色々あったが、解決した   作:華月鳥

11 / 25
2月4日
011_婚約騒動


 私、遠坂凛は「……」もはや言葉すら発することが出来なかった。

 遠坂家は名家だ。お父様が存命中は幾人かの使用人を雇っていたし、そういう意味では真実を混ぜた嘘、というこの上なく有効的なこいつの言い分には、一定の説得力が生まれている。もちろんその内容について一切考慮をしなければ、の話だが。

 あ。士郎が固まっている。そりゃそうよね。私だって固まったもの。でも、コイツの面倒をみだして早数日。決して慣れたかったわけではないけれど、コイツの騒動誘発率が異常であるということにいい加減慣れてしまった私が可愛そうだ。

 

「その出鱈目な口を閉じなさい。この駄サーヴァントっ!!」

 

 士郎の家には現在士郎以外住む者がいない。士郎の養父であり、魔術の師であった衛宮切嗣はとっくの昔に他界していて、この広い屋敷を士郎一人で切り盛りしているのだ。しかし、かといってこの家が神秘の秘匿に適していると考えたのは早計だった。あ、いや。少しだけ事情は、風の噂程度には耳に入っていたんだけど。

 

「おっはよーしろー!! 今日の朝ごはんはなーにっかな!?」

「おはようございます。先輩。お邪魔しますね」

 

 士郎のクラス担任にして、穂群原学園の名物英語教師。衛宮邸のお隣さんである藤村さんちの藤村大河センセー。そして――――後輩の間桐桜。彼女らが、ごく日常的に士郎と朝食を、日によっては夕食を一緒にする。故に、昨日から泊まり込んでいる私にも当然出くわすわけで。

 

「あら――――おはよう。桜」

「――――っ、遠坂先輩。なんで……」

 

 さわやかな朝の一幕が、一気に一般的に修羅場と呼ばれるような一幕に切り替わった瞬間だった。

 

「それで、どうして遠坂さんがここにいるのかなー?」

「それは、昨日から衛宮君の家に御厄介になっているからですわ。藤村先生」

「――――な、な、な、な、なんですとおおおおおーーーーーー!!!!!!」

 

 藤村先生の切り替わりのタイミングが、一通り朝食を終えた後だった件については、何も言うまい。

 さて、この混沌とした現状を打開する義務は、当然のごとくこの家の家主である士郎が負うべきものである。しかし、じと、と視線を流してみれば、ああ「どうしよう遠坂」なんて雨に晒された捨て犬のような視線を送り返してきやがったので、まったくしょうがないという気持ちにさせられてしまうのだった。ちょっとくらいは考えておきなさいよね。貸しイチよ。

 などと「余裕を持って優雅たる」私が、さて藤村先生にあることないこと吹き込んで事情を説明しようかと思った矢先に。例のアレが来てしまった。

 

「申し訳ございません。ここはわたくしめから御説明を致したいと存じ上げます」

 

 完璧な執事姿、というにはちょっと滑稽じみた私のサーヴァントである。もう、この時点で嫌な予感はしていたのだ。

 

「は。へ? ええと、貴方はどなたでしょう」

「遠坂家、いえ、凛お嬢様にお仕えしております。執事のアーチャーと申します。誠に勝手ながら、私も昨日より当衛宮邸に部屋の一室を貸し与えられております」

「は、はあ」

「藤村先生ならば御存知の通り。お嬢様はこの齢にして天涯孤独の身。元は資産家である遠坂家も、後見人となった人物の――――ああ、私が言うべきことではないとはいえ――――不手際により、少々寂しくなっていることが現状です。あれほど多くいた使用人の同僚たちは皆暇を出され、残ったのは私一人。後見人がいるとはいえ、あの人物はあまりお嬢様に近づいてほしいような方ではありません。しかし、そこは旦那様の血をお引きになられたお嬢様です。話に伺うばかりですが、学園では非常に優秀な成績を収められ、家訓たる「常に余裕を持って優雅たれ」という模範を実践されていると聞き及んでおります」

「え、ええ。遠坂さんはとっても優秀な生徒よ」

「先生にそう言っていただけるなら、旦那様も草葉の陰で微笑んでいることでしょう。そんなお嬢様を、何時までも私が見守っていきたいと、そんな分不相応な願いまで持ってしまったこの身は、なんと恥知らずなことでしょうか」

 

 アーチャーが顔を伏せて視線をそらす。実に芝居がかった動作だ。故に呆れて物も言えない。だがもし何の違和感もなくそんなことをやらかしてくれていたら、この時点で私が噴き出していただろう。

 

「そんなことないわ。アーチャーさんは遠坂さんのこと、とっても大事に思ってるのね」

「身に余るお言葉です。しかし、この願いはやはり叶うことのない、叶ってはならない願いなのです。お嬢様は何れ私がお守りしている雛鳥ではなく、美しくも気高い鳳凰となって私が心血を注いでお守りしている巣を飛び立って行ってしまわれるでしょう。――――此度のことも、その一環なのですから」

「今回のこと――――というのは?」

「はい。話はもう何年も前に遡るのですが、今は亡き旦那様、お嬢様のお父上たる遠坂時臣様は、こちらの衛宮士郎さまのお父上たる衛宮切嗣さまと並々ならぬ縁を持たれておりました。御存知だったでしょうか」

「切嗣さんが? いいえ、そういう話は全然……」

 

 ちょっと話題がきな臭くなってきた。お父様や士郎のお父様まで持ち出して、コイツは一体この現状をどう纏めようというつもりなのだろうか。

 

「そうですか。これは両家以外にも外国のさる貴族の名家も巻き込んだ、ああ、とても一言では説明できないのですが。ともかくその折、旦那様は切嗣様と、あるお約束を交わされました」

「約束……?」

「凛お嬢様と士郎様の、御成婚のお約束です」

 

 ――――な!

 

「ご、せい、こん?」

「無論当時はお二方ともまだまだ幼く、可愛らしくあられた時分です。ですから、御婚約をされたと考えていただきたい」

 

 な、な、な、な、なんですとおおおおおーーーーーー!!!!!!

 私が何時、士郎と婚約したことになったってことにしちゃったのよ!!!

 見なさい。士郎の奴石のように固まってるじゃない。桜だって今朝から纏ってたちょっと仄暗いオーラが驚きで完全に飛んじゃってる。嘘よ嘘。嘘なんだからね。これはあの愉快型自立使い魔ことサーヴァントが口からでまかせであることないこと述べつらってるだけなんだから。ほら藤村先生だって――――。

 

「それは、本当のことですか? アーチャーさん」

 

 あ。以外にも冷静だ。

 

「無論です。旦那様の名誉に誓って、嘘偽りは述べておりません」

 

 ここで、流石の私も切れた。言うに事欠いて、コイツはお父様の名誉を穢したのだ。余裕とか、優雅とか、そんなちっちゃなものじゃない。もっと大切なものを穢されたのだ。だから言ってやった。冒頭の通りに。

 

「いい!? 私のサーヴァント。召使い。執事だなんておこがましい。今アンタが言ったことは、全部が全部アンタだけの主張よ。私はお父様からそんな話聞いてないし、士郎にしたってそう。証拠証人たるもの、いっさい、まるで、存在しないってことを主張させてもらうわ」

「確かにお嬢様の御主張の通り、旦那様は私にのみそのお話を残されました。今となっては亡き奥様に伝わっていたのかすら不明です。また、切嗣様については私の推察の及ぶところではございません。士郎様が御存知ないと伺ったとき、私も酷く驚きを覚えましたので」

「そうなの、士郎?」

「え。あ。うん。俺、切嗣から何も聞いてないぞ」

 

 士郎はいまだに状況についていけてないみたいだけど、どうも今回はそのついていけていない感がより一層の説得力を持たせている。

 

「つまり、婚約だなんて正式には結ばれていなくて、コイツが勝手に勘違いしたって説が、現状では最有力よ」

「その点については私が何度も否定申し上げておりますが、この件について、私とお嬢様の話が平行線を進むのは目に見えております。そのため、私はお嬢様にある御提案を致しました」

 

 ん。どうやらそういう方向で軌道修正を図るつもりね。まったく、とんだ茶番だったわ。

 

「これより約2週間。衛宮様の御邸宅にてひとつ屋根の下での生活をしていただき、その上で現在宙に浮いている婚約について、正式に受諾されるか、あるいは正式に破棄をされるか。お決めいただく、というものです」

 

 さあ。もう知らないわよ。後はアンタが説得なさい。藤村先生とか桜とか桜とか桜とか。

 

 と。完全に責任をアーチャーに放り投げたはずの私だったけれど、思った以上に話がスムーズに決着してしまった。なにより、ひとつ屋根の下なんて言いながら、私は離れの鍵付きの洋室に住むつもりであることや、婚前交渉なんてもってのほかと豪語した上でアーチャーも同じく滞在する、という条件が藤村先生を納得させたのだろう。

 で、もう一人納得させないといけない人がいるはずなんだけど、あのヤロウ私に丸投げしやがったのだ。

 

「そう怖い顔しないでよ。アレが言ったこと、本当に嘘っぱちなんだから」

 

 朝食をとっていた居間ではない別室。ほとんど使われた形跡のない和室で、私と桜は二人きりになってしまった。

 

「嘘って――――いったい何処からですか?」

「アンタが知ってる事情以上のこと全てよ。そもそもアレが、お父様の言葉を知ってるわけないってわかってるでしょ?」

「でも――――あの人、なら」

「あの人?」

 

 昏い昏い。桜の眼。私の知らない桜の表情。この子はいつも笑ってたって、そんな記憶ばかりが残っているのに、目の前の彼女は笑わない。この十年。私が知っている限りでも、この子が笑っていた時間は、とても少ない。

 

「遠坂さん、なら。娘の知らないところで婚約とか、勝手に決めていても、おかしくありません」

 

 ああ。そうか。そうよね。この子にとって、お父様って、そういう存在なのよね。仕方ないけど、ちょっと寂しい。

 

「大丈夫よ。遠坂の家のことは、ちゃんと最期に引き継ぐことが出来たんだから。家の興亡に関わること、お父様が伝え忘れるはずがないわ」

 

 「うっかり」さえしていなければ。とは口が裂けても言えないけど。

 

「じゃあ、本当に。先輩と、遠坂先輩は、何でもないんですよね?」

「アイツがほざいた一切について、気にする必要はないわ。――――でも、ねえ桜。だからと言って、今後アンタがこの家に来ることを許容することはできない」

 

 アレとコレとは話が別だ。だからこれだけは譲れない。ここは、この子にとってとても大切な場所なのはわかってる。でも、だからと言って甘い顔なんてしてやらない。ここはもうすぐ戦場になるんだから、アンタは安全な場所で、おとなしくしておきなさい。何、ちょっと2週間程度のことよ。

 

「――――す」

「え?」

「嫌です。絶対に、認められませんっ!」

 

 な、何言ってるのよこの子は!? って、そのままその勢いで出ていくな!! 何処行ったのって、居間? ああ、士郎に泣きつくつもりなのか。もし変なこと言ったら容赦しないんだからね。

 

「先輩。私もこの家に泊めてください!」

「ぅえ? ええええ!?」

「先輩たちが過ちを犯さないよう、見張ります。後輩として、当然の義務です。ですよね、藤村先生」

「ぅぅ。後輩の義務って言うより、桜ちゃんの権利ってやつかしら」

「いいですよね。アーチャーさん」

「よろしいと思いますよ。ええ。まったく、問題ありません」

 

 ちょっと待てええい!!

 結局、積極的反対1。消極的反対1。積極的賛成2により、桜の衛宮邸滞在が可決されてしまった。

 

 あ、あと、ちなみに。

 

「ああ、そういえば士郎様。彼女のことについてもついでですのでお話になてはいかがですか? 彼女は今、我々使用人用に頂いた部屋に待機しておりますから」

「そうだな、紹介しないとな。これから一緒に住むことになるんだから」

「一緒に?」

「住む?」

 

 これ以上誰がいるのかと小首を傾げる藤村先生と桜。もうしーらないと。

 

「紹介するよ。昨日からこっちにきたセイバーだ。切嗣の知り合いみたいなんだよ」

 

 鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしている二人を相手に、あの士郎が淀みなく切嗣さんの遺言だの護衛云々の説明を行っている。ちょっと視線を外してみれば、似非執事が私にだけわかるようなピースサインをしてやがった。あのヤロウ。どうやら士郎には完璧なカンペを渡していたようだ。

 

 さあ、そんなこんなで巻き起こる騒動第二弾。だけどこの話は割愛しても問題ないだろう。結論として、収まるところに収まったわけだから。じゃあ次はどうしましょうか。ちょっと退屈な話だけど、これからの行動方針について説明しておこうかしらね。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。