サン=サーラ...   作:ドラケン

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第七章 写しの世界《ハイ・ペリア》
無月 時詠みの女神 Ⅰ


 新月の静かな神社の境内の内側。深夜の闇に抱かれたそこで、巫女……倉橋時深は溜息を衝いた。

 

「……短い安息でしたね。やはり、こうなりましたか」

 

 消えた、『彼』の覚醒を抑えさせていた枷。それにより……未来は、変えられなかったのだと。

 

「……ではやはり、彼は契約してしまったのですね……時深様」

「ええ、残念ですけど……未来は、変わりませんでした」

 

 その時、闇の向こうから現れたのは……古めかしい提灯を持った銀髪に緋瞳の、小柄な巫女姿の少女。

 その姿は、夜闇に飲み込まれる一方の弱々しい灯[(ともしび)では判然としない。

 

「……そうですか。では、皆様にもその旨をお伝えしなければなりませんね」

「私の失敗ですからね、リーダーには私が報告しますよ」

 

 少女は怜悧な声でそう告げたが、一向にその場から動こうとしない。何かを案じるように、ソワソワとした雰囲気だけは伝わって来るが。

 

「良かったですね。私の言い付けを破ってまでミニオンから助けた、愛しの『ご主人様』にもうすぐ逢えますよ?」

 

 そんな彼女に、時深はにっこりと――彼女の人と成りを知る者なら、一目散に逃げ出すだろう笑顔を見せた。

 

「――……っどういう意味なのか、判りかねます。彼を助けたのは、偶然ですから。偶然にも散歩コースに居ただけですから」

「あら、そうなんですか? へぇー、別の分枝世界まで散歩に行っていたなんて知りませんでした。しかし残念でしたね、後少し日があれば今の姿で助けに行けたのに。そうすれば、伝統に乗っ取ってメインヒロインでしたね、まぁその時はパンチラしないといけなく……いえ、巫女は下着をつけないからむしろマ――」

「そんな時も有ります。第一、私の主人は時深様ですから、時深様が邪推なされるような事は何一つ在りません」

 

 興が乗ったのか、クスクス笑いながら時深は若干メタな事を言いながら少女をからかう。だが、少女は毅然とそれに立ち向かった。一歩も引かずに、彼女を凌駕しようと。

 

「ふぅん……じゃあ、戸棚の奥に隠してる『アレ』と、懐に忍ばせてるそのハンカチは何かしらね?」

「なっ……!? と、時深様、どうしてそれをっ!」

 

 そして直ぐに、それが無謀だったと思い知る事となった。ポーカーフェイスを破られ、彼女は一気に顔を赤らめる。

 

「あの日からずっと大事にとっていますものねぇ? でも、洗濯くらいしてもいいんじゃないかしら」

「うっ……ううぅ~~……!」

 

 だが時深は一切容赦しない。反逆者は、完膚無きまでに叩き潰すと言わんばかりの苛烈な攻め。

 それに、反論する言葉を持たない少女は仔犬が唸るような呻き声を響かせた。

 

「私は何でも知っているんですよ。貴女が夜な夜な『アレ』を嵌めて、そのハンカチを抱きながら眠っ」

「――失・礼・し・ま・すっ!」

 

 不機嫌そうに肩を怒らせて、ずんずん歩き去る少女に苦笑した時深。そして、先程まで見上げていた星空を見上げて……

 

「真っ直ぐ生きろとは言いましたけど……損な道を選びましたね、空さん。貴方にとっても、私にとっても……」

 

 悲壮な決意と共に、今は見えないが後は満ちて円くなっていくだけの盈月(えいげつ)と……その向こうに在る、分枝世界間を見通すかのような鋭い瞳を見せた……


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