サン=サーラ...   作:ドラケン

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再演 南北天戦争 Ⅰ

 白い光の中に浮かぶように。甘い香りを孕む微風を受けながら、花の褥に横たわっていた『俺』が目を覚ます。

 仰ぐ大空は風花舞う薄曇り、その奥には煌めく彩雲に立ち上る黄金のマナ柱。そして天球の三分の一を覆う程に巨大な、赤青黄の衛星を持った白い月。

 

――ああ……こりゃあ、夢か。夢っつーか……

 

 そこで、()()()()()緋袴の膝枕越しに傍らを見遣る。

 昔、本当に昔は『天木神社の金髪座敷わらし』と呼ばれる程に愛らしかった時代に普段着にしていた浅葱色の和服。

 

「すぴ~……」

 

 そして彼の差し出された掌と掌を重ねたままに母親らしき女性の膝枕で眠る、同い年か少し上くらいのゴスロリ服な青いおかっぱの童女の寝顔があった。

 

『……全く、悠人さんの親バカぶりもいよいよ硬膏に入りましたね?』

『そんなに誉めるなよ。照れるだろ、時深……そりゃあ、■■■■■は目に入れたって痛くないけど。なあ、アセリア?』

『ん、異論はないけどユウト……今のは誉められてないと思う』

 

 と、聞こえてきた話し声。頭上から故に姿は見えない女二人と男一人、聞き慣れた(たお)やかな声の後にだらしなくふやけた男の声、そして金属の擦れ会う音と怜悧な女の声だ。

 それに、聞き耳を立てる。身動き一つせずに。

 

――違うからな、決して……溜め無しノヴァが怖い訳じゃないからな!

 

 等と、記憶が戻って血の気を喪った童子の主観で言い訳する。

 

『……それにしても、そうか……この子供が、例の……』

 

 と、そこで己に注がれる視線に気付いて目を瞑る。所謂、狸寝入りを決め込んだ。

 

『確かに、()()()()と似てたな。逆立った金色の髪とか、蛇みたいな金の瞳とか……』

『首元の鍵、第三位【破綻】……それが、この子を可能性の海から引き揚げた神剣の銘です。戦闘力こそ第十位にも劣りますが、能力はこの世の在り方を壊す程。その力を持って、()()()()()()()()を召喚した訳です』

 

 微かに、嫌悪の混じった声色で男がそう口にした。答えた時深の声にも、何やら思案する色。恐らくは、同じ人物を思い浮かべているが為に。

 

『ん……そうだな、似てる気がする。何だか懐かしい』

 

 そんな二人に答えた怜悧な声は、しかし、明らかに二人とは違って親愛にも近い情が含まれていた。

 

『懐かしいって……アセリア、誰を思い出してるんだ?』

『ん……? だって、()()()()の子供がいたら、きっとこんな感じだと思ったから。きっと――』

 

 と、金属の擦れ会う音と共に頭が撫でられた。恐らく、籠手に包まれた掌の感触だったのだろうが……覚えているのは、傘の骨に挟んで髪の毛が抜けた時と同じ痛みだけ。

 だが、何故だろうか。その掌から、『懐かしい』感じがしたのは。

 

『きっと……コウインとキョウコの子供は、こんな子だったと思う――――』

 

 聞いた事もない名に、安堵を覚えたのは――……

 

 

………………

…………

……

 

 

「――くっ……アアアアアッッ!」

「――きゃわぷっ?!」

 

 瞬間、砂嵐のような視界と雑音(ノイズ)。砂を噛むような不快感に加えて鉄の臭い。復旧していく感覚器官が、まず触覚……取り分け痛覚が冷たく滾るような苦痛を伝えてくる。

 痛みこそ生きる実感という訳だ。イャガとの戦いで全身に負った傷が、皮肉にも意識を引き戻す役に立った。

 

「ハァ、ハァ……くっ……!」

「あ、あうあう……」

 

 荒い息を吐きながら――温かく、柔らかな『光』を抱き締める腕に力を篭めて苦痛をやり過ごす。

 幾度か失神してしまいそうになるが、その間隔が長くなるにつれて次第に視覚が、嗅覚が、聴覚が……だんだんと帰ってきた。

 

「はぅ……あの、えっと、お兄ちゃん……そんなに力を入れたら苦しいよぉ……」

「ハァ……ハァ……くっ……」

 

 目に映るのは、わたわたともがく白い翼。耳まで朱に染まる白磁の肌に、見上げてくる蒼穹色の瞳と髪。鼻腔を擽るのは、甘ったるいミルクのような香気。

 そして、鼓膜を揺らすのは……慌てふためくユーフォリアの声。その全てに『彼』は言い知れぬ安堵を覚えた。

 

「――……」

「お兄ちゃん……? むぎゅうぅ……はふ、うう~~っ……」

 

 さながら――元の『鞘』に収まった『刃』ように。二度と離さないとばかりに、更なる力を篭める。

 そんな彼のベアハッグじみた抱き締めに、苦しそうに呻いたユーフォリアは――

 

「いい加減にしなさーいっ!」

「あべしっ!?!」

 

 それなりの威力で、ぽかっと。グーパンチを繰り出した。

 

「あ、あれ……? ここは……」

 

 その一撃によって、やっと正体を取り戻したアキは周囲を見渡した。白いベッドに白いシーツ、白い壁に床、天井。

 どう見ても物部学園の保健室ではなく、かなり本格的な病院施設のようだった。

 

「……支えの塔のメディカルルームです。兄さま、酷い怪我を負っていましたから……」

「まぁ、今の様子を見た分では……相当に元気が有り余っているようですけどね、兄上さま?」

「う~~っ、ふーーっ!」

「…………」

 

 それより何より、こちらを怒りのオーラを放ちながら見詰めてくるアイオネアと意地の悪い忍び笑いを漏らすイルカナ、猫が威嚇するような声をあげるユーフォリア。

 

「あはは……まあまあ、お気づきになられて良かったではありませんか」

「…………」

 

 そして――苦笑するフィロメーラの存在が問題だったが。

 

「……それより、被害は?」

「話を逸らしましたね。学生の皆さんには有りません、寧ろタツミ様が一番の重傷でした」

 

 それに、一先ずの安堵の溜息を漏らす。だが、すぐ思い出した。

 

「――望は」

 

 口にした瞬間、部屋を満たす空気が変わった。それが雄弁に、何があったかを物語っている。

 

「やっぱりか、あのヤロウ……」

「うん……望さん……ジルオルは敵を全滅させてから……敵が出て来てた次元の裂け目の中に入って行ったの……」

 

 悲しそうに語ったユーフォリア、アイオネアやイルカナだけでなくフィロメーラも沈痛な表情だ。

 

「……あれからどのくらい経った、俺は一体どのくらいの間……無様を曝してたんだ!」

「お、落ち着いて下さい、タツミ様。一日経っていません、約十三時間と言ったところです」

「クソッタレ――くっ!」

 

 フィロメーラの制止も聞かずに、ベッドから跳び起きる。だが――胸や腕、脚の痛みに膝を突く。

 未だ癒えないその傷痕、手当ては包帯が巻かれているだけ。

 

「っ……クウォークス代表か希美、ポゥを喚んでくれ……! とにかく、傷を塞がなきゃ話にならねぇ……」

「「「「………………」」」」

 

 と、そこで再び沈黙。そしてその瞬間、『己が魔法の世界にいる』という事が……彼に強い焦燥を生み出した。

 

「待て……他の皆はどうした?」

「えっと……追い掛けて行かれました。学生と傷病者のタツミ様、タツミ様の心配をして残った三方を残されて」

「……置いてかれたって訳か……」

 

 気遣わしげなフィロメーラの物言いも、何一つ気にならない。ただ、そう口にした瞬間……心を充たした失意だけで死にそうになった。

 

「違うよ、だって……お兄ちゃんはね、もう『治癒神剣魔法の効果対象』からも外れてるの。サレスさんも希美ちゃんもポゥちゃん、それにナルカナさんも試したけど……皆、だめだったから……仕方なく……」

「…それどころじゃないですよ、兄上さまを"対象"にした神剣魔法や神剣効果は『発動』すらしなくなってました」

「……ごめんなさい、兄さま……わたしの所為です。わたしと契約したから、『零には、何を掛けても零』だから……」

「成る程な……そりゃあ、俺は()()だからな……真っ当な癒しは意味がねぇか」

 

 ギリ、と歯を喰い縛る。確かに、自分自身でそれを理解できた。

 

「で、再生治癒しかなかったってのかよ、こんな時に……」

 

 『永遠神銃』を介する事で今までの同調率は"零"だったが、イャガを斃す為に彼は【真如】と一ツに――真実の意味で、『永遠神剣』となった。

 自ら"零"に掛かり、"零"と化した己はもう……癒しを受け取る権利すらも喪失したのだと。

 

「まあ……仕切り直しには丁度良い。いくぞ、お前ら」

「「え――」」

 

 と、いきなり不敵な笑顔を浮かべたアキの呟きに返った驚きの声は二ツ、ユーフォリアとイルカナの声の二ツだった。

 再生治療で塞がった胸の傷を確認して――再び、戦衣を纏う。

 

「だ、大丈夫なの、お兄ちゃん? まだ塞がったばかりなのに……」

「心配要らねぇよ、俺はギリシャ神話の駿()()()()()みたく、一度死んでる体なんだ。じゃくてんつかれるいがいじゃあ弱点衝かれる以外じゃあ、二回目の死はねぇよ」

 

 アイオネアが抱いていた【是我】を受け取り、彼女が戻った【真如】のエーテルの鞘刃に装填する。それをショルダースリングで肩に担いで支えの塔を出る。

 

「あ……タツミ様。一つ、伝言が」

「『伝言』?」

「はい、原文のままお伝えします」

 

 そこでフィロメーラに呼び止められ、振り返る。すると彼女は一つ咳払いして、照れながらも意を決した後で。

 

「『――借りは返したぞ、無頼漢め。大きな口を叩いておきながら、いいザマではないか。ハッハッハ』……だ、そうです」

「――――ハハ。言ってくれるぜ、無駄猫耳め」

 

 面食らったアキは一瞬キョトンとして、口角を吊り上げて皮肉げに笑う。そして、虚空に巨大な波紋を刻みながら招聘した、一隻の強襲飛行揚陸艦。

 その浮かぶ真下には、光をもたらすものの襲撃から『完全に復興した』ザルツヴァイ。

 

「ご迷惑お掛けしました、フィロメーラさん。俺もちょっくら、家族を連れ戻すついでに神世の借りを返してきます」

「はい……ご武運を」

 

 戦意を漲らせながらの言葉に、フィロメーラが笑顔を見せながら艦影を見送る。

 

「…………フン」

 

 そして分枝世界間に消えていくそれを、インスタントコーヒーを啜りながら支えの塔の中から見送るもう一つの背中があった……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 コツコツと金属の床を踏み鳴らし、アキは艦橋(ブリッジ)に歩み入る。因みに、本来は侵入者対策にエナジージャンプでしか入れない場所だが、アキは『透禍(スルー)』してしまうので生誕の起火を使っているが、今は関係ない。

 十人程での運用を基本としている艦橋の中央の席、即ち指揮官の席に腰を下ろす。まだ真新しい革張りの椅子は、すこぶる座り心地が良かった。

 

「さて――――それじゃあ、出撃といくか。総員、第二級戦闘配置!」

 

 等と口走りながら、無意味に足を組んで頬杖を衝いてしまう程に。無意味にテンションが上がっていた。

 

「……ところでお兄ちゃん、何処に行けばいいか、分かってるの?」

「…………」

「だろうと思いました……ハァ」

 

 それを、追い付いてきたユーフォリア逹に呆れられたのだった。

 

「ふふ、ご心配なく兄上さま。こんな時の為に、私が残ったんですよ……私なら、お姉ちゃんとの精神結合で行く先が分かりますから」

「成る程な、助かるぜ。じゃあ、早速座標を教えてくれ!」

 

 呼んで字の如く、渡りに船。否、船に渡し。申し訳なさから面接みたいな座り方になっていたアキが、イルカナの方に身を乗り出す。

 それに、極上の笑顔で向き合ったイルカナ。彼女は、チラリと。本当に一瞬だけ、ユーフォリアとアイオネアの方を向いた後で。

 

「では、遠慮なく――――ん、はむ」

「――――んムッ?!」

「「――――ふぇ?」」

 

 沙月やルプトナが希美に座標を渡した時と同じく、長く深く情熱的な接吻をアキと交わしたのだった――――

 

 

………………

…………

……

 

 

 遥か遠き雲の海に浮かぶ浮島、果て無き深遠に落ち込んでいく雲が滝を思わせる世界。

 白い雪が降り積もり、雪解け水が大地を潤し、下草の繁茂する青い湖となり、熱砂が水を飲み込み、黒土と変わり、緑の草木が生命を謳歌し、百花咲き乱れる各浮島。

 

 かつて、『理想幹神』を名乗った二柱の神が居城を構えた理想世界……時間樹の幹たる『理想幹』。

 

「行くわよ、ケイロン!外したらフォロー宜しく――デマテリアライズ!」

「退きなさい…退かねば斬る――北天星の太刀!」

 

 その内の、百花咲き乱れる中央島『ゼファイアス』。その更に中央に位置する中枢『ゼフェリオン=リファ』にて爆炎が上がる。

 下段から打ち上げて突き砕こうとした剣状の【光輝】を押し退ける形で繰り出された【心神】による斬り上げで撃破された抗体兵器の機能停止を確認するまでも無く、沙月や希美、カティマにルプトナ、ナーヤを先頭とした神剣士達は先を急いでいた。

 

「……おい、斑鳩。そろそろ休憩を取った方が…」

「そんな暇、無いわよっ! 暁君、貴方望君が心配じゃないの!」

 

 やれやれ、といった具合に絶は肩を竦めた。いや、彼だけで無く続いているソルラスカとサレスにスバルの『旅団』男性組、タリアにヤツィータの女性組、クリストファーにクリスト五人姉妹。そして、エヴォリアとベルバルザードの『光をもたらすもの』組もだが。

 

「…………」

 

 そして一行の最後尾には、気乗りしていない様子のナルカナが続いていた。というのも、この少し前に『うんうん、やっぱりジルオルはかっこいいわよね』との発言で皆から大顰蹙(ヒンシュク)を買い、それで流石に『無いわ』と落ち込んでいるだけの自業自得だが。

 

 戦術も何も無く、ただ前進を繰り返すだけの強行軍。かれこれ十五時間以上もまともな休憩を取っていない。体力は学園防衛戦で既に限界を迎えており、その精神力は−−支柱であった望の離脱で限界を迎えていた。

 特に憔悴しきっているのが、彼に好意を寄せている先陣の五人だ。ただの一歩たりとも立ち止まろうとしない。

 

「――フシュウウウウ…」

「ああもう、鬱陶しいったらありゃしない――行くよじっちゃん、ルプトナキーーック!」

 

 そんな彼女らを嘲笑うかの如く、立ちはだかる巨躯の機兵達。神代に雷名を轟かせた破壊神ジルオルの制御下に下り、『浄戒』で強化された抗体兵器はイャガが連れたモノとは較べ物にならない。

 その『峻厳タル障壁』は【揺籃】の纏った、氷鏃の蹴り『クラウドトランスフィクサー』を易々と受け止める。力同士が鬩ぎ合って、硝子を引っ掻くように耳障りな音色が響く。

 

「まだまだ、てやぁぁーっ!」

 

 そこで、もう一方から水流を放出して加速を得る。天秤はルプトナ優位に傾き、もう少しで障壁を貫通して抗体兵器をも貫通する――

 

「どんな装甲も火力を集中すれば脆いものよ……当たれい――フレイムレーザー!」

 

 本当に後もう少しというところで、勢いよく地面へマイクスタンドのように突き立てられた【無垢】から招聘された『クロウランス』が、肩口の砲門から灼熱の光線を放出。それにより、あろう事か氷の鏃と水流が蒸発してしまう。

 

 だが、抗体兵器の重装甲は弱点の魔法を持ってしても容易な突破を許さず、只でさえ『涅槃ノ邂逅』により周囲の環境は抗体兵器側の有利を生み出しているのだ。

 全く持って連携が噛み合わない五人。寧ろ、足を引っ張り合っているかの様にすら見える。

 

「フシュウウウウ……」

 

 その五人に向けて抗体兵器の眼窩より放たれる、幾条もの赤い光が『地ヲ祓ウ』。

 嵐のような攻撃に、先陣と後衛が分断されてしまった。

 

「……神剣の主が命ずる。マナよ、癒しの風となれ――ハーベス……きゃああっ!?」

 

 そして、弱り目に祟り目。攻撃で受けた傷を回復する行為は、ただ命令を実行するだけの殺戮兵器で在る抗体兵器の、傷を回復する事を許さぬ『無我ノ知慧』の衝撃波によって更に傷を刔られる結果となり……最早満身創痍の彼女達には耐え切れない――――!

 

「……神銃の主が命ずる。マナよ、輝ける澪風(エーテル)へと変わり、意味在る全てを零海に還せ――エーテルシンク!」

 

 その刹那、遥か天空に滄く澄んだ神風が吹き抜ける。蒼茫の滄風は一同を包み込むように舞い降りて致死の衝撃を無に帰して、加えて抗体兵器に作り替えられた環境を在るべき姿に還元。

 更には、『無我ノ知慧』を放った抗体兵器すらも"零"へと昇華していった。

 

「「「「「――――――え」」」」」

 

 呆気に取られる五人の眼前に着地した、瑠璃の波紋を生み出す空位(ホロゥ)の長剣小銃【真如】を携えて黒の武術着を纏う、龍の翼と尾の如きウィングハイロゥを羽撃(はばた)かせた金髪の青年。

 

「徃くぞ、アイ……俺達の手で未来を斬り拓く!」

【はい、兄さま……私は、その為の神柄ですから!】

 

 それこそ彼が『成りたい自分』として思い描いたモノだ。望めば、彼の永遠神剣はどんな姿の彼……例えば世刻望よりも人望が有り、容姿が良く、強いチカラを持った存在とする可能性も有った筈。

 だが彼が成りたかったのはそんな空虚なモノではなく、神剣の銘が示す通りの……『在るがままの姿』だった。

 

 そしてその神風を纏う龍の騎士……"天つ空風のアキ"と共に降り立つ、【悠久】のユーフォリア。

 

「前の雑魚は俺が()る。ユーフィー、後ろの雑魚はお前に任せる」

「うん。気をつけてね、空さん」

()かせ、お前こそな――」

 

 その二人は、背中合わせのままに言葉を交わして――背中合わせのまま、示し合わせたかのように、全く同時にサムズアップした。

 

「フシュウウウウ……」

 

 一機、抗体兵器が前に進み出る。新たに現れた蹂躙目標を赤い眼に捉え、そして――

 

「誰に向けてガン飛ばしてやがるんだよ、木偶人形風情が……!」

 

 全く同時に頭に両肩、両脚を粉砕された抗体兵器が崩れ落ちた。

 永遠神銃をスリングで肩に掛けて腕を組んだ青年の背後の空間に波紋を刻みながら、銃口のみを覗かせた伍挺の拳銃【比翼】と【連理】、【天涯】と【地角】、【海内】の銃弾だ。

 

 それに、残った機が危険度を算出する。『最優先で殺せ』と、光背からの光槍で『空ヲ屠ル』。が、その槍衾を全て受け止めて退けたのは……円楯。龍の鱗を敷き詰めたかのようなラウンドシールドへと変じていたシールドハイロゥ。

 それを受けて抗体兵器どもは一斉に口腔を開き、『天ヲ穿ツ』べく深紅の波動を放とうと――。

 

「目障りだ、有象無象……さっさと消え失せろ」

 

 だが――余りに遅い。アキの周囲を旋回し、二重螺旋の軌道を描く二ツの宝珠。東洋の龍が手に持つという如意宝珠を思わせる夜明の宝玉……スフィアハイロゥにより、際限無く高まっていくマナ。

 既に彼の居城たる真世界への城門は開かれて、全ての砲門は彼等……抗体兵器に狙いを定めていた。

 

 背後の虚空へと展開された、天に根を張り地に枝を伸ばす聖なる樹。十もの珠玉(セフィラ)を多数の(パス)にて結んだ『生命の樹』を形作る、オーラフォトンの砲門(アギト)

 その始源に位置する"王冠"より、各々セフィラを結ぶ三叉路を循環していく零澪(ミズ)の銃弾。それが終焉の"王国"に至った瞬間――アキは、スピンローディングにてリロードした【真如】を構えた。

 

 その銃口に展開されるのは、隠匿されし真理……"知識"のセフィラに対応するオーラフォトン。

 

「……マナの塵の、一欠片たりとも遺さずにな――!」

 

 撃鉄が墜ちる。同時に放たれた、合計で十一発もの準星の煌めき。赤黒く禍々しい波動を上回る速度で駆け抜けた蒼白く神々しい星の光が、中央島『ゼファイアス』の大地ごと抗体兵器の大部隊を薙ぎ払った――――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 中央島の一部を完全に消し飛ばし、漸く収まった嵐。あれだけ居た抗体兵器の軍勢は、ユーフォリアに打ち倒された最後の一機の残骸しか残っていない。

 

「――ハ。俺を倒したきゃ、まずこの世に存在する全ての永遠神剣と契約して来い。"零"には"無限"でもイーブンじゃねぇぜ」

 

 その残骸へと手向けの銃弾を贈り、完全に消滅させる。

 

「くー……ちゃん?」

「た……巽君……よね?」

 

 恐る恐るという具合に声を掛ける、希美と沙月を筆頭とした五人。その一行に、彼は振り返り――

 

「――いいや、俺は空位(アカシャ)永遠者(エターナル)……"天ツ空風のアキ"だ……」

 

 もう一度スピンローディングしたライフル剣銃【真如】を肩に担ぎ、淋しげな笑顔と共にそう告げたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 中央島『ゼファイアス』の中心に位置する『エト=カ=リファ』の幹にしてログ領域へ続く門、底の無い奈落より天の果てまでを貫く巨幹と、人工物としか思えぬ青い石箱が不自然な調和を見せる中枢『ゼフェリオン=リファ』。

 結界に護られたそこへ至る唯一の橋頭堡たる小浮島には、足の踏場どころか三次元的に蟻の這い出る隙間も無い程のノル=マーターが犇めいていた。

 

 元より意志も生命も持たない機械兵士達は、同士討ちも厭わない。転送装置へと各々の銃口を向けて、愚かしくも侵入者が死出の門をくぐって銃弾のシャワーを浴びせられる為に現れるのを今か今かと待ち受けている。

 その明らかな罠に繋がる転送装置が起動する。集団での戦闘を得意とするノル=マーターどもが一斉に射撃を放つ、その嵐の只中に。

 

「――遅ぇな、遅過ぎる。全く……蠅が停まって見えるぜ」

 

 頭部以外に、無限に波紋の拡がり続ける装甲……夜明け前の空と同じ瑠璃(ラピス=ラズリ)色の装甲を纏って龍翅を羽撃かせた神銃士が単騎、無傷のまま降り立った。

 涼しげに腕を組み、如何なる技か。転送装置を利用せずに現れた彼の両掌に握られた、紅玉(ルビー)蒼玉(サファイア)の弐挺拳銃。【比翼】と【連理】から発された魔法壁『イミュニティー』と物理障壁『レゾリュートブロック』がノル=マーターの弾を防いで転送装置を護っている。

 

 だが、それらはどう見たところで『彼自身を護ってはいない』のだ。天を覆う星の数程の絨毯射撃を某かの方法で『微動だにせず』、全てを避けて見せた。

 

「せめて、肩慣らし位には成れよ――タイムアクセラレイト!」

 

 それどころか。目にも留まらぬ速度にて数十機単位が縦、或いは横一閃に両断された。無論、それを成したのも弐挺拳銃。

 その片刃の銃剣(バヨネット)にて振るわれた、横一閃は灼熱を纏う朱焔の刃『ファイアフリッカー』。縦一閃は、凍気を纏う碧冰の刃『ヘヴンズスウォード』。

 

 更に、ディフェンススキルを展開した機体へと向けて撃鉄が落ちる。神剣魔法を弾頭として装填した銃弾である"神銃弾(マグナム)"、青の『サイレントフィールド』と赤の『レゾナンスレイジ』。マナ振動が停止した、一切のサポートスキルが発動しない無音の世界で、機兵は無意味な動作を繰り返すのみ。

 

「もっとスピード上げてくぜ――タイムリープ!」

 

 浮島を覆う程に巨大な、薔薇窓のステンドグラスのオーラに次いで……いつの間にやら持ち替えられた|黒い縞瑪瑙《ブラックオニキスかと白い金剛石(ダイアモンド)の弐挺拳銃は【天涯】と【地角】。

 電光を纏う刃『ディクリーズ』と暗闇を纏う刃『会者定離の太刀』が、次々と敵機を薙ぎ払う。

 

 何とか突出した黒が一機、彼へと『アゴニーオブブリード』を至近で放とうと肉薄して――放たれた神銃弾、白の『グラスプ』と黒の『ディクレピト』に身を曝す。

 

「――ハ。やっぱり肩慣らしにも成らなかったか、屑鉄」

 

 禁制のオーラで行動不能とされ、更には『浄戒』で与えられた加護も失い……最後に番えられた緑柱石(エメラルド)の大型拳銃【海内】の『インペイル』で胴を貫かれて銃口を埋められる黒。

 留めに放たれたマグナム……理力を高めて技の威力を増し、攻撃方法と防御方法、加護を奪い去り丸裸にした上で容赦無く繰り出された『エレメンタルブラスト』が、黒の内部を目茶苦茶に破壊しながら吹き荒れ――天災に巻き込まれた軍勢は、細切れにされて崩壊していった。

 

 煤煙と残骸、燻る炎が至る所に撒き散らされた小さな浮島へと、転送装置を使って降り立った学園一行。

 辺りの惨状を見回して、一番乗りの赤髪の少女は。

 

「……呆れたわ、本当に一人で制圧するなんて」

「別に問題は無いでしょう、何で苛ついてんですか? 大変だったんですよ? 島ごと消し飛ばす訳にもいかないし、チマチマと一機一機()()すのは」

「最後に大技使ったでしょ、何がチマチマよ」

「あらら、見られてましたか」

 

 腕を組んで、そう不機嫌そうに唇を尖らせた沙月の呟き。それに答えたのは転送施設に腰を下ろし、息一ツ切らさず各拳銃の手入れをしているアキ。

 その隣には、五色のマグナム弾が溢れる聖盃を捧げ持った修道女……繚乱たる百花の花冠とネビュラのハイロゥを戴いた、滄き海の媛君アイオネアが寄り添っている。

 

「けど……本当に宣言通り、たった一分であれだけのマナゴーレムを捻り潰すなんてな」

「時間を浪費するのは、この世で最も贅沢な事だぜ、ソル」

 

 手入れと使った分の神銃弾の装填を終えた伍挺の拳銃をホルスターへと戻して立ち上がる。

 促されて立ち上がったアイオネアがささやかな胸元に抱いた聖盃はエーテルの煌めきと消え、空いた両腕で彼女は嬉しそうに彼の左腕を抱き寄せた。

 

「……てゆーか、あんたの能力って一体何?今まではまだ効いてた、あたしの治癒魔法とかオーラまで効かなくなってたじゃないのよ」

 

 そこに歩み寄ったのはナルカナ。基本、自分の思い通りにならない事が嫌いなので腹立たしげに眉根を寄せる彼女に、彼はしれっと。

 

「――ハ、莫迦莫迦しい。自分の性能(チカラ)をひけらかして自慢する莫迦が、一体何処に居るってんだよ」

「何をー! 不敬よ、アキの分際でー! ナルカナ様を敬えー!」

 

 そう厭味ったらしく鼻で笑って……さながら虚仮にするかの様に口にした。仮にも第一位の、永遠神剣の意志を。

 アキの安い挑発によって呆気なく爆発したナルカナが掴み掛かろうとした瞬間――二人の間に割って入った、小さな蒼の少女。

 

「ふふーん、何を隠そうお兄ちゃんは『最速』の神剣士なんですよっ! 時間とか空間的な速さじゃなくて、概念事象としての最高速度なんです!」

「『最速』〜?」

 

 ユーフォリアは得意げにナルカナへと向かって無い胸を反らして、そんな事を言った。

 

「――って、何でお前が言うんだチビ助ッ! もっと溜めさせろよ! 少しくらい勿体付けさせろや!」

「はにゅううぅぅ〜?!」

 

 そんな彼女の背後から手加減無しにむぎゅーっと、思いっきり頭の羽根を握り締める。

 それに余程びっくりしたのだろうか。ユーフォリアは突飛な泣き声を上げて、雛鳥が羽ばたくように両腕をバタつかせた。

 

「は、なーにが最速よ。だったらあんた、今すぐ此処で風力・温度・湿度を答えて見せなさいよ!」

「南東の風、風速0.3メートルに気温20℃、湿度32%」

「普通に答えた!」

「あのな、俺の得物は銃だ。射撃ってのは遠距離になればなる程、気象条件が重要になるんだ……おお、これは中々……」

「ひゃあっ、やめてお兄ちゃん、そこはだめぇぇっ!」

 

 『ぎゃらっしゃー!』と憤慨する草薙の剣。その背後からどうどうとスバルが宥めようとしていたが、多分効果は無いだろう。

 その間にも、もにもにと手触りの良い白い羽根を揉みしだく。

 

「察するに、どんなに優れた剣や楯を持っていても『先に斃された相手にそれを使う機会は無い』……そこを追求した、最強の剣と楯を兼ね備えた能力という訳か」

「成る程な……しかしどんなに速くても、付け入られる(チャンス)は無くならないだろう。例えば……同じ概念とか?」

「普通の奴なら、な。だが、俺の概念に破綻は無いぜ。我が概念は『因果と結果の直結』……終わりを始まりに、始まりを終わりに……俺には付け入られる『過程』自体が存在してないからな。俺の起こす因果は、必ず狙った通りの結果を履行する銃弾になる訳だ」

「巽せんせぇー……、ソルラスカ君とルプトナさんとナルカナさんが付いてこれなくて寝てまーす」

 

 サレスと絶の言葉に道理を返し、希美の言葉は敢えて聞き流す。

 【真如】の銃弾は真理を履行する銃弾だ。過程の存在しない銃弾は因果……則ち『装填された』瞬間に結果……狙った対象が何をしようと、既に『撃ち抜いて』いる結果を出しているのだ。

 

 それは、タイムラグ零秒の因果と結果。神にさえ付け入る隙は無い、効果はただ、相手を撃ち殺す事だけを設定されており――事前に用意していた用意すらも無為へと還す、真性悪魔の魔弾。

 

――だが、この世界に於いて過程抜きに物事は成立しない。だから銃弾は飛翔しているように見える。まぁ、あくまでも『見せ掛け』なんで……命中した瞬間にその間に起きた事象を全て"スキップ"して結果を出すんだが。イャガはそれを受け、『逆行した』と錯覚したのだろう。

 にしても、これは良い羽毛だ。枕に最適かもしれない。そんなに量は採れないだろうけど。

 

 水鳥に似たユーフォリアの羽根の手触りを愉しみつつ、そんな事を考えた……その時。

 

「きゅうぅぅ……だめぇ……許してぇ、お兄ちゃぁん……」

「……っああ、悪い悪い……」

 

 敏感な部位を長々と弄られた所為か、頬を朱色に染めてうるうると涙ぐんだ眼差しで見上げてくる。責めるような、だが信頼しきった透明な瞳に見詰められたその刹那……自分自身、訳の解らない衝動が全身を駆け抜けた。

 まるで電気にでも触れたかのように素早くユーフォリアを解放する。彼女もまた電気に触れたように勢いよく離れると、羽根を押さえながらアイオネアに抱き着いた。

 

「ふえぇ〜ん、アイちゃあ〜ん……お兄ちゃんに好き放題に弄ばれた〜……もうお嫁にいけないよぉ……」

「むぅ……兄さま、弄りたいなら……私の角だって、えっと、その……」

「誤解を招く言い方してんじゃねーよ! お前ら、何だその冷たい目……見てただろリアルタイムで」

 

 泣きじゃくる天使の翼を持つ少女の背中を撫でつつ、ぷーっと頬を膨らませた龍角の少女と学園一行……特に、女性陣の冷たい眼差しに曝される。

 

「ええ、じっくりと見てたわよ……駄目じゃないクー君、公衆の面前で愛撫(ペッティング)は良くないわよ。そういうのはベッドの中でやりなさい」

「とにかァァく! 俺こそが最速! 何人たりとも、例え神だろうとも俺より速く走らせねぇ! スピードイズパワー、速さこそ強さだ!」

 

 中には例外的に、面白がっている朱いショートヘアの女性も居たが。それらを振り切るように気勢を上げた。

 

「でもねぇ、あんまり早漏(はや)過ぎるのもちょっと……」

「そうね、考え物だわ」

「ご心配無く姐さん、姐御……俺は中折れ無しの無限弾倉なんで」

「あら……二人相手くらいお茶の子済々って事? それは愉しみね」

「ハハ、そりゃあ(あやか)りたいもんだ」

「あんた達、何の話をしてるのよ何の話をっ!」

「「「「何って……ナニの話?」」」」

「こいつらは〜〜!」

 

 顔を赤くしたタリアに突っ込まれ、『冗談通じないよね』とばかりにアキとヤツィータとエヴォリア、クリフォードはやれやれと肩を竦めた。

 

「てゆーかさ、ボクだけなのかもしれないけど……強い空とか、何か詐欺っぽくない?」

「ああー、判る判る。ボクも何かそんな気がする!」

「そうじゃな……あきは弱くても諦めず、その上で報われないのが存在証明じゃったからの」

「それに、アサシンの癖に焼け野原みたいな髪色ですし……」

「要約すると強くて厭味で派手な金髪男か……最低の人種ね、アンタ」

「ゼゥったら……そういう事は思っても言うんじゃありません」

「ミゥ……それはフォローになっていないと思うぞ」

「ルゥ姉さんもですけどね……」

「……役立ってまで、なんでそこまでボロクソ言われなきゃいけねーんだ! あと姫さん、なんでわざわざ焼いた? 天パですか、天パの事を言ってんですか!」

 

 一気にだらけた空気が広がる。それは、二十時間近い継戦時間の中で初めての休憩時間だった。

 そんな中、瞑想するように周囲の気配を探っていたベルバルザードが目を開く。

 

「この先に凄まじい力を感じる。恐らくは……」

「判ってますよ、奴とは……俺一人でケリを付ける」

 

 言葉を遮ったのは、気怠げに髪を掻き上げたアキ。それに一行は、当たり前だが驚いた顔を見せた。

 

「一人って……ちょっと巽君、一体何を言ってるのよ」

「そうだよ、空くん! わたし達は皆で協力して望ちゃんを取り返す為に……」

「空位の担い手"天つ空風のアキ"の名に於いて命ず――……()()()()()()

「「「「「「――――――――!?」」」」」」

 

 その瞬間、彼の左手に招聘された【真如】。そこから発された気に、一行は指先一つ動かす事が出来無くなる程に身を縛される。

 

「くうっ……ちょっとアキ……アンタ、強制力なんて……なんであたしまで……」

「流石は【叢雲】の意志ナルカナ……第一位ともなると理解が速くて助かる」

 

 説明するのが面倒臭かったのか、またも気怠そうに溜息を落として……苦笑いした。

 

「理屈は判ってんだけどさ……心が納得しないんだよ。もう今は関係ないけど……前世(オレ)だって俺な訳でさ……」

 

 そうして歩き始める。死を賭してまで追い求めた"家族"を残して、ただ一人……皆に背を向けて。

 

「――負けっぱなしは、趣味じゃねぇんだよ」

 

 何の因縁(よすが)なのだろうか、神世とは真逆に、今度は彼の方が……"天つ空風のアキ"が、"破壊と殺戮の神"の待ち受ける決戦場へと向かって行った……


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