私、遠坂凛は「なにやってんだこのやろう」と咆哮を上げた。
私の家には呪い以外にも家伝のものがある。そのひとつが「常に余裕を持って優雅たれ」という家訓だ。
ごめんなさいお父様。現在の私には、余裕も、優雅も、一欠片すら残っていません。
「きっかり説明しなさい、この駄サーヴァントっ!!」
朝、目が覚めた私は常の習慣で朝一牛乳を求めた。しかしどうも家の様子がおかしい。自分の寝室は二階であるのに、台所が寝室と同じ階にあった。そういえば、どうやら自分は布団で寝ていたらしい。寝室にあるのはベッドだ。はて、なんでこんな違いがあるのだろう?
「お。遠坂。身体の方はもういいのか。しかし、すごい顔だな」
「へ?」
「朝食はこれから作るから。ちょっとそこで待っててくれ」
どうしてこの家にエプロンが似合いすぎる男の子がいるのだろう。しかもなんか見覚えのある顔だし聞き覚えのある声だし見覚えのない台所だし。ああこれはいったいどこでわたしはだれでわたしはとおさかりんでそれでこいつは……。
「なんでアンタがいるのよー!」
「え。だって、ここ俺の家だし」
「シロウ何事ですか!? おのれアーチャーのマスター。やはり介抱などすべきではなかったか」
「ちょ、待ったセイバー。遠坂は寝起きなんだからちょっと寝ぼけてるだけだってだから落ち着け」
「誰が寝ぼけてるですって、ってセイバー? セイバーって言った? あの子セイバー!?」
「お。起きたんだな。よかったマスター。ああ、おはよう衛宮士郎、セイバー」
「ああ、おはようアーチャー。ほら、セイバーも挨拶、挨拶」
「……おはようございます」
なんだこのカオス。余りに一気に色々起こりすぎて、頭が限界を超えている。自分の頭なのに、壊れた機械のようなぷすぷすという音が聞こえるようだ。
「ああ。彼らには昨日助けてもらったんだ。だから、お礼言わないとだめだぞ、凛」
そんなことを、こともなげに。自分の役立たずのサーヴァントが言うものだから。
オーケー、把握したわ。大体、全部、コイツの所為ね。後はお察しの通り、冒頭へ戻る、である。
一通り説明を聞いたので、時系順に話をまとめる。
学校でのランサーとの逃亡劇は、うちのアーチャーが機転を利かせて巻くことに成功したらしい。その際私は一度死んだみたいなのだが、どういう出鱈目か生きている。詳しく聞こうとしたらあの野郎は人差し指を口に当て、「秘密(はーと)」などとほざきやがった。もちろんガント一発お見舞いしてやった。まあ、多分アイツの宝具を使ったんだろうけど、ただの死者蘇生なんてわかりやすいものではなさそうだ、ということが分かっただけで、とりあえずは勘弁しておこう。
とにかく蘇生に成功した私だったが、意識はすぐには戻らなかった。というか、今朝の今まで戻っていない。その所為で、なんだか知らないが校舎に残っていた衛宮君に遭遇、神秘の漏洩を防ぐというもっともらしい理由で彼の家に押しかけることにしたらしい。――――馬鹿か、あのサーヴァントは。
そのあと再びランサーの襲撃を受ける。しかも動けるのは戦闘になんて出せるレベルじゃないサーヴァントと、見習い魔術師。――――衛宮君が魔術師だったってことだけでも腹立たしいのに、もっと腹立たしいのはこの後だ。どう考えても勝てるわけのない戦いを、彼らは間一髪のところで凌ぎきった。――――セイバーを召喚することで。――――ああ、いったいどうしてくれようか。
とりあえずこの冷静さを保っていられるうちに、そのあとのことだけ簡単にまとめる。
セイバーの力量はランサーを上回ったが、その胸に宝具の呪いを受けた。ランサーは撤退し、セイバーは負傷の手当もそこそこに、残る敵を屠ろうとした。当然だろう。ちなみにこの残る敵というのはアーチャーのことだ。当然だろう。
が、しかし。それを止める者がいた。誰であろうセイバーのマスターである衛宮君だ。ありえない。セイバーもごねたみたいだけど、アーチャーがあまりに無力に過ぎたせいで、監視はしつつもとりあえず私の目が覚めるまで、という条件付きで見逃してくれたらしい。――――感謝をすべきなのだとはわかっているのだけれど、今は呆れるしかないというのが現状だ。
「そう。大体は把握したわ。私としたことがとんだ失態。(ウチのサーヴァントが)迷惑かけたわね、衛宮君。この借りは何れ返すから」
「そんな畏まることないぞ。俺は当然のことをしただけだし」
「どこの世界に見るからに死んでそうな人間と得体の知れないサーヴァントの言葉を信じてこんなどっぷり抜け出せないまでに首突っ込む馬鹿がいるのよ」
「む……、遠坂は死んでなかったんだから、助けて当然だろう」
「あんたねえ。仮にも魔術師なんでしょうが」
「マスターを侮辱されたのは心外ですが、改めて聞くとアーチャーのマスターの言うことも最もだ。シロウはもう少し慎重になるべきです」
己のサーヴァントにまで諌められながら、どうしてそんなに責められているのか、まったく納得できませんといった顔で、衛宮君は眉をハの字に歪めた。
「しょうがないだろ。その少年は『正義の味方』なんだから、困った奴が放っておけんかったんだろ」
「アンタは少し黙ってなさい」
「でも事実、衛宮士郎に俺たちは救われたんだぞ」
「そういわれるとちょっと面映ゆいな。結局最後はセイバーに助けてもらっただけだし」
「そこを含めて誇ればいいさ。困った時に手を差し伸べてもらえるっていうのは、主人公の特権なんだから」
「主人公?」
「『主人公』=『HERO』=『正義の味方』だろ?」
「ん? ん~」
衛宮君が照れてる。他称穂群原学園のブラウニー。助けを求められたら何でもかんでも引き受ける便利屋。しかも下心一切なし。そのくせいつもムスッとした顔で、礼のひとつ言われたところでニコリともしないあの衛宮士郎が照れている。
め、珍しいもの見たわ~。
「アンタたち。何時の間にそんなに仲良くなってるのよ」
「何時の間にって、アーチャーとは昨日会ったばかりだし。……昨晩?」
それはそうだ。召喚してから昨日まで、アーチャーは私としか話していない。
「あれじゃないかな。同じ戦場で死線を潜り抜けた先に生まれる男同士の友情ってやつ。だって同じく命の危険に晒された凛との間には芽生えなかったわけだし」
「アレはどう考えてもアンタが悪い、いや、私も悪かったけど。そもそもの原因はアンタのその冗談みたいなステータスの所為じゃない」
「そうは言われてもねえ。俺を召喚したのは凛だし」
「何よ。全部私の所為だっていいたいの!?」
「全部二人の所為だろ。ここまできたら一蓮托生。どうしても嫌なら他のサーヴァント探せよ」
「うぐ……」
そういう風に言われると反論できなくなる。だって自分に責任がないなんてこれっぽちも思っていないのだ。この弱っちいサーヴァントを召喚してしまった以上、コイツの面倒を見る義務が、遠坂凛に発生して然るべきなのだから。
「わかったわよ。今のは言い過ぎた私が悪かった。アンタを使ってどう勝ち残るのか、考えるのが私の役目だしね。というか、それくらいやってやろうじゃないの。覚悟しておきなさい。アンタは最高のマスターに召喚されたんだから。絶対、召喚されてよかったって、アンタを後悔させてやるんだからね」
「――――ああ。期待している」
そんな、ちょっと自分でもクサいな、なんて思わなくもないやり取りを、じっと暖かい目で剣主従が見守っていた。
「なんか。仲直り出来たみたいでよかったな」
「そうですね。何れ敵対しないといけないとはいえ、アーチャーのマスター、彼女はとても気持ちのいい人のようだ」
聞こえてるこっちが恥ずかしくなる。
そんなこんなで、衛宮君が「よしっ」なんて気合いを入れたもんだから、何事かと思ってみれば。準備されていた数々の朝食が瞬く間に並べられていった。お皿の配置から類推するに、どうもセイバーや、私やアーチャーの分まであるらしい。注意してやろうかとも思ったけど、昨晩から何も食べていなかったし、アーチャーに加えて衛宮君に対してまで適格な突っ込みが出来るほど今の私は回復したわけではなさそうなので、ぐっと我慢することにした。
「食材があんまりなかったから、あり合わせになっちまったけど」
「ふうん。噂には聞いていたけど、衛宮君って料理できるんだ。あ、この卵焼き美味しい」
「こくこくこく」
「有り合わせでここまで出来れば立派なもんだな。あ。でもこれ手抜きしたろ」
「ぐ……よくわかったな」
「手抜きの部類としちゃ十分美味いんだけどな。もうちょっと、ここをこう……」
「え。そんなことで。わかった、今度やってみる」
「こくこくこくこく」
「ていうか、アーチャー。アンタ紅茶以外に料理も得意なの?」
「紅茶は……、それが必要な職に極短期間だったけど就いてたから、その間に叩き込まれたんだ。職を辞した後もなんやかんやで振る舞う機会も多かったし。料理に関して言えば完全に趣味だ。初めは単に自炊の必要に迫られただけだったんだが、気がついたら凝りだして」
「あ、わかる。俺もそうだった」
「まったく、この主夫どもは」
「こくこくこくこくこく」
そんな、平和すぎる朝食風景を繰り広げてしまった。
そして食後。ちょっと真面目な話をすることにした。
「ふうん。つまり、衛宮君は聖杯戦争なんて全く知らないズブの素人ってわけ」
「ああ。魔術もひとつくらいしか使えないし、昨日成功したのも何年かぶりだった」
「そのくせ最優のセイバーを引いちゃうなんて……」
「凛。顔ひきつってるぞ」
***
さて、話の途中だが少しだけ補足をしておこう。
聖杯戦争のあらましは、昨夜のうちに俺やセイバーから衛宮士郎に伝えている。もちろん最低限の知識で、それゆえに衛宮士郎もいまだ聖杯戦争への参加について明確な答えを出したわけではなかったのだが。
「お前はどうだか知らないぞ。巻き込まれただけなわけだからな。それでも、他人を蹴落として、不幸にして、殺して、そんな手段を使ってでも叶えたい願いって、ある奴にはあるんだよ。それが悪いことだって糾弾するなら、ああ俺は悪い奴で結構だと開き直るね」
「アーチャーも、セイバーも、そんなどうしても叶えたい願いがあるのか?」
「無論です。私の場合、騎士として最低限守り抜かなければならない矜持もありますが、それでも、この身は聖杯を手に入れるためだけに招きに応じたサーヴァントだ」
「右に同じく。俺の場合はセイバー以上に悪辣だぞ。なんたって守らなきゃならない矜持なんて欠片もない。そもそも自分の身すら守ることが難しい。最弱舐めるなよ。それに、俺たちの場合は本当に、純粋に、願いを叶えたいってだけだけど、凛とか他の魔術師とかになるとまた事情が変わってくる。家とか組織とか。セイバーが言っているものとは別の誇りとか。雁字搦めになって、それでも自分で決めて、殺し合いをしようていってるんだ。その覚悟を踏みにじるなら、対価として相応の覚悟が必要だ」
「でも、遠坂には殺し合いなんてして欲しくないし、死んで欲しくもないぞ」
「それがいけない。殺し合ってほしくないっていうのは禁句だぞ。それは彼女の、彼女が定めた理想像を貶めている。お前だって嫌だろ。お前の理想、それをそんな馬鹿げたことはやめろ、もっと現実を見て地に足つけろ。とか、真っ向から否定されたら」
「それは……」
「しかも、そんな否定を受けたとしても、自分っていうのはなかなか曲げられるもんじゃない。遠坂凛も。衛宮士郎も。でも……」
「でも?」
「死んで欲しくないっていうなら、お前が守ってやってくれよ。死地へ向かうことが彼女の理想なら、お前の理想で彼女を救ってやればいい。俺はお前よりは強いけど、サーヴァントの中じゃ最弱なのは自覚しているし、絶対に守れるなんて安請け合いは出来ないからな」
そんな会話をしていた。それも、一度死んでしまって、いまだに目覚めぬ彼女の傍らで、だ。
あの未熟者の『正義の味方』が、そんな会話の後でどんな結論を出すかなんて、自明の理というやつだろう。しかもあいつは「女性には優しく」あらなければならないし、遠坂凛は「憧れのアイドル」だ。むろん、翌朝そのアイドル像が音を立てて崩れる事なんて、この時点では知る由もない。
――――と。少々話しすぎたか。では、話を戻そう。
***
「遠坂はさ。やめる気ないんだろ。聖杯戦争」
「当然でしょ」
「一回死んだのに?」
「三倍返しにしてやらないと気が済まないわ」
「そっか。うん。じゃあ、俺は遠坂を守りたい」
「は?」
ちょっと、何言ってるのよ衛宮君。って、なに隣で「やっぱりこうなったか」なんて笑いを噛み殺してるのよアーチャー。
「セイバーはどうするつもりなの? アンタがいらなくてもセイバーは聖杯を欲しがってるから、この招きに応じたのよ!」
「ああ。それは聞いてる」
「だったら」
「あ。それ問題ないぞ。凛と衛宮士郎が組んで他の陣営全部やっつけたら、自動的にセイバーの勝ちだ。うん、勝てる気がしない」
「アンタはちょっと黙ってなさい」
「でも俺、遠坂に勝てる気はしないなあ」
「当然でしょ。昨日の夜まで聖杯戦争も知らなかった見習いのアンタが、私に勝とうなんて10年早い」
「じゃあ凛とセイバーが優勝でいいんじゃないか?」
「だから黙れって言ってるだろうがー!!」
余裕って、いったい何だったかしら。
「あまり人を除け物にして話を進めないでください。そのような八百長まがいのこと。認められるわけがないでしょう」
「八百長とかじゃなくて真剣勝負の結果に対する推論だぞ。例えば最後の二騎が俺とお前で、お前の残存魔力が一桁、回復の見込みなし、手傷を負って片手しか使えないとする。一方俺は現状のままだ。この二人が激突したとして、さあ勝つのはどっちだ?」
「その程度の不利な状況。覆ずして何が騎士か」
「ほら。やっぱりそうなるだろ。俺も同意見。絶対に勝てる気がしない」
「あ、貴方とて聖杯に託す願いがあると言っていたではないですか。もう少し真剣に考えるべきだ」
「真剣に考えてるし、聖杯を諦める気はないぞ。例えばお前を含めた他の六騎がすべて相討ちになる望みを捨てたわけじゃない。それに、そもそも今回駄目ならまた次の聖杯戦争にも参加するつもりだし。俺の低スペック&諦めの悪さを舐めるなよ。今更敗戦記録がひとつふたつ増えたところで痛くも痒くもない」
「威張って言うことかー!!」
優雅っていったい何だったかしら。
「とにかく、うちの馬鹿サーヴァントの世迷いごとは置いといて、私たちは敵同士。それ以外の何者でもなし。アンタもそんなへなへななこと考えてないで、さっさと覚悟決めなさい。なんだったら、今から教会に連れていくわよ!!」
「きょ、教会?」
「そんでもってあの性格ド腐れ外道神父に追い込まれてしまいなさい。覚悟のひとつやふたつ簡単につくから」
「凛。君の言いたいことも分かるけど、少し忘れていることはないか?」
「私が何を忘れてるって?」
「君は、というか我々は衛宮士郎に借りがあるだろ?」
「あ――――」
しまった。そういえばそうだった。
「つまりアンタは、衛宮君への借りを返すために、彼の要求を受けろって、そういいたいわけ?」
「もう一歩。何だったら正式な同盟でも組んでしまったらいい。君はセイバーを戦略に組み込めるし、衛宮士郎にはそうだな。凛の魔術知識で等価交換になるんじゃないのか?」
「それは、確かに。魅力的、ではあるし。お互いの弱いところも補えるし。借金はさっさと返せるし。場合によっては10倍以上逆に貸し付けるくらいはできそうだし……」
私の悪い癖なのだが。こうして損得勘定の計算をしだしたなら、大枠でその提案を受け入れたということになるのだ。――――上手く乗せられたようで、非常に腹立たしいのだけれど。
もう、しょうがないから腹を括りましょう。実際アーチャーは役立たずで、セイバーは魅力的。衛宮君は放っておけないし、収まるところに収まったというべきなのかもしれない。だから、このメンバーで聖杯戦争を戦い抜くつもりなら、どう考えてもやっておかなければならないことがある。――――戦力把握。遠坂凛は二度も同じ失敗を繰り返したりしないんだから。まあ、とりあえずは、それは次のお話ということで。