サン=サーラ...   作:ドラケン

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風立ちぬ いざ生きめやも Ⅱ

 絢爛たるオーラより生まれ、吹き抜けた清涼な風と地を潤した清廉な水。淀みを祓った風雨、その深奥の男が持つ剣銃(ソードライフル)の発する精霊光。

 

「−−くっ……ふふふ……『生命の煌めき』……? あっはははははは……強がりも大概にして下さいな、旦那はん? まぁた、とんでもないバッタもんを掴みましたなぁ……」

 

 真っ直ぐに衝き付けられた刃の先で、妖華は笑う。心底の嘲りを籠めて。

 

「カスほどのチカラも在りんせんやないですの、その神剣。確かに、マナを操る事に掛けてはわっちどころかエターナル級どすけど……含有するマナは零!」

 

 番えるは、虚空より引き抜かれた青の神剣。彼女に浸蝕され、その因果律を思うがままに操られている哀れな骸が含有するマナを全て魔弾に換えるべく。

 

「本物のチカラってぇのは、こういう――ッ!?!」

 

 刹那、と呼ぶよりも遥かに早く彼女の懐に踏み込んでいたアキ。両手で握られた蒼滄の剣銃は、青い残光を棚曳かせながら袈裟掛けに振り下ろされ――弾から盾に目的を替えた西洋剣に。

 

「――な」

 

 止められない。打ち合うのでも斬り裂くのでも無く、ただ当たり前のように透り抜けて――『空』を斬った。

 

「何を……何をした……!」

 

 遮二無二、幽月は後方に跳ね退く。必死に、己の本能が喚くままに。この男が振るう、鼻先を掠めたあの刃に『触れるな』と。

 そしてそれが、正しい判断だった事を悟る。彼女が持つ西洋剣が、マナの霧へと――否、『それ以外の何か』に還っていくのだ。

 

「――どんな小細工を使ったァァァッ!!!!」

 

 砂を巻き上げながら激昂して、本来の口調で叫ぶ。有り得ない事だ、彼女が浸蝕したモノが彼女の意志を離れて勝手に消滅するなど一度たりとも無かった事。

 怒りのままに、彼女は再度弓を引く。

 

「……成る程な、そういう仕組みなのか。ハハ――お前らしいな……優し過ぎるぞ」

【はう……ご、ごめんなさい、兄さま……】

 

 それを全く意に介さず、彼は剣銃に微笑み掛けた。それに恐縮したか、アイオネアが謝罪の意識を送る。

 

「いや……いいさ。それは――『神銃士(おれ)』の役目だしな」

 

 奪う事の出来ない、連綿と続く生命を象徴する『不断の刃』に。彼は、慈しむ視線を送った。

 

「マナよ、災竜の息吹となりて敵を撃て――」

「――刧初の波濤よ、穢れを祓え」

 

 放たれた核融合に、【真如】の引鉄を引く。一瞬の内にオーラフォトンを纏う鞘刃(さや)が閃き――清廉無垢な浄化の銃弾に、穢れた焔は消滅した。

 

「――エーテルシンク」

 

――だからこそ、俺が居る。この優しい秘蹟を紡ぐアイオネアへと向かう、あらゆる悪意を吹き飛ばす……俺が!

 

 その鞘刃が彼女ならこの神銃は彼。互助の関係にあるその剣銃。

 

「……は…………はは……ハハハハ!!!!」

 

 見開いた目を憎悪に染め切って、幽月は足元に魔法陣を展開する。赤黒い煌めきはやがて砂の海に――深紅の彼岸花じみたオーラが咲き乱れ、猛毒の鱗分を舞い散らせる漆黒の揚羽蝶の乱舞する『魂の煉獄(カルタグラ)』を作り上げた。

 

「くふふ――これがわっちの切り札……わっちはこれで、世界一つごと第三位のエターナルを滅ぼした……!」

 

 その言葉通り、彼女の展開した空間に呑み込まれた範囲にあった岩や、空気までもが融解する。一歩でも立ち入れば、そうなるのはこちらという訳だ。

 

「この無限熱量の殺界に取り込まれたモノは、魂まで気化する! 例え超スピードなんぞで迫る事が出来るとしてもなあ!」

「成る程な……クォジェといい、テメェといい……よくもまぁ、ひきこもり戦術で強がれるもんだぜ」

 

 それに、アキは一つ呆れたように溜め息を落とす。そして、用心鉄の強度を確かめるように永遠神銃(ヴァジュラ)を握り直すと鞘刃の周りにハイロゥを旋回させる。

 

「その銃の弾も、あんたの剣技も、全てが無意味! これが本物の『強さ』どっ――」

「仕方ねぇ、煩わしいけど……完膚なく捻り潰すか」

 

 その刹那――差し出されたアキの右掌の先に、針先で空けたような漆黒の『穴』が生まれた。広がるダークフォトンの曼荼羅が収斂した、周囲の空間すら歪めるその現象は――最も有名な天体現象の一つ。

 

「――ダークフォトンコラプサー!」

「くっ――!」

 

 放たれた漆黒の潰星、光すら逃れられぬ事象の地平線。そこに幽月は『ヘリオトロープ』を撃ち込むも、なんら効果はない。

 再び、彼女は飛び下がった。またもや必死に、実に惨めに。

 

「この餓鬼が……調子に――」

 

 悪態を吐こうと顔を上げたところに、砂を巻き上げる事もなく現れた用心鉄をメリケンサックとして使った崩拳『無体』を顔面に叩き込まれて吹き飛ばされた幽月。

 そして、殺界に撃ち込まれた潰星が煉獄を飲み込む。所詮は無限の熱量程度、原子が崩壊する程の超過重力には対抗の使用がない。

 

 『全てが始まる前にそうであり、終わった後にそうなるもの』へと還って逝く空間。意味有るモノである限り、無意味ですらも耐えられる筈もない。

 

 ゆらり、と彼女は立ち上がたった。その姿は、正しく幽鬼。

 その幽鬼が、憤怒と憎悪。砕けた人形の如き顔面に、その二つを満たして弓を引く。

 

「――調子こいとくなよ、糞餓鬼共ォ! わっちが……この【幽冥】が! 生まれたばかりのヒヨッコに負けるかァァァァァッ!!!」

 

 乱射に次ぐ乱射。それをアキは、銃に右手を添えて用心鉄を操作しながら魔弾を次々に撃ち落としていく。

 

 幽月は『取り出し、引き、放つ』という三行程で行う射撃。だが、アキは『操作、撃つ』の二行程。三射の段階で既に上回られ、逆に守勢に廻り――遂に十五射目で。

 

「フグッ!?」

 

 『心臓』を撃ち抜かれた。だが、今まで得た(マナ)の予備は未だに無数。直ぐに再製してしまう。

 

「……何で、どすねん……マナなんざ一切感じへんのに……何でわっちの浸蝕が効かへんねん……?」

「浸蝕した俺の時間感覚を、目茶苦茶に操作した事か? 悪いけど、俺にはもう通じない」

「……ッ!!?」

 

 排莢された薬莢……根源力の残滓が、砂に墜ち消える。端から銃弾など(カラ)、だがそれこそ【真如】の銃弾ならば――『ディラックの海』を内包する彼女なら、弾数は無限。

 【真如】は空の特性に合わせてダークフォトン、即ちオーラフォトンに対を為すエネルギーに満たされている。それを空が使用すれば、当然に空白の部分が生まれるのだが――【真如】は、その空白の部分をオーラフォトンとしてアイオネアが使用する。すると、空白が無くなるのでダークフォトンが満ちる、それを空が……という訳だ。

 

 終わりを始まりに。無を否定し、永劫回帰の『()』を捩曲げて無限輪廻の『(無限)』と換えた……究極の一ツ。

 

「【真如】は不変不改の絶対律……異能効果の対象にすらならない。俺の歩む道を決められるのは――この俺だけだ」

 

 "空"を起源とする銃弾の装填とコッキングを一挙に終えた剣銃をアキは、無造作に剣銃を肩に乗せた。

 

「……それが、アンタはんの異能どすか……」

 

 一方の幽月は、片膝を衝いて肩で息をしながら……屈辱に震える。"零"だったのではなく、始めから何も見えていなかったのだ。その存在は、"異能"をもって捉える事が出来ないその存在は。

 

「……莫迦か、テメェは。この程度は、異能なんかじゃねェ。今を生きる生命(イノチ)なら、全てが平等に持ってる権利(チカラ)だ」

「生命……そんなものが――永遠神剣の異能に勝てる訳があらしませんやないの!」

 

 かつて、大剣【夜燭】でそうしていたように。肩に担ぎ、相対する敵を睨みつける。

 

「勝てないと……思ってるのか?」

 

 何処までも生命を卑下する存在に、憐れみすら覚えながら。

 

「当たり前どすやろ! 全能の神剣(わっちら)に、劣等種(イノチ)如きが!」

 

 吠えた幽月が、一度に五つの魔弾をに番えた。出来る出来ないの問題ではない、彼女が浸蝕したモノならば、それは全て彼女に従う。

 

「……そうか。だったらお前に俺は負けない。可能性を信じられない奴に、俺は決して負けない……」

 

 衝き出したその銃口に、精霊光が展開される。極彩色のオーラの、その瞬きが集束されていく――

 

「マナよ、オーラに変われ。守護者の息吹となり万障を撃ち砕け――オーラフォトンレイィィィッ!!!!」

 

 先に放たれたのは五色を統一した、マナ嵐。極限まで昂ぶった破壊の意念を集束した一射は音速を遥かに越えてアキを襲い掛かり――

 

「マナよ、我が求めに応じよ。浄化の輝光へと換わり、遍く穢れを撃ち祓え……」

 

 乱れ咲く星屑の魔法陣、展開されたステンドグラスのバラ窓のオーラフォトン。引かれたトリガー、聖刄と同色の、真世界に満ちるマナ光の奔流に全てが浄められて。

 

「――オーラフォトンッックェーサァァァァァッ!!!!!!!」

 

 光速を遥かに上回る一撃に幽月は、命中してから己の躯が消滅した事に気付いた――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 死した筈の意識が覚醒したのは、痛覚が蘇ったから。烈しい痛みに身をよじり――躯が動いた事に、ベルバルザードは驚愕した。

 

「我は――」

「……気が付いた、ベルバ?」

 

 目を開けば、翡翠細工の女。その膝を枕として、彼は湿った砂の上に倒れていた。

 

「……エヴォリア、我は……死んだ筈では……?」

「……神様が、助けて下さったのよ。本物の、神様が……」

 

 エヴォリアは、あどけなく笑う。そして……彼方の、虹を見遣った。

 

 

………………

…………

……

 

 

 岩塊の上に倒れ、機能停止していたスバル。その瞳に光が返る。

 

「――カハッ……ゲホッ!」

 

 同時に咳込んだ。死の向こうからの帰還、その程度は甘んじるべき。だが彼は、歓喜から涙を流した。押さえた胸に感じる、鼓動に。

 

「神よ……!」

 

 遥か昔に失った筈の、その『人体』の反応に――。

 

 

………………

…………

……

 

 

 黒金の鍵剣は、枯渇した世界で。楽園の対たる"黄泉(ニヴルヘイム)"の割れた大地、林立する永遠神剣の抜け殻、死骨のような大樹の下で。

 

『本当に……久しぶりですね、【破綻】』

 

 白銀の錠盾に刺さった状態で転がっている。その錠盾より、美しい旋律。声は天上の音色。

 

『ああ――久しいな、【弥縫】』

 

 答えた声は低い、地下の韻律。無為の世界に響く、旋律と韻律。後は歌声が在れば全てが揃う。

 

『あの子達は……幸福になれるのかしら』

『なれるとも。あの子達ならな』

 

 だが、それは二度と無い。いや、一度すら有り得なかった。

 

『認めてるのね。その割には随分厳しかったじゃない?』

『フン、大事な一人娘をくれてやるんだ、あの位の苦労は当たり前だろう』

 

 その穴を埋めるように、鍵剣と錠盾は唄い逢う。

 

『……【調律】殿に頂いたチカラは使い切った。もう我々に遺ったのは……この世で永遠を刻む事のみ』

『……でも、それも悪くは無いわ。あの時、あの娘を"門"の彼方より授かって……冀望を知り、繋いだ。私達は"親"の役目を果たした……』

 

 全てが正反対だったその鍵と錠。天と地の眷族という開きがありながら、故に惹かれ逢ったその二振りは。

 

『『……だから唄い続けよう。この永遠よりも長い瞬間を、この……刹那よりも短い永劫を――……』』

 

 この閉じた世界の中で漸く、永遠の安寧を得た――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 蒼滄のオーラフォトンの準星の輝光が去り、後には弾道の全てが消し飛ばされた溝以外には塵一ツ残っていない。

 それ程の一撃、それを為したのは……排莢された莢に籠められていた、たった一射のオーラフォトン。それが砂や幽月、その護りの加護ごと、岩山すらも刔り飛ばしたのだ。

 

「――ガァァァァァァァ!!!!」

 

 刹那、砂の中から飛び出した翳の塊。左腕とおぼしき部位に斬り落とされた機械神の腕を持つソレは、音速の貫手をアキの背中から心臓目掛けて振るい――

 

「――――ッ!」

 

 巻き込みながら左手で振るわれた蒼滄の聖刄による居合。空と海の境界線、人が望みながらも永遠に辿り着く事適わぬ水平線の軌跡を残す一閃に……『存在事項』と共に斬られて。

 

「……く…………ふッ…くふふふふふ……旦那はん、まぁた……とんでもない代物に魅入られましたなぁ?」

 

 その身を、今度こそ滅ぼされた。再製する端から躯は崩れ落ち、次々と入れ替わっては消えていく。

 

「その剣は、他者が否定したモノを否定する……例えばわっちの異能、再製出来る限り消滅しない能力を……死を否定する能力を否定した! 御蔭さんでこの通り……その否定を否定出来ずに消滅するのみ……」

 

 正確に言えば違うが、惜しい。ただ彼女は確定しただけだ。

 永劫回帰の『0』……無を否定し、完全終極の『φ()』へと、輪廻の輪を閉じただけのこと。

 

「何が……何が冀望どすねん、この女魔(アマ)……! お前こそ本物の、どうしようもない……絶望……や…………ありんせん……か……」

 

 始まりを終わりへと、それは――……どちらも、同じだとして。

 

「くふふ……でも、これでもわっちは……還れる…………不本意なカタチでは有りますけども……これでわっちは――『始まりの一振り』に……」

 

 そうしてその言葉を最期に。僅かに生命の息吹を孕んだ風に、不浄の翳は跡形も残す事無く。静謐に押し流されて消え果てた。

 

「……あばよ、カラ銃」

 

 一言、彼は言葉を送った。裏切り者とは言え、その剣が居なければ……彼は遥か昔に死んでいた筈なのだから。

 

「…………」

 

 黙って、アキは腰元を漁る。身に付けていたウエストバッグからは、以前止血帯として使ったPDWのショルダースリングが取り出された。

 

 それを【真如】の銃身部と銃床部の二点に取り付けて左肩に担ぐと、ゆっくりと。尻餅を衝いているユーフォリアの前まで歩いた。

 

「あ……」

 

 一瞬怯えて彼女は身を固くする。見上げる眼差しには、多分に畏怖が在った。今までの彼には、一切感じていなかったモノ。

 そして『今』は――最早、恐怖しか無かった。

 

 僅かに湿る砂を踏み、足が止まる。その目の前にそっと右掌が差し出された。

 

「――何してんだ。ほら、さっさと帰ろうぜ、ユーフォリア。俺達の……"家族"のところに」

 

 同時に、ぶきっちょな笑顔。生まれて初めて笑ったと言っても信じられる程に。

 

「……お兄ちゃん……うん!」

 

 それに、彼女の畏怖は消えた。彼が間違いなく彼女の知る彼のままだと、理解出来た。

 チカラに呑まれず、驕らず。ただ『在るがままで在る』……そのままなのだ、と。

 

「帰ろ、お兄ちゃん。皆、きっとびっくりするよ……」

 

 朗らかに微笑みながら重ねられた右手を、アキは引き起こしたのだった。


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