サン=サーラ...   作:ドラケン

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覇王の血脈 昔日の痛み Ⅰ 

 幾人もの少年少女の走り抜ける、闇の底の回廊。幾何学的な模様の施された正方形の石と樹木の根、時に林立する巨大な剣の織り成す幻想的な空間、根源回廊の最下層である『星天根・深層』。

 望達は既に待ち受ける敵の居なくなった時間樹の最下層を、始まりの場所である種子の芽吹いた場所、創造神の座『星天』へと向けて走り続けていた。

 

「たった今、『自壊』の神名が消えました……タツミは本当にやり遂げたんですね。創造神“星天のエト=カ=リファ”を、本当に倒したんですね。マスター」

「ふっ……見ての通りだろう、なぁユーフォリア?」

 

 未だに信じられないのだろうか、ナナシの驚いた様子の言葉に絶が隣にいた少女に声を掛けた。

 

「はいっ! だって、お兄ちゃんは一度口にした事は何があっても絶対に実現する、ちゃんと責任感がある男の人ですからっ!」

 

 『えっへん!』とばかりに、心底誇らしげにユーフォリアは膨らみかけの薄い胸を反らして己の男の自慢を行う。

 その男が今、どんな状態に陥っているのかは知るべくも無い。

 

「…………」

 

 それというのもエト=カ=リファが消滅したと思われる後、通信役のナルカナが沈痛な面持ちで沈黙してしまったからだ。

 これではこの一行に、もう一方の様子は知りようがない。恐らくはナルカナ自身、イルカナとリンクを切っているのだろう。

 

「……ナルカナ、大丈夫か」

「……ほっといて。今、虫の居所が悪いから……望でも命の保証は無いわよ」

 

 でなければ、イルカナが捕まっているというのに……この言葉は出てこないだろう。

 そんな、憔悴した彼女に対して。

 

「馬鹿――こんな時に我慢なんてするなよ」

「ふぁ――ちょ、望っ」

 

 望は――徐に、その細かく震える肩を抱き寄せた。

 

「あぁーー! ちょっと、何それ望くん! 私がログ領域から帰ってきた時も同じ事してよーっ!」

「そうだよそうだよーっ、わたしが『相剋』から解放された時にも同じ事をしてよー!」

「そうですよ、私が単身出奔してアズラサーセから」

「そうだよ、ボクがセフィリカ=ルクソの爆発に」

「そうじゃ、わらわが支えの塔の中央管制室」

 

 そして騒ぐ外野を無視して優しく、自分の体温を伝えるように力を篭める。

 

「俺達にとってはただの敵だったエト=カ=リファだけど、お前にとっては友達だったんだ。なら……我慢なんてするな、悲しんで良いんだ」

「……望……」

 

 それに、実に珍しく。豊満な胸元で掌を結び、瞳を潤ませる彼女。それだけ……ナルカナにとっては、エト=カ=リファは大事な存在であったのだろう。

 

「あたし……――っ!」

 

 そこで、ナルカナは表情を変える。いきなり周囲に満ちた、壮絶な害意を感じ取った為に。

 

「……そうよね、こいつらならエト=カ=リファの制御を外れててもおかしくないわ」

「ナルカナ、こいつらは……」

 

 滲み出るように歩き出た、複数のエターナルアバター。だが決定的に、今まで相手して来たアバターとは何かが異なっている。

 

「憎い……」

「死ね、死ね……」

「殺してやる――――!」

 

 虚ろな目に憎悪だけを映して永遠神剣を持ち……肌に、青白い静脈を浮き立たせたその姿。

 

「……『ナル化存在』、よ。ナルに汚染されて後は滅ぶだけしかない、哀れな傀儡――!」

 

 ナルカナの視線に、敵意が篭る。それを幕として複数のナル化存在が、彼等に襲い掛かった――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 オーラを纏う二ツの刃、【聖威】と【無我】が打ち合い鬩ぎ合い鳴き散らす度に、大気が引き裂かれ鳴動する。

 互いの存在を滅却し合う実と虚のように、逆巻く白光(しろ)黒影(くろ)

 

 生命の息吹を象徴するアキのオーラと、死の足音を象徴するタキオスのオーラが滅ぼし合う。

 

「――クク、良いぞアキ! だが、まだだ……まだ足りんぞ!」

「――クソッタレ……莫迦力がッ!」

 

 一號を打ち合うだけでも、腕・肘・肩が纏めてイカレそうになる。それでも尚、タキオスは余裕そのもの。

 その癪に障る笑みに向けて、ダークフォトンを纏う双剣小銃――名付けて、空位【是空(ぜくう)】での『ゲイル』を振るう。さながらプロペラのように、高速で回転させながら。

 

「どうした……その程度では俺に、傷一つ付けられんぞ?」

 

 それを、実にあっさりと。イルカナを捉えた物と同じ漆黒の立方体が受け止める。そのオーラフォトンの密度たるや、アキのダークフォトンでは中和が間に合わない程だ。

 壱志(いじ)だけでは如何んともし難い、基礎能力(ポテンシャル)という名の差が横たわっている。

 

「次は空間ごと貴様を絶つ。これが……躱せるか!」

 

 振り抜いた【無我】によって弾き飛ばされ、地面を滑るアキの耳に響いた宣言。

 それと共に、タキオスの左手より放たれた黒い光。それは刹那にてアキの至近まで接近すると――やはり立方体の闇にて結界を構成して、イルカナを捕えているモノと同じ牢獄を成した。

 

「貴様は多彩な技を用いて相手の弱点を突く事で敵を凌駕するようだが……俺から言わせれば、そんなものは邪道に過ぎん」

「……チッ!」

 

 脱出しようと、闇の凝集した結界へと【聖威】の『エクスプロード』を立て続けに振るう。しかし、光の刃は耳障りな音を立てて障壁に弾き返されてしまった。

 それ程の堅牢さ、だがそれは裏を返せば防御力でもある。彼は一体、この闇の障壁により敵を包んだ状態で……どうやって攻撃しようというのか。

 

「そう、二つも三つも攻撃手段を持つ必要など無い……ただ一つを極めてこその、必殺となる!」

 

 そんな事は、考えるまでもない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてその予想通り、タキオスは黒い障壁に向けて【無我】を構える。黒刃に絡み付く闇のオーラフォトンの密度が増すと共に、タキオスの姿が朧に揺らいで消えた。

 

 それは以前にも見た事の有る技だ、イャガが行った『次元跳躍』に酷似している。

 

――出来る。奴になら、この結界を()った斬る事が間違いなく可能だ。

 あんなにも真摯に、狂信的に力を追い求めるような奴が……テメェで作り出した枷くらい、越えられない訳が無い!

 

 それはほぼ直感。もうほとんど、敬意に近い畏怖。

 瞬間的に、自分自身の深層に埋没する。果てしのない刧初の海原、全てを浄化する波の生まれるその(しとね)に抱かれるように沈み……空際より海中に射し、揺らめく光を"透禍(スルー)"する。

 

 高めた己の特性により、彼を拘束する法は『対象』を失う。それとほぼ同じくして――闇の牢獄の前にタキオスが現れ出た。

 

「――――()ィィくぞォォォッ!」

 

 怒号と共に現れ出ながら――振り下ろされた【無我】の肉厚な刃。まるで刑場に引き出された罪人の斬首を行う執行者の剣のようだ。

 

「――――ッ!」

 

 文字通りの『空間断絶』、空間と結界ごと纏めて内部のアキを両断しようと迫る【無我】。

 それよりもほんの一瞬早く、効力を喪失した闇の牢獄をスルーしたアキが脱出に成功した。

 

「遅い――!」

「――ヌんッ!」

 

 そしてそのまま、巨刃剣【聖威】の『ヘビーアタック』で大鉈【無我】を振り抜いて体勢を崩したタキオスの脇腹を狙う。

 しかしそれは、降り下ろしからの横薙ぎを繰り出したタキオスに防がれて鍔競り合うだけに終わる。

 

「フッ――!」

 

 その状態から、タキオスの顔面目掛けて【是空】より放たれた雷速弾『イクシード』。

 それを平然と『絶対防御』にて弾き返したタキオス。余裕の表情を見せる男に、蒼茫の焔を纏う【聖威】の、防御無視の『フレンジー』を叩き込む。

 

「チッ――実はロボットかなんかじゃねぇだろうな!」

 

 その一撃が直撃して尚、覇王は揺らがない。痛みを堪える為の息を吐く事すらない。

 

「……成る程な。防御を破るのでは無く透り抜ける、か。確かにこれでは、どれ程に強力な防御機構を有していたとしても無意味」

 

 ただ、ニヤリと歪めた口角から滴った血に。僅かではあるが彼の体の内側……内臓にダメージを与えた剣撃、それに賞賛の言葉を贈る。

 

「そういう事だよ。そんでもって、どんなに強力な攻撃だとしても当たらなきゃ――ガハッ?!」

 

 その賞賛に皮肉を返そうとした、アキの左肩口から右脇腹に掛けて――血飛沫が走った。

 

「……巫山戯やがって、剣圧だけでこれかよ……」

 

 掠りもしていない筈なのに出来た傷痕を押さえて、呻く。本来であれば、精霊光により回復する筈の傷。

 

【傷が消えぬか…………このオーラの仕業だ】

 

 しかし、傷口に纏わり付いている漆黒のオーラが癒しを許さない。寧ろ加速度的に、傷から生命力が失われていくようだ。

 そしてその密度はやはり、アキのダークフォトンで中和できる密度を超えている。

 

【情けない……せめて、我が万全の状態にあれば――】

(ハ、確かに情けねぇ……)

 

 歯噛みする【聖威】の意思に、同意を返す。その、余りの不甲斐なさ振りに。

 

――強ェ……こんなに強い奴が、神剣宇宙(そと)にはまだまだ居るってのか。ハハ、俺も強くなったつもりだったんだが……井の中の蛙だったって訳だな。

 

(全く、不甲斐ない戦いをしちまったぜ……悪ィ、フォルロワ――――此処からはいつも通りだ)

【アキ……】

 

 失血を物ともせず、再び【聖威】と双剣小銃【是空】を構え直す。その歪な二刀流、それは――――

 

「フ……やはり、好む武器は似るものか」

 

 相対するタキオスには、それぞれがかつて戦った――――別々の神剣の担い手を思わせた事だろう。

 

「いつも通りに、卑怯上等でいくぜ――――!」

 

 気合いを入れ直し、戦域の把握による有利化『制地』を行って。意気軒昂、気負い無く眼前の強敵に向き直る。

 【是空】が纏う、漆黒のダークフォトン。実体化した反物質の双刃剣が空間を歪める。

 

【はは……単純な男だな、こいつは。だが、だからこそ――――馬鹿は強い、か……】

 

 そしてそれは、彼の右手に握られた巨刃剣【聖威】も同じ。

 

【よかろう、行くぞアキよ――――このフォルロワの全力を以て、アシストしてやる!】

 

 周囲に満ちるマナをその剣身に凝縮させた、物質化したオーラフォトンの両刃が空間を軋ませた。

 

「戦いはシンプルが一番だ……先に致命傷を与えた方が勝つ」

「全くだ……ハ、テンション上がってきたぜ……」

 

 この二人は正に好対照と言える。パワーとガードに秀でたタキオスとスピードとテクニックに秀でたアキ。

 互いに、その極致に在る者なのだ。

 

「「…………」」

 

 睨み合う両者、その間に流れる緊迫感。呼吸すら隙となり得る、極限状態での対峙。

 

――っても俺の"最速"には『質』じゃなくて『量』で限界が有る。"最速"は無限光を圧縮したモノだ……『エターナル・リカーランス』を創った今、源泉『生誕の起火』は種火くらいしか残ってねぇ……!

 

 だからこそ、輪廻龍の斬刃は――――残る力を振り絞るようにアキの目前に現れ、【是空】へと装填された。

 

――言った筈だ、出し惜しみ無しだと。そう、汚かろうとなんだろうと……俺は俺のエゴで、自分の護りたいものだけを護り抜く!

 

 ほんの刹那のようにも、遥か永劫のようにも感じられた対峙は。

 

「「――――ッ……!」」

 

 足場を踏み砕きながらの跳躍で、二頭は決着の為に交差した――その刹那、根源に激震が走ったのだった――――――――!

 

「何だ、これ――」

 

 その激震は、天地の区別すら無く。時空すらも揺るがす程に強烈で痛烈なもの。おおよそ想像出来るモノを超える揺れは、生きとし生ける者の全てを恐怖させて尚余り有る。

 思わず、目前の脅威に注意を払う事すらも忘れてそんな間の抜けた呟きを漏らす。

 

 決定的な隙、彼が最も嫌う筈の……無策の境地。

 

「――知れた事だ、この時間樹が枯死しようとしているというだけの事よッ!」

「……ッ、グゥゥッ!」

 

 そんな隙を見逃すようなタキオスではない。気付いた時には既に、不可避の距離まで踏み込みを許していた。

 振り下ろされた【無我】の一撃を、交差した【聖威】と【是空】で真正面からまともに受け止める形となって、踏み締めた足が地面に減り込む。

 

「……『時間樹の枯死』だと……ッ? 莫迦な、創造神を倒したところで存続に影響は出ない筈だ……!」

「だろうな。だが……それはあくまでも『今、滅ぼそう』という意志が無くなっただけの事だ。次なる『破壊者』が、貴様の仲間達よりも早く『星天』へと辿り着いたのだろうよ」

「……ッ……クソッタレが……!」

 

 直ぐさま全身の筋肉に乳酸が溢れ、心臓が拍動(ひめい)を上げる。会話しているだけでも息が切れて、意識が飛びそうになった。

 

「あまり失望させてくれるなよ、アキ……ただでさえ四半世紀近くも待たされたのだ、満足のゆくまで愉しませて貰わねば割に合わんというものだ」

「なんッ……だと? だからテメェ、俺の、何を……ッ!」

 

 更に篭められた豪力により脂汗が吹き出して、遂には片膝を折って堪えるしか無くなる。

 アキの"永遠神銃(ヴァジュラ)"は、彼の魂と言っても過言ではない。"永遠神銃"が折れるまでアキが屈する事は無く、彼が屈するまでそれが折れる事は無い。

 

「フン……まだ気付かぬか。この顔を見れば、直ぐに気付くと思っていたのだが……所詮、肉親の情などその程度か」

「……な、に……?」

 

 昏い愉悦に満ちたタキオスの言葉に、アキは無防備な素顔を見せた。悪辣な仮面(かお)などではなく、生まれながらの……酷く脆くて、無垢で真摯な顔を。

 自身の生存にすらも疑問を抱いて止まない、余りにも弱過ぎる素顔を曝して硬直する。

 

「気付かぬならば、教えてやる。貴様は俺の血を――」

「――黙れェェェッ!」

 

 激昂故の火事場の馬鹿力という奴か、言葉が終わる前にそう叫んで妨害しながら――タキオスの剛力を押し返して斬り払う。

 もし『ソレ』に続く言葉を聞いてしまえば、最早"天つ空風のアキ"が立ち行かなくなってしまう事を……本能的に感じ取った為に。

 

【落ち着け、アキ! 奴の挑発に乗るな――】

「消えろ、俺の目の前から……マナの塵の一ツも残さずに――!」

 

 フォルロワの制止も届きはしない。残った全てを搾り出して、空間を歪めながら煌めく黒曜石色のダークフォトンを解放する。左の【是空】を、トンプソン・コンテンダーに変えて。

 その反物質の渦を、身に纏う。圧倒的なマナを以て、自らの『限界突破』を試み――

 

「ふ、この程度ではないぞ。本物の力を……貴様に味あわせてやる。征くぞォォォッ!」

 

 それに対して、タキオスはやっと『両手』を使って神剣【無我】の柄を握り締めて足元に発生させている魔法陣を瞬かせる。

 

「肉体の限界を超える……力を求めた結果、俺は此処に辿り着いた……ウォォォォォォォォォッッ!」

 

 それは『輝き』ではなく『陰り』、染み入るようにタキオスの強靭な躯に吸収された漆黒のオーラフォトンは臨界を超えて波動となり放たれ――彼に圧倒的な身体強化を齎し、彼の肉体にもまた、『限界突破』を可能とした。

 幾重にも鬩ぎ合う、昏く澱んだ闇の波。その轟音の合間を縫い、限界を超えて強化されたタキオスの――――

 

「『成人式』という奴だ、この俺を超えて見せろ。さぁ、来い――我が『息子』よ!」

「黙れ――――俺の『親』は、時深さんだけだァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 タキオスの嘲笑と、アキの悲鳴。そして『エターナル・リカーランス』と『空間断絶』にて斬り裂かれる、時空の断末魔が響いた――――!

 

 

………………

…………

……

 

 

 情報と実体の入り混じるこの世の始まりたる根源回廊の闇の中を走り続ける望達、何体ものナル化存在を倒しながら漸く辿り着いた『星天片・モモタイ』。

 此処まで来れば、流石にもう誰も一言も言葉を発しない。ナルカナでさえも疲労の色を浮かべているのだ、他の面子は一様に荒い息を吐いていた。

 

「『星天』まであと、もう一息よ。あそこにある種子……ログ領域の基礎に潜入できれば、滅びた世界を作り直せる」

「ああ……元々の世界も、その他の世界もだ。あと一踏ん張り……もう一休みしたら頑張ろうぜ、皆」

 

 望の叱咤にも、皆少し頷いた程度だ。疲労はピーク、その後少しが果てしなく遠く思えた。

 

「「「「「――――――――!?」」」」」

 

 その刹那に、根源を襲った激震。時間樹の悲鳴を思わせる揺れに、一同は一斉に表情を凍らせて。

 

「――あら、残念。今回はあの子、居ないのね」

 

 深奥からゆっくりと……彼等の進むべき闇の中から溢れ出すような声と白い聖衣にもう一度、驚愕を示す。

 それを見たナルカナが、げんなりした様子で口を開いた。

 

「本当にしつこいわね……まだ分体が残ってたってわけ。これだから外部から来たエターナルって面倒なのよね」

「あら、ご心配無く。他の私は、ぜーんぶ『喰べちゃった』から……もうこの時間樹にいる私は私だけよ。それにしても……ひい、ふう、みい、よ、いつ、むぅ……半分しか来てないのね、足りるかしら」

 

 燃え立つ焔のように紅い髪、絹の如くきめ細かい白磁の肌と……奈落を思わせる虚ろな瞳がナルカナとユーフォリアを捉えて、ニタリと微笑んだ。

 

「うふふふ……でも、まぁ良いわ。メインディッシュに、【叢雲】とお嬢さんが有るだけでも」

「……"最後の聖母イャガ"!」

 

 【悠久】を構えたユーフォリアの声にも、イャガはさしたる反応も示さない。

 ただ悠然と、戦闘の準備を整える彼等を見渡しているだけ。

 

「美味しそうな子ばかり……ふふ、悩むわね」

「やれやれ……どうやら私達は歯牙にも掛けられていないようだな」

 

 神剣【慧眼】を手にしたサレスの、不愉快そうな言葉にも頷けようというもの。

 それはまるで……否、正しくケーキバイキングに来たOLのように。どれからどう食べようか、それを悩んでいる。

 

「全く……最後の最後で特大の邪魔が入ったか」

「マスター……」

 

 【暁天】を構える絶が漏らした、不平。だが、それも仕方ない。今の状況では……まともな戦いになるのかすら、怪しい。

 

 ナルカナが舌打ちしながら辺りを見渡す。いつしか集まっていた、ナル化存在どもを。

 その絶望的な状況に、沙月も希美もカティマもルプトナもナーヤも表情を強張らせていた。

 

「……泣き言なんて言うなよ、絶……空達はあんな状況でも自分の役目を果たしてくれた。だったら俺達だって何が何でもコイツを倒して、『星天』に辿り着くんだ! 帰りを待ってくれてる、皆の為に!」

 

 しかし――そこに再度、檄が飛ぶ。その声の主こそは世刻望、両手に構える双児剣の銘は【黎明】。希望の朝を告げる、白き光の名を冠する永遠神剣。

 

「ノゾム……うむ、それでこそ吾の主だ!」

 

 そして神剣【黎明】の象徴である守護神獣『天使レーメ』が、主の檄に応えて『セレスティアリー』を発動する。

 天界の煌めきと共に舞い散る天使の羽、それに触れた者皆に活力を与える金の光を。

 

「……ハハハ、全くだな。だが望、主人公の役目はこんな奴の相手をする事じゃない」

「イエス、マスター……全力で行きます!」

「そうだな……私達は足を止めては居られないんだ」

「そうです、イャガはあたし達が倒しますから……」

 

 その金光に、続く声三つ。同じく絶望の夜を切り開く銀色の夜明けの名を冠する永遠神剣【暁天】を自然体で構える絶と、森羅万象を見通す瞳の名を冠する【慧眼】を開いたサレス。

 そして、遥か久しく永い刻の名を冠する永遠神剣【悠久】を構えたユーフォリアの三人が、イャガの進路を塞ぐ。

 

「望ちゃんは沙月先輩とナルカナと『星天』に行って」

「はい、望……此処はどうか、私達に任せて下さい」

「こいつらは、全部纏めてボクらがぶっ飛ばしちゃうからさっ」

「時間樹救済はお主らに任せるぞ、のぞむっ!」

 

 そしてその正反対の側……出口に。穢れ無き月光を象徴する【清浄】、安息の宵闇を象徴する【心神】、命を育む水を象徴する【揺籃】、陰を払う火を象徴する【無垢】の四本が向けられる。それぞれの永遠神剣を構え、希美とカティマ、ルプトナ、ナーヤは三人を守るように……後方を遮るナル化存在達と対峙する。

 

「ええ……分かったわ、皆。さぁ、行くわよ、望君、ナルカナ!」

 

 それを受けて、邪悪を退ける輝きを象徴する【光輝】を構えた沙月が二人を促す。

 そして先陣に向けて投げナイフのように『ヘヴンズジャベリナー』を投擲した。

 

「皆……頼むッ!」

「とっとと追い付きなさいよっ!」

 

 その後に希美達が切り開いた活路に向けて、駆け出した望達。

 その三人の後ろ姿に向けて――

 

「あら、行かせると思う?」

 

 次元跳躍により現れたイャガが、無防備な望の背中に向けて『祓』を繰り出す――

 

「――させるかッ!」

「お前の相手は……」

 

 その【赦し】の刃を、サレスの風の防楯『ディバインブロック』と絶の日本刀の技巧『巻き落とし』により防ぎ。

 

「――あたし達ですっ!」

 

 白と青の属性を持つユーフォリアの『パーフェクトハーモニック』の光刃が、イャガに振るわれた。


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