色々あったが、解決した   作:華月鳥

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025_夜明未満

 私、遠坂凛は「やっちまった」と、気づいた瞬間に顔を隠した。

 それで目撃者の記憶まで消去してしまえるのなら容易いが、実際はそんなことにはならない。やろうと思えばできなくもないかもしれない。コイツのクラススキルの対魔力のランクっていくらだったろうか。

 ――――やらないけどね。そんなことに魔術を使うほど魔術師やめちゃいない。だから文句だけは言わせてもらうことにした。変形してしまった顔を治しながら。

 

「帰ってくるのが遅いわよ。この駄サーヴァントっ!!」

 

 むしろ予想よりは早かったのだけれど、文句というのは大抵理不尽なものなので許容してもらおう。

 何があったかと言うと、それほど難しい話じゃない。

 あの後。イリヤスフィールとバーサーカーがアーチャーに誘き寄せられ去った後。私はある程度の自己治癒を行ったセイバーと一緒に衛宮の家に戻った。あの、理解不能な自己再生が行われている士郎を抱えて。

 無事家に帰り着いた私は、まずは見た目上はほとんどの欠損部位を再生してしまった士郎を彼の自室に横たえた。セイバーとはそこで別れ、私自身は居間で待機することにした。部屋に戻って眠る気にはなれなかったのだ。疲れているという自覚はあったけれど考えておきたいことが色々あった。それに――――然程心配していたわけではないけれど、腕に刻まれた令呪が無事であることを常に確認していたかった。

 それでも、やはり疲労は事実として蓄積しており、家に戻ってひと段落ついたことで緊張の糸が切れていたのかもしれない。自己制御出来ないなんて魔術師としてあるまじきことだとちゃんと猛省している。――――十何分と経たないかのうちに思考は完全に鈍化してしまい、何十分かが過ぎたころには初めて船を漕いで、最後の記憶は家に戻って一時間と少しが経ったころ。つまり、うたた寝をしてしまったのだ。――――居間の机に突っ伏すという形で。

 私は寝起きが壊滅的に苦手だ。だからすぐには異常に気付かなかった。

 意識が浮上して最初に認識したことは窓の外が暗いこと。ああまだ朝じゃないのかと思いながら時計を探して、確認した時刻は午前4時。うむ。これは朝ではない、まだ深夜だと結論づけて肩に掛けられていた毛布に再度包まろうとして――――毛布? と疑問に思った。

 

「朝まで寝ておきたいのなら部屋に戻ったらどうだ? このままだと額の丸印は取れなくなるし、悪くすれば鼻が曲がるぞ」

 

 なるほど。顔面に机を押し付けた状態で長時間眠りこけてしまったなら、接触面は赤く跡がつくし、鼻も折れるか潰れるかしてしまうだろう。そんな暢気な理解を巡らせて――――その声を発した誰かを認識してしまった。

 ガハ、と。反射的に身を起こす。

 

「起きる気があるなら、まずはその愉快な顔をどうにかしてくれ。……正直、耐えられそうにない」

 

 そう言いながら俯き加減に肩を震わせる己の従者に対し、吐いた台詞が冒頭のそれだ。

 

 さて、と。目覚ましついでに洗面所で顔を洗ってきたため、顔が元通りに戻っていることは確認している。故に先ほどの醜態は引っ張らないこと。あと記憶の彼方に抹消すること。

 

「何時帰ってきたのよ。ていうか、帰ってきたなら起こしなさいよね」

「気持ちよさそうに寝ていたからな。起こすのが忍びなかったんだよ」

「下手な気遣いありがとう。余計なお世話だから今度はちゃんと起こしなさい。――――それで、バーサーカーは?」

「……どうもこうも、どうにも出来んよアレは。己の全能力を駆使して命からがら撒きはしたが、とてもじゃないがアレを一人で相手なんぞしたくない」

「相変わらず台詞が情けないわね。こう、敵の情報ひとつくらい持って帰りなさいよ」

「ああ。あのバーサーカーの真名なら――――」

「忘れてた。アンタってそういう奴だったわ」

「お褒めに預かり光栄だな」

 

 別に誉めてはいない。まあ、誉められるに値する仕事はしているのだけれど。コイツはどうして誉めてやろうという気にさせてくれないのか。コイツのおかげで、もはや真名が隠されているサーヴァントは存在しない。脱落したが故にその必要がないキャスターと、召喚対象が固定化されているアサシン。同盟者であるセイバーの名は直接聞いたわけではないけれどコイツはすでに見抜いているし、私もおおよその見当がついている。柳洞寺で彼女の透明な風の鞘に隠されたあの聖剣を見させてもらった。あれほど有名な宝具であるなら、真名解放もせずただその姿を晒させただけで正体が看破されてしまうだろう。

 セイバーの話は置いておこう。彼女は同盟者であるし、この同盟は当分続く。当初の予定である最後の二騎になるまで、という確約は出来ないが、少なくともあのバーサーカーをどうにかするまではこの同盟関係は必須だ。

 バーサーカー。聖杯戦争の始まりの御三家であるアインツベルンが召喚したサーヴァント。その真名。かのギリシャの大英雄。知名度だけでさえセイバーを凌ぐ。その基礎ステータスたるや私のアーチャーと足して二で割っても十分すぎるランク。つまり英霊二体分に相当している。そしてセイバーの攻撃を悉く無効化した肉体。おそらく常時発動型の宝具。これだけそろえばあの「死」の具現といってもいい猛威を攻略する糸口にはなるだろう。――――ならなくとも、やってみるしかないのだけれど。

 

「それはそうと、衛宮士郎やセイバーは自室で休んでいるのか?」

「ええ。まったくあの回復力。一体何の呪いか祝福かって言うのよ。――――ん?」

 

 何だろう。なにか――――違和感がある。

 

「回復力、か。――――すまないが、俺と別れてからのことを詳しく説明してもらえないか?」

 

 説明しろといわれても、大した内容はない。バーサーカーに遭遇し、セイバーが負傷し、士郎が馬鹿をやったこと、それだけだ。それだけというには士郎の馬鹿行為があるが、これについてはアーチャーも目撃しているはずだ。でなければあんなタイミングよく援護射撃が出来るはずない。

 あ――――それだ。違和感の正体。

 

「ちょっと待ちなさい。なんでアンタ士郎が無事なこと前提で話してるの?」

 

 腹の半分以上がぶちまけられた。そんな傷を負って普通の人間が無事でいられるはずない。アレを見たなら、普通は士郎とセイバーの敗退を予測するのではないだろうか。

 コイツは目が良いとよく自己申告している。ならば士郎が回復していく様を目撃してたとか? ありえない。あのバーサーカー相手にコイツがそんな余裕を持っていたとは思えない。

 

「――――君が、何かやったのだと思ったんだが。……ああ。そもそもの前提の話をするなら、君がこの家に帰って来ている時点で両者が無事なのだろうと予測はつくぞ」

 

 私がこの家に帰ってきた時点で……。そうか――――言われてみればそうかもしれない。仮にシロウかセイバー、あるいは双方があの時点で敗退していたのなら、わたしはこの衛宮の家ではなく遠坂の家に帰るだろう。サーヴァント相手にどれほど有効かは不明だが、外敵への備えを考えるなら遠坂の家の方が衛宮の家よりよほど優秀なのだ。私がここに居を構えているのはあくまで士郎との同盟関係故の処置。故に士郎が死亡すればこの家にいる必要はなくなる。セイバーのみが敗退しても同盟関係は破棄され、やはりこの家にいる必要はない。

 納得した。納得は出来たが、少ししこりも残っている。どうにもコイツは士郎のことに関して詳しすぎるんじゃないか、という疑念だ。思えば初めからコイツと士郎はマスターである私以上にウマが合っていた。まったくの想像ではあるけれど、昨日の士郎の暴走のひとつ、柳洞寺に突撃をかました件にしたって、コイツがそうなるようにわざと煽ったんじゃないだろうか。そして最後に、その柳洞寺でコイツが最後にやらかしたことについて、私はまだ何の説明も受けていない。

 この疑念の向かうところが何処になるのか、私はまだ分かってはいない。いくつかあり得ない仮定を巡らせることはしたけれど、どれもこれも己で一笑に付すような仮定ばかりだ。情報が足りない以上結論は導けない。だから、私は情報を少しでも多くかき集めなければならない。

 

「じゃあ次の質問よ、アーチャー。アンタが柳洞寺で士郎にやったことについて。はっきり言って、魔術師として容認できないの」

「衛宮士郎の魔術回路の特異性に気付いたのは偶然だよ。何がきっかけだったか――――ありふれたことでもう覚えてはいないが」

「そんな誤魔化しが効くと思ってるの? 仮に私でも気付けなかった士郎の魔術回路の異常性に気付いたってことに納得したとしても、問題なのはアンタが知っていたことより、やったことよ!」

 

 あの時、アーチャーが行ったあまりに的確すぎる処置。なるほどコイツは一度戦闘を目撃しただけでサーヴァントの真名をばしばし当ててしまうほど観察力にも考察力にも長けている。だから、その言い分について納得してやらなくもない。けれどそえだけでは説明がつかないのだ。錆びついた魔術回路を解放するために必要なものは本人の魔力。如何に神経が魔術回路と一体化していようと、それを剣などという外部刺激によって解放することなど出来ない。悪くすれば回路自体を破壊しかねない処置だ。それをコイツは平然と行い、そして平然と成功させたのだ。

 

「ああ、アレな。そこの土蔵で拾ったんだよ。珍しいものだったから何とはなしに持っていたんだ」

「拾ったって……あのへっぽこが剣に魔力を転換させていたとでも言うつもり?」

「いや、あれは――――見た方が早いな」

 

 歯切れの悪い回答だ。見れば早いというくらいだから、隠しているというわけではないみたいだけれど。とりあえずは見せてもらいましょう。これで勿体ぶったことに見合わないものならタダじゃおかないんだから。

 と。意気込んで土蔵へ向かったのだけれど。――――そこで目にした常識外れに、私が絶句したのは言うまでもない。その犯人を叩き起こす――――なんて生易しい。いっそ叩き殺してやろうか。ああ、ダメだ。今はセイバーがいる。

 そんな思考を、本気で巡らせてしまった。

 

「アンタ……なんでこういうこと分かってた時点で言ってくれないのよ!!」

「タイミングがなかったんだ。たしか昨日、衛宮士郎が柳洞寺に向かっていった頃だったかな、これを見つけたのは。あのときはそれどころじゃなかっただろう?」

「それはそうだけど――――ううん、そんなことない。これはそれどころの騒ぎなのよ!!」

「……それはすまなかったな。そこまで問題視するほどのことではないと考えていたのだが」

「これの、どこが! 問題視しなくていいと思ったのよ!」

「――――生前、身近だったものでな。珍しいとは思ったがそこまでとは考えが至らなかった」

 

 くそう。いくらへっぽこでも英霊は英霊か。こんな魔術の出来損ないが身近だったなんて――――。

 ああ、あまりの異常事態に思考があいらこちらに飛んでしまう。これはこれで大問題だが、まずは先の問題をひとつずつ解決していかないと。

 

「それで? このガラクタでアンタがやったようなことが出来るとは思えないのだけど?」

「このガラクタでは無理だよ。あの時使ったのはこの中でも一番出来が良かったんだ。まあ、それでも使ってしまって消えてなくなったわけだが」

「――――まだ、説明が足りてないわ」

 

 もしここにあるガラクタが本物並の精度であったとして。じゃあそれを士郎の元の魔力に転換できるかというと、難しいなんてレベルの話じゃなくなる。私の宝石魔術だって、遠坂の魔術特製に「転換」があればこそ可能なのだ。溜めて、解放する。その手順を踏んでもいないのに、解答だけがすんなりいくなんて上手い話は聞いたことがない。

 

「それは、アレだ。君の宝石を使わせてもらったのと同じ理屈だと考えてくれ」

 

 ――――そういえば、そんな上手い話があったんだった。

 コイツの効果不明の宝具。一体いつ、どんなタイミングで使っているのかすら分からない。その効果を知られることで効力が失われる。コイツの正体が知られれば一度使っただけで敗退してしまう。英霊の宝具は、ランクがBであるらしいランサーの宝具ですら因果の逆転なんて出鱈目を仕出かすのだ。ランクEXであるコイツのそれがどんな理不尽をやってくれたとしても驚くには値しない――――ということになる。不本意ながら。

 

「さて。こちらからの説明は以上になるが、他に何か質問はあるかな?」

 

 聞きたいことなんて、それこそこんな出鱈目をしでかした宝具の効力だけれど、隠している理由の真偽がいずれであったとしてもコイツが素直に吐くことはないだろう。だからそれ以外で。遠坂凛が、サーヴァント・アーチャーに聞かなければならないことは……。

 

「なら、最後にひとつだけ。――――アーチャー。アンタ、私がマスターで本当にいいのね?」

 

 それは柳洞寺で返されなかった問いだ。私は言いたいことを言い切ったが、それに対する答えをまだ聞いていない。

 

「……君はマスターとしておよそ考えられる最高位だろう」

 

 アーチャーは言葉を選ぶようにそう言った。けれど、それは私が聞きたい答えじゃない。

 

「そして俺は、サーヴァントとしておよそ考えられる最低のカードだ」

 

 そんなことは百も承知だ。けれどこちらの覚悟は決まっている。

 

「俺はこれからも、聖杯を取るためにあらゆる手段を使うだろう。時には卑怯な手段を。そして、君の命に叛くことも、君を騙すことだってある」

 

 ああ、回りくどい。ここはやはり有無を言わせず認めさせるべきだったんじゃないだろうか。それこそ、令呪を使ってでも――――。

 

「でも――――そうだな。嬉しかったよ。君と肩を並べられること。俺はいっと恵まれている。だから――――俺は君のサーヴァントでありたいと思う」

 

 雨の日の濡れ鼠。

 おかしい。外は雨なんて降っていないし、こいつも濡れてなんていないのに、何故だかそんなフレーズが浮かんだ。

 まっすぐに――――見つめられている、ような気がした。こいつは自分では動かないから、私がそのフードに手を掛けてた。硝子の瞳は、やはり私を見つめていた。

 

「なら、認めなさい。アンタは私のサーヴァント。私に対し恥じる気があるならそんな行為は一切しないと誓いなさい。それでもなお行うというのなら、それは全て私の行為と同義よ。アンタが齎す戦果も戦禍も、その全てが私のもの。蚊帳の外だなんて認めない。勝利は与えられるものではなく、奪うものなんだから」

「認めよう。そして『約束』しよう。俺は君のサーヴァントだ。君と共に戦場を掛け、勝利の美酒も敗北の泥もその全てを分け合おう。最後には、盃を酌み交わすために」

 

 ――――約束、か。魔術師であるならばそこは契約であるべきじゃないだろうか。けれど彼の約束は、そんな通り一辺倒な契約よりも重いもののように感じられた。彼は――――夢の中の約束を、果たすことが出来たのだろうか。

 

『たとえ――――』

 

 そんな、声を聞いた。

 

「え、何――――?」

「ん? 何がだ?」

 

 聞き返した私が、更に聞き返される。惚けられたのだろうか。しかし相手もまた呆けていることに変わりはない。では今の声は何だったのだろう。念話――――のような気もしたけれど。

 首を傾げる。アーチャーも首を傾げた。彼の長い髪がハラリと揺れた。

 

「さて。では、君の言う衛宮士郎の異常回復力とやらを見てみよう。俺はまだ――――奴が回復したという状態を確認していないのだから」

 

 そう言って、アーチャーは土蔵を後にした。私もそれについていく。彼は確かに私の目の前にいるはずなのに、月もだいぶ傾いた朝焼け前の真闇の夜に、鈍色の外套が溶けていくような気がした。彼の長い髪も、その顔も、すでにフードの下だ。まったく、どうしてわざわざソレを被る必要があるのだろうか。醜いって程の顔でもないし、その顔が真名を晒す特徴を持っているというわけでもなさそうだ。そもそもあの執事服を着ているときは完全に顔を晒しているというのに。ただ――――現代服を着こなして顔を晒している朝や夕方は、笑顔を張りつかせむしろより本心を見せない。だから先ほど、不意を突いてフードを取り晒させたその顔は、アーチャー相手に抱いていた印象とは全く違うもののように感じた。それにその顔は――――どこかの誰かに似ているような、似ていないような。そんな、気にさせたのだ。……もう少しで出掛っているのに、どうしても出てこなかったけれど。

 そんな取り止めのないことをつらつらと考えながら、私たちは士郎の自室に向かった。

 

 士郎の部屋で、私たちを出迎えたのは聖緑の瞳。セイバーだった。彼女はおかしなくらい似合っている正座をして士郎の枕元に控えていた。多分一睡もしていないのだろう。それほどまでに警戒しているのは、多分昨日の昼と夜とで二回も彼女のマスターが勝手な行動を取ったからだ。目を離したらまたいつふらふらといなくなってしまうか分かったものではない。それに――――士郎とのパスがある程度の強度で再構築されたことも彼女の行動の要因の一部になっている。少なくとも魔力消費を節約するために長時間の睡眠を強いられるようなことは、よっぽどの魔力消費でもしない限りもう心配しなくていいはずだ。

 士郎はいまだに目覚めていない。その傷は完全に再生され塞がっており、様態も落ち着いている。肉体的にはいつ目を覚ましてもおかしくない。だから目を覚まさないのは、単に疲労が溜まっているとかそういうレベルの問題なのだろう。

 

「凄まじいな」

 

 アーチャーが士郎を診て最初にその言葉を口にした。まったく同意である。一体何を売り渡しているのやら。仮に何かしらの対価も払っていないのであれば、余りに魔術師の等価交換の原則から反しているこの現象を解剖まで交えて検証したいという気持ちを抑えられなくなりそうだ。

 この現象について一応士郎が目を覚ましたら問い詰める気ではあるけれど、余り期待は持っていない。なんたって士郎はスイッチも知らなかったド素人だったのだ。この現象について仮に自覚があろうがなかろうが、初めから懇切丁寧に説明でも受けていなければ、ただその現象そのものをありのままに受け入れ、その原因について考察を重ねるなんて絶対にしていないだろう。――――聖杯戦争が終わったら、魔術師とはそもそも研究者なのだということからみっちり教えてやろう。原因考察と施策の改良こそが研究者の本領なのだ、本来は。

 そういうわけで、私は士郎に期待していない分アーチャーには期待している。敵サーヴァントの真名を見破った実績は大きい。士郎の特異な魔術回路について私より早く気づいたくらいだ。あるいていどのとっかかりくらい掴んでくれるのではないだろうか。

 

「何か分かる?」

「そう――――だな。セイバー、一応確認しておくが、君に心当たりはないんだな?」

「はい。私自身は自己治癒力を備えていますが、それが契約者に影響するなどということは通常ないと思います。凛は、偶然そうなってしまったのではないかと言っていましたが、私から認識できるものではありません」

 

 セイバーが説明したことは、私からセイバーに伝えた仮説のひとつだ。我ながら、余り信用できたものではないと思っている。

 アーチャーはセイバーの答えを聞いても黙ったままだ。横たわる士郎の胸辺りに手を添えたまま。視線も士郎に固定されたまま。ただ、もう片方の手が、知らぬ間に部屋の外を指示していた。それも、セイバーからは完全に死角になる位置で。つまり――――セイバーに聞かせたくない話がある、ということか。

 私はアーチャーの方を見ないよう意識しながら、軽く頷いた。

 

「さっぱりだな。何かしらの概念が働いているだろうと推測は出来るが、そこまでだ。ただ本人が目を覚した際この異常回復について説明することになっても、余り過信しないよう言い含めておいた方がいい。奴の無謀が更に酷くなる危険性があるからな」

「無論です。それについては私からきつく伝えておきましょう」

 

 ぴしゃりと。セイバーは言い切った。やはり士郎のあの行為について言いたいことがごまんとあるらしい。「その精神叩き直してくれよう」といたオーラが見て取れた。きっと言いたいことは全て肉体言語で語るつもりなんじゃないだろうか。これでは士郎が目を覚ましても、もう学校にすら行かせてもらえないことだろう。結界が解かれているのならそれはそれで問題ないが。

 士郎の部屋を辞し、私たちは再び居間に戻ってきた。アーチャーは何気なく煎茶とお茶漬けとしてどら焼きを用意する。「ポテトチップスが開封済みであったが、この時間には食べない方がいいだろう」などと言っているが、朝までもう間もなくというこの時間にどら焼きもどうなのだろう。もっとも個別包装ゆえに食べないという選択肢を提示されつつ、自然と手は伸びてしまった。あれだ。頭を使う分には糖分が必要なのだから問題ないのだ。

 

「それで、何か分かったの?」

「中に何か仕込まれていた。おそらくは宝具だ」

「宝具って、セイバーの? 彼女が嘘ついてるっていうの?」

 

 ありえないと思う。アーチャーならともかく、セイバーは嘘などつかないだろう。言えないことがあれば言わないかもしれない。それでも、詰め寄れば言えないことがあるということくらいは教えてくれるように思う。そのセイバーが知らないと明言したのだ。

 

「そうだな。彼女は本当に知らないのだろう。ここから先は仮説に仮説を重ねることになるが、聞くか?」

「当然。精度については後で詰めていきましょう」

 

 そそいて、アーチャーは私に説明した。士郎がその身体の中に持っている、セイバーも、おそらく本人すら自覚していない「現存宝具」の可能性について。その宝具が触媒となって本来の持ち主であるセイバーを召喚できたこと。その宝具を士郎に与えたのであろう彼の養父とセイバーの関係。そうだ――――何かの雑談に紛れてセイバーは言っていたじゃないか。この地に召喚されたのは初めてじゃない、と。

 

「出来すぎてるわね」

 

 話を聞いた正直な感想がソレだ。辻褄は合っている。まるで見てきたことのように合いすぎている。だから逆に嘘くさくもあり、けれど否定出来る材料もない。確認を取った方がいいだろうか。ただ、此度の聖杯戦争には直接関わり合いのないことでもある。

 

「すぐに取れる類の確認なら取っておいて損はないのではないか? 仮説が正しいのなら、今は衛宮士郎が使っているがセイバーに使わせることで戦略性も増す」

 

 衛宮切嗣がいつこの屋敷に現れたのかはお隣さんである藤村先生に聞けば話が早い。前回の聖杯戦争については、遠坂の家を探せば最低限参加したマスターの情報くらいは得られるだろう。上手くすれば前回のサーヴァントとマスターの組み合わせもわかるかもしれない。最悪、綺礼に聞けば何かしらの情報は得られるはずだ。――――そんなことも調べもせずこの戦いに挑んだのか、なんて嫌味の一つや二つは覚悟しなければならないだろうが――――そこまですることはないな、うん。大体そんなことの確証が取れたとしても、士郎のあの現象をもたらした原因とその正確な効果について明確化できるわけでもない。

 

「本当に確証を得たいのなら、士郎からそれを取り出せるか試してみて、取り出したものをセイバーに確認してもらうのが一番なんだけど……」

「それは現段階ではやめたほうがいい。少なくとも衛宮士郎の暴走癖が直らないうちは、セイバーにも衛宮士郎にも伝えるべきではない。だからこそ、あの場ではなくここまで戻って話をしたんだが」

 

 その配慮は正しい。私たちの見解は一致している。仮にアーチャーの見立て通り士郎の中にあるものがセイバーの宝具だったとして、それを聞いた士郎がどうするのか。セイバーがどう思うのか。不確定要素が多すぎるのだ。最悪のパターンは、士郎のあの現象の原因をセイバーに返し、士郎に備わった異常再生力が失われながらなお士郎が無謀を晒すことだ。人間誰だって自分の命は大切なはずだから、あんなことの後にまた士郎が馬鹿をやることはないんじゃないかと思わなくもないけれど――――。昼間の無断外出。夜の無断特攻。これくらいなら緊張感の欠如で片づけられた問題だった。けれど深夜、あのバーサーカーの件までが連続で発生したことを踏まえると、とてもじゃないが信用がならない。

 つまり、結局。現状このまま保留状態。それが最も安全と言える。

 

「ああ、もう。昨日も今日も士郎に祟られるわ」

「その割には同盟解消などと言い出さないのは流石だな」

「当然でしょ。足を引っ張られている――――ところはあるけど、決定的でもないし。今のところどうにかなってるし。セイバーには助けられているし。って、やっぱりアンタが役立たずなのがそもそもの原因じゃない!!」

「藪蛇だったか……」

 

 誰が蛇だ。誰が。

 まったく躾のなってないサーヴァントだ。これを躾けないといけないのが私じゃなかったら、心の底から罵倒を浴びせてやるのに。って、いざ退散みたいに席を外すな。え、お茶を淹れなおす? 確かにぬるくはなっちゃったけど。こういうところだけは気が細やかなんだから。しょうがないからどら焼きを食べながら待っていてあげるわ。

 

 もうじき夜も明ける朝が来れば藤村先生もやってくるだろうし、先ほど考えた質問は行ってみよう。士郎がまだ目を覚まさないことについいては、昨日の体調不良を引きずってるって言い訳すればいい。朝食はアーチャーに頼めば問題ない。そして、日常の皮を被った非日常がまた訪れる。夜のための準備期間。その話は、また今度。

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