、回転させて敵の攻勢を挫きながら。
「空間を歪める俺の剣撃--受けてみろ!」
左の【幽冥】から撃ち出されたダークフォトンが立方体のバリアを形成し、青を捕える。
そして【夜燭】を大上段に構え--力任せに振り下ろした。
「ガハッ!? ここ、まで……」
右肩から断ち切られて絶命した青がマナに還って逝く。
「紅蓮のマナよ……雷の如く敵を討て--!」
『ライトニングファイア』にて最後の緑も消えた。
「くっ……じり貧か。このままではいずれ数に圧されて--…」
もう既に八小隊分はミニオンを屠ったというのに、敵部隊が壊滅する度に奥のクライアントから、無傷の部隊が次々と補充されるのだから始末が悪い。
「--っ……!」
その瞬間ナーヤの記憶が甦る。彼の『悪神』との最期の記憶が。その時も、数で圧されたのだ。
「……巽、ナーヤ殿。こうなれば奥の手を使います。しかしながら、この技は味方にも害が及ぶ両刃の剣……」
カティマの声に気を取り直したナーヤの目に映ったのは、周囲を囲む神剣の槍襖。
「……アレですか、了解。考えは有りますから、構わずにどうぞ」
「ふふ、そうですか。そう言えば……覚えていますか、巽? 貴方と始めて轡を並べた戦いも、こうして無勢でしたね」
「はは、言われてみれば」
それはたった数ヶ月前の出来事。しかし、密度の高いこの数ヶ月では、もう数年前と言われた所で気付かない位に遥か過去に思える戦いだった。
「--来ます!」
掛かったカティマの声の、その数瞬早くミニオンが力を篭めた事が解る。
「気圧されはしません、はっ!」
掛け声と共に【心神】が路面に突き立てられた。次に高速振動を始めた【心神】、そこから黒マナを帯びた激震が周囲のミニオンを討つべく拡散する。
多対一の戦いに於いて、活路を見出だす為の技『紫晶國裂斬』。
当然それは地に在る全てを飲み込む。故に、空やナーヤとて例外では無い。
それどころか、先ずそれに飲み込まれるのがその二人--!
「--しっかり掴まってて下さいよ、ネコさん!」
「はぁ? 貴様、何を言っておるの--にゃああ?!」
その波動に飲み込まれる刹那、空はナーヤを抱き寄せて--脚甲を起動、レストアスを纏って路面を踏み砕く程の威力で跳んだ。
「~~ッは……ハハハッ! もう破れかぶれだぜ畜生がァッ!!」
「こ、このっ! 離せ馬鹿者!!」
天高く舞い上がった少年と少女。掛かった慣性に歓声を返した空は、ナーヤを落とさないように更に強く抱き締めた。
マナゴーレムであるその脚甲に包まれているからこそ耐えられるそれ、レストアスのプラズマ爆発を加速として利用する移動手段。 自らを銃弾の弾頭に見立てた技だ……とは言っても、これもまた沙月の『エアリアルアサルト』の模倣だが。
「何してんだネコさん、早く神剣魔法をカマしてくれ! 姫さんを見殺しにする気か!」
空はナーヤを小脇に抱く恰好のままで【幽冥】を抜く。
装填されている弾丸は金。銃口に顕れた魔法陣からもまた、空間を軋ませる同色の風が迸しった。
「くっ……解っておると、言っておろうがぁぁぁっ!」
そしてその苛々が限界に達したのか、ナーヤは大声で叫んだ後に空中で魔法陣を展開した。
背後に現れた、真紅の機械巨兵『クロウランス』の肩部分に配置された砲に赤マナが溢れ、収束して降り注ぐ。
「--オーラフォトンレイッ!」
「--フレイムレーザー!!」
浮遊島を揺るがす黒い烈震に、吹き荒れる金の暴風、そして灼熱の光。さながら、天変地異に見舞われたかの如きセレスタイン・プラント。墜落しなかったのが奇跡だろう。
全てが止んだ後、そこに立っていたのはただ一人。
「……全く、少しは私の事も危惧して欲しいものです」
風の中心、僅かな無風の領域に立っていたカティマのみだった。
「っし! 一掃ォ!!」
【幽冥】を握ったままの拳で、グッとガッツポーズを決めた空。そんな彼に向けてナーヤは問う。
「何故じゃ、おぬしは何故わらわを護ったのじゃ……別に、放っていても問題は無かったであろう」
言われてみればそうだ。ナーヤは神剣士なのだ。空のように巻き込まれたからと言って、即死するような脆弱な存在ではない。
そんな事は今まで神剣士と戦い続けてきた空本人が、よく知っているはずだ。なのに何故だ、と。
「言ったでしょう、『借りは必ず返す』って。言った事は守る主義だとも伝えたでしょうに」
それに、何一つ思案すらせずに『莫迦言ってんじゃないですよ』とばかりに彼は答えた。
「……それだけ、か?」
「ええ、それだけですよ。つーか、それ以外に何があるッてんですかい?」
魔弾の反動で頭を下にした状態で、空はやれやれと左掌を地に向けた。そんな彼にナーヤは真意を探るような眼差しを向けたが。
「……馬鹿じゃ、こやつは。ただの馬鹿じゃな」
ポツリと、そう呟く。
「はい? 何ですか?」
「何でもないわ、それより--」
そして最後に--不愉快そうにジト目を向けた。
「……それより、一体どうやって着地するつもりじゃ? まさか、ノープランでは有るまいな」
「ああ、それなんですけど--」
と、【夜燭】を左に持ち替えた空は、やおらナーヤの頚根っこを掴まえて--ポイッとばかりに、彼女を後方に放り投げた。
「着地はご自分でお願いします、俺まだやる事有るんで!」
「お……覚えておれぇぇぇっ!」
落下しながら--空はその二人を見据える。神剣で斬り結ぶ望とベルバルザードを。
--さあ、腹を括れ巽空……! 機会は一瞬のみ。またミニオンが溢れたら、もうベルバルザードを討つのは……不可能!!
鍔競り合っていた永遠神剣弐本が弾き合い、距離を取る。そして間を置かず--『オーラフォトンブレード』と『バッシュダウン』が斬り結び直した。
「……しまった!?」
そこでベルバルザードの技巧が真価を発揮する。掛かる力の方向が変わった為に、望は隙を作ってしまった。
「--喰らえェェェい!!」
その隙に向けてベルバルザードは拳を繰り出した。強烈な衝撃波の『バーサークチャリオット』を直接叩き込まれた望の体が、宙を舞う。
「くはっ……レーメ!」
【おうっ! いつでもいけるぞ、ノゾム!】
その体勢のままで、右腕の篭手に嵌められた宝玉が煌めく。追撃する為に、【重圧】を構え直したベルバルザード。その眼前に練り上げられた炸裂のマナが溢れた。
「【喰らえ--ライトバーストっ!!」】
「グヌゥゥッ!!?」
強烈な閃光に視界と身を焼かれ、さしもの鬼神も呻きをあげる。その閃光を切り裂いて。
「--ベルバルザードォォッ!」
遥かな上空から降った怒号に、見上げれば--重力加速度を得て、更には【夜燭】にレストアスを纏わせた斬撃が。
「征くぞ、レストアス--加減は無しだ、最大出力!」
【了解、オーナー……斬り割いてご覧にいれましょう、我等の障害となる--全てを!】
そして大上段に構えた【夜燭】に、身体加護を棄ててレストアスを沿わせる。密度の高まりに本来は青いその雷が、漆黒に染まる。その剣の名は、かつて--……
「【南天の禍つ刃よ--打ち砕けェェッ!!」】
かつて神世で『南天の剣神』と呼ばれた神と、その転生体の男が振るった剣戟--!
「--……チイ!!」
そんなマナの昴りを読み取ったベルバルザードの呼び掛けに呼応してガリオパルサが召喚された。
暴君はその巨大な顎を開いて、落下中で躱す事の出来ない空へとブレスを吐くべく構える。
その顔面に--
「クロウランスの勇姿……その目に焼き付けるがよい!!」
クロウランスの拳が減り込む。暴発した『ハイドラ』が、すんでのところで空を逸れて行く。
その煌々たる炎に照らされて尚、【夜燭】の燭火は昏く冷たい。
「剣神の一撃……黄泉路の手土産となさい--一刀両断!」
一瞬の隙を突いて、カティマがベルバルザードの懐に潜り込んだ。後に流すように構えた【心神】に黒いオーラが纏わり付くそれはやはり、かつて『北天の剣神』と呼ばれた神の振るった剣戟--!!
「--南天星の剣!」
「--北天星の太刀!」
天頂より降り堕つ南天の極星、天底より翔け昇る北天の極星。
示し合わせたように交差した、弐天の剣神の剣戟。それに--
「ガハッ!? ここで……斃れる訳には……グウゥッ……!」
それに主の手を離れた【重圧】が、浮島セレスタイン・プラントの路面に突き立った。
跳び下がって片方の膝を突いたベルバルザード。右腕は折れたのか力無く垂れ下がり、胸には浅いが……確かに二ツの刀創を負っている。
「さぁ……此処までだ、【重圧】のベルバルザード。降伏しろ」
その鬼神の前で庇い合うように各々の神剣を構えた望とカティマ、空。
「最早、神世での因縁など意味はないか……はは、漸く理解できたぞ、ヒメオラ」
北天側の【黎明】と【心神】、南天側の【無垢】と【夜燭】。
本来並び立つ筈の無いその神剣の揃い踏みに、ナーヤがポツリと呟いた。その瞳は--
「おぬしがあの記憶を伝えたのは憎しみを募らせる為ではなく……繰り返すなという戒めの為だったのだな……」
何かを吹っ切ったかのように、清々しいモノだった。