サン=サーラ...   作:ドラケン

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運命の輪 宿命の轍 Ⅰ

 激震し、枝葉を崩れさせつつある時間樹を眺めながら……白き“法皇テムオリン”は不満げに【秩序】の杖を握る。そこからは――――有るべき『手応え』を感じられなかった。

 

「ボー・ボー……一体何のつもりですの? 折角、時深さんに引導を渡すチャンスでしたのに」

「だから何度も謝っているだろう、それに我は戦いが苦手でな……初めて共闘するお前とでは、連携がとれなかっただけだ。他意はない」

 

 その琥珀色の瞳が、剣呑な視線を隣の三本腕の大男に向けられる。しかし、大男は丸形のサングラスの位地を直し、額にある三つ目の瞳を彼女に向けて嘯いたのみ。

 

「……そういう事にしておいてあげましょう。何にせよ、時深さん以上の『時朔』の能力を持つ貴方の【無限】で未来に飛ばされたのですから……暫くは戻ってこれないでしょうし」

 

 気を取り直したのか、普段通りの余裕を取り戻し、時間樹の断末魔に耳を傾ける。

 まるでクラシックでも聞くように、悪趣味にもうっとりと瞳を閉じて。

 

「テムオリン様……只今戻りました」

「ご苦労様です、タキオス。それで、仕上がりは如何かしら?」

 

 ゆっくりと揺らした【秩序】から招聘した、巨大なマナ結晶。それから『復活』した“黒き刃のタキオス”の言葉を待つ。

 

「『予定以上』……です。まだまだ青いですが、十分に戦力にはなりましょう」

「ふふ……貴方がそこまで評価すると言う事は、少なくとも前回連れていった三匹よりは使えるでしょう。まぁ、生まれたばかりでそれなら……」

 

 恭しく(かしず)いたタキオスの言葉に、テムオリンは満足そうに頷いた。そして、隣で気の無い振りをして聞き耳を立てている大男に悍ましいまでの微笑みを向けて。

 

「これで――――新たな『盟主の器(おかざり)』、今は()()()()()原初神剣の『位』に滑り込むもの……【輪廻】とその担い手が手に入りましたわねぇ、“()()()()()()”ボー・ボー?」

「……何か勘違いしているようだが、我の二つ名の由来は我自身が『何度完全消滅しても発生した瞬間に戻り、別の結末を目指す』からだ。一度も同じ結末は無く、また、納得した結末も無いがな」

「そういう事にしておきますわ。それで、今回はどうですの? 満足出来そうなのかしら?」

 

 クスクスと嘲笑う声に、ボー・ボーは溜め息を吐いたのみ。だがそれ程に気分が良いのか、はたまたそれで意趣返しに満足したのか。テムオリンは再び、滅びに瀕する時間樹へと目を向ける。

 恍惚と、興奮に口許を歪めて。紅く小さな舌で、チロリと舌舐めずりをしながら。

 

態々(わざわざ)、この時間樹エト・カ・リファに私の『遊び場(クラインの壺)』を混入させて長い時間と労力、資財を掛けた甲斐がありました……やっと、やっと“全ての運命を知る少年”と“宿命に全てを奪われた少女”を滅ぼしうる『(ブレイド)』が仕上がりましたわ……あの目の上のたん瘤ども、『無駄に強いだけの巨人を殺す為(ジャイアントキリング)』の刃が」

 

 更に歪む表情は、憎悪と歓喜。煮え湯を呑まされた者達への害意に充ち溢れた表情を隠す事もなく、新しい玩具を手に入れた……見た目通りの子供のように。

 

「本当に――――親孝行な話ですわ。うふふふふふ………………」

 

 

………………

…………

……

 

 

 根源回廊の深遠の、更に底。無数の剣が突き立つ通路を駆け抜ける四人の影。文字通りこの時間樹の根源である『生命泉・ヒノサラ』と『無限光・コトギマ』、そして『無銘刃・フワラナ』を越えた、その先に……『星天』の座は存在した。

 

 辿り着いたのは、神剣【黎明】の望とその守護神獣の天使レーメ。【光輝】の沙月と【叢雲】の意志たるナルカナ。

 

 此処に至る迄にも、壮絶な戦いがあった。待ち受けるナル化存在達との戦いを、思い返す仲間の声に背を押されて戦い抜いたのだ。

 最早、満身創痍等という言葉すら生温い。そんな中で、望は懐から……この戦いに臨む前に、信助達に貰った懐中時計を開いた。

 

「……時間樹の崩壊まで、あと一時間を切った……間に合うのか?」

「ギリギリってとこね。まぁ、辿り着きさえすればなんとでもして見せるわよ」

 

 道々ナルカナに聞いた、時間樹の崩壊まで掛かる時間を逆算して……顔をしかめる。

 確かに、危うい。このまま進んで、ギリギリと言ったところか。

 

「――うふふ、そう簡単にいくのかしらね?」

「「「「――――!」」」」

 

 突如として響いた声に彼等は心臓を凍らせ、振り向く。

 そこに存在したのは――――

 

「そんな、嘘……イャガ!」

 

 沙月の悲鳴に、彼女は薄く笑う。悠然と立つ……薄い紗だけを纏った女が。

 

「一体どうやって……」

「あら、簡単よ。私は()()()()()()()()()()()()()()()、あの娘達に任せてきたの」

「っ……あんた、まさか――――!」

 

 冷や汗を浮かべたナルカナが、イャガの背後に続々と現れる数体のナル化存在を見遣る。それらが『()()()()()()()()()()()()()()』事から、ナルカナはある結論に達したのだ。

 

「――――原初より終焉まで! 悠久の刻の全てを貫きます!」

 

 刹那、ナル化存在達の背後から駆け抜けた蒼き流れ星。『ドゥームジャッジメント』により、イャガとナル化存在は纏めて貫かれた。

 そしてそれを成したユーフォリアが、望達の前に降り立つ。

 

「ごめんなさい、皆さん……遅くなりました」

「ユーフィー、他の皆は!?」

「ナル化存在の数が予想以上に多くて……あたしだけしか抜け出せないから、って……」

 

 濛々と立ち上る粉塵と、濁った黒い霧。それに向けて隙無く大剣に戻した【悠久】を構えながら、辛そうな表情を浮かべたユーフォリア。

 元より責任感の強い彼女だ、仲間を置いてくると言う行為に何も感じない訳がない。つまり――――それをやらなければならないと判断した程の状況なのだ。

 

「んふっ……うふふふふふ」

 

 その睨み付ける先から、哄笑が響く。酷く邪悪で、醜悪な笑い声が。

 

「ああ……本当に美味しいわ。こんなに美味しいものを見逃してたなんて、本当に惜しい事してたわ」

 

 薄ら笑いを張り付けて振り乱す、無垢と言っても良かった薄絹(ヴェール)襤褸(ぼろ)のように。沸き立つ、死んだナル化存在のナル化マナを貪り喰いながら――

 

「やっぱり……あんた、ナルを!」

「ええ――呑み込んだわ。貴女のナル、この私が」

 

 本来、マナ存在であれば呑み込まれる一方である筈のナルを逆に呑み込み、制御してのけた秩序の永遠者(ロウ・エターナル)“最後の聖母”イャガ――――否、虚無の永遠者(ナル・エターナル)“ナル・イャガ”は、白目を黒く変色させて血涙を流した、腐敗した魚のような真紅の眼差しで五人を見遣った。

 

「さぁてと、それじゃあ始めましょう。この世界の命運を賭けた戦いを、ね」

 

 空間跳躍で一行の進行方向に陣取り、恍惚とした表情で呟いたナル・イャガ。その呟きに、一同は表情を硬くしながら永遠神剣を構える。

 この超越者を倒さなければ、先に進む事は敵わないと本能で悟った為に。

 

「……ここまで、ね。行きなさい、望、沙月、ユーフィー」

「ナルカナ……何を言って」

「ここはあたしが引き受けるから、皆と合流して態勢を立て直して……こいつらを倒しに来て」

「馬鹿言わないでっ! あんた一人を置いて行ける訳無いでしょ!」

「そうだ、この我が儘神剣めっ! 吾らを侮るなっ!」

「そうです、それならあたしがイャガを引き付けますから……」

 

 突然のナルカナの台詞に、望達は再度驚きの声を上げる。確かに、今此処で一番余力を残しているのはナルカナだ。しかし、だからといって此処に彼女一人を残していくのは……死なせる事と同義だ。

 

「皆と約束しただろ、必ず帰るって! 俺達は、皆で!」

 

 当然、反駁する。望はナルカナの肩を掴んで引き戻そうとしたのだが――その体を強制力が制した。

 

「あのねぇ……一体あたしを誰だと思ってる訳? 第一位神剣【叢雲】の意志のナルカナ様よ」

 

 第一位永遠神剣、【叢雲】の化身であるナルカナの強制力が。

 

「負ける訳無いでしょ、ずっと」

「……やめろ、ナルカナ……!」

 

 必死に抗おうとする望だったが、第一位の強制力には及ばない。

 その間にも、ナルカナはイャガを牽制しつつ転生と誕生の翼を召喚して二人を掴ませる。

 

「ずっと……待ってるからね、望……信じてる」

 

 その笑顔と共に脳裏に去来する、神代の一幕。ジルオルとしての彼が体験した、ナルカナとの別れの情景が重なる。

 全身全霊を籠めて肩を掴んでいた望の手を、ナルカナの手が解き……実に名残惜しそうに、一本ずつ指を離していった。

 

「……ナルカナァァァァッ!」

 

 その叫びに、ナルカナは答えない。飛び去るフェニックスに背中を向けたまま――

 

「あら、そう上手くいくかしら?」

「いくわよ、あんた如き――あたしだけで、十分!」

 

 差し出されたナル・イャガの左手。しなやかに、竪琴の弦でも弾くかのように動いたそれに感じる、吐き気を催すような悪意。

 即座にナルカナは両の無刀の手に、叢雲(おのれ)の影とオーラフォトンを纏いながら――――渾身の『イモータルミラー』でナル・イャガの攻撃を弾こうと試みて。

 

「――しまった、みんな逃げて!?」

 

 その狙いが自分ではない事に気付き、強制力を解きながら背後の望達の方を守ろうとして――――

 

「――遅いわね」

「望ぅぅッ!」

 

 目前で、まるで電源の落ちたテレビの画面が消え去るように。一筋の光すらない闇が、望達を呑み込んで顎を閉じた――――……!

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 星天根の中程。発光する巨大な剣の林立するその足場、剣の影から飛び出してきたナル化存在達。既に人格もナル化マナに冒されているのか、凶相を浮かべて奇声を発しながら永遠神剣を振り回すそれら。

 

「チ――邪魔だ!」

「つうっ……」

 

 特攻を掛けてきた青と黒。『ヘブンズスウォード』と『飛燕の太刀』を、絶は『絶妙の太刀受け』、希美は『ディバインブロック』で迎撃する。

 

 弾け、混ざり合うマナと漆黒のナル化マナ。これが、ナル化存在の厄介なところだ。熱に浮かされた狂戦士のような特攻精神、そしてマナを浸食するナル化マナ。

 純粋なナルと比べれば幾分マシだが、ただ打ち合うだけでも精神と体力を削られる。『生誕の起火』を持たず、数的にも劣る彼らにはかなり厳しい状況だ。

 

「今じゃ――当たれぃ!」

「――ハァッ!」

 

 その隙に、青に向けてナーヤが『インフェルノ』、黒に向けてサレスが『ページ:ハリケーン』を放ち、消滅させる――迄には至らず、吹き飛ばしたのみ。

 

「そうそう好きにはさせないっての――――アローーっ!」

 

 更に、奥に控える赤が詠唱を終える。その術式は『スターダスト』、仲間や自身の安全性すら考慮していない広域殲滅呪文に、ルプトナが『アイシクルアロー』を射出する。

 

「――あ、あれっ?」

 

 前に、青が予め設置していた『アイシクルアローα』により『アイシクルアロー』を射ち落とされた。そして目立つ行動をした為か、赤はルプトナに狙いを絞る。他はどうあれ、もはや彼女だけは直撃を免れ得ない。

 

「――来なさい。【心神】のカティマの名に懸けて……迎え撃ちます!」

 

 天より降る、燃え盛る隕石を思わせる純粋な赤マナの塊。それに狙われたルプトナを、迷わず一同は護りに入る。唯一間に合ったカティマの『威霊の錬成具』により、せめてもの減衰を期待して――――

 

「根源を統べるマナよ、深き眠りの淵に沈め――エーテルシンク!」

 

 空中で青い光に撃ち落とされ、消えていく様を見た。

 

「二分十秒、また世界を縮めたのはともかく――――悪い、遅くなった。全く、この俺がメーンイベントに遅刻し掛けるたァね」

「うっ……うぷ」

 

 けたたましいバイクのスリップ音を立てながら、その目の前に滑り込んだ――――後部座席に、真っ青な顔色で口許を押さえているイルカナを乗せた龍騎兵(ドラグーン)の姿と共に。

 銃形態の【是空】を向け、仲間に……悪意から、治癒魔法『スウィーンサンセット』を掛ける緑を捉える。捉えた刹那、その頭が『オーラショット』で弾け飛んだ。

 

「下世話は止せやい、今から――――等しく楽に(ブッ殺)してやるンだからよ」

 

 悪辣に笑いながらバイクを降り、【是空】と【聖威】を構える。その体を無限光を根源力にて物理的障壁とした『ハイパートラスケード』が覆う。

 それすら意にも介さず、白が『インスパイア』にて味方の能力を底上げする。無論、仲間意識からではない。ただ、目の前に現れた『今までで最も憎い存在を殺す為の打算』で。

 

「悪いな……てめぇら如き、親父(アイツ)と比べりゃあ驚異でもなんでもねぇ」

 

 それをも、全く意に介さずに。アキは【是空】をスピンローディングして――――

 

「マナよ、我に従え――――上位世界への門を開き、創世の星震となれ」

 

 剣身(バレル)の隙間に滞留する無限光を基点に展開される、黄金の魔法陣。その術式に、理性を失っている筈のナル化存在達は一斉に『チルバリア』、『イミュニティ』、『カースリフレックス』、『オーラフォトンバリア』を展開。

 続く、アキの神剣魔法に備え――――

 

「あばよ――――ハイペリオンスターズ!」

 

 それが直ぐに、無意味だと知る。虚空に描かれた神言詠唱、そから放たれた――――万物を昇華する恒星の煌めきに。

 ナル化存在達は、ナル化マナの一片すらも残さずに蒸発した――――…………。

 

 

………………

…………

……

 

 

 根源の一区画、見えていたナル化存在だけではなく隠れていた個体も含めて、三分の一を吹き飛ばした

 その威力に、残されたナル化存在達は一斉に退却を始める。狂っているなりに戦術があるのだろう、暴力を一つに纏めるつもりなのだろう。根源の最下層、『星天』の前にある一本道を目指しているらしい。

 

「……兄上さま、いつか事故を起こしますよ」

「スピードイズパワーが信条でな」

 

 イルカナの諫言を無視し、アキは振り返る。ゆるりと、家族達へと。

 

「全く、あんな雑魚どもに梃子摺ってンなよ。幻滅するぜ、実際」

「なっ、なんだと~! 空の癖に生意気だっ!」

 

 真っ先に食って掛かったのは、やはりルプトナ。伊達に腐れ縁(しんゆう)の一人な訳ではないのである。

 へたり込んでいたのも忘れたのか、【揺籃】で足場を踏み締めて。どすん、と前蹴りをアキの太股にかます。

 

「あはは……まるでヒーローとヒロインの再会だね」

「ええ、全くです。ルプトナ脱落、と」

「よし、一人競争相手が減ったのう」

「はは、お似合いだぞ」

「少女漫画のワンシーンみたいだったな」

 

 そんな彼等に、漸く気を取り直した希美達が軽口を叩いた。

 

「な、何言ってんだよ皆っ! アキみたいなアホなんて眼中無いに決まってんじゃんか!」

「イッテ! 莫迦ヤロ、俺の方こそ、テメェみてェなジャジャ馬は願い下げだぜ!」

 

 軽い『グラシアルジョルト』を食らう羽目となり、蹴られた太股を抱えてケンケンするアキ。懐かしい触れ合いに、思わず胸が詰まりそうになりながら。

 

「さて――で、俺のお姫様の姿が見えねェンだが……」

 

 半ば冗談めかした物言いで、アキは周囲を見渡した。こういう時、他の誰よりも先に飛び付いてくる筈の――ユーフォリアを探して。

 

「ユーフィーなら、イャガとか言うのを追っかけて先に飛んでったよ」

「情けない話だが……俺たちでは、ナル化存在を引き受けるだけで精一杯だった」

 

 ルプトナと絶が、申し訳なさそうに口を開く。無論、他のメンバーも一様に同じ表情だ。一番厄介な相手を任せてしまった不甲斐なさに。

 

「そうか……じゃあ、俺はもう一走りしてくる。お前らは、後から来る皆と合流してから追い掛けてきてくれ」

 

 それに、掛ける情けなど無い。否、有ってはならない。弱さに妥協するのは、間違い以外の何者でもない。

 だから、突き放して。背中を引っ叩く――――追い風のように。

 

「あ、兄上さま、今度は……安全運転を」

 

 後部座席のイルカナが、再びバイクに跨がったアキへと言葉を向けた――――刹那、甲高いアクセル音が響いた。

 

「え――――何だ、ルカ?」

「……これさえ無ければ、いい人なのに」

 

 それに、イルカナはがくりと肩を落としたのだった。


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