サン=サーラ...   作:ドラケン

91 / 95
その全て 聖なるかな Ⅱ

「痛みも不安も、全て私が引き受けるわ――――その為に、私は此処に居るの」

「くっ――ここまでの力の差がある?!」

 

 『デュアルエッジ』を見舞うべく疾駆したノゾムが、『痛み』に捉えられた。三発の赤い光に肩、胸、腿を抉られて動きが止まる。

 

「幾ら食べてもお腹が満たされない……これって、切ないのよ?」

 

 そこに、再び『業を喰うもの』が放たれた。

 

「しゃらくせェ――薙ぎ払う!」

 

 それをオーラの銃撃『ドーンペイン』により、ノゾムが反応出来ない初撃だけを撃ち落とす。辛うじて『オーラフォトンシールド』を展開したノゾムが、見えない牙の渦に呑み込まれて見えなくなる。

 それを尻目にアキはループレバーを操作してリロード、ナル・イャガの脳天を狙う――――!

 

「ふふ、そんな遠くから攻撃しなくても。随分と嫌われちゃったわ、私は貴方が『大好き』なのに」

「ハ、白々しい……『大好物』の間違いだろ?」

「ええ、勿論よ。そこのお嬢さんより、良い思いをさせてあげられる自信はあるのだけれど」

 

 『ポイズントゥース』の連射を、『精霊光の聖衣』が弾く。その圧倒的な質量は、生半可な攻撃では傷も付きそうにない。

 自らの防御に余程自信があるのか。ナル・イャガはクスクスと笑いながら、アキへと妖艶な笑顔を向けた。

 

「欲しがってるの、私の『子宮(ここ)』が……貴方のモノで、満たされたがってる」

「あ――――貴女は、何を言ってるんですかっ! お兄ちゃん、こんな人の言う事、真に受けちゃ駄目だよ!」

 

 剥き出しの下腹部に手を当て、さながら男を誘う娼婦のように。

 それに真っ先に反応したのは、顔を赤くしたユーフォリアだ。中距離からサーフボード状に変形させた【悠久】に乗り、『ルインドユニバース』を繰り出す。

 

「言われなくてもこんなメンヘラ女は願い下げだし、(オレ)には(アイ)(ユーフィー)もとっくに予約済みだ――――!」

 

 そのユーフォリアを支援し、アキは徹甲弾『ディアボリックエディクト』に弾頭を切り替えた。

 

「終わりに……しようぜ――――!!」

 

 ペネトレーション効果を持つその弾は、プロテクション効果を持つ『精霊光の聖衣』すら貫通してナル・イャガに到達する。並みの存在ならば、これでケリがつく一撃だ。

 

「あら、ちっとも痛くないわ……おかしいわね」

 

 しかし、『精霊光の聖衣』は並みではない。破壊されても尚、通常の防御として効果を発揮した精霊光の盾により……腹に傷が出来たのみ。

 

「行くよ、ゆーくん!」

 

 そこに『ルインドユニバース』が見舞われる。あとほんの数メートル、その距離で――――

 

「っ!」

 

 凄まじい悪寒を感じたユーフォリアは、【悠久】の軌道を無理矢理に変えてナル・イャガを回避した。

 

「――――きゃあっ!?」

 

 そのユーフォリアに追い縋るように、『業を喰うもの』が虚空に渦を巻く。何とか躱し続けてはいるが、このままではジリ貧なのは火を見るより明らかだ。

 

「ユーフィー!」

「そんなに心配しなくても、皆、ここで一つに成れるわ。だって、生命の行き着くところは生命の始まるところなんだから――――」

 

 それに気を取られた僅かな隙を、ナル・イャガは見逃さない。

 にこりと笑い、腹を撫でていた右手を――――ぞぶりと、銃創から腹の中に突き入れた。

 

「さぁ、こっちにいらっしゃい。生命の海にお帰りなさい――――」

「――――なっ!?」

 

 その右手が、アキの首筋を掴む。壮絶な力で引き寄せられるように、アキを中心に――――肉色の球体が展開された。

 

「そして、私と――――世界を、創りましょう!」

 

 それこそは、反転したナル・イャガの子宮。『子宮回帰』によりアキは、『()()()()()』へと還っていく。

 

 

………………

…………

……

 

 

 飲み込まれた、と感じた時にはもう遅い。辺り一面に蠢く肉の檻は、確かな圧力を持って彼を分解しようと……細胞の一つ一つをその腐海に呑み干そうとしている。

 ここは、全ての命を飲み込むナル・イャガの子宮の内。ならば頚に食い込む彼女の右手は、命を吸い出す臍の緒か。

 

――クソッタレ……このままじゃ、生誕の起火が持たねェ……!

 

 ナルの浸食に耐えていられるのは、種火とはいえ『侵されない力』である生誕の起火があるからだ。しかし、それも程なく尽きる。

 一体どうすれば、指先一つ動かせないこの深海の如き圧迫の中で、残り僅かな『起火(酸素)』を長引かせられると言うのだろう。

 

『何を貴様らしくもない……この程度の理不尽で!』

『信じてあげなさい、貴男の……いいえ、『刃位(あなたたち)』の力を!』

 

 そんな今際(いまわ)(きわ)に、二つの声が響く。他ならぬ、自らの左手に握る『刃』から――――『重圧のベルバルザード』と『雷火のエヴォリア』の声、そして『力』が伝わった。

 

――何だよ、俺にはお前らだけか。全く、クリストの皆にも期待してたんだが。

 

『あら、悪かったわね。こっちだって、あんたなんかに会いに来たくはなかったわよ』

『クリスト族もセトキ達に力を渡している。人徳の差、だろう。貴様には、我らが居ただけでも有り難く思え』

 

 家族を前に、いつも通りの空元気を出す。そんな彼に、二つの意思はいつも通りの憎まれ口を返して。

 

『こっちのナル存在は片付いたわ。後は、貴方達が相手にしてる奴だけよ』

『しかし、他の連中は疲労とセトキ達に力を渡したせいで動けぬ……龍騎兵(ドラグーン)――――貴様らに、時間樹の命運が懸かっているのだ』

 

 叱咤と共に、力が流れ込んでくる。それは、アイオネアのエーテルを介した『マナリンク』のようなもの。

 そして、流れ込んだその力が『()()』を理解した時には――――もう、遅いのだと覚悟を決めた。

 

――ああ……少し、自分が悪党だって現実を忘れちまってたぜ。

 

『あはは、じゃあ、死人は死人らしく『輪廻の轍(マナ・サイクル)』に還るとするわ……代わりに、あたし達の夢を叶えて』

『左様……我ら『光をもたらすもの』の存在理由……『時間樹の永続』を――――』

 

 受け取った『生命』の温もりと同じくらい、心が軋む。それは、その痛みこそはエヴォリアとベルバルザードが生きていた……そして、“天つ空風のアキ”が生きている証。

 それを、こんな醜悪な世界に飲み干させるなど――――この悪党が、赦す筈がない。

 

――任せとけ……出し惜しみなんて、莫迦な考えしちまった。そうだ、俺は……『刃位(おれたち)』は、斬り拓くための存在だったよな!

 

 消えていく声に、決意を返す。リンクが断たれた為、もう声は聞こえなかった。

 

【はい、そうです……わたし達、『生命』の持つ力――あらゆる苦難を乗り越える意志の力を。その体現たる、『未来を斬り拓く、人という名の刃』を!】

 

 故に、『刃位(人意)』であると。全ての命の濫觴が微笑む。勿論、ここで言う『人』とはホモサピエンスの事ではない。確かな意志を持って、明日を斬り拓こうとするモノ達の総称である。

 『(じん)』と、『(ジン)』。それこそは、この男の担うもの。『天』でも『地』でもなく、その狭間の『空』に生きる『人』の持つ可能性という『刃』。

 

【漸く思い出しおったか、この阿呆め。よいか、ここまで来れば最早、永遠神剣の格の差など意味を成さん……勝敗を決するのは、己を信じ抜く『意志の強さ』だ】

 

――任せろ、ロワ……『壱志(イジ)』ッ張りで俺に勝てる奴なんざ、何処を探しても居やしねェさ

 

 圧迫に軋む身体に、力を籠める。ミシミシと、弾けてしまいそうな苦痛と恐怖がその身と精神を苛む。だが、その顔には狂暴なまでの笑顔。

 そして動かせぬ筈の右手が、ナル・イャガの右手首を鷲掴みにした。

 

 ……幾度となく、永遠神剣はその強大な力を持って世界を滅ぼし、人を殺してきた。だがしかしそんな永遠神剣をも、同じくらい幾度となく、何の力も持たぬ人間が討ち滅ぼした事がある。

 

――確かに、人は小さい。永遠神剣なんて言う大津波からすれば、取るに足らないさざ波なんだろう。それを否定は出来ない。何せ、その通りだからな……。

 

 ナル・イャガの右腕を握り潰さんばかりの担い手の気迫に応え、【輪廻】の刃……雨粒の落ちる水面の如く波紋の広がり続けるダマスカスブレードが、撃剣形態のまま上下に分かたれた。

 龍の顎門を思わせるその分割線からは【輪廻】の本体である黄金の無限光を宿す鞘刃(さや)が覗き、周囲を回転する三枚のハイロゥの速度が増すのに合わせて煌めきを増し――――やがて臨界出力を迎えると同時に鈍い音が響き、ナル・イャガの右腕がだらりと垂れ下がる。

 

――だが、人はそれを、『繋がり』によって乗り越えてきた。親から子へ、子から孫へ……友へ、恋人へ……伴侶へ、後継者へ。生まれ変わり、死に変わりながら――――連綿と!

 

 その刃が、黄金の嵐を纏う。嵐は更に巨大な刃となり、擂り潰そうと迫る抵抗をも斬り拓く。

 右腕の拘束を振り払ったアキは、【輪廻】を右の腰溜めに構える。さながら、獲物を定めた獣のように。

 

――いつの日か、その彼方へと辿り着く刻を夢見て、歩き続けること……それが!

 

「それが――――輪廻(サン=サーラ)だァァァァァァァァァッ!」

 

 横一線、水平に放たれた無限光(アイン・ソフ・オウル)の斬撃『シャイニングブレイカー』は、完結した生命の海を薙ぎ払った――――――――

 

 

………………

…………

……

 

 

「お兄ちゃん!」

「ふふ、少しずつ失われていく……後は、貴方達だけ」

 

 次いで隙を見せたのは、アキが肉の渦に飲み込まれたのを見たユーフォリア。その彼女と【悠久】を赤い光――――獰猛な牙のような、空間自体を咀嚼するナル・イャガのサポートスキル『禁句』が瞬く。

 

「空間を捻り、事象を歪ませる……ああ、この力は……まるで……」

「くぅっ……力を貸して、ゆーくん!」

 

 それにより『業を喰うもの』に追い付かれ、『ウォーターシールド』を破壊されて更なるダメージを受けた。幾ら第三位のエターナルと言えども、投げ出されてしまう。

 その落下点にて、ナル・イャガの左手の糸を紡ぐようなしなやかに動きに操られる胃界【赦し】の見えない顎は、今や遅しと待ち構え――――その刹那、『子宮回帰』の肉の渦を破裂させた黄金の瀑風に続き、六挺のウィングハイロゥの銃口から纏めて放たれた『オーラフォトンクェーサー』に薙ぎ払われた。それに因るものか、ナル・イャガはアキを捉えていた右腕と腸を喪い、勢いよく腐った血とナル化マナを打ち撒ける。

 

「うっ……くっ!」

 

 そしてクリアにされた石の足場に叩き付けられるところを、『子宮回帰』から脱出したアキが受け止める。

 

「お兄ちゃん……良かった」

「オイオイ、俺があんな中古品で果てるとでも思ってたのか? 折角新品のお前を予や――――」

 

 等と軽口を叩こうとしたその刹那、『業を喰うもの』が襲い掛かる。数にして、十五を越える顎が殺到し――――

 

「――――ハァァァァッ!」

 

 『業を喰うもの』を堪えきったノゾムが、【叢雲】と【黎明】の二本を用いた『デュアルエッジ』で全て、流れるように叩き斬った。

 

「ご苦労さん、今ちょっとユーフィーから手と目が離せなかったから助かったぜ」

「もう分かったから、時と場合を考えていちゃつけってバカップル!」

「妬くな妬くな、お前にも何時か解るって」

「そろそろ本気で怒るぞ」

「あ、あはは……」

 

 ユーフォリアを下ろして【悠久】を構えたのを見届け、【輪廻】を構え直したアキと【叢雲】と【黎明】を構えるノゾムと軽口を叩き合う。それで、互いに余力を残している事を確認し合う。

 

「あら、腕の感覚が……? もう、困ったわね」

 

 同時に、ナル・イャガの動向も。そのナル・イャガは、アキの『シャイニングブレイカー』で吹き飛んだ腸や腕を不思議そうに見詰めているだけだ。

 しかし、変化は直ぐに。その打ち撒けた血の染み込んだ足場から、漆黒の『怪物』が這い出してくる。

 

『…………』

 

 グズグズに溶けた、腐乱死体のような。辛うじて人の形をした、ナルそのもののそれは――彼女の守護神獣である次元くじら『パララルネクス』の成れの果て。最早理性も何もなく、ただ消滅の恐怖にマナを飲み込み続けるだけの『ナル化存在(ヴォイド・ナル)』だ。

 

「んじゃ、そろそろ決めようぜ、ノゾム、ユーフィー」

「だな……いけるか、ユーフィー?」

「勿論です!」

 

 今まで共に戦い抜いてきた戦友、積み上げられて来た交友により――――残る余力は、互いに最早、幾許(いくばく)も無いと。

 何より、ナル化存在の出現と同時に高まった場のナルの濃度と、ナル・イャガの足下から這い上がった負の生命を帯びる植物の蔓が焦燥を駆り立てた。

 

 そして――――三人が同時にマナを高ぶらせる。

 

「集え、マナよ……我に従いオーラに変わり、究極の爆発となりて敵を包み込め!」

 

 引き出すは【輪廻】の刃の内部、内包するは生命の源泉(レーベンスボルン)にして生命の樹(セフィロト)の果実。

 その無限の光を足下に黄金の魔法陣として、アキは右腕を突き出す。

 

「マナよ、オーラに変われ。光の奔流となりて、究極の破壊をもたらせ!」

 

 【悠久】を回転させながらマナを引き出しつつ右腕を突き出したユーフォリアもまた、足下に黄金の魔法陣を展開した。

 それはさながら――――宇宙創世の、原初の光。

 

「纏めて全部吹き飛ばす……出来なくはない! 見せてやれ、レーメ……これが、俺とお前の!」

 

 【叢雲】を握る右腕に青いオーラを纏いつつ、ノゾムは自身の守護神獣を招聘する。現れ出たのは、妖精の如き小さな少女。

 しかし、その姿は今までと違い、修道女のような服装となっていた。

 

(こころ)の輝きじゃ!」

 

 クロブークの左右に吊られた大きな鈴を鳴らし、やたら長い袖の紺色の法衣に白いニーハイブーツという出で立ち。その名は、『聖レーメ』。最早、天使を越えて聖人の格を得たレーメの姿である。

 そんな彼女の声に合わせて、両手に現出したオーラフォトンのチャクラムに掻き乱された大気がうねる。その怒りは、正に大気の怒り――――

 

「オーラフォトンブレイク!」

「オーラフォトンノヴァぁぁっ!」

「オーラフォトンレイジ!」

 

 三つの強大なオーラフォトンのうねり。それに曝されるナル・イャガは――――

 

「――――じゃ、滅んでね!」

 

 植物の蔓を巻き付けたまま、その全てを受け入れるかのように大きく腕を開いた。

 その瞬間、場のナルが弾けた。多くの神話に唄われる終末の日の具現、『罰の暴風』とナル化存在の『焦土』が全てを薙ぎ払う。

 

 根源が激震する。三つのオーラフォトンの塊と二つのナルの塊の鬩ぎ合いに、残り僅かな時しか残さぬ時間樹自体が、残り時間を待たずに崩壊してしまいそうな程に。

 天地終焉の如き烈震が止んだ刻、そこには――――

 

「くっ……こいつ、化け物が!」

「嘘……全力だったのに……」

「くそっ……何て奴だ」

 

 満身創痍、疲労困憊の三人と。

 

「もう……少し…………もっと私を、感じさせて?」

 

 同じく満身創痍、疲労困憊ながらも未だ、確かな余力を残したナル・イャガと――――いつの間にか三人の背後に回り込んでいたナル化存在。

 

「全て無くなってしまえば、新しい何かが生まれるの。だから――――」

 

 そして、ナル・イャガはまたも両腕を広げる。その身体を這い登る蔓も新たにナルを湛え、再度『罰の暴風』を放とうとしている。

 ナル化存在もまた、その背中の櫛のような二枚の翼から青白い虚ろな光を昂らせ、『焦土』を放つ用意を終えていた。

 

「クソッタレ……どんだけのナル化マナを!」

「ここまで……来てっ! 負けられやしないのに!」

「お兄ちゃん……望さん」

 

 ナル・イャガとナル化存在に対応する為にアキはナル化存在へ、ノゾムはナル・イャガへとそれぞれ【輪廻】と【叢雲】、【黎明】を構える二人の間のユーフォリア。

 昂るナルの渦に挟まれ、彼女は【悠久】を抱き締める。

 

「……やるしか、ねェな」

「やるって……何をだ?」

 

 その時、アキが呟く。決意を灯した琥珀色の瞳で。それにノゾムが、意識だけを向けて問う。

 

「俺の無限光と、お前のナルを――――全て、対消滅させるんだよ」

 

 イルカナと“黒き刃のタキオス”との戦いで行った、その賭けを……今度はノゾムと共に行う事を。

 

「そんな事、出来るのか……ナルカナの奴、滅茶苦茶怒ってるぞ」

 

 その疑念も最もだろう。マナとナルは対ではなく、一方的な浸食。それに何より、ナルカナの『一部』であるイルカナとの対消滅でもギリギリの状態だったと言うのに。

 だが、それでも――――

 

「やらなきゃ、いや――――やれなきゃ、守りたい全てを失うんだ……やるんだよ、何としても。是が非でもな!」

「空……」

 

 それでも、守りたい『故郷(せかい)』が其処に在る。

 

「……分かった、やろうぜ、空!」

「そっちの趣味はねェよ」

「俺だってねーよ」

 

 軽口を叩き合い、『セレスティアリー』と『メビウスリンク』で互いを繋ぐ。

 

【出来る訳無いでしょ、このど阿呆ーっ!!】

「煩せェェェ、やるって言ったらやるんだよ!」

【だいたいね、望ですらあたしを扱うキャパ不足なのに、あんたなんかに扱えるわけ無いでしょ! 『生誕の起火』も消えかけの癖に……あんた、死ぬわよ?】

「承知の上だ……いいから、早く!」

 

 いきなりナルカナに怒鳴られた。しかし、彼女も最早それしかないと分かってはいるのだろう。実に仕方無さそうに、そのナルを流してくる。

 

「――――っ!」

 

 その途端、吐き気にも似た苦痛が全身を駆け巡る。流し込まれるナルに、体が拒絶反応を示しているのだ。

 

【あたしの全てを出し切るからには……あたしは意識を閉じて全力を出すわ。手加減なんて……一切ないわよ?】

「――――くどい! 来い!」

 

 倦怠感を振り払うように、一気呵成に声を上げたアキ。それに合わせて、莫大なナルが流れ込んできた。

 それこそ――――アキを押し潰しても飽き足らぬ、濁流として。

 

【兄さま……わたしも、意識を閉じます。だから……】

「分かってる……信じてるさ、『刃位(おれたち)』の力を」

 

 次いで、アイオネアも意識を閉じる。アキを信じ、その全てを委ねた彼女の信頼に答えるべく――――アキは、両手で握る【輪廻】を臨界に押し上げる。

 その黄金の光が、漆黒の光に呑み込まれていく。やはり、一方的な浸食である。

 

――――まだだ……まだ行ける。そうだ、限界なんざ当に過ぎ去ったこの身……今更、ぶつかる壁なんて!

 

 『限界突破』で越えた限界の、その限界にぶち当たる。

 

【全く……仕様のない。折角、ナルカナを縛る為に取って置いたと言うのに……受けとれ、アキ!】

 

 そこに、フォルロワから新たな力が流れ込む。その途端、今まで感じていた不快感が緩和された。

 

「ロワ……これは?」

【我ら地位神剣の母、地位【刹那】から預かった力だ……本来は地位神剣を縛る力、多少ならばナルも制御できよう】

「……助かる! まだ行ける……俺なら、俺達なら――――」

「お兄ちゃん……頑張って! お兄ちゃんなら、出来る! あたしも手伝う――」

 

 そのアキの背中に、ユーフォリアが抱き付く。震える手で、確りと。

 現金なもので、それだけで――本当に、何でも出来る気がした。

 

「……ちぇ、見せ付けてくれるよな。全く……」

 

 そんなノゾムの呟きを聞いた気もしたが、今は――流れ込むナルを中和するだけで精一杯だ。

 

「マナよ、オーラと変われ。我らに宿り、永久に通じる活力を与えよ――――エターナル!」

 

 光に包まれ、形の判らなくなった――――強いて言うなら、まるで『鞘』のようになった【悠久】を担うユーフォリアより、青く清廉な永遠のオーラ『エターナル』が放たれる。その優しく、雄々しきマナを受け取り――――突破した限界の、更にその限界を突破した。

 しかし、それでも足りない。それだけ、第一位永遠神剣【叢雲】は強大な永遠神剣なのだ。

 

「まだだ……まだ、まだまだ行ける! 限界の限界の、その先へ……何度、壁にぶつかったところで!」

 

 更に、その限界を突破する。その有り様こそ――――生まれ変わり、死に変わる姿そのもの。幾度、苦しみを繰り返そうとも……いつか来る解脱に至るその時まで決して歩みを、轍を刻み続ける事。諦めずに、太刀向かう事。いつ終わるとも知れぬ永劫の刻の彼方まで、壱志を張り続ける事。

 即ち『輪廻解脱』――――人はそれに至る道程を、『輪廻(サン=サーラ...)』と詠んだ。

 

「だから――――消えて?」

 

 刹那、外界のナルが臨界に達した。放たれた『罰の暴風』と『焦土』は、今度こそ三人を滅するべく根源自体を破砕しながら迫り――――

 

「全て無くなっても――――」

 

 その破滅を目前にしながらも、ノゾムは一切の迷いなく【叢雲】と【黎明】を一本の大刀と為す。

 片刃の、美しい装飾の為された【叢雲】は、鍔本の勾玉より金と青の入り交じったオーラを生み出して長大な刃として――――肩に担ぐように、ナル・イャガへと大上段に構えられた。

 

「俺達は、諦めない――――」

 

 次いで、同じく鍔本の宝玉から生み出すオーラを大刀【輪廻】に金と青の入り交じった長大な刃として纏わせたアキが――――腰溜めに構えてナル化存在に向かう。

 

「「だから!」」

 

 そして、同時に眼を開く。迫る『罰の暴風』と『焦土』をそれぞれに捉え、それを――――真っ直ぐに、その刃で。

 

「「不滅の意志よ――――」」

 

 全てを超え行く、今を生きるもの達の輝きを宿した剣『イモータルウィル』が暴風を縦、焦熱を横に斬り拓き――――

 

「ああああっ?! そんな、私が……まだ、味わってない!」

 

 ナル・イャガを縦に、ナル化存在を横に切り裂き――――それでもまだ【赦し】を振るおうとしたナル・イャガを、『エターナル』を発動し続けるユーフォリアを支点にして踏み込むように反転し合った二人は、先程とは逆の対象へと。

 

「「刃となれ――――――――!」」

 

 その、二太刀目を叩き込んだ――――――――


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。