私、遠坂凛は「このへっぽこ」と万感の思いを込めて鳩尾を抉った。
私は魔術師であるが、とあるツテにより中国拳法を学んでいる。いまどきの魔術師は体術にも優れていないとだめだ。もちろんそれはあくまで手習い程度。達人などと呼べるモノではないし、サーヴァント相手に披露できるものでもない。が、物事にはいつだって例外が着いて回る。例えばそう。この目の前で悶え倒れているアーチャーとか。
「ふざけるのも大概にしなさい、この駄サーヴァントっ!!」
さて、色々――――本当に色々あって同盟を組むことになった私と士郎。未熟な士郎がマスターであるがために霊体化できないセイバーや、霊体化しなくてもパフォーマンス上問題ないと豪語するアーチャーのために現代風の服を用意する。当面の活動拠点を士郎の家に置く。食糧の買い出し。ちょっと外道神父に聖杯戦争について尋ねてみる。などなどの諸々のイベントをこなしたその日の夕方。さて今夜からの活動方針はどうするのかという話題が持ち上がり、行動するもなにもお互いの戦力が把握できていないと判断しようがない、という流れとなった。昔の中国の偉い人も言っていた。敵を知り、己を知れば百戦危うからず、と。己を知るのは基本中の基本だ。――――そう、基本だったんです。ごめんなさい。
と、いつまでも昔のことをうじうじ考えるのは私らしくない。失敗は成功の母。終わりよければ全てよし。これから気を付ければいいことなんだから、何ら問題ないわ。ということで。私、遠坂凛。そのサーヴァント、アーチャー。見習い魔術師の衛宮士郎。そのサーヴァント、セイバー。それぞれの戦力把握を行うこととなったのだ。士郎のお茶とお茶菓子付きで。
「――――と、まあ私の戦力はこのくらいかしら。まとめれば、普通の魔術師相手なら負けるつもりはない。サーヴァント相手じゃもちろん勝てるわけじゃないけど、虎の子の宝石を使えば全く戦力にならないってこともないわ。もっとも使いどころは難しいんだけどね。結局あの時は使えなかったし、て――――あれ?」
「どうした、遠坂」
「ううん。そういえばアレ、どこにしまったかしら。――――あ、そうか。士郎、私が昨日着てた制服どこにあるの。まさか捨てちゃったりしてないでしょうね」
「勝手に捨てるわけないだろ。血塗れで、汚れはある程度しか落とせなかったけど、ちゃんと畳んで置いてあったはずだぞ」
「ああ。それなら凛が占拠した離れの部屋に運んでおいたぞ」
「――――あんたたちって本当変なところで律儀なのね。まあいいわ、ちょっと待ってて。アレ、私の切り札だから肌身離さず持っていたいの」
「――――制服が?」
「馬鹿。宝石よ」
士郎の鈍感さはこの際置いておいて。って、アーチャー、貴方なにニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い。でも何故かしら。すごく、嫌な予感がする……。
士郎から快く提供してもらった部屋には、確かにご丁寧に畳まれた私の血塗れの制服がある。アレはたしかポケットに入れておいて、あの時は握りしめていたから――――あ、あった……?
「ああああああーーーーー!!!!!!」
どかどかどかどか。どん。ぴしゃり。
「あ、あ、あ、あ」
「どうした凛。朝からログアウト中の優雅がさらに垢バンでもされたか?」
「アーチャー、あんた、何やらかしたのよ!!!!」
そう言って、どう考えてもコイツの所為だという根拠のない絶対の確信を持って。私は鎖のついた赤い宝石を目の前に掲げた。あれだけ潤沢にあった魔力が空になってしまっている、虎の子の宝石を、だ。
「ああ、それな。使わせてもらったぞ」
「何時!? 何処で!? 何で!?」
「そう不思議がることでもないだろう。心臓一個と考えれば、れっきとした等価交換だ」
あ――――。そういうこと、か。
左胸に手を当てる。鼓動は確かにしっかりと息づいている。あの宝石の中にあった魔力があれば、私にだって心臓をひとつ再生させることが、できるかもしれない。
――――いや。待った、待った。大事なのはそんなことじゃない。つまり、じゃあ、コイツは。
「アンタ。宝石魔術が使えるってこと?」
でなければおかしい。私の貫かれたはずの心臓。いま確かに鼓動を重ねている心臓。手元に残った魔力が空になった宝石。宝石の魔力を使って心臓を再生するためには、宝石魔術が使えることが大前提だ。
だというのに。アーチャーははて何のことかと惚けんばかりに、ずずず、と音を立てて緑茶を啜りやがった。
「アーチャー。今すぐ、何をやらかしたのか教えてもらえないかしら?」
腕に印された令呪に、魔力がどくどくと流れ込んでいるのがわかる。私は何もやってないわよ。ただちょっと私の理性だけじゃどうしようもない何かが蠢いてるだけで。私は全然悪くないんだからね。
「それは別に構わないが。いいのか。役立たずが更に役立たずになるぞ。しかもその役立たずを多少なりとも役立たせるのに必要な有限の切り札を、こんなところで切るつもりか?」
鋭い硝子の眼光に射すくめられたかのように、私は動けなかった。集中していた魔力が徐々に霧散していく。くそっ。現代衣装を纏っているためにアーチャーは現在、いつものフードを被っていない。その弊害がこんなところで出るなんて。ああ――――こいつはもしかしたら、単に私をからかうためだけに嘘をついているんじゃないだろうか。――――本当にそうだったらどれだけいいか。本当にそうだったら――――そのときは覚悟しておきなさい。
「えっと。二人とも、どうしたんだ?」
「何でもないわ。大体全部、コイツが悪いんだから。それ以上の説明なんて不要よ」
「はあ……」
「しかし、今は貴方がたの戦力についての話のようにも聞こえましたが」
「ぐ……それはそうなんだけど、ちょっと事情が複雑っていうか」
「簡単な話だよ。俺は『宝具の使用効果を知られた場合、宝具の使用が出来なくなる』んだ」
「って何人が濁してるのに正直に言ってるのよーーー!!」
私の努力。まるで無駄じゃない。
「そうは言ってもだな。凛、君が戦力把握をしようといったんだろう。我々だけ情報を開示しないなどという不公平はまかり通らないんじゃないのか? これは対等な同盟関係のはずだぞ」
「だからって、どう考えても致命傷なことをさらりと言うな!」
「そりゃそうだよな。宝具ってサーヴァントの切り札なんだろ。それが使えなくなるなんて大変じゃないか」
「その通り。あ、ついでに言うと『俺の真名が知られた場合も、1度だけ宝具が使用できるが使用後に強制敗退する』って制約がある。だから、真名および宝具については凛にも教えていない」
「リンにも、ですか?」
「そ。対象はマスターを含めた俺以外の誰か、だ。敵サーヴァント及びマスターも、無関係な魔術師も、無関係な一般人も全て含めて、誰にも知られるわけにはいかない。納得してくれたか?」
ああもう。何を言っても駄目だコイツは。
「そういうわけ。宝具ランクはEXなんて出鱈目だから、どうにかして上手く使いたいんだけどね。事情が事情だから戦略に組み込むことは出来ないのよ。――――でも、一つだけ約束なさいアーチャー。もし本当にどうしようもない状況に陥ったなら、宝具の効果を知られることを恐れることなく、その真名を明かすことになろうとも、宝具の使用を躊躇わないこと」
「――――令呪で命じなくてもいいのか?」
「こんな曖昧なことに令呪は使えないわ。だいたい、そんな状況に陥らせないための令呪でもあるんだもの。だからこれは約束。アンタのことはそこまで信用してないから、ま、破られること前提の保険ってところかしら」
「本人を目の前にして信用してないなんてよくはっきり言えるなあ。まあ――――信用されない理由に心当たりがないわけじゃないから、甘んじて受けるけどね。でも――――そうだな。その『約束』は守ろう」
そう言ったアーチャーは、なんだかまるで大事なものを噛みしめているように笑った。驚いた。こいつの笑顔は大体皮肉とか嘲笑とか、あとは嘘がばれないように顔面に張り付けた仮面のようなものばかりだったのに。こういう顔ができるんなら、もっと早くに見せてもらいたかった。
まあ、こんな感じで座談の戦力把握は進んでいった。アーチャーがアーチャーだっただけにこの後聞いたセイバーの「真名」と「宝具」を士郎にすら明かさないという方針も受け入れないわけにもいかない。筋も通ってたし。というか、いくら同盟関係だからって「真名」も「宝具」も隠すことが普通なんだから、こっちのいらない事情なんてやっぱり言う必要なかったんじゃないかと思わなくもないけど。
「了解。座談で確認できるのはこれくらいか。じゃあまだ日が落ちるまでにギリギリ時間もあるし、ちょっと貴方たち戦ってみなさい」
これはもちろんアーチャーへの意趣返しなどではない。必要な、戦力把握の一環だ。うん。それ以外に他意なんてまるでぜんぜん一欠片もないんだから。
だから提案されたアーチャーがピクッと表情筋を固まらせた状態で、すすすと後ろ向きにすべり歩いたところを、ガンドで狙い撃ちしたとしてもそれは当然行われるべき罰というものだ。
「いや。無理だろう。無理がある」
「でも私はまだアンタの戦ってるところ見たことないわ。ランサー相手には逃げ回っただけだったし」
「その後また襲われた時はちゃんと戦ったんだからな。な。ボロ負けだったけど」
「そうだぞ遠坂。アーチャーはちゃんと俺たちを守ろうと戦ってくれたんだから」
「だからって私はその場面見てないもの。コイツがどういう戦い方をするか、見ておいて損はないでしょ。そもそも戦うって言ったって模擬戦なんだから。あ、あとあんまり期待してないけどセイバーの戦い方も見ておきたいし」
「私には否はありません。このメンバーで戦っていく以上、司令塔に相応しいのはリン以外にはいないでしょうから。彼女に対して戦力を明らかにすることは戦略として適っています」
というわけで。積極的反対1。消極的反対1。積極的賛成2により、セイバーとアーチャーの模擬戦は行われることになった。のだが。
開始後僅か数秒後。アーチャーは、衛宮邸の庭に埋まることになってしまった。
「まさかこれほどとは」
唖然とするセイバー。
頭を抱える私。
いそいそと掘り起こして心配をする士郎。
「だから、どう考えても無理だって言っただろ!! 俺を対サーヴァント戦の戦力だとか考えるな。俺は切り札なんだからな。切ったら負ける切り札なんだからな!! 柔道の団体戦で、あえて実力者を先鋒に固める戦略で大将に選ぶってくらいの戦略にしか使えないんだからな!!」
「具体的過ぎて訳が分からなくなるようなたとえまで使って威張るな!」
やいのやいのとじゃれ合ってしまった。流石にこれだけ実力差があるとなると、セイバーも呆れているのかフォローしない。と、その様子傍から見ていた士郎が疑問を口にした。
「アーチャーって弓兵なんだろ。なんでその剣使ってるんだ?」
そう言って士郎が指示したのは、アーチャーが握っているボロボロの錆びついた剣。士郎から聞いた話によると、どうも昨晩のランサー襲撃の際にも使っていたらしい。英霊の武器であるのにわざわざこのような状態のままだということは、何かしら曰くがあるのでは、と思うのも当然だろう。勿論、そこから真名につながるヒントを得たとして、真名を看破なんてしてはいけないし、そもそもこの要素だけでは対象を絞るくらいしかできない。
「あ、悪い。宝具とか真名とかそういう意味で言ったんじゃなくて、通常の武器として弓って使わないのかなって思ってさ」
「使えないこともないけど、使えるといえるほどじゃないな」
「では、何故アーチャーなのでしょうか?」
そういえば。と、そんなに古くない記憶を呼び覚ます。確か召喚した翌日にクラスを聞いたとき、アーチャーはたしか妙な言い回しをしていたような気がする。あとセイバーにもなれないわけじゃないとかなんとか。
「アーチャーのクラス適正っていうのは、遠距離攻撃が出来るか否かだからな。別に弓じゃなくたって銃とかでもいいはずだぞ」
「ほう。では貴方は遠距離攻撃が得意だと?」
「得意というか、特技ではあるな」
ん。それは耳よりな情報だ。そもそもコイツはまともにサーヴァントと対峙したって敵うはずがないのだから、いっそアーチャーらしい戦い方をさせた方がいいのかもしれない。
「そんな話、聞いてないわよ」
「聞いていないといわれても、アーチャーのクラス適正くらい凛なら知ってて当然だと思ってたんだが」
「そりゃ知ってるわよ。ちゃんと昔調べたんだから。だからって、そういう攻撃手段があるならあるって言ってくれたっていいじゃない」
「ああ、いや、攻撃手段というか」
アーチャーはなんだか罰が悪そうに苦笑した後、庭の一番端まで移動してしまった。そこで、何かを拾うかのような動作をする。
「おおい! 何でもいいから、軽く空中に放ってくれないか」
アーチャーとの距離はおよそ20メートル。何をしようとしているかわからない。が、士郎が素直にその言葉に従って、言われた通り軽く小石を空中に放った。
と、その小石の移動方向が上から下へと向きを変えるその瞬間に。
パツン。
別の小石が飛んできた。それは寸分たがわず士郎が放り投げた小石に当たる。見てみれば、アーチャーは確かに何かを投げたかのようなフォームになっていた。しかも、その表情はしてやったりとか、よく見てみろとか、端的に言えば「ドヤァ」という顔をしていたのである。なるほど。確かにコレは特技だと言ってもいいかもしれない。ちなみに、このアーチャーの特技披露に対する私の反応こそ冒頭であり、その後鳩尾に喰らって悶えまくる己のサーヴァントを放置した私を、誰も責めるようなことはしなかった。
こうして、遠坂凛の聖杯戦争はパートナーたるサーヴァントに悩まされ続けながら進んでいくしかないということが決定してしまったのだ。前途は多難。考えるだけで頭痛がしてくる。これから幾度か迎える長い夜の末にどんな結末が待っているというのか、はっきり言ってどう転ぼうが碌なものじゃないんじゃなかろうか。
まあそんな先のことは置いておいても、割と近い未来に私は碌でもない騒動に巻き込まれることになるわけだが。その話はまた今度にしましょう。