色々あったが、解決した   作:華月鳥

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022_英雄参上

 私、遠坂凛は「終わったな」と思っていた。

 そんな思いを抱いたのは何も初めてじゃない。ほんの数日前、ランサーに追い詰められた時も同じような感想を抱いた。そしてそのピンチは誰かによって救われるようなことはなかったけれど、死んでしまった私がまたこんな思いを抱くことが出来たのは、誰かのおかげだった。

 話は変わるが、世の中にはこういう格言があるらしい。曰く「ヒーローは遅れて参上するもの」というやつだ。ふざけていると思う。本物の『正義の味方』ならピンチになる前に助けろとか。ピンチに陥らせる要因を排除しろとか。そもそもの原因を根絶してしまえとか。まあかなり勝手なことだとは分かっているのだが、誰でも一度は思ったことがあるんじゃないだろうか。斯く言う私も人生先出しジャンケン主義だ。故に現座そんなことを思ってしまっている。だから言ってやった。人のピンチに颯爽と駆けつけてカッコつけてるウチの馬鹿に。

 

「『正義の味方』なんて、気取ってんじゃないわよ、この駄サーヴァント」

 

 では話を、邂逅のそのときまで戻そう。

 それは暴力だった。視覚的に、触覚的に、感覚的に、存在するだけで攻撃を受けているに等しい暴力に他ならない。

 灰色の巨人。その姿を認識した異常、ソレの存在に対して相応しい呼び名を理解してしまう。

 

「――――バーサーカー」

 

 その名を口にし、現実を認識する。単純な能力ならセイバー以上。こちらは然程消費していないとはいえキャスターとの連戦。疲労は蓄積している。けれど――――逃がしてくれるなんて生易しいことは考えられない。

 

「貴女にははじめましてね、リン。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」

 

 アインツベルン――――。聖杯戦争を始めた御三家の内のひとつ。千年の時を刻んだ錬金術師の名家。その名を、バーサーカの前に佇む少女が口にする。

 

「見ての通りバーサーカーのマスターよ。貴女のところにはアーチャーもいるって聞いてたけど、今はいないみたいね」

 

 こちらの情報も筒抜けか。まあ、それほど真剣に隠していたわけではないけど。

 

「ふん。貴女たちなんて、私のセイバーだけで十分よ」

「あら? セイバーはシロウのでしょう? まあどちらでもいいのだけど。どうせ勝つのは私のバーサーカーなんだから」

 

 大した自信だ。もちろん、その自信を裏付けるだけの存在は私の目の前に聳え立っている。

 けれど、どういうことだろう。御三家のひとつである私の名を彼女が知っていることは問題ない。けれどはじめから、彼女はもう一人の名を口にして、まるでソイツのほうにこそ用事があるのだと言わんばかりに声を掛けてきた。

 

「士郎。アンタ、あの子を知ってるの?」

「――――イリヤ」

 

 やはり知り合いなのか。士郎は魔力切れでふらふらな自身の身体に鞭打つように、手を握り締め、彼女の名を呼ぶ。そして奥歯を噛みしめ、あのバーサーカーに向かって一歩、また一歩と前に出た。

 

「俺が、イリヤを傷つけたことは謝る。謝らせて欲しい。どうしてイリヤが傷ついたのか、俺にはまだちゃんとわかってはいないんだけど、それでもイリヤを傷つけたことは分かってる。だから――――話をしよう。俺は謝る。だから、イリヤにはもう物騒なことをしてほしくない」

 

 二人にどんな因縁があるかは知らない。けれどそれ以上は駄目だ。それ以上進むなら、士郎は確実に死を与えられる。狂戦士の瞳は赤く、死を与えるためだけに開かれている。その主の瞳もまた、同じ色の、とても冷たい輝きで輝いているのだ。とても話し合いなんて出来る状態じゃない。士郎だって、分かっていないわけじゃないだろうに。

 

「シロウ。下がってください。サーヴァント同士が邂逅したのです。行うべきことなど、ひとつしかありません」

 

 その士郎を、セイバーが押し留めた。

 

「ダメだセイバー。俺はあの子を止めなきゃいけない。だってイリヤは普通の女の子なんだ。バーサーカーはイリヤを守っているだけで、あの二人は本当に仲が良くて。それにセイバーにだって、俺はもう戦って欲しくない。キャスターみたいな、あんな最期を迎えてほしくない」

「それは私に対する侮辱です、シロウ。確かに纏う神秘はあちらが優っていますが、戦いになるなら遅れなど取りません。貴方のその手に勝利を約束しましょう」

「違う、セイバー。俺が言いたいのはそんなことじゃない」

「凛。申し訳ありませんが、またシロウを頼めますか」

「ええ。後ろのことは気にしないで。貴女は全力をもって、バーサーカーを屠りなさい」

「セイバー! 遠坂、話せ。セイバーを止めいないと」

 

 私は、らしくもなく後悔していたのかもしれない。アーチャーに乗せられるままにシロウと同盟を組んだ。それも、士郎がまだこの戦争に参加するかどうかの覚悟も決まっていないときに。だから巻き込んでしまった私意は士郎を守る義務がある。たとえコイツが口では覚悟を決めただの何だの言っていようと、その方向性を定めたのが私であるなら、私は責任を取らないといけないだろう。

 だから私は士郎を離さない。多少魔力を使うことになっても、こつの無知から来る無謀を止めなきゃならない。そしてそれが、セイバーに対する最大の援護になるって信じている。

 

「お話は終わりね。早速はじめましょう。お日様が昇る前に決着もつけたいし。――――殺しなさい、バーサーカー」

 

「■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!」

 

 死を纏った狂戦士が、その咆哮を上げた。

 

『くっ、アーチャー……』

 

 何度も呼んだ。何度も何度も。アイツがいてどうにかなるとは思わなかったけれど、私は呼ぶことをやめなかった。けれど応えは返らない。あちら側から念話を遮断している。アーチャークラスの単独行動スキルがこんなに邪魔なものだとは思わなかった。

 ――――そこから先のことは、どうしましょう。特段語るべきことも少ない。

 セイバーとバーサーカー。その初戦。場所は住宅街で、一対一。マスターの数はカウント不要。だって誰も、あの二騎の戦いに横槍を入れられる力なんてないのだから。

 もし、例えば様子を伺っていたかもしれない他のサーヴァントが介入する動きを見せたなら、話は別の展開になったかもしれない。だけどライダー、つまり慎二が私たちの味方をしようなんて殊勝なことを考えるわけもないし、ランサーとそのマスターの考えは読めない。そういえば、アサシンはまったく動きがないけど、どこかでやられでもしたのかしら。

 なんにせよ。要因が変わらない事象の結果なんて決定づけられたようなもの。

 戦場は破壊し尽くされ、セイバーは満身創痍。バーサーカーには傷ひとつつけられない。

 それでもセイバーは前に出る。戦うことを止めはしない。士郎に逃げろと言ったけれど、こいつはそんなことを聞くタマじゃない。なんだ、この二人。案外似た者同士なのかもしれない。

 

「■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!」

 

 その巨人が振りまく死に恐怖した。一度死を経験したからと言って、それはそんなに慣れるものではない。死に掛けることには魔術師として慣れてしまってはいたけど、本物の死は、そんなものとは比べ物にならないのだと、どこか冷静に理解してしまった。もしかしたら本当の死を何度も何度も経験すれば、慣れることもできるのかもしれないけれど。

 でもそれは当然なのだ。だって私は生きている。生きているから、死ぬことが恐ろしい。だてわたしはきっとまだ、何も成し得ていないから。無駄と分かって宝石に魔力を込める。いや無駄じゃない。この私の十年を費やした宝石が、無駄だなどとは認めない。

 けれど間に合わない。またしても無様を晒した。出遅れてしまったのだ。この宝石をあの化け物にぶつけたとして、振り下ろされている石を切り出したかのような斧剣を止めるには時間が足りない。その斧剣は振り下ろされ、その下で、剣を杖のようにしながら、血を流し、なお敵対者への闘志を消さぬ、あの剣士の少女を助けるには至らない。

 

「こ――――のぉおお…………!!」

 

 叫んだのは私ではなかった。

 私なら、叫ぶくらいなら宝石に込めた魔力を解放するための呪文を口にしただろう。こんな気合いだけの、意味のない言葉を口にする時間だって惜しいのだから。

 だから、わたしはまたやってしまったのだ。

 セイバーを助けたかった。だから宝石に魔力を込めた。それに己の全力を傾けた。だから――――私という枷から解き放たれたソイツが、またしても私の予想を遥かに越える馬鹿をやらかすことを、止めることが出来なかったのだ。

 

「――――え?」

 

 飛び出した。何の躊躇いもなく。恐怖なんて、まるで感じさせずに。まるでそうすることが最も正しいのだと言わんばかりに、ソイツは飛び出したのだ。

 

「が――――は」

 

 そして突き飛ばした。セイバーは無事だ。バーサーカーから振るわれるはずの死は、第三者の介入によりかろうじて回避されたのだ。その、第三者の犠牲をもって。

 

「……そうか。なんて、間抜け」

 

 間抜けだ。間抜けに過ぎる。ソイツはきっと目的を果たしたのだろう。けれど余りに短絡的。だってソイツが死んでしまったら、今守ろうとした彼女だって無事ではいられないと、あれほど口をすっぱくして教えてあげたはずなのに。

 やっぱり何も理解していなかった。薄々そうなんじゃないかとは思っていた。コイツは馬鹿だ。ただの馬鹿だ。でもただの馬鹿ではありえない。だってただの馬鹿なら、少なくとも己の身という最も大切なものを第一に考えるはずなのに。

 

「――――こふっ」

 

 つまり士郎は、間に合ったけれど間に合わなかったのだ。バーサーカーに止めを刺されそうになったセイバーを突き飛ばし、自分もそこから回避する腹積もりだったのかもしれない。でもサーヴァント、しかもそのサーヴァントの中でも更に規格外なこの狂戦士に、その程度の無謀が通用するはずない。セイバーを助けられただけでも行幸という奴だ。

 だから士郎は抉られた。その腹が、半分以上ぶちまけられた。どうしてくれるというのだ。私には、ここまで欠損してしまった身体を治せるだけの宝石など、もう持っていないというのに。

 

「――――なんで?」

 

 ぼんやりとした少女の声が聞こえる。彼女はマスターだ。だから、士郎のこの行動なんて理解の範疇外なのだろう。私と同じように。

 

「意味が――――わからない。……もういい。こんなの、つまらない。バーサーカー!!」

 

 そして少女は、無慈悲な宣言を下す。なのにその宣言を下した彼女こそ、何故そこまで悲壮な顔をして、悲鳴を上げなければならないのか、私には分からない。

 

「潰しなさい。跡形も残さず。キリツグと同じ嘘吐きのシロウなんて、ここでミンチになっちゃえばいいのよっ!!!」

 

「……■■■■■■■■■■■ーーーーー!!!!!!」

 

 ああダメだ。これは、無理だ。腹を抉られた士郎は、まだピクピクと動いている。もしかしてまだ意識だってあるのかもしれない。でも駄目。それは最期の命の灯火かどうかという奴だったのかもしれないけれど、それが燃え尽きるより早く、あの巨人は蝋燭の燭台ごと粉々に粉砕してしまう。そしてその猛威は、いずれ士郎が命懸けで救ったセイバーにも、そして私にも齎される。所謂詰みというやつだ。私にできることなんて、ゆっくりと、ゆっくりと、近づくそのときを、僅かでも伸ばすために己に出来る最後の散財を行うことだけで――――。

 

『――――ああ、そうだな。遠坂凛ならば、決して諦めはすまいよ』

 

 そんな、声を聞いた。聞いたからってまるで安心できない、声を聞いた。

 

『君は酷いな。主のピンチに取るものとりあえず駆けつけたというのに』

 

 五月蝿い。だいたい、来るのが遅い。

 

『それは仕方がない。なんと言っても、『正義の味方』という奴は、遅れて登場するのだと相場が決まっているんだ。文句があるなら世界の理とかそういうものに言ってくれ』

 

 いいわ。わかった。把握した。もし私が魔法使いになったら、こんな馬鹿げた理を築いた世界に文句のひとつも言ってやろうじゃないか。

 

『ああ――――やはり。それでこそ、遠坂凛だ』

 

 その言葉を最後に、状況は一変した。

 流星の如く降り注ぐ矢。その全てが、バーサーカーの背後に控えた、無防備な少女に向けられたのだ。無論バーサーカーがそんな暴挙を許すことはない。その鋼鉄の身体をもって己が主を守る。少女には傷ひとつつけることなど適わない。けれどそれまで。バーサーカーの両腕がどれほど人という範疇外の大きさを誇っていようと、弓兵の射程にはいくらも届きはしない。少女を守りながらその脅威を排除することは適わない。

 もっともそれは、あくまで常識的な話であえばだ。侮ってはいけない。あの巨人は、その身に伝説を背負った英雄の現身であるのだから。

 

「■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!」

 

 少女を守り、その身を抱える。その鋼鉄の皮膚は、あらゆる鎧を紙屑と評することを可能とするあの英雄の至尊の一。主たる少女を守るのに、これ以上適切なものもないだろう。

 

「またアイツ……。命拾いしたわね、リン。じゃあ、また会いましょう。バーサーカー、追って! 今度こそアイツを逃がさないで!!」

 

 少女を抱えた巨人が駆ける。彼女たちが向かう先、遠く、遠くを眺める。視力を魔術で強化して、その姿を視認する。

 ここより少し土地の高い場所に生えた木の上で、鈍色のローブをはためかせ、黒い弓を手にした男が僅かに私に視線を返した気がした。なるほどその姿は、確かに『正義の味方』らしく思えないでもなかった。

 冒頭の台詞はこのときに。答えはなかった。あの巨人の脚力を持ってすれば、あれだけ離れた場所にいようとすぐに距離を詰められるだろう。アイツのことだ。「別にアレを倒してしまっても構わんだろう」などとカッコつけることもなく、無様に逃げ回って、そして何事もなかったかのようにまた私の前に現れるに違いない。

 

 これでこの夜の話は終わり。身体の半分以上を欠損させた士郎が、気持ち悪いくらいに不条理に自動再生されていく様を見て私はこの夜最後の絶句をすることになるのだけれど、その話は割愛してしまっても構わないだろう。私は肉達磨に近い士郎を抱え、なんとか歩けるまでに回復したセイバーと共に家に帰った。

 聖杯戦争は序盤を越えた。キャスターという策謀者を欠いた戦いは、誰憚ることなく加速していく。朝を迎え、また夜が訪れるとき、聖杯戦争は中盤戦の様相を示すだろう。けれどその話はまたいずれ。今は、ただこの頭と身体を休ませてもらいたい。

 

 

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