完全に日も落ち、ほとんど欠けていない月と幾多もの星が輝く空の下で、屋根の上で、俺は一人寂しく見張りをしていた。先ほど確認した程度の戦力では深夜の巡回も満足に出来ないと考えた我がマスターの認識はかねがね正しい。故に今夜は待機となった。ちなみに、己のサーヴァントのあまりの不甲斐なさに腹を立てた凛は、その八つ当たりのごとく「へっぽこ2号」たる衛宮士郎に魔術講義をすることにしたらしい。哀れ衛宮士郎。お前の犠牲は忘れない。精々沸騰した彼女の頭を完全に干上がらせるまで相手をしてくれ。
「こんなところにいたのですか」
そんな風に黄昏ていた俺に声をかけたのはセイバーだ。庭先から俺を見上げている。
「とりあえず夜が明けるまで距離を置いておけば、頭も冷えるかと期待して」
「リンが怒るのも仕方がないと思いますが」
「そうはいっても、あれで俺の全力だぞ?」
「――――本当にそうなのですか?」
聖緑の瞳が、俺を射抜く。謀ることは許さぬと。
――――どうやら、少し真面目に対応しなければならなさそうだ。
軽く屋根を蹴って、短い浮遊の後、そのままセイバーの横に降り立つ。
「私には、貴方に実力がないなどとはどうしても思えない」
「先ほどは撃沈だっただろうに。いったいどこに、その勘違いの元となる行動があったのやら。一応言っておくが、手は抜いていないぞ」
「ええ。それはわかっています。ですが、貴方は私の動きを、完全に読んでいたのではありませんか?」
だが、俺には彼女の剣を避けることも防ぐことも出来なかった。
「多少小手調べのつもりでもありましたが、あの時の私は確かに本気だった」
故にそのスピードに対処することは出来ず、与えられた一撃に耐えることも出来なかった。
「もし貴方が私と同等の、いえ、1ランク程度劣るものでもいい。それだけの筋力や敏捷性を持っていたなら……」
「それは意味のない仮定だとは思わないか。セイバー」
じっと俺を射抜くセイバーと、まっすぐに対峙する。この瞳を前にすれば下手な嘘など通用しないだろう。
「さっきのは模擬戦だった。しかし本番は練習でも試合でもなく戦争だ。対戦相手は手加減なんぞしてくれない。もし俺がマスター、ただの魔術師でしかないのであれば、多少の遊びが入って油断してくれるかもしれないが、生憎とこの身はサーヴァントだ。排除しなければならない障害であり、もっとも排除しやすい障害だ。相手によっては油断や慢心をしてくれるかもしれないが、それで埋められるほど俺たちの差は浅くない」
だから俺は最弱だ。その言葉には嘘などない。セイバーもそのことは理解している。それでもこんな問いを投げかけるということは、釈然としないものを抱えているということだろう。或は彼女の直感スキルが働いたのかもしれない。
「もし――――貴方の宝具が、この覆しがたい差を埋める、或は逆転させるようなものであるのなら、貴方は私に勝つことができるのではありませんか?」
「ああ。そんな都合のいい宝具だったらいい勝負くらいはさせてもらえるかもしれない。だがそれだけじゃ足りないだろう。例え俺の全ステータスがEXであったと仮定しても、勝利を約束されているのは君のほうじゃないのか?」
「――――貴方は何をっ……」
ああ、しまった。少し脅かしすぎたのかもしれない。セイバーの聖緑が大きく見開かれている。
「君の考察はある程度的を得ている。俺の目はいい方だし、限られた情報で正解を導くことには慣れている。君の戦いぶりはランサー戦で見させてもらっているからその動きの先を読むことが可能だった。そしてそんな戦い方をする君がどういった生を背負っていたのかを推測するのは得意なんだ。しかもこれが良く当たる。だからそれほど驚かないでもらえるとありがたい」
「あれだけの戦いで、そういうのですか!?」
「それこそただの特技だよ。実践には何も使えない。たとえ次にどんな攻撃が来るのかを理解していたとしても対処できないのなら意味がない。ああ、でも。情報戦には役立つかもな。俺では一合打ち合うのがやっとだけれど、セイバーが前に出てくれるのなら俺は安心して考察に注力できる。そこから敵の弱点でも分かれば君を援護することにも繋がる」
よし、と。そういう方向で売り込みを行えばあの凛の機嫌も直ってくれるかもしれない。晴れ晴れとした気持ちでセイバーにお礼を述べて再び屋根の上へと退散した。正体を見破られてしまったセイバーはやはり釈然としないままではあったけれど、今度はそれ以上踏み込んでは来なかった。今はまだそれができるほど何かを知っているというわけではなかったからだろう。
屋根の上から遠くを見渡す。暗闇も、家々などの障害物も、その全てを見通すように、ただただ遠くを眺める。山から川へ。森から海へ。街の一角で不穏な動きもあったけれど、今日はかねがね静かな夜だった。