俺、衛宮士郎は、現在ぷりぷりと可愛らしくも腹を立てているイリヤの後ろをついて歩いている。
「もう、シロウの慌てん坊。そういうことならちゃんと言ってくれないと」
「ごめんごめん。まさかバーサーカーがああいう恰好だとは思ってなかったんだよ」
「まあ確かに、バーサーカーみたいに上半身裸で出歩いてる人たちっていないし。気づかなかったのは私も悪いけど。でもでも、セイバーやアーチャーが日本風の恰好をしてるって、ちゃんと説明してくれないと分からないじゃない」
バーサーカーが実体化した姿はその大きさも然ることながら、その恰好が何よりも問題だった。イリヤの言う通り上半身は裸で、身に着けている衣装と言えば腰を覆っている鎧、のような布きれ、のような。一瞬では判別がつかなかったが、とにかくどう考えても夕食の買い出しに賑わっている商店街を闊歩させていい恰好ではない。――――ああ、そういえば俺は何のために商店街まで足を運んだんだったか。右手に下げた袋の一升瓶が重い。
「でもどうしましょう。ちょっと見て回ったけど、バーサーカーに着せてあげられる服って、なかなかないのね」
そういうわけで、現在俺たちはバーサーカーでも着られる現代風の服を求めて商店街を練り歩いていたりする。深山商店街は昔気質の色濃く残る土地柄なのか、新都にあるデパートと張り合って一歩も引かず、食糧・衣服・小物・本・花・果ては骨董まで、わりとなんでも揃っている。流石に流行やデザインを気にするなら新都まで足を伸ばす必要があるが、当座の衣服が必要ならこの商店街でも問題ないだろう。アーチャーの服を揃えたのはこの商店街だ。――――そういえば、衣装代は何故か俺が出したんだったよな。セイバーの服は遠坂のおさがりを貸してもらったわけだから、等価交換といえばそうなるんだが、確か遠坂はサーヴァントなんかにびた一文使ってやるかと啖呵を切り、それでも実体化していたいとアーチャーに泣きつかれ……。あれ、サーヴァントの実体化って割と大変なのかもしれない。しかしじゃああの執事服は何処から調達したのか。遠坂の家の本当の執事さんの衣装でも拝借したのか。まあ、もう買ってしまったものはしょうがないからいいんだけど。
「あ、コレなら大きいかも。どうかしら?」
イリヤが今手に取っているのは4L~TLの男物のズボンである。あるとこにはあるんだな、こういう規格外の服。ウエストなんてイリヤが二人くらい入ってしまいそうだ。いったい何処に需要があるというのだろう。
しかし如何な規格外の服とはいえ、相手は規格外の更に規格外だ。あの一瞬で確認しただけだが、これでは役不足、否、サイズ不足というものだ。本当にあの一瞬でイリヤがすぐに対応してくれてよかった。あの後一秒もせずに奥様方の笑い声が聞こえてきたときは肝が冷えた。
「う~ん。やっぱり既製品だと難しいんじゃないかなあ」
「じゃあオーダーメイドね。シロウはどこか腕のいい職人を知っているの?」
ここで店ではなく職人という辺り庶民とか一介のセレブとかとはかけ離れている。住んでる世界が違うんだなとまじまじと感心させられるわけだが、いまはその感想は脇に置いておこう。
問題である店あるいは職人についての心当たりだが、そんなものは衛宮士郎にはない。一応コレでも一般の、どこにでもいる普通の学生なのだ。普通の学生は洋服のオーダーメイドなんてしない。つまりそんなツテもない。
……一般の学生というのは言い過ぎただろうか。魔術ひとつ取ってみても、それだけで一般という枠からは外れている。俺自身には魔術師としての心得なんて大したものは持っていないのだけれど、遠坂の教えを受けている以上、彼女の迷惑にはならないよう努力する必要だってある。それに――――魔術云々の話すら横に置いて、今現在の俺の後見人についてだって一般的だとは言いがたい。なんたって隣の家の藤村さんちの雷画爺さんは――――。
「あ――――」
「何か心当たりがあるの?」
「心当たりというか、洋服ではなくなるけど、オーダーメイドとか受け付けてくれて、バーサーカーくらいの大きさでもなんとかなりそうなのは――――イリヤ、ちょっと着いてきてくれ!」
「あ、もう。紳士ならちゃんとレディをエスコートしなさい!」
「ああ、ごめん。だけど何とかなると思う。バーサーカーの服、用意できるぞ」
「本当? 約束よ。期待させて裏切ったら、酷いんだからね」
「ああ。もちろん」
俺たちは商店街を駆け抜けた。
向かった先は商店街も端も端。まるで繁盛しているふうではない、むしろ開店しているかすら怪しい古めかしい木造の店。引き戸を横に暖簾を潜る。
「ごめんください」
ぬ、と。何かが出てきた。
ああ懐かしい。確か初めて来たとき、俺は泣いてしまったような覚えがある。スキンヘッドの大男。豪快にヒゲを生やし、片目が完全につぶれた顔。四肢はちゃんとついているけれど、よく見れば小指が足りない。――――バーサーカーを目にした直後だと、こんな人でも可愛らしく思えてしまうから不思議だ。
「おお。誰かと思ったら衛宮の坊主か。頭領の遣いか?」
「いや。個人的に欲しいものがあるんだ。秋山さんは?」
「店主なら奥に引っ込んでるぞ。呼んでくるからちょと待って――――おいおい、嬢ちゃん。ここは嬢ちゃんが来るような場所じゃねえぞ」
「あ、その子は俺のツレなんだ。探してるのはこの子の――――知り合い用のもので」
「ふうん。可愛らしいモンが欲しいならそれこそ新都に五萬とあるってーのに……、ああいや。聞かなかったことにしといてくれ。客の詮索はしない規則だ。頭領の縁者なら尚のことな」
そう言って、スキンヘッドの男は店の奥へと姿を消した。一度は彼に睨まれたイリヤだったが、まるで怖がった様子もなくまじまじと店の様子を観察している。
「ここすごい。工房にしたって申し分ないくらいなのに、全然魔術の匂いがしないわ」
「ここの人は魔術師じゃないぞ。ちょっと風変わりだけど、腕のいい職人なんだ」
「へえ~」
店の中は客など寄せ付けぬとでも言わんばかりの薄暗さ。展示している商品はきっちり畳まれ、皺ひとつない。商品自体は華やかな文様のものもたくさんあるはずなのに、それが完全に店の雰囲気に飲み込まれてしまっている。
ここは所謂個人経営の呉服店、着物屋さんなのだが、こういう雰囲気上一見さんお断りな、ちょっと時代錯誤な店だ。そんなのでよくやっていっているなと感心するのだが、この手の店は固定客さえ離さなければそれなりに回るらしい。そしてこの店の固定客って言うのが、藤村さんちの雷画爺さんを初めとしたその他諸々の人たちだ。藤ねぇもここで振袖を誂えていた。あの虎はあと何年振袖を着るつもりなのだろうか。
一見さんお断り、ということはつまり俺もここで何着か仕立ててもらったことがある。と言っても全て雷画爺さんから送られた誕生日プレゼントとかなので、小物とかを除いて俺が手出ししたことはない。
この店の売り物は基本的に帯や小物以外に既製品がなく、反物から作る完全オーダーメイドだ。顧客の要望があるなどの特別の場合は反物の糸を選ぶところから始めるらしい。流石に反物を織ったり、柄を描いたりまではこの店でやっているわけではないが、縫製は店主や従業員という名の店主の弟子たちの手による完全手縫いだ。あのスキンヘッドの男もそのうちの一人である。特に店主の手がけたモノの仕上がりは、吸い付くように肌を覆い、一度着てしまえば既製品のゴワゴワ感に我慢できなくなるという。
「おや、衛宮さん。お久しぶりです」
「ご無沙汰してます、秋山さん。すいません突然」
「何の何の。暇を持て余しておったところですから、お気になさらず。本日はどのようなご用件で?」
店の奥から出てきたのは、スキンヘッドの男と比べればなんとも温和な初老の男性だった。茶鼠の着物と色の濃い同系色の羽織を纏った、見た目だけなら江戸時代からタイムスリップしてきたような人である。
「着物を一着、作って貰いたいんです。ちょっとその――――既製品だとサイズがなくて」
「ほうほう。いいですよ。どれくらいのものをお望みですか?」
秋山さんは任せてくれと言わんばかりに了承を示してくれたが、さて大丈夫なのだろうか。俺は目視した大体の大きさを伝える。すると流石に、秋山さんは手に持っていた扇子をポトリと落としてしまった。
「冗談――――ではなさそうですが。いや、それは。流石に……」
「無理、でしょうか」
唖然とする秋山さんの反応を見ていると、どうやら無理らしい。隣のイリヤを伺うと残念そう――――ちょっと怒っているのかもしれない。職人ならそのくらいドンと請け負いなさい、とでも言い出しそうだ。
「……いいえ。無理ということはありませんよ。そもそも着物というのは一枚の反物を切り分けて作るわけですから、材料さえ惜しまなければ作ることは可能です。しかし――――そのサイズとなると私も初めてですので、せめて正確な寸法を測らせてもらえないと……」
なるほど最もだ。しかしどうしたものか。バーサーカーの寸法を測るということは、あの姿を晒すことになってしまう。秋山さんはその手の人たちを顧客に持っているだけあって言い含めれば口は堅いのだが、こちらの世界に所属しているわけではないので彼一人であれバレたら拙いことに変わりない。
「その方はこちらにいらっしゃらないのですか?」
「ええと。いや、そんなことは、ないんだけど……」
「ああ。お店の外にいらっしゃるのですね。入ってきてもらってもよろしいですよ。入口は苦労なさるでしょうけど、売り場の天井の高さならギリギリ問題ないでしょう」
もちろんそれが問題にならないというのはありがたいのだが――――さて。
口籠る俺に秋山さんが困った顔をしてしまう。イリヤも同様だ。秋山さんが魔術師でないと先ほど話したばかりなのだから、余計なことは一言も言えない。そのイリヤの様子を秋山さんが観察して、なにやらこくこくと考え出した。
「ああ、もしや。顔を出せない方なのですか? ああいえ。詮索する気はありません。それは御法度ですから。ではこうしましょう。ここの台帳には、着物を作るに当たって計測しなければならない部位が書いてあります。これを参考に衛宮さんがお客様の寸法を測って頂いて、その数値を御記入ください。全て測り終わるまで私は奥で待機し、測り終わりましたら中身を確認いたします。計測用の器具はこちらで用意しますから」
そんな、とてもありがたい申し出をしてくれた。どうしてそこまで気が回ったのか。もしかして秋山さんもこっちの世界の人だったとでも言うのか――――。
そんな驚きが顔に出ていたのだろう。秋山さんは巻尺と台帳を俺に渡す際に、そっと耳打ちをしてくれた。
「いろいろとお客様相手の商売を長くしていますとね、然る国の貴族・高官のお身内の方とか、そのSPの方とか、そういうあまり顔を知られてはならない方々とか、極々稀にお見えになることがあるんですよ。一体何処から聞きつけたのやら。そういえば、若い頃にどう考えても指名手配中のお仲間と壁越しに飲み明かしたこともありましたか」
――――秋山さんが思っていた以上に大物だった。
そんな、まるで大物の雰囲気を纏っていない初老の紳士である秋山さんが奥へと戻っていったのを見計らって、俺は任された作業を始めることになった。
「■■■■!!」
イリヤに頼んで実体化してもらったバーサーカーも、なにやら張り切っているようにも思える。よし、ちゃっちゃと済ませてしまいましょうか。
「じゃあええと、まず軽く腕を上げてもらって……」
「バーサーカー。腕を上げなさい」
「■■!」
「ああ、ダメだって、屋根裏に当たってる。ゆっくり、ゆっくり下ろしてくれ――――ストップ、そのまま」
――――と、屋根裏を形成している木材の一部が凹んでしまうような多少のハプニングを交えつつ、作業を進めていく。しかし意気込んだのはいいものの、コレが意外に難しい。なんと言っても相手はバーサーカー。灰色の小山を相手にしているようなものだ。それでもどうにか巻尺を目いっぱいに伸ばして計測いったのだが、そうそう経たないうちに問題が発覚した。巻尺の長さが足りなくなってしまったのだ。
それなりに努力はした。始点位置をイリヤに押さえてもらい、ギリギリまで伸ばした地点を始点に再度測り、最後に値を合計する。言うは簡単だが実際にやってみるのは難しい。15センチメートル定規で50センチメートルを測るなんてことと比較にならないくらいに難しい。半分くらいの計測を終えた時点で、この冬場でありえないくらいの汗をかいてしまった。
「うう~。ようやく半分か。もうちょっととはいえ、もっとどうにか出来ないもんかな」
「マキジャク。もうひとつあればよかったのにね」
そういうイリヤの言はもっともである。手にすっぽりと収まっている巻尺。ざっと見渡した限り店先には置いていない。足りないものがあるのだから、秋山さんに言って用意してもらおうか。それとも――――。
一瞬不埒な考えが頭を過ったが振り払うことにした。多分強化を行うよりは旨くいく可能性は高い。しかしスイッチを作ってすぐ、まだ遠坂にも様子を見てもらっていない。これが鍛錬のひとつであるならやってもいいが、もし失敗したら一般人である秋山さんを巻き込むことになるかも知れない。
だからもっと別の。確実に成功するような。壁一枚隔てた先に、魔術とはなんら関わりのない人がいるような場合に行った実績のある、衛宮士郎にも出来ることと言えば――――。
「イリア。ちょっとバーサーカーに魔術をかけてもいいか?」
「え? ええと、何する気?」
「別に変なことはしないぞ。ちょっとバーサーカーを解析して、詳細な寸法が割り出せないかなって思ってさ」
「――――そんなことできるんだ」
「無駄な才能だと言われたことはある」
「ふうん。でも、そうね。攻撃魔術じゃないなら私に問題はないわ。でも成功するかどうかはわからないわよ。中身はまずわからないだろうし。外側だけなら――――大丈夫、かしら?」
「流石に中身までは俺でも無理だって思ってるぞ」
イリヤはあまり期待していないようだ。それもそうだろう。神秘はより強い神秘の前に無力になる。俺の魔術なんてバーサーカーから見れば蟻、蚤みたいなものだ。けれどこうしてバーサーカーが実体化しているってことは、存在している物質が空間の中にあるってことだ。中身はともかく外側を真似るだけなら、それこそ衛宮士郎の数少ない特技である。投影させる前の情報をこの巻尺の尺度で解析して数値化するくらいなら、俺でも何とか出来るかもしれない。そういえば、遠くの距離をかなり精確に把握することも出来たんだったか。
「じゃあ行くぞ。――――
スイッチ――――想像の中の撃鉄を打つ。ありえないくらい潤沢な魔力が奔り、バーサーカーの形骸の情報が流れ込んでくる。こんなにも簡単に魔術を成功させたのは初めてかもしれない。後で遠坂にお礼を言わなければ。
「――――
「嘘。本当?」
イリヤが本気で驚いている。本当に信用されてなかったらしい。流石にちょっと傷ついた。遠坂からはへっぽこ2号の称号を賜っているとはいえ、へっぽこはへっぽこなりに何かしら特技というものがあるのだ。栄えある1号のアーチャーにだって実用に耐えうるかどうかは置いておいて特技はあるわけだし。
さて、解析した数値を忘れないうちに台帳に書き込んでしまおう。
「でも上手くいってよかったわ。もしこれ以上時間が掛かるなら、アキヤマに手伝ってもらおうかしらって思ってたもの」
それは出来ないだろう。神秘の秘匿的に。
「あら。私ならアキヤマの記憶を弄るくらいわけないのに。シロウって本当に生真面目なんだから」
――――なんだと。
少し。いやかなり。衛宮士郎は心にダメージを負ってしまった。
「おやおや。随分お疲れですね。しかし――――これだけの寸法ならそうなりますか。申し訳ありません。巻尺、もうひとつ必要だったでしょう?」
ノルマである寸法を記載し終えてからバーサーカーを再度霊体化してもらい、秋山さんを呼ぶ。秋山さんは俺が返した台帳に記載された出鱈目な数値に呆れながらも労を労ってくれた。出来ればもう少し早く気づいて欲しかったけど、バーサーカーが実体化しているところに戻ってきてもらっても困ったことになっただろう。――――イリヤの言った台詞はこの際聞かなかったことにして。
「ふむふむ。横幅はいっそ気持ちのいいくらい足りてませんね。男の方や大柄の方には幅広の反物を使うのが普通ですが、いっそ通常幅のものを2枚に継いだほうがよさそうです。女性物の反物を利用すれば四、五反あれば十分足りますね。ああ、心配しないでください。女性物といってもシンプルなものは多いですから。ただ同じ柄の反物が複数本いるとなると、あまり柄は選べませんね。お客様のイメージがあるのならお伺いしますよ。柄を決める参考に致しますので」
バーサーカーのイメージと言っても、第一印象は「死」で、見た目を述べるなら「灰色の巨人だ。流石にそれは伝えにくい。
「戦士と雪。これならどうかしら?」
と思い悩んでいたら、イリヤから提案があった。それもそうか。今日初めてあった俺なんかよりイリヤのほうがずっと付き合いが長いんだろうし。
「戦士に、雪、ですね。では黒字に、白の大小霰をあしらったこちらなどどうでしょう。男物であれば行儀霰のほうが一般的ですが、乱れ霰のほうがより雪らしく見えますよ。どちらも遠目から見れば濃い灰色に映りますし、男性が着用してもさほど問題はないでしょう」
見本を見せながら解説を付け加え提案する秋山さんに、イリヤも大満足のようだ。
「反物五反となると直ぐ用意できるものが限られます。直ぐに用意できる生地はさほど高級なものではございません。数ヶ月お待ちいただければ最高の品質のものを御用意できますが、いかが致しますか?」
「あまり時間はないの。できるだけ急いで用意できるものにしてもらえないかしら」
「そうですか。では当店の在庫であるものを使用致しましょう。しかし、となると汚れ防止加工も今回は不要ですね。あれは長く着るには是非お勧めしたいところなのですが、どうしても加工だけで数週間かかります。それに生地にしても化学繊維物なので、御家庭でも洗濯は可能になりますから取り立てて必要というわけでもございません」
「ええ。そちらの方が都合がいいわ」
「本来なら小物関係も必要なのですが、お客様の寸法は既製品では合いませんね。腰紐は既製品を縫い合わせた物をお付けするとして、帯だけなら既製品で足りなくもないでしょう。通常二巻すべきところを一巻にすれば、ですが。これもサービス致しましょう。帯の結び方などは簡易な説明書を一緒にお渡ししますけれど、問題ありませんか?」
「その辺はセラとリズにやってもらうから大丈夫よ」
「反物五反に縫製となると少々値が張るものなのですがね。こちらの在庫整理の意味合いもありますし、衛宮さんの紹介ですから。今回はこのくらいでいかがですか?」
「まあ、そのくらいで出来るのね。ええ、是非お願いしたいわ」
秋山さんが電卓を叩いているところをみると、どうやら商談は纏まりかけているようだ。しかしその値段をそのくらい、はないだろう。いや、着物一着……五着分の生地を使っているわけだから、そう考えるとそのくらい、ではあるんだが、初めて着物を用立てる人が了承できる値段じゃないぞ。
「では裁断縫製がありますから。お客様にお渡しできるのは、そうですね――――2週間ほど頂いてよろしいでしょうか」
そう。最後に秋山さんが確認したとき。明らかに、イリヤが動揺した。
「え。もっと早く出来ないかしら」
「流石にこれ以上は。通常の仕立てなら急ぎに急いで1週間、と言ったところなのですが、今回は大きさが大きさなので。……お客様?」
秋山さんの言いようでは、2週間というのも破格のスピードなのだろう。そしてそれをイリヤも理解したのだ。理解したからこそ、イリヤはギュッと唇を結び。
「じゃあいらない」
と、吐き出した。
そのままイリヤは店を出る。俺は慌てて彼女を追い、店先を出た直後にその腕を掴むことが出来た。
「イリヤ。どうしたんだよ急に」
振り向いたイリヤは怒っていた。今までにないほど本気で怒っていた。そしてその表情は、俺には泣いているようにさえ見えた。
「酷いわシロウ。出来もしないことを約束して、期待させて裏切るなんて、最低よ。――――決めた。やっぱりシロウは私が潰すわ。絶対に、私のバーサーカーで潰してやるんだから。じゃあ、また会いましょう。今度は、夜に」
傾いた太陽を浴びで赤く染まった空の下、俺の腕を振り払って去っていくイリヤ。何がいけなかったのか、何をやってしまったのか。このときの俺にはどうしても理解することが出来なかった。それを本当の意味で理解できたのは、これから数日経って、何もかもが取り戻せなくなった後のことだった。