サン=サーラ...   作:ドラケン

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崩れ行く日常 終わりの夜明け Ⅰ

 開かれたサーヴィランスゲート、そこは最早『門』としての役割は果たしていない。

 

 だが――その門から、神剣士達は一歩も前進できなくなってしまっていた。強固な壁は永遠神剣の攻撃も寄せ付けず、壁を乗り越えての侵入は『浄戒』の巻き戻し効果で入口に戻されてしまう。

 だからといって、馬鹿正直に入口からシティに足を踏み入れれば――

 

「――ッ!?」

 

 

 間髪入れずに襲い来た紫色の光と、無数の稲妻の速さを持った焔。遥か数キロ先からのショウの【疑氷】によ長距離る狙撃と、曲がり角の先に潜むガードナー達の『ライトニングファイア』だ。

 堪らず、望・希美・沙月組がサーヴィランスゲートに戻ってきた。神剣士でも脅威の守護者は五体とも撃破したが、ガードナーはまだまだ多数。何体居るかも不明の状態。

 

「クソッタレ――ショウの奴め、巧い事考えやがって」

 

 そんな悪態も口をつこう、物部学園では最高の組み合わせであるこのチームが撤退してきたのだ。

 正面突破が不可能かと判明した今、考えられる作戦は――

 

「やっぱ、俺がショウを押さえるしかねぇ。せめてショウの狙撃が止めば、ここに居る皆が協力すればガードナーくらい突破出来る」

「馬鹿言ってんじゃないわよ、【幽冥】を持ってた頃なら兎も角、今の君じゃ一番の的じゃない」

 

 手鏡でサーヴィランスゲートの中を確認しながら呟けば、沙月に突っ込まれた。無論、彼女の言う通りである。今の空ほど、簡単に倒せる物部学園の一員は居ない。

 そんな事は、誰に言われなくとも彼自身が一番よく知っている。【夜燭】と【是我】を手にしたまま、空は溜め息を一つ落とし――その姿を、空間に溶けるように消した。

 

「な――」

 

 それに驚いた彼女の頸に、【夜燭】の湾曲した刃先が掛かり、更に眉間に【是我】の銃口が突きつけられた。

 

「レストアスをピコサイズの氷の鏡にしたものを数億集めた物と、【是我】の風で光を屈折させた『光学迷彩(ステルス)』って奴ですよ。これでも役者不足ですかい?」

「……あなたって、本当に可愛くないわね」

 解放された沙月は実に忌々しそうに、彼から離れていく。それを肯定と受け取り、空は――

 

「……そろそろ離せって、ユーフォリア」

「だって……お兄ちゃん、一人で行くつもりなんでしょ? あたしもついてくもん!」

 

 服の裾を掴んで離さないユーフォリアに、半ばその答えを予想した状態で問う。勿論、予想通りの返答。

 だから、彼女と向き合い腰を落としてその肩に手を置き――予め用意しておいた言葉を掛ける事にした。

 

「いいか、ユーフォリア……お前がこの作戦のキーマン……いや、キーガールだ」

「ほえ?」

 

 今回の『策謀』の本当の意味を、道端で見付けて拝借した大型の二輪車を見詰めながら。

 

 

………………

…………

……

 

 

 セントラルタワーの屋上に陣取り、隙無く【疑氷】を構えていたショウ。その機械の眼差しには、6キロの彼方にあるサーヴィランスゲートですらハッキリと捉えられている。

 その瞳には、先程から敵に動きが無くなった事を(つぶさ)に見詰めていた。

 

「……ふん、これで諦めるような奴らが守護者どもを打ち破れる筈もねぇ……何かしらの策を講じたか。ゴミどもが!」

 

 怒りと共に、弓を引く指に更なる力が籠められる。耳元でギシリと音をたて、赤い光を放つライトシェードを照り返した弦が風を切る。

 

「――ッ!?」

 

 その瞬間、サーヴィランスゲートを黒い風が駆け抜けた。

 その余りの速さに、望遠状態だった為に見失いかける。だが、ショウとて歴戦の弓兵だ、直ぐ様速さに合わせて狙いを定め直し――

「見えてるぜ――空ィィィッ!」

 

 バイクに乗った空、その眉間に向けて矢を放つ――!

 

 夜空を滑るように疾駆する、紫の一閃。更に、ガードナー達の神剣魔法がその狙う者に狙いを定めて発動した。

 それに、空は――

 

「邪魔なんだよ、有象無象……」

 

 レストアスを周囲に展開、町の一角を覆い尽くす程の雷雲と化した。それをバニッシュしようとした青のガードナーもいたが、それは更に『ライトニングボルト』を発動しただけに終わる。

 

「――サンダーストーム!」

 

 降り注ぐ雷霆は『ライトニングボルト』の比ではない。魔法を打ち消す雷に撃たれて多数のガードナーが消滅していく。

 だが、まだだ。ショウの放った矢、『ドーンペイン』が彼の命を狙う――!

 

「行くぞ、【是我】ァァァッ!」

 

 空はバイクから飛び降りると、全身に星雲の風の防御『ハイパートラスケード』を纏い、更に【是我】のハイロゥ三つを円形盾(ラウンドシールド)の形をした『シールドハイロゥ』として――矢を至近距離まで引き付けると、『オーラブレッド』で迎撃した。

 消し飛ぶ【疑氷】の矢、着地した空。そのまま、何処かに走り去っていくバイク。

 

「――さて、だまくらかしあいだ。ショウ」

 

 その体が、消えていく。ステルスを発動したのだ。

 

「野郎……」

 

 完全に空の姿を見失って、ショウは――

 

「その程度の擬態で、この俺に対抗できるなんて思ってやがるのかよ!」

 

 激しい敵意と共に、再び矢を番えた――

 

 

………………

…………

……

 

 

 光溢れるシティのメインストリート。透徹城から抜き出した【夜燭】を開き前方に構えて突進する。

 

「――チッ!」

 

 乾いた砲声と共に腕に感じる衝撃。前方に展開した、セキュリティガード風のアンドロイド兵士部隊が掃射する『FN−P90』系のPDWが着弾しているのだ。更に『FN−F2000』系アサルトライフルから放たれたグレネードに腕が痺れて、流石にヤバいかと思い始めた刹那。

 

 足元に転がってきた三つの手榴弾に、ビルとビルの隙間まで跳ね跳べば――更に多数のアンドロイド兵士。掛け声と共にレーザーポインターが集中し、【夜燭】に衝撃が走った。

 

――どの世界でも、人間工学に基づくとああなるのかねッ! 神剣士なら豆鉄砲。だが俺にとっては、危険過ぎて神剣と大差ない。しかもこの圧倒的多数だ、本当にウザってェ!

 

「仕方ねェな、レストアス!」

【了解、オーナー!】

 

 その身を包む蒼い炎のような獣、レストアスが氷結する。氷結して――消えた。

 

 困惑する事も無く、兵士達は周囲を見渡しながら進攻する。しかし空の姿は無い――と、一番最後の兵士が【夜燭】のフックのような切っ先に首を引っ掛けられて、横道に引き込まれる。

 

 だがそこは、リンク可能なアンドロイド。合流したメインストリートの部隊と共にその角に銃口を向けて――飛び出してきた影に火線を集中させた。

 

 そうして蜂の巣になったアンドロイド兵士をも巻き込んで。

 

「――アイスウェーブ!」

 

 一隊が絶対零度の風に飲み込まれた。氷で出来たピコサイズの鏡による光学迷彩を解除し、凍結して動けなくなったアンドロイド兵士達を破壊してまだ使えそうな銃器を吟味する。

 

――サーヴィランスゲートに突入した俺を待ち受けていたのは、アンドロイドの特攻だった。損傷や死を恐れる事の無い死兵に数で押し切られ、セントラルタワーまで進攻する事は極めて困難。世界一つを敵に回してんだ、この位の兵力は予想しとくべきだったな……

 

 そこで空は、遠くサーチライトに照らされるセントラルタワーを見遣った。無論、ステルス状態だ。見えよう筈もない。

 

「――オーラバースト!」

 

 だというのに、空を狙い済ましてそこから放たれた紫光にいち早く反応して星の風を撃ち出す。しかし――今度は、二発も弾を貫かれた。

 

「チッ……俺なんざ雑魚で十分だってか」

【それに、更に溜め時間が長くなっている……更にマナを充填しているのでしょう、恐らくは次か、その次には防げなくなる】

「言ってくれるな、クソッタレ……しかも、追尾性能持ちか。厄介なはなしだぜ」

 

 若干凹みながら幾つかを透徹城に納めて、ショルダースリングで肩から掛けていた始めの壱挺を掃射する。柱の影に隠れていた部隊が一斉に姿を見せたのだ。

 

 『ハイパートラスケード』で銃弾を防ぎつつ奪い取ったPDWで応戦し、使い切れば棄て透徹城から新たに引き出す。そうして少しずつ敵兵を破壊していくが−−やはり多過ぎる。

 

「チッ……! あんまし目立ちたくは無かったけど仕方ない。『跳んで』行くか」

 

 高周波ブレードを振り上げた兵を【夜燭】で返り討ちにし、風で保護した足の裏でレストアスを炸裂させた。着地点はビルの壁面、そこを足場に更に跳ねる。

 

 勿論目立つ。既に十数体に捕捉されて銃撃されているが、構わず蜘蛛男ばりにビル街を跳躍する。黒い外套をたなびかせ宙を翔ける姿は、正しく鴉。

 

「――オーラブレッドッ!!」

 

 壁面に着地した瞬間、光の矢『ポイズントゥース』が躍り込んだ。星弾四発は貫通され、それを辛うじて『ハイパートラスケード』で防ぐも、貫かれて太股に掠る。それでも跳躍、ビルの屋上に着地した。

 

 

………………

…………

……

 

 

 またもや矢を防がれた事に、ショウは舌を打つ。これで五度目だ。

 

「忌々しい……大人しく散りゃあいいもんを!」

 

 吐き捨て、更に矢へとマナを籠める。この次こそ、止めとする為に。

 

「どんな策を弄してくるかと思えば……結局は神剣の性能任せの正面突破か。阿呆が!」

 

 ガードナー達の神剣を通して、他の神剣士が侵入してきていない事は分かっている。何かしらの策を講じたかと危惧していた彼にとって、それは落胆するに十分だ。

 立ち上る紫色の、毒々しいマナ。それを、空へと向ける。見えない筈の空へと。蝙蝠の神獣である【疑氷】の『血の渇き』が、『超音波』で捕捉した空へと。

 

「終わりだ――!」

 

 十分にマナを充填し終えた矢を、今、正に放つ――その刹那、ショウの視界に映ったもの。

 

「あのバイク――」

 

 セントラルタワーの正面玄関に、無人のバイクが突っ込んでくる。あの時、空が乗り捨てたバイクが。だが、あり得ない。セントラルタワーまでの道には幾つも曲がり角がある。ここまで無人のバイクが来るなど。

 それに注意をとられた瞬間――空が、4キロの彼方から【是我】の銃口を向けている事に気付く。

 

「マナよ、オーラに変われ……星の海を揺らす風となれ」

「チッ……!」

 

 弾ける花火のような精霊光、昂るマナ。その銃口より――虹色の風が吹いた。

 そんな一撃に対抗して――ショウは矢を放つ。

 

「――オーラバースト!」

「――ポイズントゥース!」

 

 空中で衝突する遠距離射撃。夜空が力の鬩ぎ合いに激震し、ビルのガラスが砕け散る。

 

「いきます、望さん!」

「ああ――突っ込めユーフィー!」

「――なっ!?」

 

 その最中――ショウは見た。バイクがその姿を変え……サーフボードのようなものに乗った、一組の男女に変わった事を。

 それは、ステルス技術で光を屈折させてそう見せかけていたのだ。バイクを持ってきたのは、その見本にする為。

 

「まさか……あの野郎、始めからこれを!」

 

 叫ぶも、この距離ではどうしようもない。二人は――そのまま、セントラルタワーの内部へと突入した。

 それを見送るしかなかった彼は、狙いを定めていた空に向き直る。その獲物は――してやったりと、口角を吊り上げていた。

 

「クソが――!」

 

 そこに、だめ押しの『ドーンペイン』を三発放つ。溜めこそ無いが、回り込むような軌道で。

 

「――【是我】……行くぞ!」

 

 『オーラバースト』と『ポイズントゥース』が打ち消しあった瞬間、【是我】のハイロゥが姿を変える。三枚の、円形盾(ラウンドシールド)型の『シールドハイロゥ』へと。

 更にそこに、ダークフォトンが加わる。三枚重ねにオーラの加護を引き剥がす黒光。

 

「ハァァァァァッ!!」

 

 その、竜の鱗のような盾を携えて――空は【疑氷】の矢を受け止めた――――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 攻撃が受け止められた事を悟り、迷わずセントラルタワーの屋上を降り立ったショウは、直ぐさまスバルを調整室に走り込んだ。

 カプセルの中の彼を確認すると、憎々しげに叫ぶ。

 

「−−セントラル……スバルの調律が解け、おまけにガーディアンどもは全滅、ガードナーも残り僅か。奴らが狙っているのは『浄戒』だ、あれを奪われればこの世界が立ち行かなくなる!!」

 

 その怒声だけで機器を壊さんばかりの勢い。それに無機質な、女性の声が答えた。

 

『……ショウ。残念ですが、此処までのようです。この世界の滅びを回避する為の解は、始めから無かった……』

「セントラル……何を言ってる?」

 

 青ざめるショウ。その声が言っている意味が理解出来る故にショウは俯き、拳を握り締めた。

 

 既に、この機械は無限に等しい演算を繰り返して来た。繰り返す世界の中で、何度も何度も。

 

『この世界が滅びる瞬間に流れ着いた『浄戒』を使い、何とか滅びを先伸ばしにして来ましたが……これがこの世界の定命(さだめ)だったのです』

 

 世界の滅びを回避する為にセントラルが演算を繰り返し、その間繰り越す世界の異物を彼等が排除する。気が触れる程に繰り返してきた事だ。

 この世界が滅びを迎えた日から。終わりを否定する為に。機械の声は、そぐわない程に優しい声で彼を諭す。

 

「……けるな」

『ショウ……もう、これで終わりにしま――』

 

 瞬間、ショウのチカラが膨れ上がる。スバルから奪い取り二人分となった『浄戒』のチカラが溢れ出した。

 

「――ふざけるなァァァッ!!!」

 

 振り払われた腕。そこから迸しったチカラが――セントラルのシステムを破壊した。

 

「例えこの世界が偽りの夢でも、終わらせなどするものかァァッ! スバルは……アイツは俺にとって光そのものだった!決して失いたくないモノだ!! 諦めるならもうお前は要らない、消えろォォォッ!!」

 

 それだけに飽きたらずショウは狂ったように……否、狂って【疑氷】の矢を放ち続ける。神剣に機械如きが耐えられる筈も無く、室内は瓦礫の山と化した。

 

『何と言う……ショウ……貴方は………』

「ハハッ……そうだ、俺達の"願い"を否定するなら……何だろうと……」

 

 ショウは部屋を後にする。その足が向かう先は、己にも判らない。既に理論づけた行動はしていないのだから。

 

『……スバ……ル……ごめんなさい………私は……駄目な……母で……』

 

 最後に点灯していた機器から漏れた声――慈愛に満ちた母の声を最後に。

 

 部屋は無音の闇に閉ざされた……

 

 

………………

…………

……

 

 

「よう……」

 

 傷だらけの男が、PDWのショルダースリングを外し、止血帯代わりに太股に巻き付けて前を見遣る。屋上中央に待ち受けていたのは男の前に、蝙蝠に乗った男が現れた。

 

「貴様らさえ……貴様らさえ現れければ、俺達は!」

 

 夜風に靡く一房に纏められた黒髪、戦国時代のような肩当てと背に負う矢籠。深い憎しみを映した瞳、風を斬る【疑氷】の弦。

 

「……ショウ=エピルマ!」

「巽、空ィィィッ!」

 

 狂気に染まった、その男を−−……

 


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