俺のことはランサーでいい。真名は、クー・フーリン。ま、わざわざ言う必要もないか。
柳洞寺の戦闘はセイバーたちの圧勝だった。その後建物の中で何があったかは知らないが、御丁寧にウチのマスターがキャスターの脱落を知らせてきた。本来ならここで奴らとやり合いたいところなんだが、俺の任務は偵察だとぬかしやがる。面倒くさいことこのうえねえ。表で戦ってたセイバーとマスター二人が帰っていくのを指を咥えてみてるしかねえんだからな。
『チッ』
『――――不満かね、ランサー』
『たりめえだ。テメエと組むようになって不満以外を感じたことはねえよ』
『ふん――――。現世での望みは死力を尽くした戦いだったか。私には到底理解の及ばない願いだ』
『テメエの目的こそ理解が及ばねえよ。一体何を企んでやがる』
『さて。私は私の役割を全うしているにすぎんよ。さて――――今宵の戦いはこれを以て終幕だ。故にお前も引き揚げろと言いたいところだが』
『ん――――?』
『喜べ、ランサー。暇を持て余している貴様に今一つ仕事だ。あるいは――――貴様の望みも叶うことになるやもしれん』
えらく勿体ぶってウチのマスターが与えた指示は、確かに一度与えられたことがある内容だった。曰く、「引き続きあの弓兵のカラクリを調べろ」。偵察という現状の目的にも沿っている。が――――気が乗らねえ。そりゃあ俺だって気になってないわけじゃあねえ。が、そこまでするほどのことなのかという疑問がある。
『オーダーには応えよう。だがな、あいつとは一度殺り合ってるんだぜ? 今度は本気で行かせてもらえるってことでいいんだな』
『無論だ。しかし油断はするなよ。あのカラクリの概要を掴まねば、その槍とてアレの心臓を抉ることは適うまい』
『ほう――――そのいいようじゃ、多少の推測は立ってるっつうことか?』
『いや。アレは常に条理を覆してきた。その手段を持っている。私が把握していることはその程度だ。要するに、油断ならない、ということしか分かってはおらん。まあ、柳洞寺の魔女は何かしら掴んでいたようだが。むしろそれ故にこの早期に退場を迫られたのだろうよ』
『ふん。まあいい。英雄なんて連中はな、そもそも条理を覆して何ぼだ。調査に手段は問わねえ。それを確約してくれるんならやってやるぜ』
『構わんよ。見かねることがあれば令呪を使うまでだ』
『ハン。そんときは、テメエの持ち札が使い切られるってことを忘れんじゃねえぞ』
俺のマスターが所有している令呪はあと一画。それを使い切ったなら、もはや俺にはめられた枷はない。奴もそれを分かってないはずがないというのにこの言いざまだ。その胆力だけは素直に賞賛に値する。気に入らねえことには変わりねえが。
まあいい。命令は命令だ。それじゃ任務を果たすとするか。
柳洞寺の建物から出てきた最後の一人。聖杯戦争の監督役に後始末を依頼したそのサーヴァントは、戦争中とは思えないほど隙だらけの様相だった。俺が与えられた任務は別に奴を排除しろというものではない。が、もしこの程度で排除が適うのであれば、そもそも調べるまでもないことだ。故に一閃。上空からの刺突。ただの挨拶代わり。それは過たず男に吸い込まれるように穿たれ。俺は何の手応えも返されることはなかった。
「物騒な挨拶だな。それはなにか。君の時代の常識かと疑われるぞ、ランサー」
「ん? そういや割とよくある話だったな」
俺が着地を決めたその数メートル離れた場所。鈍色の甲冑と外套、そしてフードを纏った弓兵は、なんら損なわれることなくそこにいた。幻術の類か。もし魔術でそれを成してるっていうなら、魔術師としてのレベルは相当なものだろう。
槍を構え直しはしない。相手も無手だ。僅かに身構えているということは、全くの余裕を晒しているわけでもないらしい。
「何の真似だと聞いている。我々はすでに矛を交えたはずだが?」
「その言いよう。なんら事情通ですってことか? 残念だがテメエの手の内は一枚たりとも奪えてねえからな。俺としてはどっちでもいいが、マスターがえらく御執心なんだよ」
「ほう? 此度の監督役はサーヴァント一人一人の辞典でも作るつもりなのかね?」
「ふん――――どうやら本当に事情通だってことかよ」
「チ――――やはりそういうことか」
こいつは少し拙ったか。どうもウチのマスターについては確証があるわけではなかったらしい。酷く忌々しそうに吐き捨てたところをみるに、あまり面白い事態ではなさそうだ。もっとも、それに関して言えば俺も同意見なのだが。
「それで。あの神父は貴様に何を命じた? この首でも持ち帰れとでも言われたか?」
「いいねえ。そっちの方が分かりやすし俺好みだ」
「そうだろうな。しかし、彼が君の好みをそのまま命じるとは到底思えん」
「随分分かってるじゃねえか。何だ? あの野郎と因縁でもあるとでも言うつもりか?」
「――――さしてあるわけではないよ。あったとしても、それは俺の因縁ではない。ああなるほど。下手な誘導をしていることろを見るに、お前の目的は情報集めか」
「御名答。んじゃま、せせこましいやりようもバレたことだし得物を出せよ。そっちの方がやっぱりわかりやすいってもんだろ」
こいつの言うように、言葉で語るのはらしくねえ。槍を構え、誘う。例え命じられた内容が調査だとしても、戦闘を禁じられたわけでもない。口で語るより矛を交えて語るほうが、より俺の性に合っているというものだ。
「まったく。君の好戦性にはほとほと呆れ変えるな」
「そう言いながら、今日はやる気がありそうじゃねえか」
弓兵はいつかのボロボロの剣ではない、別の剣を取り出した。さして業物には見えない。というか、いいものとはいいがたい。なまくら。そんな言葉が脳裏をよぎる。
しかし弓兵はその剣を構えはしなかった。後ろ。自らの退路にそれを突き刺し、そして構えることなく俺を見据える。徒手で戦おうとでもいうのか。だがそのつもりであるというのなら――――俺として否はない。
槍を握る手に力を込める必要もない。地を蹴る足に意識を向ける必要もない。それらは全て刈るという行為に付随するものだ。故に一呼吸。身体はバネ。一連の動作は流れとして完成している。止められるものなら止めてみろと。避けられるものなら避けてみろと。そして俺は愛槍を突き出し――――。
槍はいなされた。奴の手には別の剣が握られている。中華風とでもいうのだろうか。背に反りが加えられた、刀。それを、左右に二振り。
「――――ほう。どうやらそっちが本命ってことか」
「まさか。こんなものはただの借りものだよ。俺の本気など、君がよく知っている程度でしかない。しかしマスターからの注文でな。俺の戦果も戦禍も、すべて彼女に捧げねばならないらしい。あまり無様は晒せんのだよ。故に――――贋物であれ使えるものは使わせて貰おう」
弓兵は踏み込む。ある程度の場数は踏んだ動きであったがその程度。正確性はあれど速さは足りない。攻撃の隙を庇えるほどの手数も足りない。故に俺もまた踏み込む。奴の攻撃がこの身に届くまでに、優に三撃は加えられる。
しかし、一撃。尚も、二撃。最後の三撃。――――その全てが防がれる。奴が動いたわけではない。そんな動きは欠片もない。攻撃の軌道上。その空間に、まるで壁でもできたかのように槍が通らない。魔力障壁を疑った。けれどそんなものを展開する余裕など与えていない。さらに言えば、あの手ごたえは壁や盾というより、剣のそれに近い。
けれど、考えている暇はない。三撃。その全てが防がれたというのなら、次にもたらされるのは弓兵の一撃だ。受けるまでもない。その身体の動きから、何処を狙っているのか読むのは容易い。故にその軌道から身体を翻し――――。
「ん、な――――」
踏み込んだ身体が、何かに斬られた。
とっさに体重移動をもとに戻し、別方向へと転身する。けれど図ったかのように、そこにも己の身を傷つける何かが配置されていた。三度の転進は前へ。弓兵の攻撃に対し身体を晒す。肩から胸に、致命傷にはならないがそれなりに深い傷が刻まれた。しかも、踏み込んだ足にまで何かが当たって傷を作る。
そのまま交差。身体のバランスを崩しながら、身を低くして構えを取りなおす。
「どういう手品だ――――おい」
種を尋ねながらも、考える。仮説を述べるなら、空間に張り巡らされた不可視の武器があったというところだ。聖杯から与えられた知識によって、ワイヤーという言葉が浮かぶ。そうでなくとも、魔術を用いた簡易なトラップと考えられなくもない。説明がつかない点は、ひとつにアーチャーの軌道上にあったものについて、アーチャーの動きを阻害していないこと。今一つは、どのタイミングでそんな罠を張れたのかということ。仮にこの場が魔術師の工房であったなら、そんな都合のいい罠があったところで不思議にも思わないが。生憎とこの場はほんの僅か前までキャスターが神殿を築いていた地だ。アーチャーが魔術師だからと言って、こんな短期間で施設出来るはずがない。
「悪いが種明かしができるほど――――余裕は、ない!」
どうやら考える時間はここまでのようだ。アーチャーが刀を投げる。馬鹿なと思う暇もない。投げられた刀を目の前に迫っているというのに、投げたはずの手にはすでに別の刀が握られている。その刀を躱し、突っ込んでくる弓兵を向かうたんと構えを取ろうとして――――。
「な――――!」
その背後から、幾多もの剣が降り注いできた。
そのうちのひとつは先ほど避けた刀だ。軌道が変わった。それだけでも驚嘆すべき内容である。しかしそんなものは易い。何故何も存在しなかったはずの空間から、雨霰のように剣が降り注ぐのか。だが、驚いている暇はない。考察については後回しだ。槍を大きく振る。この身に宿る矢除けの加護によって、降り注ぐ剣は致命的にはなりえない。しかしそこに弓兵自身というファクターがあるのなら、たった一刀でも不安要素を残すわけにはいかない。
そして交差。
けれど一瞬――――弓兵の動きが揺れた。
残ったのは、右腕に奔る赤い線のみ。
「戦場で気を散らすたあ、どういうつもりだ」
弓兵に残ったのは、右の肩から二の腕に掛けて抉れた傷。右手に持っていた刀は取り落され、硝子が割れたような音を立てて消えた。
「――――凛」
「あ? あのお嬢ちゃんがどうしたって?」
じりじりと後退する弓兵。それで俺が逃がすとでも思っているのか。ついに奴が初めに突き刺した鈍剣まで距離をとり――――残った左の刀を俺に向かって投げつけた。
それでどうなるというのか。俺は投げられた刀を無造作に払う。弓兵は手空きとなった左腕に、件の鈍剣を掴み――――。
「悪いが。頼んだ――――アーチャー」
そんな台詞を吐きながら、弓兵はその鈍剣を上空へと投擲した。
「んな――――誰だ!!」
投擲の先。視線を感じた。上空。虚空。何もないはずの空間から。殺気があったわけでもない。それはただ、俺たちを見下ろしていただけだ。何も映さぬ、硝子の瞳で。
色は同じ。鈍色。身に纏うものはローブ。フードはない。月明かりを背に、一本に纏めた白く長い髪が風になびいている。その手には、投げ渡されたあの鈍剣が握られていた。
同じだ。コレは同じものだ。多少の衣装の相違があろうと。フードで顔を隠しているか、晒しているかの違いがあろうと。アレとコレは同じものだ。
けれど瞬きをする間もなく。一瞬で、男は消えた。確かに存在していたものが、もはやどこにも存在しない。
「おい、あの野郎はいったい……」
「悪いが、答えるわけにはいかんよ。それで――――続きをするかね?」
「さあて――――ふん。どうやら、さっきのアレを追えとさ」
「それはよかった。正直、この傷は厄介だよ。治癒不可でないことがせめてもの幸いだが、いつ完治してくれるのか分かったものではない。外観は、朝までには取り繕えるだろうが……」
そう言ったアーチャーはほとほと困ったと腰を下ろした。完全に戦闘終了と考え弛緩しきっている。これで少しでも後を追って来るような気概を見せるんならこちらも楽しめるというのに。
最終的に、傷の具合だけを語るならこちらの勝利と言えなくもないだろう。しかし奴の手の内は見えないまま。しかも訳の分からない奴まで出てくる始末。全くこれだから、弓兵風情は気に入らねえ。
夜の街を跳ぶ。見失ったはずの男は割とすぐに見つけることが出来た。楽しくバーサーカーと追いかけっこときたもんだ。とりあえずは手を出すなという指示をするくらいなら、あのままアーチャーとやり合っていたほうが実りがあったんじゃなかろうか。
夜は長い。だが、時機に夜は明ける。今夜はこれ以上の戦果を期待することは出来ないだろう。
聖杯戦争序盤戦終了です。
キリがいい & ストックが切れたこともあり、次話投稿は少し時間を置きます。
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