私、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはその日、お兄ちゃんに会いにいこうと思っていた。
しかし私はお兄ちゃんの家を知らない。だから外で合流できることを待ち望んで、街を散策していた。結局本命には出会えなかったけれど。
でも見つけてしまった。見つけたくはなかった。あってはならないもの。異物を。
「誰。貴方」
それは白い髑髏の仮面をつけた、片腕だけが異常に長いサーヴァントを従えた男だった。男にしては長い白い髪を後ろで一括りにしてる。褐色の肌やガラスの瞳は、この国の人間を示すものではないのだろう。鈍色のローブを身に纏った、ちょっと時代遅れの魔術師。なのにそいつを見た瞬間、ありえない情報が頭の中に流れてきた。まさかアレがサーヴァントを召喚したのか。ルール違反であるが――――できないことではない。けれど、違う。この男はアレではない。――――酷く、不快だ。
「さて。誰だろうな。アサシンのマスターといったところで、君は納得してくれそうにない」
「当然でしょう。それともただの偽装なの? 悪趣味だから早くやめてくださらないかしら」
私はくすくすと笑う。
男はくつくうと嗤う。
「いや、申し訳ない。自分ではどうしようもない、わけでもないのだが、今回は十二分に利用させてもらっているのでな。だがやはり君相手では失礼に当たったようだ。謝罪しよう」
「謝罪なんていらないわ。だって貴方は今ここで、私のバーサーカーに潰されちゃうんだもの。そうよね、バーサーカー」
「■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!」
「一筋縄ではいかなそうだな。アサシン、サポートは任せろ。なに、恐れる必要はない。お前はお前の仕事をしてくれればいい」
「承知!」
命令一過。アサシンがバーサーカーに向かっていく。実に無謀。バーサーカーが暗殺者如きに後れを取るはずがない。故にその斧剣を一振りしただけで。地面は抉れ、黒き衣と白き仮面を粉砕する。はずだったのに――――。
その数メートル離れた位置に、白い髑髏は相も変わらず存在していた。
「幻惑!?」
バーサーカーには「勇猛」のスキルがあるが、これは狂化によって意味のないものとなっている。故に精神干渉系の攻撃には無防備だ。ただし、彼の宝具を超えるものであれば、の話だが。
「ふん。どんな小細工をしているのか知らないけど、私のバーサーカーから逃げおおせるとでも思っているの?」
一欠片すら欠けていないアサシンに向かって、バーサーカーが再び横薙ぎに斧剣を振るう。どうやら次は上に逃げていたようだ。だったらそのまま空中で果てればいい。
二撃三撃と攻撃を止めないバーサーカー。ついにその攻撃は二十を数えた。その様はまさに灰色の嵐。この嵐を前にした以上、どんなサーヴァントであろうがひとたまりもない。
けれど、流石にちょっと動きが激しい。このままバーサーカーの肩に乗ったままでいるのは難しい。
「バーサーカー。ちょと、待ちなさい。これじゃ……」
「■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!」
しかしバーサーカーは止まらない。バーサーカーが私の命令を聞かないなんて――――そんなことになる理由は。
「貴方。私を狙っているわね」
「さて」
バーサーカーの嵐を避け、後ろに控えている男は呆けたが、それ以外は考えられない。私のバーサーカーは私のことだけを考えてくれる私のサーヴァントだ。私に危険が及ぶのなら、そのあらゆる災厄から身を盾にして守るだろう。その彼が、今は自らの暴風に晒させる方が、より安全なのだと私を離さない。考えてみればそれもそうだろう。相手はアサシン。単騎でバーサーカーを倒せるわけがない。でも、不意をついてマスターを狙うのであれば、バーサーカーを倒すよりは彼らの勝利の確率が上がるだろうと、そう勘違いしてもおかしくない。
「だけど当てが外れたわね。私を殺すつもりなら、まず私のバーサーカーの相手をしてもらわないと」
私の命令によって、バーサーカーは更に荒れ狂う。二十であった攻撃も、四十、八十を数え百に至る。そうしてついに――――。
「■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!」
バーサーカーの咆哮は手応えがあったのだと私に知らせているのだろう。それより後に、再びあの髑髏が出現することはなかった。当然だ。だって私のバーサーカーは最強なんだから。
でも、それでもなおあの男がそのまま、余裕すら見せその場にとどまっている意味が分からない。命乞いでもしようというのか。いや――――しまった、違う。だって、だってアサシンはまだ死んでいない。
気づくのが遅れた。背後を取られている。距離は2メートルと少し。その瞬間まで、あの幻覚に加えて気配遮断をしていたのかもしれない。とにかく、アサシンは何もなかったはずの私とバーサーカーの目線と同じ高さに出現し、そしてその長い長い腕を、私へと伸ばした。バーサーカーはそれを屠ろうと、あらんかぎりの速さで斧剣を振りかざす。
斧剣が、その頭蓋骨に届く。けれどそれより僅かに早く、アサシンの腕が私の胸に掠った。
『
バーサーカーが振り下ろした斧剣は、アサシンの身体を1/3と2/3に縦断させた。けれどその腕は無事だった。その伸ばされた腕の先にある手は無事だった。その手の中に、魔力で出来た、私の心臓が握られていた。
「な、何故……」
己の身体が両断されていることに、アサシンは何故か驚きの言葉を吐いた。
「■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!」
バーサーカーが吼える。吼えて、その魔力の心臓を掴む手が、指一本でも動かなくなるよう、アサシンの身体を細切れに処す。血が、肉片が飛び散り、ついには魔力の心臓を掴んでいる手だけが残った。指は、動かなかった。魔力の心臓は、時間とともに霧散した。
己の胸に手を当てる。今のは怖かった。この心臓を掴まれてはいけない。だってコレは、どうあってもなければならないもので、絶対に守らなければならないものだ。
胸が痛い。まるで、本当に鷲掴みにされたように痛い。背中から腕が入って、握られて、そのまま引っ張りだされたかのような。
ぬちょ。
肉に絡みついた血が音を立てた。あたり一面に広がったアサシンの肉片が、まだ動いているかのように。
胸が痛い。でも大丈夫。まだちゃんと鼓動はしている。私の心臓はここにある。だから、早くこの痛みよ、治まって。
数分が経った。肉片となり果てたアサシンは、無事に私の元に溜められた。どうやら倒しきったようだ。あの男も、いつの間にか姿を消していた。悔しい。ちゃんと潰しておけばよかった。
「うん。もう平気。ありがとうバーサーカー。でも、今日はもう帰りましょう。汚れちゃったし、汗を流したいわ」
バーサーカーは私の言葉を聞くと、のそりのそりと、森にある冬の城へとその歩を進めた。辺りには、バーサーカーが暴れた傷跡だけが残されただろう。壊れた街灯。歪んだフェンス。穴の開いた塀。それらの瓦礫。そんな、無機物だけが残されただろう。