私はメディア。私のことを魔女だなどとは呼ばないように。キャスターと呼びなさい。
この身を宗一郎様に拾っていただいて、まず私がやろうと思ったことはこの私の神殿の守りを固めること。厳密にはルール違反なんでしょうけど、そんなことは関係ないわ。ルールなんてものは破るためにあるんですから。
触媒に山門を。出来るだけ強い方がいい。素直であれば尚のこと。そのためには、多少の無理も捻じ曲げて。
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば……っ!!」
いまだ、柳洞寺の敷地全てを自らの神殿に変えるに至るほどではなかった。それでも私は魔術師。サーヴァントの召喚などという一大儀式を行う場所くらいは、簡易とはいえ自らの工房となるよう調節した後だった。だというのに、そいつは私の前に現れたのだ。
白くて長い髪を後ろで一本に纏めた、褐色の肌の男。眼光は鋭く、けれどその眼は硝子だった。鈍色のローブを纏った、今代では多少時代遅れのように感じる、魔術師。
「くっ、いったい何処から」
「どうした。召喚の途中ではなかったのかね」
平然とそんなことを尋ねてはいるが、その男は現れたその一瞬でいくつもの剣を、私が用意した魔法陣に突き刺していた。多くは特筆することもない平凡な鉄剣であった。けれどそのうちのいくつかには、尋常ではない魔力が込められていた。その魔力が、どのような意図を持つものなのかは瞬時に判断しかねたけれど、そんな剣を突き刺した以上、私が用意した魔法陣の式が壊れるのは明白だ。魔術も魔法陣もその用途が限られていればいるほど、今代風に喩えるのなら、精密機械のようなもの。ちょっとした衝撃。ちょっとした傷ひとつで使い物にならなくなる。だからこそ、万全を期して自らの工房で召喚の儀式を執り行ったというのに。
「ああ。貴様ではこれ以上先へ進められんか。では、続きは俺がやっておこう」
だというのに。この男は、斬撃を避けた私に代わって魔法陣の中心に立ち、その言霊の続きを紡いだ。
「誓いを此処に。我は常世全ての善と成る者。我は常世全ての悪と成る者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」
なんという無茶。途中まで完成されていた儀式を中断、破壊すらした上で、その儀式そのものを乗っ取った。魔術師としての力量でそれを行ったというのなら、おそらく私すら凌ぐ。けれど、そんなことではない。そんな正常なやり方で、行われた儀式ではないのだ。
凝縮するエーテルが、ひとつを形作る。そこに現れたのは私が想定していた者ではない。白い仮面。黒い衣。長い長い、歪な腕。完全なる暗殺者。
「問おう。我が主は、御身で相違ないな」
「ああ、無論。待ち望んでいたぞ、アサシン」
その主従契約の場では、きっと私こそが異物だったのでしょう。けれどそれを認めてやれるほど、私のプライドは安くない。愛杖を構えて魔力弾をお見舞いする。男はそれを、ただ手を少し上げるだけの動作で防いだ。
魔力障壁。私の工房中だというのに、この男は易く私の魔力弾を上回る障壁を、
「どういうこと? ここが、貴方の工房だとでも言うの?」
「――――チ。引くぞ、アサシン」
男と、奪われたアサシンはそのまま宙に溶けるように掻き消えた。擬似的な空間転移。それを許すほど、私の工房は奴の領域に浸食されていたのだ。
それが、数日前の話。工房は作り直した。どういう手段を使ったのかは知らないが、浸食を受けた工房をそのままになんてしておけるはずがない。そしてあらゆる外界からの干渉を受け付けないように加工も施した。少なくともあの時の無様を再び晒すことはないでしょう。
山門には、とりあえず竜牙兵を大量に仕込んでいる。当初の予定を考えるなら、とてもじゃないけど足りない。けれどあの後いくら試してみても、私が他のサーヴァントを召喚することは出来なかった。おそらく私はもうサーヴァントの召喚を行った、という状態になってしまったのでしょう。
「キャスター。夜は冷える。早く中に入った方がいい」
「あ、はい。宗一郎様。もうしばらくしたら戻りますわ。宗一郎様こそ、お早めにお休みください」
「ん。そうか」
山門から石階段を見下ろしていた私を、宗一郎様が心配してくださったのでしょう。あの宗一郎様を巻き込まないためにも、今は戦力が欲しい。宗一郎様は私が守る。この命に代えたとしても。でもこの命を守る者がいなければ、結果として宗一郎様を危険に晒すことになってしまう。
魔力は十分に蓄えている。工房、神殿の建設と加工に随分使ってしまったけれど、この神殿の中にいる以上、あの時のような無様はもう二度と晒す気はない。ならばやはり、問題となるのはこの門。
ああ、サーヴァントが欲しい。この身を守らせるのに相応しい、高潔で可愛らしいサーヴァントが欲しい。やはり昨日召喚されたあの剣士が一番いい。どうにかして私のものに出来ないだろうか。
――――と。そんな楽しい未来を考えていたのに。
視線を感じた。山門のまっすぐ下。石階段の終わりのその場所に。あの男がいた。硝子の眼光で、じっとこちらを見つめていた。
「――――ッ」
はらわたが煮えくり返る。今すぐに消し炭にしてやりたいと杖に魔力を込めてしまう。
ああ、ダメだ。いけない。この神殿を出てアレと戦うのは危険すぎる。それにアサシンの姿も見えない。何処に潜んでいるのかも分からない敵を抱えて、アレと戦うなんて出来るはずがない。ああ。やはり早急にサーヴァントを調達しないと。
男は私と目が合ったことに気付いたのか、どうやら今日はそのまま引き返すらしい。あの時と同じように擬似的な空間転移をしてこの場を去った。これだけの対策を施している神殿の中にいればまず安全だとは思うけれど、アサシンのこともある。今は私も、宗一郎様の下に戻らなければ。