002_弓兵逃亡
私、遠坂凛は「やっちまった」と戦慄した。
私は自他ともに認める才女である。が、ここぞとしたときに「うっかり」する家伝の呪いを受けている。ちなみにこの呪いは対象者によって細かく分類することが出来るのだが、私のご先祖のなかには「うっかり(致命傷)」という呪いによってその命を散らす羽目になった人もいたかもしれない。詳しくは知らないが。
では私はというと、私の「うっかり」はこれまでのところ挽回可能な「うっかり」であった。これは私の才能および努力に由来すると自負している。それでもうっすらと覚えている記憶のなかに、「うっかり(致命傷)」がなかったわけではない。およそ10年前のこと。あのとき偶然に助けられていなければ、私はその幼い命を散らしていたのだろう。
で、話は現在に戻る。どうやらわたしは久々に「うっかり(致命傷)」をやらかしてしまっていた。
「逃げるわよ、この駄サーヴァントっ!!」
話は少しだけ遡る。街の視察を前日に済ませた私とアーチャーは、この日一日ぶりに登校していた。そして、さわやかと言っていいはずの朝の空気が、校門を潜った瞬間にぬめりとしたものに変わったことに気付いたのだ。
「アーチャー、これって」
「どうやら結界のようだな」
土曜であったため午前中に終わった授業のあと、人気のなくなった校舎を探索し、私は屋上でその結界の基点となるもののひとつを見つけることが出来た。と、そこに。
「消しちまうのか。もったいねえ」
現れたのは青。敵である。その手には、真紅の槍が握られていた。
僅かな会話の後、私は場所を校庭に移し、自らの従者にこう命じた。
「ちょうどいい機会だわ。アーチャー。貴方の実力、ここで見せてもらうわよ」
「え?」
「え?」
固まる弓兵。その顔には、コイツなに言ってるんだ、と書いてあった。
「ちょ、ちょっとなに固まってるの。敵よ。サーヴァントよ。ランサーよ。ここで戦わないでどうするのよ」
「いや、どうするつもりなのかなって」
「だからアンタが戦うのよ」
「なんでさ」
「アンタはサーヴァントでしょうが」
「でも、俺、死ぬぞ」
「は?」
「おい。俺としちゃ両方相手でも一向に構わねえぞ」
「ちょっと待ってくれ。なんか認識に齟齬がある」
その程度の制止で待ってくれるあたり、この槍兵はいい奴だ。
「まず、凛。とりあえず聞いておきたいんだが、俺があの槍兵に勝てると思っているのか? 本気で?」
「か、勝てるとか勝てないの話じゃなくて、実力を見せないって言ってるでしょ。ていうか、私のサーヴァントなんだから勝ちなさいよ」
「こと精神論で覆らない場合があることぐらいわかっているな。コレは覆ることか?」
「な、なに戦う前から諦めてるのよ」
「諦めているというか、自明の理だろう。――――いや、まさか。流石にそれは、いやでもなあ」
凛だしな~。というぼそぼそとした声が聞こえた。失礼な奴だ。
「だから、何の話よ!!」
「……まさかとは思うが、お前。俺のステータス確認したか?」
「へ?」
と。ちょっとばかり間抜けな音を鳴らしてしまった。
ステータス。ステータス。サーヴァントには個別にステータスが存在していて、マスターはその目を通してサーヴァントのステータスを確認できる。確認方法はマスターそれぞれ。私の場合は宝石に例えられるのだが、説明しにくいのでゲーム表記として表現する。ちなみに詳細なスキルや宝具などを除いた基本ステータスは、一度視認すれば敵サーヴァントに対しても確認できる。ランサーのステータスといえば。
◆ステータス
クラス : ランサー
真名 : ???
マスター : ???
筋力 : B
耐久 : C
敏捷 : A
魔力 : C
幸運 : E
宝具 : B
というものらしい。流石に三騎士の一角を占めるだけのことはある。
では私は自身のサーヴァントのステータスを確認していたかといえば、応えは否だ。
召喚直後はごたごたしており、翌朝以降はすっかり否「うっかり」忘れていた。確かに不注意だった。自戦力も把握せず戦えなんて、試合や鍛錬ならともかく戦争でやるべきことではない。故に私は自らの非を認め、言い訳もせず素直にアーチャーのステータスを確認することにした。
◆ステータス
クラス : アーチャー
真名 : ???
マスター : 遠坂凛
筋力 : E-
耐久 : E-
敏捷 : E-
魔力 : E-
幸運 : E-
宝具 : EX
「な」
自信満々に、アーチャーが同意を求めている。それはもう、すごくいい笑顔で。そして冒頭へ戻るのだ。
命令一過逃げろと言っても相手はあの最速の英霊たるランサー。対するアーチャーは敏捷E-。しかもマスターつき。
逃げ込む先の判断は誤った。無人の校舎に逃げ込むならば、槍兵は獲物を捕るまで追うことをやめないだろう。
そりゃあもう頑張った。死ぬ気で頑張った。だってやらなきゃ殺られる。当然だ。これは戦争なのだから。
しかしその実力差を埋めることは、どうしたって出来るものではない。
どれだけ逃げ回った後か、ついに弓は折れた。今はどこで転がっているのか、そもそも現界を保っていられているのかすらわからない。そしてわたしの目の前には槍兵がいて。
「じゃあな」
槍兵はもったいないと思ったのかもしれない。彼は女好きのような気がしたし、私はいい女だ。けれど今は敵同士で、ここは戦場。彼は戦士だった。
私の胸に真紅の槍が生え、そして抜けた。残ったのは、今しがた空いた風穴だけ。
痛いと思う暇もなかった。怖いとは思っていたけど、死を感じるには遠すぎた。覚悟は出来ていたはずなのに、まともに戦うことも出来なかったことが悔しくてたまらなかった。
こうして、遠坂凛の聖杯戦争は終わりを迎えた。