降り注いだ数十の
そして――……この時間樹の創造神の"星天のエト=カ=リファ"が、最後尾にて【星天】を掲げた。
未だ遥か遠く、永遠神剣の加護を無くしては望む事すら適わぬ距離の――小さな集団に向けて。
「行け、我が写し身ども――我が箱庭に勝手に殖えた
創造神から下された滅びの宣告に、鬨を上げる意志も持たない軍勢が進軍を開始する。数百キロの彼方にあるその小集団、しかし永遠神剣の眷属ならば五分と掛からず踏み躙れよう。
その第一歩。陣と目的との間に横たわる、遮蔽物など無い、石箱の回廊に踏み出したエターナルアバターと獣。その足が、地面を蹴った――瞬間に、不可視の魔力糸が臑に触れた事に気付いただろうか。
「「――……!?」」
その刹那、押し寄せる軍列の各所にて瀑風が上がる。巻き込まれたアバターと獣は噴き付ける高圧の風と水の刃と微小なマナ結晶片によって切り裂かれて、ダメージを負った。
それも、一体や二体の話ではない。元々が広範囲を対象にしたモノなのだろう、浅く広く目標を殺傷するその罠によって……先陣の進攻速度が遅滞する。
「……地雷源、か。姑息な真似を」
腕を組んで、苛立ったように吐き捨てるエト=カ=リファ。それもその筈、今猛威を振るっているのは、この世界では有り得ない文明レベルの兵器なのだ。
更に言うなら、そんなモノが彼女のエターナルアバターに傷をつけられる筈も無い。
「エターナル……いや、永遠神剣の担い手としての矜持すら無いとは……あの野犬めが、最早生かしてはおかぬ」
つまり、ここには――そんなモノを作り出せる能力[しんけん]を持った異物が紛れ込んでいるという事。
そしてそれは、間違いなく……或る人物の仕業であると確信して。
「なんとも忌ま忌ましい、直ぐにその首を切り落としてやろうぞ……"天つ空風のアキ"――――!」
彼方の、恐らくは己と同じ位置に立っているであろう……その永遠者の名を呼んだ。
………………
…………
……
急拵えで作られた、柄の長い傘を幾つも突き立てた陣の中央で腕を組んで立つ……黒い聖外套の青年。瀑風を遥かに望みながら、眉一つ動かしてはいない。
左肩にショルダースリングで吊り提げられた永遠神銃【真如】と巨刃剣【聖威】は、いつも通りの美しい形状を保っている。
「……
「見えてるさ、汚ねぇ花火だ」
その青年の真横に、空間に波紋を刻みながら現れた銀の髪の童女。その雲間より差し込む陽光を思わせる銀色のツインテール。
しかし、フォルロワは今までとはその格好が違っていた。
「だが――敵の損害は極めて軽微だ。まぁ、当たり前だが……緑のエターナルアバターが治癒の魔法をかけているようだ。ふん、貴様らしい惨憺たる結果だな」
「一々俺を弄らねーと気が済まねーのかよ」
その、近未来的なバイザー。根源回廊突入時に仕掛けた軌道上の衛星と相互リンクしているバイザーのモニターを眺めて情報を得ているのだろう、頻りに操作している。
「それなら、第二段階だ。行くぞ、フォルロワ」
「ふん――偉そうに」
「そりゃオメーだっつーの」
宣言に呼応して、透徹城の城門が開く。現れたのは、艦載砲やミサイルランチャーを模した砲撃戦専用ノル=マーターの銃器。
それらは魔法陣を銃口に展開しつつ、50センチを越える超弩級砲門や霰弾ミサイルが狙いを定めた。
「さてと……今時人海戦術で勝てるとか思ってる時代錯誤のカミサマに、現代戦ってヤツを味合わせてやろうぜ……」
そして最後に、アキが【真如】をスピンローディングした後で構え……三枚のハイロゥを高速回転させ
「……
放たれる、多数の砲撃。龍の咆哮は耳を聾さんばかりの衝撃波と共に、物理的・魔法的に致死の雨霰と化して降り注ぐ――――!
………………
…………
……
そんな激戦区を、少し離れた位置で眺めながら。仁王立ちした男性は満足げに笑う。
「見ろ――血沸き肉踊るという奴だ。なあ、お前もそうだろう?」
黒い外套を筋骨隆々の諸肌に直接羽織って、篭手に包まれた左腕を……地面に突き立てた巨大な黒い刃、肉厚な斬首大鉈の柄頭に乗せた右掌に重ねて。
「待った甲斐があったというものだな――……久しく、愉しめそうだ。なぁ、【無我】」
その鉈に向けて……語り掛けた。
………………
…………
……
先ずは前方から、続いて背後から響き……最後にまた前方から響いた轟音に、前衛の遊撃隊として配置されているソルラスカ・タリア・ヤツィータ、スバル・エヴォリア・ベルバルザードの二組は右翼と左翼に別れていたものの、同じく息を呑んでいた。
「なんて苛烈な攻撃をするのよ……アイツ、地形でも変える気?」
思わず漏れたタリアの呆れ声の中にも、どこか恐れのようなものが含まれていた。
「まったくよねぇ……でも、アタシは派手好きだから別に良し」
「おうとも。この風、この肌触りこそ戦場よぉ……」
「アンタ達は……ハァ、真面目にやりなさいよ……!」
それに、ヤツィータとソルラスカは冗句交じりに答えを返す。彼女の緊張を解きほぐす為に。その思惑は見事に的中し、タリアは持ち前の負けん気を発揮を刺激したらしかった。
「全てをマナの塵に還すみたいだ……何と言うか、聞いた話では空君は七十年近くも平和な世界の国の生まれだったと思うんですが」
「だから、『戦闘』より『戦争』が上手いんじゃないのかしらね。技術の方は平和ボケした世界じゃ磨けないけど、戦術は平和な世界の方が発達するでしょう?」
「そういえば……以前タツミの奴が『平和は次の戦争の準備期間』と言っていたな」
次いだスバルの呟きに答えたのは、エヴォリアとベルバルザード。
「……地上には地雷を敷設して前進を停滞させて、砲撃で頭を抑えて退路を断つ……か。えげつないわ、この後の事も折り込み済みとみていいんでしょうね」
「我等が敵対していた頃は、あの永遠神剣【真如】が無かった為に発揮出来なかった才能だろうが……空恐ろしいものだ。もし始めからあの男が神剣士だったなら今頃、我等が此処に居たかどうか」
「そうね、『光をもたらすもの』にスカウトしてたわ、きっと」
かつては世界を相手取った殺戮者であるその二人だからこそ、その戦術の有効さを見抜く。
冷徹なまでの表情、それに。
「いいえ――それは、有り得ないですよ」
その会話に、静かに割って入ったスバル。彼は、清廉無垢な笑顔でもって。未来の世界での、始めて出会った頃の彼を思い出しながら。
「空君は……無力を知ったからこそ、強くなったんです。弱者だった頃から強者を倒す為の研鑽を詰み続けたから……始めから力を持っていたのならば、それこそ……此処に居なかったのは、彼の方だ」
弓を構えて見遣る地平。土埃煙るそこから現れた、地雷源と砲弾の雨をくぐり抜けて来たエターナルアバターと黒獣。
それに――六人は一斉に、各々の永遠神剣を構えた。
「タツミだけにいい恰好はさせてらんないわよね、【疾風】!」
「そうだな……行くぜ【荒神】!」
「さあ……存分に燃え盛りなさい、【癒合】!」
「【雷火】……その眩ゆき光を、今此処に!」
「
「【蒼穹】……出番だよ!」
その二段構えの攻勢から逃れた、『運の良い敵』を打ちのめす為に−−耳に装備しているインカムに向けて……否、心強い"家族"全員に向けて闘志を示した。
………………
…………
……
自身のディフェンススキルである『創世の光』と『創世の影』と、激烈なる力の『激烈なる守り』と絶対なる戒の『絶対なる守り』で砲弾の雨をかい潜ったエト=カ=リファ。
その加護は鉄壁、三体には掠り傷すらも無い。遥か上空で炸裂して鏃形の
「頭を抑えられたか……だがしかし、その程度。やりようは幾らでもある」
未だに、余裕を崩さない彼女。それを象徴するかのように、健在である彼女の軍勢。しかし大分、被弾して動けなくなっている個体も多い。
そこで彼女の治癒神剣魔法である『命名:命溢れる……』でアバターとミニオンの傷の回復を行おうとして――漸く、戦場に起きている異変に気付いた。
「これは……神剣魔法の阻害……か」
発動しない、神剣魔法。否、マナ自体が集まらない。戦場に煙る、土埃と霧に飲み込まれるかのように……己から捻出したマナすらもが消えていく。
その瞬間、気付く。飽和しているがアバターに迎撃させている砲弾が破壊、若しくは着弾した際に。地雷が爆発した際に――多量の霧を生んでいる事に。
「エーテルの霧……まさかこの地雷も砲弾も……全ては魔法を封じる為の布石だったというのか……!」
思い至った一つの結論に、彼女は舌打ちしながら【星天】の刃を地に突き立てる。降り注いだ小弾頭が新たな地雷と化す事によって、尽きる事の無い地雷源を睨みつけて。
「――激烈なる力、絶対なる戒……彼奴を、この小賢しい罠ごと葬り去れ!」
そして、掲げた右腕。それに反応したのは−−エト=カ=リファの両脇に控えていた原初神。
「――――ルゥオオオオオオ!!!!」
天命を受けて咆哮する激烈なる力と、無言のままに進攻を開始した絶対なる戒。解き放たれた獄炎王の拳が大輪を描きながら業火を纏い地を割れば、戒律神の右腕である絶対零度の黒晶の剣が大気を凍らせる。
「この二匹を相手に、どうでる……小僧!」
二体は、仲間であるはずの存在……足元に
ただ一直線にアキが居るであろう、砲撃陣地を目指す――――!
………………
…………
……
ここに来て進撃を開始した、二体のエターナル。第三位【激烈】の激烈なる力は、触れる全てを創造前のエネルギーに還す焔を全身に纏う暴走機関車のように。第三位【戒め】の絶対なる戒は、触れる全てを凍てつかせ縛る絶対零度の凍気を纏う除雪車のように。
味方ごとこちらの陥穽を消滅させながら、二体の
「やっぱネックはアイツらか……」
「力でごり押しするつもり気ですね……如何なされるおつもりですの、兄上さま?」
「ハハ……なんだ? 心配してんのか、イルカナ」
その様子を隣で心配げに見詰めているイルカナに、至って無感動に眺めていたアキは彼女の頭に右手を置いて髪触りを楽しむかのように手櫛で梳ずる。
「まぁ、見てろよ小さい方の妹。カミサマにも読み勝つ、お兄様の恰好いいところをよ」
そして左手でスピンローディングした【真如】を地面に突き立てた――瞬間、地面から飛び出した緑のエターナルアバターの神獣、『地嵐のオロ』。攻撃の届かない地中を穿孔する事によって、此処まで潜航して来たのだ。
つまり、派手に暴れる二体は囮。本命はこちらによる奇襲だ、その後に混乱する陣地に激烈なる力と絶対なる戒が強襲をかけて護りと攻めを瓦解させる腹積もりだった訳だろう。
「それで意表を突いたつもりか? ハ――甘ェよ」
それに構う事無く――トリガーを引いた。当然だが、地中に向けて放たれる銃弾。カティマの全体技『紫晶國裂斬』を模倣した激震と共に、大地から緑色のマナが立ち上る。まだ地中に居た他のオロが、消滅した為だ。
目の前に現れていたオロもまた、三つ又に分かれる口腔から血飛沫を吐いて倒れ込んだ。
その頭を『威霊の錬成具』を纏うアキの脚が踏み付け、右手に握る【聖威】を向ける。
「獲物を狩る時には予め……逃げ道を残しといてやるもんだろ? そこを狙う為に、な」
嘲るように、通じる筈も無い言葉を語り聞かせて……突き出される漆黒の刃。それに頭を貫かれて、オロは悲鳴もなく即死した。
完璧な迄の読み勝ち、神すら手玉に取る悪辣さ。その、死神の如き精神。
外道を以って、正道の暴力を打ち倒す。それこそが――真実の"惡"というものだ。
漢字の生まれた古代中国において、"正義"とは『皇帝の意志を遵守するもの』だったのに対して"悪"とは『皇帝の意志に背くもの』の事だった。
体制に対する反逆者、皇帝に損を与える者。或いは、武芸に秀でる者へ贈られる畏怖の冠詞。
それを権力者と他の大多数は嫌い、レッテルに変えたのだ。権力に
この男はその真意の純粋な体言者。例えそれがこの世を生んだ神であろうと――気に喰わねば、暴力を以って凌駕するのみの悪党だ。安っぽいヒューマニズムなどは、当の昔に振り切っている。
「……よし、行くぞ。気ぃ抜くな」
透徹城の中からバイクを取り出しながら、自らの担う達に向けて語り掛ける。
【……ふん――貴様こそ、おめおめ負け帰ってきたりしたらどうなるか。分かっているのだろうな】
【むう……フォルロワさん、兄さまは勝ちます。だって、わたしの旦那様なんですから】
【アイオネア……それは理由になっておらん】
それに答えたのは、空位【真如】の娘。その言葉に、笑いかける。
「たりめーだ、なに、楽なもんだ。ちょっくら……生意気が過ぎる女神様に一発ぶち込んで逃げ帰って来るだけなんだからな」
【サイテーの男だな】
それは、爽やかさや可愛さなどは何処にも無い……とても悪どい笑顔だ。白閃鳳の呆れた悪口も仕方あるまい。
そしてある一点……砲弾の雨が降り注ぐ地点を見遣るイルカナに。
「さて、行くぞイルカナ」
「え――あ、はい……兄上さま……」
シートに跨がり、【烏有】により
「……ケリを付けるとしようぜ――エト=カ=リファ」
………………
…………
……
濛々と立ち込める土煙は、水分を含んだ……まるで泥の霧。アバター達は身体に纏わり付いている彼の『エーテルシンク』によって神剣効果を失い、神剣探知や
それでも、進むしかない。天地を抑えられた彼女らに最早、道は……
「――おーい、車道に飛び出すと危ねェぜ……って、車道なんかねぇんだった」
そこを駆け抜けた、一陣の突風。本来は防御に使用する無形のマナを
迎撃しようにも魔法は使えず永遠神剣で直接攻撃するしかないが、攻防走の三つを兼ね備えるスキルには通用しない。大抵は気付く前に跳ね飛ばされ、例え気付いたとしても迎撃すれば神剣の方を破壊されてしまうだけだ。
「あ、兄上さま、戦場を突っ切るのは危ないですっ! 地雷とか砲弾に当たりますよっ!」
「ハ――
戦場を文字通りに走破しながら、一直線に貫く突風によって複数のアバターや獣がマナの霧に還っていく。そこに更に
「兄上さま……どうかあの、お願いですから少し速度を」
その余りの速さに、後部シートに跨がってアキにしがみ付いていたイルカナが遂に音を上げた。鼻先に餌を乗せられて『待て』をされ、その許しが出るのを待っている仔犬のような眼差しで。
「あぁ、心配すんなイルカナ……」
さしもの
「――心配しないでも、これから最大加速[フルスロットル]でいくからよォォォッ!」
「兄上さまの鬼畜〜〜〜っ!」
目一杯にギアを上げて鋼鉄の駿馬を嘶かせ、地を砕く
「――ルゥォォォォォォォッ!」
その刹那、
未来予知に似た感覚の命じるままに、
「「――――ッっ!」」
地面を殴り砕き融解させ、溶岩に変えて噴出させる『激烈なる力』の拳が。硝子化する程の高熱を持って破砕された地面の変化した欠片群を、車体を傾けながらのドリフトにて辛うじて回避すれば――その先に待つのは己の生首を持つ騎士然とした恰好の女巨人『絶対なる戒』の右腕……絶対零度の剣風。
「……来やがったな、化け物共め」
吐き捨てながらも、最大展開した『サージングオーラ』により両方の神の攻撃を逸らす。そして――車輪が大気を捕らえ、鉄機馬は空中を駆ける。
「イルカナ、少し運転を代わってくれ」
「は、はい……って、えぇ?! そんな、私はバイクの運転なんてした事ありません!」
「ハハ、俺も無免許だ。そもそも、無免許で走れないのは公道だけだ。異世界、それも空中だったらオールオーケーだよ」
イルカナを虐めながら、
「
【はい、兄さま……歩みを止めない"
【あの程度の雑兵……軽く蹴散らして見せよう】
月光を浴びて煌めく海を思わせる妖魅の剣、今も移ろう波紋の刃。現在は製法の失われてしまった、マケドニアのアレクサンドロス王すらも求めて止まなかったという神秘の鋼材……中央亜細亜においては『英雄の佩刀』として語られるダマスカスブレード。
"始まりの生命"という永遠存在。極めて稀有な、概念としての形状[カタチ]を持つ永遠神剣を。
「兄上さま……お気をつけて」
その声と共に、二体の巨神が待つ戦場に向けて飛び出した。
「ルゥォォォォォォォォォッ!」
瞬間、戦場に響き渡る激烈なる力の咆哮。仕掛けられている地雷は大地ごと粉砕されて、空間に漂う無のエーテルの霧は瞬く間に蒸発していく。
物理的な破壊力すら感じかねないそれは『激昂の咆哮』。人の作り出した小賢しい世界の理など破却し、この世界を彼の支配する
「上等、不利なくらいが俺好みの
それに、気炎を燃やす。いつでも、彼が戦っていたのは敗北必至の状況だった。だからこそ、アキは『銃』を手にしたのだ。他のカタチとなる事も、【真如】になら出来た。
「
それでも――彼は、弱者のままで。弱者だからこその矜持を胸に。弱者でありながら強者を撃ち倒す、"
「――――撃ち貫く!」
弱者の
………………
…………
……
見上げれば、暗い虚空に浮かぶ上部階層の転送門『サラワ坂下』と
そして、見下ろす深遠には――……『星天根』の光を照り返す事すら無い闇が横たわっていた。
その『根源回廊』の中程の、最深階層『星天根』の暗闇を切り裂いて蒼い彗星が駆け抜ける。
「原初より終焉まで、悠久の刻の全てを貫きます――ドゥームジャッジメント!」
彗星は、最深層に現れた女達……エターナルアバターを一気呵成に貫いて消滅させる。その一撃を持って、サラワ階層の敵戦力を殲滅した望達は、終着点である転送門『星天坂下』に辿り着いた。
「はぁ、ふぅ……次……っ!」
息を急き切らせながら、門を通過しようとするユーフォリア。その肩を、望の手が掴んだ。そして――その刹那、門の影から飛び出してきた黒のアバターを絶の『回山倒海の太刀』が貫く。
「落ち着け、ユーフォリア……先ず一休みしてからだ」
「でもっ! はい……」
いつものキレが無くなった緩慢な動作で【暁天】を鞘に納めながらの絶の言葉に、望の手を振り払い珍しく反駁した彼女。しかし直ぐ後方で疲労困憊の様子を見せる望班のメンバーを見て……不承不承ながら俯いた。
「ほら、ユーフィーも怪我してる。希美……は無理そうだからサレス……も、厳しそうだな。仕方ない、時間はかかるけど俺のオーラで」
なはは……と疲労を滲ませた笑顔を見せて【黎明】に手を掛け、頭の上でへばっているレーメを促す。
「……アンタら、野暮な事しないの。ユーフィーは心配なのよ、あの
「あにうぅ〜っ、ナルカナさんの意地悪……」
と、唯一元気そうなナルカナが発動した『バイオリズム』。本人曰く『癒し系ヒロイン』なだけはある回復力だ。
その揶喩するような物言いに頬を真っ赤に染めて……林檎みたいに頬を膨らませながら頭の羽と両手をばたつかせるユーフォリア。その愛らしい様子に、望と絶は揃って相好を崩した。
「全く……ここまで慕われれば巽も男冥利に尽きるって奴だろうな」
「一体あの男のどこにそんな魅力が有るのか、全く理解できませんが」
「ふふん、あれだぞナナシ。吾は知っている、こういうのを諺では『蓼食う虫も好き好き』というのだ」
「こら、レーメ……空にも良いトコは有るって。かなり限定的だけど優しいし……」
と、口さがないレーメを窘めてアキの『良いトコ』を列挙しようとした望が、早くも口ごもる。
「……優しいし?」
「うっ……や、優しいし……えっと」
ユーフォリアの期待に満ちた純粋な眼差しに曝された彼は、冷や汗を掻きながら他のメンバーに助けを求める視線を投げ掛けた。
それを受けて、希美が困ったように笑いながら。
「え、えっとぉ……背……そう、背が高いよね!」
そして、希美もそこで口ごもり…他のメンバーに助けを求める視線を送った。
「そうねぇ……悪知恵が働く」
「そうですね……腹黒いです」
「そうだねぇ、勝つ為には手段を選ばない外道だよ」
「そうじゃのう……まぁ、殺しても死にそうにないのう」
続いて沙月、カティマ、ルプトナ、ナーヤが……明らかに、褒め言葉ではない言葉を紡いだ。
「む〜っ……みんななんて、きらいだもんっ!」
当然ユーフォリアは眉を吊り上げ羽を逆立たせておかんむりの様子、そのコロコロ変わる表情に皆が微笑む。
要するにマスコットを可愛がって癒されている訳だ。
「さて、こんな時の為にイルカナを連れさせているんだ。向こうの状況を教えてくれ、ナルカナ」
「ついでに、小さなお姫様に騎士様の現状を教えてあげなさいな」
「はいはい、めんどくさー」
そのサレスと沙月の言葉に、実に面倒臭そうに。ナルカナはイルカナの側へと意識を集中したのだった。
………………
…………
……
自由落下しながら、両手構えでの三発連射。リロードと発射を繰り返す『オーラフォトンショット』で絶対なる戒を狙い撃つ。それは勿論、『絶対なる守り』によってほぼ無効化されてダメージになっていないが……元からそれは牽制だ。
そして着地するという隙を無くす為に虚空に出現させた銃弾を踏む
「――――ッ!」
人間ならば息をするだけでも気管が焼け爛れるであろう、獄炎王の呼び出した煉獄の大気。更に、『激烈なる守り』の強烈な反発力によって柄を握る拳や腕の方が悲鳴を上げた。
「――――舐めるなァァァァッ!」
その叫びと共に、オーラフォトンに代わって出現させたハイロゥを高速回転させる。エーテルの風を起こしてマナ結合を断つ三枚の
「ゥウウオオォ……」
それを受けて、激烈なる力は――事もなげに、欠伸にも似た嘲笑を漏らした。何故なら、円刃は……激烈なる力の針金のように硬質の体毛とタイヤゴムのように強靭な皮膚。そして鋼鉄の如き筋肉の三段構えにより阻まれてしまい、有効打とは成り得ていないのだから。
効果無しと確認して、素早く後方に跳ね飛んだその刹那、北欧神話の戦神……雷神トールの持つという戦鎚『ミョルニル』の一撃を思わせる、激烈なる力の拳が振り下ろされた。
間一髪で直撃だけは避けたのだが、零元の聖外套で防御した上から肌へと焼け付く大気と高熱の
そして着地した瞬間、背中越しにでもはっきりと感じた……直視してしまえば魂までも凍り付きそうな、絶対なる戒の眼差し。
煉獄に次いで襲い来るのは凍獄。
「ク――……ソッ……タレ、め……!」
余りの冷気に毒の混ぜた白い息を吐く、物理的に動きを封じられたアキの背中に向けて。絶対なる戒の右腕……凍り付いた透き通る氷剣が振り抜かれる。万物を崩壊させる絶対零度の風、極北の風よりもなお凍てつく死の息吹が。
躱わしようも無くその一撃を身に受けて大地を転がれば、凍気と氷の欠片に凍傷を負っていた。寒暖差は優に摂氏二百度を上回る、月面のような世界。普通なら、宇宙服でも無ければ堪えられないだろう。
【兄さま……大丈夫ですか】
「ハ――なんて事ねぇよ、だから……涙声なんて出すな」
直ぐさま起き上がり、その境界線……二つの地獄の合間に立つ。
迫るは二体の巨神、煉獄と凍獄の支配者。生きた心地などは、とうに消えている。
――否、だ。そんな無粋なモノを持って闘いに望む事自体が、敗死を呼び寄せる。なんせ、死ぬのは……生きている者だけの特権なんだからな。
瞼を閉じ、精神を不動に固定して統一する。思い描くのは凪の海、鏡の水面。数多の戦場を越えてきたその心は明鏡止水の域、所謂"無我の境地"に達していた。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬も在れ、だ……超えて見せるさ、何度でも……何だろうと、必ず――!」
開眼と共に発動した切り札の一つたる『限界突破』。ダークフォトンの加護を受けた彼は"最速"の固有概念の限定的展開によって、瞬間的に光速すらも超えた速度域に身を置いた。
莫大な情報量の収束により、時間の感覚を早めるその技法。全ての動きが擬似的に遅くなっていく中でチャクラムの巻き起こす螺旋の風刃の渦を纏った"永遠神銃"を、『ゼロディバイド』の一撃を激烈なる力と絶対なる戒に叩き付ける――――!
「――ルゥォォォォォォォッ!」
「――ッ?!」
が、それは二柱の巨神にとっては予想の範囲内だったのだろう。勝利を確実とする為に発動した、インタラプトスキル。アキの攻撃に対応した絶対なる戒の『魔眼』と、その絶対なる戒の術技に対応した激烈なる力の『煉獄の咆哮』が。
「……悪い、俺は――――」
目前で開かれた絶対なる戒の両目と真っ向から見詰め合ってしまい、魂を戒めて攻撃を抑制する魔眼に見据えられて。更には逃れ得ぬ音……殺到する、体組織を破壊して能力値を削ぎ落とす激烈なる力の咆哮に押し包まれる――――!
………………
…………
……
「ちょっと……圧されてんじゃないのよ、アイツ!」
イルカナ側に意識を集中していたナルカナは、その戦況に愕然と声を上げてしまい……直ぐに、不覚を取ったと口を紡ぐ。己の直ぐ側でその男を気にかけている少女が、聞き耳を立てていたのだから。
「…………」
俯いて、ギュッと【悠久】の柄を握り締めたユーフォリア。そして、彼女は――
「……ナルカナさん、空さんを舐めちゃ駄目ですよ。だって空さんはセオリーなんて通用しない――」
思わず、息を呑むような。今までの彼女からは考えられないくらい妖艶な、『女』の顔で呟いた。
「――――"
………………
…………
……
「――――"
振り抜かれた『ゼロディバイド』の一撃は、驚愕によって見開かれた絶対なる戒の【戒め】を両断していた。勿論、それだけでは済む筈はない。吹き荒れる真空の断層により、左手ごと頭部がミキサーに掛けられたように木っ端微塵にされる。
「さっきのはなかなか効いたけど――今度のは俺には効かねぇよ」
先の『浄眼』が効いた為に、防御をせずにアキを迎撃しようとした。たったそれだけの読み違いが、絶対なる戒の敗因だった。
アキは、そんな戒律神を見下して……遍くを殺す"悪"の具現した瞳、概念にさえ至る"死"を見据えた龍の瞳のままで吐き捨てる。
「いやホント悪い。面倒臭いんで"
そして、返す弐ノ太刀。氷剣ごと胴を貫かれ、絶対なる戒は始まる前の『何か』へと……終わった後の『何か』として還された。
「――ルゥォォォォォォォッ!」
擬似的な空間の切断に伴う烈風の余波を、ダメージを受けながらも持ち前の耐久力により堪えきった激烈なる力の怒号が響く。
相方を滅ぼされた怒りか、または己の術技が通じなかった怒りか。再度の咆哮は文字通りの衝撃波、『炎熱の咆哮』。
振動と灼熱により、声の届く範囲にある万物を粉砕する――範囲内では避ける道の無い必殺の技を。
【――久遠なる、逆しまの大樹……我が望むは平穏なりし理想郷……】
その刹那、厳かに響く祝詞。或いは呪詛。弾倉から抜かれ、アキの目の前の空間に滞空した【真如】は無限の"
それは――『渾天宮』の効果を持つ、『空隙の凍結片』により得たディフェンススキル。『距離』という名の現実、単純明快にして難解至極の全人未踏の盾である――――!
【いざや、来たれり……遥かな空海。未だ見果てぬ水平線――――……】
広域展開された
【――――
その波紋の揺らめきに、オーラはまるで
「――――――――…………!?!」
一瞬だけ、激烈なる力は見た。どこまでも果てしなく拡がる蒼空と滄海。何人も、例え神であろうとも決して届かない――――刧漠たる
己の咆哮が何処にも届かずに、虚しく消えていく様を。
「――――あばよ」
次の瞬間、激烈なる力の真正面……丁度激烈なる力の心臓がある位置に、カタチとして"生命"というモノを奪えない制約を持っている為に防御すらも『透り抜けてしまう』"
それに激烈なる力が剛拳を振るうよりも速く、早く――先程は大地へ『紫晶國裂斬』として放たれた
「ハ――――ガチガチに守りを固める奴程、中身は脆いもんだってな」
壮絶な迄の喀血、体中の穴という穴から血を吹き出す激烈なる力。先程は通用しなかったアキの攻撃、それを耐えて反撃しようとした判断ミス。
「強い奴程、殺し易いもんだよ。特に――――神剣が最強の武器だとか思ってる勘違い野郎は。神剣は、本当は弱点だぜ? それを破壊されたら……神剣で強くなったヘボに、何が出来るってんだ。そして……」
リロードと共に体内で展開されるオーラ。それは、オーラフォトンで出来た準星の輝き。
「――――永遠神剣の能力なんぞに依存しっぱなしで……『
一気呵成に放たれる蒼茫の旋光は『オーラフォトンクェーサー』。
「もっと頭を鍛えて出直して来い、首無しと脳無し。生きてる内に頭使うべきだったな」
超高圧オーラフォトンの砲閃は、激烈なる力の残りカスを内側から撃ち抜いて消滅させていった。
「残るは……エト=カ=リファ一人か」
第二階層の最深部『ヒヌリ坂下』にてそう呟き、一点を見遣る。眼差しの先には敵の本陣『サラワ坂下』、そこに座する創世の女神。その威光を"