サン=サーラ...   作:ドラケン

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再会と 戦いと Ⅱ

 時は午前十時過ぎ。物部学園の屋上で、望は出雲の山並みを眺めていた。

 当然、悩んでいるのだ。これから待つ戦闘に。枯れた世界では親友の絶と闘って何とか取り戻した。そして今回は幼馴染みか、と。

 

「ノゾム、あと二時間で刻限だぞ……どうするのだ?」

「…………」

 

 少し高くなった朝日が、彼と彼の傍らから離れない希美……ファイムを照らしている。

 彼とて、解っている。希美を救う為にはそれしか無いと。それに、今回は絶の時とは違う。アキが手を抜く事も考えられる……。

 

「……それは、無いだろう。ノゾムとて解っておるだろう、あの天パは自分の言葉は絶対に曲げぬ奴だぞ。間違いなく、本気で来る」

「……だよな、やっぱり」

 

 そして直ぐに、そんな甘い考えを捨てた。レーメの言う通り、彼が知っているその男は有言実行型。口にした事は壱志に掛けて守る。

 

 ならば、自分が手を抜いて負ければ良いのだろうか、と。そんな事を考え、深い溜息を落として。望が頭を掻き毟る。その時、屋上の扉が開いた。

 

「はふぅ……望さんに希美ちゃん。こんなところに居たんですか」

「ユーフィー、どうしたんだ?」

 

 出て来たのは戦闘装束のユーフォリア。随分と捜していたらしく、肩で息をしている。

 

「お願いします、望さん! お兄ちゃんと本気で闘ってください!」

 

 だが、息を整えるのもそこそこに彼女は望の前まで行くと――ばっと頭を下げた。

 

「お兄ちゃんは、きっと……自分が許せないんです。皆が大変な時に何も出来なかったから……」

「そんなの……空もユーフィーも、この世界で大変だったんだろ?」

 

 望の言葉に、彼女はふるふると頚を振る。顔を上げれば――泣き出しそうになっていた。

 

「……それは問題じゃないんです。お兄ちゃんは、『家族』が全てだから……その家族に危害が加えられたのに、何も出来なかった……居合わせる事も出来なかった自分が悔しくて……だから……また笑って……」

 

 先程、アキが見せた挑戦的な笑顔。その真意を恐らくただ一人、読み違えずに解した為に。

 そうでなければ、彼が笑いながら行動をする事はない。

 

「だから、全力で倒してあげてください。お兄ちゃんがあんな悲しい笑顔をしないで良いように。全力のお兄ちゃんを、全力で……!」

「……いい子だな、ユーフィーは」

 

 そんな少女の頭を撫でながら、望は希美を見る。彼よりなついている相手を、自分から『倒してくれ』等と言った、彼女の勇気を汲んで――両手で己の頬をパシンと張った。

 

「――任せろ、ユーフィー。俺は……空と全力で闘う!」

「ぐすっ……はい……!」

 

 そしてビシリと向けられたサムズアップ。それに、ユーフォリアもサムズアップを返した。

 

 

………………

…………

……

 

 

 奥の院側の桟橋の欄干に腰掛け、街に降りた際に買い溜めして湖で冷やした缶珈琲を啜りながらアキはその男を待っていた。

 

 聖外套は既に脱ぎ去って腰に巻いてあり、肩部分に追加された蛇腹の装甲が草刷のように太股を守っている。

 露になっている装備は、今まで通り聖銀(ミスリル)の軽鎧装に紺のアオザイ風の武術服。肩には永遠神銃【真如】を担ぎ、腰は――聖外套で隠されており、装備は窺い知れない。

 

【兄さま……本当に宜しいのですか?】

(良いも悪いも、もう引き返せやしないさ。一度決めたら真っ直ぐ貫く、それが俺だろう?)

 

 肩に掛けられた【真如】は、風に(さざめ)き燦ざめく湖面と同じ。蒼滄き波紋の刃紋を刻みながら、穏やかに陽射しを照り返す。

 

(それに、嬉しいのさ。この状況で不謹慎だけど……俺は)

 

 アキは飲み終えた缶を握り潰す。因みにスチール缶、補助は受けずに握力で。そしてそれを、根源素にまで分解した。

 

「……待たせたな、空」

「いや、待つのは得意技だ」

 

 橋の向こう側、そこに旅団の皆と共に立つ望を見据えて降り立つ。橋の両端に立つ望とアキ。手にはそれぞれ、双子剣を纏めた大剣【黎明】とライフル剣銃【真如】が握られている。

 

「……もしかしたら、来ないかもしれないと思ってたぜ。お前はこういうの、迷うからな」

「……迷ったさ。俺はお前みたいに割り切るのは得意じゃ無いからな……でも、助けたい『家族』が居る」

 

 ゆっくり歩み寄ると空いた拳同士を打ち合わせ、他の者に聞き取れないくらい小さな声で話し合う。

 

「勝負は一回こっきり、仕切直しは無しだ。どっちかがブッ倒れるまでの時間無制限デスマッチ……アイツの好きそうな内容だぜ」

「……そんなにとんでもないのか、ナルカナって。いや、確かに俺の夢の中でも結構アレだったけど」

「とんでもないで済みゃあ可愛いもんさ。ああ言うのはな、鬼神って言うんだ」

 

 げんなりしながら告げたアキに、望は苦笑する。軋む橋板に、吹き抜ける涼風と雲一ツ無い、日輪の座す蒼穹。二人は一瞬だけ揃って笑い――

 

「行くぞ……速攻で、一気に倒す――インスパイア!」

「ハ……速さでこの俺に勝つ気か――トラスケード!」

 

 鼓舞のオーラと激励のオーラ。進む道標の光と背を押す追風が、空間を埋めて輝く。

 

「「――――ハァァァァァッ!!!!!」」

 

 その大いなる加護を受けて、全く同時に斬り上げと斬り下ろし――完璧に対称的な『オーラフォトンブレード』と『ダークフォトンブレード』で斬り結んだ――!

 

 橋に掛かる、朱色に彩られた二ツの鳥居。その狭間の空間は決闘場。湖の中に潜る鳥居の四ツの脚には解読不能な文字が描かれた式紙が貼付けられ、周囲に被害が及ばぬように視界以外を隔離している。

 

 攻防は一進一退、【黎明】を二本に分離させて二刀流に戻った望の『デュアルエッジ』を、アキは腕に纏う『威霊の錬成具』で弾く。そして零距離で反物質弾『ダークフォトンショット』を連射すれば、精霊光を固定した『オーラシールド』と双子剣を使って望は防ぎ斬った。

 

「――ッ……!」

 

 瞬間、アキの身を光が縛す。拘束のオーラ『グラスプ』だ。

 それは身体に限らず、状態そのものを縛すマナの鎖。これに捕らわれてしまえば、抵抗する思考そのものをも(とざ)されてしまう。

 

「真っ直ぐに、貫く!」

 

 少し離れたその距離を、【黎明】の片方にオーラを集中させて衝き出す『オーバードライブ』により零にする。後はそれを、致命傷にならずとも戦闘不能となるだけのダメージを与えられる部位に抉り込むだけ――というところで、アキの周囲を立方体の黒光の薄壁が覆った。

 強壮無比な『絶対防御』を貫くこと叶わず、弾かれた【黎明】の刃が踊る。その強度に加えてオーラを中和する性質、直撃した鋒が僅かに欠けて壁に蜘蛛の巣状にヒビが走った程の、威力と強度の鬩ぎ合いだった。

 

「――チッ……!」

 

 そこで、虚空から降り注いだ銃弾五発に望は後退を余儀無くされた。

 

「……流石に、お前相手に小細工はそうそう上手くは運ばないか」

「たりめーだろ、小細工は俺の専売特許だ。この『透禍(スルー)』の特性がある限り、俺はあらゆる『()()()()()()()』んだよ」

 

 思考すら不可能な筈の拘束の中、アキは何でもなさそうに嘯く。

 その頭上には虚空に波紋を刻みながら、銃身のみを突き出した五挺の拳銃。透徹城から中途に引き出した形のそれらは、まさに砲座だ。

 

 『透禍(スルー)』、それこそが『天つ空風のアキ』の持つ特性だ。『対象になれない』とは則ち、無効化ですらなく『選択自体が不可』という事。ならば、いくら拘束のオーラでも『()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何より我が名は『天つ空風』……風は何物にも捕らわれず、決して立ち止まらない。言うなれば――『宇宙最自由(アンチェイン)』ってとこか」

 

 そして結界が収束し、首から下を完全に覆う全身鎧(フルプレート)と化した。それにより、『グラスプ』の肉体への束縛も効果を中和されて消える。

 そして、刹那等という時間すらも一足飛びに錬成具を纏う後ろ回し蹴り『レインランサー』が浴びせられる。これもまた、『透禍』の一部。『結果を出す為には、それに見合うだけの過程が必要』という縛りを『透禍』したというだけ。それだけにして、それ程の奇蹟。

 

 不可避にして必中の一撃。これが望以外の神剣士ならば、これで決着していても不思議ではない。しかし、望は体勢を崩すだけで済んだ。彼の守護神獣『天使レーメ』が、常に『オーラフォトンバリア』を張り続けていた為に。

 

「マナの一片まで、消し飛べ!」

 

 それにより無防備になった望へと流れるように、アキは追撃として錬成具を纏った拳による裂帛の一撃『裂空掌破』を叩き込んだ。

 吹き飛ばされた望だが、一本に合体させた【黎明】で直撃だけは防いでいる。

 

――次こそ勝つと……負ける度にそう誓い続けてきた。何度も何度も、そして俺は今……ここに立ってる。

 

 刹那、アキの眼前でレーメが練り上げた炸裂のマナの塊『ライトバースト』が炸裂――するよりも早く、収斂する闇の塊『シェイドコンバージ』が中和した。

 

「もっともっと強くなる為に……諦める為に定める限界なんざかなぐり捨てて、俺は此処に……漸く、この境地に辿り着いたんだ――ウォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 そして龍を思わせる咆哮と共に、纏っていたダークフォトンの錬成具を突き出した右の指先の一点に集束させて――黒曜石色の曼陀羅と変え、その全てを己の力とした。

 

「……ちんたら()んのは終いだ、望――全速全力で、叩き潰す!」

「――ック……!」

 

 それを望は、アキが爆発したかのように感じた。自らの頸木を無視する『限界突破』により、爆発的に高まった戦闘力。その覇気は、目前の望はおろか離れた位置にいる旅団の面々すら圧した程だ。

「……マナよ、我が求めに応じよ。浄化の輝光へと換わり、遍く穢れを撃ち祓え」

 

 足元に曼陀羅を展開したまま、スピンローディングで『(くう)』の起源弾を再装填された【真如】。

 その銃口に五属性の小さな魔法陣のスターマインと、大きなステンドグラスのバラ窓を思わせる精霊光が展開された。

 

「ええぃ、あの天パは底無しか! 次から次に莫大なマナを練り出しおって!」

 

 レーメが悪態をつくのも仕方ない。戦闘開始からずっと、彼は常に高密ダークフォトン製のプレートアーマーを纏っていた上に、常に【真如】の周囲で回転する円鋸のようなハイロゥにより発するオーラフォトンの風の刃を実体化させているのだ。その状態で高コストの神剣魔法を放とうとしている。

 一つ一つの技や特性は大した事は無い。だが、それらが重なり合う事で、覆す事の困難な状態を作り上げている。単独では脆弱な生命が支え合って、助け合うように。

 

「破壊神の力、なめるなよ……どうなっても知らねーぞ!」

 

望は【黎明】を大きく振り上げ、かつての彼の……破壊神ジルオルの力を纏う。高密度に圧縮された破壊の力が解放の時を待つ。

 

「――オーラフォトンクェーサァァァッ!」

「――カタストロフィ!」

 

 螺旋を描き飛翔する蒼茫の光と、地を割り砕きながら走る斬戟。

 丁度中間点でぶつかったその一撃は、壮絶な衝撃波を発生させ相殺した。

 

………………

…………

……

 

 

 金斬り音や風斬り音を響かせながら斬り結ぶ望とアキの様子を眺めつつ、時深は憂鬱そうに溜息をつく。隣に控えている綺羅も目を閉じ、彼女を慮り静かに決着を待つ。

 

「時深さん、まだ……お兄ちゃんの事を信じて貰えないんですか?」

「信じる信じないの問題では無いんですよ。私には『()える』んですから……」

 

 その逆隣に位置していたユーフォリアは、時深のそんな様子に悲しげな表情を見せた。

 

「今でも、私の視る未来ではロウ=エターナルの一翼を担っています。彼自体は、その特性故に見えませんけどね」

「……っ」

 

 それは、彼女にとっても反論の出来ない証拠だ。この巫女が視る未来は、限りなく真実である。

 

「ユーフォリア、貴女には解りますか?『無から有を産む』という、彼の剣の恐ろしさが」

「アイちゃんの……恐ろしさ?」

 

 問い返す巫女に、ユーフォリアは頚を傾げる。彼女達の尺度……外のエターナル達は、恐るべき能力を持つ者ばかりだ。

 

 『空間を斬る』や『時間を操る』程度では最早特技とすらも言えず、『触れたモノを分解する』とか『睨むだけで対象を分解する』。『虚空に溶ける』、『生物の気力を奪い去る』、『消滅しても発生した瞬間に戻る』、『願いが叶う別世界を生み出す』。

 果ては『神剣を抜く事すらなく、ただの武器でそんなエターナル達を返り討ちにする』少年や『ふと思っただけで宇宙一ツを滅ぼす』少女まで居る別次元の尺度だ。

 

「解らないようですね。では問いを替えましょう……私達エターナルは、外部宇宙から時間樹に入る時にどうなりますか?」

「その時間樹のマナの総量による制限を受けますよね……でもそれが一体……あ」

 

 そこで漸く思い至る。そう、制限を受けるのだ。彼女達エターナルは時間樹に入る際にマナの総量の制限を受けて実力を削られる。

 だが、彼は……『無から有を産む』その力を持って消耗を補填し、どんな世界でも無制限で実力を100%発揮出来る。

 

「更に言うのなら、もしも仲間にそれを分配出来たら? 脅威以外の何者でもないでしょう。そんな彼を、あの"法皇"が放っておく訳もありません」

 

 マナの総量を自在に変える権利を持つ神剣は、今まで一振りだけ。ロウ=エターナルが回帰しようとするモノ……神剣宇宙が誕生する前から既に存在していたという、始まりの壱振り『原初永遠神剣』のみだった。

 それと同義の力を有するのだ。ロウ=サイドにすれば、喉から手が出る程に欲しいだろう。

 

「でも……でもっ! だったらあたしや時深さんでカオスに導けばいいじゃないですか!」

 

 衝撃波による大気のうねりを斬り裂いて、彼女は声を上げる。幼いが故に、真っ直ぐな台詞を。

 

「……幾ら可能性を閉ざそうとしても無駄でした。あの子が手にしたのは、無限を超越する程に莫大な可能性を斬り拓く神の柄です。己の道を真っ直ぐ……天空を駆け抜ける風のように進むだけなんだから……」

「…………」

 

 時深の言葉に【悠久】を握り締め、彼女は俯く。任務の意味を漸く悟り、その余りに重大な責任に。そしてまた、自分が父親の反対を押し切って受けた任務も……重大な責任を有するモノだった事に。

 

「時深さんが諦めてても、あたしは絶対に諦めません。掛け替えの無い"家族"を……ロウ=エターナルになんか渡さない……!」

「……ユーフォリア……」

 

 しかし、決然たる意志を持って。迷いなど無くユーフォリアは言い切った。

 そんな彼女に、時深は嬉しそうな哀しそうな。両方とも取れる笑顔……あの弔夜の満月の下で、アキが見せたモノと同じ笑顔を見せた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 錬成具の上半身部分を砕かれて、片膝を衝き喀血したアキ。しかし唾を吐くと直ぐ立ち上がり、何でも無かったように【真如】を肩に担ぐ。

 

「……やっぱりお前は強ェな、望」

「お前こそ……本当に強くなってるな。手に入れたのは、最近だって聞いてたのに」

 

 同じく片膝を衝いていた状態から立ち上がり、『裂空掌破』で【黎明】を『透禍』して内臓に受けたダメージから零れた血を拭った望も【黎明】を肩に担ぎ、乱れた息を整えた。

 

――良く言いやがるぜ、これでも俺は永遠存在だぞ……マジで最弱なエターナルだな、俺って……。

 

 自虐的なな思考に沈む頭を振り、空っぽにする。その雰囲気の変化に周囲も決着の時を悟る。

 

「さて、それじゃあ……ラストワンと行こうぜ。全力で、な!」

 

 【真如】の鞘刃が、蛍火の燐光を纏う。かつて難死の神剣【幽冥】と『空隙のスールード』を屠った否定光、水平を断つ無限光の一撃……破綻の一撃『ゼロ・ディバイド』の構え。

 

「解った……全力だ!」

 

 対し、【黎明】も金色のオーラを纏う。かつて絶を蝕んでいた滅びの神名を断ち切った、垂直を断つ浄戒の一撃『ネームブレイカー』の構え。

 

「「…………」」

 

 そのまま睨み合う。構えは鏡写しだが剣閃は横と縦。振るわれればぶつかる事無く、互いを斬り裂くだろう。

 

 静まり返る奥の院。その湖の浅瀬に、(つがい)だろうか。二羽の鶺鴒(セキレイ)が遊んでいる。

 その二羽が飛び立った、瞬間――

 

「「――ハァァァァァッ!!!!!!!!!」」

 

 二人は橋板を蹴って、滄い煌めきの刄と金色の煌めきの刄……互いの必殺を篭めた、全身全霊の一撃をぶつけ合った――――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 巨大な樹の幹に貫かれた中央島『ゼファイアス』と複数の浮島を持つ中心世界『理想幹』に彼等は立っていた。

 眼下には黒い靄のように拡がる、漆黒の光。流出こそ止めたが、既に漏れ出したモノはどうしようもない。

 

「……ふむ……エトルよ。奴らを撤退させたのは良いが、漏れた全てのナルを回収するのは骨が折れる」

「確かにのぅ……しかしエデガよ、方法ならば有るとも」

 

 理想幹枝人エデガ=エンプルは、相方であるエトル=ガバナへ問い掛ける。マナ存在にはナルは猛毒と言っていい、生半可な方法では回収不可能だ。

 だが、エトルはニタリと笑って指を鳴らす。彼の神剣……魔法具型の【栄耀】が光を放ち、空間に門を開く。

 

「その為に――南天の亡霊どもを躍らせておったのだからな」

「成る程……馬鹿と鋏は使いようだな。それにコレはコレで別の使い方も有る……」

 

 その彼方から現れたモノにエデガもこれからの作戦を覚ったらしく、錫杖型神剣【伝承】を鳴らして笑った……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 ……久々に、夢を見ている事に気付く。背中に感じる温もり。幼い日の憧憬。花畑の中で出逢った、初恋の相手。

 

『えへへ……あたし、あっくんだ~いすき♪』

『ううううるせぇっ! てやんでぇ、おんながかるがるしくそんなこといってんじゃねぇやい!』

 

 面と向かって……いや、背中越しにだが……の大好き宣言に、照れに照れてどこかの時代劇で聞いた台詞を口走る。耳まで真っ赤に染めて。

 

『――おーい、何処だユーフィィィィィ!』

『…………ひっ!』

 

 と、遠くから響く声……そして森の木々を吹き飛ばす爆発音。段々と近づいてくるそれに、幼い彼は本気で逃亡するかどうかを悩んだ。

 

『お前かァァァァァッ!』

 

 そして現れた――青い学生服にスニーカーの、白い陣羽織を纏って白い両刃剣を携えた青年。

 

『……ん、落ち着けユウト』

 

 その鬼気迫る表情に、幼い彼は本気で守り刀を抜こうとした程だった。その男性を、青紫の髪の、長柄の長剣と無垢なる六枚の翼を携えた白い装束の戦女神が押し止めた。

 

『おとーさん、おかーさん!』

 

 その二人に向けて、背中の童女がピューッと走り出した。それに、男性の凄まじいまでの圧力も消え失せる。

 

『……大丈夫ですか、空?』

 

『と、ときみさん……』

 

 思わず泣きそうになりつつ、彼は見知った存在に向ける。則ち、育ての親である時深に。

 その時、両親と再開を喜んでいた童女が二人から離れた。それを何となく見遣っていた二人だったが――童女が童子に抱き付いたところで、正気に帰った。

 

『あたし、あっくんのおよめさんになる~!』

 

 と、爆弾発言を残して。

 

『た……』

 

 その、父親が――

 

『溜め無しノッヴァァァァァァァァァァ!』

『あべぇぇぇぇし!』

 

 少なくとも、童子がトラウマとして記憶から消してしまう程の一撃を発したのだった。

 

………………

…………

……

 

 

 自分の髪を撫でる優しい指先と、後頭部には柔らかく温かな感覚。その感覚に彼の意識はゆっくりと、失神の深みから浮上した。

 瞼を開くが、視界は真っ暗。額の上に冷たい手拭いが置かれているのだ。

 

「ユー……フィ……?」

 

 それを己の手で退ければ――逆光にシルエットとして浮かび上がる人物。

 

「お目覚めですか、巽さま」

「あ、お兄ちゃんが気付いたよ、アイちゃん」

 

 夢の余韻に霞む意識を醒まして、漸く奥の院の縁側でユーフォリアに膝枕されている事に気付いた。活動的な彼女らしく、張りのある太股。覗き込む綺羅の眼差しに気恥ずかしくなったアキは慌てて身を起こし――激痛に背を折った。

 

「兄さま、お加減は如何ですか? お辛いなら、アイテールを……」

「ああ……有難うな、アイ……」

 

 アイオネアの声に、落とした手拭いを取り身を起こす。心配そうに顔を覗き込んだアイが持つ聖盃には生命の靈氣。

 受け取り飲み干せば、疼く痛みが浄化されていく。

 

「……望達は?」

「皆と一緒にナルカナさんの所に。空さんの看病を頼むって……あと、『お帰り』だって」

 

 『そうか』と溜息をつくと、彼は昼空を見上げた。痛みは有るが、今の顔を二人に見せたくなかった為に。

 

――悔しさはない、寧ろすっきりした。けど……やっぱり情けねェ。また、アイツに負けちまったな……しかも今回も完膚無く。

 

 頭を掻く彼の剥き出しの、傷痕の走る背中をユーフォリアは優しく見詰める。まるで、手の掛かる弟を慈しむ姉のように。

 

「……お兄ちゃんは強いね。心も躯も……何より魂が。あたしだときっと、全力では戦えなかったと思う」

「……そうか? 自分じゃあちっとも実感無いけど」

「自覚ができる強さなんて幾らでも覆る、紙一重の差だもん。自分で気付けない強さこそ、真実の強さなんだから……」

 

 振り返れば、優しく微笑んでいるユーフォリア。姉のような笑顔に心を見透かされた気がした彼は、仏頂面になり視線をずらす。

 

「ここ一番で、負けちまう程度の強さだけどな。それにありゃあ、あのハーレム野郎に全世界の男を代表しての当て擦りだ」

 

 穏やかな昼下がりの縁側は絹雲のヴェールを纏った日輪から注ぐ、鄙びた陽射しにまどろんでいる。幸福な幻夢の中、その儚い刹那。色褪せた記憶の劫初、あの月神との出逢いの時のように。

 

「兄さま……今はお休み下さいませ。心静かに英気をお養い下さい」

「そうそう。次は希美ちゃんを元に戻して、沙月さんとサレスさんを取り返しに行くんだから」

 

、ローテーションでも組まれているのか。今度はアイオネアが、丈の長い法衣に包まれた、ほっそりと柔らかそうな膝枕を形作る。

 

「……そうだな。じゃあ……ちょっとだけ膝を借してくれ……」

 

 いつもの強がりすら出ない程、彼は心体魂全てが疲弊していた。遠慮無く彼女の膝を借り、手拭いをアイマスクの代わりとする。

眠気は既に最高潮だ、そこに――

 

「暖かく、清らかな……母なる再生の光……」

 

 ユーフォリアの子守唄が響く。子供扱いされているような複雑な気分になったが、押し寄せてくる眠気に逆らえない。

 くせ毛の良く引っ掛かる彼の髪を梳いた指先の温もりを感じたのを最後に、彼は再びその意識を安寧の光の先へと拡散していった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 学園の食堂、アキとユーフォリアにとっては久方振りのそこへと、旅団の一行と光をもたらすものの二人は作戦会議の為に集合した。

 

「今の理想幹はおそらく、脱出の際に手こずった強固な障壁に囲まれておろう。それは、サレスとの連携で内と外の同時攻撃で破るとして……問題はどうやってエトルとエデガを足止めし、かつログ領域の沙月を助け出すかじゃ」

 

 議長であるナーヤが皆の前に立ち、語る。議題は目前に迫る理想幹突入作戦の計画、その役割分担である。

 

「あの二人と戦うだけでも一苦労だろうな。なにせ奴らはジルオルすらも利用しきった智慧の権化、南北天戦争の勝者だ。そんな奴らにログなんていう破格の情報源、普通に戦ったらまず勝ち目なんて無い……」

「……確かにな、やる事なす事予測されてんだ。やりづらくて仕方なかったぜ」

 

 アキやソルラスカの言葉に頷きながら腕を組んで、紫の髪を靡かせて忌ま忌ましそうに呟く。その猫目が、期待を篭めて『ある人物』を見詰めた。

 

「そこで、じゃ!ならばログ領域に記録が少ない、ユーフォリアに指揮を任せようと思うのじゃ!」

「……ふぇ? ええぇぇぇえぇっ!?!」

 

 ビシッと指差されて注目を浴びたユーフォリア。余りにいきなりの事に平静を失って、電気に触れたように椅子から立ち上がる。

 

「そんな事言われても……あたし、経験無いですし……!」

「何、細かい指揮はわらわが執る。おぬしは大局を見極めて指針を示してくれるだけで良い」

「で、でもぉ~!」

 

 余程自信が無いのだろう、わたわたと混乱する彼女。その様子に、ナーヤは暫く考え込んで――

 

「あい解った。それならば取って置きの知恵者を、おぬしの補佐に付けようぞ」

「取って置きの知恵者?」

「そうじゃ。神世の古に於いて、幾多の神性を篭絡した神じゃぞ……のう、たつみよ」

「もういっぺん嵌めたろうかい、このネコマタは……」

 

 にんまりと笑った大統領、眼差しの先には――仏頂面のアキ。

 

「俺だって、奴らには嵌められたクチだぞ。チカラを求める余りにエトルに唆されて神名を刻んで……結局はジルオルに討たれたんだ。奴らのシナリオ通りに、な」

「それだからこそじゃろ? おぬしの巧妙だが読まれてしまう奸計と、ユーフォリアの稚拙でも既知に囚われぬ意外性……この二ツが組み合わされば、いかに奴らとて予測は困難じゃ」

「それって、ほとんど俺に皺寄せきてんだろ……」

 

 神世、彼等は自らは転生の為に……ジルオルの浄戒を受けぬ為に自ら消滅の道を選んだという。相剋という切り札が、ジルオルを完全に消滅させる事を知りつつ。

 アキの前世も結局、彼等には読み負けたのだ。

 

「なんじゃ、おぬしユーフォリアを見捨てるのか? ほれ、こんなにおぬしを頼りにしておるのに」

「うぅ、お兄ちゃ~ん……」

 

 ズイッと押し出され、四十センチ近い身長差からうるうると涙目で見上げる形になるユーフォリア。蒼い瞳は、如実に『助けて〜』と語り掛けてくる。

 普通の男ならば、直ぐに助けたくなる事請け合いだ。

 

「ん~、面倒くせぇな~」

「うぅ~っ! 空さんの意地悪~っ!」

「どこでサド心に火を点けておるのじゃ、おぬしは……」

 

 だが……ドSのアキに泣き落としは通じなかった。代わりにハァ、と溜息をつく。そして顔を上げれば――

 

「……了解了解。まぁ、俺もやられっぱなしは趣味じゃないんで――適当に完膚無く、二度と転生する気も起きないように絶望的な滅びをくれてやらねェと」

 

 口角を吊り上げた酷薄な、かつて『奸計の神』の二ツ名で暗躍した頃の冷笑を見せた。

 

「ふふ、今回ばかりは頼もしいの。二人とも、理想幹攻略の先鋒は任せるぞ。では、次は沙月の……」

 

 そうして、会議は夕方まで続いたのだった……

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 夕焼けに包まれた学園の中庭。世界樹(トネリコ)の樹の根本へとレジャーシートを敷いたアキは、思考の海に沈んでいた。

 

 隣ではアイオネアが聖盃の靈氣をトネリコの樹に与えている。生命の源を受け取り、大樹やその周囲の草花は目に見えて息づく。

 それを喜ぶ姿はさながら北欧神話の、神すらも逃れられない運命を紡ぐという女神ノルンのように。

 

 樹の周囲には、根源力で創られた幾つもの武器が散乱する。しかしやはり銃は無い、どうしてもマナ嵐と化してしまうのだ。

 

――さて、考えろ。エトルは目的を完遂する事を、エデガは自身の主張を通す事を第一とする?

 どちらかと言えば、厄介なのはエトルだ。偶然性を徹底的に排除した、ゲームのように調律された戦術を組む。弾性に乏しいのが唯一の弱点だが、エデガがカバーする。何よりも、どちらもが第四位の神剣士だ。

 

 大樹に背を預けて星が瞬き始めた夕空を眺めて腕を組みつつ、左手の親指を眉間に当てた姿勢。思い出したのは望に負けた事だ。

 それより更にオリハルコンネームと神格、年季の差がある相手なのだ。やはり少しでも多い可能性を予め用意しておく必要が有ると、以前愛用していた五挺拳銃を完成させる決意を固める。

 

「なぁ、アイ……剣なんかは簡単に出来るんだけどさ、どうにも銃は上手くいかない。どう思う?」

「はい……恐らくは、アキ様の素質の為だと思います。アキ様はマナ操作能力、燃費効率は他のどなたよりも上です。ですけど、一度に行使できる総量が圧倒的に少ないんです……だから密度が希薄になり過ぎる事で、因果を固定出来ないんだと思います」

 

 要するに、自転車のギアに例えるなら一番小さい奴だ。少し漕げば大分進むが、その分だけ強く力を篭めて漕がなければならない。

 その分の筋力も有るが、持続するスタミナが無い状態らしい。

 

「……ですが、兄さまにはそれすら覆す可能性が眠っています。蒼茫の煌めき……エターナルが持つ創造のチカラ、生命昇華の起爆剤たる『生誕の起火(おこしび)』が」

「『生誕の起火』?」

 

 思わず腐り掛けた彼の耳に、彼女の優しい言葉が響く。始めて聞くフレーズに、彼は首を傾げた。

 

「それは遍く可能性の揺り篭です。時間樹を生み出す事すら可能な、万世万化の源……」

 

 彼女はその力を持つ主を誇るように、静かに詩唄う。

 

「……アキ様の力とわたしの力、そして『(くう)』を練れば、一度に莫大なマナを創造して行使出来ます。この世界に新たな因果を生み出せるんです」

「新たな、因果か……」

 

 立ち上がり、徒手の両手を交差し精神を統一する。その背中へと、アイオネアは恥じらいつつも寄り添った。それだけで本当に何でも出来る気になってしまう。

 

――部品は全て、記憶している。構造は厭と言う程に熟知してる。俺達には出来る、俺達に不可能なのは……不可能だけだ。

 

 それこそ、彼が積み上げてきたモノである。【幽冥】の、再製の能力に因りて創り上げた、贋物の神剣の整備で培った経験。

 そして、そんな彼を肯定する彼女。善も悪も認め受け入れながら、ただ『あるがままであれ』と説く、刧なる媛君。

 

 神や仏、天使や預言者は『悪』を認めない。それを認めながらその上で、『あるがままであれ』と、『己の願いに忠実であれ』と。名を付けられる前からずっと、世界に説いていた。

 その在り方を、未だに幻想が意味を持って生きていた頃の暗愚なる人々は――聡明にも『真性悪魔』と呼び、何よりも恐れた。

 

「――ッく!」

 

 双手に充ちるマナへと、己の深層に燈る蒼茫の煌めきを流し込んだ――瞬間に壮絶なまでのマナ密度が生じる。

 弾け飛びそうになる魂を遮二無二繋ぎ合わせ、イメージを『空』を構成要素として創造する。

 

「――我が喚び声に応え、来い! 【比翼】、【連理】ッ!」

 

 空間に波紋を刻んで召喚された、右の紅色のデザートイーグルと左の蒼色のコルトパイソン。間違えようも無い。彼が、かつて使用していたモノだ。

 それを虚空へ向けて投げ上げて、もう一度空拳となる。

 

「――続き、来たれ! 【天涯】、【地角】……【海内】ッ!」

 

 更に、左に白色のCZ−75と右に黒色のベレッタM92F。最後にパンッと勢いよく打ち鳴らした両掌から翠色のトーラス・レイジングブルを召喚した。

 

…純粋な精霊素により編まれて、確かな神格を持った『それら』。投げられて回転する『永遠神剣』は――比翼の紅鷲と比目の蒼錦蛇、閃白の白鳳と闇黒の黒龍、翠角の幽角獣……媛君の臣下達へと姿を替えた。

 

『ふぅ、アタイらも漸く呼ばれたかい』

『チンタラしやがって……無能な主だぜ』

『口を慎みなさい。どんなに無能でも、仮にも媛樣が選ばれたお方ですよ』

『ヌシが一番無礼だろう……すまんのう、御館様。悪気は無いのだがどうも見た目が三下なのでな……』

『どうでもいいよー。媛樣、膝枕してー』

「…………」

 

 口々に罵倒され、成功の喜びなど木っ端微塵に消え失せた。アイも慌てて、臣下を窘める金銀の視線を向けた。

 

「あ、居た……もう、空さんってば。今日はあたし達二人が食事当番なんだよ……って……」

 

 そこに駆け寄ったユーフォリア、少し怒り気味だったが五体の霊獣達の注目を浴び呆気に取られる。

 

「……ねぇ、お兄ちゃん。その神獣さん達は……?」

「ちょっとな……お前ら取り敢えず元に戻ってくれる?」

 

 と言った瞬間、『何でお前に命令されなきゃならないんだ』と魔眼の視線で訴えられ洗礼を受けた。

 危うく炎上したり凍結したり光に熔けたり闇に呑まれたり雷に蒸発したりしそうになったところを、【真如】の加護に救われる。

 

『……媛樣、これよりは我々も参戦いたします。どうか、存分にお役立て下さいませ』

「うん……頼りにしてるね」

『なんと、勿体ないお言葉です……我らが存在事由の全てに掛けて、お守りいたします!!』

 

 代表して、白鳳が臣下の礼を取る。同時に全ての霊獣が基の銃へと還った。

 

「……アイちゃんってお媛樣だったんだ」

「ううん、そんな事無いよ。皆が産まれた"眞月海(アタラクシア)"の滄海(ウミ)…の源流が、私だっただけだから…」

「十分凄いよ、アイちゃん!」

 

 むぎゅーっと抱き合う二人を尻目に、釈然としないモノを感じつつアキはそれらをホルスターに挿し込む。

 

「あ、空さん。ちゃんと片付けないと駄目だよ。それまで、御飯はお預けなんだから」

「マジか」

 

 そして明らかに部屋に納まらない被造物の数々を前に、アキは途方にくれたのだった……。


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