初めてなものですから分からない事だらけなので...
洗面所で顔を洗い、黒く長い髪を梳かしているとチン、という音と共に香ばしい匂いが漂ってくる。匂いに誘われてリビングに向かうと、テーブルには朝食が並べられていた。食パンと炒り卵とコーンポタージュ、これが豊音が東京で食べる初めての朝食である。焼かれた食パンにはマーガリンが塗られている。岩手での朝食は大体ご飯とみそ汁であった豊音は、少しその珍しい朝食に見惚れてしまった。ぼーっとしていると、淑恵さんに早くしないとパンが冷めるわよ、と言われてパンに手を伸ばした。黙々と食べていると、今日の予定はあるの?と聞かれて豊音の手が止まる。
「東京に行く、って事しか考えてなくて何も考えてなかったよー」
「なら、これから行くことになる中学校まで下見してきたら?ここから少し遠いからねぇ」
「そうしよーかなー、東京の街並みをもっとよく見てみたいしー」
ここで豊音はふと政春さんがいないことに気が付いた。政春さんはー、と言いかけると淑恵さんはもう仕事に行ってしまったわ、帰ってくるのは多分一週間後ぐらいだから豊音によろしく、と言っていたわよ、と答えた。
駅前は狭い道の両側に八百屋や魚屋などの店が立ち並ぶ、典型的な下町である。狭い道である上に人通りも多く、宛ら歩行者天国だ。こうした建物と人が犇めき合う光景は、真逆の環境で育った豊音にとって新鮮そのものである。商店街を斜めに走る鉄路と、その上を数分おきに走る列車。自分がまさかこれからこの列車に毎日乗るようになるなんて、2,3年前なら夢のまた夢であったことだろう。豊音は心の中でもう一度、祖父母と従叔父夫婦への感謝をした。駅のホームに下りると、丁度快速の列車がやってくる頃であった。この駅は普通と快速の列車以外は通過するが、それでも岩手の駅の数倍は停車する本数が多い。豊音がこれから通う学校は、電車で30分ほどの駅の近くである。豊音は頭の中で降りる駅の名前を連呼しながら電車に乗った。
電車の中で窓の外の住宅街を眺めていると、目的の駅にもう直ぐ着く、という車内放送が流れる。そしてドアが開くと、豊音は飛び降りるようにホームに降り立った。駅の北口から出て、事前に貰った地図を頼りに歩いていく。乗ってきた路線とは別の路線の踏切を渡った先に、目的の学校の校舎が見えてきた。私立白糸台中学校。これが豊音が通う中学校である。家からはやや遠いこの中学校を選んだ理由は単純である。この学校は中高一貫校であるが、中学・高校が共に麻雀の強豪校であるからである。当然、ここで結果を出せればプロへの道もぐっと近くなる。豊音は自らの夢のために、この学校への入学を強く望んだのである。
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全国屈指の強豪校である白糸台は、全国から素質ある生徒を呼び集めるために、特待生制度を有している。非常に狭き門であるが、豊音はこれを狙うことにした。志願書を送り、指定された会場へ向かうと大勢の志願者がいて豊音は若干の不安を覚えた。監督員が志願者同士で半荘戦を3試合行い、その結果で特待生を決める、と言う。予想はしていたが、やはり厳しい。他の志願者もそれなりの打ち手である事は容易に思いつく。豊音は更に不安になった。所がいざ打ってみると、豊音の"六曜"に誰一人として太刀打ち出来なかった。それどころか、"先負"と"友引"だけで楽々1人浮きであったのだ。当然、後日学校から届いた封筒には特待生認定の知らせと、学費などの保護者向けの説明が書かれた冊子や申請書類が入っていた。
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豊音が校門に書かれた"白糸台学園白糸台中学校・高等学校"の文字をぼんやり眺めていると、突然後ろから声がかかった。
「おっ、見ない顔だけどもしかして来年度入学する子?にしてもデカいな!」
びくっ、として恐る恐る後ろに顔を向けると、駱駝色のブレザーを着た、茶髪のポニーテールの少女が立っていた。背丈は豊音より頭一つ分以上は低い。駱駝色のブレザーは白糸台の冬服で中高一緒である。豊音は事前に送られた資料でその服の写真を見ていたので、この少女は自分の先輩であると直ぐに分かった。
「はっ、初めまして!岩手から来た姉帯豊音ですっ」
少女はそれを聞いてニヤリと笑った。
「東京以外のところ?なら特待生かー、私は白糸台中学で麻雀部の副キャプテンを務めさせてもらってる、向野朱音!さあさあ、入って入って!部室で部員が練習してるから、入学前だけど紹介するから!」
「わわっ」
自分より背の高い豊音の手を引っ張って校門を潜る朱音。朱音のほうが年上のはずだがその姿は、楽しみにしていた場所に早く入りたくて姉の手を引っ張る妹のようであった。
文字数はこれで適正でしょうか。それともやや増やしたほうがいいのでしょうか。
2017/02/07 朱音の苗字を河野→向野に修正