サン=サーラ...   作:ドラケン

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悪意の螺旋 廻る糸車 Ⅰ

 午前と正午の、丁度分水嶺。その優しい陽射しの中に、天木神社の門前の鳥居に背を預けて、アキは大欠伸をかました。

 

「――あら、暇ならあたしと遊んでみない、お兄さん?」

「ふわ……姉御か」

 

 と、花売りのような事を言いながら現れたけしからん胸……じゃなくてエヴォリア。だがアキは眠気に微睡む胡乱な眼差しを、たゆんと揺れた胸の後にその顔へと向けて。

 

「いい……遠慮しとく……あふ」

「あら、ジョークも無しだなんて……随分と搾られたみたいね。大変なようね、お兄ちゃんっていうのは」

「そう思うんなら、折角の待ち時間くらいウトウトさせてくれ……ふぁ」

 

 等とからかわれても、生欠伸しか出ない。正直、右の耳から入って左の耳から、だ。

 

「ふふ、あたしがそんな物分かりの良い女だと思う?」

 

 それに、エヴォリアは妖しく微笑む。時間が時間なら、誘われていると取られても仕方ない程に妖艶なその笑顔。

 

「ああ、思うねぇ。アンタは悪ぶっちゃいるが根が純朴だ、偽悪が丸分かりなんだよ。剣の世界の頃からな……くぁぁ」

 

 それにアキは、龍の(アギト)の如く強靭な歯牙と顎で欠伸を噛み殺しながら――太陽の下に在って尚、輝くような琥珀の龍瞳で流し目を送った。

 

「俺、嫌いなんだよなぁ……自分を偽ってる奴って。善きにつけ悪しきにつけ、そういうのを見てると擬態を引っぺがして白日の下に曝してやりたくなるんだ」

「――言ってくれるわね、この性悪……」

 

 それに一瞬、気を遣った事を恥じてか。彼女は眉を吊り上げて……仄かに赤くなった顔で怒りを表現した。

 だが、アキは気にも留めない。眠すぎるのだ、兎に角。

 

「まぁ、そんな俺の目に留まったアンタの運が悪かったって事で」

 

 言うや、二三歩歩いて――『海』の中から鉄騎馬(バイク)を取り出す。更に、龍面のフルフェイスを取り出して。

 最後に、【是我】を変遷させた『箒の柄(ブルームハンドル)』と呼ばれるグリップを持つ拳銃『モーゼル・シュネルフォイヤー』……鍵のようにギザキザの破刃剣(ソードブレイカー)銃剣(バヨネット)を備えた大型機械式拳銃を鍵穴に差し込み――回転させて、トリガーを引く。

 

「――さて、俺の姫様方(いもうとたち)がそろそろお出でになる。ちょっと今デリケートな時期なんで、アンタと一緒に居ると誤解されかねないから早く移動してくれねぇかい?」

「あら……そう、お出かけって訳ね」

 

 そう顎でしゃくった先に見えたのは、石段を駆け降りてくるユーフォリアとアイオネアの青髪の二人組。

 それを見たエヴォリアは、今までの表情を――クスリと、笑みに変えた。

 

「それじゃあ、あたしからも餞別を上げないとね」

「選別って、アンタこの世界の金なんてもって――んむっ!?!!!!」

 

 ヘルメットを被ろうとしていたアキの無防備な唇に、何か柔らかく温かな物が触れた。否、『触れた』等と生易しい物ではない。

 華のような香気に驚き、つい開いてしまった唇を越えて、熱くうねる舌が絡み付いてきた程に熱烈だった。

 

「――プハッ、ゲホッ! お、おまっ、何を――イダアアアアァァァッ!?」

「ふふ、ご馳走さま。じゃ、後は楽しんでちょうだい」

 

 と、後退りながら抗議しようとして、倒れたバイクに足を挟んで悶絶するアキを尻目に、エヴォリアは満足げに微笑みつつ舌舐めずりをした後で光になって消えた。

 

「チッ――」

 

 それを少しだけ冴えた頭で見送り、口元を袖で脱ぐったアキは――

 

「……お待たせ、お兄ちゃん」

「……お待たせしました、兄さま」

「あ、ああ――」

 

 『妹達に今までの顛末は見られていませんよーに』と、信じてもいない神に祈りを捧げながら振り向いて――

 

「――アイちゃん、オーラフォトン貸して」

「うん、良いよ、ゆーちゃん」

 

 第三位【悠久】を手に、輪廻龍妃(アイオネア)と手を繋いだユーフォリアの姿。

 その掲げた手の先に圧縮される、自身の『オーラフォトンクェーサー』を遥かに越える超高密度のオーラフォトンの渦を見て。

 

「マナよ、光の奔流となれ。お兄ちゃんを包み、究極の破壊を与えよ……」

「ユ、ユーフィー……まさか、それは――!」

 

 刹那、何かを思い出す。それは恐らく、彼の人生において最も鮮烈な恐怖として今まで記憶から消していた――

 

「――お~らふぉとんっのう゛ぁぁぁっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「あべぇぇぇぇぇぇぇしっ!!!!!!!」

 

 目映いオーラフォトンの奔流に包まれながら、再びその記憶を奥底に封じたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

『ユーフォリアは新たなスキルを習得しました』

 

[お~らふぉとんのう゛ぁ M:100% F:100%] Ai Pe

 

 オーラフォトンを集めに集めて、むぎゅ~ってなってる時にどっか~んって解き放つディバインフォースです。パパが使ってた技をあたし風にアレンジしたスキルで、スタートサポートタイミングに発動して敵さん全体を攻撃できるんですよ~。

 この技は、更になんと! 命中した相手さんの全ステータスを激減させた上に、行動マナと次のターンからのマナチャージと、スキルで加算されるマナをゼロにした上で、リメイニングゾーンにセットされたスキルを壊して、行動IPを最初まで戻しちゃうんです。えっへん!

 だけど、全行動回数が一回なのが弱点です。まぁ、それまでに勝敗は決まっちゃうんですけどね。えへへ~。

 

(※当然、嘘設定です)

 

 

………………

…………

……

 

 

 ズタボロの身体を引き摺るように立ち寄ったコンビニで『寝々撃破』と言うラベルの貼られた精力剤を数本購入、飲み干して漸く人心地つく。

 

「フウ……生き返った……」

「うん、一回死んじゃってたよね。アイちゃんのお陰で生き返れたんだから、感謝しないとダメだよ、お兄ちゃん?」

「殺した大本のお前に言われてもな……全く、俺を殺した責任、取って貰うぞ――」

「どこの真祖なの、もう――」

 

 軽口を叩きながら、これ程に不死の我が身に感謝した事もあるまい。輪廻龍の加護を得る彼の体は、おおよそ外的要因では死にようがない。

 それこそ、『不死を殺す』専門の局地でもなければ『殺し方』すら夢想だには出来まい。まぁ、今は関係ないが。

 

「さて、それじゃあ、どこから巡りますか、お姫様方?」

「ふーんだ、それはお兄ちゃんが考えるの。これは、お兄ちゃんへの罰なんだから。ね~、アイちゃん」

「…………(ぷんぷん)!」

 

 と、お冠な妹達は兄の言葉を突っぱねた。早朝の綺羅の一件、更に先程のエヴォリアの一件で完全に臍を曲げているようだ。

 

――だから、ご機嫌取りの為に町に連れ出したってのに……姉御、怨むぜ……。

 

 いつものように引っ付いてくる事はなく、少し離れた所で二人だけで手を繋いでいる彼女ら。折角サイドカーを用意したのだが、『乗りたくない』とバスで行く事になった。

 二人の背中を追いながら溜め息を吐き、金褐色の髪を掻き毟る。尻側のポケットに挿した財布のような長方形の箱を念入りに押し込んで、どうやって機嫌を取るかの算段を立てる。

 

 どうやら、間違いの許されない一日になりそうだった。

 

 と、言う訳でやって来た物部市内。歩きなので、いつもよりもずっと時間が掛かってしまった。

 しかもやはり、良くも悪くも目を惹く三人組だ。ユーフォリアとアイオネアは頻繁に写真を撮られているし、アキも既に数回は声を掛けられる。警察官から『前の子達を尾行してるんだろ』、と。

 

――本格的にヤバイな。これは、切り札を使うしかないか……そう、構想十年近くの超大作、『いざ希美とデートする事になった時に慌てずに済むプラン』を実行に移す時だ!

 

 『カッ!』と目を見開き、雷鳴をバックに背負いながらそんな、余りに報われなさ過ぎて目から汁が溢れそうになる事を宣言した。

 要するに、『有り得ない事が起きた時の対処要領』だと思って欲しい。

 

――さて、先ずは……

 

 然り気無く、透徹城を漁る。取り出したるは、コンビニで手に入れておいた観光情報紙。如何に現地人とは言え、三ヶ月も離れていれば町の催し物など分からない。

 適当に頁を捲る。と、目に留まった一頁。

 

「……お兄ちゃん、どこ行くか、決まった?」

 

 そこに、ユーフォリアがつーんと唇を尖らせながら訊ねてきた。不機嫌な猫のように、澄ましてはいるが此方の事が気に掛かっているらしい。

 それに――アキは、鷹揚に頷いて。

 

「ああ、最初は此処だ――」

 

 自信満々に、この年代では有り得ないくらいに発達した大胸筋を反らしたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

「……………………」

 

 そんな三人の姿を眺めつつ、コンビニ前の喫煙スペースで紫煙を燻らせていた男は凄絶な眼差しを隠すように瞼を閉じた。

 

「フ……やはり餓鬼か、女の扱いがなっていないな」

 

 身の丈2メートルはあろうかと言う筋骨隆々の体躯を黒いスーツと開襟のYシャツと弛めたポーラータイに包み、黒い革靴と革手袋、袖口にはカフスボタンが光る――褐色の肌に、金褐色の逆立つような髪を後ろに束ねたその男。

 

「だが――――中々良い面構えだ。全く、親孝行な話だな……」

 

 その覇気に満ちた、ベルバルザードもかくやという威圧的な面貌。重厚な声に、その鬼神の如き笑顔。

 

「えぇ、本当に――――面白くなってきましたわね、久々に……」

 

 その脇に佇んでいた、小柄な透き通るような白い肌を白いワンピースとショールに包んだ少女。長い白髪に、琥珀色の瞳に――男以上の悪辣さを孕んだ瞳で、同じように笑って。

 

「さぁ、楽しみましょう。永遠に続く戦いの一時の息抜き……この退廃劇(グランギニョル)が傑作となるか、三文芝居となるかを……うふふ」

 

 妖艶な仕草で髪を掻き揚げると、アキの後ろ姿を実に面白そうに見遣ったのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 真上から指す太陽光を避け、軒下のベンチに腰を下ろす。傍らには珈琲缶、要するに休憩を取っているのである。

 しかしそこにはアキ一人。ユーフォリアとアイオネアの二人は――

 

「――お兄ちゃ~ん、見て見て~! この子、すっごく人懐っこいよ~!」

「それに、大人しくてのんびりしてて……ふふ、可愛いです」

 

 少し離れた柵の中で、茶色くずんぐりした生き物と戯れていた。その回りには他にも様々な生き物。

 今いる場所は、市内の動物園。見るだけでなく、触れる所である。

 

「そいつはカピバラって言ってな、世界最大の齧歯(げっし)目……つまりは鼠の親分だ。寛大だけどあんまり粗相すんなよ、噛みつかれるぞ」

「へぇ~、ネズミさんなんだ、この子……」

「ふわぁ……そうなんですね」

 

 と、入り口で得た知識を騙る。しかし元々動物好きの彼女達には、それだけでも随分と見直されたようだ。

 

 様々な動物へ頻繁に抱っこしたり抱き付いたりとアクティブなユーフォリアに対し、アイオネアはおっかなびっくり控え目に撫でたり餌をあげたりするくらいだ。

 本当にこの二人、全くタイプが違うのによくここまで仲が良いものである。まぁ、凸と凹だからこそ、かっちりと嵌まったのかもしれないが。

 

 そんな二人を眺めながら、缶珈琲を啜る。この平和を噛み締めるように。

 

――ずっと先送りにしてた。だけど、そろそろ腹ァ括らなきゃいけねぇ。そう、こんな日々は、長く続かねぇんだからな……

 

 沈思するのは、この先の事。理想幹神を倒し、希美を取り戻した後の事、だ。

 

――この身はとうに人外、不老にして不死の身。そんな存在は、尋常の世界に居ちゃいけねぇんだ。そんな事は、時深さんにだって出来やしなかった。

 古くから謂われている通り、強過ぎる力は災厄を招く。【真如】が何位に相当するかは判らねぇけど……エターナルに成れる以上、三位以上に匹敵するのは間違いない。

 

 そもそもエターナルとは、『世界一つ』よりも多量のマナを有する超越者。『渡り』と呼ばれる行為を行い、世界から世界に渡り歩く根無し草。

 強大すぎる力は望む望まざるに関わらず数多の災いを招き寄せ、本人のみならず周りにまで害を為す。だからこそ、時深は時間樹内の『出雲』のみならず、外宇宙を行動圏とする『混沌の永遠者(カオス・エターナル)』に属して、神剣宇宙の初期化……神剣宇宙の全マナを『始まりの一振り』と呼ばれる原初の永遠神剣に還す事を目的とする『秩序の永遠者(ロウ・エターナル)』の襲撃に備えている。

 

 中には、それらに属する事無く活動する『中立(ニュートラル)』と言う者も存在するらしいが……勝手気儘に生きる彼らは協力などしておらず、また、目立ち過ぎれば前述の組織に目を付けられて数で圧殺される危険性が非常に高い。その為、今現在ニュートラルに目立った存在はかなり少ない。

 

「……俺としては、原初の神剣に還るだなんてのは嫌だしなぁ……だからってカオスは親の脛齧ってるみたいだし」

 

 等と呟きつつ、懐から煙草を取り出して一本銜え――此処は禁煙だった事を思い出して仕舞う。

 その時、目の前にユーフォリアが小走りでやって来た。カピバラの両前足の脇下に手を入れて持ち上げた状態で。

 

「ほら、お兄ちゃんも触ってみて」

 

 ずいっと差し出された、能天気そうな天竺鼠。常に眠たげな半開きの目と、盛んにひくひくしている鼻と髭と出っ歯。

 それを撫でてみようと、アキが手を差し出した瞬間――カピバラは、じたばた暴れるとユーフォリアの手を逃れて柵の中へ逃げ込むように走り去っていった。

 

「あれぇ……さっきまであんなに大人しかったのに」

「ハハ……まぁ、昔から動物には逃げられてばっかだからな。俺の事は気にしなくていいから、もっと遊んでこい」

 

 腑に落ちない様子の彼女だったが、やはり動物の魅力には逆らえずにもう一度、触れ合いコーナーに戻っていった。

 そしてアイオネアと一緒に、毛玉のような大きな兎……アンゴラ兎を抱き抱えて喜んでいる。それを確認して、再び思考の海に還る。

 

――そうか……そうだな。別に難しい事じゃない。生きる意味なら、此処に在る。

 カオスでもロウでもニュートラルでもなんでも変わらねぇ。俺は、これからも変わらない壱志を貫く。だからきっと、これからも迷惑掛ける。その代わり、絶対に『神刃(オレ)』は何をどれだけ、誰かをどれ程犠牲にしても、『神鞘と神柄(おまえたち)』を護ろう。

 

 それは、利己(エゴ)に他ならない。だが、それでも――この男の、偽らざる本音。産まれて初めて己自身で望んだ偽悪(いきかた)だった。

 

――例え、俺より強い者が相手でも。何、恐れる必要はない。自らを過大にも過小にも評する必要すらない。

 何故なら、銃こそは逆接の武器。『強き者が弱き者を喰らう』事が真理にして摂理のこのクソッタレの世の中で、この武器だけは『弱き者が強き者を討ち倒す』事を、不可能のままで可能とした。トリガープルを上回る力さえあれば、女子供にでも屈強な戦士を殺す事も出来る。

 

 そんな武器が、果たして他に有るか。剣や槍は言わずもがな。同じスタンスの弓でさえ、『引く事が出来る』だけでは『屈強な戦士』の飛距離に敵わない。同じ銃で同じ条件で対峙して、勝機があるのは『銃』だけだ。

 

 即ち、銃こそは『強者殺し(ジャイアントキリング)』。弱者も強者も等しく同じ強さとなる矛盾の極み、人の叡智が産み出した救済の天使――或いは凋落の悪魔。

 そして、その真髄たる『永遠神銃(ヴァジュラ)』……古代インド神話にて歌われた『雷鳴を放つ』という、『銃の原型(アーキタイプ)』とも言われている神宝の名を冠する武具。

 

 それを唯一手にする権利を持つ“天つ空風(かぜ)のアキ”こそは、常に己よりも強大な敵ばかりに挑み続けてきた生粋の反骨者(トレイター)――――自らよりも強き者を討ち倒す事を存在理由とする、神剣宇宙で唯一人の『宇宙の均衡崩し(バランスブレイカー)』である。

 故に、その存在は神剣宇宙そのものから忌み疎まれる。認められぬままに全く別の法により存在する、『敵性宇宙(アウト・ロー)』として。

 

「そうだな。その方が俺らしいか……」

「何が?」

 

 と、独り言に返った問い。見れば、

いつの間にかユーフォリアとアイオネアは定位置……アキを挟んで右にユーフォリア、左にアイオネアの状態でベンチに座っていた。

 その表情は、どちらも満ち足りた蕩けきった表情だ。朝とは偉い違いである。だから、今、難しい事でこの笑顔を悩ませる事もない、と。

 

「ああ――いや、何でもない。さあて、じゃあ飯でも食いにいくか」

 

 そう、話と思考を切り上げたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 西日を浴びながら、その動物園を後にする。彼自身は余り楽しめない場所だったが、その両脇の二人は――

 

「えへへ~……カピバラさんもエヒグゥ……じゃなかった、兎さんも可愛かったね、アイちゃん♪」

「うん……ペンギンさんとか、ヤギさんも」

 

 未だにほっこりと相好を崩しただらしの無い表情で、動物園を後にした。

 

――堪能したみたいだな……触れる所に来て正解だったぜ。まぁ、俺が近寄るとあらゆる生き物が逃げ出したけどな!

 

 アキにとっては、軽いトラウマだったりする。昔から生き物に懐かれると言う事がなかった彼にとって、動物園は。

 

「じゃあ、帰ろうぜ。明後日には皆が、学生も連れて帰ってくるんだ。それまでに出立の準備を整えておかなくちゃな」

 

 止めていたバイクに跨がり、フルフェイスのヘルメットを被る。

 と――ユーフォリアとアイオネアが向かい合って、何やら剣呑な空気を醸し出している事に気付く。

 

「む~」

「う~」

 

 互いに右手を握り、それを付きだして――

 

「「――じゃんけん、ぽんっ!」」

 

 と、じゃんけんで競い合う。ユーフォリアはチョキ、アイオネアは――パー。

 

「やった~! あたし、お兄ちゃんの後ろね!」

「う~……私も、兄さまの後ろが良かったのに……」

 

 決着がつくや否や、ユーフォリアが勢いよく後部席に飛び乗る。アイオネアはそれに恨みがましい目を向けながら、渋々といった具合にサイドカーに乗り込んだ。

 

「さて、話も決まった事だし……ちゃんとヘルメット被れ。そんでユーフィーはしっかり掴まって、アイはしっかりシートベルト締めろよ」

「「はーい」」

 

 準備を整え、デリンジャーを差し込んで炉に火を入れる。目を覚ました鋼鉄の騎馬は、低い嘶きの後に軽快に走り始めた。

 目指す天木神社は、山一つを越えた向こう側。時間にして、約三十分ほどの距離。

 

 そして此処から先こそ、彼が『長い一日になりそうだ』と感じたその日の本番であった……。


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