私は遠坂凛。冬木の地を管理するセカンドオーナーであり、この聖杯戦争を始めた御三家の内のひとつである遠坂家の当主だ。此度の聖杯戦争ではアーチャーを召喚したマスターでもある。
遠坂家はその成り立ちから、冬木の地に現れる聖杯を手に入れなければならないという、先祖代々の課題を負っている。四度起きた聖杯戦争はその勝利者を定めぬまま全てが失敗に終わってしまった。故に五度目の戦いに挑む私は、先祖の果たせなかった義務を遂行し、此度の聖杯戦争の勝利者となり、聖杯を手に入れなければならない。
けれど手段を選ばず、なんて真似をする気はなかった。遠坂の家訓には『常に余裕を持って優雅たれ』というものがある。私は十数年この家訓に従って生きてきたし、それは今後も、そしてこの聖杯戦争中も変えるつもりはない。故に私に敵対するものがいるのなら、その悉くを正面から粉砕したい、という指針を持っていたのだ。
けれど計算外な出来事があった。私が召喚したサーヴァントであるアーチャーは、どうやら正面から粉砕なんて手段を取れるほど、余裕のある奴ではなかったということだ。
「手当を、マスター。負担になるようなら俺への魔力供給は一時的にカットしてもらっても構わない」
そんなことをアーチャーは勝手にほざく。言われなくてもやるに決まっている。そしてアンタへの魔力供給のカットなんてみみっちいことなんてする気はない。そこまで私を舐めないでほしい。
治療魔術は得意じゃないなんて言っていられない。目の前の男は――――葛木宗一郎、先生は――――死に瀕している。そして私はそれを助ける手段を持っている。しかも虎の子の宝石を使わなければならない、というほど窮してはいない。本当にギリギリだけど、まるで私のギリギリを完全に見極めたかのような傷つき具合だ。
アーチャーが葛木の胸に突き立てた鈍剣を引き抜く。こぷりと飛び出そうになる血液を押し留め、ズタボロに裁断された筋繊維の一つ一つを繋いでいく。魔力がどうのというより集中力が必要になる処置だ。
もっとも致命傷に近い傷の処置を私がしている隣で、アーチャーは他の幾つもの剣を抜く。私が片手間で止血処理が行えるように完全に見計らいながらだ。そして更にその脇で、絆創膏程度の簡単な止血魔術を行っていた。今更だが――――コイツは初級魔術くらいなら使えるらしい。そういえばコイツの言動も、どこか魔術師らしいものを感じたこともあったかもしれない。魔力ステータスがE-だったためにそういう観点での話を行ったことはなかったけれど。
「……」
「――――遠坂。先生は……」
後ろに控えているセイバーは、もっとも状況を把握していない。けれどこの緊迫した空気を読んで、今のところ何の疑問も口にせず、ただ周囲に私たちへの脅威がないかだけを警戒している。
後ろに控えているもう一人である士郎は、そのセイバーを気にしないわけがなかったが、こちらも現在私が行っている処置を重要視している。己に出来ることがまるでない、という現状に歯痒さを感じていることが、距離を置いていてもはっきりと分かった。
「凛なら問題なく助けられる。だから心配するな、衛宮士郎」
治療に専念している私に代わって、アーチャーが士郎への答えを返した。
「さて――――俺に出来るのはこの程度だな。後は頼んだぞ、凛。ところでセイバー。先ほどキャスターの令呪を受けたところを見ると、現状君はマスターなしの状態なのか?」
「……はい。そうなります」
「――――そういうことか。わかった。ならば衛宮士郎。お前たちへの処置も急ぎやってしまおう」
「俺たちの、処置?」
「そうだ。現状然程消費したようには見えないが、セイバーは単独行動スキルを持っていない。何時間かは大丈夫だろうが、このままではセイバーが持たない」
「――――俺は、どうすればいい?」
「再契約を行い、パスを繋ぎなおす。右腕を出せ」
右腕? 再契約を行うには呪文を唱え、サーヴァントに了承してもらう必要がある。へっぽこの士郎が正しくパスを繋ぎなおすことが出来るかどうかは微妙なところだが、今は私も手が離せない。
「アーチャー。何をする気なのですか?」
「――――再契約の言霊は俺が先に唱える。お前はそれを復唱しながら魔術回路を開き、そしてこの剣で右腕を切り裂け」
――――何を言っているんだ。
「パスの再接続は俺がフォローするにしても、魔術回路が一本しか開いていない今のお前では成功率がかなり低い。だからその剣で、無理やりだがもう一本程度魔術回路を開いてもらう」
そんなことは不可能だ。
魔術回路は持って生まれたもの。擬似的な魔術回路として魔術刻印の移植を行うことはあっても、魔術回路を増やすなんてできっこない。そんなことが出来れば、今の魔術師の常識が完全に覆される。
「そんなこと、出来るのか?」
「お前の手持ちの魔術回路は後もう何本かある。長年使ってないせいで完全に錆ついているから、使用するためにはかなりの無理をしないといけないが、その剣なら物理的、魔術的に魔術回路の錆を削ぎ落とすことが可能だ」
違う。仮にアーチャーの言う通り士郎に錆びついた魔術回路が存在しているとして、それを外的刺激である剣などを用いて開かせることなど出来ない。錆びついた魔術回路を開かせるなら、あくまで衛宮士郎の魔力を無理やり流し込んで、錆を洗い流さなければいけないのだ。外部、第三者からの介入により魔力の暴走状態を引き起こすなどの方法がないわけじゃないが、まともな魔術的設備も整っていないこんなところで出来る話じゃない。
「わかった」
「セイバーは出来るだけ魔術的な抵抗力を抑えてくれ。それだけで失敗の確率がぐんと少なくなる」
「分かりました。お願いします」
誰も知らない。魔術の常識なんて、この場では私しかちゃんと知っている者はいない。だから、儀式は滞りなく始まり、進められる。私が――――何も言わないから、誰も止める者なんていない。
「――――告げる。汝の身は我下に、我が命運は汝の剣に」
「――――告げる! 汝の身は我下に、我が命運は汝の剣に!」
「聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら、我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう」
「聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら、我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」
私の背後で魔力が疼いた。サーヴァントとの再契約は、サーヴァント召喚と同じく聖杯のバックアップがあるため、ただの使い魔との契約と同程度の難易度でしかない。問題は士郎が、ただの使い魔との契約程度を出来るだけの技量があるかどうかのみ。
「セイバーの名に懸けて誓いを受ける……! ただいま戻りました、シロウ。再び貴方の剣となれたことに、感謝を」
魔力の収束。どうやら成功したようだ。それはとても喜ばしいことなのに――――素直に喜ぶことができない。
私の処置も時を同じくしてほとんど終わった。足りない血をある程度補填する術式まで組んでいるから、後は過労と貧血で倒れたってことにして病院に任せてしまっても大丈夫だろう。もっとも、何週間かは病院のお世話にならざるをえないだろうが。
己の責務を果たせたことにとりあえずホッとした私は、背後で行われた儀式の結果を確認しようと振り返った。
「シロウ!!」
それと同時に、士郎が崩れた。セイバーの悲鳴が頭の遠くに聞こえる。
「アーチャー。何をしたの?」
「衛宮士郎のパスを、正しくセイバーと繋げただけだ」
「見せて」
自分の言動が酷く他人事のように感じられる。怒ったり、喚いたり、詰め寄ったり。そんなことをしたくて堪らないのだと、私の内側で五月蝿く喚いている娘がいる。でも今はだめ。そんなことをやったって、きっと答えには辿りつけない。だから私は、私が納得できる、確認できる一つ一つを、丁寧に取得していかねばならない。
士郎の右腕には、刃物によって抉られた傷が出来ている。でも凶器となったはずの刃物は何処にも見当たらない。
傷口を確認する。痛々しいし、深い。けれどそれほど酷い傷じゃない。放っておけば何日かは動かせないだろうし、何か月かは包帯を余儀なくされるだろうけど、それ以上が問題となる傷にはなっていない。しかも――――どういうカラクリか既に少しずつ傷が回復してきている。治療魔術――――自動治癒の類かもしれない。この調子なら明日の朝には傷ひとつないんじゃないだろうか。
肉体面への診断はその程度。では魔術回路については――――なるほど。だからアーチャーはこんな方法を提示したのか。士郎の魔術回路は一般的なソレと違って、どうやら神経と一体化しているようだ。そのうちの一本が傷に沿って開いている。アーチャーの言う通り、錆を流して使用可能となった状態で。しかもざっと見た限り、後十本以上未使用の魔術回路がある。これを全て開かせることが出来れば、戦力的にはかなり底上げできるのではないだろうか。もちろん――――この事実だけではアーチャーの言動のすべてを肯定できるわけではない。例えば施術を行った剣にしたって、この現象を引き起こすためには士郎の魔力が転換された剣が必要だ。どうしてアーチャーがそんなものを持っていたのか。そしてその剣は何処にいったのか。そもそもどうしてアーチャーが、士郎の未使用魔術回路のことを知っていたのか。問いただしたいことだけでこんなにもある。
アーチャーへの追及は後で行う。では次に、倒れた原因については? アーチャーの言葉を信じるなら、士郎のパスは正しくセイバーと繋がっているのだろう。けれど士郎が開かせている魔術回路は今開かせた一本と元々の一本の計二本のみ。生成できる魔力は2倍近くになっただろうけれど、それでもセイバーを維持するには心許なさすぎる。
なるほど――――そういうことか。つまり士郎は初めから、セイバーに対して魔力供給なんて行っていなかった。いや、行えていなかったのだ。セイバーは今まで召喚時に保有していた魔力のみを運用していた。おそらく召喚時に結ばれたパスの不具合。だから士郎はセイバーを召喚しても、そしてサーヴァントとして現界させていても、平気な顔でいられたのだ。けれど今は違う。士郎が生成する僅かばかりの魔力。その全てがセイバーに吸い上げられてしまっている。――――正しいパスを繋いだが為に。
「士郎、聞こえる? セイバーとのパスをイメージして。その繋がりを、少しずつ狭めなさい」
士郎は足腰も立たない状態ではあったが、意識はあった。脂汗を浮かべながら、私の助言に耳を傾けている。
「スイッチのときと同じ。あれはオンとオフの切り替えだけど、今度は蛇口の捻り具合を調節するの。少しずつ細くして、自分が動けるようになるラインを見つけなさい」
僅かに士郎が頷いた。その傍らで、セイバーが不安そうに士郎を気遣っている。アーチャーの様子は読めない。その理由は、顔が隠れているからだけじゃないだろう。
「心配しなくていいなんて、とても言える状態じゃないけど、後は士郎次第よ。上手くいけば朝までには動けるようになるはずだから」
「――――わかりました。凛、貴女に感謝を」
「私は大したことなんてしていない。何かをしたのかと言えば――――アーチャー。貴方の方ね」
「さて――――何の事だか」
「惚けないで。幸いといっちゃなんだけど、士郎が回復するまで時間が出来たわ。弁明することがあるなら聞いてあげる」
「状況の報告は先ほど述べた通り。弁明すべき事など何もない。と――――セイバーはいなかったのだったな。凛、我々はむしろ彼女にこそ説明すべきだと考えるが?」
「――――ええ。いいわ。そちらを先にしましょう」
コイツの口車に乗ることはいつも癪だ。けれど正論でもある。
セイバーに、私たちが彼女と別れてからのことを伝える。アーチャーからの補足はなく、その視点は多分に私の主観で構成された。極力感情面の解釈は排除したつもりではあるけれど、上手くいっているかどうかは微妙なところだ。
セイバーは黙って私の話を聞いてくれた。アーチャーがキャスターのマスターを人質に取ったこと。キャスターがサーヴァントとしては考えられないほど葛木を案じていたこと。そしてキャスターの令呪により己の手で彼女を屠るに至ったこと。セイバーの表情には何も浮かんでいない。完全に無表情だ。何も感じていないなんてとんでもない。外に何も発さないということは、それだけ裡に感情の淀みを溜めていることと同義だ。それは、私と同じか、それ以上の。
「アーチャー。貴方はそれだけのことをして、凛に弁明すべきことが何もないというのですか」
全てを聞き終わって、セイバーが最初に口にしたのは、そんな問いだった。
「何を弁明する。何を恥じる。君ほどの単純武力があるならともかく、俺にそんなものはない。その俺が、聖杯を取ろうというのなら、それ相応の手段を用いるしかあるまい? サーヴァントがマスターを狙う。変則的だが理に適った戦術だと思うがね。ああ、つまり俺がアサシンやキャスターではなくアーチャーである、ということがお気に召さないのか。なるほど、確かに俺の行いは三騎士の面汚しだろうよ」
「貴方の戦術に思うところがないなどとは言いません。しかし問題としているのはそこではない。貴方は何故己の行いを凛に説明し、その理解を得ようとしなかったのですか。貴方がたは、会話も交わせぬほど険悪な仲でもないはありませんか!」
「その必要を感じない。コレは俺が勝手にやったことで、凛には何一つ関係ない」
「必要ない!? アンタ、必要ないって言うの。アンタは私のサーヴァントでしょうが!?」
「――――ああ、それが不満か。ならば早まったな。やはり君には――――セイバーの方が相応しい。今からでも契約を結びなおすかね?」
「アンタは――――」
頭に来た。今までだって大概頭にきてばかりだったけど、これほどなのはかつてない。だってコイツは、私なんて自分のマスターに相応しくないと、そう言って――――。
「――――違う、遠坂。それは、多分違う」
その私の声を遮って、微かな、カラカラに乾いたような、士郎の声が響いた。
やっとのことで上半身を起こす。息は肩でしているような状態だ。
「シロウ。加減はもういいのですか?」
「ああ、ごめん、セイバー。心配かけた。遠坂の指導がよかったみたいだ」
「嘘。倒れてから十分と経ってないわよ。アンタ――――自己の制御は上手いのね。ああ、そっか。十年もあんな鍛錬してまだ生きてるくらいなんだから、そりゃそうよね」
士郎が「酷い言われようだ」とぼやく。そんな笑い事なんかじゃないんだけど、今それを言ったところで聞きはしないだろう。
「――――それで、何が違うって言うのよ」
「アーチャーは、遠坂を巻き込みたくないだけだと思うぞ。多分」
「衛宮士郎。――――お前と一緒にするな」
「え。一緒か、俺が? ――――ま、いいか」
「ちょ、ちょっと、勝手に納得してないで説明しなさいよ」
「あ、悪い。つまりアーチャーは――――自分が卑怯なことしないと勝てないって分かってるけど、遠坂にはそういうことしてほしくないだ。だって――――似合わないだろ?」
なんだそれは。それは確かに、正面から叩き潰せるものならそうしたい。でもコイツがそんな真似など出来ないということは分かっている。わかっているから――――ああ、違う。分かってなどいなかった。少なくとも、それを分かっていると分からせるだけの指針は示していない。私はいつだって無茶を振っていたに過ぎない。戦えないサーヴァントに戦うことを強要していた。そんなことは出来ないと、何度も何度も説明を受けながら、それでもその力で正面から戦えと。今までは上手くいった。でもこれからはどうなる。一歩間違えば、きっとコイツは死ぬだろう。今まで生き残れたのだって不思議なくらいだ。そしてコイツが死ぬということは――――コイツが聖杯を手に入れられないということだ。たとえ無理なら次があると、何でもないかのように言われたとはいえ、それに甘えることなど許されることじゃない。
それなのに私は、己と己の家の名誉にかまけた。私らしくあることを第一に考えていた。私らしく勝利することを目標と定め、泥を啜っても聖杯を手に入れようなどとは考えなかった。あげく戦術の一つとして正しく成立しているコイツのやり方を非難しているだけだ。
「つまり――――やっぱり。私はアンタのマスターとして相応しくなかったってことじゃない」
「ちょ、違う。そういうことじゃなくてだな……」
「俺が、君のサーヴァントとして相応しくなかったのだと、先ほどからそう言っているだろう。非があるのは俺の方で、君じゃない」
「何よ。どんな性能のサーヴァントだって使いこなすのがマスターの資質でしょ。それが出来なかったんだから、悪いのは私の方じゃない」
「そうじゃない。そんなことがあるはずない。凛が間違うわけがない。だから、間違ってるのは俺の方だ」
「シロウ、これは――――」
「ああ。なんなんだ、コレ――――」
気が付けば、互いが己が悪いと言い合うことになってしまった。
「つまりどちらも似た物同士というわけですか」
「どこがだ、セイバー。俺は彼女ほど苛烈ではないぞ。陰険だし、いつまでのうじうじと昔のことを根に持つタイプだ」
「それ、威張って言うことじゃないわよ」
何故だか、一気に空気が弛緩してしまった。血の海で呆れながらも笑い合う四人。思えば壮絶な光景である。
「ええと、だな。つまり、俺が言いたかったことはだ。アーチャーは遠坂の正々堂々したところが好きなんだ。自分で出来ないことだから憧れてる。うん、俺も遠坂のそういうところ好きだから、分かるぞ」
「――――な」
「…………お前という奴は」
なんでそういう恥ずかしいことを簡単に言っちゃうのよ、へっぽこ2号。アーチャー。アンタはあからさまに視線を外すな。
「アーチャー。アンタ、私に泥を被せたくないとか思ってるの? 自分が被ればそれでいいって? しかもその理由が私のこと――――す、す……」
「概ね正解だが最後の台詞は口にするな。そういう俗なことではなくてだな――――もっとこう、羨望とか崇拝というか……」
もっと酷いって自覚なしなのね、コイツも。ああもう。怒っていいのか照れていいのか呆れていいのか分からなくなったじゃない。
「いい? ひとつづつ確認するわ。アンタは聖杯が欲しい。そのためにはどんな手段だって用いる気でいる」
「ああ」
「でも私には小汚い真似はさせたくない。そういうのは全部自分が勝手にやって、私は預かり知らないでいて欲しい。そう思ってる」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取るわよ。その上で言わせてもらうわ。――――馬鹿にしないで」
とにかく今は怒ってしまおう。馬鹿な真似をするこの駄サーヴァントを、きっちり矯正しなければならない。それが、マスターとして今私がやるべきことだ。
「アンタが私にどんな幻想抱いてるのかは知らない。でも私は今ここにいる、生身のマスターよ。勝つためには泥を啜らなきゃいけないことだって知ってる。いいえ、思い知らなければならないの。そしてサーヴァントのやりようは全てマスターの責任よ。アンタが私に黙っていたことも含めてね。だから、アンタがいくら勝手をしようと、その全てがマスターである私に帰するの。今夜、キャスターや葛木先生にしたことも全部。アンタが一人で背負うなんて許さない。これは私の聖杯戦争なんだから」
「でも――――俺は――――」
「でもなんて聞かない。アンタが私に負い目を感じるならそうならないよう振る舞いなさい。その上で聖杯を取るの。その結末は絶対条件。誰にだって――――セイバーにだって譲る気はない」
「そんなこと――――」
「出来る出来ないじゃない。やるのよ。アンタは遠坂凛のサーヴァントなんだから。ああ、あと。いいじゃない、マスター狙い。全然オッケーよ。武器にはそれぞれ用途ってものがあるんだから。アンタは自身の性能を最大限に生かしなさい。そしてアンタが齎す戦果も戦禍も、すべて私に寄越しなさい」
さあ、言ってやった。これで大体言いたいことは言ったわ。ああ――――でも。最後にもう一つ。言いたいことがあったんだった。
「アンタが聖杯にどんな『願い』を託してるのかは知らないわ。でもアンタは、ちゃんとその生涯を貫き通したんだから、そのご褒美を貰ったっていいはずよ。そのために、私にだって協力させなさいよね」
ずっと言わなければならなかったこと。そういえば言っていなかった。私は、私が勝利者となることが目標だった。けどそれだけじゃ足りない。マスターとサーヴァントはパートナーなのだ。だからパートナーが求める願いを叶えることを、その目標に加えないといけない。自分ではもうとっくの昔にそのつもりだったけれど、それをちゃんと伝えることを忘れていた。
「君は――――そうか。俺の夢を見たのか。……なら、きっと幻滅させることになる」
「え――――?」
「あの夢の続きを見れば、君はきっと幻滅することになる。『正義の味方』はな、殺されてしまったんだから」
なんのことだろう。コイツの夢。コイツの生前の夢を見た。それはとても腹の立つ夢だったけれど。その夢の果てに己に還る『願い』を聖杯に託したのなら、私はコイツを勝たせてやりたいのだとそう思っただけなのに。
あの夢の続き? あの処刑台で、夢はいつも覚めるというのに。
「アーチャー?」
「すまない。少し、頭を冷やさせてくれないか。ここの後始末はしておく。監督役に連絡を入れればいいのだろう? 君たちは先に衛宮の家に帰って休んでいてくれ。朝までには帰る。セイバー、少しの間凛を頼む。凛、君にまだ説明していないこともある。それは、また後にしてもらっても構わないな」
そう言って、アーチャーは私の返事も聞かずに霊体化して壁の向こうに消えてしまった。
しまった。まだちゃんとアーチャーの返事も聞いていなかった。朝には帰ると言っているからその時でいいことはいいのだが。そういえばまだ士郎関係のことで聞かないといけないことが山ほどあったんだった。冷静なつもりだったのに私の頭も相当沸騰していたらしい。
「遠坂――――」
少し反省しながら頭を抱えていると、ようやく一人で立ち上がることが出来るようになった士郎が声を掛けてきた。
「なによ」
「俺、多分役には立たないけどさ。話――――聞くくらいは出来るぞ」
「それが――――なんだって言うのよ」
「いや。遠坂はさ、俺には分からないこと色々考えてるんだと思う。でも今はパンクしてるって言うか。だから、話なら聞くぞ。俺はそれくらいしか出来ないけど、遠坂ならきっとそれくらいであとは何だって軽く飛び越えるだろ?」
ああ――――コイツは。こんなにも私を――――遠坂凛を信頼しているのか。それもそうか、私は遠坂凛なのだから、これくらい飛び越えてしまえる。まったく、それを私に教えようなどと――――釈迦に説法もいいところだ。
「当然よ。でも、覚悟しておきなさい。パンクの原因のひとつはアンタの無謀も含まれてるんだからね」
そう宣言した私に対して、士郎はホッとしたのも束の間、あからさまに視線を外しやがった。よし。今の今までちょっと記憶の彼方に飛んでいたことは内緒にしておこう。
セイバーはそんな私たちをなんともいえないような暖かい目で見守っていた。くそ、ちょっと恥ずかしい。
こうして、私たちは柳洞寺を後にした。会心の勝利とは行かなかったけど、結果だけを見れば圧勝と言っていいだろう。主だった消費とて、私の宝石一個だけだったのだから。セイバーのあの風の宝具の使用魔力は、その後一時的にキャスターのサーヴァントとなったときに回復したらしい。鞘の中にしまわれていた剣を一時晒したことにはなったが、戦闘はキャスターの神殿の中で行われたのだ。外に漏れた危険は少ないだろう。今は再び鞘に収められているのか見えなくなっているし。
セイバーに魔力供給が出来るようになった士郎は、魔力がすっからかんでふらふらしているけれど、男の子の意地なのか肩を貸すと申し出たセイバーを丁重に断っていた。足取りは心許ないとはいえ、家に帰り着くくらいは大丈夫だと判断したので、私は特に何も言わなかった。
そして――――石階段を下り、住宅街に戻って。
私たちは、絶望に遭遇したのだ。
「こんばんは、シロウ。約束通り、貴方を潰しに来たわ」
夜は長い。とても長い。だってまだ終わらない。終わりが見えない。
終わらない夜の続きは、また今度。