サン=サーラ...   作:ドラケン

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神の目覚め 永遠者達 Ⅲ

 闇の中の強い振動の後、ものべーの周りの景色が一変する。果てしない雲海、雲よりも高い……永遠に続くかのような蒼天のただ中。

 見覚えのあるその世界は紛れも無く、魔法の世界だ。天空都市ザルツヴァイまでは後半刻、神剣の担い手達は各々の時間を過ごしていた。

 

「「…………」」

 

 そんな学園の校庭に充ちる、息苦しい程に冷たく研ぎ澄まされた殺気。その発生源は校庭の中央で対峙する二人の戦装束の男……絶とアキ。

 そのパートナーである、ナナシとアイオネア。外野で戦装束を纏うソルラスカとカティマとルプトナ、ユーフォリアとイルカナ、有事の際の備えとして呼んだ白衣姿のヤツィータの八人は階段に腰掛け、静かに眺めるだけだ。

 

「「…………」」

 

 【暁天】の鯉口を切ったままで、低く腰を落して居合抜きの構えを見せる絶。対するはガンベルトに吊したホルスターに納めたままのデリンジャーに左手を翳し、クイックドローの構えを見せるアキ。

 それは鏡写しと言っていいのかもしれない。和と洋の違いは有れど……共に『神速』と『一撃必殺』を信条とする戦闘スタイル。

 

「「…………」」

 

 狼の如き青い眼差しと、鷹の如き琥珀色の眼差しが交錯する。そこに瞬きなどは一切無く、呼吸さえも最低限だ。

 息詰まる心と心の鬩ぎ合い。勝負の決着は一瞬、互いの放つ圧迫に屈して先に動いた方が負ける。

 

 故に――全く同時。

 

「「……ッッ!」」

 

 同時に瞬きを行ったその瞬間に、絶は火花さえ発しながら【暁天】の白刃を鞘走らせて。

 アキは衝撃波すら発しながらデリンジャーを抜いて、照星を使うまでも無く無色無音のマズルフラッシュを閃かせた――!

 

 耳を(つんざ)く金切り音と共に、目を(めしい)んばかりの閃光を撒き散らす。

 柔なる刃の『絶妙の太刀受』は、デリンジャーに装填されている不可視の銃弾を真っ二つに断ち切ってのけた。

 

 音も、気配すらも無いその銃弾をパリィしたのは――偏に絶の技量というよりも、始めからその弾道を見ていたからに他ならない。

 それでも、音速を遥かに上回った銃弾の軌跡を見極める空間把握は流石だが。

 

 だが、今のデリンジャーは二連。振り抜かれた【暁天】の刃は簡単には引き戻せず。

 人差し指を銃身に沿えて、中指をトリガーに掛けた……もう一度引鉄を引くだけの銃は火を噴く――!

 

「――甘いッ!」

 

 その銃弾が、左手で振り抜いた鞘にて打ち砕かれた。絶はその勢いのままに一回転、大きく踏み込み袈裟掛けに『雲散霧消の太刀』で首級を狙う――!

 

 その刃を『威霊の錬成具』により創られた腕全体を包み込む黒く重厚なガントレット、異界の律により鍛えられた防具を纏う拳にて握り止める。

 易々と鋼鉄すら斬り裂く【暁天】の刃だが、この世とは違う理法で護られたその防具は簡単には斬り裂けない。

 

 舌打ちした絶は次いで反転、襲い来る鞘の(こじり)――!

 

「――お前もなッ!」

 

 踏み込まれた絶の足を踏み付けて基点とし、背中合わせで。逆手に持った手槍のようなそれすらも、錬成具を纏わせた左肘で挟み込み受け止めて――デリンジャーの銃口をがら空きの後頭部へ突き付けた。

 

「……既に二発撃ったよな。つまり、それはカラ銃だ」

「確かにな……けど、俺の起源は『(カラ)』だ。今はカラ銃からこそが本領発揮だぜ? それに――(ゼロ)からが、俺の本領だ」

 

 ニヤリと、背中合わせの零距離で。互いに見えぬと言うのに笑い会う。そして――……

 

「……参った。やれやれ、前は鞘で沈めてやったんだが……その神剣は本当に厄介だ」

「二回も同じ手を食うか。そして二回も同じ手は使わないッてな」

 

 戦闘姿勢を解いて、絶は【暁天】を鞘に納めて腰に戻した。アキも錬成具を根源力に還して――『()()()()()()()()()()()()()()』をホルスターに納める。

 この旅の始まりに負けた事への、リベンジを完遂して。

 

「お疲れ様です、マスター」

「お、お疲れ様です、兄さま……」

 

 ふわりと飛翔するナナシと較べて、元来運動が苦手なアイオネアは『とてとて』という擬音が出そうな調子で駆け寄って来ている。

 

「アイちゃん、あんまり急いだら転んじゃうよ?」

 

 両手は捧げ持った聖盃で塞がっており、充ちる水を零さないようにして走っている為に見るからに危なっかしい足取り。ユーフォリアも、ハラハラするような眼差しで見守っていた

 

「良いですか、タツミ。今回貴方が勝てたのは、様々な奇跡が噛み合った事による僥倖です。決して調子に乗らないように」

「へいへい、じゃあ次はグゥの音も出ないように倒して見せるさ」

 

 絶をギブアップさせた事に、冷静に怒り心頭らしいナナシのジト目にそんな軽口を叩いた。瞬間――

 

「兄さま、どうぞ――きゃふ?!」

「ひゃあっ!?!」

 

 ダンゴムシを踏ん付けてしまうが、『生命を奪えない神柄』の彼女にはその命を奪えない。驚き丸まったそれに足を滑らせて、前に転んでしまうアイオネア。

 彼女の持っていた聖盃は宙を舞いアキの顔面に向けて飛翔して――首を横に倒して避け、人差し指と中指で挟んで止めたが……中身は、ナナシに全て掛かってしまった。

 

「っと、大丈夫か、アイ?」

「はふ……は、はい……」

 

 顔から盛大に転んだ彼女だったが、怪我の類は無い。やはり、影の死霊(ドッペルゲンガー)がクッションになって護っているのだろう。

 涙ぐむ彼女をあやして落ち着かせがてら、乱れた滄い髪を梳いて調えてやり、外れた花冠を龍角に嵌める要領で冠せてやる。

 

「あーあ、大丈夫? 何してんのさ、空っ!」

「んもぅ、だから気を付けてって言ったのに……お兄ちゃんっ!」

「えっ、俺のせい?」

 

 そして、それぞれ歩み寄ってきたルプトナとユーフォリアに叱られたアキ。

 

「あぁ、ドジっ娘……実害を被るのはアレですが、見ている分には良いものですね……」

 

 カティマはカティマでアイオネアに、妙に熱い視線を送っている。因みにその時、ソルラスカは自分の勝負に向けてアップを開始していた。

 

「……あ、貴方達は~~!」

 

 と、そんな彼の背後から響いてくる怨嗟(ナナシ)の声。

 『こりゃ無限回廊ものかぁ』と腐って振り向けば、予想の斜め上を行く光景が目に入ってきた。

 

「……へっ?」

 

 びしょびしょに濡れそぼった――丁度、アイオネアやユーフォリアと同じくらいの背格好をした少女……黒いローブにヘソの出た上下の服を纏った、山刀(マチェーテ)のようなナイフを腰に供えるナナシの姿だった。

 

「えっと……成長期?」

 

 等と詰まらない冗句(ジョーク)を口走っ瞬間に銀閃が鼻先を掠める。前髪がさっくり横一線になってしまった。

 

「全く……貴方のパートナーの『あるがままに還す』"破戒(ディスペル)"のせいで、空間を圧縮する術が消失してしまっただけです」

「だからって、お前……パッツンにしてくれなくても良いだろうが! どーしてくれんだコレェェ!」

 

 取り澄まして切っ先が無い長方形のナイフを鞘へと納めたナナシに、アキは前髪を指差してツッコむ。勿論、ナナシはどこ吹く風だ。小さくなろうとして忌々しそうに濡れた躯を拭う。乾かないと無理らしい。

 

「まぁ、お揃いですね兄上さま」

「お揃いたくはなかったけどな!」

 

 イルカナの言葉にツッコんだ後、流石にこれは仕方ないとアイオネアの盃を見遣る。

 渾々と盃の底から湧き出るように充ち溢れた無色透明、全ての命の原初――『生命のスープ(零位元素)』を。

 

 それを一息に飲み干す。先程ナナシが述べた通り、【真如】の水は『あるがままの姿』を肯定する。故に、エターナルであるアキのありのままの姿……契約時の姿(生まれた時)へと、彼は還る。それにより、髪もその際の長さとなった。

 

「相変わらず、アイオネア殿の力は便利ですね……」

「ハハ、そりゃあ俺の自慢のパートナーで、最高の永遠神剣ですからね」

「はぅ……兄さまぁ……」

 

 カティマの言葉に、当然とばかりに答えたアキ。それに――

 

「良いことです。ですが、それは聞き捨てなりませんね……私の【心神】もまた、最高の永遠神剣ですから」

「全くだよ、ボクの【揺籃】が最高の永遠神剣に決まってるし」

「バカ言ってんなよ、俺の【荒神】が最高の永遠神剣に決まってんだろーが」

 

 と、神剣士としての自負を擽られたか。カティマが大刀【心神】、ルプトナが靴【揺籃】、ソルラスカが爪【荒神】を構える。一様にヤル気満々だ。

 

「いいわねぇ、久々に頑張っちゃいましょうか、【癒合】」

「ああ、漸く準備運動も終わった事だし……もう一戦、今度は三対三といこうか、【暁天】!」

 

 と、アキの側に立ちランタン【癒合】を構えたヤツィータ、日本刀【暁天】を構えた絶。そして――

 

「オーケー……行くぜ、アイ――【真如】、我が命よ!」

「ハイ、兄さま……わたしは、【真如】は――神刃(あなた)の進む道を斬り拓く為の神柄ですから!」

 

 差し出された、武骨な左の掌。重ねられたのは白魚の如くなよやかな右掌。互いに感じた優しい体温は、やがて招聘された『永遠神銃(ヴァジュラ)【是我】』を通して通じ会う。

 調停者(レフェリー)のユーフォリアが見守る中、実戦さながらの訓練の訓練は幕をあげた――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 ものべーが接岸する。懐かしいザルツヴァイの町並み。そして事前に入れておいた連絡により、横断幕まで用意して待っていた物部学園の教師生徒達の姿があった。

 望や希美、沙月やアキなどの魔法の世界前の加入組と絶は信助達と再会を懐かしみ、新規参入組のスバルやナルカナ達は挨拶を交わし。元は敵のエヴォリアとベルバルザードは大いに驚かれて。

 

「ところで皆、一つ提案が在るんだけど…学園祭をやらない?」

 

 その一言に、学生達はにんまりと笑い――

 

「……そう言うと思って、実はもう準備完了してます。後は設営するだけっすよ、会長!」

 

 一同を代表して発言した信助が、彼女にサムズアップを見せたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 飾られた教室から外に出た、長身金髪の青年。髪を撫で付けて溜息を落としながら……アキは看板を立て付けた。

 そこに書いてある文字は日本語で『喫茶・悠久』。学園祭の出し物の一ツで、軽食なんかを出したりするらしい。

 

「施錠完了、と……」

 

 鍵を締めて設営を終えた教室を後に廊下を歩く。少し前までの学園は比にもならない活気、ちらほら擦れ違う学生の姿が在る。

 その全員が、男子も女子も自分の服装を入念にチェックしている。

 

「よ、巽。今上がりか?」

「ああ、終わったよ」

「お疲れ、あんたが終わったなら準備完了よ。遣れば出来るものね、半日で終わっちゃった」

 

 と、信助と美里が隣に並ぶ。若干笑いを堪えた感じで。そんな二人に黒無地のTシャツの彼はジト目を向けた。

 

「そりゃあ、一人で七箇所も押し付けられなきゃもっと早く済んでたけどな」

「そこはアレだろ、神剣士補正で常人の何倍か頑張ってくれよ」

「そうそう、前にも増して筋肉質になってるんだしさ。オーガ入居予定でしょ、その背中」

「差別だ、差別。訴えて勝つぞ。後、そんな輩は断固住まわせん」

 

 そんな軽口を交わし、辿り着いた自室。二人に断りを入れて身嗜みを整える。

 

――本日の夕食はなんと、晩餐会形式。明日の学園祭に向けて食堂も会場設営された為と理想幹攻略戦の勝利も祝した前夜祭として、ザルツヴァイでも最高級の三ツ星ホテルを屋上からエントランス、果ては浮島までトトカ一族の名義で貸し切ったらしい。

 ッたく、金持ちが本気を出すと恐えェなァ……。

 

 窓の外は暮色、夜の帳が静かに学舎を包もうとしている。遠くを見遣れば、雲の地平線に沈む太陽の残照が赤から紫、青から紺へとグラデーションを彩っている。

 丁度、昼と夜の狭間。そのどちらでも無い、此岸と彼岸の触れ合う逢魔刻の青黒い風。

 

――後、一日か。この平穏も……。

 

 何故だろうか。その美しさに、この(そら)の向こうの分枝世界間……以前ユーフォリアから聞いた、その更に彼方に在る永遠者達の跳梁跋扈するという外部の宇宙を幻視し――いずれ漕ぎ出す、その果て無き宇宙(うみ)の敵意に満ち溢れた波濤と、虚空より己を観測する三ツ目の眼差しを感じた気がして……ゾクリと身を震わせた。

 

「……ふぅ、何をナーバスになってんだか」

 

 感傷的になる頭を振って学園指定の青い制服をしっかりと着込み、無精髭が伸びたりしていないかを確かめて。

 

 物思いに耽りそうになる頭を再度振って、御守りと鳳凰の尾羽の根付を首飾りとして掛けて昇降口に向かう。

 

「ところでさ、巽。ほんとに制服で良いと思う? お葬式なら聞いた事有るけど……」

「さぁな、俺だって高級店なんて入った事ねェからな……探り探りで行くしか」

「ナーヤちゃんが良いって言ってたんだから良いんじゃねぇの?」

 

 丁度階段の踊り場に差し掛かった時、美里が姿見鏡で服装を改めて不安そうに口を開いた。

 とは言え答える二人も似たようなもの、歯切れは悪い。

 

 と、昇降口に三人分の小柄な影。空色の蒼い髪のユーフォリアに、海色の滄い髪のアイオネアと――夜色の(くろ)い髪のイルカナの姿。

 

「おおー、物部学園四大妹キャラの三人が纏めて!」

「『四大』って何よ?」

「ナーヤちゃんを入れて四大だろ? 常識だぜ……」

「んな常識、知りたくねーわ」

 

 一部生徒(もりしんすけ)を筆頭にカルト的な人気を誇る、ちみっ娘三人組だ。

 

「あ、お兄ちゃんだ」

「兄さま……」

「あら、兄上さま。寄寓ですね」

「ああ、お前らか……別に目的地は同じなんだから、寄寓って訳でも無いだろ」

「そんな事は在りませんわ、兄上さま。物事に絶対は有り得ませんから……」

 

 何と無く並び立つ。背の低い少女達と並べば、彼だけが胸より上の飛び出した状態となった。

 と、自然に右隣へポジショニングしたユーフォリアが袖をクイクイと引いた。

 

「えへへ……学園祭なんて初めてだから、とっても楽しみ。お兄ちゃんの準備は終わった?」

「前夜祭なのに終わってないのはマズいだろ? そういや、そっちの仕立てはもう済んでるのか?」

「バッチリだよね、アイちゃん、ルカちゃん。タリアさんとナーヤさんのも仕上がったし」

 

 随分興奮してテンションを上げており、溌剌とした向日葵のように顔を上げて歩く。

 まるで遠足前の子供のようだと、微笑ましい気分になった。

 

「うん……少し、その……恥ずかしい服だけど……」

 

 それに答えたアイオネアも、普段よりは浮かれているようだ。自然と彼の左隣に並んでいつものように腕を取って抱き締め、恥じらう白百合のように俯き加減で歩いている。

 一連の様子を全て後ろから眺めていたイルカナは、人差し指を唇に当てて面白そうに呟く。

 

「……まぁ、兄上さまったら両手に華ですね。入る隙が在りません、私だけあぶれてしまいました」

 

 それが聞こえていた華の二人は、暫し顔を見詰め合い……ポンッと、言う音が聞こえそうな程に揃って顔を赤くした。

 

「なな、何言ってるのルカちゃん、そんなのじゃないよっ! 大体、お兄ちゃんなんて意地悪なだけだし、トーヘンボクさんだしっ!」

「はぅぅ……」

 

 ただし、その対応は全く正反対だ。気まぐれな仔猫のように慌てて、パッと跳び退いて一定の距離を取ったユーフォリアとは対照的に、アイオネアは健気な仔犬のようにより強く、ギュッと彼の左腕に抱き着いて顔を隠す。

 

「あら、では兄上さまの右腕は私のポールポジションにしてしまいますね」

「お、おいっ!?」

 

 そして、空いたアキの右腕へとユーフォリアの代わりにイルカナが抱き着いた。

 悪戯っぽく無邪気な雛菊の花が、くりくりとした黒い瞳を輝かせた仔狐のように。

 

「「ええっ!?!」」

 

 面食らったのは本人(アキ)よりも寧ろ、ユーフォリアとアイオネアの方だった。

 

「どど、どうしてそうなるの~っ! だってあの、ルカちゃんは望さんが好きなんでしょっ!?」

「~~~~………(こくこくこくこくっ)!!?」

 

 それにパタパタと頭の羽根をパタつかせて抗議するユーフォリアに、赤べこみたいに未だかつて無い勢いで首肯したアイオネア。

 結構大きい声だった為に、周りの学生達が何事かと注目し始めた。そして次第に、物凄ーく居心地が悪くなってくる。

 

「うふふっ、何を言うかと思えば。この程度の触れ合いなら、昨今の妹キャラには当然。お姉ちゃんが妙な雰囲気の部室から見付けた『どーじんし』には、そう書いてあったもの」

「「『どーじんし』?」」

「コラッ! ンないかがわしいモノ参考にすんなッ! てか離せ、お前の知識は穿ってる!」

 

 だが、イルカナはどこ吹く風で反論してのける。周囲からの零下の視線に腕を振り解こうと試すが、しっかりと掴まれていて小柄な彼女を片腕で持ち上げる具合になっただけ。

 ぶら下がるようなその姿勢、二人より少し高くなった目線から――

 

「第一、ユーちゃんにはとやかく言う権利は無いでしょ? 永遠神剣として契約してるアイちゃんならともかく、ユーちゃんは兄上さまのなんでもないんだから」

「うぅっ……そ、それはそうだけど……アイちゃ〜ん!」

「それにアイちゃんも、永遠神剣は一人一本とは限らないんだから……それに『一位の私はもっと凄い未来を斬り拓ける』のよね。ほら、文句なんて言えないでしょ?」

「ふぇ……あぅ……ユーちゃ〜ん……」

 

 道理を説かれ、或いは言質を取られて。ぐうの音も出せずに二人は互いの名前を呼び合う。

 対して、したり顔のイルカナは……唐突に破顔する。

 

「ぷっ……あははは、冗談よ。もう、二人してからかい甲斐の塊なんだから……」

「あう〜……」

「むぅ、ルカちゃんのいじめっ子〜っ!」

 

 パッと、絡めていた腕を解いて。代わりにアイオネアの腕を取って数歩前に出たイルカナ。

 手を引かれて転びそうになりつつ、何とかついて行こうとしているアイオネア。それをユーフォリアが追い掛けて走り去っていく。

 

「……いやぁー、少し見ない間に随分と人物(キャラ)が変わったよなぁ、巽君? 何、遅れてきたモテ期かチクショー」

「世刻と違って、全員ちびっこなところが泣かせるけどね……今から六法全書を読んでおいた方がいいわよ、巽」

「……お前ら、気が済んだら早く足を退けてくれる? 俺、まだ上履きだから小指取れそうなんだけど」

 

 そして当事者なのに蚊帳の外な、周囲からの凍えた視線を浴びつつ制靴履きの信助と美里にぐりぐりと足を踏まれているアキが居たのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

「……つーか、俺が責められるのはおかしくね? どう考えても被害者だろ、俺。アタリ屋に当たられた具合の」

「いぃーや、お前は甘んじてこのくらいのやっかみを受けるべきだね。組合に属する男子から」

「何の組合なのかはツッコまねーからな」

 

 そうして、辿り着いたホテルのエントランス。因みに、会場設営で出遅れた学生も加えた十五人程の中規模な集団と化している。

 それがゲート付近で、ヒソヒソ話をしながらたむろしていた。

 

「な、なぁ……本当にあそこで良いのか?」

「た、多分……フィロメーラさんが届けてくれた地図だと、此処よ」

 

 しかし――実に入りづらい雰囲気だ。何せ、警護の為か扉の前にはSWAT、或いはグリーンベレーかスペツナズ的な……屈強で統率の取れた最新鋭装備に身を包む警備員が、見えるだけで八人立っている。

 

「生徒会長達は一足先に行っちまったし……とにかくここは神剣士の巽に任せるぜ」

「そ、そうね……お願い!」

「都合良い奴らだね……ハイハイ、行きゃあ良いんだろ、行きゃあ」

 

 美里の手から招待状を受け取り、それをヒラヒラさせながら淀みの無い足取りを見せる。幾度も人間のままで死線を潜り続けた彼に、武装した兵士程度では畏怖すらも感じられない。

 それに、仔鴨のように後ろを歩く学生達が尊敬の眼差しを見せた。リボンの色から察するに、同級生の女子学生達がヒソヒソと。

 

「なんだか今の巽くん、少しだけ格好良いわ……ロリコンだけど」

「そうね、こういう時には頼りになるわ……ロリコンだけど」

「もう泣いていいかな……」

 

 障子紙よりも遥かに薄っぺらい尊敬だったが。

 

 招待状を渡すと、中身を確認した警備員が敬礼と共に道を開ける。それに安堵したらしく、学生達ははしゃぎながら自動扉をくぐっていった。

 

 それを見送ったアキは、一番先頭に居たにも関わらず一番最後に扉をくぐろうとして……ふと、背後を見遣った。

 

「…………?」

 

 自分が使わなかった転送装置の脇、夜気に包まれた空と同じ色の闇。そこを暫く眺めて。

 

「巽、何やってんだよー! 置いてくぞー!」

 

 中から信助に呼ばれ、首を傾げて扉をくぐった。

 

「……ふふ、うふふふふ……やっぱり我慢した甲斐が合ったわ……」

 

 夜闇に沈む浮島の、清涼な空気を震わせる風が吹く。毒々しい、青黒い風だ。

 

「だって――あんなに美味しそうになって、帰ってきてくれたんだもの」

 

 その陰りから、闇よりもなお深い深紅の奈落(ひとみ)が覗いていた事を見落として……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 貴族の舞踏会に使われるような、一階分丸ごとぶち抜いた大ホール。大理石造りのような豪奢な内装の中二階まで在るその会場では、多様な料理が並べられビュッフェ形式の食事会が催されている。

 そしてクラシックな弦楽器でこれまたクラシックな音楽を奏でる、燕尾服のクラシカルなおじ様方が居たりした。

 

――前夜祭としてこれ以上無い……てか、学園祭より金掛かってね? とか思ったのは内緒だ。

 

 そのホールで巻き起こるの喧騒……ソルラスカがいきなり腕相撲大会を始め、それに応じたルプトナと良い勝負を繰り広げたり。その後、両方ともがカティマ一人に瞬殺されたり。

 一体いつの間にかは知らないが、『学園のマドンナ(斑鳩 沙月)』と比肩する程の人気を獲得していた『学園のアイドル(ナルカナ)』が総選挙を開催したりという騒ぎに捕まらないように慎重に抜け出し……本当は立入禁止らしいのだが、雲海に浮かぶザルツヴァイの夜景を一望出来る屋上に陣取る。

 

「こりゃあ、絶景だな……」

 

 夜空にも浮島にも、色とりどりに煌めく星々。違いと言えば、眼下には満月が無い事くらいか。

 景色を眺めながら建物の外側に足を投げ出すように腰掛ける。指を鳴らして、虚空に刻み付けた波紋で繋いだ真世界から貯蔵酒を取り出した。

 

 

――このホテルは支えの塔の次に高い建造物だそうで、闇に沈む白亜の町並みと雲海。少し手を伸ばせば掻き出せそうな星空の大パノラマを望む。

 酒の肴には最高だ、後は良い華(オンナ)が居れば極上だったんだけど。

 

 封緘を解いて、同時に取り出した聖盃へと酒を注ぐ。トパーズ色の細かな発泡、茉莉(ジャスミン)の華のように芳醇な香気を漂わせる三鞭酒(シャンパン)

 

「我が識蔵(アラヤ)に、納まらぬモノは無し……なんてな」

 

 だがこれも、アイオネアの異能で生み出された甘露。インド神話のアムリタ、ヒンドゥー教のソーマ、拝火教のハオマ、道教の仙丹、神道の変若水、錬金術士が生涯を賭けて追い求めたという賢者の石、赤きティンクトゥラ、不老不死の霊薬エリクサー等と同格の神酒だ。

 

 聖盃を充たす黄金色の水月を、同色の満月に翳す。古く、ある経典では満月を神の盃に見立てていたらしい。

 夜の風に吹かれつつ、さながら満月を蝕むように盃の縁に唇を沿えて酒月を傾ける――……

 

「こらーっ、またお酒呑んでーっ!」

「んブふゥーッ!? 脅かすなっての」

 

 と、そんな彼の背後に現れた蒼の長髪。その怒声に金髪の青年は一瞬、椿早苗教諭かと思って口に含んでいた酒を軒並み噴き出してしまう。

 

「……全くもう、少し目を離したらこうなんだから」

「そうピーチクパーチク囀んな……お前は俺の母ちゃんか」

 

 口許を拭いつつ目を向けてみれば、膨れっ面のユーフォリアが腕を組んで眉を吊り上げていた。

 それに頭をポリポリ掻きながら、横目で『うへぇ』と眉根を寄せる。最近……特に写しの世界辺りから、小言を言われる事が多くなってきた気がして。

 

「ん……アイはどうした、さっきは一緒だっただろ?」

「アイちゃんだったら、美里さんに写真を取られてるけど……」

「ああー……そりゃあ無駄な事を」

 

 苦笑してしまう。恐らく、美里は頚を捻るばかりだろうと。

 空位神剣の彼女には、そもそも影すら出来無い。同軸だろうと平行だろうと一切関係なく、『対象になれない』能力故に"同一存在"は存在しえないのだから。

 

「あの……あたしより……アイちゃんが来た方が嬉しかった……?」

 

 と、物思いに耽っている間に、右の傍に寄っていたユーフォリアがクイクイと袖を引いた。縁石に腰を下ろしている為に同じ高さの、少し……悲しげな眼差しで。

 

「――はぁ? なんだそりゃ……別に、文句はねェよ」

 

 不意に、そんな事を縋るような瞳で言われて、つい間の抜けた声を出してしまう。

 

――正確には、誰にも来て欲しくなかったんだけどな……

 

 その不条理にイラついた末の言葉だけは、辛うじて噛み殺して。

 

「そ、そっか……良かったぁ」

 

 何が良かったと言うのか、無邪気にも安堵の微笑みを見せる彼女。断りも無く、隣に腰を下ろすと……同じように金色の月輪を眺めた。

 

「…………」

「…………」

 

 言葉は無く、ただ風だけが狼の遠吠えのように鳴いている。星が流れ、瞬きの間に燃え尽き、闇に消えていく。

 覚えのある星座など無い、異世界の空。根無し草の浮遊都市は虚空を漂い、その箱庭の内でも生命は途切れる事無く続いていく。

 

「――くしゅんっ! あぅ……」

 

 可愛らしいくしゃみを響かせて、ユーフォリアは寒そうに己の身を抱いた。

 宇宙(そら)に近いだけはあって、この世界は冷え込んでいる。昼間でさえも建物の陰では身震いしてしまうのだ、夜間の屋外では制服くらいでは堪えられまい。

 

「ッたく、女が躯を冷やすなって……ほらよ、コレでも羽織っとけ」

「でも……お兄ちゃんは寒くないの?」

 

 取り出した、黒羅紗の如く厚手で保温性の高い彼の聖外套を頭から被せてやる。

 輪廻龍(ウロボロス)が刺繍されたそれを見詰めて、彼女は逡巡するように問う。

 

「莫ー迦、寒いに決まってんだろ。だから酒を呑んでんだよ、露人がウォッカを呑むのと同じ……躯を温める為にな」

 

 何故か自慢げにのたまい、聖盃を揺らす。盃の水面に映る月と星が幻灯のように煌めき、さざめく。

 

「ん……全然意味わかんないけど、ありがと……うん、暖かいね……」

 

 そんなアキに笑い掛けて、彼女は明らかにオーバーサイズな聖外套に袖を通した。

 二重の折り返しと霊銀(ミスリル)製のカフスで装飾された袖口からは、白魚のように繊細な指先しか出ていない。

 

「そうか? あー……それと、臭いは勘弁してくれ。洗っても取れないんだ、香水でも使うかな……」

「ううん、そんな事全然無いよ。あたしにとっては、お兄ちゃんの匂いだもん。なんだか安心する……」

 

 剣の世界でクロムウェイに貰って以来、あらゆる戦場で纏い続けた外套が存在を昇華させた神装。

 それにしてはやたらと現世染みた硝煙の鼻につく香を嗅いで、決然とユーフォリアは彼を見遣る。

 

「……あのね、お兄ちゃんは……この後、どうするの?」

「この後? そうだな……風呂入って歯ァ磨いて寝るけど」

「そうじゃなくて……もう、判ってる癖に………お兄ちゃんのいじわる」

 

 その決意を冷やかされて、ツンと桜色の唇を尖んがらせる。流石に不謹慎だったかと反省し、今度は真面目な返答をした。

 

「……そういや、俺が旅団の食客でいられるのは前世と【幽冥】とのケリを付ける迄……だったな。自分で言ったのに忘れてたぜ」

 

 高層の風が吹く。いつかと同じ匂いを孕んだ風が。

 そして彼は、隣の少女に語るには明らかに大きすぎる声を上げた。この学園祭が終わった後の、己の身の置き方を。

 

「俺は――……眺め続けてみようと思う」

 

 そこで一旦言葉を切り、グラスに残った酒をクイッと飲み干す。

 喉から鼻までを突き抜ける香気と炭酸と酒精の刺激に、五臓六腑を震わせて。

 

 恐らくは、すぐ近くで聞き耳を立てているであろう人物に向けて。間接的に暇乞いを。

 

「折角、無限の生命なんてモノを得たんだからな……殺し合いなんて詰まらない事よりも、この有限の神剣宇宙の始まりから終わりを……久遠に続く無色と無間に続く透明を……いつまでもどこまでもずっと、眺め続けてみようと思う」

「…………」

 

 時間樹を離れてしまえば、そこにエターナルの存在した記録は抹消されてしまう。"渡り"と呼ばれるその法は例え半人前の永遠者でも、如何に【真如】の透過する能力を持ってしても逃れられはしない。影響を受けるのは本人ではなく、時間樹内の者達だから。

 

だから――……その、ユメの終わりを口にする。永遠の生命を得るとはそういう事だ。造物主(いでんし)に定められた死を超越した替わりに……死は、全て己の責任と化す。

 生き続ける意味は、己で見付けるより他に無い。解放たる死を忘却したのだから、その責任は全て己の双肩に。未来永劫に安らぎなど無い、永遠に手に入らない希望を探し求めて彷徨い続ける放浪者。

 

「――フ……」

 

 その一言に、聞くべき事は全て聞いたと言わんばかりに。緑色のポニーテールを靡かせて、サレスは物影より歩き去っていく。

 

「……ッ?」

 

 これ以上は無粋になると悟って、向かうその先に。いつからそこに居たのか判らなかった、制服姿の少女を認めて足を止めた。

 

 一方、ユーフォリアは少し淋しげに睫毛を震わせて唇を開く。

 

「じゃあ、お兄ちゃんも時間樹を出ていくんだ……意外、てっきり出雲に行くんだって思ってたから」

「ハハ……いい歳こいて、いつまでも親の脛をかじってられっかっての。つーか、まだ仮定の話だ。真に受けんなよ」

「……『仮定』なんだ……だったら、まだチャンスは有るかな……」

 

 『あるがまま、ありのままにそう在り続ける』と。その銘を持った永遠神剣と同化した、金色の髪を寒風に遊ばせる青年は鼻白んで。煌めく満月と天の川を見上げて呟いた。

 

 絶望(オワリ)希望(ハジマリ)にすり替えて。立ち止まらない風の体言として――最期の一瞬まで、己の壱志(イジ)を貫くべく。

 

「あ、そうだ……あたしね、こんなこと出来るようになったんだよ!」

 

 と、唐突にそんな事を宣ったユーフォリアが目を閉じて集中する。それはさながら、神剣魔法を使う時のように――

 

「ふにゅうぅ~~……ていっ!」

 

 と、間の抜けた掛け声の後――幼女から少女へとnextversionした。

 

「何だか、まだアイちゃんの鞘刃が中に残ってる気がしてそこにマナを貯めてたんだけど……そしたら、満タンにした時に使うとあの時みたいに大人になれるようになったの」

「――ハハ、お手軽だな、全く……まあ、折角の良い華だ、酌でも頼むかな」

 

 そんな彼女の笑顔に見惚れるのを誤魔化すように、再び満たした黄金の甘露を自棄を起こしたのかまたも一気に飲み干して――アキは似合わない軽口を叩いた。

 

「お兄ちゃん……あの、もし良かったらでいいんだけど……その……」

「ん?」

 

 そんな様子を眺めてほうっと溜息を落とし、白い息を吐きながら言われた通りに酌をするユーフォリア。そして彼女は……袖から覗く人差し指の指先を、ツンツンと付き合わせて。

 

「あたしと一緒に――……カオスに行きませんかっ!」

 

 余程緊張していたのか耳朶や首筋までも真っ赤に染めつつ、いつか以来の敬語まで使って大きな声を出した。

 

「そしたら家族も一杯できるし、時深さんとも一緒に居られるし……一石二鳥だよ? ね、そうしようよ、お兄ちゃん!」

「……カオス、ねぇ……俺は空っぽだ、加わったところで戦力は増えも減りもしねェぞ? 役に立つかどうかも判らん」

 

 そのまま鳥みたいに身振り手振り、頭の羽根もパタパタ羽ばたかせながら、カオスに属するメリットをアピールする。それに思案して、彼女に問い返した。

 

「もう、役に立つかどうかなんて関係ないもん、一緒に居たいの……って、ちち、違くてあの、お兄ちゃんは一人だと凄く弱いし、自堕落さんだし……あたしが付いててあげないと――きゃふっ!?!」

「お前まで俺をヒモ呼ばわりする気かっての……」

 

 でこピン一閃、額を押さえて蹲る彼女の怨みがましい眼差しから瞳を逸らす。

 

――あれは確か、そう……イタリアの言葉。『幸福が多く訪れん事を(ユーフォリア)』との両親の祈りが籠められた、まるで福音のような名を持つ少女。

 そして名が示す通り、小さな身体一杯に出逢った人から貰った幸福をギュッと凝縮した、他人すらも幸福にする笑顔を見せる。

 

「……まぁ、それも……良いかもな」

「……えっ?」

 

 そして、すぐ傍に居る彼女にすら聞き取れるかどうか判らない声量で呟いた。

 それにユーフォリアは嬉しそうに瞳を輝かせて笑顔を見せる――

 

「無宿無頼の風来坊も良いけど、コネを作っとくのも悪くねェなって事だよ。いざという時に頼れるしな」

「うわぁ、不純……」

 

 一瞬でジト目に変化した視線を感じつつ、酒を煽る。望んだ通りの表情が見れた事に満足して。

 

――だから俺には……しかめっ面が精一杯、図体ばかりでかくて中身は伽藍洞な『(アキ)』の俺には……お前の笑顔は眩しくて見えないんだよ……。

 

 酒の苦味が心地好く、それよりも遥かに苦い想いを吐き出しそうになって……それを喉元で、辛うじて押し止めた。

 

――まぁ、何にしろ……その為にはきっちり幕を下ろさなきゃあな。神世の古から延々、続きに続いた俺の……転生の理由に。

 

 彼の携えし鞘刃は則ち、終わりと始まりをイコールとするモノだ。ならば――始まりは、必ず終わりの後に。

 

「ふあっとと……!」

 

 その瞬間、吹き抜けた強風に安定を崩した彼女の肩を抱き留める。

 

「っと、気を付けろよな……明日は学園祭だぜ? 怪我なんてしてちゃ楽しめねェぞ」

「あ……うん……」

 

 思わず重ねた二つの掌は対照的。白く汚れの無い小さな掌に対し、傷だらけで節張ったガンオイルの染み付いて取れない掌。

 

「不純でもいいもん……貴方がロウに行かないなら……それでいいの」

 

 その、父のものにどこか似ている強い腕力を感じつつ。先程の彼に負けず劣らず聞き取れるかどうかの声量で彼女は呟いた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 天を満たす星空に縁取られた絵画のような、二人の後ろ姿を静かに見詰める金と銀の龍瞳。

 

「……兄さま……ゆーちゃん……」

 

 滄く長い髪に花冠を戴く彼女は、目の前のサレスに一瞥すら与えずに、ただ……じっと己の伴侶である筈の青年と生涯初の親友の後ろ姿を見詰めるだけ。

 輪廻龍の媛君は悲しげな瞳で、きつく己のスカートの裾を握る。

 

「……ないで……」

 

 そして、誰にも聞こえない小さな声で何かを呟いて。成り行きから動けなくなっていたサレスの視界から消えて行く。

 

「……やれやれ」

 

 『これは面白い事になりそうだ』、と。そんな彼の呟きは、遥かな星天に融けていった……。


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