色々あったが、解決した   作:華月鳥

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012_標的決定

 私、遠坂凛は「やっちまった」と久しぶりに自己反省した。

 いや、久しぶりというのは語弊がある。なぜならばつい一昨日も同じことを思ったはずで、そのさらに2日前も同様だった。いかに遠坂家家伝の呪いがあろうと、この頻度は尋常じゃない。つまり、それだけ現在の私は平常心がガリガリと削られているという証左だ。しかもこの頻度をして久しぶりだと思わせるナニかが、現在遠坂凛に憑いている。

 つまり何が言いたいのかというと、大変八つ当たりであることは自覚しつつも、私はこう吐き捨てたのだ。

 

「大体、全部、アンタの所為だってことにしておきましょう。この駄サーヴァント」

 

 ほんの少しだけ時間を遡る。

 登校は修羅場だった。私自身はそんなことを微塵も感じさせずに特大の猫を被っていたのだが、士郎にとっては取り繕うことも出来ないほどの修羅場だっただろう。何と言っても両脇に私と桜を控えさせての御登校だ。ええい、果報者め。周囲の目がそう言っている。私は心の眼でそう言っておいた。

 ちなみに、この登校にいたるまでのグダグダは割愛する。セイバーの紹介と処遇については前にも少し言ったが、収まるところに収まった、というだけ。特筆すべきこともない。セイバーの衛宮邸滞在は認められ、しかし霊体化できない彼女は学校についてくることが出来ないということだけの話だ。まあ、あの子が最後の最後に桜のいなくなったところを見計らって「頼みました、アーチャー」などと非常に不本意そうにうちのサーヴァントに願い出ていた場面では、心の底から同情した。ああ、どうして私はセイバーを召喚できなかったんだろう。やっぱりそもそもの間違いはそこからだったんじゃないだろうか。

 そして前述の通りの投稿風景を終えて、さあ校門を越えるという段になって、私はその瞬間までさっぱりと忘れていたことを思い出したのだ。

 

「あ」

 

 一瞬だけ真っ赤に染まる視界。襲い来る虚脱感。粘りつく空気。周囲を見渡せば、一様に活力の見られない生徒たち。隣を確認すれば士郎も桜も顔を青くしていた。

 どうして忘れていたりしていたのだろう。言い訳なら出来る。この結界を調べようとして校舎に残ってからの怒涛の展開。しかも私は一度死んで、蘇生したとはいえ一晩は昏睡状態だった。その後は已むに已まれず同盟を組んだこのチームについて考えなければならないことも多かった。でも、所詮は言い訳だ。そんな言い訳を、遠坂凛がしていいはずがない。

 もっともそれでも私として思うところがまったくないなんてことにはならなかったわけで、重ねて言うが八つ当たりだということを完全に自覚した上で、私は冒頭の通り毒づいたのだ。

 

 授業は平常通り行われた。土曜日に学校で起きたことを指摘するような人間もいなかった。私がランサーから逃走した際に割ったガラス窓や消火器などは、何の痕跡もなく元あった場所に元通りに存在していた。綺礼の奴が上手いこと処理したのだろうか。それにしては昨日、嫌味の一つも言われなかったが。

 そして昼休み。

 私は一昨日消し損ねた結界の基点を魔力で洗い流している。もっとも基点はこれひとつではないだろうし、全ての基点の魔力を洗い流したところで、結界の発動を少しばかり遅らせることしかできない。しかし現状で私が出来る対応などこの程度なのだ。

 

「遠坂。終わったのか?」

 

 後ろに控えている士郎が声をかけてくる。私が呼び出したわけではないが、アーチャーに来るよう言われたらしい。気を利かせたつもりなのだろうか、アイツは。サーヴァントとしては役立たず。頼んでもいないことをやるなんて使い魔としても越権行為。まったくしょうがない奴だとため息をつきたくなるが、とりあえずこの働きはそれほど悪いものでもないので、評価の下方修正だけは勘弁しておこう。なんと言っても士郎とは同盟関係にあるのだから。

 

「私に出来ることはね。後は、これと同じような基点が校舎の他の場所にないかを調べて、それを今みたいに魔力で洗い流すくらいかしら」

「それでこの結界を壊すことが出来るんだな」

「いいえ。こんな結界、私じゃ解除できない。精々嫌がらせして時間稼ぎをするだけよ。それだって、術者がその気になればすぐにでも発動してしまうわ。多少威力を弱めることは出来るだろうけどね。これを解除したいのなら、術者に解除させるか、術者を倒すしかない」

「そっか……」

「おおい。難しい話はそれくらいにして、そろそろ昼飯にしないか!」

 

 ――――ああもう。どうして私たちが真面目な話をしている側でそんなにのほほんとお弁当を広げているのかしら、このサーヴァントは。

 

「そうだな。腹も減ったし、昼休みの時間もなくなるから、さっさと食べてしまうか」

 

 そしてその提案にあっさり乗るのか、士郎は。まあ、今は他に出来ることもないから、それでもいいけど。

 アーチャーが広げたお弁当を囲うように座る士郎と私。お弁当の中身は二人とも同じだ。朝方、士郎が作ったもので今は桜も同じものを食べているところだろう。

 

「結界の基点て……ああ、飯時にする話じゃないか」

「いいんじゃないのか。時間は有限なんだから有効活用しないと。あ、そのから揚げもらい」

「あ、こら。何勝手に取ってるのよ!」

「仕方ないだろ。俺の分の弁当は家にあるんだから」

 

 私たちのお弁当を士郎が作っていた脇で、邪魔にならないような巧みな動きでアーチャーは自分用とセイバー用のお弁当を作っていた。が、それは二つとも衛宮邸に置きっぱなしだ。今は二つともセイバーのお腹に納まっているかもしれない。

 

「アンタは私の召使設定でしょうが。どうして家にいるはずの召使のお弁当を学校に持ち込まなきゃならないの」

「執事設定……いや、なんでもない」

 

 ちなみに、家で待機しているはずの従者二人分のお弁当が存在していた理由については適当に誤魔化していた。何でも遠坂家の溜まった仕事をしなければならないため、昼時に正しく時間が作れるかわからないからだとかなんとか。――――それはちょっと苦しいんじゃないかと思いつつ、説得すべき相手が納得したのなら問題ないだろう。実際問題、説得すべき相手なんて藤村先生一人だったわけだし。

 

「大体、いくら召使設定とか護衛設定とかしたといったって、アンタたちサーヴァントって別に食事なんて要らないんじゃなかったの?」

「え、そうなのか?」

「コイツらってつまりは霊なのよ。自身を保つために必要なものは魔力であって食事じゃない。そりゃ士郎はへっぽこだからセイバー維持のために食事を取らせるのは全く無駄ってわけじゃないけど、コイツに関してはまったくもって無駄」

「凛。人はパンのみに生きるにあらず、だぞ。いくら霊だからって、食事の楽しみが分からないわけじゃないんだからな」

「つまりは心の贅肉ね。娯楽の為に食事をしたいのなら、それ相応の働きをしなさい。この駄サーヴァント」

「うぐ……じゃあその働きとやらをみせてやろうじゃないか。衛宮士郎。先ほどお前が言いかけたこととは何だったんだ?」

「え? あ、ええと。その基点を探すのって、俺にも手伝えないかと思って」

「アンタに? この十年間スイッチも作らず変な方法で鍛錬を続けていた衛宮君に?」

「凛。衛宮士郎が魔術師的にどれだけへっぽこだろうが、偏見はいけないぞ。それで、自分にも出来そうだと思った根拠でもあるのか?」

「ああ。さっき、遠坂が何かやってた場所。今はもう感じないけど凄く甘い匂いがしてたんだ。だから、同じような匂いを辿っていけば俺にも見つけられるんじゃないかなって」

「匂い……。なるほど、士郎ってそういう世界の異常には敏感なんだ。そういえば、一昨日の時点で異常を感じてたって言ってたものね。いいわ。どうせ私も放課後他の基点を探すつもりだったし、アンタひとり帰らせるのも心許なかったし。手分けして探しましょう。あんまり期待はしてないけど」

「おう。頼まれた」

 

 とりあえずとはいえ方針が固まったのはいいことだ。問題は、やはりとりあえずでしかなく、決定的なものがないということだけだけど。

 

「短期的にはそれで問題ないな。では長期的な問題についてだ。術者の割り出しをどうするか。凛はこの結界をどう見る?」

「……少なくとも現代の魔術師が組めるようなものじゃないわ」

「? じゃあ誰が組んだんだ? 聖杯戦争の関係者なんだろ?」

「十中八九そのはずよ。そして、現代の魔術師が組めない術式なら、古代の魔術師が組んだと見るべきね」

「つまりはキャスター――――というのが最有力容疑者というわけだ。そういえば、新都でも似たような事件が起こっていたな」

「新都で? 何かあったのか?」

「事件、というより事故扱いでニュースにもなっているわ。ガス漏れによる集団昏睡。こっちは巧妙に神秘の秘匿を行っているから、完全に事故として処理されてるけど」

「……な!」

「冷静になりなさい、衛宮君。焦ったって自分の身はひとつしかないんだから。新都での被害は大多数かつ広範囲ではあるけれど、今のところ死人は出ていないわ。一方この結界は対象が校内にいる全生徒および全先生だけだけど、発動すれば死人なんて生易しいものじゃない。身体から魂まで何もかもが溶解されてしまうでしょうね。危険性という意味ではこの結界の対処を優先すべきよ」

「ただし、新都一帯の魔力蒐集なんて真似が並の魔術師に行えるとも思えない。となるとやはり第一容疑者はキャスターになる。二つの懸案事項の容疑者が同一人物であるなら、双方の事象に目を光らせる必要があるぞ」

「別にそうと確定しているわけじゃないんだけど……現時点では一番可能性が高いのよね。仕方がない。それじゃあ放課後は学校の基点探し。夜は新都の調査ってことで手を打ちましょう。何か意見は?」

「新都の調査には俺も行くぞ」

「当然そのつもりよ。キャスター相手ならセイバーの対魔力は魅力的ですもの。あ、でもそれだと今晩アンタのスイッチ作るのは中止かしら。ん~、見回りの後、でも時間は作れるわよね。そのあと丸一日くらい動けなくなるのは覚悟して起きないよ」

「……え。スイッチって、そんな風になるのか」

「ええ。特に現状だと時間がないから荒療治にならざるを得ないのよね。見回りに外出するときもそうだけど、桜にはばれないようにしなさいよ。あ、でも後遺症が明日までは残るだろうし、その時は桜に看病してもらいなさい」

「あんまり心配はかけたくないんだけど――――」

「こればっかりは仕方ないわよ。心配するなって言っても、あの子絶対心配するでしょうし」

「ふむ。大体方針は固まったみたいだな。だったら俺からも一つ提案だ。夜の巡回前に一度セイバーに揉んでもらえ、衛宮士郎。一昨日みたいにいきなりランサーの前に躍り出るような真似が出来なくなる程度にはな」

 

 ん。何の話だ? 一昨日で、ランサーと言ったら、士郎の家にランサーが攻めてきたときのことだろうか。しかし、今なんて言った? 躍り出る?

 

「ちょっと待って。何その話、聞いてないわよ」

「昨日の説明の時には省略した話だ。ランサーが襲ってきて、セイバーが召喚される前。俺だって精一杯頑張って戦ったんだぞ。コイツはただの巻き込まれた見習い魔術師だから見逃してくれ、さっさと逃げろ、って。だって言うのにコイツときたら、決死の俺の頑張りを無駄にしやがって、あろうことかランサー相手に襲い掛かりやがった。ああ、アレは肝が冷えた」

 

 なん――――だと?

 

「仕方ないだろ。お前ボロボロで、今にも殺されそうだったじゃないか。だから、つい、夢中で――――」

「つい、夢中で、サーヴァント相手に喧嘩を売ったって言うの? 衛宮君?」

「だ、し、しょうがないだろ。アーチャーが殺されそうだったんだ。しかもアイツ、遠坂を殺した奴だったんだろ。俺が何とかしないと、また遠坂が殺されるかと思ったんだ。だから、あのときの行動は間違いなんかじゃない」

 

 ――――っ。

 言いたいことは山ほどある。やまほどあるが、今はそのものすごく近づいている顔を離してくれないかしら。いや、先に近づいたのは私なんだけどね。

 

「結果オーライと言ってしまえばそれまでだがね。今後セイバーは隠し弾などではなく相手も考慮して動くだろうから、今後はああいう無謀を行わないよう求める。お前が死ねばセイバーだって現界を保っていられなくなるんだからな。それだけはまずは頭の隅にでも留めておけ。後はセイバーにサーヴァントの強さって言うのをその身をもって理解させてもらうこと。俺がやったら『なんだか勝てそうな気がする』なんて逆効果になりかねないからな」

 

 で。私たちを引き離したのはアーチャーだったりする。執事はともかく召使としては合格点をやろうじゃないか。よろしい。その鶉の卵を下賜しましょう。今後一層の忠義に励むように。

 

 さて、これにてようやく私たちの聖杯戦争の、本当の第一歩が始まったと言っていい。これまでのことなど所詮は前哨戦。私は殺し、殺される世界にいた。けれどそれすら生温い。ここから私たちの世界は一変する。どれほどの意志、どれほどの祈りがあろうと、至るべき場所は一つであり、至ることのできる者はたった一人。あらゆる努力は無駄であり、あらゆる犠牲も無駄でしかない。誰の願いも叶うことのない――――聖杯戦争が始まるのだ。

 けれどその話は――――次回以降に話すとしましょう。

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