所は生徒会室、そこで空は沙月の詰問を受けていた。
椅子に座った沙月に対して、空は直接床に正座させられている。そのすぐ脇では、彼女の永遠神剣【光輝】の守護神獣ケイロンが槍を突き付けていた。
「……なるほど。つまりこの襲撃が切欠で前世に覚醒しちゃった、と」
「はい、ミニオンの攻撃が引き金になって……」
包み隠さずに知る全て、あくまで『知る』全てを告げた空。一方の沙月は難しい顔をしていた。俄には信じがたいその話に。
「大体は理解したわ。それで、君は『巽空』?」
「『巽空』です……間違いなく」
真摯に確かめるような物言いに淀み無く答えて顔を……上げない。この位置で顔を上げたりすれば、まず間違いなくケイロンに問答無用で刺《マーシレススパイク》される事だろう。
因みに望と希美はまだ保健室だ。保健室で希美に治療して貰って夢見心地だった空は、急転直下で地獄に叩き込まれた。
「……そう、分かったわ。一先ず信用してあげる。ただ、【幽冥】だったっけ? にしても銃の形の永遠神剣なんてね。さっき、君は『神剣士』じゃなくて『神銃士』って名乗ってたけど」
「いやぁ、あれはその場の勢いというか何と言うか」
空は、頬を掻きながら茶を濁す。眉を困った様に八の字にして。
「『装填されたものを問答無用で本質を発現しながら射出する』、か……便利といえば便利だと思うけど、それって普通に神剣魔法を使うのと何が違うの? むしろ、ワンクッション置いてるから隙にならない?」
と、ふと彼女はジト目を向けた。的を得た正論に、流石にバツが悪くなって。
「それを言っちゃおしまいですよ……仕方ないじゃあないですか、どうも俺には……マナ操作の才能が皆無らしくて」
「「はぁ?」」
「そのせいで身体強化もほとんど無し。身体も人間の時のままだし……スゲェハズレ籤を掴まされたんです」
【ちょ、何言うとりますねん! わっちの方こそ旦那はんみたいな空籤引かされて大迷惑どすわ!】
沙月とケイロンにダブルで呆れられてしまう。流石に、空も申し訳ない気持ちになった。
「呆れたわ、それで神剣士なんて言える訳?」
「……ぐうの音も出ません。まぁ、そこは別に問題じゃないです。俺は『接近戦に向かない』なんて時代遅れの剣至上主義の阿呆とか技量の低さを銃の性能に転嫁するショボい銃使いとは違う、神銃士なんで。さっきの会長の時みたく、例え接近戦に持ち込まれても銃の射程には関係無しです。寧ろ、威力は高いままだわ当たり易いわで好都合。弱点だって、使い方を間違えなきゃ立派な武器だ」
「はいはい、大した逆説だこと。それにしても、あんな状況でよくハッタリを使えたわね? 暁くんに向けた一発を撃った後は、もう空砲だったんでしょう?」
「はは、御明察。我ながら冷や汗物でしたよ……で、どうです? 考えてもらえましたか?」
その一言に、彼女は笑う少年を見た。そこには微かだが、嫌悪が滲んでいる。『自分はこのチカラを自分の為に使います。ですから会長、俺の力が御入り用なら是非、雇ってくださいませんか?』
この少年は、そう言った。タダでは働かない。ギブアンドテイクで、と。真意を探る視線を向ける沙月に、彼は溜息を落とした。
「いいわ、『雇ってあげる』--『蕃神』さん。神世で、最も神を殺したのがジルオルなら……貴方は最も神を死なせた策略家だものね」
そこで、彼は顔を上げた。一瞬、底知れぬ殺意を瞳に滲ませて。その三白眼を開き、己の胸に軽く握った左の掌を当てる。
「契約完了……『幽冥のタツミ』、確かに雇われました。この力、学園の平和の為に役立てます」
その底知れぬ深さの鋭い琥珀色の瞳。まるでカラスだ、と。沙月は思った。
「……そう願いたいわね。じゃあ詳細は追って通達するから、取り敢えず体育館の皆に危機は去ったって伝えてきてちょうだい」
「了解、雇用主。じゃ、これで」
と、立ち去ろうとしたその瞬間。急に沙月が思い出したように声を掛ける。
「ああ、そうそう。忘れてたわ、君の神剣って何位なのかしら」
「……おお、そういえば俺自身も聞いてなかった」
今更だが、そんな初歩的な事を確認していなかった事に気付く。
【旦那はん、何を言うとりあんすかぁ? わっちの位なんざ、今のわっちの形状を見れば一目瞭然やありんせんかぁ】
(形状……銃だろ? 銃、ジュウ……十…………)
と、そこまで考えついて。心底から、溜息を落として。
(---十位ィィィ!?! おまっ……選りにも選って第十位の永遠神剣かよ! あーあ、おかしいと思ったんだ、弾が付かなかったり身体強化が無かったりしたし……ハァ、まさか最低位の神剣だったなんて)
【ちょっ……なんどすねん、折角契約したったのにその言い草は! 断っときますけど、例え第十位永遠神剣やっても担い手次第では、上位神剣の担い手でも倒せますわいな!】
彼がそう愚痴るのも仕方ない。第十位の神剣など、並のミニオンの神剣よりも下位なのだから。
だがまさかあそこまで息巻いておいて『第十位です』とか言おうものなら、間違いなく瞬速で殺害《マーシレススパイク》される。
なので彼は--精一杯、思考を巡らせて。
「会長、俺の【幽冥】に位なんて仕様の無いものはありませんよ。何故なら【幽冥】はこの世に唯一無二、俺だけが持つオンリーワンの『永遠神銃』ですからね」
「なによ、永遠神銃って?」
そんな、物凄く苦しい言い訳を口走った。言うに事欠いてそんな在りもしないものを。いや、ただ知られていないだけなのかも知れないが。
何にせよ、真っ赤な嘘という訳ではない。何しろ【幽冥】は元々、『銃型』の永遠神剣ではないのだから。あくまで、そういう器を用意したからに過ぎない。今の、この銃は神器と言っても過言ではないだろう。ならば、その神器に名付ける権利は空に有るだろう。
その名前が『永遠神銃』だっただけの事だ。そう、典型的な名称詐欺の手段である。
「永遠神銃は、永遠神銃ですよ。永遠神剣の従姉妹的な武器です」
「…………」
当然、超絶に訝しんだ白い眼を向けられながらも、壮絶に自信に充ち溢れた態度を見せる。
その実、下半身は震えてちびりそうになりながら。
「まぁ確かに今はしょっぱい性能ですけどね。すぐに期待に応えて見せますよ」
逃げるように……否、逃げる為に一方的に話を断ち切って。大柄な少年が去ると、静寂に包まれた生徒会室。そこで沙月とケイロンは難しい顔をしていた。
「沙月殿、自分は反対です。あのような得体の知れない者を味方に迎え入れるなど……」
ケイロンは、何も空に限った事を言っているのでは無い。あの、【幽冥】という銃についてもだ。彼の卓越した戦士としての勘は、あの永遠神剣と少年の組み合わせは『最悪に最高』と察している。
「そりゃあ私だってそうよ。でも仕方ないじゃない」
はぁ、と溜息を落として。彼女はここには居ない、話題の人物を思い出した。
「見てない所で問題を起こされるよりは、ずっとマシでしょ?」
あの『銃』という外見は見た目だけでも攻撃手段となる。ならば、手元に置いておくべきだろう。『悪用』されては面倒だ。
「『団長』の判断を仰いでは如何でしょうか」
「そうね、それが良いわね。ハァ、また小言言われちゃうわ……」
本当に嫌そうに、彼女は忠臣の金言を受け入れたのだった。
………………
…………
……
(おい、カラ銃)
【…………】
体育館の中で、早苗に事の次第を説明し終えた空は、自分の相方に向けて語りかけた。
(オイコラ、何を無視してやがるカラ銃)
【……旦那はん、もしかしてとは思いますけどぉ、その『カラ銃』ってのはわっちの事どすか?】
(お前以外の何処にカラ銃が有るってんだ?)
ジト目で拳銃を見遣りながら、空は鼻を鳴らした。かなり、辟易した口調で。
【何を言うとりますねん! カラなんは旦那はんのマナ操作の才能やありんせんかぁ!】
「んだとォ? 弾無しの役立たずに言われたくねェんだよ!」
【キーッ!! マナがあればええんどすっ! そしたらわっちの本当の力を見せたりますわ! 土下座して感謝させたりますよっての、この玉無し旦那はん!!】
「テメーはマジにムカつくな!!」
「……な、なぁ巽。お前、大丈夫か?」
と、いつから居たのか。そこに信助が語りかけて来た。実に心配げな表情で、美里も隣にいる。
「うん? ああ、大丈夫だって。ちょっと、頭とか胸を打っただけだからな」
「そっか、頭を……」
「そうね、それなら仕方ないわ」
湿布を張った頭を軽く摩りつつ答えると、二人は妙に優しく笑いかけてくる。まるで労るように。
「……?」
結局、彼は自分が拳銃に向けて怒鳴り付けている、危ない人物になっていた事に気付かなかった。
………………
…………
……
その後に開かれた全校集会にて、生徒達へ説明がされた。最初は戸惑っているようだったが、次第に置かれている状況を理解したのだろう。
混乱は少なかった。それは沙月のカリスマに依るところが大きい。もしも彼女の居ない状態でこの状況に陥っていれば、どうなっていた事か。
ちなみにそこで神剣士達の紹介もされた。一般生徒にとっては、異常としか言えないチカラを持つ者達。
だが、彼らはそれを受け入れた……いや、受け入れざるをえない情況では有るのだが。
--楽観的な者ばかり揃ってんのかねぇ? まぁ、休日に学園祭の準備に来てる真面目な生徒ばかりだからな。そういう意味じゃあ、内部崩壊する危険は少ないか……ハハ、楽で良いや。
そんな感想を持つ程に全校集会は、あっさりと全快一致の肯定を見たのだった。
………………
…………
……
『--おい、『俺』』
(……何だ、『オレ』?)
少し前の事を思い返していた空は、呼び掛けられて自分の内面に意識を向けた。深い深い、緋色の深層意識。そこに感じる、自分と同じモノに。
『いつまで奴を放っておきやがるつもりだ? もう力は手に入れただろうが。早く、早く奴を……』
固まりかけた血のように濁った赤い意識が、酷く剣呑な雰囲気で見遣る。その烈しい感情が血液に流し込まれたように、全身を巡る熱。その余りの不愉快さに、彼は眉をひそめた。
(落ち着けよ、『オレ』? 判るだろう、今の状態じゃ敵わない。まだまだ仕込みが必要だ)
『何を間怠っこしい! 寝首でも何でも掻けるだろうが! その為に屈辱を堪えてわざわざ奴の近くに--!』
激昂するように逆流する体液に、襟首を捕まれたかのような苦痛を味わう状態で。
(--黙れ、妄念風情が。それを受け持ったのはお前じゃねェよ、『俺』だ!)
鋭い言葉を吐き掛ける。猛禽の眼差しと全く同じ、憎悪を。
(死人は死人らしく、記憶だけを遺してろ。後は要らん)
『--貴様……! 『オレ』を、裏切る気か!!』
(まさか。待てと言っただけだ。『急いては事をし損じる』、だ)
腕を払いのけて、空はニヤリと笑った。口角を吊り上げた悪辣な空の笑顔、それに酷薄な雰囲気を向けたままで。
『『時は金なり』、だ。精々後悔しねェようにするんだな!』
踵を返すと、赤い闇が霧散していく。神名としての状態に戻っていくのだ。
(--言われるまでも無い)
それを見送り、空は意味ありげに笑った--
「いててててッ!?!??」
深層意識に揺蕩っていた空は、突然の耳の痛みに覚醒した。その痛みに耐え切れず、片眼を開いた彼は--
「うぉっとッ!?」
まずは、揺れた身体を固定する。危うく木の枝の上から落ちそうになってしまった。
何とか体勢を立て直して、彼は痛む耳の側に顔を向ける。
「ジャリ天、いきなり何しやがる! 危ねェだろ!」
そこに居る金髪を短いお下げに結い上げた、碧の瞳の少女。だが、人ではない。宙に浮かんだ子猫程度の大きさしかないその姿は、まるで『妖精』。
「何度言えば理解するのだ、お前は。吾には『レーメ』という立派な名前があると言っておろうが! 全く、仕事中に居眠りとはいい度胸だな、天パ!」
「寝てねェよ。奇遇だなジャリ天、俺にも『巽空』って名前があるんだ」
「ふん。吾はお主が吾を正しい名で呼ぶまで、お主の名など呼んでやらんわ」
「そうかよ。じゃあきっと永遠に来ないな……後、次に俺の髪の事に触れたらお前自身が食卓に列ぶ事になるぞ」
ベレー帽のような帽子を被る、世刻望の永遠神剣【黎明】の守護神獣『天使レーメ』は彼に責める視線を向けている。
ビシッと鼻面に小さな指を突き付けられ、それに不快そうな呟きを返して彼は--目を細めて拳銃を構えた。
彼の居る木は、周囲を圧倒する高さだ。その、かなり上方の枝に腰掛ける彼らの眼下に広がるは、美しさすら漂う森林。
人がまだ森の外輪に寄り添って生活していた頃の森林、ドイツはシュヴァルツヴァルトを思わせる森。
「--!」
空はその細い眼のままで呟く。呟いて、引鉄を引いた。
乾いた音に続いて、遠くを飛翔していた鳥が一羽墜落する。
「命中。随分当たるようになってきたな……」
その成果にほくそ笑む空。紫煙を吐くその銃口にフッと息を吐きかけて、【幽冥】を眺める--
「このたわけぇぇっ! 撃つなら撃つと言ってから撃たんかっ!」
その耳に、眼をぐるぐる回したレーメががなる。どうやら発射音に驚いたらしい。
「ッ煩せェなァ、撃鉄が落ちるの見てなかったのか」
「あんな一瞬で対応できるわけがないだろうが! 耳がぁぁ……」
レーメに頭上に座られ、小指で耳をコリコリしていた空は物凄く嫌そうに頭を振る。
--因みに、永遠神剣だからって守護神獣が存在するとは限らないらしい。
自我が希薄だったり、逆に俺の【幽冥】みたいに神剣自体に強固に意思が固着していると守護神獣が出現しないそうだ。
結構な勢いで頭を振ったが、髪にしがみつかれてやり過ごされてしまった。逆に自分が痛い思いをしてしまう。
「いてて……とにかく、さっさと望に鳥が墜ちた位置を伝えろよ。ゼロポイントから東南東百mだ」
「もうとっくにやったわ。回収も完了しておる」
詰まり彼女は、通信機代わり。空が中心点に据えた位置から鳥を撃ち、運動能力に優れる神剣士の望がそれを回収する。
「ああ、そうかよ」
呟きながら腰のベルトに提げた細長いホルスターと鞄から仮染めの弾、運よく口径が合ったネジを取り出す。
「……しかしよく当てられるものだな、吾には胡麻粒くらいにしか見えぬ」
「一週間近くもやってりゃ慣れる、それにこれが仕事だ……っと、そういやカラ銃。お前の射程ってどのくらいなんだ?」
【えー、今更聞くんどすかぁ? しょうがないどすなぁ、旦那はんの分かる単位で言うと……】
カチャカチャと装弾作業を行う空。と、ふと気になっていた事を聞いてみる事にした。
それに【幽冥】は、呆れたような声色で。
【--13Kmや。因みに、恐るべきはその距離やのうてその速度マッハ500の方】
「あの地平線の彼方まで吹っ飛べ、カラ銃ゥゥゥ!」
【あ~れぇぇ~…………!】
投げ飛ばされるも、予め結んでおいたリールで回収された。その合間に、空はこの数日の事に思いを馳せる。
--あの一件から、既に一週間が過ぎている。正体不明の敵の襲撃を受けた物部学園は、希美の永遠神剣第六位【清浄】の守護神獣の『次元くじら ものべー』の背に乗せられて、『元々の世界』から……このファンタジー世界じみた『剣の世界』にやって来ている。則ち、異世界という奴だ。
それと勿論『元々の世界』とか『剣の世界』という名称は、俺達が勝手に付けたものだ。便宜上、固有名詞が無いとゴチャゴチャになっちまうからな。
そう、物部学園は今、校舎ごと『異世界を漂流中』だ。つまり、これは食料を得る為の狩り。
銃弾を篭める。どうあっても、銃という武器は弾が無ければ鈍器か筒なのだから。銃弾はある程度尖っていて空気の抵抗で自ら回転をする螺旋が飛び易そうで当たり易そうだと考えて拝借した。尚、【幽冥】の特性である『装填した物を問答無用で撃ち出す』により、火薬類は要らない。
装填し終えた彼はまた【幽冥】を構えた。遠くへ向けて、手頃な鳥が通り掛かるのを待つ。
「初日は惨憺たる有様だったが、最近は一定の成果が出てきたな」
「古傷を刔るな。あの罰ゲームは思い出したくない」
空は身を震わした。己が望んだ事なので文句は言えないが、彼はあくまで生徒会に使役される身だ。なので、ボウズだった場合にはペナルティが有る。
その内容はご想像にお任せするが、二日目の彼が限界以上の努力した事から察して欲しい。
「ふぅむ、今日は焼鳥らしいぞ。ノゾミがタレを作ってくれているそうだ」
「そうか。そりゃ楽しみだ」
「…………」
「…………」
風が、吹いた。枝葉が擦れて、ざわざわと木々が合唱する。そのまま二分ほど過ぎた。
「……おい、少し何か喋らんか。息が詰まりそうだ」
「……そんなに喋りたいんなら、一人で喋ってろよ」
その沈黙に耐え兼ねたのだろう、レーメは空に語りかけた。だが素気なく、彼は話を切り上げる。
「詰まらん男だ。【幽冥】とやら、お主、こんな淡白な主人で良いのか?」
【良いも何も、もう諦めとりますからなぁ。旦那はんは女性と喋る時に上がってまうダメ男どすから。生まれた時から持ってはる"銃"は撃ち込む"的"も無い、白濁した無駄弾を垂れ流すだけのホース】
話の途中で引鉄が引かれた事で、轟音と共に【幽冥】が火を噴く。遠くで被弾を逃れた鳥が慌てて飛び去っていく。
「チッ、外したか」
「お、おにょれ天パぁぁ……!今のは絶対、吾を脅かす為に撃っただろ~~っ!!」
【イダダダ、ちょ、旦那はん! 舌噛みそうになったやありんせんか~! 気分的に】
ガシガシと髪を引っ張るレーメと喚く【幽冥】に反応を返す事は無く、再装填に移った。
と、眩しい光と共にシャッターが切られる。
「はい、一枚頂き~」
「おーい、巽ーー! 今日の採集は終了だってよーー!!」
同時に下方から声が掛かった。美里と信助だ。それに手を振って応えて、【幽冥】をホルスターに戻しながら飛び降りる。
「あれー? 巽君が写ってないわ。確かに取れたと思ったのに」
「当たり前だろ、俺の【幽冥】の『コンシールド』は物理的に脳に直結してないと破れないからな。てか、阿川。あんまり撮らないでくれ。俺さ、写真に撮られるのはなんか苦手なんだよ」
「何でよ、魂取られるとか?」
「思うかよ。いつの時代の人間だ、俺は……」
「仕方ないでしょ、案外、巽君の写真が欲しいって娘は居るのよ。ほらぁ、あんたって見た目だけは外国人の俳優みたいじゃない? 殺しのライセンス持ってる初代の人みたいで」
「それって褒められてんのかい? 第一白黒だろうが、コネリーの時代は? あと、その娘達を今度紹介してくれ」
和気藹々とまではいかないものの、空と信助、希美と美里の四人を先頭に十名程の生徒達が隊伍を組んで歩いていた。
因みに、レーメは希美の肩の上で不精している。その希美は彼女の永遠神剣【清浄】を持って黒いゴシックドレスのような衣装……神剣士としての装束に身を包んでいる。
--やっぱり素材が良いと、何を着ても似合うもんだよなァ……。
そんな希美の姿をチラチラ横目で見遣りながらリュックサックを背負っている空以外は鍋や篭等の入れ物を持っており、その中には収集した食材が入っている。
と、ガサガサと草むらが揺れた。身を固くしたのは以前食糧採集した時に規格外の巨大な猪に轢き殺されそうになった経験のある、信助と美里。
「ノゾム~~!」
だがそこから現れたのは神剣士としての装束に身を包んだ望だ。両腰に二刀一対の双児剣【黎明】を挿して、金色のガントレットに包まれた右腕と、制服が変化したようなな装束を纏う精悍な姿に、周囲の女生徒が色めき立つ
--おーおー、爽やかイケメンは違うぜ……
と、心中で愚痴る。恐らく他の男子生徒達もそう思っている事は、居並ぶ仏頂面を見れば解る。
そうこうしている内に、レーメが望の顔に喜んで飛び付いた。
「と、レーメ。どうした?」
右手でレーメの小さな体を抱き留めた望。左手には、紐にて脚を縛った数羽の鳥を提げている。
「……なんでもない。ただやはり、吾にはノゾムが一番と分かっただけだ」
「?」
少し涙目のレーメに抱き着かれ、意味の解らない望はただ不思議そうに首を捻るだけ。そんな望の頭にレーメは鎮座した。
「ふぅ。やっぱり、ノゾムの髪が一番だ。あやつの髪は天パ過ぎてどうも性に合わん」
「おい望、突然だけどウィリアム・テルごっこやろうぜ。そのまま動かないでくれりゃいいから」
「嫌だっての。【幽冥】は洒落にならないって」
「銀玉と変わらないだろ、神剣士にはよ」
薄く眼を開き【幽冥】を構えた空に、周囲は苦笑いを差し向けるだけだった。
………………
…………
……
廊下を走る四人の若者達。学園の神剣(+銃)士達だ。この面子が揃って行動するのはそう、敵襲の時くらい。
それ以外では滅多に全員が揃う事は無い。各々で割り当てられた仕事が有る。
「総数は三、青青赤の攻撃的編成です。後詰がいるはずですから、早目に始末するに越した事は無いでしょう」
口を開いたのは、空だ。制服のベルトには【幽冥】のホルスターと弾倉代わりの小さな鞄を通している。そんな彼を横目に見ながら、沙月は呟いた。
「編成まで把握してるわけ? 君の感知って広い上に鋭敏よね」
「どーも。お役に立てて光栄至極でごぜーます」
--その形状を最大限活かす為にだろう、【幽冥】は妙に索敵能力に優れている。広さはものべー程ではないのだが、属性まで見抜くのだから驚いた。
よってレーダー要員を任されている。戦時は役に立ちにくい俺の、唯一の取り柄らしい取り柄だ。
駆け込んだ昇降口で四人は円陣を組んだ。そして各々の永遠神剣を抜き、高く掲げる。
「作戦内容は単純、学園の死守。私達の初陣……全身全霊を掛けて、学園の平和を護るわよ!」
「「「---応ッ!」」」
一際大きな声に一同は声を揃え、各々の神のチカラを手に天に鬨の声を上げた。
………………
…………
……
ミニオン達は進攻速度を上げた。感じるのは三つの強力な神剣の気配。そのどれもが自分達を遥かに凌駕している。
だが、彼女らは気にも掛けない。そんな事はどうでもいい。いや、気にする意識すらない。その心は始めから空虚だ。神剣を振る事以外に気を割く必要は無い。
だから感知していた気配が突如消えて、目の前に現れたとしても感じる事はない--
………………
…………
……
「--ハァァァッ!」
まず飛び込んだのは望。双子剣【黎明】を互い違いに一閃させる『デュアルエッジ』にて剣を打ち下ろされて、防御手段を無くした青は成す術も無く両断された。
「--砕く。この剣の一撃で」
その望を狙って、もう一体の青が跳ぶ。鈍く煌めく西洋剣に薄く青いマナが纏わり付く。
「させないっ!」
希美の【清浄】、彼女を護る風の盾『アキュレイトブロック』が剣の一撃受け止めた。その瞬間、【清浄】の穂先が二ツに分かれて『砲門』が現れる。
「ものべー、狙いはお願いっ!」
そこから射出された一条の閃光は『ペネトレーション』。胸部を深々と撃ち貫かれた青ミニオンは動きを止めた。
「紅蓮よ、その力を示せ……」
今度は、その希美が狙われる。赤ミニオンの神剣魔法。
「ケイロン!」
「承知--!」
「「マーシレススパイクッ!」」
そこに、沙月が立ちはだかる。立ちはだかりつつケイロンを召喚し、『マーシレススパイク』にて赤を『ファイアボール』ごと打ち抜き消滅させた。
………………
…………
……
森の中に三つの燐光が舞い散る。青と青、そして赤。ミニオンを構成していたマナ、それが空間に溶けていく。
「…………」
その儚い光景を眺めながら銃を番えた彼は、ただ一人ぽつねんと佇んでいた。
「いつまでそうしてるのよ。もう帰るわよ、巽くん」
結論から言おう、今回は……否、今回も空は役立たずだったのだ。確かに他人の気配まで消す能力は使い道もあったが、戦闘方面ではからきし。
実はこっそり撃っていたネジの弾も、赤の『ファイアクローク』で一瞬で蒸発していたりした。
「しかし、良いコンビネーションだったわね、望くん、希美ちゃん。まさに三位一体だったわ!」
「せ、先輩……空だって、気配を隠したり役に立って--」
「それだけでしょう。真正面から当たったって負けなかったわよ、私達さ・ん・に・んならね--」
望がフォローを入れるが、彼女は敢えて空をこき下ろした。輪を乱す恐れのある彼に協調性を促すというのが表の理由。
だがなにより、やはり意趣返しという理由の方が強かった。
「さ、それじゃあ帰還す--」
一頻り言って気が済んだところでくるりと振り返り、彼女は学園に向けて歩きだし--
「黙って聞いてりゃあ好き放題に言いやがってェッ! アンタの血は何色だァァァッ!!」
【ぷぎゃー?! 何しはりますのん旦那はん~~っ!】
その無防備な後頭部に、見事なオーバースローで投げた【幽冥】がクリーンヒットした。
「「「「………………」」」」
呆気に取られている望と希美、レーメ。静まり返った森の中。風のそよぐ音、どこか遠くでカラスっぽい鳥の鳴き声がした。
「ふふ……そう、これは宣戦布告って訳ね、巽くん」
そして、ぶちりと何かがキレる音がして振り返った沙月。その手には剣状の【光輝】。
「--ええ、いいわ……生徒会長に喧嘩を売るって事がどういう事か、再教育してあげるわよ!」
「上等、神剣の暴力なんぞで人の生き方を変えられない事を教えてやろうじゃねぇか!」
間髪入れず飛び掛かろうとする沙月と、無謀にもその彼女を迎撃しようとする空。
「の、希美、先輩を抑えろ!」
「せ、先輩、落ち着いて~!」
だが、斬り結ぶ事は無い。二人はそれぞれに羽交い締めにされて止められた。
「離せ、望! これは俺の生き方を、男としての"壱志《イジ》"を賭けた戦なんだ!」
「離して希美ちゃん! アイツ、一回シメるからぁっ!」
それでも前進を止めない。元々、意地になると際限が無い性格の二人だ。
「希美っ! このまま引っ張ってくぞっ!」
「う、うんっ!」
「望っ、ちょ、本当に離せ……! 腕が折れるどころじゃなくて、背骨イキそうだ……!!」
【皆は~ん、わっちの存在を忘れとりますぅぅぅっ!!】
結局、空と沙月はそのまま望と希美に引きずられながらものべーに帰還したのだった。
………………
…………
……
廊下を早歩きする空。その押す、銀の食事カート。
【旦那はん、会長はんとは仲良うしとった方が良いんと違います? 会長はんの神剣……【光輝】て言いはりましたっけ? あの太陽の輝く真昼の青空みたいな気配の神剣とわっちらの相性はすこぶる良いと思うんどすけど。それに、もし男女の関係になれば大義名分マナを頂戴する事が】
(無理。多分あの人とは天敵同士だ。絶対に反りが合わない事だけは相思相愛レベルだけど)
それを持って空は、ある教室の扉を叩く。中から『どうぞ』と声が掛かった。
「失礼します、食事をお持ちしました……」
入口脇の机に置いていたお盆を再度持ち上げ、扉をくぐる。
そこには、色とりどりの五人の少女達が居た。
「おお、待ち侘びたぞ、タツミ。どこで油を売っていたんだ?」
まず反応したのは、腰まで届く水色の髪の娘クリスト・ルゥだ。笑ってはいるが、大分焦れていたらしく理知的な眉を潜めている。
「すいません、ルゥさん。野暮用がありまして……」
「ふむ……まあ、良いさ」
「……仕事よりも優先する野暮用なんて、アンタに有るわけ?」
慌てて頭を下げようとした彼は、その言葉にピクリと眉根を反応させてそちらを見遣った。
「そりゃあ待たせて悪かったな、ゼゥ。次からはお前の分だけ先に持ってきてやるよ」
「アンタ、本当にムカつくわね」
そこでは墨色の髪を二つに結い分けた気の強そうな娘クリスト・ゼゥが、腕を組んで鋭い眼差しを向けている。
それに空も睨み返し、バチバチと視線がスパークした。
「こら、ゼゥ? いつもご迷惑をおかけします、タツミ様」
「ミゥ姉様……」
「あっと、すみませんミゥさん」
その間に割って入り頭を下げた、プラチナのように煌めく長髪の娘クリスト・ミゥ。
印象通り礼儀正しい彼女に毒気を抜かれ、互いに視線を離した。
「も~、いつまでそうしてるのさ! ボクもうお腹ぺこぺこだよ、アッキー!!」
その代わりに飛び出したのは、赤いおかっぱ頭に山羊のような角を持った快活そうな少女クリスト・ワゥ。
「……ワゥ、アッキーって言うなっつってんだろ」
溜息を吐きながらそう言った空だったが、もう大分諦めムードだ。この数日で、言うだけ無駄だと分かっているだけに。
さっさと仕事を済まそうと、彼は机に食事を置いた。
「あ、お早うございます、タツミさん……」
「ん? ああ、お早う、ポゥ」
と、小さな挨拶に応える。大人しそうな外見そのまま、俯き加減の小麦色の肌をした金髪の少女はクリスト・ポゥ。
机の上に置かれたお盆には麦芽パンに野菜と薫製肉。挟めば質素なサンドイッチになるのだろう。困窮した現在では、結構に贅沢な内容なのだ。それを何故、彼女らに振る舞うのか。否、そもそも、彼女らは何者なのか。
「それじゃあ、頂きましょうか」
それは追い追い、語るとしよう。
食事が終わった事を確認して、彼は話を切り出した。此処に来る前に沙月に告げられた『野暮用』の内容である。
「なるほど、村の視察か」
ルゥは長い髪を掻き上げる仕種を見せた。彼女が考え事をする時の癖だ。
「つまり、ケイロン様の見つけたという村の様子を見てくる任務という訳ですね」
「はい、そうなります。とは言え接触する訳じゃなくてあくまでも様子見なんですけど」
彼女達は沙月の直属だ。神剣
士『光輝のサツキ』が彼女の属する組織『旅団』から連れて来ていた者達。
当然、全員が神剣士。永遠神剣を持つ『傭兵』との事。
「何で、直接なのよ? この次元くじらには遠くを見れる『眼』が有るはずじゃない」
「音は聴こえないんだと。現地民の言葉が解るかどうかも、調べて来てほしいそうだ」
自ら傭兵を買って出た彼はその縁か、世話役に任じられた。
「ま、おっ仕事ならやるしか無いじゃん?」
「そうだな。では用意するとしようか、皆?」
「はい、じゃあ……十分後に校門に集合でお願いします」
「了解しました、タツミ様」
話を終え、一度頭を下げて部屋を後にした……
………………
…………
……
昇降口に空が現れた時、そこには既に五つの影があった。
【あ、タツミ様。お待ちしておりました】
色とりどりの飛翔物体が、五基。先ず、ダイヤモンドに白い鳥の翼が縒り合わさりったようなそれが語りかけた。
「お待たせしました。じゃ、準備はいいですか?」
【はい、剣の巫女『皓白のミゥ』、準備完了です】
【『夢氷のルゥ』、出撃可能だ】
【……『夜魄のゼゥ』、往ける】
【『嵐翠のポゥ』、出れます】
【『剣花のワゥ』、いつでもいいよーー!】
問いに彼女らはそれぞれ答えた。正八面体の青水晶が機械に保持されているようなそれ、黒瑪瑙の結晶体に剃刀のような翼を持ったそれ。
そして、幾つかの六角柱を従えた折れた翡翠の剣先のようなそれと、角を持つ竜の頭骸骨にルビーが詰められたようなそれ。
彼女達こそ、沙月が連れていた『援軍』だ。彼女の属する組織、『旅団』の擁する神剣士。
彼女らは特殊な性質を持つマナの充たされた所でしか活動出来ずに、長時間それから離れた場合は最悪の場合死亡してしまう。
よって、そのマナを貯めた特殊な機器が無ければ外出ですらままならないのだ。それこそが、彼女達が『結晶妖精《クリスト》』の名前で呼ばれる由縁だ。
「了解。それじゃ、往きましょうか」
その小さな、だが歴戦の神剣士達と共に彼は歩みだした。
後に彼に多大な影響を与える事になる者の待つ、その地へと。