014_愚者交渉
私、遠坂凛は「いらっ」とした。
こういう感情を、私のサーヴァント以外に抱くことになるなんて、この濃い濃い数日間を経てありえないんじゃないかなどと勘違いをしていたが、どうやらそうではないらしい。
突然だが、冬木の地には魔術師の家系が、遠坂以外にもうひとつ存在している。間桐というその家は、約二百年前にこの地に根を下ろした外来の魔術師で、この聖杯戦争という儀式においては遠坂ともうひとつの家を含めた盟友であり、同時に競い合うべき敵でもある。その名が示す通り――――間桐桜の家のことだ。
桜には両親がいない。しかし、私と違って家族と呼べる者はいる。間桐慎二。桜の兄であり、間桐の嫡男でありながら魔術回路を持たずに生まれてきた、魔術師ではない一般人――――だったはずなのだが。
「あんなの程度、ちゃっちゃとやっつけちゃいなさいよね、この駄サーヴァント」
やっぱり、全部コイツが悪いということにしておきたい。
ここに至るまでの工程を簡単に説明しよう。
まず昨日の放課後のことから。私と士郎は手分けをして結界の基点を探し出し、その魔力を洗い流した。洗い流すこと自体は私しかできなかったんだけど、士郎のあの嗅覚の良さとでもいうべきか、異常の感知能力は思っていた以上に役立った。ほとんど期待していなかったというのに、その日のうちに敷地内のすべての基点を探し出すことができたのだ。
さて、その時のことである。士郎がおかしな人物を見かけたと言い出した。間桐慎二だ。士郎は慎二と同じクラスであり、どうやってそうなったのかは知らないが友人関係でもあるらしい。慎二はその日の授業を欠席していたらしい。だというのに、その姿を雑木林の中で見かけたらしいのだ。もちろんだからなんだという話でもある。行動におかしな点が見受けられたとはいえ、前述の通り慎二は魔術回路なんて持っていない。だから授業だって単にサボっただけで、放課後に校内で見かけたといっても単にその辺で遊んでいただけだ、という可能性の方が現実的だったからだ。故にその日は放置した。
夕方、当初の予定通り士郎をセイバーに締めてもらい、夜は新都への巡回に赴いた。桜には気づかれてなかったと思う。もし気付いたとしても、気づかないフリをしていたんだろうとも思っている。
新都では特に手がかりは得られなかった。ガス漏れ――――魔力蒐集の現場そのものは発見できたのだが、ぐったりとした被害者たちのために救急車を手配して、監督役に連絡を入れて、それだけだ。元から想定していた情報以上のものは欠片も出てこない。結局これだけ大規模な術式を組んでいるあたり、容疑者として一番あり得るのがキャスターだろうという推論を強めた程度に留まった。手がかりを得られなかったことは悔しかったが、一晩程度で何かが得られるとも思っていたわけではない。なので、わたしたちはとりあえずその日の巡回を切り上げることにした。
さて、家に戻ってからはお待ちかねの「遠坂先生の魔術講座~スイッチ編」である。誰が待っていたかは知らない。少なくとも士郎は待っていましたと言わんばかりだった。まあ、私たちの戦力強化っていうのは目下の課題なわけだから、私も待っていたといえば待っていたのよね。現状ゆっくりはしていられない。主力戦力、というか唯一の戦力であるセイバーが士郎を守るために使い潰されるってのだけはどうしても避けなければならない。そのためには、せめて自分の身が守れる程度に士郎を底上げしなければならないと思っていたのだ。だから、本来なら魔術の鍛錬なんて体調を万全にして、あらゆる外的危険要素を排除したうえで行わきゃいけなかったことを、無理やり強行してしまった。校舎を探索し、セイバーに締められ、果ては新都の巡回まで行った後なのだ。どれだけ見た目元気でタフさを装っていたとしても、疲労の蓄積がなかったはずがない。
強行だという自覚はあった。あった上でそのリスクを冒すべきだと判断したってことは、きっとそれだけ私が精神的に追い詰められていたからだろう。役立たずのサーヴァント。でもそれだけが問題じゃない。多分――――私は自分に降りかかった本当の「死」というものを、上手く消化できていなかったんだと思う。だから、らしくもなく、余裕もなくして焦った行動に出てしまったのだろう。
宝石を与えた士郎は、傍から見ても分かるくらいに魔力を暴走させた。やっぱり疲労が溜まっていたのが拙かったのだ。最悪の事態も想定した。怒ったセイバーに切り捨てられるところまで想定しましたとも。それで、ちょっと異様なまでに慌ただしくなった衛宮邸の中で、唯一蚊帳の外だった桜が目を覚ましていた。
あの子は何も言わなかった。手をギュって握って、顔を伏せて髪で隠して。士郎に会いに行こうとすらしなかった。
その態度で思い至った。この子は士郎が魔術師だったってこと、初めから知っていたんだ。そして、士郎がこの十年間やり続けていたあの鍛錬のことも。知っていて、知らないフリをした。だからこの夜のことも、知らないフリを通すつもりなのだ。
私は、この子に責められることをしたとも思っていたし、この子に責められたいとすら思っていたのかもしれない。でも気が変わった。この子がそういう態度を取るのなら、私は何一つ間違ったことなどしていない。もし私を責める権利がある奴がいるのだとしたら、それは己がマスターを危機に晒されたセイバーだけだ。まったく、いったい何のために他人の家にまでずかずか入り込んだりしたんだろうか!
結果的には事なきを得た。士郎の暴走状態は収まり、私の首もまだ繋がっている。大事を取って今日は学校を休ませたけど、あそこまで落ち着いたのならセイバーに任せておけば十分だ。桜まで休むなんて言い出したときは、ちょっとひっぱたいてやろうかとすら思ったけど、そこはぐっと我慢した。
そんなことがあったから、私は今朝から機嫌が悪かった。私も学校を休むという選択肢もあったのだけれど、あの結界の魔力を洗い流すことは出来るだけ毎日行ったほうがいい。故に、現在私は担任である葛木先生の授業を受けているところなのである。授業の内容はほとんど頭の中に入ってきてはくれないのだけど。
何気なく窓の外に視線を移す。そこから見える建物の向こう側には、昼休みに魔力を洗い流した基点のひとつがあるのだ。そしてそこに――――間桐慎二が現れた。まるで、ここからは直接見えない基点の方を確認しているかのように、じっとその地点を見つめている。
「――――ッ!」
こちらの視線に気づいたのか、慎二は大仰に視線を投げ返し、そしてそのまま去っていった。
「遠坂。授業に集中しなさい」
「――――はい。申し訳ありません」
授業中に注意を受けるなんて、私の経歴上初めてのことだ。でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。私はアーチャーに結界のあの基点の様子を調べてくるように命じた。もちろん、他のあらゆる余計なことをしないように釘を刺した上で。――――結果、基点の魔力は元に戻っていた。
放課後、私は再び例の基点のもとに来た。やはり魔力は戻っている。無駄だと分かってはいるが、その魔力を洗い流す。
「へえ。やっぱり遠坂が洗い流してくれてたんだ」
そしてその私の背後から、聞きたくなかった――――いいえ、待ち望んでいた男の声が聞こえた。
「あら。ごきげんよう。随分素敵な結界だから、ちょっと手を加えさせてもらったわ」
「おいおい。ソレを素敵とか、趣味悪いんじゃないか、遠坂」
「どの口が言うつもり? こんな結界、施設しただけでセカンドオーナーたる私に対する挑戦だとみなすけど?」
「勘違いするなよ。それは僕の仕業じゃない。それとも僕の仕業だって証拠でもあるのかい?」
「昼に洗い流したはずの基点に魔力が溜まっていたわ。アンタが現れた後にね」
「僕はその危険極まりない結界を調べてただけだよ。もっとも、僕には遠坂みたいに魔力を押し流すなんて芸当出来ないからね。知ってるだろ?」
「――――ふうん。たしかにその通りね」
「ふん。……だから大方遠坂が洗い流した後、僕が発見する間のどこかで魔力を入れた奴がいたんじゃないのか? キャスターあたりとかさ」
「キャスターねえ。キャスターがやったていう証拠でもあるていうのかしら?」
「そんなものはないさ。でもこんな結界を張れるなんて、この時期じゃキャスターだって考えるのが当然だろ? 証拠を集めて結界を解除させたいとは思ってるけどね。僕一人じゃちょっと荷が重い」
「ちょっとどころじゃないでしょ。一般人が首を突っ込んでいい話じゃないわ」
「おいおい。僕は間桐の嫡男だぞ。一般人なわけがないじゃないか。これでも立派な魔術師なんだぜ」
「あら。魔術回路を持たない人間を魔術師とは呼ばないわよ」
「――――ッ! だったら証拠をみせてやろうじゃないか。ライダー!!」
そんな馬鹿な、と思った私がいる。やっぱりこうなったか、と思った私がいる。
慎二の前に現れたのは、髪の長い、黒い衣装に身を包んだ、眼帯をした絶世の美女だった。
彼女が現れるのとほとんど同時に、私の前にアーチャーが実体化する。互いに殺気は放っていない。一触即発には一歩足りない。
「どうだ。これで僕を魔術師だと認めざるをえないだろう?」
「……一体どういう裏技を使ったのかしら、間桐君?」
「ふん。遠坂だって知らないわけじゃないだろ? 聖杯戦争のサーヴァントシステムを作ったのは間桐だぜ? おっと、これ以上は話せないな。魔術師のセオリー。己の神秘は秘匿するべきものだろ?」
「そう――――。いいわ。じゃあ貴方がこの聖杯戦争に参加しているマスターだとは認めてあげる」
「そうか。ハハッ。当然じゃないか、僕は魔術師なんだからな。じゃあ場所を変えよう。マスター同士、腹を割って話すのに相応しい場所へさあ」
「いいわ――――とは言わないわよ。何処に移動するつもりなのかくらい教えていただけないかしら。まさか魔術師の工房に連れていくつもりだとかは言わないわよね?」
そう私がカマを掛けたら、慎二は明らかに同様しやがった。まさか本当に間桐邸に連れていくつもりだったのか。まったく底が知れる。
「ふ、ふん、当然だろ。だったら、弓道場にしよう。あそこにはこの結界の大元になってる基点があるんだ。僕だってそれくらいの調べはついてるんだぜ?」
ふうん。なるほど。いい情報をありがとう。確かに士郎も一番匂いがきついって言ってたわね。しかし――――弓道場とはなんとも……。
「私は構わないけど、今の時間は部活中なんじゃないの?」
「ふん。そんな底辺の奴らの都合なんて知ったことかよ。大体僕は弓道部の主将だぜ? 僕が命じてさっさと解散させるさ」
「副主将でしょ。――――主将は美綴さんで――――今日は珍しく休みだったわね」
「ああ。鬼の霍乱って奴じゃないのか? それとも学校サボってどこかでお楽しみでもしてるんだろ。あんな程度の奴のことなんて、僕には関係ないから知らないけどね」
「――――」
私の知っている美綴綾子という人間は、少なくともコイツが言っているようなやつじゃない。魔術とは一切関係のない子だけど、それ以外なら何一つ遠坂凛に引けを取らない人物だ。故に私はコイツの言い分に腹を立てている。腹を立てているからそんな態度は一切外に漏らさない。ただしコイツの言っていることに何一つ正しいことがないのであれば――――綾子に手を出したのであれば、間桐慎二は自らの処刑執行書にサインをしたようなものだ。
弓道場にはやはり幾人かの部員が部活を行っていた。主将の綾子もおらず、次期主将と目されている桜もいない。顧問の藤村先生も今は職員会議中だろう。副主将はこの慎二だ。藤村先生から監督役を任されている上級生はいるが、そこに慎二が乗り込んで喚き散らしている。ほどなくして、今日の部活動は中止になったという旨が部員たちに通知された。
「ふん。この僕に手間を取らせるなんて使えない奴め」
慎二は不機嫌そうに吐き捨てた。初めからこの場所を使うつもりなら最初から用意してなさいと思わなくもないけど、そんな忠告など無用だろう。
さて、そんなわけで私はある意味敵地に乗り込むことになるわけだけど、どうみても急場であるし、この弓道場なら最悪空から逃げることも出来るだろう。ライダーのステータスは先ほど確認した。白兵戦に影響しそうなステータスはランサーやセイバーに比べて低い。アーチャーと同じく宝具特化型のサーヴァント。ランサーのときのような無様さえ晒さなければ、撤退に持ち込むことはおそらく可能だ。
そこまで考えて私は慎二についてきたわけだけれど、弓道部員たちが帰宅しだしたために再度霊体化したアーチャーが、なにやら神妙な感じで私を伺っている。特に何も言葉も念話も発しはしなかったけれど。
そうこうしているうちに弓道場からは人っ子一人いなくなっていた。残っているのは、私と慎二のみだ。
「それで、わざわざ手間をかけてまで本来殺し合うべきマスターが顔を突き合わせているわけだけど、貴方は私に何を提示し、何を要求しようというのかしら?」
「随分直球でくるんだね。僕としては、もう少し余裕を持って会話を楽しみたいのだけれど」
「会話を楽しめる相手なら私もそうするわ。でも、その点で言えば貴方落第点なんだもの」
「ふん。あんまり僕をコケにしていると、後悔することになるぞ」
「へえ。やっぱりそっちが本性なんだ」
「――――どうやら遠坂は本気で僕を悪者にしたいわけだ。まあいい。要求は、僕と同盟を組んでもらうことさ。衛宮なんかとじゃなくな」
「へえ。私と衛宮君が同盟関係だって知ってる上でそんな誘いを掛けたんだ。なら、まずは衛宮君ではなく貴方と組むことのメリットを教えてもらいましょうか」
「遠坂は知らないかもしれないけどさ、アイツ、魔術師って言ったってまともな魔術なんてひとつも使えないんだぜ? やり方も間違ってる、この一年で一度だって成功させたことがない。ちょっと魔術回路を持ってるだけの、それこそただの一般人だ」
「――――随分事情に詳しいみたいじゃない。確かに、それは衛宮君と組むに当たっての私のデメリットね。でも彼のサーヴァントは魅力的よ?」
「へえ。遠坂はああいうのが好みなのか。まあ、確かに顔は悪くないからな。でも僕のライダーだって具合はなかなか……っと、これは今は関係なかったな」
――――話を聞くのが無駄なんじゃないかと思えてきたわ。
でも衛宮君のことに加えてセイバーのことも知ってるみたいね。出処は……想像でしかないけどありえなくはない。彼女の容姿については一昨日に全員引き連れて深山から新都まで練り歩いちゃったし、どこかで目撃でもされていてもおかしくないか。
「なんだったら衛宮のサーヴァントと戦わせてやろうか? 当然、僕のライダーが勝つだろうけどな」
「貴方がさっき言った通り、私と衛宮君は現在同盟関係にあるわ。勝手な真似なんてされたら貴方の提案なんて却下するしかなくなると思っておきなさい」
「だから、僕と組んだほうが得だって、さっきから言ってるだろ! どうせアイツはキャスターの居所すらつかめてないんだからな!」
「……なるほど。情報収集能力では勝ってるって言いたいのね。でもガセを掴まされていい気になってるわけじゃないって、証明してくださらないかしら? 採点は受け持ってあげるわ」
「――――!! ふん。キャスターのサーヴァントは柳洞寺にいる。マスターは、あのいけ好かない生徒会長あたりだろうよ」
!! なるほど、柳洞寺か。確かにあそこは冬木の霊地のひとつだったはず。それほど格は高くなかったと思うけど、街中に張り巡らされている霊脈を使えばあの大規模魔力蒐集も可能だ。
マスターの方は、当てずっぽうってところかしら。少なくとも柳洞君は魔術師じゃない。もっとも、魔術師でもないのにマスター名乗ってる馬鹿が現在目の前にいるわけだから、警戒しておいて損はないわね。
まあ、コイツの引き出しはこの程度でしょうね。そろそろ潮時かしら。
「流石。と、誉めてあげるわ」
「――――ハハッ。当然だろ。だったら話は早い。僕と――――」
「でも駄目。どんなに加点を稼いだって及第点には程遠いわ。だって貴方、全然信用できないんだもの。同盟者としては致命的よ」
「な――――」
「士郎は確かにへっぽこよ。でもアンタと比べたら月とすっぽん。彼以上に同盟者として相応しい者もいないわ。あと意味はないけど、柳洞君を確たる証拠もなしにマスター呼ばわりしたのも減点対象ね」
「遠坂――――お前、後悔するって僕が言ったこと、覚えてないとは言わせないぞ」
「どう転んだって後悔なんてしてあげないわ」
もしここで私が負けたとしても、この男に膝を屈してなんかやるものか。
マナが騒ぐ。緊張の糸が張り巡らされて――――そして一気に千切れとんだ。
「ライダー!!」
「アーチャー!!」
呼び声とともに黒衣の美女、ライダーが実体化し動いた。鎖のついた杭が、うねりを上げて私に襲い掛かる。実体化したアーチャーはそれを錆びついたボロボロの剣で防いだが、いくらか押し負け数歩後退した。
「ハハッ! なんだ、遠坂のサーヴァントだっていうから警戒してみれば、ただの雑魚じゃないか。いいぞライダー。そんな野郎、串刺しにしてしまえ」
慎二の命令の下、ライダーが再び襲い掛かる。今度は空間いっぱいに鎖を展開し、その先にある杭の軌道を鎖によってマリオネットのように操作しだした。その軌道は予想し難い。右、左、上。いえ、最後は正面。その変幻自在の動きを、アーチャーは完全に捉えていた。正面から来る杭を錆剣で弾き飛ばし、それと同時に上から突っ込んできたライダーを――――二本目の鈍剣でいなした。
ただし、その力の差は埋めがたい。完全にいなしたはずのアーチャーの身体は逆に吹き飛ばされ、私のすぐ傍まで後退してしまう。
「アーチャー!」
「まったくサーヴァント使いの荒いマスターだ。まともな戦闘など出来んと、あれほど言っておいただろう!」
「私のサーヴァントなんだからこれ以上の泣き言は聞かないわ。アンタはどうするのが一番だと思う?」
「跪いて靴の裏を舐め、許しを請いたいのでなければ撤退一択だ」
そう言ったアーチャーは私の身体を抱き担ぐと、右手に握っていた一本目とも二本目とも違う剣を、躊躇うことなく投げつけた。慎二に向かって。
ライダーはそれを防がなければならない。あんなのでも一応マスターだ。アーチャーはその隙を突き、吹き抜けの矢道を蹴って脱出を図る。
「何やってるんだよライダー! 逃がすんじゃない!」
慎二が吼える。ライダーが再び追って来る。
「凛。悪いが、しっかりつかまっていろ」
アーチャーはその言葉とともに、私を抱えていた腕から力を抜いた。慌ててアーチャーの身体にしがみつく。
対応できた私を確認したアーチャーは、フリーになった両手にまたしても剣を握っていた。一本目の錆剣でも、二本目の鈍剣でもない。三本目と同じ、何の変哲もない、あのライダーの釘剣以上に何の神秘も纏っていない、鉄屑の剣。それを左右で二振り。躊躇うことなく僅かに死角から外れていた慎二に向かって投げつける。あの庭での出来事と同じだ。その剣は寸分の狂いもなく慎二に向かって飛んでいき、その途中でライダーによってまたしても防がれた。二振り目も同様。
けれどそれで終わりではない。三振り目。四振り目。まったく途切れを知らないかのごとく、その剣は湯水のように湧き起こる。
慎二が狙えなくなるまで距離を取った私たちは、そのまま死角に身を隠しながら彼らを撒くことに成功したのだ。
こそこそと逃げ回ったり隠れ潜んだりするのは主義じゃない。でも今はそんなことも言っていられる状況でもない。
冒頭の台詞はこの時に言っておいた。まあ、言葉で言うほど言葉の通り思っていたわけではないのだ。いくらランサーやセイバーと比べて劣るとはいえ、アーチャーと比べてライダーが格上なのは明白。それなのに、今度はちゃんと生きている。どうやらコイツもやれば出来る奴らしい。少しだけ見直した。「もう二度と御免だ」なんて、そんな泣き言を言わなければもっと見直してやったのに。
「それにしてもあの男――――凛、気づいたか?」
「ん? 何のこと?」
「なんだ、気づいてなかったのか。奴はマスターじゃないぞ。少なくとも正規のマスターじゃない。もしかしたら令呪も持っていないかもしれない」
「え――――」
「奴は言っていただろう? 『遠坂のサーヴァントだっていうから警戒してみれば』と。少なくとも俺のステータスを確認できるのなら、まず警戒しようなどとは思わない。奴が余程慎重な性格で、裏の裏まで考えないと気が済まないような性質なら話は別だが、あのやり取りから考えるにそういうわけでもなさそうだ。むしろ俺を目にした瞬間馬鹿にして、お前を守るのには僕こそ相応しい、くらいのことはほざく場面なんじゃないのか?」
なるほど。そういえばそうだ。そこに気づくとは流石私のサーヴァント。もっと見直してあげるわ。それにしても、いかにも慎二なら言いそうなセリフね。
「でも、ライダーは一応慎二を守っていたわね」
「一応な。だから敵であることには間違いない。順当に考えるなら、はぐれサーヴァントを拾って現世への頸木役としてのマスターを任されていると考えるべきなんだが。間桐がどうのこうの言っていたあたりが気になるな。どうにも裏がありそうだ」
「わかったわ。そっちは私も調べてみる。まったく心当たりがないってわけでもないの」
「それは重畳。では、俺からもうひとつ進言しておこう」
ふむふむ。コイツ、戦闘力は期待できないけど、こういう考察系には強いみたいね。
「承りましょう」
「彼女、ライダーは少なくとも騎士や戦士の類ではないよ。戦い方もそうだし、纏っている雰囲気からも、英雄というより反英雄に近い。化生の類で女性。美しい髪と、目を隠す衣装。そこから考えるに彼女の正体は――――」
「な!」
「推論の域だがね。間違っているとは思っていない。こういう推測は大体当たるからな。なんだったらセイバーに聞いてみるといい。彼女には少し、悪いことをしたが」
「嘘、セイバーの正体も知ってるっていうの!?」
「俺からは言わんぞ。教えてほしいなら彼女を説き伏せろ。彼女だって衛宮士郎には隠しているんだからな。ああもちろん、最終局面まで進めばちゃんと情報は開示する」
「――――じゃ、じゃあランサーの正体は……って、これは知ってて当然か。宝具の真名解放したんだったわね。ええと、ああもうどうして後はわからないのよ!」
「無茶言うな。見たこともないサーヴァントの正体なんて分かるわけないだろ」
ああ知っていますとも。無茶振りだってね。でもいいわ。そういうことなら認めてあげる。遠坂凛の召喚したサーヴァントは、最高のサーヴァントなんだってこと。
さて、意気揚々と衛宮邸に帰ってきた私たちだったのだけど、ここで予期せぬ問題が発生していた。まったく次から次へと世話の焼ける。しょうがない。次はあのへっぽこ2号の話にしましょう。