色々あったが、解決した   作:華月鳥

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018_月下魔女

 俺、衛宮士郎は、現在ただいま、指一本動かすことが出来ないでいる。

 目の前では紫のローブを身に纏った、妖艶な女性が哂っている。その手には歪な形をした短剣が握られていて、その短剣が何処を狙っているのか、俺にはわかりすぎるほどわかってしまっていた。

 

 どうしてこんなことになってしまったのか。俺は話を聞いて欲しいだけだった。ちゃんと話をすることが出来たなら、きっと遠坂のようにわかってもらえるんじゃないかと思っていた。イリヤのときはどうして失敗したのか、挽回するチャンスがまだあるのかも分からないけれど、ちゃんと失敗しなければ彼女とだって争わずに済んだかもしれない。今でもまだ、争わずに済む方法があるのかもしれないのだから。

 遠坂も、セイバーも、初めから諦めているというのなら、せめてこの身一つで何かきっかけでも得ることが出来れば、それはどれだけ素晴らしいことなのか。この身ひとつで倒されるしかなかった誰かを助けることが出来るのなら、それこそ俺の望んでいたことで。

 ああそうだ。だから――――衛宮士郎は倒すことの出来る誰かを待ち望んでいたわけではないのだから。

 だから歩いた。夜を歩いた。月下の石階段を上り、目的の場所へと辿りついた。――――そこには魔女が待っていた。

 

「いったいどういうつもりかしら。セイバーのマスター?」

「話を――――しにきたんだ」

 

 彼女は訝しげに俺を伺う。当然だろう。今は殺し合いの真っ只中。警戒するのは当然だ。

 

「もし違ってたら悪い。学校の結界と新都のガス漏れ。もしアンタがやってるのなら、即刻やめて欲しい――――ッ!!」

 

 そのまま身体が動かなくなった。瞬きひとつ、思うように動かない。

 

「いいわ。話だけは聞いてあげる。続けなさい」

「――――俺はこの聖杯戦争で誰かが犠牲になるのを防ぎたくて参加したんだ。だから学校のことも、新都のことも絶対に許容できない。でももしアンタが止めてくれるんなら、俺たちは争わなくてもいいはずだ」

 

 身体はまるで動かないが、言葉だけは発することが出来た。だから俺に出来る最善として、この裡にある思いをぶちまける。

 

「あら、おかしなことをいう坊やね。私たちは聖杯という唯一の景品を求めて争っているのよ? あなたはどうか知らないけど、あなたの同盟者は黙っていられるかしら?」

「遠坂のことは俺が説得する。アーチャーのことは……あいつは、あいつはこの戦いで負けてもいいって言っていた」

「……へえ。聖杯が要らないって言ってるの?」

「違う。アーチャーも聖杯がどうしても欲しいって言ってる。でも、あいつは自分の力量を把握してるから、今回負けてもまた次があるからって――――?」

 

 あれ。おかしい。どうして俺はそんなことまで言っているんだ。

 

「アーチャーの真名はしらない。誰かに知られたら宝具を使用できなくなるんだ。あとセイバーの真名も教えてもらってない。俺は魔術への抵抗力が一般人並だから、俺に教えたら他の誰かに簡単に漏れてしまうから――――って」

 

 そうだ。そんな注意を受けていた。

 キャスターから目を離せない。身体が動かないから。瞬きすら出来ないから。なのに口だけは黙ってくれない。

 

「そう。まあセイバーの真名については彼女に直接尋ねてみましょう。なんたって、私たち同盟者になるんですもの。でもほとんど一般人の坊やをこのままにしておくのは危険よね。だから――――セイバーのことは、私に任せなさい」

「――――な」

 

 今、何と言われたのだろうか。セイバーを任せる? それは、いったいどういう意味で使われた言葉だ?

 

「安心して。私の願いはそこまで魔力が必要なものではないから、余った魔力でセイバーの願いを叶えてあげることだってできるわ。だから坊やが同意してくれるのなら、とても簡単に話が進むのよ。要らぬことに令呪を使う必要もないからもしれない。だから――――セイバーのマスター権を渡しなさい」

「わかっ――――ッ!!」

 

 駄目だ。それだけは駄目だ。

 脳裏に浮かぶ、月光を浴びた少女。聖緑の瞳。黄金の髪。凛とした表情。何処までも気高く、何処までも尊い。

 そうだ。初めからそうだった。

 

『これより我が身は剣として貴方と共にあり、貴方の命運は私と共にある。――――ここに、契約は完了した』

 

 契約は完了している。

 だから――――衛宮士郎が彼女を裏切っていいはずがない。

 言葉を飲み込め。口を閉じろ。もし開けておきたいのなら、そこから語られるべき言葉はたった一つしかない。

 

「――――できない」

「……」

「そんなことは、できない。俺は、セイバーを、裏切らない」

 

 必死で言葉を紡いだ。さっきまでの軽快さなど何処に打ち捨ててしまったのだろう。一言一句、音を発するたびに口が、舌が、肺が活動をサボタージュしようとする。

 

「そう……」

 

 そして、彼女が諦めたかのようにそう呟いて以降、ついに俺は彫像のごとく、指も、瞼も、口も、何一つ動かなくなってしまった。そうして彼女はその歪な短剣を取り出す。

 

「お馬鹿な坊や。素直じゃない子は嫌いよ。でも坊やのことは少しだけ見直してあげる。大人しくしていれば、痛くはならないわ」

 

 そんな、慰めにもならない言葉を聞いて、彼女は短剣を持つ手を振り上げた。

 あの短剣はいけない。あの短剣はよくないものだ。アレを使われたが最後、衛宮士郎が振り絞った意地のすべてが無駄になる。

 けれど動かない。指一本動かない。拒絶が出来ない。舌ひとつ動かせず、意味のない言葉の抵抗すら許されない。そしてその短剣が、まっすぐに、俺に吸い込まれるよう迫ってきて。

 

 カラン。

 

 それを留めるものがあった。

 

「誰ッ!!」

 

 どこからか放たれたそれは矢だった。どれだけおかしな、剣の形をしていようと、それが矢として機能したのであれば、それは矢に違いない。

 矢はあの歪な短剣の刀身に当たり、それを遥かに離れた場所へと弾き飛ばしていた。何の神秘も纏っていないその矢は、地面に突き刺さったのかと思ったと同時に、まるで世界がその存在を許さなかったかのように存在しなくなっていた。

 ――――ああ。頭が痛い。

 矢が放たれた場所を見る。何もない。虚空だ。柳洞寺は円蔵山の上に建つ。ここに至るためには、長い長い石の階段を上ってこなければならない。だからこの場所を上から狙える場所などほとんどなくて、俺が見た場所もまたそんな場所のない虚空だった。

 そこに男がいた。虚空に、男が浮かんでいた。男だと、分かった。鈍色のローブが風にはためく。漆黒の弓を構えた、白くて長い髪を後ろに纏めた男。――――それが、――――何処かの誰かに、――――酷く似ていると思った。

 

「お前はッ!」」

 

 キャスターが驚愕と怒気を孕んだ罵声を吐き捨てた。

 それと同時に男が更に弓から矢を放つ。一射。二射。三射。何の変哲もない矢を防ぐことは、キャスターにとっては造作もないことだったのだろう。彼女の手が一度振られるだけで、視覚で確認できるほど濃い魔力障壁が展開された。それを貫くことは、あの剣ではできない。

 

「どうしたというの? あの時のようにここまで来て御覧なさい。それとも私の神殿の前に恐れをなしたのかしら?」

 

 男の矢を防いだことで気を良くしたのだろう。キャスターが安い挑発をおこなう。けれど男は挑発に乗らず、逆に射の構えを解いた。そして、その唇がわずかに動く。

 

「何ですって?」

 

 音は聞こえない。俺には聞こえなかった。キャスターにも聞こえなかったのだろう。けれどアイツは、こう言ったのだ。『躱せ』と。

 声が聞こえた。男がいるのとは全く別の方向。山門の向こう。その下から、悲壮なまでの声が聞こえた。

 そして俺にはわかった。そこに何が、誰が、何処にいるのかを。朧げで儚げな僅かな絆が教えてくれた。山門の下。石階段の一段目のその手前。そこにいるのは彼女だった。

 

「うぉぉおおおおおおおおおおお!!!! そこをどけえええぇぇぇええーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

 

 風が吹いた。魔力を纏った風が吹いた。だからきっと、キャスターも気づいただろう。

 一歩。セイバーが踏み込んだのはたった一歩だ。それだけで、軽々とあの階段を跳躍する。その際にどれほどガラクタの兵を巻き込み、粉砕し、蹂躙したかなどわからない。わかる必要などない。必要があるのは、まだこの先。

 二歩目。山門を抜け、躍り出る。ああ。やはり彼女だ。彼女が、俺の――――。

 キャスターは避けた。忠告があったからなのか。そんなものは聞こえず、ただ自らの生存本能がそうさせたのか。セイバーの一閃。まともに受ければただでは済まない。それを紙一重で躱したのだ。やはり、ただで済むものではなかった。

 ローブを無残に切り裂かれ、身は抉れ、人の形というよりも、それは壊れた人形だった。

 

「ふふふ。いらっしゃいセイバー。少し予定が狂ってしまったけれど、歓迎するわ」

 

 キャスターはそこにはいなかった。声がしたのは上空。幾つもの、理解不能な魔法陣が描かれた落書き帳のような空に、彼女は浮かんでいた。

 戦いは、まだ始まってもいなかった。

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