サン=サーラ...   作:ドラケン

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学園祭 第二幕

 お祭騒ぎの学生達で賑わう廊下を歩く、滄金蒼の三人組の後ろ姿。適当に目に映る店を冷やかしては別の店に移る。そんな事をもう、二十分は続けている。

 

「「「…………」」」

 

 三人ともむっつり黙りこくったままで。

 

「あー……なぁ、学園祭の楽しいかユーフィー?」

「えっ……あっ、うん。賑やかで、とっても楽しいよ」

 

 なんとか搾り出した問い掛けに、作り物めいた笑顔で答えられた。そして再び、沈黙が場を満たす。騒がしいのは彼等の周りのみ。写しの世界でギクシャクした時のようだ。

 元々アイオネアは引込思案だし、アキはツッコミ以外では多弁ではない性質だ。この組み合わせでは自然とユーフォリアが喋る具合になるのだが……今回はその彼女が、無音を作り出す原因だった。

 

「……(じーっ)」

「…………」

 

 その癖、気が付けばじっと見詰められている。視線を辿ればアイオネアと繋がれた手があった。

 かと言って、別に手を繋ぎたいという訳でも無いらしい。差し出してみた手は、不思議そうに見詰め返すだけだ。

 

−−参ったな……流石に判らねーぞ。コイツ、何を悩んでやがんだ?

 

 勿論、珍しく気を使って盛り上げようと努力はしてみた。

 

 先ず、射的屋で当てたコルク弾を跳ね返しては銃口に再装填という荒業で陳列された景品を壊滅寸前に追い込んだり、ヨーヨー釣り屋で固有時を加速しながら根こそぎ釣り上げたりして、営業妨害だと怒られたり。

 タコ焼き屋では六玉のうち一玉に魔法の世界一辛い唐辛子的な何かが詰まっているロシアンタコ焼きなるモノを食わせようとして自爆したりしたのだが……その時だけは楽しそうにしていても、少し経てば思い悩む様子を見せる。

 

 そうして、どうしたモノかと途方に暮れて――偶然に通り掛かった保健室の前で。

 

「やっほークー君。呑んでるー? キャハハハ…」

「――んがふっ!?! ぐえぇぇ……」

 

 チョークスリーパーをキメられる形で、ベロベロに酔っ払った白衣姿のヤツィータに抱き竦められたのだった。

 

「ぷはっ、ちょ、酒臭ェ! 姐さん、アンタ何を昼日中から酒なんてかっ喰らってんすかッ!」

「なーによぅ、お祭りなんだからいいじゃないのよ……っていうか、君からだってお酒の匂いがするんでけど?」

「くっ……しまった、俺も呑んでたんだった……」

 

 ジタバタ足掻いて何とかチョークを抜け出そうと、反論を試みる。だが、同じ穴の貉で在る事を確認するだけの結果に終わった。

 酒精に紅潮する端正な顔が間近でスンスン鼻を鳴らす様に……何より、ルプトナさえ上回る大質量兵器を感じて照れてしまう。

 

「……全くもう……ヤツィータさん、また学生をからかって……」

「堅い事を言わないの早苗ちゃん。あたしはただ、幼気(いたいけ)な女児二人を勾引(かどわ)かして、人気の無いところでエッチな事をしようとしてる悪〜いお兄さんにお灸を据えてるだけなんだから」

「適当な事言ってんじゃねーですよッ! センセー助けて!」

 

 そこに保健室から、藍色の長髪の女性……椿早苗教諭が現れて保健医を窘める。

 正に天の助け、アキは彼女に救いを求める眼差しを送り――

 

「それなら仕方ないですね、生徒指導は私達教師の責務ですもんね〜ひっく」

「――て、思いっ切り酔っ払ってらっしゃるがな!」

 

 完全に座った目に、直ぐに希望は絶望にすり替わったのだった。そもそも、ヤツィータ部屋(ほけんしつ)から出てきた時点で気が付くべきだったのだが。

 

「そうそう、思春期の男子学生が過ちを犯さないようにちゃあんと指導してあげないと。ねぇクー君、酒盛りに付き合わない? 今なら美酒に美女が揃ってるわよ〜?」

「それもそうですね〜、スバル君はもう酔い潰れちゃいましたし……ひっく」

「スバルさんんん!」

 

 彼女らの言葉に扉が開いたままの保健室に目を向ければ、中は無数の酒瓶と俯せのスバルが転がっている光景が目に入った。

 それに、この後の我が身の危険を察知して更に暴れてみる。だが、更に前から早苗にしどけなく寄り掛かられて動きを完全に封じられてしまった。

 

「あら、不満かしら? なんなら、お姉さん達がおチビちゃん達には到底出来無いあんな事やこんな事……とってもイイコトしてあげてもぉ、い・い・の・よ?」

「そうよ〜、迷える生徒を正しい道に導くのも教師の役目なんだから……お姉さん達にま・か・せ・て……ひっく」

「……ふが……!」

 

 と、耳元に囁かれるヤツィータと早苗の……砂糖菓子を生粋の蜂蜜に漬け込んでコトコト煮込んだような甘い声。

 まるで耳から摂取される麻薬だ。健全な男性ならば、たやすく理性を溶かされてしまうであろう甘い女魔(あま)い囁き声が、脳髄まで染み込んでくる。

 

 更にはアルコールで火照った肌はほんのりと桜色に染まり、濡れた瞳はうるうると揺らめいて見える。呼吸と心拍は速く、躯の両面に押し付けられたDとF(目測)が抵抗の意志を奪い去っていく。

 

――流されよう。そうだよ、それが一番だ。魅了EXスキル持ちの望と違って俺にはこんなチャンス、もう二度と無いだろう……流されちまおうぜ、俺。女教師と保健医なんて、男の本懐じゃねぇかよ。

 

 と、自分の心の中の悪魔までもが囁いてくる。よくよく考えればチョークが決まったままだ、息が出来ていない。

 

「ぶー……!」

「むー……!」

 

 そんな薄らぐ意識の中で、こちらへと多分にに怒気を孕んだ視線を向けてくるAAコンビ… もとい、蒼滄コンビが見えた。

 

――くっ、惑わされるな俺! 酔いどれの言っている事を真に受けてどうするんだ、心を確かに持て! そうだ、日本男児として毅然たる矜持を持つんだ。俺は……(オトコ)だ!

 

 妹みたいな彼女らに、末席ながら男としては無様な姿は見せる訳にいかない。

 そうして意志を固める。男として侍として、毅然たる態度で――

 

「お供します、お姉様方!」

 

――据え膳食わぬは武士の恥ですよね、先達様!

 

 即効で自分から理性をかなぐり捨てて――顔面に減り込む大きな蒼く大きな鏃のようなものを見たような気がした瞬間、彼の意識はブラックアウトしたのだった。

 

「……それじゃあヤツィータさん、椿先生。あたし達急ぎますから、もう行きますね」

「……(ぷんぷん)!」

 

 と、笑顔なのだが『(怒)』マークを浮かべているユーフォリアが失神したアキの首根っこを引っ掴んで引きずっていく。もう片方の手には、彼女の永遠神剣【悠久】。

 そんな彼女に続くアイオネアも、ぷりぷりと頭から湯気を吹く勢いで怒っていた。

 

「……やれやれ、少しからかい過ぎちゃったかしら」

「ふふ、可愛いものですね……」

 

 見送る二人に、先程までの酔った印象はほとんど無い。要するに、大人が子供をからかって楽しんだだけだ。悪趣味としか言いようが無いが。

 

「さて、それじゃあパーッと呑み直しましょうか」

「賛成〜!」

 

 そうして、二人は平然と保健室に戻って行ったのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

「うーん……とんでもない激流の川の向こうから【時詠】と【時果】を持った巫女装束の般若が追ってくる〜……ハッ!」

 

 ズキズキ痛む顔面を摩りながら、悪夢から浮上した意識をハッキリさせる。

 瞼を開いて周囲を窺ってみれば、燦々と降り注ぐ木漏れ日に生命の躍動を感じさせる葉擦れと樹の幹。中庭のトネリコの根本の定位置に背中を預けて座っていた。

 

「あ……起きた」

「う、俺は何を……」

「呼吸が出来なくて失神したの。覚えてないの?」

 

 そこに聞こえた冷たい声。そちらを見れば、一切の温度を感じない、絶対零度のジト目を向けてくるユーフォリア。

 

――そう……だったっけ? なんか、顔面に物理的なダメージを受けて昏倒した気が……あれ、そもそも何でそうなったんだっけ。駄目だ、思い出せねぇ……。

 

 記憶が完全に消し炭になっている。鼻の奥にツーンと、錆鉄の臭いがした。

 消えてしまうような記憶ならば、大した事では無かったのだろうと。取り敢えず怪我が無い事を確認して、少し離れた所のアイオネアから水を貰おうと手を伸ばしてみれば。

 

「……(ぷいっ)」

「あれ? おい、アイ? アイオネアさーん……」

 

 と、そっぽを向かれてしまう。彼女にしては実に珍しく、物凄く怒っているようだ。

 

「何か怒ってんだけど……どうしたんだユーフィー?」

「……つーんだ」

「ってあれ? おい、ユーフィー? ユーフォリアさーん……お前もか」

 

 そして更に、ユーフォリアにまでそっぽを向かれてしまった。

 

「……どーせあたし達はちっちゃいですよーだ」

「ちっちゃいですもんっ……」

「ちっちゃい? 何言ってんだよ、一体……あ」

 

 そう言ってしまった瞬間、記憶が帰ってくると同時に二人が厳しい視線を向けてきたのだった。

 

「大体、空さんは女の人にだらし無さ過ぎ! ちょっと迫られたら、すぐにデレデレしてっ!」

「はぁ? それ望に言って欲しいんだけど。俺の幸運Eが招き寄せたささやかな幸運くらい、見逃してくれよ」

「ふーんだ、お兄ちゃんのおっぱい星人っ!」

 

 何だか、酷く心外な事を言われて怒られてしまう。別にこだわりは無いつもりなのだが。

 

「いや、そりゃあ、無いよりは有った方がやっぱり……」

「うぅ〜っ……! 兄さまのおっぱい星人……!」

「どこでそんな言葉を……ナルカナか? イルカナか? 俺のユーフィーとアイに妙な言葉を教えやがって……」

 

 怒り心頭に達したのか、ぷーっと頬を膨らませた少女達は気圧されのけ反ったアキへと徐に迫り――

 

「あ、あたし達だって頑張れば、それなりにあるんだからっ!」

「あ、あるんですっ……!」

 

 膨れっ面と併せてトマトみたいに顔を真っ赤にしながら、制服の上から自分達のささやかな膨らみを寄せて上げて見せた。

 

「……あー、十年後なら見甲斐も出るんだろうけどな。ほらほら、女の子がそんなはしたない事するもんじゃないぞー」

「「む〜〜っ!」」

 

 しかし哀しいかな。元々が余りにささやか過ぎた為に、制服の上からでは変化が見て取れなかったのだった。

 未熟ながら女のプライドを傷付けられた二人は一層憤慨したらしく、何か決意した顔を見合わせて。

 

「……だったら、直接確かめてみてよっ!」

「……(こくこくっ!)」

「は――うぉっ!」

 

 機敏な動きで躯ごと突進し、胸板に抱き着いた。逃げられないよう、投げ出していた足をそれぞれで蟹挟みまでして。

 流石に密着されてしまえば如何にささやかだとは言え、女性らしく柔らかな感触。まぁ、ヤツィータや早苗と較べれば『ぷに』くらいの感触だったが。

 

「こ、これなら……判るでしょ」

「……ああ、判る」

 

 透き通るように白く、ふっくらとした頬っぺたを恥じらいに紅く染めてくっつけたまま、じーっと窺うようないじましい上目遣いを向ける蒼空と滄海の少女達。

 温めたミルクのような甘い香り、その気が有れば無垢な唇を纏めて奪える体勢。

 

「よく判るぞ、うーん……どうやらアイの方がちょっとだけ、大きいみたいだな」

 

 神妙な顔付きでそんな可愛らしい仕種を見せてくれる弐羽の幸せの青い小鳥に、驚きが去ってみればドS根性と悪戯心がむくむく起き上がってきたのだった。

 

「はぅぅ」

 

 底意地悪く笑いながらそう伝えてやると、アイオネアは恥ずかしげにパッと距離を取ってしまう。

 一方、ユーフォリアは頭の羽根をパタつかせながら刃金の如き胸板をぽかぽかと殴り付けてきた。

 

「そっ、そんな事無いよっ! 同じ身長で同じ体重なんだから、胸の大きさだって同じだもん! お風呂で較べたんだから〜!」

「いやいやいや、明らかにアイの方が大きいぞ? この感じじゃ……もしかしてBかもしれないな」

 

 そうして、勿体付けるように口にした言葉。淑女の嗜みとして肌を曝す事への羞恥は有るものの、その先の秘事から遮断されていたアイオネアは不思議そうに首を傾げただけが、ユーフォリアはどうも思い至る事が有ったらしく、トマトの赤から完熟トマトの濃赤に顔を変えた。

 

「ぶーっ……だ、だったらっ!」

「ん――って、オイィィッ!?!」

 

 と、何を思ったのか。いきなり交差させた腕で制服の上着の裾を掴み、ガバッと男気溢れる脱ぎ方をする。

 すんでの所で間に合って、張りのあるお腹と愛らしいお臍がちらりと見えただけで終わった。

 

「い、いきなり何してんだお前はッ! コラッ、しまえ!」

「だったら、直に較べてどっちの方が大きいか判断したらいいじゃない!」

「待て待て、何をヤケクソ起こしてんだ! 判った、俺が悪かった! ゴメンナサイ、からかいました! ほぼ同じ大きさです!」

 

 ふーっと、子猫が威嚇するように唸る彼女を宥めすかして止めさせ、ジト目で睨まれつつ素早く周囲を確認する。

 

「……反省、した?」

「したした、しました」

 

 学園祭で校舎内の人の移動が多く、三方向を窓に囲まれているのでもしかしたら誰かに見られていたかもしれないと思ったが……誰にも気付かれなかったようで、安堵の溜息を落とした。

 

――危ねぇ…ヒヤヒヤさせやがる。あんな場面見られたら、どんな理由でも俺がディスインテグレート(完・全・分・解)されちまう。魔女裁判や異端審問も真っ青の、一方的な糾弾で。

 

「……ったく、そういうのは本当に好きになる相手の為に取っとけ」

 

 ぺしりと頭を叩いて拘束から脱し、色々な意味で火照った頬を魔法の世界の冷たく冴えた風に曝して落ち着かせる。

 躯の調子は万全、そうで無かったとしても最後の学園祭だ。早く、もう手に入らない日常に戻ろうと促そうとして――軽く叩いた頭に置いたままの掌で彼女の丸っこい頭を優しく撫でてやる。

 

「あ……んん……ふふ」

「変な声を出すなっての。なんか、幼児に悪戯してるような気分になるだろうが」

 

 幾度かの、意地悪して撫でてやらなかった謝罪も籠めて。

 

「幼児じゃないもんっ! んにゅ……だって珍しくお兄ちゃんが優しいから。ふふ……くすぐったいよぉ……もう、羽根はやめてったらぁ」

 

 それに、始めは不服そうな表情をしていた彼女も次第に嬉しそうに顔を綻ばせていく。

 時折、ピコピコ動く羽根に触れる指の感覚に鼻に掛かった甘い溜息を漏らしながら。

 

「なんだよ、望とか他の奴らにはよく撫でられてるだろ? 別に今更、嬉しがるでも無いだろうに」

「そうだけど、なんだか違うの。お兄ちゃんが撫でてくれた事なんて、今回でたった二度目だし……お兄ちゃんのってね、他の人のより温かくておっきいから……嬉しいの」

「その言葉のセレクトはワザとか……全く。お前な、俺みたいな悪党にまで甘えてたら……その内痛い目見るぞ」

「大丈夫だもん。お兄ちゃんのコト、信じてるから」

 

 『信じてる』等と言われては弱い。純粋な好意を向けられるのに、悪い気などする筈も無く。羽根をギューッと握り締めるのは止めておいてやる事にした。

 

「だって、悪党は悪党でも小悪党だもんね」

「やっぱ握り締めるっ」

「させないもーんだっ」

 

 悪戯っぽく、ぺろっと舌を出した彼女の羽根を握り締めようとするが、両手で右手を押さえ込まれて妨害され……屈託の無い笑顔を間近に見せられた。その愛らしい様子に不覚にも鼓動の高鳴りを覚えて止め時を見失ってしまう。

 幼き昔、初めて子猫を撫でた時のように名残惜しくなって。

 

「何に悩んでるかは判らねぇけど……元気が戻ってきて良かったよ。俺はな、そうやって向日葵みたいに笑ってるお前が好きなんだ」

「「――えっ……?」」

 

 つい、そんな余計な……自分でも、意外な言葉を口走ってしまった。

 

 勿論、それはラブではなくライク。兄が妹に抱く好意と同じ類だ。それを恋情と誤解する程、伊達に片想いはしていない。間違いなく本心では有るが。

 それに返った驚きの声が、二つ。どちらも驚きの声だったが、息が抜けるような眼前の蒼空の風鳴りに対して、向こうの滄海の海鳴りは息を飲むように。

 

「すす、好きって……ええっ!? だ、だってあの……お兄ちゃんは希美ちゃんが――」

「あ、巽〜! いいところに居た、助けて〜!」

 

 突然掛かった女の横槍(こえ)に、注意を向ける。見てみれば一階の窓から身を乗り出して、わりかし切羽詰まった様子で手を振る学生……美里の姿。

 

「助けてとは穏やかじゃねぇな、何が有った?」

「あぅあぅ……」

 

 オーバーフロー気味に頭から湯気を吹いているユーフォリアを放置して、当の美里に近寄る。

 彼女も彼女で慌てているらしく、結構な距離走ったのか呼吸は乱れて、額には汗が見て取れた。

 

「……どうもこうも……お願い、一緒に来て!」

「イテテテテ、判ったから首飾りを引っ張るな! ユーフィー、アイ、ちょっと行ってくるから勝手に楽しんでてくれ! でも、怪しい奴には着いてくんじゃないぞ!」

 

 取り敢えず二人に断りを入れて、仕方なく窓から廊下に飛び入る。一目散に走る美里に引きずられるような格好で、廊下の曲がり角を曲がっていった。

 一方、走っていった彼を見送るでもなく呆然と立ち尽くしていたユーフォリアがアイオネアに問い掛ける。

 

「あ、アイちゃん……どうしよう……あたし、もしかして……こっ、こここっ告白されちゃったのかな……? 男の人から、生まれて初めて……」

「……違うもん。さっきの『好き』は、私がゆーちゃんを好きなのと同じ『好き』だもん……!」

 

 そのアイオネアは、俯いて自分のスカートがクシャッと捲れる程に強く握り締めていた。いつもなら『はしたない』と決してやらないが……感情が激昂(たか)ぶった時に癖としてやってしまう仕種。

 

「……アイちゃん……?」

 

 彼女らしくない、突き放すような物言いに驚いたのか。振り返ったユーフォリアの目に映った――……泣き出しそうなその表情と、頭上でネビュラの煌めきを放つ三重冠のハイロゥ。

 

「……私はね、ゆーちゃんが好き。元気で積極的な……私に無いモノを持ってるゆーちゃんが」

「え、うん……あたしもアイちゃんが好きだよ。お淑やかで清楚な……あたしに無いモノを持ってるアイちゃんが」

 

 さぁっと、涼やかな風が吹く。背格好も似ていれば、靡いた髪も近似色の鏡写し。

 ただしそこには……空と海程に遥かで、決して交わる事の無い絶望的な開きがあった。

 

「だけど……私は兄さまの進むべき可能性(ミチ)を斬り拓く神柄(ツカ)だから。天位でも地位でもない……不当に抑圧され続ける"永遠神剣"の願いから生まれた、『神刃』を抜き放つ為の『柄』だから……他のどの位に勝てなくたって、『鞘』だけには"納まらない"……負けたくないの」

「『鞘』? アイちゃん、それって一体――」

 

 聞き慣れない……だが、心を動かす言葉にユーフォリアが聞き返す。

 

「「−−っっ!」」

 

 その瞬間だった。校舎から、男女の入り混じった複数の悲鳴が木霊したのは。

 

 

………………

…………

……

 

 

 冷たいリノリウムの廊下を軽快に走りつつ、美里を追い抜いたアキは調子を合わせて彼女の隣に並び立って問うた。

 

「何があったんだ、喧嘩か?」

「ううん、部外者が入り込んじゃったのよ。その人、出店の食べ物を凄い勢いで食べちゃってさぁ……あたし達じゃあ止められないの」

 

 げんなりした様子に、苦労した末に頼ってきたのだという事を悟る。だが、そういう事は先ず責任者の生徒会長に頼るべきではないかと、ジト目を向ける。

 

「……言っておくけど、生徒会室に行っても会長が居なかったから、アンタに頼ったんだからね」

「へいへい、頑張りますよお嬢様。で、相手は何人だ?」

「一人、女の人よ。真っ赤な髪をしたすっごい綺麗な人なんだけど……何て言うか、綺麗過ぎて無気味だった」

 

 と、急に歯切れが悪くなる。妙に思い顔を覗き込めば、怯えるように顔を強張らせていた。

 その時、人混みが目に入る。掻き分けて進めば――少し前に通ったタコ焼き屋の前で、衆人環視の中黙々とタコ焼きを食べている露出の多い美女の後ろ姿。

 

「あ、サツキじゃなくてアッキーが来てくれたんだ」

「おぅ、どんな状況だ?」

 

 同時に、クリフォードとクリスト五姉妹の姿を認める。その近くまで移動して、現状を問うた。

 

「どうもこうも、見ての通りよ。あの赤毛の女が、出店の食べ物を軒並み食べたの。現在進行形で」

「困りましたね……一般人を相手に力ずくという訳にいきませんし」

「……頼むタツミ、早く追い払ってくれ。あのままでは、タコ焼きが全滅してしまう。まだ私は食べていないんだ」

「ルゥ姉さんったら……」

「て訳だ、しかし全く聞く耳無しでよ」

 

 憔悴しているルゥの様子に苦笑しながら、歩を進める。そして、女の肩に手を置いた。

 

「……ふぅ。すいませんお姉さん、この学園は関係者以外は立入禁止なんです。そのタコ焼きは食べてしまって構いませんから、直ぐに出て行ってくれます?」

「あら、タコ焼きっていうのね、この食べ物。不思議な味ね、でも嫌いじゃ無いわ」

 

 一つ咳ばらいして喉の調子を整え、女性に歩み寄る。女は振り返る事も無くそんな返事を返した。

 

「……それにね、もう食べないから大丈夫。だってメインディッシュが漸く到着したんだもの、こんな前菜にもならないモノを食べてる場合じゃないでしょ?」

「アぁ?」

 

 思わず、イラッとした声を上げてしまうする。こういったまともな会話が出来ない手合いが、アキの一番嫌いなタイプだった。

 そしてタコ焼きが廊下に落ちる。ボトボトと潰れたそれらに意識を取られ、それを見たのは一瞬後。

 

「全て一つになりましょう。それが、真の平和よ」

「――……ッ?!」

 

 『主』の呼び掛けに虚空から染み出るように具現化し、無造作に右手に握られた黒い柄巻きの短刀。鞘を持たぬそれは紛れも無い永遠神剣、最初から白刃を剥き出しにしている――凶獣の顎門(アギト)にも見えた。

 

 間髪容れずに跳ね退く。一歩で約五メートル、着地してアイを招聘した後に『精霊光の聖衣』を展開しつつ、生徒を逃がして助けを――……

 

「なッ−−?!」

 

 刹那、その姿が掻き消えた。そう思った次の瞬間には、空間転移で目の前に現れた白い絹紗(ヴェール)製のローブのみを身に纏う女。

 肌も露わな"最後の聖母"イャガの無機質な……さながら硝子玉の如く濁る真紅の奈落(ひとみ)と――

 

「――いただきます」

 

 その軌道に存在する空間そのものを貪りつつ、振り下ろされる永遠神剣・第二位【赦し】の閃きだった――……

 

 大気を蹴っての再バックステップと同時にライフル剣銃【真如】を招聘し、薔薇窓の精霊光を背後に展開して戦装束を纏う。そのままオーラを『精霊光の聖衣』として、イャガの進行を止めた。

 

「ちょ、ちょっと巽――」

「――来るなァァァッッ!」

 

 その真後ろに居た美里が、呆気に取られる外野の生徒の中で最初に立ち直り漆黒の聖外套を纏う後ろ姿に走り寄ろうとした――瞬間に、アキは怒号と共に喀血して膝をついた。

 

「……か、ハッ……ァ…………逃げろ……早く……逃げろッ……!」

 

 ビシャリと聞くに堪えない嫌な音を立てて、廊下に打ち撒けられた夥しい量の血液。粗く切れた息を吐けば吐く程、じわじわと戦装束に血の染みが広がっていく。その有様に彼女の脚は、恐怖から自然と止まった。

 

「あははっ……力を無駄遣いすると不味くなっちゃうわよ?」

「そんな……私達の攻撃をあれだけ受けて、無傷だなんて……!」

「化け物かよ、コイツ――!」

 

 そして見た。即応したクリストとクリフォードの攻撃が全て直撃しながらも悠然と立ち、遥か彼方で薄く笑うイャガの右手。その手に握られた短刀の刃を伝う血の雫が、廊下に落ちるさまを。

 

「いっ……いやぁぁぁぁっ!?」

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

 

 魔法が解けたかのように、静寂の底に沈んでいた廊下が悲鳴の坩堝と化す。学生達は剣の世界や魔法の世界で負傷者の手当をした事は有るが、それはつまるところ専門技術を持つ医者でなくても大丈夫な怪我人だったに過ぎない。

 ここまで多量の出血、そしてこんなに間近で戦闘を見た事は皆無。恐慌をきたしたとして、誰に責められようか。

 

【アキ様……傷が……傷が治りません! どうして……!】

(お前の癒しでもか……クソッタレ……俺達には不治の効果なんて通用しねぇってのに……)

 

 失血で朧に霞む意識に五体の感覚と視界、霊魂を震わせて伝播してくるアイオネアの焦燥。

 如何なる完璧な効果を有する神剣であろうと、彼らの前ではただの装備へと成り下がる。それが空位神剣のみに許された『対象外』の能力。

 

【どうして……どうしてっ!?】

 

 だが――イャガの神剣に付けられた傷が癒えない。【真如】の治癒を持っても塞がらない。『対象外』の能力を突き崩した理念が、理解出来ない。

 その力を強める為にか、化身の姿に戻ったアイオネア。

 

「……解らない? 簡単な話よ」

【……えっ……!?】

 

 裸足の足が、ぺたりぺたりと廊下を歩く。ゆっくり、ゆっくりと。立ち塞がるクリスト達など見えぬかのように。

 

「ストラグルレイ!」

「フリーズアキューター!」

「シャドウストーカー!」

「ナパームグラインド!」

「ブラストビート!」

 

 隙だらけの彼女に、クリスト達の攻撃が再度襲い掛かる。光に氷、影に炎、暴風が彼女を捉え――

 

「――ハァァァッ!」

 

 最後に、クリフォードの【竜翔】が二度閃いた。

 

「――貴方の剣、"生命"の癒しは『不当な』傷の否定による補填。だから、普通の戦い方じゃあ即死させないと完全に治癒する……」

「「「「「「――なっ!」」」」」」

 

 そんな彼女らを意にも介さずに、空間跳躍でアキとアイオネアの目の前に現れた。

 見上げてくる鋭い鷹の目と怯える龍の瞳に、均整の取れた肢体がミロのヴィーナスを思わせる聖母は、能面の如く張り付いた笑顔で応えて。

 

「でもね、私の【赦し】には斬り裂いた空間を私の胎内(おなか)に繋げる能力が有るのよ。つまりは『斬る』んじゃなくて『喰べる』の。"生命"は"喰べる"事でも連鎖するでしょう?」

 

 【赦し】を祈るように、胸の前で柄尻へと左手を添えて捧げ持つ。血と脂に曇る刃が、啜った血肉を舌舐めずりして味わうかの如く……鈍く妖しく煌めいた。

 

「私はね、全てを救済したいの。罪を犯さなければ生きていけない罪深い生命の全てを。殺すのではなく食[こうてい]する……つまり、私のは『正当な』傷。だから貴方の癒し[ひてい]は通用しないわ……だってそうでしょう、肯定を否定したら――否定になるもの」

「――っ……!」

 

 それは道理にして、正しく真理。条理が反った瞬間である。

 尚且つ、その起源は『(くう)』と『(クウ)』。同音異字というトランスライナー。

 

「ふ――うふふ。それにしても、なんて美味しいの……貴方の血肉、信じられないくらい美味しいわ。今まで食べた何よりも……」

 

 

 則ち。"天つ空風"のアキと、"最後の聖母"イャガの相性は……『最高に最悪』である――――!

 

 

「何が有ったんですか、一体――っ……!」

 

 響く悲鳴とアイオネアが消えた事、そして爆発に危急を察して駆け付けてきたユーフォリアは、その目に映った女の姿に息を飲む。

 

「−−"最後の聖母"イャガ…!」

「っ、させない――!」

「もう……私は貴女達みたいな小物に興味(しょくよく)は湧かないの。邪魔しないで」

 

 【悠久】を呼び出し、一瞬で戦闘体勢を整えたユーフォリアと共に反転、負傷しているアキを庇おうと飛翔するクリスト達。その六人にイャガは左掌に【赦し】を突き刺した後で、腕だけを向ける。

 向けられた掌には【赦し】による刺し傷。そして細腕は異様な迄に肥大し――やがて内側から廊下に収まりきらず、壁を砕く程に無数のノル=マーターと抗体兵器どもを産み落とした。

 

 装甲を粘液にぬめらせた機械兵達の眼に光が点る。イャガの胎内で搾取されて喪失していたマナを、外部より得る事で活動を再開したのだ。

 緩慢にその銃口を周囲の学生達の方へと向けて、銃声(うぶごえ)を上げる――

 

「――ユーフィー、アイ、クリフォード! 俺の事はいいから、学生達を護ってくれ!!俺はまだ戦える……だから、今は……戦えない奴らを最優先にしてくれ!」

「に、兄さま……?」

「……諒解した……アキ、気を付けろ!」

 

 そんなノル=マーター数機のコアを針の穴を通す正確さで背後から撃ち抜き、停止させて叫ぶ。

 一寸だけ迷った様子を見せたミゥだったが…苦渋に満ちた顔と共に、四人を引き連れて飛んだ。

 

「何言ってるの、お兄ちゃん! その人はイャガ、ロウ=エターナルでも最古参の一人で第二位永遠神剣【赦し】の担い手……」

 

 だが、震えの止まらないその膝と今も廊下に拡がり続ける血溜まりを見た瞬間、ユーフォリアは変型させた【悠久】で宙を翔けて悲鳴に近い勢いで叫んだ。

 己を狙った攻撃である事に気付き、イャガは少女に向けて微笑む。空虚なその笑顔は、まともな感性ならば寒気しか感じられまい。

 

「その二ツ名は、"最後の聖母"! "法皇"や"虚空の拡散"、"輪廻の観測者"、"悟り"に並ぶ一角なの……お兄ちゃん一人で、どうにかできるような相手じゃないよっ!」

 

 滑空する『ルインドユニバース』を空間跳躍で躱わして、イャガは少し離れた位置……機械兵を後ろに立った。

 

「何してるの、アイちゃん! 早くお兄ちゃんの傷を――」

「治らない……治らないの……!」

 

 ユーフォリアは慌ててアキに肩を貸そうとして……その装束の血染みに息を飲み、アイオネアを向いて。そして、強い癒しの力を持たない自分に臍を噛む。

 

「ハ――"最後の聖母"イャガ、ねぇ……仰々しい名前だ、確かに敵いはしねぇだろうな」

 

 【赦し】に斬り裂かれた胸部を、『威霊の錬成具』で昆虫の外骨格のように隙間無く密着させて出血だけは防いでいる。だが、所詮は応急処置。放っておけば死に至る深手。

 左肩口から入った刃は、短刀故に長さが足りず心臓こそ避けたが……左肺に胃、膵臓に右腎臓に大腸と小腸の一部と、約四割もの臓腑を破壊していた。

 

「だけどな、ユーフィー……それがどうしたってんだ!」

「えっ……?」

 

 呼吸しただけでも脂汗と冷や汗が滴って失神してしまいそうな程の痛みが走るが、皮肉にもその痛みが意識を繋ぎ留めている。

 そんな中で大声を上げるなど――自ら地獄に飛び込む行為となんら変わりは無い。

 

「敵が自分よりベテランで強力な武器を持ってるってだけで……自分がやるべき事を、放棄する気か? 負ける相手とは戦えないってか? お前はそんなに無責任な奴か!」

「っ……でも……でも、それじゃあお兄ちゃんが死んじゃう……」

「そうです、兄さま……今は体勢を立て直すべきです! ノゾムさんやナルカナさんなら、きっと……」

 

 今にも泣いてしまいそうな彼女達の言う通りだ、様子見の一撃だけでも戦闘不能寸前の身。その全力を出されてしまえば、塵一つさえ残らないだろう。

 更には仲間が撃破された事により、敵戦力と認識した機械兵達が彼の方へも移動を開始する。

 

「……まぁ、確かに正義の味方とか大悪党なら完全な死亡フラグだけどな。でも、どんな話でも小悪党がラスボスと闘ったら……死なずにノコノコ生き残るもんだって相場が決まってんだ……」

 

 現状はどう見ても絶体絶命。救援は遥か遠く、マナ不足から脱したノル=マーターどもがクリフォード達と空中戦を行い、敵襲に気付いた他の神剣士達が巨駆を以って地表を侵攻する抗体兵器どもに抗戦を開始したばかりだ。

 

「こんな時にふざけないでよっ! 逃げるのだって立派な戦術でしょ、お兄ちゃんは……お兄ちゃんは弱――」

「――言うなッ!」

 

 怒号に、身と心を竦ませる少女。爪が突き刺さりそうな程にきつく握り締めた右拳を、ユーフォリア目掛けて突き出して――

 

「……莫ー迦、このチビスケめ。お前だって言ってただろ……」

「あぅっ! な、何を……」

 

 ペシッと、彼女の額にデコぴんを放った。打たれた額を押さえて、彼を見上げるユーフォリアとおろおろしているアイオネアへ。

 

「……信じてるって、言ってくれただろう?」

 

――改めて言われなくても判ってるさ……俺は弱い。卑下じゃなく、事実として。きっと、この学園のどの神剣士よりも。

 

 今にも卒倒してしまいそうな躯を、ただ根性だけで。

 

「知らねぇんなら、教えてやるよ。男ってのは莫迦な生物でな……」

 

――弱さを認めるのは、そりゃあ強さに繋がるだろう。自覚するとしないじゃ大違いだからな。

 但し、認めていい『弱さ』は己の『力の弱さ』一つだけ。まかり間違っても、己の『心の弱さ』を肯定してはならない。

 

 今にも断絶してしまいそうな心を、ただ見栄だけで。

 

「いい女から『信じてる』なんて一言を言われちまうと、例え相手が全能神だろうが悪魔だろうが……第一位の永遠神剣だろうが、全部を纏めて敵に回したって撃ち斃してのける……!」

 

――生命に同じモノは一つだって無い。だから、他の誰に負けても何一つ恥じる事は無い。だけど……自分に負ける事だけは、死ですら雪げない恥だ。

 我が身可愛さに信じてくれる相手に寄り掛かる事、それは裏切りに他ならない。それを赦す事だって、優しさなんかじゃない。

 

 今にも霧散しそうな魂を――ただ"壱志(イジ)"だけでもって、奮い立たせて。

 

「――自分の実力以上のチカラも、平気で出せるんだよ……!」

 

――だから、俺は他のどんな何に屈しようと……それにだけは絶対に屈しない! この"壱志"に懸けて!

 負け続けの俺だが――そんな俺が他人に勝てる唯一が、屈しない事なんだからな――――!

 

 長剣小銃(スウォードライフル)【是我】を肩に担ぎながら、震える指先でのサムズアップと……誰がどう見ても痩せ我慢の空元気で浮かべた不敵な笑顔を見せた。

 

「……お兄ちゃんの馬鹿……どうしてそこまで強がりなの」

「本当に……今度と言う今度は、わたしも呆れました」

「なんだよ、今更気付いたのか? 長い付き合いだってのに、ひでぇ妹達だ」

 

 そして、思いっ切り呆れられてしまう。だが、予想していた通りの反応だったのでほぼダメージは透過(スルー)した。

 そんな彼の反応に彼女はふう、と溜息を吐いて――アイオネアと手を繋ぐと、【真如】に還った彼女と同化して……美しく成長した、『()()()()()使()()()()()()()()()()』女性の姿へと変わる。

 

「神の威光、唯一無二の輝きよ……あたし達に力を――ホーリー!」

 

 そして、展開した精霊光。全能力値を上昇させるハイペリオンのオーラ。

 その効果により、傷が僅かに楽になる。焼け石に水では有るが。

 

「……信じてるからね、お兄ちゃんは……嘘つきにはならないって……約束、覚えてるって」

「さぁて、何の事だったっけか」

「…………嘘つき」

 

 最後に、そんな軽口を交わして。窓硝子を粉砕して外に飛び出して行く彼女の、名残惜しい微笑みと蒼く靡いた長い髪を視界の端に。

 

「ふふ……お別れは済んだの? でも、心配しなくていいわ。貴方達は皆、外の子達も含めて、私のお腹の中でまた会える……大切な人達と一つに成れるの、素敵でしょ?」

「……ハ。冗談じゃねぇ。俺は俺だ、オンリーワンのな……」

 

 そして真正面の、見たくも無いイャガの笑顔を睨み付けた。

 

「テメェと一つに成る、だっけ? 下らねぇな、何が救済だよ。一体、誰が望んだ? テメェの押し付けがましい『赦し』なんざ俺は……」

 

 吐き捨て、ループレバーを押すと同時にライフル銃の本体を後方に一回転させる。次に、引くと同時にグリップを握り締めながら聖母へと……

 

「この、"天つ空風"のアキは――カス程も望んでねェんだよ……!」

 

 スピンローディングにより『空』の起源弾をリロードした永遠神銃の螺旋のライフリングが施された銃口と、右手に番えたアパッチ・リボルバーと同じ仕組みを持つディファイアント・デリンジャーを突き付けた。

 

「……どうして? 目の前に、幸せがあるのに…自分から、苦しもうとするの? 一人一人の力は弱くても、手を取り合ってより大きな力に立ち向かうのが普通でしょう?」

 

 その"禁句"に、初めてイャガは笑顔以外の表情を浮かべる。眉を顰めて悲しげに呟いた。

 

「判らねぇか? ハ、これだから無駄に強い力を持ってやがる奴は……弱者の壱志が判ってねェ」

「……"壱志"?」

 

 それに、彼は見下すように……強者を憐れんで。

 口許から零れる血を聖外套の袖で拭った際に、己には似つかわしくない甘やかな芳香を感じる。

 

「……チ、俺もまだまだだな……」

 

 その正体には、直ぐに気付いた。この聖外套を貸した事が有る相手など、ただ一人だけ。

 その事に気付いた瞬間、負ける気などしなくなってしまった。

 

「――来いよ、エターナル……お前に本物の『生命』を見せてやる。生きる事の神髄を……あらゆる苦難を乗り越え行く、奇跡を呼ぶ奇跡の原典をな!」

 

 トリガーを引きつつ発した『限界突破』のダークフォトンにより周囲の空間を軋ませ、激震させながら――巻き起こる蒼く澄んだ颶風の唸りと共に、気勢を上げた――!

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