サン=サーラ...   作:ドラケン

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軋む歯車 永久の箱庭 Ⅱ

 

 ものべーの鳴き声が響く。分枝世界間を抜け、目的地に到着したのだ。

 生徒会室に集結している一行は、ブリーフィングの真っ最中だ。

 

「では、この世界の様子を見るとしよう。志願者はいるか?」

 

 サレスの言葉に応えて、幾つか手が挙がった。望、希美、沙月、カティマ、ルプトナ、ナーヤ、空、ソルラスカに加えてルゥ、ワゥ、ユーフォリアの計十一人。

 

「流石に多過ぎる。大所帯では、いざという時に機動力が落ちる。最大七人に絞ってくれ」

 

 『え~!』という声を無視し、無情にリーダーは告げる。そこで開催されたジャンケン大会の挙句--

 

「これは……なんとも素晴らしい技術力じゃな!」

 

 思わずナーヤがそう叫んだのも納得出来よう。一行の降り立った世界は摩天楼だ、魔法の世界とは違って元々の世界から直系で進化したような世界だった。

 

 舗装された道路を道なりに歩きつつ、望、希美、沙月、カティマ、ルプトナ、ナーヤ、空は頻りに周囲を見渡している。

 

「その内、全く同じ世界とか在るんじゃないすか?」

並行世界(パラレルワールド)って奴ね。ふふ、どうかしら」

 

 その空の呟きに、意味深な言葉を返す沙月。そんな中、いきなり望とカティマが身構えた--その刹那。

 

「--オォォォォォォォ!!!!!」

 

 耳を聾せんばかりの咆哮と共に地を揺るがして現れた巨躯は白い竜。

 黄色く膿み淀んだ眼差しと強靭な四肢を持つ西洋的なソレ。蜥蜴を巨大化させて翼を持たせた……いわゆるドラゴンだ。

 

「っ皆、戦闘--」

 

 その敵意を感じ取った望の叫びと共に、全員が神剣を召喚しようとする。空も透徹城から【夜燭】と【是我】を引き抜いた--その間隙を縫って、光が竜を撃った。

 

「……ッ何だ?」

 

 両脇を駆け抜けていった青白い閃光と紫の閃光。拡がる衝撃波。

 

「--下がっていてください!」

「--退け、邪魔だッ!」

 

 そして左側からは落ち着いた、冷静そうながらも温厚な声。対し右側からは荒々しく粗暴そうな、対照的な声が響く。

 一行を護り竜と対峙した二人分の影。優しい雰囲気の茶髪に赤い鉢巻きを巻く左の青年、荒々しく攻撃的な雰囲気をした黒髪を一ツに纏めた右の青年。

 

「こちらです、早く!」

 

 そしてもう一人脇道からこちらを手招きする男の姿が在った。

 

「今の内に、早く逃げるんだ! ガーディアンは僕達が引き付けておくっ!」

 

 そのどちらもが東洋めいた戦国風の装束に身を包み、型の違った和弓を所持している。

 

--あれは……永遠神剣か。

 

「……ショウ、油断するなよ?」

「へへ……お前こそしくじるなよスバル」

 

 短く言葉を交わして青年二人、スバルとショウは、ガーディアンと呼んだ竜の攻撃を躱した。猛烈な爪の一薙ぎにもしも当たれば、一瞬で挽き肉だろう。

 

 だが、こういった闘いに慣れているらしい二人は危なげが無かった。その卓越した連携たるや、竜は翻弄され通しだ。

 

「……って、見取れてる場合じゃねェな、撤退だ望!」

「ああ、希美、ものべーをあの塀の向こうに移動させてくれ!」

「あ、うん!」

 

 一行は脇道の男の先導に従って走る……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 申し訳程度に装飾された、簡素な酒場。場末のバーを連想させるそこに、一行は集まっていた。

 

「初めまして、僕の名はスバル=セラフカ。このスラムの自警団の纏め役をさせて貰っています」

 

 そこでは先程の青年、自警団のリーダーのスバルと一行の代表である望が握手を交わしている。

 

「俺はショウ=エピルマ。此処では誰もが自由だが、面倒は起こさないでくれよ」

 

 もう一人の青年、ショウの言葉をスバルが嗜める。性格的に釣り合いの取れた、中々良いコンビのようだ。それを見る望の目には、懐かしさを押し殺したような色が有る。恐らくは、自分と絶の姿を重ねたのだろう。

 会話が弾んでいるスバルと望。他に、異世界人は見なかったかと聞いてみるが絶と彼らは関係ないようだ。眺めながら思案に耽っていた空。その肩を叩いた、篭手に包まれた掌。

 

「……よう、お前ら一体どんな旅してんだ? 随分といい女ばっか連れてるけどよ」

 

 ショウだ。状況を説明し合っている望とスバルから離れて、同じ男の空と会話しに来たのだろう。

 

「でしょう? まぁ、全員あっちのにホの字ですけど」

 

 皮肉げに肩を竦めて、望を顎でしゃくって見せる。それにショウは。

 

「ハハハッ、そうなんだよなぁ。女って奴は、ああいう現実を見てない理想を語るのに靡きやがる。やってらんねーよな、実際」

 

 妙に実感の篭った言葉を零した。それに空は一瞬キョトンとした顔をして。

 

「アンタも、苦労してんだな」

「お前もな」

 

 同時に溜息を落とした。

 

「ショウさん、だっけ? どうもアンタが他人とは思えない」

「ショウでいいさ、俺もだぜ……えっと?」

「巽だ、巽空。空でいい」

「よし、空! 今晩は俺が持つ。呑もうぜ! おおい、酒を持ってきてくれ!」

 

 カウンターに向かってそう呼び掛ければ紅い髪と瞳に露出の多い服を着た、魔法の世界でも見た事のあるような女性が答える。

 

--まぁ、たった一つの世界でも三人同じ顔の人間が居るんだ……分枝まで入れたらどんだけ居るか解ったもんじゃないぜ。遺伝子の組み合わせにも限界は有る、偶然に偶然が重なっただけだろう。

 

 運ばれてきた瓶酒を一気に呑み干し、ダンダンと。二つのグラスが勢いよくテーブルを叩く。それを充たしていた小麦色の穀物酒は、もうカラだ。

 

「ったくよぉ、こっちだって好きでこんな釣り目に生まれた訳じゃねーんだよ。それを『怖い』だの『ガラ悪い』だの好き勝手に言いやがって……俺はスバルの引立て役かっての!」

「そうだそうだ、俺だって好きで癖毛に生まれたんじゃねーよ! 俺だって、俺だって……風に靡くくらいサラサラヘアーに生まれたかったわ!」

 

 ショウと空は愚痴を零し合う。そこに更なる酒が届き、二人はまたもグラスを打ち鳴らしてイッキ呑みした。

 

「あの……二人とも、もうその辺にしといた方が」

「「うるせー! 呑まずにやってられっかー!」」

 

 スバルの言葉も届かないらしい。二人は新たに運ばれてきた酒を、またもや一気で飲み干した。

 

「おーい、空? 俺達はもう帰るけど」

「俺はもう少し呑んで帰るから、心配しないで帰ってくれー」

「程々にしときなさいよー!」

 

 そうして空を残し、物部学園の一行は帰って行った。

 

「ところでお前って大剣と小銃の二つの永遠神剣の担い手なのか? さっきガーディアンに襲われて、召喚してただろ?」

 

 問い掛けられた空は、ショウの目線を追う。近くの壁に立て掛けられた、【夜燭】と【是我】を。

 

「ああ--いや、実は俺は、永遠神剣は持ってるだけだ。契約してないんだ、【夜燭】とは。それにこっちの【是我】は永遠神剣じゃなくて『永遠神銃』。近いだけの別物だ。つまり、俺は神剣士じゃなくて神銃士なのさ」

「ハハ……珍しい奴も居たもんだ。しかしライフルか……同じ射撃系統の神剣使いとしては、興味があるな」

 

 少し驚いたような彼に、得意げに語る。それに苦笑し、だが実に興味深そうにショウは【是我】を見ていた。

 

「見てみるか?」

「いいのか? レバーアクションか、レトロな銃だな……」

 

 チューブラーマガジンを抜き、ループレバーを操ってチャンバー内の弾を抜く。因みに戦闘状態のライフル型なのでレーザーサイトとスコープを装着し、六本の弦は発条式の巻き取り器でストック内に収納されている。

 それをショウに渡す。彼は少し手間取りながらも、直ぐに慣れたらしく軽々と扱った。

 

「いいな、かなり精密だ。手入れも行き届いてるし……お前、中々優秀なスナイパーらしい」

「そうか? あー、まぁ似た事はよくやったか」

 

 真摯な、まるで敵を見るような目付きに多少気圧される。そしてそれが、ショウ自身も射撃系統の永遠神剣の担い手だからだと思い至った。

 そして--同じく彼も、ショウに敵を見る目付きで『応え』た。

 

「……まぁ、ここじゃそんな機会は無いだろうがな。そら、呑もうぜ」

「おう、ただしショットガンな」

「いいぜ、負けねぇからな」

 

 その後、直ぐにそんな目付きを吹き消して。『神剣の担い手』の『弓兵』と『神剣殺しの担い手』である『狙撃兵』の二人は再び、酒盛りを始めたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 夜気の底を泳ぐようにフラフラと。千鳥足の空はものべーに転送されて生徒会室へと歩いていた。

 

「うーん……気分良いぜ……」

 

--どのくらい呑んだかは覚えてねーけど、そろそろ帰らねーとな。会長の制裁も怖ェし。

 

 見上げた先に、霞む星々。光に溢れる都市部からは見えなかったが、まるでプラネタリウムのようだ。

 

--しっかし……ショウの奴、酒にかなり強かったな。ずっと顔色変わらなかったぞ。

 

 手洗い場で水を飲み、うがいをした後に一息ついて。

 なるべく酔いを醒まして生徒会室の扉を開く。

 

「--あ」

「--お?」

 

 だがそこに居たのは、沙月でもサレスでも無く。

 

「すぅすぅ……」

 

 椅子に腰掛けた望と、その望にもたれ掛かるようにしてすやすや眠るユーフォリアだった。そして望は、ユーフォリアの頭をずっと撫でている。

 

「お前、守備範囲マジ広いな」

「ばっ、誤解すんなよ空! これはユーフィーがだな……」

「ほほー、聞きましたか姐さん。ユーフィーと来ましたぜ?」

「本当ねぇ、ちょっと目を離した隙に……望君の狼さん」

「ってヤツィータさんまで!?」

 

 二人掛かりの弄りに流石に望も立ち上がって誤解を解こうとする。しかし--

 

「……うぅ~ん……もっと撫でてください~~……」

 

 それを子供がむずがるように、ユーフォリアがしがみついてぐりぐり頭を寄せる。もっと撫でろと言う事だろうが。

 

「「…………」」

「……待っ」

 

 空とヤツィータは目配せをすると、何も言わずにピシャリと扉を閉じたのだった。

 

………………

…………

……

 

 

 翌日、明けない夜の世界を歩き出して暫く。それが果たして日常なのかを探る為に。

 昨日は待たされていた一行を、空が先導する。スラム街を眺めるソルラスカにタリア、ヤツィータにユーフォリア、クリスト五姉妹。中でもワゥとユーフォリアは、本当に興味津々そうだった。

 

「んじゃあ先ずは酒場に……ウッ、気持ち悪……」

『だ、大丈夫ですかタツミ様?』

 

 気遣ってくれたミゥに手振りで謝意を表した時--空は見知った顔を見掛ける。

 

「どうもスバルさん、ショウ」

 

 そこには丁度店に入ろうとしていたスバルとショウ。スバルの後に続いて入ろうとしていたショウに、空は気軽に声を掛けた。

 

「……ん? ああ、空--……」

 

 振り向いたショウは答えようと口を開き--まるで幽霊でも見たかのように、目を見開いた。

 

「えっと……済みません、どちら様でしたか?」

「はい……?」

 

 そして同じく振り向いたスバルは、初対面の相手に向ける眼差しを見せた。

 

「えっと、スバルさんとショウでしょう? 昨日ガーディアンから助けて下さった……」

「ガーディアン……済みません、そんな事があれば覚えてない筈が無いんですが……そうだったかい、ショウ?」

 

 シラを切っている風ではないし、そもそもそんな事をする必要が無い。スバルは完全に困った顔になり、親友であるショウに言葉を向けた。

 

「……知らねェ、記憶違いだろ」

 

 そのショウはきつく一行を睨みつけるかのような……圧迫感すら感じられる視線を向けていた。

 

「いや、そんな筈は……昨日一緒に酒まで--」

「--知らねェって言ってんだろ! ゴチャゴチャ訳の解らねェ事言ってんじゃねェよ!」

 

 食い下がる空、それにショウは苛立たしげに舌打ちする。

 くしゃりと頭を掻いて、隠す事無く敵意と共に--彼の永遠神剣を向けた。

 

「てめぇら、さてはシティの廻し者か?! 俺達を探る為にスラムに潜入したシティのスパイだな! だったら教えてやるよ、その命と引き換えにこの第六位【疑氷】の力をな!」

 

 引き絞られた弓、【疑氷】の弦《つる》がミシミシ軋む音。突き付けられた鏃には、紫色の精霊光が纏わり付く。

 

「止めないか、ショウ!」

「ッ……!」

 

 その矢を掴んだスバル、これで射ち出される事は無い。ショウはそれを振り払うと荒々しく酒場に入って行った。

 

「済みません、いつもはあんな事をする奴じゃ無いんですが……」

「……いえ、良いんです。こちらこそお騒がせしました。どうも、人違いだったみたいで」

 

 そう言って頭を下げると、空は呆気に取られっぱなしの神剣士達を置き去りにせんばかりの速足で歩き出す。慌てて後を追う九人。

 

「空、何だったんだ、ありゃあ」

「アンタ、一体何をしたのよ? ショウとか言う奴、凄い怒ってたじゃない」

「て言うか、何なのあの乱暴な人。いきなりあんな危ない事して」

「…………」

 

 そんな、ソルラスカとタリア、ユーフォリアの言葉にも応えずに。空はただ物部学園に向けて歩き続ける。

 

--何なんだ、この世界は……夜が明けないどころの騒ぎじゃない。まるで……。

 

「まるで昨日が無かったみたい、ね……」

 

 そのヤツィータの呟きを、空は暗澹たる気持ちで聞く。いつしか、二日酔いなど醒めていた。

 

 

………………

…………

……

 

 

「何故だ……何故、記憶が……」

 

 酒場の窓からそれを眺めていたショウ。口角を歪めると、反吐を吐くように。

 

「セントラルめ……一体何やっていやがるんだ……!」

 

 まるで呪うように、シティでも一番高いビルを見詰めた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 定時の報告を受けたサレスは、校長室の皮張りの椅子に沈み込む。ふう、と溜息まじりで。

 

「時間がループする世界……か。次から次に問題が出て来る」

 

 それが、この世界の正体。ある時間を境に同じ時間を永遠に繰り返す、まるでテレビゲームのような世界。

 

「ふ……我ながら言い得て妙だな。オープニングからエンディングまでを繰り返し、また同じ内容を演じる舞台劇……」

 

 現在、神剣士達はクリスト達を除いて情報収集に出ている。だが未だ解決策は見当たらず、加えてこの世界に来てからのものべーの不調が追い撃ちを掛ける。

 そして、それは本題ではない。この世界に来た理由は別に有る。

 

「暁絶……何を考えている?」

 

 苛立ちがこの世界に向かわせた張本人に向いたのも、仕方ない事だろう……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 その頃、シティの摩天楼。その最も高いセントラルタワーの屋上に。

 

『--いや、しかし……良い世界だねぇ、此処は』

「そうかしら? 陰気臭くてマナが薄くて不快でしょうがないわ」

「機械の貴様には、関係の無い話だろうがな」

 

 暗闇から漏れ出るように現れた三人。朱い覆面の偉丈夫に翡翠色の踊り娘--刃金の機神。

 

『ククッ、違いねぇ…何せオレの【幽冥】は則ち『光が弱く薄暗いさま』を象徴してんだからねぇ』

 

 その隠蔽能力に地上を徘徊するガーディアンは気付く様子すらも無い。

 

「さて、それじゃあ『理想幹神』達の指令通りにやるとしましょうか」

 

 不快な表情のままのエヴォリアの呟きに、ベルバルザードは表情を隠す覆面の奥で舌打つ。

 どちらも、本意ではないと言うかのように。

 

『……お二人さん、お二人さん。そんな生き方して楽しいかい?』

 

 それを茶化すかのように、機神はヘラヘラと呼び掛けた。当然、それに返るのは怒意に満ちた視線のみ。

 

『クックククク……生きてる内に楽しまなきゃ損ですぜ? 死んでからじゃあ悔しがる事も出来ねぇんだから』

 

 が、機神はあっさりそれを受け流す。屁でも無いと。

 

「死人が言うと、一味違うわね。でもお生憎様だこと、私達は未来を見据えて生きてるのよ」

 

 だから、彼女はそう言葉にした。この怨霊めいた神に反駁して。

 

『--未来ばっか見てると、今に足元を掬われてすっ転びますぜ、姐御? 今が有るからこそ未来があるんだ。ちゃんと石橋は叩いて渡らねぇと』

「っ……!」

 

 それすらも、嘲笑って。機神は両腕を大きく拡げて夜天を仰いだ。顔の無い、夜鬼めいたその姿の背に翳……彼の永遠神剣【幽冥】が悪魔めいた翼として吹き出す。

 

『とにかく、此処がオレの試験場……しっかりお役に立ちますよ』

 

 胸部の大型リアクターの内部、紅黒い忌血の精霊光が輝いて--徒花のオーラが展開された。

 

『--光をもたらすものが一ツ、【幽冥】のクォジェがね!』

 

 その祟り神の永遠神剣が、極夜を浸蝕する--……

 

 

………………

…………

……

 

 

 青白い街灯に照らされながら、舗装された道を歩む二人の男女。くたびれたマオカラーのスーツにこれまた安物の焦茶色のトレンチコートと黒い襟巻きを肩に掛けた刺々した短い金髪オールバックの青年と、ブランド物のワンピースに濃紺のダッフルコートを羽織りキャスケット帽子を被った、蒼い髪の小柄な少女だ。

 

「潜入任務、上手くいくといいね、お兄ちゃん」

「本当に上手くいかせたいなら、そういう発言は止めてくれよ……ユーフォリア」

 

 彼らが行っているのは情報収集。スラムは望達が担当し、警戒の強いシティには、こういった任務に慣れているだろう空が担当する事になったのだが……。

 

「望さんが入ってみた時は直ぐにガーディアンが襲って来たって。でも、今のところは静かだね」

 

 何故かユーフォリアと組む事になった。なったと言うか、されたのである。

 というのも数時間前の事、望がユーフォリアの頭を撫でていた件が、ヤツィータが口を滑らせたか何かで知れ渡った後に。

 

『ねぇ、巽くん? あの娘は君が連れて来た娘でしょう? なら、君が責任を持って面倒見るのが筋じゃない? 望くんじゃなくて』

『いや会長、別に俺が連れて来た訳じゃあイタタタ! 足踏んでる、小指がへし折れるッ!』

『解らぬなら教えてやる、たつみよ……もうこれ以上、のぞむダービーの出走馬はいらぬのじゃ』

『グアァッ! ネコさん……マジ、小指が砕けて死ぬ……!』

 

 と、生徒会室の隅に押しやられ私刑《リンチ》を受けた。希美やカティマ、ルプトナ達も同じ意見らしく、四面楚歌。

 

「お兄ちゃん、聞いてる?」

「ああ、効いてる。まだフラフラする」

「?」

 

 ステップを踏んで嬉しげに歩む少女に溜息を零した。物珍しげに周囲を見渡しているユーフォリアに対し、空は注意深く辺りを観察する。見様によっては歳の離れた兄妹……は無理が有るだろうか。

 

--やっぱり女の子か、新しい服に袖を通すのが嬉しいんだろう。潜入の為に服を買いに行った辺りからこの調子だったからな……。

 

(……此処まで喜んで貰えたなら、良しとするか。はっはっはっ)

【そうですね。買った後に空財布を握り締めて号泣しなかったら、格好良かったですよ、オーナー】

(--ワードオブブルー)

 

--レストアスが気付いたんだが、この世界の人間は管理チップを埋め込んでるのか、特定の電波を出している。それをレストアスで代用しているのだが、実際に目視されたらどうなるか判らない。

 それにしても妙な世界だ。人が少な過ぎる上に、すれ違う人間も何処か虚ろな眼差しだ。まるで、硝子玉のように作り物めいた瞳。

 

「お兄ちゃん、何かこの世界……気持ち悪い」

「……同感、早くおさらばしたいもんだ」

 

 そうこうしている内に高いビルに辿り着いた。全景を確認しようと自動扉の前に立てば--

 

「……グルルルル」

 

 いつの間にか背後に立っていた、緑鱗のガーディアン。『守護者プロリムタ』の黄濁した竜の眼と、曇り一つも無い自動扉を介して見詰め合った。

 

「バレた……のかな」

「解らねぇ……取り敢えず動くな、あとそういう事は喋るな」

 

 小声で囁きあう間にプロリムタは鼻を鳴らして、まるで犬が臭いを嗅ぐように空とユーフォリアを検査している。だが、何かが引っ掛かるように首を傾げてまた臭いを嗅ぐ。

 それに、巨大な竜牙がすぐ脇でギチギチと。剣が鍔ぜり合う時のような音を鳴らした。息を呑み、空は静かに黒い革手袋に包まれた左手を開いた。ガンスリンガーの構えだ。

 

 そして--一応は満足したのか。空の三倍強程、ユーフォリアに至っては五倍近い巨躯を揺らして、のしのしと何処かに歩み去って行く。

 

「「……はぁ~~……」」

 

 思わず、同時に溜息を落とす。生きた心地などしていなかった。一体でもあの威圧感だと言うのに、これがまだ他にも居るというのだから恐ろしい。

 

 自動扉を開き、最上階まで階段で移動する。屋上の扉を開けば、眼下に見下ろす市街地。

 2~3キロ向こうには更に高いビルが在るので百万ドルとはいかないが、それなりにロマンチックな夜景ではあった。

 

「あれ、さっきのガーディアンだよね?」

 

 ユーフォリアの指差す先には緑の竜。相変わらずのしのしと道路を我が物顔で闊歩している。通行の邪魔な事、山の如しだろう。

 

「……あそこには白、あっちには黒。青、赤……何体居るんだよ」

「それぞれが属性色を表してるんだね」

 

 ライフルのスコープで確認した限りで、全五体。青の竜『守護者ジルパース』に、赤の竜『守護者レクーレド』。

 緑の竜『守護者プロリムタ』と、黒の竜『守護者ゼム』。そして白の竜『守護者エクルトア』だ。

 

「ずるいよお兄ちゃん、あたしにも貸してー!」

「っとと、コラ、引っ張るな--んだ、これ」

 

 と、ユーフォリアがスコープに触った時にスイッチがニーヤァの透視眼鏡に切り替わる。それで、この世界の『正体』を知った。

 

「お兄ちゃん、これって……もしかして、あの二人も……?」

「……さぁな、考えるのは帰ってからだ」

 

 空は溜息混じりでメモ帳を取り出して、六色のボールペンで通りの見取り図と守護者の特徴を記入していく。

 

「……さて、今日はこの辺にして退却するか。引き際を誤っちゃ、素も子も無いからな」

「うん、判っ--」

 

 ボールペンとメモ帳をポケットに入れて切り出した空に向き直るユーフォリアの目に映ったモノ。 シティで最も高い、セントラルタワービルの屋上に四基在る赤く点滅するライトシェード。

 

 その一番近い、一基の真下から--

 

「--危ないっ、お兄ちゃん!」

「--ッ!」

 

 『光』が、撃ち込まれた。

 

「ッ……何だ、今のは」

「いたた……大丈夫?」

 

 ユーフォリアの声に、辛うじて難を逃れた空。その二人が最初に立っていた箇所は--迫撃砲弾が着弾したように吹き飛んでいる。

 

「グルァァァァッ!」

「グォォォォォッ!!」

 

 そしてそんな事態になれば当然、ガーディアンが反応する。地上からは複数の咆哮が上がっているが--やはりそのガーディアンが、一番乗りだった。

 

「グルォォォォッ!!!」

 

 強靭な爪が屋上の手摺りを握り潰し、更に腐食させて。緑の竜、守護者プロリムタが現れた……。

 

 市街地を翔け抜ける一条の蒼い閃光。ビルの間を縦横無尽に飛び抜けて看板や信号機、電線に高架をかい潜るそれは--

 

「振り落としちゃうかもしれないから、しっかり掴まっててね!」

 

 ユーフォリアだ。コートを脱ぎ捨てていつもの戦装束を露に、サーフボードのような形状に変型して後端からマナを噴出しながら加速する【悠久】に乗っている。

 その彼女の背後で赤や青、緑に白、黒など幾つもの色の魔法陣がスターマイン花火のように虚空に煌めいた。

 

「構わねぇよ--全速力でいけ。お前の背中は俺が押してやる!」

「うん、ありがと、お兄ちゃん! これならいけるよっ!」

 

 【是我】の激励のオーラである『トラスケード』の発動により、渦を巻く無属性のマナの風。極限に活性化したマナの風を受けて、高まる防御力と抵抗力。

 そして全体防御、可視化した風の法衣『ハイパートラスケード』を纏う空の姿がそこにあった。

 

「--来るぞッ!」

 

 角を曲がった刹那、背後に注意を向け続けていた彼が、声を張り上げた。それと全く同時に窓硝子を砕きながら。

 

「グォォォォッ!!」

 

 翼を翼撃《はばた》かせながらプロリムタが追い縋り、鋼鉄すら障子紙のように斬り裂く爪を一閃させて空間を『薙ぎ払う』。

 それを躱したユーフォリアだが、その剛腕が巻き起こした烈風に煽られてビルに衝突しかけた。

 

「流石はドラゴンってか、空中もテリトリーかよ!」

 

 そうして【是我】からフォース重視の銃弾『オーラショット』が放たれる。

 

「ォォォォッ!」

 

 光の弾丸は確かにプロリムタに痛みを感じさせたが、焼石に水。後数百発は必要だろう。

 

「なら……やるぞ、レストアス! 限界まで高まっておけ!」

【了解、オーナー!】

 

 次に取り出したのは【夜燭】。神獣エレメンタル=レストアスが刀身に纏わり、稲妻が増幅されていく。

 一方、【是我】のマナチャージも開始する。マガジンに今までのように『銃弾』としてではなく、『無形のマナ』として。

 

--まだだ、まだまだ……!

 

 巡航速度と旋回性能は【悠久】の方が上だろうが、一撃の破壊力と防御力、ここ一番の加速性能はプロリムタの方が上だ。

 勿論、【悠久】には空が乗った為の重量増加も有るが。

 

 ならば、小細工など通じない。大威力の一射を叩き込んで、隙を作る。

 

「ガァァァッ!!!」

 

 咆哮の後に翼撃き、竜の爪が風を斬る。戦闘開始よりその身には、あらゆる生物を死滅させる猛毒のフィールドが展開されている。

 もし爪先でも掠れば--神剣士はともかく、人間如きは即死だ。

 

「--ユーフォリア、上だ!」

「うんっ!」

 

 再び爪を躱して、今度は上空に翔け昇る。その先に在ろう満天の星々は、真実『プラネタリウム』だ。繰り返すこの世界で見える星の光は、全て紛いモノ。

 

「グルァァァァッ!!」

 

 咆哮に気を取り直せば、直下に飛び上がって来る竜。その口腔に高密度のマナが充填される。竜の息吹を放つつもりなのだ。

 

「星の海を渡る風、受けてみるか--オーラバースト!!」

 

 だが、先に空の充填が終わる。撃針が無属性の精霊光を穿った事により、僅か一瞬だけ星屑の如く煌めいた多数色の魔法陣。

 その儚くも美しい魔法陣を展開した小銃から、指向性を持つマナ嵐が放射された。

 

「ギャオォォォ!?!」

 

 翼撃いたばかりだった上にマナのチャージ中であったプロリムタはそれに対応出来ず、左腕を犠牲に『受け止める』。

 毒性のフィールドを焼き貫いた星間風、しかしまだだ。竜という種の持つ驚異的な生命力、それがまだ潰えない。

 

 腕一本を焼き尽くされようとも、眼前の敵を滅ぼす事以外に思うところはない。それこそが、彼が『守護者』と呼ばれる由縁--!!

 

「--ォォォォッ!!!!」

 

 吐き出されたのは、猛毒の霧で対象を腐敗させて付随する電撃で完全に分解する息吹。プロリムタの『ネイチャーブレス』。

 

「--今だッ!」

「うんっ、いくよ!!」

 

 空の号令にユーフォリアが反応する。【悠久】を軽く蹴り軌道を--カットバックドロップターンで180度変えた。

 

「悠久の光よ、あの敵さんを貫いて--ライトバースト!!」

「ガァァァッ!?!」

 

 ユーフォリアの放った白い閃光にプロリムタは視力を奪われる。あまつさえ右目を潰されて、飛び掛かって来る二人を捉え損ねる。

 

 

----!!!!

 

 

 その二人の間をブレスが貫く。何処までも高く昇って行くそれを見送り、空は透徹城から【夜燭】を抜いてユーフォリアは【悠久】を光の刃を持つ大剣型に換える。

 

「--南天星の剣!!」

「--プチコネクティドウィル!!」

 

 そして降下する加速度を、上昇してくる加速度を利用したクロスカウンターを--二人はそれぞれ、プロリムタの翼に叩き込んだ。

 その二撃は切り落とすまでには至らなかった。だが、高空で翼の骨を砕かれれば--後は墜落するのみ。

 

「グゥゥ……オォォォォォ!!」

 

 隻眼の竜はまた高く昇って行く侵入者に憎悪の篭った視線を向け、届かない右の毒手を伸ばして。輝ける『地上の星々(シティ)』に墜落して、見えなくなった。

 

「はぁ……はぁ、他のが来る前に、逃げるぞ、ユーフォリア」

「はふ、はふ……さん、せい……うにぃぃ……」

 

 荒い息を吐く二人はそれを尻目に、急いでものべーに向けて飛び去るのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

「……やりやがる。まさかたった二人で、あのガーディアンを撃退しやがるとはな……」

 

 セントラルタワーの屋上、頭上で光る赤いライトシェードの真下で青年は呟いた。

 

「……ガードナーも撃退された。奴ら、中々の神剣の使い手だ」

 

 ものべーへと差し向けた尖兵も全て消滅させられている。あまつさえ、自身も傷を負ったのだ。

 その瞬間、タワーの下のサーチライトが青年を照らす。戦国風の衣装に身を包む黒髪、弓を番えた青年--ショウ=エピルマを。

 

「……セントラル。スバルの調律は済んだか?」

『ええ、起動可能です。それよりショウ、貴方の修復を……』

「不要だ。俺はまだ戦える……」

 

 響く女性の声に逆らって右腕を握る。そこには剣による傷、この為に先程の一射が外れたのだ。

 その傷痕から覗くのは--金属の骨格。

 

「異分子どもを排除し尽くして、この箱庭の平穏を保つ為に!」

 

 そこで、全ての住人達が『切り替わった』。無機質な瞳、まるでロボットのように。

 そう、それこそこの世界の実相なのだ。永遠に同じ時を繰り返す世界。

 

 機械による、永劫回帰の『理想卿(ユートピア)』--……


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