サン=サーラ...   作:ドラケン

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理想の種子 根幹へと Ⅱ

 元々の世界を離れて二日……ものべーが鳴き声を上げ、戦場への到着を告げる。戦支度を整えて屋上に集結した一行の進み行く方向には、光の膜に包まれた世界が在った。

 

「あれが……中心世界、理想幹か」

 

 呟いた声は屋上の風に融けていく。夜を迎える事無く昼間の照度に再設定された学園に、緊張が走るのが判った。

 それは彼も同じだ、胸元のお守りと羽の根付けを握り締めて決意を固めるアキは――別れ際に綺羅から貰った、かつて自分が預けられていた護り刀を腰帯に差した。

 

「んじゃあ……徃くぞ、アイ」

「はい、アキ様……」

 

 呼び掛けと共に伸ばした彼の左手に掌を重ね、法衣姿のアイオネアは頚輪状のアミュレット……かつてアキが彼女を召喚する触媒とした『透徹城』が変化した、夜明の空と同じ瑠璃色の宝珠が嵌まり後方からショルダースリングがリードのように伸びるソレを撫で、空間に波紋を刻む。

 神銃形態へと換わった彼女を携え、理想幹に向け【真如】を構えたアキは銃弾にオーラフォトンを練り込む。

 

「よいな、あき。初撃はサレスに到着と目標を知らせる為のモノ、重要なのは二撃目じゃぞ」

「諒解してますって。その為の無限弾倉ですよ、ネコさん」

 

 隣に立つナーヤの言葉も、聞き流す勢いだ。(カラ)より無制限にマナを生み出す彼の【真如】は、こういった条件で最も威力を発揮する。最大威力を連続で、消耗少なく撃てるのだから。

 『徹甲弾(シェルブリッド)』を装填した後、携帯のストップウォッチのカウントを合わせる。まだ開始はしない。

 

「――第一射、発射!」

 

 放たれた螺旋の蒼茫の輝風。空間を軋ませながら飛翔する光の奔流は理想幹を被う障壁に当たり――弾かれた瞬間、トリガーレバーを操作して再装填すると共にアキはストップウォッチのカウントを開始して。

 

「さて――それじゃあ第二射は任せましたよ、ネコさん」

「任せておけい、新たな装備を得たクロウランスの雄姿を見せてやろう」

 

 続けて放つ筈の第二射をナーヤに任せる。そんなアキのすぐ脇に、ナーヤの永遠神剣【無垢】の守護神獣『クロウランス』が召喚された。

 その右肩部には、長大な漆黒の砲筒。これこそが、彼女が欲しがっていた『ご褒美』だ。ナーヤが設計した理想の兵器を、アキが造り出す。その取り引きをしていたのだ。

 

「そりゃあ結構ですけどね。外すとか無しですよ――っと!」

「ぬ、直撃した筈の間合いだったのじゃが――相変わらず厄介な速さじゃな」

 

 降り下ろされた【無垢】の鉄球を回避する。それに渋い顔をした彼女。

 

「ハハ、俺の『速さ』は現象じゃなくて概念ですからね。人語に表せる以上、俺より遅い――ワゲッ!?」

 

 そこで、虚空から降った金だらいが直撃した。それはもう、昔のコントみたく。

 

「にゃはは、やはりうっかり者のあきにはスピカスマッシュよりコメットバトンの方が当たるようじゃのう?」

「いつつ……人を団子好きみたいに言うなってーの」

 

 それに、からからと笑う猫耳大統領。花の蕾が綻んだような可愛らしい笑顔だ、見た目が金だらいとは言え本物の攻撃である一撃を食らった甲斐もあると言うもの。

 

「……じゃあ、ここの指揮は任せますよ、『()()()()』?」

「文字どおり、大船に乗ったつもりでおれ。結果は耳ではなく、目に入れてやるわ」

 

 威勢の良い言葉に、心配するまでもなかったかと苦笑する。

 

「時間じゃ、ゆくぞクロウランス――一点集中、プロミネンスレーザー!」

 

 放たれたのは、一条の紅炎。大気さえ蒸発させる砲撃が、障壁の全く同じ場所に命中する刹那――内側からも強大な一撃が同時に撃ち合って、弛む事すらも許されなくなった光の障壁に風穴が穿たれた。

 そこをものべーが通り抜け、進入に成功する。

 

「よし、突破成功じゃ!」

 

 ガッツポーズをとって、ナーヤが叫ぶ。その瞬間、実に自然な動作で旅団の皆が――望を見遣った。いつしか精神的支柱となっていた少年を。

 

「……皆、気を引き締めていこう」

 

 その望が宣言する。突き出された彼の右手に、多少疲れた風のアキを始めとした"家族"が、己の右手を重ねて円陣を作った。

 勿論、クリスト達も同じ姿勢。

 

「俺達は今から仲間を救い出して、神を(たお)す! 誰一人欠ける事無く――帰るぞ!」

「「「「「――応ッ!」」」」」

 

 そして掛け声と共に、一斉に手を天に跳ね上げて団結の儀式を行う。

 そんな彼等の姿に円陣に加わっていなかったエヴォリアとベルバルザード、そしてナルカナは眩しげに目を細めた――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 雪の積もる『セネト=フロン』島を守護していた白のハイミニオンは、理想幹を被う障壁に外部から攻撃が加えられた事に気付く。

 戦闘姿勢を整えようとしたその時に外と内から同時攻撃で障壁に穴が穿たれて、敵が侵入して来た事にも。

 だが――その視界に突如、巨大な影が映る。太陽の光を背に、虚空を切り裂いて悠然と現れた一隻の艦艇。

 

 それこそ、ナーヤが持って来た物。あの長大な砲の代償。即ち、魔法と科学の境界が消えた世界の強襲揚陸艦だ。まぁ、幾らかアキの改造が加えられてはいるが。

 その甲板に集う数人の影は、其々の永遠神剣を携えたアキ、ユーフォリア、アイオネア、ソルラスカ、ルプトナ、エヴォリア、ベルバルザード、クリフォードにミゥ、ルゥ、ゼゥ、ポゥ、ワゥ。

 

「――さぁて、この世に名残は残してねぇか?」

 

 再び永遠神銃【真如】となったアイオネアを左手で受け止め、甲板に突き刺す。勿論壊れなどせず、『何も傷つけられない鞘刃』であるその剣によってアキと艦の因果が結び付けられただけだ。それにより、この甲板から申し訳程度の武装である近接防御用のチェーンガンやVLSの操作が可能となる。

 

「掃射後、各自の判断で上陸。残敵を討て……その後の事はその後で通達する、以上」

 

 仁王立ちで腕を組んだアキの呼び掛けに、皆が頷く。だがアキはそれを見遣る事もなく、さも決定事項とでも言うかの如く左手の指を差し出して自らの透徹城の城門を開き――戦闘艦も凌駕するほどの40センチ級の大口径砲やミサイルポッド、バルカン等の銃砲を覗かせた。

 簡単な話だ、揚陸艦を望んだ理由など。余裕のある積載量(ペイロード)と一定の運動性能に加速力、防御力さえ有れば、後はアキのアーティファクトで何とでもなるのだから。

 

 そして、その指先が鳴らされれば――

 

「――っガハッ!!?!」

 

 天より降った無情なる鉄の雨――その嵐のような砲撃に敵陣は爆炎に沈み、それが晴れた後にはもう、敵は残っていなかった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 電撃作戦で『フロン=カミィス』を占拠した旅団勢は、奪還の為に集結してきたミニオンを全て消滅させて一息つく。

 

「……作戦は単純、あれこれ難しく考えずに正面突破。先ずナルカナとユーフィー、エヴォリアとベルバルザード、ソル、ルナ、俺の七人で各浮島を時計周りに進攻し、残りの面子で反時計周りに各浮島を攻略する。背後は気にしないで、前に進め。合流が第一目標だ、殲滅や追撃は無用。相手に隙を見せるなよ!」

「判ってる、そっちこそな!」

「気を抜くでないぞ!」

 

 望とナーヤに作戦を伝え、別動隊のアキは【真如】をスリングで肩に担いで新雪に足跡を刻みながら駆け抜ける。視界に捉える中央島ゼファイアスは、正に百華繚乱。

 

「……敵地にしては綺麗過ぎよね。観光でもしたくなっちゃうわ」

 

 エヴォリアの漏らした言葉も最もだ。『理想の世界』というだけはあって、実に美しい。

 

「ハハ、まったくだ。酒が進む事請け合いの極上の景色ですよ」

「あら、いいじゃない。よーし、この世界を攻め落としたら宴会と洒落込むわよ。これ、決定事項」

「フム、雪月花を肴に酒か……風情がある。我らも付き合おう」

「皆さん、戦いの最中になんて話をしてるんですか〜っ!!」

 

 どこまでも管理の行き届いた、吐き気がしそうな程に一分の隙も無い『箱庭』の世界。

 外周の浮島でこれでは、中央島に入ったらどうなってしまうのか。

 

 浮島の端に転送装置を見付けて、ナルカナと達が転送されていく。

 その一行を見送り、アキは溜息を吐いた。

 

「……こういう時、俺らの能力って不便だよな」

【はぅ…すみません、アキ様……】

「んもぅ、アイちゃんを困らせるような事言っちゃダメっ!」

 

 一方、転送装置の『対象にすらなれない』アキはウィングハイロゥを展開して浮島間を移動しなければならない。

 島の下を見れば、厚い雲が覆っている。更にその雲の海は中枢から伸びる巨大な幹の周りで渦巻き、底の見えない奈落の深みへと呑み込まれていた。

 

 ナルカナが暴れているのだろう、セネア=エラジオ島では早速爆炎が立ち昇っている。

 

「次はあたし達で拠点以外に布陣するミニオンに一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)で攻撃……だね」

「そうだ。攻撃が済んだらすぐに離脱して、別の部隊を狙う」

 

 目指す先は、枯れた果てた砂漠の浮島。アキは並んで飛翔していたユーフォリアの【悠久】に着地すると立ち位置を交代して前方に立ち、格闘性能を犠牲にして狙撃性能を上昇させた射撃専用の神銃【真如】を構える。

 

「……収束する世界、極限の時よ。すべてを見通せ――コンセントレーション!」

 

 ユーフォリアが発動した、集中力を高める事で本来は防御力を上昇させるそのオーラ。

 

「……先の先の先、機先を制す――タイムアクセラレイト!」

 

 鋭く研ぎ澄まされた意識の下に、スコープを覗き込んで【真如】を構え、気付いていないミニオンに向けてトリガーを引いた――

 

 

………………

…………

……

 

 

 中枢ゼフェリオン=リファに立つ二人分の影。エトルとエデガは、旅団の電撃作戦に感嘆の声を漏らしていた。

 

「……ほほう、成る程のう……一点を攻め落とし、そこを拠点に両翼へ進攻する……遊撃隊は敵を殲滅するのではなく、あくまで戦力を消耗させるゲリラ戦術を取るか……」

「その遊撃隊により後方の安全も確保している訳か。ログに載らぬ故に先は読めぬが、上手い作戦を考えおる……」

「あのユーフォリアという外部の存在は厄介だが……蕃神の転生体が考えそうな事なら考え付くわ」

 

 だが、笑っている。その程度は予想済みだとばかりに。

 彼等にとってはミニオンなど捨て駒、いくら死のうと次のミニオンを造れば良いだけだ。

 

「しかし、気は抜けまい。まさかあの方があちらに着くとは……」

 

 だが、『古の神』……則ちナルカナが旅団に着いた事については苦虫を噛み潰したような顔となる。

 予想していなかったのではなく、その対策が極めて限られる為に。

 

「さあ、行け。奴らを――"虚無"に塗り潰してやるのだ!」

 

 エトルの指先が鍵盤を弾くように動く。それに呼応して周囲の空間から、無気味で耳障りな駆動音が響き始めた……

 

 

………………

…………

……

 

 

 最後に残された拠点の『セファ=イレイシオ』を挟撃の上で更に頭まで押さえて攻め落とし、外周に浮かぶ六つの浮島は完全に旅団の制圧下に落ちた。

 同時に中央島ゼファイアスまでの転送鍵が解除され、一行は一斉に……先回りしたアキ達ともほぼ同時に辿り着く。

 

「……さて、こっからが本番だな」

 

 久々に安定した地面に下りて安堵の溜息をつき、狂った時間感覚を正常に戻すべく腕時計を覗いて、忙しなく動く秒針を眺める。

 だが流石に酷使し過ぎたのだろう、視野の霞みにより今一つ効果が上がらない。横に立っているのがヤツィータだと判別するのにも、少し時間が掛かった。

 

「……どう思う、クー君?」

「どうもこうも、上手く行き過ぎてます。気に喰わねェ」

「やっぱりそう感じるわよね、罠に誘い込まれたみたいだって」

「それでも、俺達には進む選択肢しか無いでしょう――がッ!」

 

 目を擦りつつ、腹立ち紛れに背後の転送装置へと四発の銃弾を撃ち込み破壊する。これにより撤退と――外周の浮島を取り戻されても、敵『から』挟撃を受ける危険性は消えた。

 

「……相も変わらず、やる事が派手よね。ヤツィータお姉さん、貴方の行く末が心配よ?」

「ご心配無く、もう進路は決めてありますから」

 

 呆れたような、頼もしそうな表情を浮かべたヤツィータ。彼はそううそぶきながら追加装備を外して、【真如】を元のライフル剣銃『マーリンM336XLR』型へ戻した。

 取り外したパーツは波紋を刻んで、空間に融けていく。

 

「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……第二段階の開始といきますか」

 

 目的地は『アルフェ=ベリオ』、その転送鍵を解除する為に神殿に辿り着いた旅団一行に向けて――光弾『ジャスティスレイ』に高圧水塊『メガフォトンバスター』、熱線『ホーミングレーザー』と、結晶弾『デュアルマシンガン』、重力弾『グラビティーホール』が纏めて降り注ぎ、更に六条の紅い光線が『地ヲ祓ウ』。

 

「――こいつら、は……ッ!」

 

 そして、天空から降り立った全色合計数十機のノル=マーターと……

 

「「「――フシュウウウ……」」」

 

 アルフェ=ベリオ神殿を守護するように、三機もの抗体兵器が立ちはだかった。

 

「……南天神といい理想幹神といい、著作権料請求すんぞ……!」

「まったくよ、抗体兵器なんてうざったい物持ち出して……」

 

 

 忌々しそうに呟くアキと、何故かナルカナ。そんな彼女に疑わしい視線を向けた彼だったが、その真意を図る間もなく機械兵達が襲い掛かる――!

 

 進軍してくる、ノル=マーターの一団。視認できるだけでも数十機、全体では既に数百機にまで殖えている。

 更には抗体兵器も複数現れ、戦場は瞬く間に敵で埋め尽くされた。

 

「よく分からない相手だが、敵は斬り伏せるのみだ!」

「今回ばかりはその通りね、行くわよっ!」

「僕が援護します!お二人は近づいてきた奴らを!」

 

 迎え撃つ絶とタリア、スバル。天に向けた【蒼穹】より放たれた矢『ストレイフ』が複数に分裂し、雨の如く降り注ぎノル=マーターに突き刺さる。掃射を逃れて接近した機体は【暁天】の『雲散霧消の太刀』や【疾風】『アヴァランチ』に撃破された。

 

「しかし、なんという数じゃ……」

「うだうだ言っても始まらねぇ、俺達も()くぜ!」

「オッケー、ソル! こうなったらヤケクソでいくよー!」

 

 一行もそれぞれに応戦を始めて、戦場は直ぐに黒い煙に包まれる。望と希美、カティマは背中合わせに立つ。

 

「ちっ、キリが無い……」

「拠点も無しにこの数は、流石に辛いですねっ!」

 

 幾ら倒しても倒しても、終わりの見えない倍々ゲーム。ただ物量に頼って前進するだけの、単純な運用。だが、数が数だ。それだけでも充分に脅威となる。

 

「――お兄ちゃん、ナルカナさんっ! ノル=マーターは皆に任せて、あたし達三人でアルフェ=ベリオの抗体兵器を倒しましょう!」

「……そうだな、それがッ! 一番の安牌だッ!」

「仕方ないわね……あんた達、遅れるんじゃないわよ!」

 

 じりじりと迫りながら攻撃を繰り出すノル=マーターを斬り倒し、或いは撃ち倒して。

 それなりに前方に居るナルカナと合流する為、アキとユーフォリアは協力して前進する。

 

「では、私達が援護します!」

「任せろ、活路は開いて見せる」

「全部ぶっ飛ばすよーっ!」

「が、頑張りますね」

「……ふん」

 

 目の前に踊り出たクリスト五姉妹、その永遠神剣から繰り出された光弾『ストラグルレイ』に氷槍『フリーズアキューター』、炎弾『ナパームグラインド』に横殴りの風『ブラストビート』、影の衝撃波『カオスインパクト』。だが、波の如く押し寄せる軍勢は瞬く間に損傷した部隊の替わりを補填する。

 

「……埒があかねェ。仕方ねェな、ダストトゥダストコンボでいくぞ、ユーフィー!」

「うん、任せてっ!」

 

 アキの背後で、ユーフォリアは【悠久】を振り上げる。呼応して、【悠久】が光を放った。

 

「塵は塵に、灰は灰に。声は、事象の地平に消えて――ダストトゥダスト!」

 

 召喚された二頭の龍、青龍『青の存在』と白龍『光の求め』。絡み合う双龍は、眼前の有象無象に目標を定めて対消滅の吐息を放った。

 フォルロワの時と同じく、それを受けたノル=マーターどもは次々にマナが運用できなくなり機能不全に陥っていく。

 だが、それは彼女やその周囲の存在とて同じだ――

 

「連綿と途切れぬ無き命の煌めきを此処に――メビウスリンク!」

 

 ただ一人、『(カラ)』を起源とした秘蹟(サクラメント)を手にする"神銃士(ドラグーン)"を除いて。

 そしてその秘蹟の担い手はスピンローディングによって再装填した【真如】より産み出したマナを、薔薇窓のオーラへと換えて空っぽのユーフォリアとクリスト姉妹へ分配した。

 

「これなら……いきますよ【皓白】――スカイピュリファー!」

「いくぞ【夢氷】、凍てつけ――メガバニッシャー!」

「焼き尽くしちゃえ【剣花】――メテオフレア!」

「出番よ【夜魄】、斬り裂け――シャドウストーカー!」

 

 それを糧に放たれた、各クリストの奥義。ミゥの放つ光のオーラは敵を粉砕しつつ味方の傷を癒し、ルゥの氷結結界に捕われた相手は凍てつき動きを止める。

 そこにワゥの撃ち出した炎を纏う隕石が降り注ぎ、ゼゥの闇の爪が細切れの屑鉄に換えた。

 

「お二人共、御武運を……【嵐翠】、癒しを――ハーベスト!」

「有難うポゥちゃん、お兄ちゃん!」

「応よ!」

 

 ポゥの癒しの風に活力を与えられながら、そうして漸く拓いた活路を彼等は駆け抜ける。

 その二人が辿り着いた瞬間に、ナルカナは抗体兵器達の光背から撃ち出された『地ヲ祓ウ』光を、『オーラフォトンバリア』を以て弾き返した。

 

「遅い! あたしを待たせるなんてどんな了見してんの……よっ!? たぁ……美少女をキズモノにする気?!」

「『きずもの』?」

「コラッ! 子供の前でなんて事を言いやがんだ、コラッ!」

 

 だがその三人を巻き込むように、抗体兵器のオーラ『涅槃ノ邂逅』より生じた悪しき風が、彼等三人の急地を作り出す――

 

「精霊光の風よ、歩みを止めぬ者達の背を押す追い風となれ――トラスケード!」

「マナよ、鬨の声となり戦場を駆けよ――インスパイア!」

「震えるわハート! 燃え尽きる程ヒート! 唸れ――ヒートフロア!」

 

 その危地の深奥より、【真如】の鞘刃から生じた蒼く澄む聖なる風が彼等を包んだ。

 激励のオーラは悪しき風を祓い世界を浄め、鼓舞のオーラと赤マナの風が場を活性化させる――が、生命の煌めきを奪うべく、抗体兵器の対治癒迎撃機構『無我ノ知慧』が発動した。

 

「よくやったわよ、下僕その1とその2! あとでご褒美をあげるわね」

「「誰が下僕!?」」

 

 だが、ナルカナの『イモータルミラー』により無力化され、能力を底上げされた彼等へと抗体兵器が纏めて口内の砲門を覗かせて、禍々しい光にて『天ヲ穿ツ』。

 

「原初より連なるマナよ、無限回帰の刃となれ! これが……第一位神剣の力よ!」

「原初より終焉まで! 悠久の時の全てを貫きます!」

「終焉より生じるマナよ、不断を断ち斬る空風(かぜ)となれ!」

 

 一歩も退かずに相対するナルカナの右手に超巨大な【叢雲】の影が現れ出て構えられ、サーフボード状に変型した【悠久】へと乗ったユーフォリアが真っ直ぐ翔ける。

 そしてスピンローディングにより、(カラ)を起源とする無限光の銃弾を装填した【真如】を構えるアキ。

 

最前(いやさき)より来たれ、始原の剣っ!」

「全速前進、突っ切れぇぇぇーーっ!」

「濫觴の一滴へと……還れ!」

 

 事象の原初たる深紅の華焔の斬撃『プライモディアルワン』と悠久の時の象徴たる青白の閃光の突撃『ドゥームジャッジメント』に、万物を終焉より原初の一へ回帰する蒼風滄水の刃状エーテルシンクの波風の銃撃『サブリメイション』。

 

 三者三様の必殺の一撃に討たれて、抗体兵器達は『峻厳タル障壁』ごと纏めて粉砕された。

 

「ふふん、フォルロワの玩具如きがあたしを討とうなんて百周期は早いわ」

「……なるほど、あれを造ったのはフォルロワだったのか」

「そーよ、本当にムカつく奴……って、アンタフォルロワを知ってんの?」

「今はどうでも良いだろ」

 

 得意そうに艶やかな黒い髪を掻き上げたナルカナに、不用意な事を口にしたばかりにジト目で睨まれながらトリガーレバーを操作して排莢するアキ。

 一方、抗体兵器の群に突っ込んだユーフォリアはそんな二人を窘めようと残骸を踏みながら歩き――

 

「……ふぅ、二人とも。そんな事はいいから早く――……っ!?」

 

 頚だけ残った抗体兵器の残骸が、まだその目を点灯させていた事に……機能停止の直前に最後の一撃を放った事に気付けずに。

 

「「――ユーフィーッ!」」

 

 足元から沸き上がった、黒く汚濁した泥のような虚光(きょこう)の竜巻、『虚空ノ胎動』を躱せずに呑み込まれた……。

 

 害毒を孕む竜巻が止んだ時、そこには何も無い――……いや、天高く巻き上げられ力無く失墜してくる彼女の姿。

 

「ッ!」

「止めなさい、アキ! あんたまでナル化マナに汚染されるわよ!」

 

 それを確認するや、矢も楯も無くウィングハイロゥを展開して駆け出したアキをナルカナが押し止める。彼女が落下する先には、どす黒い光がまだ浮遊しているのだから。

 そのナルカナをバスケのターンの要領で摺り抜けて、昂めたダークフォトンを身体強化『限界突破』とした。

 

 更に『タイムアクセラレイト』により概念的に加速しながら地面を勢いよく蹴り砕き、一直線に落下地点を目指して――その道のりを塞ぐように現れた新たな抗体兵器が、光背から撃ち出した光の矢により『空ヲ屠ル』。

 

「――邪魔だ、退けェェェッ!」

 

 縦に振り抜いた『光芒一閃の剣』にて光の矢を撃ち落とし、頭から叩き斬られて爆発すら無く屑鉄と化す抗体兵器。

 

「……クッ!?」

【――あ、く……これは……何……?】

 

 そこから、更にどす黒い光――ナル化マナが漏れ出した。ナル化マナに直接触れて、ハイロゥは腐り落ちるように崩れて瘴滅(しょうめつ)していく。それだけではない、息を吸うだけでも五臓六腑が焼け爛れるような感覚に襲われ、息を吐けばそれらを吐き出してしまいそうになる。

 

 身も心もその苦痛に、ただ『膝を折れ、屈服しろ、逃げろ』と無様に喚き散らしている。だが――

 

「……ソッ……タレがァァァッ!!!!」

 

 それでもただ魂の命ずるままに、足を止めずに駆け抜ける。

 

 ステンドグラスの薔薇窓様のオーラフォトンと黒曜石の曼荼羅様のダークフォトンを二重に全周囲に展開して、一歩毎一呼吸毎に"生命"が蝕まれる苦痛と恐怖にタマシイが狂い死にそうになりながらも――……文字通りに己の『生命懸け』で、護るべき大事な"家族"をヘッドスライディングしながら、どうにか受け止めた。

 

「ユーフィー……大丈夫か……?」

「うん……えへへ、また……お兄ちゃんに……受け止めて貰っちゃった……」

「莫迦……"家族"なら当たり前だ。何回でも、受け止めてやる……」

 

 普段から小さく華奢な躯はいつも以上に軽く感じられ、顔は蒼白で意識も混濁しているのか、夢見るように寝惚(ねぼ)けた虚ろな瞳で彼を見詰める。

 

「理想幹神の奴ら……『あたし』を好き勝手に使いやがって……!」

 

 苛立たしげなナルカナの声が響く。平素から瑣末事で不機嫌になる彼女なのだが、今回ばかりは本気で怒りを露わにしていた。

 アキはユーフォリアを抱き上げ、何とかナル化マナの無い場所へとこけつまろびつ走り出す。

 

「おい、どういう事だ……大した傷は無いのに、何でこんなに……!」

「それが……ナルって奴よ。肉体をマナで構成する……いえ、マナ世界の全てに対して相剋の存在が――ナルなの」

 

 剣世界の源『マナ』と対を為す、楯世界の源『ナル』に冒された光『ナル化マナ』。『実』に対する『虚』の力。

 それは、オゾンに対するフロンのように。ただ一方的にマナを冒す猛毒だ。

 

「そんなどうでもいい事は聞いてねェ……どうすれば助けられるかを聞いてるんだ!」

「助けられないって言ってるのよ! ナルに冒されたマナ存在はナル化を経て……神剣宇宙から完全に消滅するの! 奇跡は起きない、焼いた肉が生肉に戻らないのと同じ!」

 

 ギリッと、奥歯を噛み締める。今の言葉が正しければ、どれ程の癒しのチカラを注ごうともマナの癒しは意味を成さないのだろう。

 

「巫戯化んな……諦めて堪るかよ! 元々伽藍堂の俺なら堪えられる筈だ、気をしっかり持てユーフィー!」

 

 自分自信も霞んでいく意識の中で、か細い息を途切れ途切れに吐くユーフォリアに呼び掛ける。

 今にも存在が潰えそうなその少女を現世[うつしよ]に繋ぎ止める為に、連鎖する生命の象徴のオーラ『サンサーラ』を行おうとして。

 

「駄目だよ……お兄ちゃん……アイちゃんは"生命"……マナそのものだから……きっと堪えられないもん……」

「莫迦野郎! "家族"を助けるのに、可能性なんざ考慮できるかよ!」

 

 苦しそうに頚を振り、掌を重ねた彼女に窘められてしまう。それは正に真理だ。

 とあるエターナルは悟りを啓いたその果てに『"生命"はマナのぶつかり合いで起きた現象を錯覚したモノ』と俯瞰しているという。

 

「もう……狡いよ、お兄ちゃん……いつも意地悪なのにこんな時ばっかり……優しくして……」

「煩せェ、『鬼の霍乱』だ……」

 

 ならば、"生命"というカタチを持つ永遠神剣では――……ナルには堪えられまい。

 

「判るの……だんだん、あたしがあたしじゃなくなっていくのが……だから、お願い……あたしを、ナルごと消滅させて…」

「……ッ……!?」

 

 直ぐに、それが何の事なのかに思い至る。出雲の地で【空隙】のスールードの分体を因果ごと消滅させた"無限光の聖剣"で『討て』と、そう言っているのだ。

 

「……あたしのままで……あたしじゃなくなる前に……」

 

 彼の武術服の胸元を震える指先で握り締めて、そして儚くも美しい……諦めきった笑顔を向けた。

 

――刹那、頭に血が昇る。救えなかった鈴鳴(アイツ)と同じ笑顔を見せたユーフィー(ソイツ)が……どうしても、許せなくなった。

 

「ちょっとアキ……何する気よ」

 

 握り締める【真如】の本体……無限を汲む(カラ)の弾倉として使う、蒼滄(あお)き鞘刃。

 収まるべき(サヤ)(ツバ)(ツカ)すらも持たず、"生命"を奪えない出来損ないの永遠神剣。

 

――上等、絶対死なせねェ……その"生命"を助けて、『助からない』とか『死なせて』とか言った事を死ぬ程後悔させてやる……!

 

 そのなまくらの鞘刃の先端を、真正面から抱き寄せた彼女の背中に当てて――

 

「先に謝っとく。もし痛かったら……殴りでも蹴りでも噛みつきでも、好きにしろ」

「……ふぇ? あ……く……っ――!?」

 

 "生命"を『断ち斬る』事は無く『繋ぎ結ぶ』優しき滄海(ウミ)の刃にて、魂を隔てる境界(カラダ)を貫き強制的に結びつけた――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 先ず肌に感じたのは、水の感触。生命を拒絶するように冷たく深く……水底は見えない。そこに到って漸く、自分が海中に没している事に気付いた。

 

「――ぶはっ、ゲホッ!」

 

 穢れた波濤がうねる海面まで浮上して息を吐き、瞼にまで張り付く前髪を掻き上げる。途端に、肺腑を腐らせるような闇色の風が吹き付けて来た。

 

「此処は……アイの」

 

 左手に握る瑠璃(ラピス・ラズリ)の鞘刃……波紋の刃紋のダマスカスブレード【真如】を右肩に提げた永遠神銃【是我】へと装填し直しながら、月の光すらも見えない曇天の夜空を見上げる。頭がつかえそうだと、取り留めも無い錯覚に陥る程に低い黒雲を。

 更に、虚無の質量を持って幽かに澱んだ(ヒカリ)が埋める周囲を見渡した――

 

「――ていっ!」

「あだーッ!?!」

 

 その時、頭頂にガツーンと物凄く覚えのある痛みが走った。具体的に言うのなら、以前に魔法の世界で喰らわされた【悠久】のセルフ『プチコネクティドウィル』的なダメージが。

 お陰で、まだ【真如】を装填していなかった永遠神銃を海中に落としてしまうが……何とかショルダースリングを足に引っ掛けて事無きを得る。

 

「お、お前な……! 助けに来た相手にそれは無いんじゃねェのか……」

「頼んでないもんっ! む〜っ!」

 

 神剣で(したた)かに打たれた頭を摩りつつ立ち泳ぎで振り向けば、同様に立ち泳ぎをしながらもう一撃『プチニティリムーバー』を加えようと【悠久】を振り上げたユーフォリア。

 流石に空間を削る一撃は避けたい彼は、その細腕を掴み【悠久】を取り上げる。

 

「きらい……だいきらい……意地悪、意地悪っ! 怖かったのに……怖かったけど頑張ったのに……!」

「…………」

 

 それでも彼女は怒りを鎮めず、彼の胸板を叩き続ける。驚く程に弱々しいチカラ、それを甘んじて受けながら――弐振りの永遠神剣を携えた両腕で、抱き竦めた。

 

「――暖かく、清らかな、母なる再生の光……」

「……っ……」

 

 そうして紡がれたのは――……唄。美しい旋律の、名も無き『妖精の護り唄』。

 

「すべては剣より生まれ、マナへと帰る。どんな暗い道を歩むとしても、精霊光が私たちの足元を照らす」

 

 頭ではなく、心に染み入る韻律。耳ではなく、魂を震わせる旋律。雑音など消え果てた、ただ清音。

 

「清らかな水、暖かな大地、命の炎、闇夜を照らす月……すべてが私たちを導きますよう」

 

 美しくも儚く、哀しくも鮮やかな。それはそう、正しく夜に怯える幼子に唄う子守唄。

 

「すべては再生の剣より生まれ、マナへと帰る。マナが私たちを導きますよう……」

 

 無明の闇の底、昏冥の溟海(ウミ)……神話に謳われる奈落(タルタロス)の深淵に於いて。(ウタ)唄うは、歩みを止めぬ"生命"の象徴たる空風(カゼ)の青年。

 

「……どっかのクソ生意気な餓鬼が言ってた。『諦めずに歩き続けろ。まだ途中だ、今はどれだけ辛くても、きっと希望の光は見える』…とかな。好き勝手に人様に希望の光を見せといて、テメェは絶望の闇なんかに浸らせやしねぇよ」

「……ぐすっ……そんな乱暴な言い方……してないもん……お兄ちゃんのばか……」

 

 濡れた蒼い瞳に髪、零下(ナル)淵水(ミズ)に冷えきった小さな躯は小刻みに震えている。勿論その震えは、水温のせいだけではない。

 随分と無理をした言葉だったのだろう。当然だ、ユーフォリアは負担とならない為、自分から意に沿わぬ言葉を口にしたのだから。

 

「……よっ、と」

「っあ、ちょっ……お兄ちゃん……?」

 

 その小さな躯を『お姫様抱っこ』で抱き上げながら、アキはオーラを足場として海面に立った。

 ユーフォリアは不安定さから彼の頚に腕を回す。腕を回して、自分から近付けてしまった距離に赤面した。

 

「……諦めるなんて許さねェ。潔く死ぬ勇気を出すくらいなら……生き足掻いて見せろ。少なくとも俺は、そういう奴の方が好きだ」

「……それが、誰かに迷惑を掛ける事になっても?」

「たりめーだろ、そもそも"生命"は生きる為に生まれて来るんだ。死ぬまでは生き続けなきゃ、それこそ迷惑掛けてるってもんだ」

 

 見上げてくる空色の瞳に応えて、見下ろす琥珀の瞳。暫し交錯する視線に、やがて――

 

「厳しいよね、お兄ちゃんは……」

「まぁな。自慢じゃねェが、俺はドSだ。人が苦しむ姿を見るのが大好きなんだよ」

「……ほんとに自慢じゃないよ、ソレ……お兄ちゃんのへんたいっ」

「煩せェよ、ッたく……」

 

 少しだけ元気を取り戻した彼女の軽さを噛み締めながら、彼は軽口に軽口を返す。

 

――まぁ、アレだ……なんつーか、お前が笑顔じゃねェと俺の調子が狂うんだよ……。

 

 周囲は既に、背景を削ぎ落としたように奥行きの無い漆黒が拡がるのみと成り果てている。何かの役に立つかと用意していた透徹城の中に切り取った一区画とは言え、アイオネアの居た世界のエーテルすら冒し尽くされようとしている。

 腐食して朽ち逝くこの世界は、ナルに呑まれたマナの末路を示す箱庭だ。

 

「さて、と――んじゃあ、この糞忌々しいもんを吹き払うか」

 

 その只中に有りてユーフォリアに【悠久】を返し、器用に脚だけで空中に放り出した永遠神銃の弾倉装填部に【真如】を装填する。

 

「でも、ナルは……マナじゃどうしようもないんじゃ……」

「だから、生き足掻け。何の為に生きてんだッての。諦めない限り、神すらも越え徃く可能性を持つ唯一が"生命"だろうが」

 

 そしてそのライフル剣銃【真如】に、彼の生命の象徴である"生誕の起火"を流し込んだ。

 爆発的に増加するマナ、その生む無限光のオーラを纏う。

 

「風は気に入ったモノを吹き拐い、気に入らねェモノを吹き飛ばす……それに第一俺は、黒くて靄々(モヤモヤ)してて定型が無くて。別の存在を浸蝕したり増殖したり、利用するようなモンが大っ嫌いなんだよ」

「ふぇ?」

 

 そして、心底反吐が出るといった表情で吐き捨てた。勿論、脳裡に浮かんでいるのは『波動』の形状だった第五位神剣(カラ銃)

 

「何にしろ、多寡が別宇宙の源なんざ幾らでも踏み越える……その為の無限弾倉だ!」

 

 刹那、焔のように揺らめく蒼茫の煌めきに包まれた【真如】が変移していく。長剣銃(スウォードライフル)から片刃大剣(エンハンス=ソード)へと。

 波紋の刃紋が久遠に無間に拡がり、刃に嵌まる瑠璃色の夜明の宝珠から無限よりも広大な可能性(ヒカリ)を溢れさせている『無限光の聖剣(アイン=ソフ=アウル)』へと、移り換わる。

 

【はい、兄さま……貴方が願う限り、【真如】は……アイオネアは応えます】

 

 それを低く落とした右の腰溜めに左腕一本で構え――エターナルの生命力に比例するという、起源の煌めきを携えて。

 神の定めた神剣宇宙の(ロウ)を、零除算(ゼロ・ディバイド)にて『設問自体を無効化する』神殺しのトリックを武器として。

 

「――ハァァァァッ!」

 

 終わり逝く世界の果てまで須らく両断する水平の、蒼茫の煌めきを放ちながら振り抜かれた無限光の剣撃は汚濁の闇を討ち祓い、虚無にて均一に混じり合った天と地…空と海を斬り拓いた――

 

「……綺麗」

 

 呟く声は腕の中で。暗雲も闇風も穢波も澱水も祓い浄められた世界は……平等なる天と地。雲一ツすら無い蒼穹と鏡のように凪いだ滄海。その狭間に何処までも遠く遥かな、水平線が拡がる『平穏』。

 

「……ああ、本当にな」

 

 断線する意識の中。その悠久に続くであろう、劫莫たる水平線を瞼に焼き付けた……

 

 

………………

…………

……

 

 

 開いた瞼の先には、水平線ではなく石畳。その更に先には、休憩している家族の皆の姿がある。

 

「う……くっ……!」

 

 当のアキは、アルフェ=ベリオの壁に背を預けて寄り掛かっている状態だった。

 

「目、醒めたのね。良かったわ」

 

 応えたのは、目の前に屈んだ黒髪に和装の巫女。第一位の永遠神剣【叢雲】の意志、ナルカナ。

 

「俺は……いや、今は何してる?」

「状況は一変したわ。拠点を確保した途端に敵が退いてったから、休憩してる……漏れたナル化マナはあたしが全部収拾してるし、今のところ皆は平気よ」

 

 と、ズキズキ痛んで用を成さない脳を回転させようとした視界に、彼の膝を枕にして眠っている少女達が映る。

 

「「すぅ……すぅ……」」

 

 右腿には永遠神剣第三位【悠久】を抱き締めた、蒼髪に羽根を持つ妖精の女剣士ユーフォリア。

 左腿には空位なる不実の永遠神銃【是我】を抱き締めた、滄髪に花冠を戴く龍の修道女アイオネア。

 

 ユーフォリアはナル化から復帰した疲れ、アイオネアは無限光を使った疲れで眠っているようだ。正しく呼吸を刻んでいる二人に、安堵の溜息を零す。

 

「ユーフィーのナル化マナは完全に消えてるわ。にしてもあんた、"生誕の起火"を使い熟せるなんてね……」

 

 そこに、少し見直したような視線を向けたナルカナ。だがそれに、アキは『意味が解らん』といった視線をもって答えた。

 

「えっと……起火がどうかしたのかよ?」

「はぁ!? あんた知らないで使った訳?!」

 

 驚いた声を上げたのナルカナに、眠っている少女達がぐずる。アキは『静かにしろよ』の意を籠めたジト目を向けて――最後に映ったのは。

 

「こんの……ド阿呆ーーっ!」

 

 物凄い勢いで顔面に減り込んだ、ナルカナの渾身の右ストレートだった。加えて言うなら、頭の後ろは大理石のような白い石材で組み上げられているのだ、その衝撃の逃がしようは無い。

 

「ふひゃぁ?! ななな、何!?」

「はぅぅ、耳がぁ……」

「〜〜〜〜@§☆¥$¢%!!?!」

 

 怒声に跳び起きたユーフォリアとアイオネアが慌てる中、最早意味を成す言葉すら出せないアキは顔を押さえて七転八倒転げ回る。

 

「お、おいナルカナ!? 何してんだよ!」

 

 その騒ぎに、流石に皆も気付いたらしい。疲れた躯を起こして集まってくる。

 

「"生誕の起火"ってチカラはね、時間樹を生み出すだけじゃなくて、ナルはおろか如何なるチカラにすらも『侵されないチカラ』なのよ! あんたは世界を生み出して、あの娘から押し出したナル化マナを制御した……」

 

 だが、烈火の如く怒り狂う彼女の矛先は変わらずアキに向いたままだ。

 

「でもね、覚えときなさい! 起火はエターナルにとっては一か八か! あんたがユーフィーにやったのはね、生きるか死ぬかの瀬戸際の策だったのよ!」

「……!」

 

 その指摘に、アキは身を起こす。知らなかったでは済まされない、もしかしたら取り返しのつかない事態になっていたかもしれない……その事実に驚愕しながら。

 

「な、ナルカナさん! あたしは、こうしてちゃんと生きてますから……お兄ちゃんを責めるのは」

「いい……黙ってろ、ユーフィー……結果的にはそうでも、俺は間違いなく家族を危険に曝した……」

 

 ナルカナから庇うように自分へと抱き着いたアイオネアを離れさせ、庇うように立ったユーフォリアを振り向かせて。

 

「……すまねェ、本当に……御免」

「あぅ……」

 

 土下座に近い形で、頭を下げる。困ったユーフォリアは暫く何かを考え込んでいたが……不意に、彼女は彼の手を取った。

 

「……?」

 

 突然の行為に、思わず眼前で絡む二ツの掌を見詰める。じわりと、体温が染み込んでくる掌を。

 

「あたしは嬉しかったよ、空さんが助けに来てくれて……見捨てても良かったのに助けてくれて……」

「…………」

 

 その彼に彼女は、はにかみながら優しく微笑みかける。誰もを癒す、日だまりの笑顔。

 それは跳ねっ返りのこの青年にも、やはり同じ効果を及ぼした。

 

「だから、胸を張って。言ってたじゃない……『神を殺せるチカラなんかより人を救えるチカラが欲しかった』って。お兄ちゃんは……あたしを救ってくれたんだよ」

 

 二人の周囲には、それをやはり、優しく見ている皆の姿が在る。

 怒っているのはナルカナだけだ。

 

「……まぁ、確かに起火は神剣じゃなくてエターナル本人のチカラ……しかも"生命"なんてカタチの神剣を持ってるあんたは間違いなく、第一位の神剣士すら上回る"生誕の起火"を持ってるでしょうね」

 

 ぶすっと膨れたまま、ナルカナが呟く。彼女自身が一位神剣なのだ、認めるのは癪なのだろうが。

 

――全く、格好つかねぇなぁ……やっぱり何処までいっても、俺はカマセの宿星の生まれか……

 

 溜息を零したアキが立ち上がる、その刹那に。

 

『――そう、ナルすら制御する……そんなチカラを我々は望んでおったのだ!』

『――漸く…漸く、見付けたぞ! 我等が計画の(キー)を!』

 

 突如響いた老人と壮年の男性の声。同時に、アルフェ=ベリオ全域を魔法陣が包み込み――凄まじい光を放ったのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 その魔法陣の発する光が消えた時、アルフェ=ベリオから何もかもが消えていた。人は勿論、建造物さえも。

 

「……ッ何だ!?」

「あ、あれ……皆は?!」

 

 ただ、『全ての対象になれない』アキとアイオネア、そのアキと手を握り合っていたユーフォリアを残して。

 

「……何も驚く事はあるまい、此処には予め罠を張っておったのよ。転送装置による強制転移の罠を」

「クク……『策士策に溺れる』だな。そもそも、貴様ら如きたかだか数十年生きた程度の小童の策程度に……」

 

 そして――その三人の目の前に立った二人の男。

 

「――理想幹の神である我等が、裏を掻かれる筈も無かろうが!」

 

 枢機卿のような法衣に身を包んで、掌に紫の単眼を持つ魔法具型の第四位神剣【栄耀】を携えた老人……理想幹枝人エトル=ガバナ。

 妖術士とも魔術師ともとれる装束に身を包んで、金色の鐶が左右に三対嵌められた杖型の第四位神剣【伝承】を携えた男……理想幹枝人エデガ=エンプルが立った――……


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