サン=サーラ...   作:ドラケン

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静かの夜 愛する者へ

 時深の部屋を後にして腕組みをしながら黙々と、板張りの廊下を歩く。

 桐箱は"真世界"内に収蔵しており、首に掛けられた『時果の漏刻』入りのお守りが歩くのに合わせて揺れるのみ。

 

「エト=カ=リファの()り方は、もう決定してる。問題はそこに至るまでの道程とその後……か」

 

 感傷的(よけい)な事等は考えないように、創造神の軍勢との攻防をシミュレートしながら……面倒だが、かつて『奸計の神』と呼ばれた悪逆の蕃神の壱志(いじ)に掛けて、策謀を練る事とした。

 理想幹戦の時のような失策を犯す訳にいかない、今度は……時間樹の未来が掛かっている。

 

「あ、アッキーみーっけ! もー、探したよー!」

「こんばんはです、タツミさん」

「あいつらと真向勝負(ガチンコ)できるのなんて俺やユーフィー、ナルカナのエターナル組だ……でも、それだけの能力を持ってる二人だからこそ……少数で敵拠点の制圧を行わなきゃいけない、望の班に必要なんだ」

 

 なので前から掛けられた声二つと、パタパタ駆け寄って来る橙のショートヘアに角を生やした少女と褐色の肌の少女、ツインテールの黒髪の少女を軽く透禍(スルー)して歩いていく。

 

「あれ、アッキー? おーい……無視するな〜!」

「……私達を無視するなんて、いい度胸だわ」

 

 悩みの種は、二柱の『原初存在』"激烈なる力"と"絶対なる戒"だ。神名そのものの名を持つ創造神の右腕と左腕。当たり前の事だが、エターナルアバターを遥かに凌駕する戦闘性能を誇る、この時間樹の破壊と戒律の具現。

 そして時間樹『内』のエターナルである事が、最大の難所なのだ。エト=カ=リファ外よりの来訪者でないのだから、神名は制約とはならない。最小限に留める過負荷(マイナス)ではなく、まず最大限の過性能(プラス)として機能しているだろう。

 

「難敵は三体。対して、殺害権利(リカーランス)は一発こっきり」

「アッキーってばー! おーいっ、おーーいっっ!」

 

 なにせ、根源回廊は敵の本拠地……つまりはアウェーだ。『創造神』を自負するような輩が、己の足元に注意を払わないなど有り得ない。間違いなく、防衛の為の戦力は残してある筈だ。

 エターナルアバターの最大の強みは"力量"ではなく"物量"。力では及ばずとも、圧倒的な数にて相手を飲み込む永遠神剣の津波。近代では廃れた、人間性を完全に無視の人海戦術こそが最大の武器なのだから。

 

「エト=カ=リファに使う分を、他の二体に回す訳にもいかねぇ……それは、ヤロウに対策を与える暇を作っちまう」

「むむー……そっちがその気なら、こっちだって考えが有るぞー!」

 

 虚空に波紋を刻み、"真世界"から永劫回帰の銃弾を抜いてクルクルと弄びながら呟いた。それだけは出来ない、と。

 何せこの空包は、神を弑す為だけに積み上げた最強の剣。おおよそ、生きているなら神すらも殺す刃……人が作り上げた理想像である神、その異教の神を神を詐る悪魔に貶しめるように。神威すらも零に還す……人間のエゴが作り上げた、矛盾を絶つ(けん)だ。

 

「――てりゃあああっっっ!」

「――ッつぉ?!」

 

 ばふんっ、と背中に勢いよく抱き着かれて空包を落としかけ、流石に思考を中断されてしまう。

 何故なら、背中に――ぶすりと。肩甲骨の下辺りに、割と鋭い角が突き刺さっているのだから。

 

「……ぃ痛ってェェェェッッ! な、何すんだよ、ワゥっ! お前は角が武器になる事を自覚しろっ」

 

 早くも傷が塞がりつつある背中を摩りながら、振り返る。

 その魔龍の眼差しの先、彼の『胸辺り』の高さで会話する、赤いローブにマントを羽織ったワゥとインディアンのような服装のポゥに、ゴシックでロリータな黒衣のゼゥ姿が在った。

 

「アッキーが無視するからじゃん、何度も呼んだのにー」

「もう、ワゥちゃんったら……」

「子供……」

 

 言って、ワゥはその場でくるりと一回転する。黒いマントとフリルがあしらわれたスカートの裾が、大きく翻る。

 腕を組み、つんとそっぽを向いたゼゥの艶やかな黒髪が流れた。

 

「へぇ、んでクリフォードは?」

「何で私達がアイツと居る事前提なのよ。別行動だってするわ」

「いやいや、だってお前らの『姉妹』なんだろ?」

「「?」」

「――なな、何言ってるんですかアキさん!? 私たちは別に、そんな……!」

 

 昔『命の雫』が入っていた小瓶に充たされた神水を揺らしながら首を傾げたワゥとゼゥ、やたらと露出の多い服装で真っ赤になりながら慌てたポゥをじっくり見遣る。誤解の無いように言えば、三人が持つそれぞれの永遠神剣を。

 二振りが鎖で連結されたバズソー型の第六位【剣花】と、ロープのような物が石打から伸びて手首に繋がれた矛槍型の第六位【嵐翠】、そして漆黒の日本刀と鎖鉄球の第七位【夜魄】を。

 

――そういや、あんまり観察してなかったけど……成る程、こんな神剣だったのか。

 

 何にしろ、もっと戦力に幅を増やさなければ。このままでは創造神の軍勢には敵うまいと、戦力の概算を改める。

 

「ふむ……確かにな。だが、我の抗体兵器は貴様に全て破壊されておる。今からミニオンを造り出す事も不可能であるしな」

「チッ、少し期待してたんだが……やっぱり無理なもんは無理か。戦力は今が考えうる最善、だったら後は戦略での勝負か……」

 

 その時、白い光と共に現れた銀髪のツインテールを靡かせたフォルロワの言葉に嘆息を返す。やはり、結論はそうなってしまった。

 

「――だが、『根源』に戻った奴等も只では済むまい。あそこは既に『ナル化マナ』の坩堝だ、放っておけば大多数は減ろう」

「成る程、そこを襲撃すれば勝算もあるな――ってオイ、ナルってあのナルか?」

「あのもこのも、『楯の力(ナル)』以外のナルがどこにある」

「そういう大事な事はもっと早く言えよ! それで策戦も変わってくるだろうが!」

 

 と、腕を組んだままで呟かれた彼女の言葉に意識を削がれる。

 思い返すのは、理想幹での出来事。漆黒の虚光、その悍ましいまでの負の気配。この神剣宇宙に存在する全てと敵対するかのような、悪意の結晶を。

 

「ああもう、改めて代表に話をつけねぇとベしっ!?」

 

 と、頭を掻きながら見出だして駆け出そうとすれば――両足首に巻き付いた鎖により、勢いよく顔から廊下に倒れ込んだ。

 

「落ち着きなさいよ、私達がわざわざここに来たのは……そのサレスがアンタを呼んで来いって言ったから」

「……だからといってこの仕打ちはあんまりなんじゃないんですか、ゼゥさん」

「ふん……騒がしい奴等だ。我は先に行く、あまり遅れるでないぞ、木っ端ども」

 

 体を起こし、巻き付いた鎖を解きながら愚痴った。それを横目に、フォルロワは既にサレスの待つ校長室へと歩き始めている。

 

「「「…………」」」

「……あ、あれだ……ほら、一位神剣だし」

 

 それを見送り……ワゥからは真っ直ぐ、ポゥからはちらちらと、ゼゥからは横目にて睨まれるように。

 それが弁明を求められている事と気付き、在り来りな答えを返す。すると……揃って不満そうな表情をされてしまった。

 

「感じ悪いよね、あいつ~」

「そうですね……」

「どうでもいいわよ、あんな奴」

 

 三人は駄目な男を見る目をした後、振り返ってさっさと歩きながら……散々な言われようで罵倒されてしまう。

 

「何で自分から敵を増やすのかねぇ……」

 

 その後ろ姿を見遣りながら、置き去りにされた彼は首を傾げて愚痴を零したのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 陽が西の霊山の稜線に顔を隠して早半刻経ち、本格的な夜の気配が満ちる出雲の山々。その山中に、明らかに異質な物部学園の校舎。

 その近くの森の中の開けた場所で篝火に囲まれて立っているアキ。その首には時深のお守りと……鈴鳴の羽根の根付けが同じ紐に通されて、ネックレスにされていた。

 

 戦闘装束のアオザイ風の武術服に篭手と脚甲を纏い、零元の聖外套の袖を帯代わりに腰布の如く使うその姿。

 だがしかし、瞑想でもするかの如く伏せられた瞼に、構えを取る事も無い無刀の姿勢。森と一体になってしまったように無念無想、正しく明鏡止水の極地。

 

 多少なりとも心得のある者が対峙すれば、『容易に打ち込めない』と容易に分かる矛盾の守り。彼が完成を目指している『最強の楯』の雛型(アーキタイプ)だ。

 

「…………」

 

 その構えの中で、つい余計な事を思い返してしまった。今から、1時間程前の事である――……

 

 

………………

…………

……

 

 

 生徒会室の窓の(さん)に腰掛け、湖に音も無く立ち込めた夜霧に包まれる奥の院の朧に霞む篝火を眺めていた視線をホワイトボードの前に立つサレスに向け直した。

 

『……では、組分けはこれで決定だ。後は個々の裁量、全体の連携……あらゆる技能や幸運が必要となる。心して明日を迎えるように』

 

 手が鳴ると共に、会議を打ち切る言葉が紡がれた。後は明日に臨むのみの一同には、緊迫した色こそ有れど……誰もが気魄と決意に充ち溢れた顔をしている。

 

『……どうした、そんな顔して?』

『…………』

 

 だからこそ、目立っている少女。皆が戦の前の腹拵えに、食堂に向かって行く中……ホワイトボードの前で立ち尽くしている彼女。

 その眺めて……否、睨みつけているボードには『空班』と『望班』が真ん中の一本線で区別されており、『創造神の軍勢との対決』担当の空班にはソルラスカ・タリア・スバル・ヤツィータ・ミゥ・ルゥ・ゼゥ・ポゥ・ワゥ・クリフォード・エヴォリア・ベルバルザードらが名を連ねており、『根源征圧とログの改変』担当の望班には沙月・希美・絶・カティマ・ルプトナ・ナーヤ・ナルカナ・サレスと……彼女、ユーフォリアの名が在った。

 

『……お兄ちゃん……どうして、あたしが一緒じゃダメなの? アイちゃんはいつも一緒なのに……仕方ないのは分かってるけど、それでも平等にしてくれるって約束したのに……』

 

 と、しょんぼりと俯きつつ呟いてつんっと唇を尖らせる彼女。不平の元は勿論、アキと自分が別の班となった事である。

 

『……ゆーちゃん』

 

 その悲しげな呟きに、アイオネアまで沈んだようになってしまう。そんな二人を、纏めて抱き寄せて……美しくサラサラの蒼と滄の髪を手櫛で梳ずる。

 要は、『両手に華』という訳だ。少女達は彼の逞しい腕に抱かれて、彼の胸の上で左手同士……薬指に指輪を嵌めている掌同士を、絡め合っている。

 

『……言ったろ、敵の本拠地の根源回廊に乗り込む望達は神名無しの状態だ。けど……根源回廊は、どんな陥穽が待ち受けているか判らない場所なんだからな……』

 

 こうしているとまるで両の手に"水の妖精乙女(ウンディーネ)"と、"海の妖魔乙女(ローレライ)"を纏めて抱いているような優越感を感じる。尚、その二種類の幻想種には『魅入られた男が破滅する』という共通点があったり。

 そんな二人の美しい長髪を手櫛で梳ずれば、風と波でも撫でているかのように錯覚した。

 

『望とナルカナだけじゃ心許ないから……ユーフィーくらいしっかりした奴が付いといてやらないと』

 

 彼女の頬をくすぐるように撫でる彼の右手の薬指に嵌められている指輪は、瑠璃(ラピス=ラズリ)のあしらわれた指輪。ユーフォリアとお揃いの『ルータの指輪』の方ではなく、アイオネアとお揃いの方だ。

 買った時期の差からアイオネアとユーフォリアの立ち位置とは互い違いになる形になっている。

 

――因みに、ユーフィーを喜ばせようと頑張ったナポリタンだったのだが……凝ってピーマンを入れたのが敗因となった。

 パパさんが嫌いだからユーフィーも苦手との事、元々苦いのは苦手らしいが。後の事も有るし、苦いのは大好きになるように調きょ……じゃねーや、好き嫌いは無くして貰わないとな、うん。

 

『む〜……なんだか、てーそーのききを感じるっ!』

『いひゃいっへ、ひゃめろよ』

 

 答えが気に入らなかったのと考えを直感で見透かしたらしく、左手で頬を抓られてしまう。

 頭を撫でていた右の手で以てその小さな掌を包み込んで離させれば――……擦れ合った薬指の指輪同士が微かに金属音を立てた。

 

『……心配なんだもん、お兄ちゃんが……またあんな風になるんじゃないか、って思うと……』

 

 それは、崩壊してしまった元々の世界で彼が見せてしまった醜態を指しての事だろう。

 怒りと憎悪に任せて暴力を振るい、結局は負けた……あの悍ましく、情けない姿を。

 

『莫迦言うなって。もう、あんな無茶はしねぇよ。今はもう、俺のチャチな感情より大事な存在が……二人も居るんだからな』

 

 まるで、目も開かぬ内から親へと縋り付く赤ん坊のように。存在を確かめるかのように、胸板に擦り寄る彼女を宥めすかす。

 真っ直ぐ見上げて来る黒目がちな目には、うっすらと涙の膜が張り……電灯の明かりを映して煌めいていた。

 

『大丈夫だよ、ゆーちゃん……わたしが絶対に兄さまを護るから……私達の、大事な旦那様を……』

『アイちゃん……うん、信じるよ。アイちゃんはあたしの大心友で、同じ人の奥さんになった……姉妹だもん』

 

 背景(バック)に、白い百合の花でも散りばめられそうな。そんな雰囲気を醸し出しながら抱き合う二人の幼な妻。気のせいか、二人とも頬を染めあって見詰めあっている。

 『それはそれで』とか思ったのは内緒だ。内緒ですとも。

 

――心の底からの思慕。一方通行ではなく、確かに通い合う想い。三角関係ではあるが、その温かさに胸の奥がジーンと熱くなる。

本当、俺には勿体ない二人だ……

 

 その幻灯機(ファンタズマゴリア)を思わせる二対の瞳に、瞼の幕が下りる。

 二人の余りの愛らしさにごくりと息を飲み、ゆっくりと唇を――……

 

『何をしてるんですか、タツミ様……この非常時に』

『……タツミ、すまないがそういうのは部屋の中か何かで頼む』

『『『…………』』』

 

 呆れ顔をした金髪と青髪の少女達……白い猫耳フードが付いたローブと羽飾り付きの杖型の第七位神剣【皓白】を持つミゥと、機械的なカチューシャと軽装騎士の衣装にロングスカートを身に纏った両刃のバスタードソード型第八位神剣【夢氷】を持つルゥに叱られて。

 

『はぁ……同じ男性を愛し愛されて囲われてしまった美幼女妻同士の、妖しく甘美で退廃的な姉妹関係(スール)……実にいいものですね。私も二人に是非とも『お姉様』と呼んで欲しいです……』

『……カティマ様が見てる』

 

 うっとりと、色で言うなら桃色の溜息を零したカティマによって、結局……またもや寸止めに終わってしまったのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

「クソッタレめ……いけねぇ、気を乱しちまった――ぜッ!」

 

 一瞬、頭の中を満たした煩悩に。それを許してしまった、自制心の脆さに毒づく。

 その隙を狙ったかのように、夜闇に紛れて彼の隙を伺っていた小柄な影が、光の対たる影の速度を以って襲い掛かった――――!

 

「神剣の位の差が決定的な戦力の差じゃない事を教えてやるわ!」

「いやいや、どっちかっつーと……俺の【真如】は空位なんで、位が有るだけでもそっちの方が上なんだがなっ!」

 

 篝火を揺らす黒風、灯火によって濡れたような煌めきを放つ白刃。ゼゥの【夜魄】の居合抜きの連撃『不見之剣(みずのけん)』を、徒手空拳で受け流す。

 相手の攻撃の流れに逆らわず、柳が風を受け流すようなそれは――ソルラスカの『流舞爪』。そして最後の一閃を右手のみの白刃取りで受け止めた。

 

「いくよ、アッキー! 手加減なしでね!」

 

 回転する円刃と、その纏う熱風。ワゥの『チェーンリベリオン』の放った四つの炎の旋回刃を、左拳に握り込んだ四発の銃弾を発勁で個別に発射して空中で迎撃した。

 

「――ワゥ!」

「――ゼゥ!」

 

 その瞬間、二人は互いの名を呼び合う。と、同時に――アキの両腕に鎖……ゼゥとワゥの神剣の一部である鎖が巻き付き、搦め捕って拘束する。

 

「――チッ?!」

「――貰った!」

 

 舌打ちした刹那、後方右側面より現れたルゥの鈍く肉厚な【夢氷】の刃が振るわれた。氷の如く研ぎ澄まされた剣筋は、『七ツ胴』を抜くべく迫り。

 

「そこです――隙有りッ!」

 

 その左脇を狙い横殴りに、左側面から現れたミゥの【皓白】による『神炎一閃ノ型』が振るわれる。当たれば確実にクリティカルする部位を狙う打撃が振り抜かれて。

 

「――いきますっ!」

 

 背面から現れたポゥの【嵐翠】による『一心不乱の槍』が投擲にて襲い掛かる。

 明らかに、躱しようの無い三撃。寧ろそれは命を奪おうとすらしているように見えて――

 

「――甘いっ!」

「「「くっ――――!」」」

 

 それぞれ狙われた部位に割り込む形で展開された、半透明の龍鱗。シールドハイロゥによって無力化されて、三つの永遠神剣は完全に跳ね返された。

 

「う、嘘っ!?」

「くっ……!」

 

 それに拘束している二人は慌てて鎖を解き、後退しようとして――逆に鎖を捕まれ動きを止められてしまっていた。

 

「――そらァァッ!」

 

 瞬間、アキが力任せに腕をクロスする。

 当然、ピンと張り詰めていた鎖の端にいる少女達は宙に舞い――

 

「「――――ふぎゃうっ!?!」」

 

 『ゴツーン!』と空中で衝突、大きなタンコブを作って墜落。ヒヨコと星を頭の上に回しながら気絶していた。

 

「っ!」

 

 そうして鎖を解いた直後、感じたマナの流れ。発動源は――ミゥ。

 

「光よ――ダンシングレイ!」

 

 周囲を覆った、五つの白い煌玉。そこから――幾筋もの光条が撃ち出される。

 躱す事の困難な光条の雨。だが、それも。

 

「――遅い!」

 

 確率の支配者である彼にとっては、その程度では障害足り得ない。『タイムアクセラレイト』により光条をくぐり抜けた。

 そして、刹那より早く肉薄した彼の篭手に覆われた掌が……彼女の、小柄な体つきにしては豊満な胸元に当てられて。

 

「なっ……かふっ!?」

 

 ミゥが頬を染めるよりも速く――強烈な発勁『クリティカルワン』が見舞われた。

 

「フリーズアキューター!」

「ヴァイタルビーム!」

 

 そのミゥが吹き飛ばされて、戦線離脱した事を確認しての氷の槍と生命力の光線の掃射。

 無論、当たらない攻撃に意味などない。当たり前に全て避けたアキ、その両手に握られているのは……暗殺拳銃【烏有】。

 

 その化身である『幻影死霊(ドッペルゲンガー)』の特性の、"二重存在"の窮み。本物の贋物、或いは贋物の本物を作り出す能力で形作られたモノだ。

 

「悪いな、お前の技を……借りるぜ、ショウ――ドーンペイン、ポイズントゥース!」

 

 同時に引かれた引鉄と墜ちる撃鉄、雷管を打たれた実包が本来の姿を取り戻す。

 撃ち出された"無形"が、記憶の中に有る【疑氷】のショウの放った魔弾へと変じて直撃する。

 

「くうっ!?!」

「きゃあっ!?」

 

 本来ならば、そのまま生命を奪いかねないマナの昴ぶりだが……それが起きないのは、この空間が彼の支配する領域だからだろう。

 『命中した』という絶対の結果を『外れた』という結果にすり替えられた少女達は、気絶しただけで済んだようだった。

 

 五人を倒した隙に、弐挺の銃を融合させる。先に述べたように、永遠神剣の象徴たる化身としてドッペルゲンガーを持つこの暗殺拳銃は、他の永遠神剣の持つ特性を模倣する事も出来る。

 今模倣している神剣は【黎明】。その担い手が双児剣を合体させて一本の大剣とするように、【是我】と【烏有】の双銃を合体させて……大型拳銃とした。

 

「さて、と……ファイナルターンと行くか」

 

 トンプソン・コンテンダーに姿を変え、中折れ式の弾倉に装填されたボトルネック状の一発の無色のライフル銃弾。

 無形を籠めた根源力の塊、虚無に移ろう事も可能な銃弾を装填して……トリガーガードを使い、スピンローディングの要領で装填した。

 

「流石だな――――アキ!」

「無音の深淵より来たりて………心火を燈す…」

 

 その瞬間に、果たしてそれは自らの存在を誇示するかのように――【竜翔】の効果で天を翔けるクリフォードの双刀が瞬いた。

 

「ハァァァァッ!」

 

 天より降り墜つ銀の瞬き、瞬間にトップスピードに達したクリフォードを真正面に望みながら、アキは――コンテンダーの照星を向けた。

 

「霧氷の如き、反逆者の一矢!」

 

 地より駆け昇る濁った光の矢、同じく瞬間で最高速度に達した『ディアボリックエディクト』が迎え撃つ――――!

 

「「――――!」」

 

 大気が激震し、空間が鳴動する。彗星を思わせるプレッシャーを与える彼の刀と、ソレを迎え撃った火山噴火を思わせる彼の砲。

 そのどちらが撃ち勝つかなど――火を見るよりも、明らかだった。

 

「ラァァァ!」

 

 轟音(かちどき)と共に、濁光の砲弾を粉砕した彗星が降る。当たれば、塵すら残さずに消え去るだろう。

 

【――久遠なる、逆しまの大樹……我が望むは平穏なりし理想郷……】

 

 一瞬後の死を予想している脳内に、厳かに響く祝詞。或いは呪詛。現れた深い黛藍色の宝珠は、無限の"真世界(アタラクシア)"を内包する透徹城。

 広域展開された無量光(オーラ)の魔法陣は、細密なステンドグラスを思わせる多彩さ。その煌めき……真球の宝珠の朝露に濡れたような表面に浮かぶ……雨粒の墜ちる水面の如き波紋が虚空を充たす。

 

【いざや、来たれり……遥かな――……っ!】

 

 しかし――その波紋が掻き消える。空間に突入したユーフォリアが……オーラを完全に粉砕して。

 

「――――!」

 

 開けた空間が、更に開けてしまう程に。壮絶な爆風を撒き散らして、地に墜ちた――――……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 クリスト五姉妹達の永遠神剣を使った戦闘訓練に付き合いがてらに、クリフォードにも手伝って貰って……『本当に』殺すつもりで戦って貰って新たな防御の開発に励んだ後で。

 

「……ふぃー……色んな意味で、生き返ったぁ」

【ふん……我の助けを借りねば死んでいた分際で】

 

 風呂で疲れと垢と土埃を落としてさっぱりして、洗濯したての肌着を着てそう呟きながら、校舎内を歩く。

 

(まぁな……助かったぜ、フォルロワ。便りにしてるぜ、エト=カ=リファとの戦いでもな)

【っ……ふん、浅はかな持ち主を持つと苦労する。仮にも第一位の持ち主として、少しは自覚を持って欲しいものだ】

 

 キシリと、最後に受けてしまった傷痕が痛んだ。何とか【聖威】の招聘が間に合った為に瀕死で済んだ傷が。

 まぁ、それもいずれ消えるものだと解っている。相変わらず死にさえしなければ、限りなく不死身な肉体だった。

 

「しかし……上手くいかなかった、か……まぁ、仕方ないけどな」

 

 窓の外を見上げれば、驚く程に大きな満月。金色に輝く、まるで魔金(オリハルコン)の巨塊。

 

――まぁ精々、思い上がってろよ超越者(カミサマ)……あと数時間……もうすぐこの弱者(オレ)が、強者(アンタ)を殺しに行く。

 

 そしてそれは――腹立たしい事に、エト=カ=リファの背負う球体を思い出させた。

 

――本当、ユーフィーが望班行きを承諾してくれてよかった。

 正直、その時の俺は…ユーフィーにもアイにも見せたくない。

 

 自室の扉を開く。中は空室も同じ、布団が敷いてあるだけの部屋の扉を。

 

「あ、お兄ちゃん……」

「兄さま……」

 

 クリストの皆が入った後、彼より先に湯を浴びているユーフォリアとアイオネアの二人。その寂しいはずの部屋だが、この二人のお陰で華やいでいる。

 

「どうかしたかユーフィー、アイ? その……そんな恰好で……」

「あぅ、あの……えっと」

「あ、あの……お怪我の方は……」

 

 ただし、何故か電気も点けずに……アイが根源力で作り出したらしい白い外衣を纏って、てるてる坊主みたいになっていた。

 

「……ああ、大丈夫大丈夫。あんなもん、唾付けときゃあ治るって」

 

 訝しんで近づこうとするのだが、その分だけ距離をとられてしまうので一向に近付けない。

 危うくドSの心が疼きかけたが、今回はやめておく事とした。

 

「……っと、明日も早いからな……夜更かししないで、早く寝ろよ? それとも二人で添い寝してくれるのか?」

 

 と、電気が消えているのを幸いに布団に入りながら。何気なく冗談混じりで掛けた言葉。

 それに――……目に見えて、二人は頬を桜色に染めて。

 

「……うん、その為に来たんだ……」

「……はい、その為に来ました……」

 

 消え入るような声でそう呟いて、外衣を脱ぐ。

 

「……へっ?」

 

 それはさながら、天女が水浴びの為に脱ぐという。その後に人間の男性に盗まれるという伝承を多数持つ、あの羽衣のように。

 はらり、と落ちた二つの薄絹の奥から……薄すぎて肌が透けている、身に纏う意味の無いネグリジェ姿の二人が現れた。

 

「……ちょ、いやあの、え?」

 

 間抜けな声くらい出ようというもの。何せ、直視するには余りに危ういその姿。

 

「「……うぅ〜……」」

 

 カーテンの無い窓から差し込んで来る月明かりにより、より鮮明に恥じらっている二人の姿が浮かび上がる。

 ユーフォリアの方は、前に大きな切れ込みがあり『丸見えですよ』的な桃色の紗。アイもまた、色が紫なだけで、同じく下着の透ける紗の一枚だけだ。

 

 未成熟な肢体に似つかわしくない、妖艶な出で立ちを目の当たりにして。酸欠の金魚みたいに、口をパクパクさせてしまう。

 思考と行動が完全にフリーズし、言葉すらも上手く紡げない。羞恥に耐え切れなくなったのか、その隙に彼女達は両隣に潜り込んだ。

 

「ちょっぴり湯冷めしてたから……お兄ちゃんの体、あったかいね」

「うん……いい臭い……兄さまぁ……」

 

 右の腕を枕にしたユーフォリアの囁きに答えて、左の腕を枕にしたアイオネアが鍛え上げられた胸板に擦り寄ってくる。

 その姿はまるで、気まぐれな子猫と忠実な子犬を思わせた。

 

「……ふぐ、ど、どこでそんな服を手に入れたんだ」

「えっとね、前に『魔法の世界』でデートした時にね……あの行商人のお姉さんから渡されたの。これを着てから彼氏の布団に潜り込みなさい、その後の事は……お兄ちゃんに教えて貰いなさい、って」

「その……わたしのは根源力で作り出しました……」

 

 何が、とは言わないが……堪らず、硬直してしまった。

 今までもよくこうして触れ合ってきたものの……これ程までに直接的なものは無かったのだから。

 

――何ですかこれ、どんな状況? いや、嬉しいんだけど……これは……手を出していいって事なのか?

 

 ふらふらと彷徨わせる掌。正直、明日の事もあり……気分は昂ぶっている。

 『OK』と言われれば、迷わず手を出してしまう自信があった。

 

「……ごめんね、やりすぎちゃって……本当にごめんね」

「……ごめんなさい、守れなくて……本当にごめんなさい」

 

 その二人が、同じく謝罪の言葉を口にした。それで――浮ついた気持ちなどはすっかりと消え失せてしまった。

 

「……莫迦、気にするなよ。第一、怪我したのもさせたのも俺のせいなんだからな」

「でも……」

「デモもストも無いってな。ほら、早く寝ちまえよ。さもないと、口じゃとても言えないような悪戯しちまうぞ」

「あにゅ〜……」

 

 わしわしと、抱き込むように二つの丸っこい頭を撫でる。

 愛しくて堪らない二つの、魂と心と体。この両手に抱いている事へ、彼らしくもなく『運命』などというモノに感謝したくなった。

 

「あのね……でも……その、ドキドキして、眠れそうにないの」

「ゆーちゃんも……そうなの?」

「だって……寝ながら男の人の腕に抱かれるなんてパパ以外だったら、お兄ちゃんが初めてだもん」

 

 恥じらいから頭の羽根をしんなりとさせたユーフォリアの言葉に、やはり恥じらって処女雪のような柔肌を朱色に染めたアイオネアが答える。

 布団の半紙の上に、『小』の字を描く三人。あっという間に、温室のような温かさが満ちる。

 

「……じゃあ、聞かせてくれるか? あの子守唄……無銘の唄を」

「子守唄って……ママの子守唄?」

「そう、その子守唄……駄目か?」

 

 二人の髪を撫で摩りながら尋ねると、見上げてくるくりくりの四対の瞳が嬉しそうに輝く。

 

「ううん、勿論いいよ……てへへ、実はね……アイちゃんと一緒に特訓してたんだ」

「はい……その、お耳汚しですけど……わたしも唄って、いいですか……?」

「おお、そりゃ楽しみだな……」

 

 促すように、ぽんぽんと頭を軽く叩いてやる。二人は互いに見詰め合い、少しだけはにかんで――……揃って桜色の唇を開く。

 健康的な歯並びとピンク色の舌、アイの方は鋭い龍牙も覗かせて。

 

「「――暖かく、清らかな……母なる再生の光……すべては剣より生まれ、マナへと帰る。どんな暗い道を歩むとしても、精霊光が私たちの足元を照らす」」

 

 美しくも儚く、哀しくも鮮やかな。生命の煌めきを讃える唄。

 

「「清らかな水、暖かな大地、命の炎、闇夜を照らす月……すべてが私たちを導きますよう」」

 

 その無銘の生命讃歌を、風の鳴る音か波の寄せる音のような歌声を寝物語に。

 

「「総ては再生の剣より生まれ、マナへと帰る。マナが、私たちを導きますよう……」」

 

 生まれて初めて、眠るという行為を惜しみながら……意識を瞼の裏の『(アカシャ)』へ、拡散させていったのだった…………


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