私、遠坂凛は「あのへっぽこ2号がああ!!」と猛烈に怒っていた。
へっぽこだド素人だとは思っていたけれど、まさかここまで手間を掛けさせるなんて計算外もいいところだ。
こらそこ。やれやれだなんて肩を竦めて、さも自分は無関係ですなんて面をするな。そもそもアンタがちゃんと止めてればこんなことにならなかったんでしょうが!
「さっさと追いかけるわよ! この駄サーヴァントっ!!」
そもそも今日の夕方から、どうにもコイツは緊張感が欠けてるんじゃないかとは思っていたのだ。
慎二の馬鹿を相手にしてそれなりに疲労も溜まっていた。柳洞寺の情報は有難かったけど、じゃあその情報をどう生かすかについては士郎やセイバーも含めて話し合っておこうと考えながら、衛宮邸に帰ってきたときのことだ。
「お願いですセイバーさん! 先輩を、先輩を探してください!!」
そんな、桜の悲鳴を聞いた。
何事かとその声に向かって急いでみれば、聞こえてきた内容から推察できる通り、桜が必死の形相でセイバーに縋りついていたのだ。
話をまとめるとこうだ。士郎の様態は午前中のうちに回復し、午後には体力が有り余っていたらしく、気合いを入れて夕食の準備をしていたらしい。その様子に安心した桜はつい居間でうたた寝してしまい、目が覚めたのはつい先ほど。セイバーもまた消費魔力のセーブのために午後は横になっていた。そして――――気づいたときには士郎の姿がどこにもなかったというのだ。
時刻は夕方。まだ日は落ちていないとはいえ、時機に夜がやってくる。気の早い連中ならいつ仕掛けてきてもおかしくない。それこそ、私だって慎二のライダーと一戦交えてきた後だ。
桜が何を心配しているかは分かる。セイバーは桜がそんな事情を知っているとは思っていないだろうが、己のマスターが見当たらないという状況を良しとするはずがない。それは私も同じだ。仮にも士郎は同盟者。どこかで野垂れ死にでもされては今後の戦略に関わってくる。
セイバーなら士郎とパスがつながっている。士郎自身がへっぽこのため念話などの効力は発揮できないとはいえ、セイバーから士郎の居場所をなんとなく推し量る程度は出来るはずだ。故に私も桜と一緒になってセイバーに詰め寄ろうとしたその矢先。
「ただいま~。あ、遠坂の方が早かったのか」
そんな、間の抜けた声を聞いた。
そこから先はお説教である。どうして一人で出歩いたのかとか、なんで声すら掛けなかったのかとか、帰ってくる時間が遅すぎるとか、今の時期を何だと思っているのかとか。ちょっと聞いているだけでも不穏な言い方をしてしまったため、士郎は事情を知らないということになっている桜をむしろ気遣った。その態度が更に私の火に油を注ぎ、それが暴発する前に、桜が暴発してしまった。
「私。帰ります。私がここに居ても、何の役にも立たないっ!!」
桜は泣いてなんていなかった。でも私には泣いているように見えた。
奇しくもそれは朝方私が言葉にせずとも思っていたことで。だから私は桜を追いかける資格なんてない。それが出来るのはこの場所にはたった一人しかいなくて。だというのにそいつは間抜け面をして呆けているだけで。
こつん。と音がした。
私じゃない。私がやるなら、ばしんとか、ごつんとか、どかんである。
「何をしている。女性を泣かすと後が面倒なんだぞ」
アーチャーに再起動させられた士郎は慌てて桜を追った。セイバーは一礼して士郎の後を追いかけた。残された私は、私のサーヴァントが言った言葉の意味を懇切丁寧に聞くことにした。
結局士郎は桜に追いつくことは出来たが、彼女は戻ってはこなかった。それはいい。これ以上部外者を立ち入れたままでいることに限界も感じていた。士郎がちゃんとフォローできたかどうかは知らないが、わたしもそこまでお節介を焼く必要はないと思っている。仮に焼くとしても全てが終わった後での話だろう。とにかく――――聖杯戦争だ。
慎二とライダーのことを二人に伝える。士郎は驚いていたみたいで、やっぱり桜を引き留めたほうがよかったんじゃないかと言い出したが、これは諌めておいた。桜の安全を考慮し聖杯戦争に巻き込まないことを第一に考えるなら、彼女は家族の下にいたほうがいい。彼女を懐に入れるということは、人質を取られていると相手に思わせることに繋がる。そして――――士郎には言わなかったけれど、こちらの内情を漏らされる可能性だって出てくる。士郎のへっぽこ度合いを慎二が知っていたみたいに。桜の意思に関わらず、桜が聖杯戦争における利用価値を持ってしまうのだ。だから、彼女は当分この家から距離を置いた方がいい。
セイバーは理解を示してくれたし、士郎も納得してくれたと思う。だから桜と――――慎二とライダーのことは一旦脇に置くことにした。考えなければならないのは、学校の結界と新都のガス漏れ事件双方の第一容疑者であるキャスターのことだ。そのキャスターが柳洞寺に潜伏している可能性について、である。
「私の見解を言わせてもらうなら、情報の出処が慎二っていうこと以外に否定できる要素はないと思うわ」
「遠坂……。じゃあ、今晩にでも攻め込むつもりなのか?」
「それが問題なのよねえ。相手はキャスター。魔術師を相手取るのに相手側のフィールドに攻め込むっていうのは、あまり誉められた手じゃないもの」
「何を躊躇う必要があるというのです。敵の居所が知れ、しかもその敵は外道を行っている可能性が高い。ならば早急にその憂いを払うべきだ」
「セイバーの気持ちも分かるわ。というか、私はこの土地のセカンドオーナーよ。こんなやり方黙っていられるはずがない」
「でしたら」
「待って。私はだからこそ万全を期したいと言っているの。その観点から言えば、敵魔術師の工房に乗り込むなんて下策中の下策よ。それにキャスターは新都であれだけ大規模な魔力蒐集を行っている。どれだけ溜めこんでいるか検討もつかないわ」
「相手が魔術師である以上、それこそ恐れる必要はありません。すべて私の対魔力で無効化してしまいましょう」
「セイバー。貴女……思っていた以上にいけいけどんどんなのね。私はまずキャスターのマスターを補足、捕獲してキャスターを工房から誘き出すべきだと考えるわ」
「まあ、セイバー。君がここいらでひとつ戦果を上げたいという気持ちもわかるぞ。うん。俺にお前ほどの力量があるなら、もしかしたら同じように考えていた可能性もあるものな。流石に召喚されてからこっちひたすら食べて寝てを繰り返すだけでは己の存在意義というものに正面から立ち向かう機会を得たいことだろう」
「アーチャー。貴方は私を愚弄する気ですか……!」
「――――そういうつもりはないのだが。すまない。俺も今日ようやくひとつ戦闘面での汚名を漱げたから少し調子に乗っていたのだろう」
「……アンタ、あれで汚名返上って思っているわけ?」
「完全に返上というわけではないが、本当にあれが全力だからなあ。あれ以上を期待されては困る。むしろあれ程上手くいくとは今後考えない方がいい」
「――――世迷いごとはそこまでにしておきなさい。アーチャー」
「……沈黙は金か。まあ、頭の隅に留めておいてもらえればそれでいい。それによってどのような結果になろうと凛にも責任は発生してしまうからな。――――と。少々話が脱線したな。ところで衛宮士郎。お前はどうなんだ。セイバーの積極論。凛の慎重論。どちらが――――ああ、いや。他に意見はあるか?」
「俺は――――」
議論は紛糾していた。私とセイバー。どちらももっともらしい理由付きで、真逆の主張をしたからだ。多分どちらも間違ってはいない。だから私たち二人では永遠に結論なんて出なかっただろう。故にアーチャーが士郎に話を振ってくれたのは助かった。ただし、士郎の回答はまったく予期していなかったものだったけれど。
「話し合うことが出来ないか、試してみたい。新都の事件と学校の結界。その二つをどうにかしてくれるんなら、何も争う必要なんてないと思うぞ」
「は――――」
「な――――」
「……………………はぁ。お前、俺の忠告を何一つ聞いていなかったんだな」
「それは――――ちゃんと聞いてたぞ。でもやっぱりわざわざ戦う必要、殺し合う必要なんてない。少なくとも現時点で殺してでも倒さなきゃならないなんて決まっているわけじゃないと思う」
「――――衛宮君。いったいどういう思考回路でもってそんな妄言を吐いてるのか、ちゃんと説明してもらいましょうか?」
「セイバーも、アーチャーも、キャスターも。聖杯を欲しているってことはわかってる。でもそれとは別に殺し合いをどうしてもしないといけないわけじゃない。もっと穏便で、みんなで納得が出来る方法がどこかにあるはずだ」
「っ、アンタねえ!」
「凛。とりあえず全て話させろ。全て聞いた上で――――今後どうするのか決めればいい」
「言峰から聞いたことも、初めからもう一度全部考え直した。それでも――――相手のマスターは人間で、サーヴァントはセイバーやアーチャーみたいなものじゃないか。話が通じないとは思わない。そもそも、昼間は戦わないってルールを守れるくらいなんだ。殺し合いじゃなく決着をつける方法を選択できないはずがない」
その主張に、どこか違和感を感じた。少なくとも昨日、学校の結界の効力を教えたとき、新都の事件現場に連れて行ったときは、ただ相手を赦せないという趣旨の発言を行っていたはずだ。たった一日。私が目を離した隙に、一体どういう心境の変化があったというのだ。これではまるで――――話が通じるマスターやサーヴァントを知っているかのような……。
「では衛宮士郎。お前は学校の結界、及び新都での魔力蒐集を容認できるということか?」
「そうは言わない。あんなもの、即刻止めさせないと駄目だ」
「その止めさせなければならないと考えている外道の行為を実行し、今現在も継続して実施している者と話が通じると、本当にそう思っているのか?」
「思ってる。まだ、今なら間に合うんだ。だって――――まだ誰も死んじゃいない」
それが、彼の主張。どこまでも綺麗な『理想』の回答。血の匂いのしない、魔術師らしからぬ、希望に縋った未来像。
「シロウ。それでは手緩い」
それを否定する者がいた。
済んだ瞳は聖者の物で、纏う規律に欲はない。どこまでも完璧な彼女は、彼の『理想』を否定した。
「守るべき物を守り抜くのであれば、零すものを先に決めるべきだ。その場合、最も先に切り捨て去るべきは『敵』以外にはありえない」
「でもセイバー。まだ『敵』だって決まったわけじゃない」
「ならば決めてください。屠るべき敵を。私は『剣』であり、敵を倒すことで自らの『願い』を叶えます。他の方法など私は知らない。たとえ私の前に立ち塞がる『敵』が誰であろうと、私は聖杯を取ります」
そう言って、セイバーはその場を後にした。何を言っても、聞いても無駄だと思ったのだろう。私も同感だ。
「少し頭を冷やしなさい。この馬鹿」
そして私も頭を冷やしたい。この後どう動くべきなのか。この衛宮士郎をどうすべきなのか。遠坂凛として完璧な計画を立て直さなければならないのだから。
***
セイバーが去り、凛が去った。残されたのは男二人だ。なんとも華のない。
「……フォローして欲しいか?」
「俺は間違ったことなんて言ってないぞ」
「ああ。間違ってはないな。だから間違っているのはセイバーの方で、凛の方で、世の中の方だ」
「――――ッ、そういうことを言いたいんじゃない」
「そういうことだよ、お前が言っているのは。世の中っていう奴にはな、大多数の人間、無辜の民が信仰している常識というものがある。それは社会ごとに切り分けられていて、魔術師と非魔術師の社会が異なる以上そこに存在する常識も異なる。そして魔術も知らない、血の匂いも知らない子供の常識はどうかしらないが、こと魔術師の常識については、お前より凛の方が詳しいし、近いし、実践もしている」
「そんなことはわかってる」
「理解した上でお前はその常識に歯向かった。そこにどれだけお前が信奉している『理想』の正しさがあろうが、お前が所属している世界にとってそれは異端だ。衝突は不回避。お前にできる選択など三つしかない」
「……なんだよ」
「一つは『己がいるべき場所に戻ること』だ。魔術の世界から完全に足を洗って、お前の『理想』が実践できる優しい世界にでも逃げ込んでしまえ」
「そんなこと出来るか!!」
「一つは『現実に対し膝を屈し、己を曲げて常識にすり合わせること』。大多数の人間はこの道を選ぶ。加減さえ間違えなければ己のもっとも守らなければならない場所は傷つかずに済むからな。要は妥協しろ。妥協出来るものと出来ないものを切り分け、零れ落ちるものがあるという現実を理解し、受け入れろ」
「……」
「最後の一つは――――聞くだけ無駄だぞ。己の曲げられぬもの、捨て去れないものが現実と衝突するなら、『現実を屈服させ、覆し、己で塗りつぶせ』。今のお前に……いや、誰であろうと出来る事ではない。もしそんなことが出来る奴がいるのなら、そいつは紛れもなくその世界の王だろうよ」
「――――お前の言ってること、難しくてよくわからん。結局俺を説得してるのか?」
「当然だろう。俺は凛のサーヴァントで、彼女の味方だ。お前が彼女の敵に――――自覚はないか。お前が彼女の邪魔になるようなら、障害物を排除するのが俺の役割だ。それで――――どちらを取るつもりなんだ?」
「どっちって……」
「いまだ見たこともないキャスター(仮)か、或は凛とセイバーか。返答次第によっては、ここで俺はお前と戦わなければならなくなるわけだが」
「お前と戦えるわけないだろ。遠坂やセイバーとだってそうだ」
「なら話は簡単だ。キャスターと戦い、これを打ち倒せばいい」
「だから――――俺は」
どちらも切り捨てたくなどない。救えるものなら全てを救いたい。いまだ救える目は残っている。言いたいことはそんなところだろう。わかっているさ。お前ならきっとそう考えるだろう。この重い腰を上げさせるためには、それこそコイツが許容できないレベルの犠牲者が必要だ。新都の被害は決して軽いものだとは思っていなかったのだが、本当にタイミングが悪い。
ではどうすべきか。キャスターを早々に排除しなければならないことに変わりはない。攻略にはセイバーが頼みの綱となる。こんなことになるならアレを使い潰さなければよかったのだが――――今更言っても仕方がない。
仕方がないので、少しばかり危険ではあるが、コイツの悪癖を利用させてもらおう。
「何にせよ、出来もしないことを並べ立てるだけなら彼女たちが怒るのも当然だな」
「なんで出来ないって決めつけるんだよ」
「何故できると思い込めているかが謎だ。そもそも先ほどお前が言ったことは、すべてやってみなければわからないようなことばかりじゃないか。やりもしないのなら出来なくて当然。そして凛もセイバーもやる気はない。これで話は終了だ。どう足掻いたって話し合いは発生しないし、解決などという夢のような結末はやってこない。――――はあ、もうこんな時間か。とにかく今晩のところはお前も頭を冷やしておけ。鍛錬も巡回もなしだと、凛には伝えておこう」
「――――ッ!」
それだけ言い捨てて、俺も衛宮士郎の下を去った。
さて、細工は流々。後は仕上げを御覧じろ、なんてな。
***
そして深夜。
今日のところは鍛錬も巡回もなし。昼間の疲労を回復するため、私は早めの床についていた。そこに、私のサーヴァントが現れた。
「休んでいるところすまないが、少し厄介なことになったぞ」
何よ。敵が攻め込んで来たんでもなければ起こさないで欲しい。
「その逆だ。衛宮士郎とセイバーが柳洞寺に乗り込んだぞ」
な――――!
「正確に言えばそれぞれ別々にな。先に衛宮士郎が出て行って、それに気づいたセイバーが後を追った。今頃はもう円蔵山の麓くらいには達しているところだろうな」
「な。それでなんで余裕ぶってるのよ、アンタは!!」
「『常に余裕を持って優雅たれ』というのは君の家訓じゃなかったか? 焦って俺が追いかけたところで、後から出たセイバーにすら追いつけないぞ。だからこうやって、俺に出来る最善と思って君を起こしに来たつもりなんだが」
「――――ええ、その件についてはそれでいいわ。ったく何だって一人で乗り込むなんて馬鹿やってるのよアイツは」
「いやあ、まさか本当にこんなことになるとは」
「……アンタ、まさか何か知ってるんじゃないでしょうね?」
「いやあ、まさか本当にこんなことになるとは」
「私たちが出て行った後、アンタ、士郎に変なこと吹き込んだんじゃないでしょうね!?」
「いやあ、まさか本当にこんなことになるとは」
このへっぽこ1号、及び2号!!
そしてこれが冒頭へつながる。私たちは取るものとりあえず、なんて無様な真似はせず、自分たちに出来る最善の準備を行った上で、円蔵山柳洞寺へ向かうことになったのだ。おそらく衝突は必至だろう。セイバーの対魔力はたしかにキャスターに対して膨大なアドバンテージになる。上手くいけばへっぽこ2号の回収どころか、この機に一気にキャスターを撃滅させることが出来るかもしれない。できればもう少し余裕を持っていきたかったけれど、ことここに至ってはやもなし。腹を括りましょう。
さあ。私の華々しい活躍は今度また語ってあげようじゃありませんか。